ほむら「ハーレムつくったら全部上手くいく気がしてきた」 作:ラゼ
“マギウスの翼”。それは『魔法少女の解放』という目標を掲げ、街へ災いを振りまく悪の組織とでもいう集団だ。とは言っても、押し付けられた不幸を別の誰かに押し付けるための組織だと考えれば、所詮は社会の縮図でしかない。
世界は善意でも成り立っていて、悪意でも成り立っている。世界から不幸がなくなることはあり得ない――ならば、幸せのイス取りゲームに敗北し続けた者が貧乏クジの引き取り手だ。
魔法少女が不幸かと問うならば、それは『人による』としか言えない。
けれど、少なくとも世界における不幸のどん底ではないだろう。生まれてから死ぬまで、幸せの欠片にすら触れることのない人間がいる。幸せという概念を知らない人間がいる。己が不幸であると認識もできない人間がいる。
そんな哀れな存在に、キュゥべえは手を差し伸べない。“幸せ”を知っているからこそ“不幸”があり、ひいては“絶望”するのだ。効率を考えるならば、程々に幸せで、小さな悩みを大事に捉えてしまうような少女こそが魔法少女に適しているのだから。
『騙された』と魔法少女は嘆く。しかし、対価は確かに手に入れているのだ。大抵の願いは叶う、そんな代償が人間をやめること
本当に不幸な人間にしてみれば、マギウスの翼に属する魔法少女に対し『ふざけるな』と言いたいところだろう。願いを叶えてもらった代償なのだから、義務なのだから、
つまるところ、マギウスの翼という存在は正義でも悪でもない。世界で常に起こっている戦争と何も変わらない。限りあるパイの奪い合いでしかないのだから、そこに善悪はないだろう。
――しかし。それでも、あえて悪だと言うならば『マギウス』こそをそう評すべきだろう。彼女達はマギウスの翼の中核を成す三人の幹部。『翼』とはまさしく彼女達が夢へ羽ばたくための道具でしかなかった。
真実、三人の幹部達は魔法少女の解放など気にしてはいない――が、彼女達の都合通りに進めば、結果的に魔法少女が救われるというのもあながち嘘とは言えない。
ただしその計画は、とある人工知能が導き出した結果によれば『人の悪意』を計算に入れていない、まずもって成功することはないだろうというものだ。けれど彼女達は気にしない。
“マギウス”が一人、『里見灯花』は望む。世界のすべてを、宇宙のすべてを、たとえ何万年生きたとしても知りえない、あらゆる未知を既知へと変える変革を。ゴシックロリータな衣装に身を包み、腰まで伸ばした髪を揺らしながら不敵に微笑む少女。並外れた頭脳と溜め込んだ知識が、小さな体躯と相まって歪な何かを感じさせる。
“マギウス”が一人、『柊ねむ』は望む。地球そのものを原稿として物語を創作し、その世界を具現させることを。学士のような衣装に身を包み、両サイドを輪っかにくくったおさげが特徴の知的な少女。幼さと相反して落ち着いた雰囲気は、己の行為が悪辣と自覚していることを他者に理解させ、だからこそとても恐ろしい。
“マギウス”が一人、『アリナ・グレイ』は望む。自身のアートワークを永遠の生の象徴として君臨させ、宇宙規模のアートにソウルを委ねることを。軍服に似た衣装に身を包み、長い緑の髪が背に揺れる狂気の少女。芸術を至上とし、その表現のためならば他者の死どころか自身の死すら厭わないマッドアーティスト。
それぞれがそれぞれの分野で天賦の才を与えられた、常人とは一線を画す三人の少女達。彼女達が目指す先は、当人以外には何一つ理解できない。目標のための犠牲に対し感情を乱さない部分こそが、あるいは悪と呼ぶに相応しいのかもしれない。
彼女達“マギウス”の壮大な野望のためには、膨大なエネルギーが必要だった。灯花の固有能力である『エネルギー変換』があれば、そのための力を効率よく集めることができた。とはいえ宇宙規模で変化をもたらす計画に対しては、地球の総熱量ですら不足であった。
ならばどうするか――その答えは、元より彼女達の存在そのものが答えだった。インキュベーターという地球外生命体が、遥か銀河の彼方からやってきた理由……それこそが『感情エネルギー』だ。エントロピーを凌駕するとはいえ、その量が微々たるものであったのならば彼等が着目する筈もない。
宇宙において無数に在る生命体の中でも、非常に希少である『感情を持った生物』。それが生み出すエネルギーは原始的な熱量を遥かに超え、だからこそ目をつけられた。そして“マギウス”はそれを利用しようというのだ。
魔女をばら撒き、ウワサを拡散し、人々の悲哀や嘆きまでも糧とする。そしてそれを邪魔する存在というのが『環いろは』や『七海やちよ』、その仲間達である。
その結果起きたのが『エネルギー不足』。当初の予定より足りないエネルギーをどうするかという問題に、彼女達が出した答えは――“ワルプルギスの夜”を神浜へ呼び寄せるという荒業だった。
伝説に謳われる魔女のエネルギーともなれば、どれほど膨大だろうか。彼女達の計画において、もはや必須とすら言える決定事項となった。
地球上の誰よりも魔女に詳しい灯花とねむにより、ワルプルギスの夜を誘導する作戦が始まる。そして残るマギウスであるアリナは、配下の白羽根と黒羽根を率いていろは達の行動の妨害に向かう。
度重なるいろは達の活躍によって、マギウスの翼は揺れている。信頼される司令塔や旗頭がいたならばそこまで不安定になることもなかったのだろうが、いかんせん“マギウス”は恐怖されてはいても人望が薄い。彼女達の翼に対する態度は『道具』以上ではありえず、それを隠そうともしないのだから当然だろう。
離反を防ぐため、そして躊躇を防ぐために使用したのは――やはり“ウワサ”だ。このウワサの産みの親こそ『柊ねむ』であり、自分達にとって都合の良い化物を創り出せる、恐ろしく使い勝手のいい固有能力である。
“受信ペンダントのウワサ”。それが羽根達を洗脳するために創り出された化物であり、マギウス手製のペンダントを身に着けた者はたちまち自我を奪われるタチの悪いウワサだ。これを利用し、アリナは各地に羽根を散らした後にいろは達の元へ向かう。
最大の目的は目眩ましだ。神浜中の魔法少女を襲わせ、街を混乱に陥れ、目的を絞らせない。全てが終わった後にはワルプルギスの夜の進路は変更済み――そして、ついでに邪魔者を消せたならばなお良し。
――事態は始まった。
――瞬間に終わった。
杏子が“受信ペンダントのウワサ”を倒してしまったため、洗脳が始まろうとする瞬間に効力が無くなってしまったのだ。自我を奪われ暴走し、所構わず暴れまわる羽根達こそが計画の肝であったのだ。目眩ましに十分とは言えなくなった。
「…っ、ふざけないでヨネ。ウワサを消したのはどこのバカ?」
「何を言っているのかわからないけれど、碌でもないことを企んでいたのは理解したわ……それで、どうするの?」
「フン……やることは変わらないワケ。怖じ気づく役立たずが増えただけだヨネ。アリナ的には目の前の虫を叩き伏せられればオッケーなんですケド?」
「この戦力差でよく言えたものね。ふぅ――悪いけど、容赦しないわよ貴女達」
「ひっ…」
調整屋に向かう途中、マギウスの翼と出くわしたやちよ達。しかしアリナの不敵な笑いが唐突に怒りの表情に変化したのを見てとり、不測の事態が起きたことを看破した。戦闘そのものがやちよ達にとってあまりメリットがないため、退却を促す。しかし当然のことながら受け入れられず、やちよはため息をつきながら羽根達を威嚇した。
数の上であればアリナと羽根の数が上だ。しかしマギウスを除く彼女達は、弱いからこそ徒党を組んでいるのだ。歴戦の強者たるやちよを始め、最強を自称し、偶に他称もされる鶴乃。傭兵として実力は折り紙つきのフェリシア。盾役のさなに回復役のいろはと布陣は盤石だ。
加えて今はマミ、ほむら、なぎさが一行に加わっている。特にやちよの威嚇に便乗して機関銃を取り出したほむらは、いたいけな少女達にとって死神に見えたことだろう。ファンタジーな見た目の武器であればともかく、実銃など魔法少女にとっても恐怖の対象だ。
亜音速の鉄の塊が雨あられと向けられ、無事でいられる魔法少女は少ないだろう。少なくとも自他ともに認める弱者の羽根達にはどうしようもない。現代の武器は、大抵の超常を凌駕するのだ。
「魔法少女が機関銃…? アッハハハ! 美意識の欠片もないんですケド! もうちょっと芸術性を意識するべきだヨネ」
「戦闘に美意識なんて必要ないわ。美しさが必要だとすれば、機能美くらいのものね」
「ふぅん……一理あるかも。けど魔法少女の戦いに金属の塊を持ち出すなんて、無粋ってことに変わりないんですケド」
「無粋だの芸術性だのと……まるで芸術家気取りね」
「アリナはれっきとした芸術家なワケ」
「ならアトリエに籠もって創作活動に耽ってなさい。わざわざ表に出てきて人に迷惑をかけようなんて、それこそ無粋だわ」
「アッハハハ! 素人が言いそうなことだヨネ。生と死が織りなすアート……魔女とドッペル……アトリエに籠もってるだけじゃ見えてこないワケ!」
両腕で自身を掻き抱いて震えるアリナ。ほむらはそんな様子を気味悪そうに眺める。そもそも彼女は『芸術家』という存在が苦手であった。それは芸術家の気質が云々というよりも、過去に苦い思い出があるからだ。
魔法少女になる前の“最初の世界”。暮れる夕日の中、転校初日に友達ができずトボトボと帰路につくほむら。そんな鬱屈とした彼女に目をつけたのが、ほむらにとって初めての魔女――『芸術家の魔女』であった。
凱旋門のような本体に、結界の中にも何処かで見たことのあるような芸術作品が溢れる虚栄の魔女。自らを選ばれた存在だと自称し、己の作品を見せびらかそうとするような虚栄心が結界を構成している。
そんな魔女が初体験であったため、ほむらが芸術家という存在を苦手とするのはある意味必然だ。己を特別な存在だと信じて疑わず、他人の迷惑を顧みず、ただただ自己肯定を望むばかりの
「芸術家気取りの魔法少女、ね……そういえば初めて遭った魔女はまさにそうだったわ。独創性の欠片もない、コピーみたいな作品が結界に溢れる『芸術家の魔女』。魔女を芸術だなんて言うくらいだもの、貴女もそうなるのかしら?」
「――……」
ほむらは基本的に口下手だが、煽り合いには少しばかり定評がある。そして無自覚に煽ることには更に定評がある。そこは言ってはいけない暗黙の了解だろう……ということを、さらっと口に出してしまうドジっ娘なのだ。
先程のセリフも嫌味ではあったが、そこまで煽っているつもりはなかった。しかし独創性に執着し、自身の作品に誇りを持つアリナ・グレイという少女にとっては――完全に禁句であった。
「ヴァァァアアァァァッッ!!」
「ひゃっ…!?」
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! アリナがそんな魔女と同じ…? ――すりつぶして赤い絵の具にしてやる!」
「…っ」
ほむらの心は度重なる繰り返しで強くなった。しかしそれは『同じことに慣れた』だけとも言える。何かにつけ『初めて』の場合は醜態を晒すことが未だにあった。そして、実のところ『誰かにキレられた』ことはなかった。
不信を抱かれたことは何度もある。嫌われたことも、拒絶されたことも、咎められたこともある。けれど、狂ったように理不尽な怒りをぶつけられたことはなかった。元より対人関係に難のあった彼女は、随分と久しぶりに“怯えた”。
魔女に対峙する恐怖と、怒り狂った女性に対峙する恐怖は質が違うのだ。驚きのあまり、時間を止めて電信柱の後ろに身を隠すほどであった。今の彼女の心は、おさげでメガネをかけていた頃に近い状態である。
「ぶち殺すぅぅ!!――……ハ? え、消えた…」
「…」
「…ねぇアナタ達、あいつは何処へ消えたワケ? アリナはアイツを魔女の餌にしないと気が済まないんですケド」
「…え? あ、えっと……その」
怒りのオーラを立ち昇らせているアリナ――のすぐ後ろの電柱から顔を覗かせているほむら。やちよ達の視点からすると、あまりにも間抜けな光景であった。ほむらの行動にもだが、アップダウンの激しすぎるアリナの性格にも引き気味なのだろう。やちよは珍しく言いよどんだ。
電信柱から顔を出し、両頬を叩いて気合を入れるほむらの姿も、締まらない雰囲気に一役買っている。本人たちは至極真面目なのだろうが、やっていることはコントであった。
「…えっと」
「――っ! いつのまに後ろに…!」
「芸術家として侮辱したのは謝るわ。貴女の言ったとおり、その方面に関しては素人だから……癇に障ったことを言ってしまったのなら、ごめんなさい」
「…一度吐いた言葉は飲めないヨネ。どっちにしてもアナタ達はみーんな魔女の餌にする予定なワケ」
「…何故魔女にこだわるの? 芸術なら色んな分野があるじゃない。人に迷惑をかける前に、迷惑にならないジャンルを極めようとは思わないの?」
「アッハハハ! 他人の顔色を伺って決める芸術ってなに? アリナのアートは生と死…! 魔女には人間の死と、魔法少女の生と死が詰まってるワケ! ただの人間には絶対出せない美しさだヨネ…」
「…」
狂ったように笑うアリナに、やはり理解できないとほむらは頭を振った。そもそも生と死がアートというのも解らなければ、いちいち大仰に身振り手振りを交えるのも解らず、語尾をカタコトにする意味も解らなかった。
しかし人間の生死をアートというならば、先にそこを突き詰めればいいじゃないかと、真っ当な説得を試みる。
「その生と死というのは、魔女じゃないと駄目なの? 人間の生と死だって、そう簡単に突き詰められるものだとは思えないけれど」
「…アリナはもう自分の死は試したワケ。結果的に生き残ったケド、もう普通の人間に興味ないカラ」
「なら、生は?」
「ハ?」
「死は試したって……じゃあ、生は?」
「…生はって……アリナは生きてるし、他人の生だって表現し尽くしたし…」
「『生』と一口に言っても、色んなものがあるじゃない。恋だって生きる営みの一つだし、愛もそうじゃないかしら」
「愛とか恋とか、そんなくだらないアートはアリナ的にノットインタレステッドなんですケド」
「…え? じゃあ生と死がアートって言ってるのに、その、異性経験とかも――無いということかしら」
「――っ! そ、そんなのアリナのアートに関係ないカラ…!」
「でも……性と芸術って切り離せないものでしょう? フィリッポだって、オスカーだってラファエロだって…」
「ぐ…!」
「そういった経験って“生”においてすごく重要な……それこそ生物が生きる意味の大半を占めると言えるわよね。それを経験しないで『表現し尽くした』って、なんて言えばいいのかしら――読みもしていないのに、レビューだけを見て作品を理解したって言ってる人みたいだわ」
「…!」
戦いの場の筈が、何故かディスカッションになっている現状。そして戦ってもいないのに、敵の幹部である“マギウス”は劣勢であった。美しく整っている顔からは汗が止まらず、突き刺さるようなほむらの疑問に歯を食いしばっている。とはいえ公衆の面前で処女を暴露されればそれも当然かもしれない。
「ぐ、ぐ……ヴァ、ヴァアアアァァ…」
「誤魔化しのヴァアはやめなさい」
「う、うう…!」
「性交渉の経験もない、それどころか異性と付き合ったことすらない貴女が――『人間の生と死』はもう表現し尽くしたと、本気でそう言ってるの? …滑稽だわ」
「あ……アアアァァ!!」
ほむらの論破に、その場で崩れ落ちるアリナ。自身の矛盾を指摘され、芸術家としての未熟を指摘され、精神的に相当なダメージを負ってしまったのだろう。アリナの普段の様子からは想像もつかないが、そもそも芸術家とは基本的に精神不安定なものだ。少しショックを受けただけで何も描けなくなってしまったという芸術家の話は、枚挙に暇がない。
――しかし。彼女は世紀の芸術家に至る可能性を持った天才だ。アートを表現するために『自身がビルから飛び降りる様子』を定点撮影するような精神の持ち主だ。その意思の強靭さは、魔法少女としても芸術家としても凄まじい。
彼女はゆっくりと体を起こし、先程と同じように狂笑を浮かべて空を仰ぐ。幽鬼のように体を揺らし、宣言するように叫んだ。
「ーーアッハッハハ、ハは、アハハハ! うん、そう……簡単なことだヨネ。アハハハ!」
「…?」
そして次の瞬間には駆け出し、全員の視界から消え去った。残された羽根達は暫し呆然とした後、弾かれたように動き出し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
何もすることのなかったやちよやマミ達は、引きつったような顔で視線を交わし合っていた。まさに何を話せばいいのかわからない状況だろう。そんな中で最初に口を開いたのは――耳年増で、年の割におませないろはであった。
「あの…」
「ま、まあ結果オーライじゃないかしら。なにか企んでいたようだけど、あの様子じゃ無理でしょうし」
「いえ、そうじゃなくて、その……あの人、もしかして、えっと、そ、その…」
「?」
「そ、その……処女を捨てに、あぅ……行ったんじゃないかって。『簡単なこと』って言ってましたし、もし本当にそうなら、や、やっぱり止めなきゃいけないと思うんです! そういうのは本当に好きな人とじゃないとって……絶対、適当に捨てていいものじゃないから!」
「…!」
ほむら、マミ、なぎさ、やちよ、鶴乃、さな、フェリシア、いろは……程度の差こそあれ、先程のやり取りで全員が頬を染めていた。しかしいろはの指摘により、全員の顔が同時に青くなる。アリナの異常な様子ならやりかねないと、誰もがそう思ったのだろう。
いくら敵と言えど、うら若い少女が適当に花を散らそうとしているならば、同じ少女として止めざるを得ない。そのくらいの情はあった。特にほむらは、明確に自分のせいなのだから焦りも相当なものである。
――全員が頷き合い、走り出した。
■
神浜は大きく分けると『東』と『西』という区分になる。しかしそれは地理的というよりも、市民の意識的な意味合いが強かった。昔から西が上で東が下という――言うなれば選民意識のようなものが根付いているのだ。
実際として東の方が所得の低い世帯も多く、治安も少し乱れ気味であった。西の市民は東の市民を見下し、東の市民は西の市民を妬む。そんな気風が散見されるのが神浜という街だ。
そして今、東の『大東区』にある人気の無い道を、一人の男性が歩いていた。否、むしろ男性というより変態が歩いていた。茶色のコートで覆われた太めの体躯……しかし
端的に言うならば露出魔であった。既に何度もこの姿で外出している常習犯であり、見られることに快感を覚えるどうしようもない人間であったのだ。救いがあるとすれば、露出に狂っているだけであり、強姦をする度胸など欠片もないということくらいだろう。
そんな彼は今――痴女に襲われていた。
「勘弁してくれぇ! お、おじさん強制性交等罪で捕まっちゃうよ!」
「アッハハハ! どのみち性犯罪者なんですケド!」
「ひいぃぃ! ママァー!!」
「アリナをママにするんだよぉ!」
普通の人間(変態)が魔法少女に抗える筈もなく、無人の倉庫に引きずり込まれた男は全裸にされてしまった。彼の下半身に付いている息子は突然の状況に萎縮してしまったのか、今は小康状態であった。
しかし美少女に迫られて臨戦状態にならない訳もなく、遠からず彼の純潔は散らされる。未成年者への性行強要……たとえ真実が逆でも、信じてもらえる確率はほぼゼロだろう。人生が詰む一歩手前であった。
――そんな彼の前に、救いの手が差し伸べられる。
「――待ちなさい!」
「アッ……ハァ! 誰かと思えばガンスリンガーガール……なにしに来たワケ? アリナは今から生を味わうの。邪魔するんなら殺すケド」
「あ、貴女、本当にそれでいいの? 好きでもない、それどころかそんな汚いおっさんに処女を…!」
「ひどいなオイ!?」
「犯罪者は黙りなさい。アリナ……だったかしら。ねぇ、きっと後悔するわよ。女の子にとってそれは大事なものでしょう? 貴女は芸術家なのかもしれないけど、女の子でもあるじゃない。そんなに簡単に捨てていいものじゃないわ」
「ハァ……散々アリナに説教したアナタが言うことじゃ無いヨネ」
「ぐっ…」
「アリナはこのおっさんで新しいステージに昇るカラ。それとも何? ガンスリンガーガールに邪魔する理由でもあるワケ?」
既に下着を脱ぎ捨てているアリナ。おっさんの態勢が整い次第、花が散ることになるだろう。ほむらは頭が茹だるほどに脳内から言葉を絞り出す。確かに自分にデメリットはないが――だからといって認められる訳もない。
世の中には取り返しのつくものとつかないものがある。彼女の処女は間違いなく後者で、このままでは本当に好きな人が出来た時にきっと後悔するだろう。自身に関係がないとしても、目の前に咲いている美しい花が無理矢理に手折られるのを良しとしたくない……ほむらはそう思った。そしてなによりも、彼女が正気に返った時にまたキレられるのが怖かった。
どうすれば止められるのか――悩み、悩み、とにかく悩む。おっさんの醜悪なオットセイは既に成長しきっている。もう幾ばくの猶予もない。数秒の後には鞘に剣が収まってしまうだろう。この場にはアリナとおっさんと自分の三人のみ……そして何かアクションを起こせるのは己だけだ。
――手段は一つだけだった。
「――っ!?」
「ぐええぇっ!?」
時間を止め、緑の美少女を抱きしめる。足元で何かが潰れたような音がしたが、それを無視してほむらは、唇が触れ合う寸前までアリナに顔を近付けた。一瞬で場面が変化したことに、驚愕の声を漏らす少女。甘い吐息がほむらの鼻孔をくすぐる。
「…どういうつもり? アハ、まさかガンスリンガーガールがお相手してくれるワケ?」
「そうだと言ったら?」
「ふぅん…? アリナ的にはどうだっていいケド。じゃ、早くしてヨネ」
体重を預けてくるアリナに対し、ほむらはその背中に手を回しつつ口を開いた。とにかく今は時間を稼ぐことが肝要だ。納得できる詭弁を、無理くりに捻り出す。
「…いいの?」
「いいカラ、早くして」
「そうじゃなくて……順序を踏まなくていいのか聞いてるの」
「…順序?」
「
「む…」
考え込むアリナに、なんとかなっただろうかと胸を撫で下ろすほむら。既にこの場所は連絡済みであり、遠からず全員が集まるだろう。納得しなかった場合は、とにかく数を頼りにふん縛るという手段も視野に入れる必要がある。
それに加え――杏子への説明と釈明も必要であった。彼女も神浜へと既に足を踏み入れており、魔法少女の真実を知ったと連絡をしていた。杏子に何が起きたのかはほむらに知る由もないが、きっと話すべき時がきたのだろうと目を瞑る。
此処に全員が集まり、全てが共有される。ほむらのこと、神浜で起きていること、マギウスが企んでいること――最後に関しては話してくれるかも不明だが、なんにしても事態は動くだろうとほむらは感じた。
もう一度スマホを確認してみれば、何故か圏外になっている。ほむらは首を傾げながらソウルジェムに魔力を込め、テレパシーを繋いだ。キュゥべえを介さない念話は大した距離を繋げないが、ちょうどよく全員が近くで合流したようだ。
すぐ近くにいることを伝えられ、倉庫の扉を開けて待っていようとほむらが歩き出し……その直前、アリナに肩を掴まれる。そして偶然の女神が起こした奇跡だろうか、
「ガンスリンガーガールの言うことも一理あるワケ。だから――まずは“A”だヨネ」
「――んむっ!?」
「お待たせ、暁美さ――っ!?」
「オイほむら、あたしになんか言うこと……っ!?」
「あーっ!?」
倉庫に集まった面々の目に入ったのは――唇を重ね合うアリナとほむらの姿であった。
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