ほむら「ハーレムつくったら全部上手くいく気がしてきた」   作:ラゼ

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鬱展開ではありませんが、真面目な話の回になります。シリアスオンリーは完結までにこの一回だけですね。



交わる運命

 ワルプルギスの夜――その本当の脅威。それは街一つを容易く破壊する攻撃力でもなく、結界を持たない特殊性でもない。ただただひたすらに“硬い”という点だ。あらゆる現代兵器をその身に受け、大規模な工場を一つ犠牲にする程の爆発を食らって尚、何事もなかったかのように佇む堅牢さ。それこそが伝説たる所以といえるだろう。

 

 問題はその硬さの質である。魔法少女の攻撃が現代兵器を上回るかといえば、まずありえない。しかし魔法少女の攻撃と現代兵器のどちらが魔女に有効であるかといえば、前者に軍配が上がるだろう。物質的な部分より魔力的な側面の方が強い“魔女”。物理的な破壊力よりも、その攻撃に魔力がどれだけ込められているかが重要だ。

 

 とはいえ物理攻撃に意味がないかといえば、そんなことはない。よほど強い魔女でもなければ、人間の英知の結晶たる兵器に抗うことはできないだろう。問題は『ワルプルギスの夜』という魔女が、その“よほど”に分類されているという事実だ。ほむらの貧弱な魔力を兵器に纏わせても、ほとんど意味がない程の硬さ。

 

 故にこの魔女を討伐するにあたって必要なものは『超火力を持った魔法少女』である。その点を鑑みて、マミと杏子はどれほどのものかといえば――『ワルプルギスの夜』を討つには少し足りない。彼女達の最大の一撃は確かに相当な火力を持っているが、それは経験と努力によって得たものが大部分……つまりは後天的なものだ。杏子は槍の技巧や幻覚による戦いが持ち味であり、マミに至っては“リボン”などという攻撃には向かない魔法が基本になっている。伝説の魔女を相手取るには、元々の魔法が攻撃的な性質を持つ魔法少女――特に一点火力に長けた攻撃手段を持つ者が必要なのだ。

 

 そんな魔法少女の助力を、ほむらは神浜市に求めた。美雨に聞いただけでも相当に多種多様な魔法少女が身を置く街だ。一年ほど前、魔女が増え始めるまでは魔法少女同士の争いも絶えなかった故に、戦闘に長けた者が多いこともほむらにとっては好都合である。

 

 欲しい人材はマミのような遠距離砲撃役、それを護る守勢に長けた魔法少女。魔女に近いレベルで厄介な『ワルプルギスの夜の使い魔』――それを狩る、素早い遊撃役。ほむらのようにサポートにこそ本領を発揮する援護役。そして戦況を決する一撃を持った火力役だ。

 

 奇しくも、もっとも必要な火力役とは既に交渉を終えている。『深月フェリシア』――彼女の武器であるハンマーは凄まじい破壊力を有する。特に必殺技『ウルトラグレートビッグハンマー』は、そのネーミングセンスを気にしなければ魔法少女トップクラスの一撃だろう。

 

 猪突猛進かつ武器がハンマーという都合上、魔法少女同士の戦闘では小回りが利かず相性負けも有り得るが、対魔女戦において彼女ほど心強い存在もいない。雇うにあたって彼女の実力を試したほむらの驚きは相当なものであった。なまじ『千円で雇える程度の傭兵』という先入観があっただけに、その驚きもひとしおだったのだろう。

 

 しかしまだ足りない――元より火力偏重主義のほむらだ。火力役が一人だけというのも少々心もとなく、他の役割の魔法少女も探すために神浜へ足を向けるのは当然だった。

 

 基本的に神浜の魔法少女に対する情報源は美雨、フェリシア、そして鶴乃の三人だ。しかし知り合って間もない間柄で踏み込んだ事は聞き辛く、そして魔法少女は誰もが好意的とは限らない。事情を話して協力してもらうにしても、人は慎重に選ぶべきだ。そして現状でワルプルギスの夜の襲来を伝えたのはフェリシアのみである。つまり彼女はほむらが戦力を集める理由と、強い魔法少女を探していることに理解があるという訳だ。

 

 しかし今時の中学生であるというのに、スマホどころか携帯すら持っていない彼女と話をするためには、住居まで赴かなければならない。契約のこともあって住所は把握していたため、地図に従って『暁美ほむら』『巴マミ』『百江なぎさ』の三人はフェリシアの住まいに辿り着いたのだが――

 

「…お屋敷?」

「おっきいのです…」

「良いところの娘だったのかしら……黙っていれば外国のお嬢様みたいではあったけれど」

 

 住所の通りであれば、その建物がフェリシアの家で間違いない。しかし“傭兵”という印象からは程遠い、かなりの大きさの洋館が彼女達の眼の前に佇んでいた。どう考えても労働基準法違反なバイトをしていたことも相まって、前情報からの想像とは異なっていたのだ。パチパチと目を瞬かせて棒立ちになる三人――そんな彼女達に、背後から声がかけられる。

 

 そこにはマミ達よりもかなり年上であろう女性が、買い物袋を両手にぶら下げて立っていた。髪は腰まで届くほど長く、ほんの少しだけ青みがかった髪色が艶やかに揺れている。雰囲気はどこかほむらに似た様子を思わせ、姉妹と言われれば納得できる顔立ちだ。そして指には魔法少女の証たるソウルジェムの指輪が嵌められていた。

 

「…家に何か用かしら」

「――ごめんなさい、この家に深月フェリシアさんが住んでいると聞いたのだけど…」

「あっ…!」

「…? どうしたの? マミ」

 

 彼女がこの家の住人だと判断したほむらはフェリシアの所在を尋ねようとしたが、その途中でなにかに気付いたようなマミの声に言葉を止める。まじまじと女性の顔を見つめるマミの表情は、どちらかというと好意的な雰囲気だ。もしや知り合いであったのだろうかと、続く言葉を待つほむら。しかし彼女から発されたのは、常の印象とは異なる少々ミーハーなセリフであった。

 

「あの、もしかして……『BiBi』の七海さんですか? ファッションモデルの!」

「…ええ、そうよ。どうやって住所まで調べたのかは聞かないけど、仕事とプライベートは分ける主義なの……申し訳ないけれど――」

「あっ、ごめんなさい。えっと、それは偶々で……今日は深月フェリシアさんを訪ねてきたんです」

「フェリシアを? …あの娘とはどういう関係なのかしら」

「雇い主と傭兵の関係よ――魔法少女の、ね」

「――そう。まったくあの娘は…! みかづき荘専属の傭兵って約束を忘れたのかしら……忘れたんでしょうね。はぁ…」

 

 ファンを無下に扱うわけにもいかないが、プライベートに踏み込んできてほしくはない。そんな雰囲気でマミを牽制する女性――『七海やちよ』。

 

 神浜西エリアのリーダー的な存在でもあり、実力の方も折り紙つきだ。なんといってもその魔法少女経歴は他のそれと一線を画す。マミのように二年間を生き抜いた魔法少女ですらベテランと呼ばれる界隈において、七年という長期に渡り活動してきた猛者だ。ほむらのような例外を除けば、世界有数の長命な魔法少女と言えるだろう。

 

 というよりもそろそろ“少女”ではないことを気にしているくらいだ。ファッションモデル兼大学生……ピチピチの十九歳、そしてギリギリ未成年の、色々気になるお年頃である。

 

 マミにファンとして来たことを否定され、ほむらにフェリシアとの関係を知らされた彼女は、ため息を吐きながら来客を案内する。ただでさえ多くの問題を抱えている現状、専属の約束をした筈のフェリシアが軽率に契約を交わしたのだから、そのため息も当然だろう。時間からして、もう帰っているだろう彼女をどうとっちめるか考えつつ居間へと向かう。

 

「おかえりなさい、やちよさん……後ろの方達は、えっと…?」

「ただいま、いろは。この娘達は――」

「見滝原の魔法少女。暁美ほむらよ」

「こんにちは、お邪魔するわね。私も見滝原で魔法少女をやっている巴マミよ」

「百江なぎさなのです!」

「こ、こんにちは……(たまき)いろはです」

 

 居間で彼女達を迎えたのは、桃色の髪を肩まで伸ばしている中学生程の少女。名前は『環いろは』――神浜へは失踪した妹を探しにきた、妹思いの優しい少女だ。紆余曲折を経てこの『みかづき荘』へ下宿しており、やちよやフェリシア、鶴乃を含んだ五人組のリーダーである。少しおどおどとした部分はあるものの、芯の強さと他人への思いやりを併せ持っている、チームの中核に相応しい魔法少女だ。

 

「フェリシアは?」

「えっと、デカゴンボールの新しいパックの発売日だからって……さなちゃんと買いに行きました」

「そう……というわけだから、少し待っていてもらえるかしら」

「ええ、ありが――」

「ししょー! やちよししょー!」

「…っ! この声は…!」

 

 ソファへと促され、腰を下ろすマミとなぎさ。ほむらも同様に腰を落ち着けようとするが、玄関から聞こえてきた快活な声を耳にしてぎくりと身を固まらせる。ドタドタと近づいてくる足音から身を隠すように、隣にいたやちよの背にしがみつく。その数瞬の後、意気揚々と居間に姿を現したのは『由比鶴乃』。先日ほむらも顔を合わした魔法少女だ。

 

「ししょー!」

「うるさいわよ鶴乃。いまお客さんが来ているんだから、もう少し静かにしなさい」

「そう! そのお客さん! わたしの永遠のライバル!」

「なによそれ…? この娘達がそうだっていうの?」

「むむ! …あれ? ほむらの匂いがしたのに…」

「匂い!?」

「あ! いたー!」

「しまっ…!」

 

 思春期真っ只中の少女として、匂いで所在を理解されたなどという事態は腹に据えかねるものがある。つい声を上げてしまったほむらは、近付いてくる鶴乃の盾にするようにやちよの腰に纏わりつく。まるで先生を盾にする小学生のようであった。後ろに回り込もうとする自称ライバルに対し、家主と思われる女性を中心にしてぐるぐると回転する少女達。三十秒ほどそれが続き、いったい何が起きているのかと混乱していたやちよも、ようやく気を取り直して鶴乃へ一喝した。

 

「いい加減にしなさい! どうしたっていうのよ、もう…」

「まったくだわ。もう決着はついたのだから、付き纏わないでほしいのだけど」

「あまーい! 本当の絆を取り戻したわたしに死角なし!」

「はぁ……せぁっ!」

「へぶっ!?」

「真上からの攻撃は死角だったみたいね」

「や、やちよー……ひどい…」

 

 やちよはとても聡明な魔法少女だ。ほむらと鶴乃のやりとりから、後者に問題があると判断して制裁を下した。最近は落ち着いているものの、かつては誰彼構わず戦いを吹っかけ、最強という称号を己のものにせんとしていた鶴乃だ。きっと似たようなことが起きたのだろうと判断し、ようやく腰から離れた少女に謝罪する。

 

「ごめんなさい……偶に暴走するのよ、この娘」

「気にしないで。助けてくれてありがとう」

「うぅ…」

「ほら、鶴乃も謝りなさい。それとなぜ暁美さんにこだわるの?」

「うぅ、ごめんなさい……でもししょー! 何回挑んでも指一本触れずに負けちゃうんだよ!? 最強の魔法少女としてはー……くぅー!」

「貴女が――指一本触れずに、ですって?」

「うそ…!」

 

 鶴乃の実力を知るやちよ、そしていろはが驚愕の視線でほむらを見つめる。最強かどうかはともかくとして、鶴乃は自他ともに認める神浜の強者だ。彼女に勝利できる者はいても、まったく苦戦しないような魔法少女はいないと断言できる――そのくらいの実力は持っているのだ。故に信じられないものを見るような視線も当然といったところだろう。

 

 そしてそれを受けるほむらは、むず痒そうに身を捩らせていた。所詮は反則じみた固有能力のおかげなのだから、過大評価もいいところだ。実際問題として、時間停止がなければ真逆の結果になるのだから、謙遜ではなく客観的な真実である。

 

「ふふ、気にしない方がいいですよ。私も腕には自信がありますけど、暁美さん相手だと罠を張るか先手を取る以外には絶対勝てないでしょうし」

「ふぅん…」

 

 見るからに弱そうなほむらとは逆に、マミは明らかに強そうだ。そんな彼女が絶対に勝てないと言うのだから、鶴乃の言葉も加味すれば疑いようのない事実なのだろう。やちよは一つ頷いてソファへと座る。それほどに強い魔法少女がなぜフェリシアを必要とするのか――何かを企んでいるのならば、暴かなければならないという責任感が彼女にはあった。どんな魔女相手であっても、鶴乃を易々と降すような魔法少女と、更に二人の人員がいて足りないということはないだろう……そう考えて。

 

「暁美さん、貴女は――」

「ほむらでいいわ。それとごめんなさい、敬語が苦手なの……できれば気安く接してくれると嬉しいわ。生意気だと思うでしょうけれど」

「…そう。なら……ほむら、貴女はどうして――」

「やちよさぁん!?」

「え……ど、どうしたの? いろは」

「だ、だって……あぅ……な、なんでもないです…」

「…?」

 

 出会って五分で名前を呼び合う二人を見て、大声を上げてしまったいろは。自分でさえつい先日、ようやく名前で呼び合う仲になったというのに……そんな可愛い嫉妬だ。とはいってもその一件でやちよの心が融け始めたからこそ、他人への壁を取り払うことができたのだ。それがなければ、頼まれたところで下の名前で呼ぶことなどなかっただろう。

 

「え、と……気を取り直して、ほむら。どうして貴女はフェリシアを――」

「ただいまー!」

「ただいまです」

「…もしかして貴女の固有魔法、タイミングを外すような類のものかしら?」

「まったく的外れとは言わないけど、これに関しては偶然よ」

 

 先程から機を外され続けている状況に、冗談半分でほむらを疑うやちよ。ほんの少しだけ能力に関する情報を得られたことに、情報収集癖のある彼女の好奇心が満たされる。神浜の()()()を調べ、ファイルにまでしているやちよ。目的あってのことではあったが、それを別にしても調査や探索といったことに知的探究心を刺激されるのだ。ちなみに自身が『ウワサを聞いて回る美女の噂』となっていることを彼女は知らない。

 

 それはさておき、元気な声と共にみかづき荘の年少組が帰還したようだ。いろはと一学年程度しか変わらぬ彼女達だが、その雰囲気は幾分か幼い。元気いっぱいのフェリシアはもちろんのこと――もう一人の少女『二葉さな』も、引っ込み思案な性格のせいか年齢よりは低く見られがちだ。とはいっても彼女は自身が願った奇跡のせいで、魔法少女以外に()()()()()()

 

 男であればほんの少しだけ嬉しいような状態であったが、やはり誰にも気付かれないという寂しさは埋め難いのだろう。かつてはその寂寥感を埋めるためにウワサを求め、今はみかづき荘という温かな場所にそれを求めているのだ。

 

「――お! ほむらじゃんか! どしたんだ?」

「ええ、少し聞きたいことがあって来たのだけど……それより先にお小言があるみたいね」

「へ? …うげっ」

「なにが『うげ』なのかしら? みかづき荘の()()()()さん?」

「い、いや……なんつーか、そのさ、ほら……一日だけだって言うし? それに――この前の“アレ”の前だったから…」

「…そう。はぁ……それで、どうするつもりなの? 確かにこっちの事情も事情だけど、一日だけなら私は構わないわ。それより内容の方が気になるといえば気になるかしら――住むところもご飯もあるし、お小遣いだって多いとは言えないけど渡してるでしょう? そんなに千円が欲しかったの?」

「い、いやその…」

「前金で三万と、成功報酬の十万で契約しているのよ」

「じゅ、じゅう――」

「まんえん…!」

 

 いろはとさなが報酬の高さに目を剥く。やちよの方はといえば、彼女がモデルの仕事で稼ぐ金額はかなりのものであるためそこまで驚いてはいない。しかし何故それほどの金額を提示してまで依頼するのか、そちらの方の疑念がますます深まったようだ。鋭い視線がほむらを貫く。しかしそれを飄々と受け流し、彼女は嘘偽りなく説明を始めた。

 

「鶴乃が相手にならないほど強いのでしょう? 何故そこまでフェリシアを必要とするのかしら」

「フェリシアだけじゃないわ。あと半月――勧誘出来得る限りの魔法少女を集める予定よ」

「…! それは、何故…?」

「――見滝原へ“伝説”がやってくるから」

 

 やちよにとって魔法少女を勧誘する存在は、記憶に新しい“マギウスの翼”という組織を彷彿とさせた。魔法少女が魔女になる現実をどうにかするために、なんの罪もない人々に犠牲を強いる組織――まさに物語に出てくる『悪役』だ。

 

 いつか魔女になる……目を背けたくなる残酷な真実。それをなんとかしたいというのは、きっと間違いではない。けれどそのために誰かを害する必要があるというならば、やっていることはキュゥべえと何一つ変わらない。宇宙に存在する数多の種族を救うために、数少ない『感情を持つ種族』を犠牲にする宇宙人と何一つ変わらない。それが認められないからこそ、彼女達五人は“マギウス”と敵対しているのだ。

 

 そんな組織と似たようなことを考えているのなら――あるいは何か関係があるのならば、断固として認められない。そんな剣呑な雰囲気を出しながらやちよはほむらを睨んだ。しかし出てきた言葉は、彼女にとってあまりに予想外の事実であった。

 

「ワルプルギスの夜が見滝原にやってくる。私達はそれに対抗するために戦力を集めているの」

「――なんですって? それは本当……なの?」

「疑うのならキュゥべえに聞いてみなさい。アレが嘘を言わないのは知ってるでしょう?」

「…そう。次から次へと頭が痛くなってくるわね…」

 

 嘘の感じられない、真っ向から見つめ返してくるほむらを見てやちよはため息をついた。きっと本当のことなのだろう……だからこそ信じたくない、という感情が沸き上がる。そこそこ長くやっている魔法少女であれば、名前くらいは聞いたことがある――それが『ワルプルギスの夜』という伝説だ。

 

「あのー……ワルプルギスの夜ってなんですか?」

「わ、私も初めて聞きました…」

 

 しかし新米の魔法少女や、知る機会のなかった魔法少女も多い。この五人の中ではいろはとさながそれにあたり、疑問を口にする。ほむらが答えようとするものの、機先を制するようにマミが語り始める。中学三年生だというのに、心は中学二年生である彼女が『伝説の魔女の説明』などという機会を逃すわけはなかったのだ。

 

「――魔法少女に語り継がれる伝説の魔女よ。ワルプルギスの夜……明けることなき無明長夜。かつて文明を二度滅ぼしたとも言われる、災厄の魔女。結界すら必要とせず、魔法少女以外にとっては大規模な災害としか認識できない……街の一つや二つは容易く壊滅させる、規格外の魔女」

「…そんな魔女が……存在するんですか」

「見滝原ってそんなに離れていませんよね…? もしかしたら神浜にも…」

「マジかよ…」

「ちょっと待ちなさい、フェリシア。貴女には契約の時に説明したでしょう」

「お金のことに気がいってた!」

「あ、貴女ねぇ…」

「あ、あの……もしかしてさっきデカゴンボールのパックを大人買いしてたのって…」

「前金で買った!」

 

 悪びれもなく、胸を張って答えるフェリシア。その様子に揃って項垂れるみかづき荘の四人。そして絶対にソーシャルゲームをやらせてはいけない人種だと、この場の全員が確信した。

 

 それはさておき、やちよの言葉の端々から彼女達も何事かを抱えているのだろうと推測したほむら。人間関係の基本はギブアンドテイク……故に自分達がそれに協力することで、五人全員が協力してくれるのなら万々歳だ。そう考え、事情を尋ねるが――返事は芳しくないものであった。

 

「ワルプルギスの夜については他人事でもないし、協力するわ。ただこちらの事情は……それを話すと、どうしても話し辛いことが――出てきてしまうから。誰にとっても覚悟がいることよ」

「…」

 

 やちよの言葉に他の四人も目を伏せる。そしてその雰囲気だけでほむらには理解できてしまった。ああ、きっと彼女達は魔法少女の真実を知ってしまったのだ、と。

 

 けれど纏う雰囲気は悲壮さよりも、こちらを慮ったような空気が大半だ。会話の流れから考えて、それを知ったのはごく最近の筈なのに――それでも彼女達は前を向いている。他の魔法少女へ気遣いが出来ている。なんて羨ましいんだろう……ほむらはそう思った。

 

 それほどに絆が強く、お互いを大切に思っているのだろう。話すタイミングをぐずぐずと引き伸ばしている自分とは大違いだと、自嘲で乾いた笑いが漏れる。

 

 けれど魔法少女の真実とは間違いなく劇物で、絶望し、人によっては心中すら図りかねない事実なのだ。さやかが魔女化する光景を見てしまったマミが、杏子のソウルジェムを撃ち抜いた時の光景はほむらにとって忘れることのできないトラウマだ。そのマミのソウルジェムを砕くしかなかったまどかの絶望は計り知れない。

 

 杏子は大丈夫だろう。落ち込み、戸惑うことはあっても仲間がいれば受け入れる。『魔法少女の理想形』と評された、鋼の精神は伊達ではないのだ。

 

 なぎさは既に真実を知っている。そもそもほとんど魔女になりかけていた彼女がそれを知らぬ筈はないのだ。それでもすべてを飲み込んで受け入れたのは、それを上回る希望と優しさのおかげだった。

 

 そしてマミは――マミだけはどうしても難しい。どう話しても受け入れないか、信じられないか、あるいはその場で受け入れたとしても翌日には命を絶っていることすらあった。マミが失踪し、新しく現れた魔女の反応を追ってみれば、リボンの集合体のような化物だった時の衝撃をほむらは忘れていない。だからこそいつまでも躊躇し続けているのだ。

 

 少し暗い雰囲気が部屋を満たしたことに首を傾げるマミ。そんな彼女を見て、ほむらは泣きそうになった。特定の感情ではなく、自分でも理解できない慟哭(どうこく)

 

 これほどに仲良くなった世界は皆無だからこそ、失うことに恐怖しているのかもしれない。魔法少女が正義であると、正義であるべきだと信じている者に対しこれほど残酷な真実もないだろう。正義の根源は罪悪感からのもので――だというのに、散々に殺していた化物は自分達の末路。

 

 マミだけが真実を受け入れられないのは、彼女の心が弱いからではない。存在意義の大半を魔法少女の活動に注ぎ込んでいたからこそ、キュゥべえ達のような表し方をすれば『希望から絶望への振り幅』が殊更に大きい少女だからこそ、どうしようもないのだ。ほむらは唇を固く結び、涙を耐える。

 

 ――そんな彼女の手が優しく握られる。顔を上げてみれば、そこには優しく微笑むマミの顔があった。魔法少女に成り立ての頃、丁寧に指導してくれたその時の笑顔のままで。

 

「どうしたの? なにか……辛いことがあるなら、聞かせてちょうだい。大切な仲間じゃない」

「…っ」

 

 大切なのは友達(まどか)だけだった。それさえ守ることができるなら、他のすべてを犠牲にしたってよかった。実際に、何度も何度も誰かを見捨ててきた。それでも、どうやっても救えないから――ヤケクソのように全部救うことを誓った。

 

 そんな時に限ってすべてが上手くいき、そして代償のように背負うものが増えた。もうなにも捨てられない。石に齧りついてでも救わなければならなくなった――それくらい大事になってしまった。

 

 袖で涙を拭い、この家の住人達を見つめるほむら。彼女達という希望があるのなら、目指すべき形そのものが目の前にあるのなら……何かが変わるかもしれない。そう思って、震える声を絞り出す。

 

「貴女達は……どうやって乗り越えたの…? 私は……怖くて言えない……言ったら、全部壊れてしまうから…」

「…!」

 

 その言葉だけで彼女達は理解した。ほむらが魔法少女の真実を知っていることを……仲間にそれを伝えていないことを。そして――伝える勇気を欲しがっていることを。

 

「そうね……私達の場合は状況が状況だったから、あまり参考にはならないと思う」

「…」

「それでも必要なものは解るわ」

「…」

 

 いつのまにかほむらに寄り添うように座っているなぎさ。ほむらの手を握り続けているマミ。きっと大事に思い合っているだろう三人を見て、やちよは言葉を紡ぐ。

 

「使い古されて、月並みで、陳腐な言葉だけど……“信じ合うこと”が大事なんだと思う。弱いところを支えてあげて、弱いところを支えてもらって――自分の大切を作って、自分が大切になって…」

「…」

「それと……これは実体験だけど、無理やりも意外と悪くないんじゃない? 理屈なんて全部吹き飛ばして、言うことを聞かせるの――ね? いろは」

「あ、あぅ…」

 

 一歩だけ踏み出す勇気が欲しい。そんなほむらの願いは果たされて、拳を握りしめる。きっとここでなら、彼女達に見届けてもらえるなら上手くいく――なんの根拠もない、けれど熱い何かがほむらの内を満たした。

 

 なぎさをマミの横に移動させて、自身は握られていた手を強く握り返す。そうだ、今の私は完璧な魔法少女だったじゃないかと……もしどうにもならないのなら、無理やりどうにかすればいいじゃないかと誓いを新たにする。

 

「マミ……私が前に話した大事な友達と先生のこと、覚えてる?」

「…ええ。貴女に色々と教えてくれた人、だったわよね。前に亡くなったって言ってた…」

「そう。私はその人達を助けたい、その人達を守れる自分になりたいって――そう願ったの」

「…叶わなかった、の?」

「正確には()()叶っていない、ね」

「えっと…?」

「…私の魔法が時間停止なのは……なぜか解る?」

「それは――」

 

 かつて友人にしたように、体を重ね合わせる。けれど決定的に違うのは、その体勢。守るように、その誓いを象徴するように腕の中に抱きしめても、友人には何も伝わらなかった。当然だろう。自身の誓いも覚悟も、違う時を歩む者に伝わる筈がないのだから。

 

 だから抱き締めるのではなく、抱き着いた。どれだけ語り尽くしても、ほむらとマミの時間は完全に交わらない。どれだけ言葉を尽くしても、ほむらとマミは完全に理解しあえない。けれど気持ちだけは――『貴女が大切だ』という感情は、ぶつけられる。それだけはきっと感じ合える。かつて届かなかった言葉を……ほむらはもう一度だけ呟いた。

 

「私に魔法少女の戦い方を教えてくれた先生は……マミ、貴女なの」

「――え…」

「私ね、未来から来たんだよ――マミ()()




あとマギレコのネタバレが著しいので、読んでいただく際はお気をつけください。

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