ほむら「ハーレムつくったら全部上手くいく気がしてきた」   作:ラゼ

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マギアレコードの名詞が一つだけ出てきますが、知らなくても特に問題はございません

神浜市:キュゥべえが干渉できない地帯

これだけ知っていてくだされば問題ないかと


意外と素直な孵卵器

 もう数えるのも億劫になるほどの遡行の果て。ワルプルギスの夜まであと一ヶ月となる、時間遡行のその初日。彼女は自室で思考に耽っていた。今まで救えなかったかけがえのない友達の言葉を、何度も何度も反芻する。

 

 ーーそれでも私は魔法少女だから。この街を救いたいの。

 

 ーーキュゥべえに騙される前の、馬鹿な私を助けてあげてくれないかなぁ。

 

 ーー私、それでも魔法少女になる。魔女になるって解ってても。

 

 ーーほむらちゃんは強いね。私もそんな風になれたらなぁ。

 

 ーー誰かに頼られるって、ほんとに嬉しいなって。

 

 ーー変態! 変態! 変態!

 

 

 笑っている少女。泣いている少女。儚げな少女。力強い少女。世界によって様々で、けれど全てが大事であってーー混ざりあって、溶け込んで、体を満たす。

 

 ほむらは目を開けて、両手で頬を叩いた。自分で自分を叱咤する、鼓舞する。眼鏡を外しただけでは届かない。髪をほどいたところで救えない。だから強く強く念じた。

 

 彼女は今から舞台役者。誰もが羨むスーパースター。救われるべき者を当然のように救い、悪者には鉄槌をくだす。けれど卑怯な手だって使う、ちょっぴり物騒なダークヒロイン。

 

 二枚舌の宇宙人が相手なら、彼女の舌は三枚にも四枚にも増えていく。最初に憧れた魔法少女のように、太陽みたいにはなれないけれど、白鳥を目指してみよう。水面下では必死に足をバタつかせるけれど、優雅に辿り着いてみせよう。

 

 ーーほむらはそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜。ほむらはいつも通り、所定の場所に出る魔女を狩っていた。もはや作業と化したその戦いも、心機一転してみれば清々しいものだ。カツンと落ちたグリーフシードを盾にしまい、ストックを増やす。

 

 ワルプルギスの夜クラスの魔女であればともかく、雑魚といってもいいレベルの敵であれば、彼女はほとんど魔力を消費しない。火力を重火器頼りにしている都合上、攻撃に魔力をほとんど割かないからだ。銃弾に纏わせる程度であれば、直接魔力で攻撃するよりも遥かに燃費がいい。行動パターンも完全に把握している以上、時間停止すら必要がない。

 

 魔女の結界が崩れ、景色が歪み始める。そろそろか、とほむらは色んなものを飲み込んで、笑顔をつくった。憎しみも、悔しさも、悲しさも、全てを飲み込んで、待ち受けるのは全ての元凶だ。

 

 インキュベーター……通称『キュゥべえ』。いたいけな少女を地獄の道に引きずり込む、白い悪魔だ。大きい視点でいえば宇宙の救世主なのかもしれないが、少なくとも感情ある生物からみれば最悪の侵略者に違いない。

 

 けれど彼女はもう気にしないことにした。というよりも、合理的にいくことにした。感情がないと自称するキュゥべえ相手に、怒りを向けることの愚かしさに気付いたのだ。

 

 ゲームで理不尽な負けかたをしたからといって、コントローラーに当たり散らす人間は馬鹿だ。クレーンゲームで景品を取れなかったからといって、ガラスを叩く人間は馬鹿だ。

 

 それと一緒で、キュゥべえは性能が高い電化製品なのだ。基本的に決まり事は破らない、叩けば直る(復活する)、量産品の消耗品。それに感情を乱すこと自体、不毛としか言いようがないだろう。

 

 故にほむらは覚悟を決めた。これからの日々は、基本的に逆張り予定だ。今まで(ないがし)ろにしてきた人達に愛を振り撒いていく心算だ。

 

 ならばキュゥべえは? その答えはーー

 

「あら、遅かったわねキュゥべえ」

「僕は僕を必要としている魔法少女のところに現れるからね。手持ちのグリーフシードはまだ使えるみたいだし、君にとってはまだ会う必要がなかったんじゃないかな」

「そうね……ならどうして会いにきたの?」

「それは君の方が知っていそうだけど……言葉にした方がいいかい?」

「ええ。是非」

「うん、それじゃあ聞くよ。君はいったい何者なんだい? 契約した覚えのない魔法少女なんてものは、ありえない筈なんだ。だけど現実に君はいる」

 

 こてんと首を傾げて問うキュゥべえ。中身を知っていれば、あざとさというよりも不気味さを感じるだろう。彼はーー“彼等”は、少女が受け入れやすい姿形や仕草を研究して実践しているだけだ。そこに一切の愛嬌はない。

 

 しかしほむらは意に介さず、キュゥべえを抱き上げて歩きだした。目指すは我が家。別に人に聞かれなければどこだって構わない。しかし己の本拠地(ホーム)の方が安らぐのは確かであり、これから彼を騙くらかす都合上、少しでもリラックスできる方がいいと判断してのことだ。

 

「どこへ行くんだい?」

「私の家よ。少し長くなりそうだから」

「別にさっきの場所でもよかったんじゃないかな。人が通ることもないだろうし」

「駄目よ。全然駄目だわ、キュゥべえ。マミからよく言われてるでしょう? 男の子なら女をエスコートしなさいって。あんな埃臭いところで女の子とお喋りしようなんて、キュゥべえ失格だわ」

「訳がわからないよ……それにマミのことを知っているのかい?」

 

 腕の中のキュゥべえを弄くり倒す。銃殺、爆殺、斬殺とかなりのパターンを体験してきたほむらであったが、そういえば間近で観察したことはなかったな、と好き放題に弄りだす。謎の耳毛に謎のリング。無機質な目をつつき、グリーフシードが放り込まれる穴の部分を押したりへこましたりと好き勝手だ。

 

「その行動にはなにか意味があるのかい?」

「そうね……強いて言うなら『意味がないことに意味がある』といったところかしら」

「どういう意味だい?」

「つまるところ…」

「うん」

「意味はないわね」

「そうなんだ……なら何故そんなことを?」

「ふふっ……質問ばっかり」

「なぜ笑うんだい?」

「それが解れば貴方も魔法少女ーーいえ、魔法キュゥべえになれるでしょうね」

 

 キュゥべえをからかいながら帰路につくほむら。出来の悪いAIかのような質問攻めに苦笑する。疑問を知りたいというのは感情ではないのだろうか。それともその答えを知識に組み込むことで、より少女達の勧誘を成功させやすくするつもりだろうか。そんな益体もないことを考えながら、家の扉を開けた。

 

「素敵な部屋だね」

「それ、誰にでも言ってるんでしょう?」

「そんなことはないさ」

「嘘よ」

「嘘じゃないよ」

「じゃあ証明して。私の部屋を愛してるって…!」

「いや、愛してはいないけど…」

「知ってるわ」

 

 キュゥべえをからかう、というのはほむらにとって今までにない体験だ。意外とそんなところから突破口が見えたりするんじゃないかと、会話を続ける。そして彼女が改めて感じたことは、何度もやり直しているというのに、知らないことが非常に多いという点だ。

 

 どこもかしこも柔らかさが一定だったり、耳毛を上げても穴がなかったり、謎のリングを取り上げるとほんの少し不快そうにしたり、尻尾の付け根を強く押すと『きゅっぷい』と声が出たりと、間違いなく不思議生物だ。

 

「そろそろ話をきゅっぷい、始めきゅっぷい、てくれないかな。ここまでぞんざいに扱われきゅっぷい、たのはっぷい、久しぶりきゅっぷいだよ。きゅっぷい」

「ふふっ」

「きゅっきゅきゅきゅっきゅっききききゅっきゅきゅっぷきゅっぷいきゅっぷいきゅっきゅきゅっぷい」

「ふふふっ…!」

「僕で遊ぶのはやめてくれないかな!」

「あら、怒ったの? もしかしてキュゥべえ……怒ったのかしら? おめでとう、きっと貴方ならエントロピーも凌駕できるに違いないわ」

「怒ってないよ。僕に感情といった類いのものはないからね。そういった発言が出るってことは、君もそれを知ってるんだろう?」

「すごい早口になったわね」

「そんなことはないさ」

 

 本題に入りたがるキュゥべえを無視して、モルモットにし続けるほむら。いつもいつも逃げられていただけに、とても新鮮な感覚なのだろう。なによりこの口達者な孵卵器に対し、会話で主導権を握ったのは初めてのことだ。それだけでも進歩といえるだろう。

 

「そろそろ本題に入りたいのだけれど」

「うん。それは僕のセリフだよね」

「かもしれないわね。じゃあ……質問形式にしましょうか。何が知りたいの? キュゥべえ。男が女の子へ質問する時は紳士的に、よ」

「うん、それじゃあまずは名前からお願いしようかな……おっと、僕の名前はキュゥべえだよ」

「ふふ。そうね、紳士たるものまずは自分から名乗るべきよね。そして名乗られたのなら返しましょうーー私の名前は『暁美ほむら』」

「ありがとう。それでほむら、一番聞きたいのはーー」

「バッド。許可してもないのに下の名前で呼ぶなんて、チャラ男かホストか勘助の類よ」

「…それは失礼したね。それで、暁美ほむら。聞きたいことなんだけどーー」

「そんな他人行儀なんて、悲しいわキュゥべえ」

「どうしろっていうのさ!」

「あら…? 貴方、感情が…?」

「ないよ。僕に感情なんてもの、あるわけないじゃないか」

 

 率直にいって、面白い。ほむらはそう感じた。最初からこっちの路線で攻めた方がよかったんじゃないかという面白さだ。かなり昔、耳にした情報ーー『僕達にとって感情というのは、稀に起こる精神疾患のようなものだ』という発言は、実のところとても重要だったのではないだろうかと、ほむらはそう考える。

 

 感情無い生物が感情の獲得に奔走し、失敗したのは必然だ。理解できないものを、そして現物すらないのに得ることなどできはしない。感情が欲しいなら、感情ある生物から、前提を理解された上でアプローチの必要があるのかもしれない。

 

 稀に起こる精神疾患とはつまりーー今のほむらのような“いい性格”をした感情ある生物に、からかわれ続けた結果なのではないだろうか。

 

「そろそろ真面目に話をしましょう」

「…とても建設的な提案だね。それでほむら、君はどうやって魔法少女になったんだい? 僕達が関わらない魔法少女契約というのは聞いたことがない……とても不思議なんだ」

「そんなことないわ。私は貴方達に頼まれて魔法少女になったんだから」

「…? どういう意味かな」

「鹿目まどか」

「…彼女が関係しているのかい? あの信じられない因果の量を持つ少女が」

「そう。結果としていうなら、貴方達は誘蛾灯に引き寄せられた羽虫だったのでしょうね」

「…?」

「あの娘が魔法少女になり、魔女になった際、この星のノルマを越える量のエネルギーが得られる……そうでしょう?」

「うん、間違いないね」

 

 きょとんとした風に耳を傾けるキュゥべえ。それは魔法少女の真実を知っているというのに敵意の欠片もない珍しい存在への興味でもあり、自分達ですら最近気付いたばかりの、とてつもない因果量を持つ少女を知っているという情報への疑念でもあった。

 

「あの娘が魔女になればどうなるか、試算はできているの?」

「ある程度はね。ただ僕達も感情エネルギーというものに対して、完全に理解できているわけじゃないんだ。ソウルジェムが濁りきった際の感情の質、そして振れ幅によってどんな魔女になるかも変化する。一つ言えるとするならーー最低でも地球という星は滅ぶだろうね」

「はぁ……甘すぎるわ。スイートキュゥべえと言ってもいい」

「訳がわからないよ」

 

 大袈裟にため息をつき、肩を竦めて首を振る。まるで洋画のようなわざとらしさだが、キュゥべえは感情の機微が理解できないからこそキュゥべえ足り得るのだ。むしろ解りやすい感情表現の方が、彼等としても同じく解りやすいだろう。

 

「ちゃんと理解できていないエネルギーを扱う危険性……知らないということはないでしょう? 貴方達から見れば、危険と知っていてなお原子力を扱っている人間達はどう映っているの?」

「それは心外だなぁ。僕達に感情がないから完全に理解できていないだけであって、数千年にわたるノウハウはちゃんとあるさ。安全性に問題はないよ」

「…そんなことだからああ(・・)なるのよ」

「どうなるっていうんだい?」

 

 唇を舌で湿らせて、突拍子もない大嘘を並べ立てる。彼等に対して詐術を持ち入るなどと、普通に考えれば正気の沙汰ではない。しかし案外と盲点ではないだろうか、というのがほむらの見解だ。

 

 人間のことは知り尽くしているだろう。人間が嘘をつくというのも知っているだろう。しかし彼等が嘘に対して被害を(こうむ)ったことは、実のところ少ないのではないだろうか。彼等はその技術力をもって多角的に判断できる。故にそうそう騙されることなどないだろうし、そもそも欲というものがほとんどない。嘘の必要性自体、今一つ理解できていない可能性すらある。

 

 ならば検証不可能なほむらの言に惑わされる確率は、けして低くないだろう。ある程度の真実、そして彼等しか知り得ない筈の情報を引き合いに出せば、信憑性も高まるというものだ。

 

「まどかの魔女……貴方達が名付けた《クリームヒルト・グレートヒェン》……それがもたらした被害。聞いてみる?」

「…やっと解ったよ、ほむら。君は未来から来たんだね。それなら僕達に契約の覚えがないのも説明がつく」

「ええ、その通りよ」

「話を続けてくれるかい?」

「もちろん。そのために私は過去に戻ったんだもの……貴方達に頼まれてね」

 

 ヒントを散りばめて、聞く側に推測させる。それが嘘を真実に近付ける手っ取り早い方法だ。ただただ情報を垂れ流すだけでは疑念が鎌首をもたげてしまうーーとはいえ感情のない彼等にそれがどれだけ通用するかは未知数だ。やって損はない、程度の話術だろう。

 

「貴方達が延々と、永い時間をかけて増やしてきたエネルギー……宇宙の熱量の総和。その数%にもなるエネルギー量を持った魔法少女が魔女になる時、どうなるか……本当に解らなかったの?」

「…どうなったんだい?」

「貴方達が増やしてきたと思い込んでいた(・・・・・・・)熱量……その全てを飲み込んで、最悪の魔女と化したわ。それが偶然なのか必然なのかは解らない。言えることはただ一つ。貴方達の技術力をもってすら、無数に広がる宇宙の種族への被害を止めることは出来なかった。覆したエントロピーは、それ以上の損失をもって大災害となった」

「それは……本当なのかい?」

「わざわざ過去に戻ってまで嘘をつく必要性があるのかしら。もう一つ言うなら、私は『手段の一つ』に過ぎない。貴方達が講じたいくつもの『対抗策』……その一つとして、送り込まれたにすぎないわ。もしかしたら私が過去に渡った後、解決手段を見いだして平和になった可能性だってある」

「…」

「それでも私は役目を果たさなくちゃね。キュゥべえ……いえ、“インキュベーター”。『鹿目まどかには手をだすな。彼女がその寿命を終えるまで見届けることが、破滅への回避手段となる』ーー確かに伝えたわよ」

「…」

 

 無機質な瞳がほむらを見据える。あるいはそこにほむらは写っておらず、仲間、もしくは彼を創ったという“大元”へ報告中なのかもしれない。たっぷり数分ほど沈黙した後、彼は口を開いた。

 

「なにか証明できるものはあるかい?」

「無いわね。そもそも地球が滅びかけていた上、魔法少女になれる素質を持ったものが私以外にいないほど切羽詰まっていたもの。私自身がちゃんと説明できるほど説明されていない。それに選択肢があれば、もう少しまともな魔法少女を選ぶでしょう? 貴方から見ても、私の素質の低さはわかると思うけれど」

「…確かに」

「貴方達が万能じゃないというのは、自分達でも理解しているんじゃない?」

「…それは神浜市のことを言ってるのかな」

「(ーー神浜…?)ん、そう……かもしれないわね」

「…うん、君の存在……そして役割は理解した。それが本当なら僕達も軽々しく契約することはできない。確かに突然といってもいいほど急に表面化した彼女の素質は不自然だ。あるいは神浜にある、僕達が干渉できなくなった領域もなにか関係があるのかもしれない。同時期に二つの不可解な事態ーー偶然とは思えないからね。当分の間、鹿目まどかに契約は持ちかけないことにしよう」

「ええ、それがいいでしょうね」

 

 キュゥべえの出した結論に対し、素っ気なく返事をするほむら。しかし心の中ではこれでもかとファンファーレが鳴り響き、盛大なパレードが開かれていた。一人になった瞬間、小躍りし始めることは間違いないだろう。

 

「じゃあ僕はこれで。とても有意義な時間だったよ、ほむら」

「ーー待って、キュゥべえ」

 

 しかしキュゥべえが帰ろうと動き出した際、重要なことに思い当たった。それは『ワルプルギスの夜』に対抗するための、戦力の確保だ。まどかとさやかが魔法少女にならないとなれば、上手くやったとしても戦力は三人。暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子のベテラン衆。

 

 けれどそれでは足りないのだ。二回目の世界では三人で挑んだ。しかし及ばなかった。いくつかの世界で、四人の戦力をもって臨んだこともあった。結果は、今ほむらが戦い続けていることでわかるだろう。

 

 けれど今回は、キュゥべえが鹿目まどかに固執していない今回だからこそ、取れる手がある。基本的にキュゥべえは魔法少女のサポート役なのだ。お願いすればある程度まで助力してくれるのは、魔法少女であれば誰でも知っている。

 

 何故彼等がそんなことをしてくれるのかといえば、言わずもがな魔法少女の死因ナンバーワンが『魔女に敗北すること』だからだ。キュゥべえは別段地球人を陥れたいわけではなく、エネルギーの確保のために働いているだけだ。魔法少女にはソウルジェムを濁らせて魔女になってほしいのであって、人のまま死んでしまわれてはその分のエネルギーは丸損になる。故にある程度までは戦闘の指南、補助くらいは支援していた。

 

 そしてワルプルギスの夜への対策、準備期間において彼が暗躍するのは、鹿目まどかという少女が契約するための舞台作りのためだ。それがなくなったとすれば、むしろほむら達を支援するのに否やはないだろう。

 

 嵐が過ぎ去った後、残ったのは魔法少女達の死体のみ……そんなことになれば勿体無いお化けが出てしまう。実際のところ、魔女との戦闘でソウルジェムが濁りきり、そのまま魔女になる魔法少女は少ない。

 

 ソウルジェムは魂そのもの。それが濁っていけば苦しみを伴う。魔女化する直前ともなれば、動けたものではない。そして戦闘中にそんなことになれば、ソウルジェムが濁りきる前に魔女に殺されてしまうのは当然のことだ。

 

 魔女になる魔法少女というのは、実のところ意外と少ないのだ。だからこそその事実を知る者が少なく、魔法少女システムが破綻しないというのは、皮肉かもしれない。

 

 ーーつまり、今のキュゥべえは限定的ながら味方として扱える。

 

「なんだい? ほむら」

「少しお願いがあるのだけど…」

「うん。僕にできることならなんでも聞くよ」

「一か月後……ワルプルギスの夜が来ることは把握しているかしら」

「ああ、そうみたいだね。未来からきた君が知っているのは当然か」

「宇宙の延命のために動く貴方達のことはソンケイシテイルケレド、私も一個の生命として、死にたいわけじゃないのよね。できれば協力してほしいのだけれど…」

「具体的にはどうしてほしいんだい?」

「ええ、無限ともいえる貴方達の物量をもってワルプルギスの夜を圧死させるプランとーー」

「無茶苦茶だよ!」

「もしくは近隣の魔法少女の情報が欲しいわ。特に巨大な魔女に有効な攻撃手段をもっているような娘の情報」

「う、うん……それくらいなら手伝うよ。それよりほむら、僕達は決して無限じゃないし、死んでしまうのは効率的によくないんだ。知っておいてくれるかい」

「了解よ」

 

 何度も後ろを振り返りながら出ていくキュゥべえ。それが名残惜しさと対極に位置しているのは誰が見ても解るだろう。

 

 とにもかくにも上手くいったと、ほむらは喜んだ。いつ嘘がばれてもいいように、予定している行動を変えるつもりはない。しかしそれはそれ、これはこれ。狂喜乱舞のほむらは、あまりの嬉しさに服を脱ぎ、全裸で床を全速力で転がったり、ベッドにルパンダイブをしてみたり、巨大な(いかり)型の釣り時計にぶら下がってターザンをしてみたりと、全力で喜びを表現した。

 

「あ、ほむら言い忘れていたんだけど……………………えっと、何をしているんだい?」

「ーーっ」

 

 そして再び部屋へ侵入してきたキュゥべえにそれを見られ、真顔に戻った。現在は荒ぶる鷹のポーズ(全裸)を決めていたところだ。これでもし自分が喜んでいることを悟られ、それが嘘の成功に起因していると看破されては台無しだ。故にほむらは、こういうしかなかった。

 

「…寝る前の……ルーティーンといった……ところかしら」

「そ、そうなんだ。集中しているところに悪いことをしたね。じゃあまた改めて話をしにくるよ……暁美ほむら」

 

 『ほむら』から『暁美ほむら』に呼び方が変わっていることにそこはかとない壁を感じつつ、今度こそ家を出ていったキュゥべえを見送る。

 

 これからーー少なくとも一か月は、毎晩怪しまれないように裸踊りをするしかなくなった……そんな日の夜であった。


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