例えばこんな刀使さん   作:ブロx

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後編 ソードソーサラー

 

 

 

 彼女が振り返る。燕が見る。

 

 その姿形は昼に別れた刀使の先輩である事に間違いはない。

浮かべている表情と瞳が一種の異質さを醸し出している点を除けば、彼女は皐月夜見だった。

 

「やあ」

 

 気安い挨拶。

燕はそれに、ん、と頷いて返した。

 

「やっと逢えたねー。早速なんだけどさあ」

 

「………」

 

「何する?」

 

それを聞いて、燕は軽く指で柄頭を打った。

 

 ―――見て分かる。彼女は皐月夜見ではない。 昼時に蕎麦を一緒に食べた友達などでは、断じて。

 

 風が巨木をさやかに揺らし、舞い上がる葉が二人の間にゆらゆらと落ちる。それは両者を違える絶対的な差となって、剣士二人を熱烈に歓迎した。

 

 それを。 皐月夜見の姿をした剣士は音も無く踏みにじった。

 

「だよね! ――はじめまして燕結芽。ワタシは異世界の、違う時空の天然理心流剣士・ツバクロユメだよ」

 

 世迷言を口にする眼前の誰か。

夜の闇が揺れる陽炎となって、とうに過ぎ去った筈の逢魔が刻を喰らい尽くして更なる強魔を顕現する。

 

 しかし彼女は幽霊にあらず、生霊にあらず。

刹那に過ぎ行く閃光のように何処かの世界、何処かの時間で、最強という華を持ち続けた一人の魔戦士。其の名を―――、

 

「ところでさ。――君、心臓は?」 

 

「………」

 

首を横に振る。

 

「肺は?身体に異常は?」

 

「無いよ」

 

 一時期は痛い頃もあったが、日々の修練がそれを無くした事を燕は告げた。

 

「そっか。じゃ、やろっか」

 

 では加減は必要ないとでも。それで及第点だといわんばかりに。天然理心流剣士・ツバクロユメは抜刀した。

 

「―――――っ」

 

 知らず、息を呑む。それは凄絶な表情だった。 

 

 刀を抜き、無言でこちらを見やる女が、ただ笑う。嗤う。

この時を待っていたのだ。この時だけをずっとずっと望んでいた。渇望していた。

 

待ち望んでいた。

 

 吾が望みは強い者と立ち合い、己の名と存在を癒えない創痕の様に残し続ける事。・・・ワタシは思い出した。だから忘れるな。

 

忘れるな。

 

 ワタシの名前はツバクロユメ。

お前を倒し、かつてこの世の刀使・剣士の頂点に立った女だ。

 

「…………ッ!!!!!!」

 

 意をとった燕が抜刀し、間合を図る。

天然理心流の剣士は竹刀や木刀ではなく、真剣での戦いでこそ真価を発揮する。

 

 

 ――――尊王と攘夷を胸に宿す羅刹達が跋扈した幕末の時代、そこに『新撰組』という現代の警察組織の前身ともいうべき集団がいた。

 

 袴に二刀差し(時には槍といった長物も振るったが)、素肌剣法を主眼としたその剣士達は、史上空前の大動乱の京において数多の剣客を薙ぎ倒し、古今無双の剣集団として雷名を打ち立てた。

 

 ・・・何故かくも、ただ人斬り包丁を手に持っただけの彼らにそんな事が出来たのか。

一説によればそれは、『池田屋事変』という事実があったからだという。

 

 ・・・京を紅蓮の炎で焼き尽くし、混乱に乗じて天子様を他藩に連れ去るというこの暴挙の鎮圧の魁は、池田屋に踏み込んだ数名の新撰組隊士達であった。

 

 計画を練るため旅宿池田屋に集った攘夷志士。 自国を憂い、祖国の未来をより良きものにしようと前を見据え、一心不乱に駆け抜ける事こそが己の宿命と疑わない者十数名。 

 

 新撰組の頭、局長・近藤勇はたった三名の剣士だけを連れてその池田屋の敷居を跨いだ。

・・・・電灯もない、ただの月明かりだけで充分明るいと伝わる当事の深夜である。 

 

狭い屋内戦闘の火蓋が切られようとしていた。

 

 異変に気付いた攘夷志士達は睨みを利かせ、敵が押し入ってくるであろう部屋の襖に注意を払った。

 

―――祖国の未来と安寧を邪魔する者は斬る。 

 

 ・・・余談だが、この戦いで死亡した高名の攘夷志士達は後に殉難七士と謂われる事となる。 

 

近藤勇は襖を蹴破り、人の心臓を停止させるか声色で言った。

 

 『御上意である』

 

上意とは将軍の命令であり、武士・侍にとっては絶対遵守の命令である。

 

 『手向かい致すにおいては、容赦なく斬り捨てるッ!!』

 

 志士達は刹那、動きを止めた。時代を生きてきた本能である。 だがそれを、左手に持つ刀の如き鋼の理性で忘却の彼方へ。

 

その場の全員が同時に、刀の鍔を押し上げた。

 

 ――闇夜の戦闘が始まった。 

近藤勇を含め四名の隊士の内、半数が天然理心流の使い手であったが、残る二人は神道無念流と北辰一刀流。

 

 皆危機は幾度か合ったものの存命。

だが神道無念流の剣士は親指を、北辰一刀流の剣士は額を斬られる事となった。

 

 対して天然理心流の剣士二人、近藤勇と沖田総司は無傷であったという。

 

 そして別働隊である他の隊士達との合流もあり、新撰組側は総勢数十名で敵の殺害及び捕縛に成功。

結果死者三名で攘夷志士の企みを阻止したのだ。

 

 ・・・斬り合いという生死の狭間が明確に、己と相手という形で眼に見える修羅場。

 

 そこにあって天然理心流剣士にして新撰組隊士、近藤勇・土方歳三・沖田総司・井上源三郎らは確実に敵を殺傷するこの剣を振るいに振るい、斬り合いの中で斬殺される事無く時代を最期まで駆け抜けた。

 

 その歴史ありて古今無双の集団と剣名は生まれたのだ。  

 

 

「………ッッ!」

 

 横に寝かせた刀の切っ先が、こちらの肺を狙う。

燕が御刀の鎬で弾くと、瞬間、敵の刀はまるで手のひらを返すようにこちらの御刀に乗っかり、首めがけて加速した。

 

 天然理心流裏・我流、平突き。

 

「―――!!!」

 

燕は足を動かし、首を振る体捌きで回避する。

 

「えいっ」

 

 しかし読まれていた。

ユメはその場で回転。足を引っ掛けて燕を転ばすと、刀を逆手に持ち変え敵の心臓めがけて突き下ろした。

 

 ―――とにかく今は距離をとるべきだ。

いかに『写シ』があろうとも、身体に残り続ける異物には対応できない。

 

それゆえに、突き技は刀使にとって天敵であった。

 

「……邪魔っ!」

 

 『迅移』を発動。通常の時間から逸脱し、普遍的に、敵にも流れている普遍的な時間流よりも一層速い時間流に乗る。

 

 何段階かある『迅移』だが、今の燕の迅移は2段階目。

通常、『迅移』は自動車のシフトギアのように1、2、3と順番に上げる事しか出来ない。

 

 だが燕は修練によって最初から2に入る事が出来ていた。

これを前にしては流石の敵もスロウに、

 

――――スロウに、

 

「………ならない!?」

 

嘘でしょ!!?

 

「ホント」

 

天然理心流裏…我流、奥義の参。

 

「―――射抜」

 

 曰く、天然理心流宗家五代目を継ぐ筈だった剣士は、一歩で三本の突きを放ったという。

 

 腕を引いて伸ばせば突きは撃てるが、それだけではただの棒振り芸であって剣術ではない。

 前進による体重移動力で一撃目を為し、前足を踏み込んだ事による体重の沈み込みの力でもって二撃目。

 

 ・・・両手を伸ばして壁に手をついたまま膝を曲げて体重を落とすと、腕は更に壁を押す事が出来る。それを利用した二撃目の突きを相手が退いた所へ、

 

後ろ足を前足に引き付ける事でもって三撃目を為す。

 

 ―――眼前の敵はそれを3段階目の『迅移』で成し遂げていた。

風の噂で、世の中には最初から3に入れる者がいるそうだが、燕はそれを使える剣士に会った事は無かった。

 

この日までは。

 

「あれれぇ~? おかしいなあ」

 

「……」

 

「貫いたと思ったのにな。―――今の動き、天然理心流っぽくないよね?」

 

「………」

 

 ・・・紙一重であった。

『写シ』状態の身体側面ギリギリに刺突を受け、敵の刀を無理やり貫通させきって躱す荒技ならぬ、荒体捌き。

 

 実体のままで行えば、今頃は出血多量で意識混濁・失血死は免れないそれを、燕はやり遂げていた。

 

「何?それ。 何?その不純物」

 

「…不純物?」

 

「剣士が、まがりなりにも一門派の剣士が。―――他流をかじって付け焼刃のナマクラをこのワタシに見せるなって言ってるの。分からないかなあ?」

 

「………」

 

呼吸を整える。

 

「ツバクロユメにとって、剣は全てだった。 これがなかったらワタシはこの場に立っていなかったし、立とうとすら思えなった」

 

誰にも。 例え自分にだって知られないように、小さく。少なく。

 

「ワタシは人を守る刀使である前に、一人の剣士。最期まで剣に生きたし、剣と共に死ねた。―――でもね?」

 

・・・ワタシと対等に戦える相手とは、最期まで逢えなかった。

 

「…………」

 

「燕家は京にいた新撰組副長助謹、沖田総司さんから直々に剣を学んだ家系。

 そこに連なる剣士なら詰まらないモノを見せないと思ってたのに、ホント残念だよ。 この世界の燕結芽」

 

 当時子供だった燕家の先祖も、まさか子供好きなその辺のお兄さんが泣く子も黙る新撰組一番隊組長だとは思わなかった事だろう。

 燕は両親から教わったご先祖様の身の上を知っていた。

 

 ・・・本能のレベルで己の短命を悟っていたのかは分からないが、その沖田総司から天然理心流を学び、代々の燕家当主は家伝の『剣法』と合わせて継いでいったのだと云う。

 

 眼前のツバクロユメは、それを知らないのだろうか。それともそんな事実など無かった世界の住人であったのか。

 

「……一つ、教えてあげるよ」

 

「なあに?冥土の土産?笑えない冗談はやめてよね。 夜見おねーさんに悪いから」

 

「自惚れないで」

 

眼前の全てを断ち斬るように、燕は言葉を振り投げた。

 

「………――」

 

「燕結芽にとって、剣は全て。だってこんな小さな私でも、皆褒めてくれるんだもん。 でもそれは理想に到達する為の過程でしか無い。貴女は、自惚れてる」

 

「―――へえ?」

 

「剣士としての未到の先。誰もいない境地の、更に先。 私は例え死んでも、剣士としての矜持と信念を失う事なんて無い。決して」

 

「―――貴女も病魔に蝕まれて、無念の中で死ねば解るよ。やりたかった事や続けたかった事、その全部が全部澱みたいにくっ付いて離れない。忘れる事も有耶無耶にする事も出来ないッ。

 後悔って、そういうものなんだよ」

 

「だから化けて出てやるって?嘘言わないでよツバクロユメ。 ――私にはわかるよ、貴女はただ我慢できなかっただけなんでしょ?」

 

 燕が御刀を構える。

左足を前に、剣先をやや天頂、右肩担ぎに。

 

 

 『刈流』 指の構。

 

 

「…斬り合いの中で――――死ねなかった事を!!」

 

 燕の後ろ足が地を蹴った。射出するその全身は、まるで大型自動四輪車。袈裟懸けに振り下ろされつつあるその剣に、今や一切の迷いも悔いも無い。

 

 神速の斬り下ろし。

 

「ッハハ! なあにその剣。まるで神道の流派みたい!」

 

 『刈流』において、剣とは腕や手で振るう物ではない。

体重が前進することで、下方に落ちる事で発生する体重移動力でもって斬撃の動力に充てる。

 

「しかも遅いしッ!」

 

 その必殺の袈裟斬りを、回転する事で躱す。

そして同時に無防備な顔面目掛けて、ツバクロユメは懇親の一刀を振りかぶ、

 

「・・・・・!?」

 

―――らなかった。

 

 燕が斬り下ろした剣が跳ね起きる。斜め下から斜め上に、敵の腕目掛けて。

 

後の先を取った敵に対し、先の勝機を取る必殺剣。

 

 『刈流』 小波。

 

「あっぶないなあ!!!」

 

刀で防ぐ。だが、

 

「え――――……!?!?」

 

 繰り返すも、燕の剣は大型自動四輪車と同等である。

人間がそんな運動エネルギーの塊が宿った物体を受け止める事は物理的に不可能であるし、荒魂とて難しい。

 

つまり、それを受けたツバクロユメは。

 

「………このぉぉお!!!!」

 

 彼方に吹き飛ばされたユメは『迅移』を行使し、突き技と斬り技の混成接続技を振るう。それを燕は一撃必倒の剣でもって打ち砕く。

 

「ワタシと同段階の『迅移』…!」

 

「―――不可能なんだよ、もう」

 

 剣気に漲らせた瞳で、敵を射抜く。もしかしたらこうなっていたのかもしれない自分を。 人を捨て、現世の人間を襲い、穏世に棲む鬼と化したツバクロユメを。

 

・・・しかし。

 

「面白いねっ、流石はワタシの…!」

 

「―――もう出来ないんだよ」

 

 しかし燕が敵に怯え竦む事は無い。

敵が何処か別世界の戦場界を征覇した畏怖すべき魔戦士であろうとも、

彼女こそはその戦場の常軌を逸して羽撃く魔剣士に他ならない。

 

「人じゃない貴女がこの世界に来た瞬間から、もう不可能なんだよ。 人の剣術(ブレイドアーツ)を理解する事は!」

 

「アッハハハハハ!!!!」

 

―――愉しい。愉快だ。

 

 痛快だ。

 

強い人は居た、ここにいた。

 

 もっともっと先へ。更に奥まで。

足の使い方、体の捌き方。運剣法や呼吸に至るまで、この剣士はあの千鳥のおねーさんよりも上を行っている。

 

 ――これはきっと前人未到の境地。

無念夢想に、無敵に至ってそれすら超えんとする強靭な心と身体、練り上げられた技術が見せる人間の矜持。

 

それが嬉しくて、かつて人であった剣鬼が歓喜の声を上げる。

 

「こんなヒトが、この世にいるなんて―――ッ!」

 

 〝小波〟 〝強〟 〝田楽〟 〝剣閣〟

 

 燕が諸々の技を、形(かた)という鍛錬法から練磨された技を繰り出す。捨て技は無く、そのどれもが一撃必殺の域。

 

 ――ああ羨ましい。妬ましい。

ワタシはこんな風に、もっともっと戦って居たかったのに…。

 

 

 ・・・・『天然理心流』の、ツバクロユメは不可思議な自覚の中にいた。

先程からずっと全身を纏っていた昂ぶりは変質し、ある一つの感情に己を支配下に置いている。

 消えたのではなく。

藍より青くより黒く、まるで月空のように静かで、より強い何かに押し退けられている。いや、内包されている。

 

 そう、言うなれば其れはシンプルな―――

 

 

 ・・・・『刈流』の、燕結芽は不可思議な自覚の中にいた。

先程まで全身を纏っていた昂ぶりは変質し、ある一つの感情に己を支配下に置いている。

 消えたのではなく。

静かで、より強い何かに押し退けられている。いや、内包されている。

 

 そう、言うなれば其れはシンプルな―――

 

 

「……いい夜だね。本当にいい夜なのに、」

 

「――惜しいかな。どうやらそろそろ、幕が近いみたい」

 

 闘争心の果ては何処か。

 

優劣勝敗は武の神のみが知るところ。

 

 刀を鞘に納めて大きく後退した燕と、左八相の構のツバクロユメ。

 

どちらが勝ってもどちらが負けても、どうか御照覧あれ。

 

どう転ぼうとも、わたしの剣はここに残る。

 

「 いざ尋常に――― 」 

 

「 勝負!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

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