色々矛盾はありますが、どうかお気にせず。妙な技名が出てきますが、名作『風雲新撰組』というゲームから引用してみました。ブラッドスターが何の当て字か分かった方、拙作はそういう物語です。
―――ひとつだけ知りたい。
鎌府学長・高津雪那と、折神家当主親衛隊第一席・獅堂真希を打ち倒したその者には望みがある。
日々を漫然と生きていたわけではないけれど、叶えられなかった一つの願望が。
――理由を、どうか知りたい。
……世の強い剣士と戦えば、それが叶うのではないか?
何時でも何処でもこの世は森羅、見かけは当てにならない。戦わなくては何も見えてこないし知る事すら出来ない。
―――理由を。ワタシに理由を。
だからどうか、どうかワタシに教えて欲しい。望みを叶えさせてほしい。
だから戦え、刀を抜け。
―――ワタシと立ち合えッ!!
「………」
事件当日の夜。 折神紫の部屋の前で、その者は踵を返した。現代最も強い刀使はこの部屋の主らしいが、どうも戦う気にはなれなかったからだ。
やれば必ず、自分が勝つから。
結果が分かりきった勝負など立ち合いではない。それはただの処理である。
「―――動くな。鎌府学長を討ったのはお前だな、侵入者」
足を踏み出すその者を、『弾指』の速度域にて己の間合に捉えた獅堂真希は、既に『写シ』を展開していた。
淀みも無駄もない心身はただ己が主の敵を斬る事のみに特化し、眼前を睨んでおそらく一生離さない。
・・・・たまたま鎌府の研究施設に所用が有ったのが幸いし、真希は高津雪那学長襲撃をいち早く知る事が出来ていた。そして鎌府は折神家のお膝元。
ややもすれば、今度は己が主に危険が降りかかる。
真希は親衛隊第一席としてここに有り、眼前の如何なる敵も恐怖も全て斬り払うと腹を決め、御刀の柄に利き手をかけていた。
「……―――」
抜刀する真希の佇まい。それを、フードを被ったその者は刀を抜かずに見つめている。
「折神家当主親衛隊第一席、獅堂真希。――推して参るッ」
真希は気を吹いた。この世の普遍を凌駕する為に。
「………迅移!」
――刀使のみが使用できる技能に、『迅移』(じんい)と呼ばれる物がある。
それは彼女達人間から路傍の石ころに至るまで、普遍的に流れている時間を支配下に置く為の技法。
・・・身体を速く動かしているのではない。迅移の極意は今よりも早い時間流に乗る事。
100メートルをいかに短時間で走れるかが『速さ』であるなら、
100メートルをいかに短時間で走りながらその間何が出来るかが『早さ』である。
たとえゴールタイムが同じであっても、どちらが勝るかは明白であろう。
―――刀使である真希は、その早さを常人以上に会得していた。
刀使が『迅移』を発動すると、『穏世(かくりよ)』という此の世ならざる場所から力が刀使に加わり、己以外の全ての動きが遅くなる。
何故ならこの間(かん)、『早い』彼女達には何でも行う事が許されるからだ。 より速く走る事だって出来るし、逃げる事も戦う事も出来る。
「――神道無念流・我流」
そして平等普遍なる時の流れを、刀使だけはそれを早める事だって出来る。
既に地を蹴っている真希のように。
「……砂塵すくい!」
風をも逆巻く太刀筋は砂塵の嵐にも似て。左右に過ぎ去るそれが何を斬ったのかは、手に持つ刃の切っ先のみが語る。
「―――、」
真希だけの剣技を前に、フードを被ったその者は動かない。…いや、動けないのだと真希は確信した。
『迅移』を発動し、早い時間流に乗ったのは明らかに自分が先だからだ。
同時発動ならまだしも、後手では己と同じ時間流に相乗りする事は遅くなる。
・・・・何も出来ない。もうこの敵は、何も出来ないのだ。
「『迅移』」
だからこれはありえない。ありえない事なのに。
「――天然理心流裏、我流」
恐るべきスピードで砂塵を掻い潜り、迫る剣尖が一つ二つ。
いや三つ。
「お前、は……」
「バイバイ。オネーサン」
何もかもがあまりにも早い事による、男か女か判らない嗄れ声。幾度も幾度も刺し貫かれるその感覚に、獅堂真希は意識を根こそぎ奪われたのだった。
◇
「僕と高津学長を倒したのはお前だ、――燕結芽ッ!!!」
「そんな……。 結芽、貴女まさかっ」
「ち、違うよ!私その夜は部屋で寝てたもん!!」
「………燕さん」
他ならぬ被害者である真希の言葉に、夜見は御刀を抜いた。 鞘から抜き放たれた穏刃が、音無しの構えとなって眼前を睨みつける。
「貴女が。 ―――高津学長を討ったのですか」
「違うって!信じて夜見おねーさん!!!」
「見間違いということは……、ありませんわよね。真希さん」
「ああ」
「顔は見たんですの?」
「フードで顔は見えなかったが、あの剣技とあの足捌き。僕が見間違うわけがない」
「ちょっと落ち着いてよ! 少し考えれば分かるじゃん、私が真希おねーさんや高津のおばちゃんを倒して何の得があるの!?無いじゃん!!」
「確かにそうですけれど……」
口元に手を当てながら、寿々花は腑に落ちない部分を確かに感じていた。燕結芽は歳相応に幼いながらも、剣の腕は親衛隊随一である。
単に腕試しがしたかった、とか何とか適当な理由で戦いをしかけたという可能性も無くはない。
しかしそれならこんな闇討ちまがいの事をする必要も、わざわざ鎌府の学長を狙う理由も無い筈。
「単に腕試しがしたかったんだろう? 結芽!!」
「そんな子供みたいなことっ!!」
「子供だろうが!!」
「真希おねーさんだって!!!」
寿々花が熱した二酸化マンガンの様にヒートアップする二人を止める為に手を伸ばした。
まずは落ちついて取調べを行わなくてはならない。断罪はそれからでも遅くは無い。
「―――言い訳は、」
「!? 夜見さん…!」
「拘束した後に思う存分語って下さい――」
巧遅は拙速に如かずとは彼女の為に有る言葉。
夜見は『写シ』を瞬時に展開、同時、『迅移』を発動した。
「警察庁刀剣類管理局・特別祭祀機動隊の名に於いて。燕さん、貴女を逮捕します」
「証拠不十分で逮捕!夜見おねーさんって実は熱い人だったの? 頭がっ!!」
音を置き去りにした御刀同士がかち合う。
西洋の大剣ならまだしも、こんな薄い刃同士をぶつけるなど、傍目ではとんでもない事であろう。
しかし一般的な刀と違い、刀使の持つ御刀は折れず曲がらず。
「私は冷静に職務を全うしているだけです」
「どこがっ!!」
ゆえにこのような『迅移』の最中の打ち合いにも耐え、巨大な荒魂をも斬り裂く事すら可能にする御刀は刀使の命であった。
「お待ちなさい、結芽!夜見さん!!……まだ確実な証拠がありませんのにっ」
「寿々花。――仮にだ、仮に高津学長と僕に無傷で勝てる手合いが、結芽以外にいると思うか?」
「傲慢な! 真希さん貴女はその口を閉じていらして!」
寿々花が御刀を抜き、夜見と燕の間に入ろうと足に力を込める。
・・・止める理由は。 状況証拠しかないからだというのもあるが、一番は自身のカンだった。
この流れ、この雰囲気。寿々花は何か嫌な物を感じていた。
「強いね、夜見おねーさん」
「………」
時間を遥か彼方に置き去りにした、超越した剣戟の音と言葉だけが二人の戦場を震わせる。それはどこか、激しい祭囃子に似ていた。
「昔一度だけ立ち合った時より腕を上げたね。 練度が全然違うよ」
燕が『迅移』の段階を上げた。夜見の方も、全く同時に。
『迅移』には複数の段階が有り、高位のそれを扱う事は熟練の刀使であっても難しい。
・・・だが折神家当主親衛隊である彼女達には関係も、論も無かった。
「…早い」
「嬉しいから、ちょっと本気で斬るね」
燕が刀を右肩担ぎに構えた。跳躍して後退し、夜見の動きを探っている。
――と見せかけ、燕は突如前進した。
「突進技ですの……?」
寿々花は剣士として妙な胸騒ぎを覚え、停止した。それはこの燕の技が、どこか歪なものに見えたからかもしれない。例えるならそれは、料理をする際に塩と砂糖を入れ間違えるといった違和感に近かった。
・・・何かが欠けてる、何かが奇妙。
腰を落とし、刀を構えながらスススと早足で進む燕。それに対して刀を右脇に構えて迎え撃つ夜見。
同段階の『迅移』を発動している両者にとって、勝敗を決めるのは互いの剣技と眼力のみ。
どんな攻撃をしてくるのか?どんな勝機・フェイントを狙っているのか?『迅移』の段階を上げるのか上げないのかそれとも下げるのか?
――刀使同士の戦いは、荒魂とのそれとは違って騙し合いである。
ブンっと長物を誰かに振るって思い通りに当たるのであれば、剣術など現代に残ってはいない。
「………」
岡目八目。寿々花は燕の剣技を、早足による心的重圧と間合の強奪であると直感した。恐らく彼女は最後、跳ぶに等しい大股の踏み込みで早足に慣れたこちらの眼を欺いて斬って来る筈と。
夜見は梟の如き瞳と構えで、変わらず燕を見つめ続けている。
「………ッ」
間合が狭まり、重なる。斬って斬られる生死の間が互いの影を食むように。
刹那、夜見は構えを右脇から中段に変え、燕を鋭く突いていた。
「なんと――」
寿々花は堪らず閉口した。 剣士として今のタイミング、今の機で構えを変えて突きを放つなど、自分の命を度外視している行為であったからだ。
もし燕が斬りかかっていたら、間違いなく夜見は為す術無く斬られていただろう。
――故に夜見は勝機を獲ったと寿々花は確信した。
百人の刀使が今のをやってみたとしても、百人が百人真似できないと即答できる。それは対峙している燕であっても例外なく―――、
「……ッッ!」
――笑みを浮かべる。 弧を描いたそれは、自他共に認める歓喜の笑みだった。
「まさか、結芽。――貴女っ」
刺突は燕の身体を貫いて、などいなかった。
・・・それは自らの方向を力強く変える馬の脚にも似て。 燕はバックステップで夜見の突きを躱していた。
そして今度は前進する事で体重移動の力をより一層発生させ、夜見の片腕を落雷の如く斬り捨てる。
―――燕家家伝・『刈流』 奔馬。
「っッ!!!!」
「……ッ!?」
二人の刀使の呼気が部屋を響かせる。一人は足腰に力を込める為に。
そしてもう一人は、貪欲に勝ちを引き当てようとする眼前の剣士の有様を見て。
すなわち。
―――燕が夜見を斬った直後、夜見は残った片腕だけで燕をグイと突いていた。
「双方、そこ迄ですわ」
先手を貰って『写シ』が解けた夜見を、寿々花は守るように拘束した。
だが鋭い視線は燕に向けており、剣士の如何なる動作も逃さず応じ尽すという巌のような不動の闘気を纏わせて、親衛隊第二席・此花寿々花は口を開いた。
「――結芽、御刀を納めなさい」
「…先に抜いたのは夜見おねーさんだよ?」
「夜見さん、立ち合って分かった筈です。 犯人は結芽ではないと」
「…―――」
『写シ』を破られながら無理に動いた反動か、夜見は眼を瞑ったまま動かない。そうして眠ったように一呼吸、二呼吸。
次第に眼を開けて自身の腕をさする。斬られた箇所を、何度も。何度も。
そうして目線を、夜見は自身の腕から燕に移した。
「――はい。この燕さんは、犯人じゃありません」
「馬鹿な事を言うな!あの動き、あの剣技!! …結芽以外に誰が居る!!!」
「とにかくですわ。昨夜のアリバイ等身の上を話していただきますわよ、結芽」
「しかたないかぁ。…ま、すごく良い立ち合いも出来たし、私の身の潔白を証明してあげてもいいよ!」
「寿々花ッ!!!」
怒声が飛ぶ中、夜見と燕が同時に御刀を鞘に納めた。
「直情径行なのは相変わらずで安心しましたが、貴女はまだ病み上がりのようですわね獅堂さん。貴女は夜見さんと共にここで休んでいらして。 …立ち合いの後で申し訳ありませんが、獅堂さんの面倒をどうかお願いしますわね。夜見さん」
「はい」
寿々花と燕が病室を出る。
真希は自身のベッドを拳で叩いて、底知れない屈辱と己の力を誇示した。
◇
・・・犯人は親衛隊第四席以外にいない。
それを完璧に立証する為、真希は頭を捻って考えを纏める。
自身の目撃証言とあの剣技。 そしてあと何か一つで、事は足りるだろうという思いと共に。
あんな人智を超えた剣を使えるのは、彼方に遠いあの子しかいないのだから。
「結芽がどんな理由で僕と高津学長を襲撃したのか、その目的は何なのか。――時間の問題だな、夜見」
「ええ。 しかし獅堂さん」
「何だ?」
冷蔵庫に入っている水枕を、夜見は触り慣れた手付きで真希に渡した。
「黒幕がもし居るとしたら、如何しますか?」
「黒幕だって?あの結芽が誰かに唆されたって言うのか? それはありえないな」
「―――?」
「アイツは折神家当主親衛隊第四席。最強の刀使・燕結芽だ。誰かに側に付くなんて、プライドが許さないだろう」
「随分と信頼していらっしゃるんですね?」
「アイツは僕の目指す背中だからな。…信頼というより、そうあって欲しいだけだ」
渡された枕を首に当てる。ひんやりとした空気が真希の鼻を通って、脈打つ頭と肺を鎮めてゆく。
「――しかし。あの子はそんな高尚な存在ではないですよ」
「…ほう?随分と辛辣だな、夜見。 高津学長と僕を討った事がそんなにも許せないか?」
「いいえ。ただ燕結芽には望みがあるんです。それは唯の一つ―――戦いです」
「戦い?」
「ええ。刀使としてではなく一人の剣士として、燕結芽としてどうしても。戦っていたかったんです」
「………、それは誰と?」
「強き剣士と」
真希の左手が、スイと御刀に触れる。
「強い剣士と戦い、自身が此の世にいた理由は何なのか。ただそれだけを知りたかった。―――いえ、知りたい」
「……。…ほう?」
自身の荒魂を開放する。二つの瞳が紅く拡がり、真希は今やこの場に居ない一人を除いてこの世の刀使の誰よりも身体を上手く動かせるだろう。
「ねえ獅堂さん。剣を振れる時間が少ないという事実が、おねーさんに分かる?」
「……」
「日に日に痛む心臓が、肺が、嫌でもワタシにタイムリミットを知らせてくる。まだまだワタシは刀を振りたいのに。
――誰よりも誰よりも誰よりもっ!!!―――戦いたいのに」
見覚えの無い。いや、ひどく見覚えのある表情を眼前の誰かは浮かべている。
それはまるで弧を描く、血に濡れた月のよう。
「夜見。…お前、」
「こっちの高津のおばちゃんは良かったよ。それに引き替え紫様はあっちでもこっちでも駄目駄目。 あんなの刀使でも剣士でも何でも無いんだもん」
静かに、鯉口を切る。
「………、誰だ」
「ああそうそう、最後に教えといてあげようか。御刀を介して刀使が力を引き出してる、『穏世(かくりよ)』について。
――あそこはね、時間や空間の概念が無いんだ。ありとあらゆる可能性を秘めてて、その可能性に行く扉も有るんだよ。ワタシがこうして、こっちに来れたように」
御刀を抜く、その前に。
「お前は誰だ…………皐月夜見ッッ!!!」
「嫌だなマキおねーさん、判ってるくせに。 ワタシは折神紫親衛隊、」
第四席。
と、小さな唇が動いた。
「――ツバクロユメ。四席って言っても、一番強いけどね?」
真希が『写シ』と『迅移』を発動する。右手を柄に飛ばす。・・・・それらの遥か前に、
「――っグ、ふ……!?」
真希の水月には、柄の当身が奔っていた。
「相変わらずここでも詰まんないね、おねーさんは。でもこれで舞台は整ったかな。――夜見おねーさん、また身体借りるね」
……これが最後だから。
そう呟いたその者は、瞳を閉じて呵々と嗤う。
此の世ならざる魔戦士が、今ここに再臨していた。