ほむら「ハーレムつくったら全部上手くいく気がしてきた」   作:ラゼ

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オバロの方はオバロWIKI見れば大抵解決するんだけど、マギレコは何かを確認する時ググっても出てこないことの方が多いんですよね。どこだったけかといちいち膨大なアーカイブを確認する作業が中々にマゾい。

何が言いたいかっていうと、更新が遅くなった言い訳と、マギレコやってない人はすぐダウンロードして詳細なWIKIが作られるくらい盛り上げてほしいってのと、更新が遅くなった言い訳です。


弱い強者と弱い弱者

 魔法少女『七海やちよ』は、神浜でもっとも歴の長いベテランである。それどころか世界単位で見ても最上位に食い込むだろう。故に魔法少女の過酷な運命も知っており、大切な仲間が魔女になる場面すら目の当たりにしている。

 

 それが元で親友が人道に(もと)る集団へ組し、家族のように大切だったチームが解散に追い込まれることにもなった。彼女の願いはモデル同士で組んだユニットの中で『リーダーとして生き残る』ことである。

 

 そして彼女は今も『魔法少女』として生き残り続けている。仲間に慕われ、そして仲間に()()()()

 

 つまり所属する集団のリーダーになり、生き延びている事実は『他者への犠牲』があるからこそなのでは――彼女はそう考えた。願いは今も叶い続けていて、仲間がその犠牲になっているのではないかと。

 

 そう思い込んでしまった彼女は、頑なにチームを組むことを拒んだ。過去に己を庇って死んだ仲間を悼み、新たに仲間を得てもきっと殺してしまうからと、他人を寄せ付けないことを自分に課し戒めとした。

 

 しかし『環いろは』との出会いから始まった運命が彼女の傷を癒やした。『由比鶴乃』と再び縁を結び、『深月フェリシア』と共闘し、『二葉さな』を保護して、家族のような絆を築いた。誰も彼もが何かを抱える歪な形ではあったが、だからこそ支え合えるのだろう。

 

 傷の舐めあいなのかもしれない。それでも魔法少女は一人では生きていけないから――全員が魔法少女の真実を知った今でも、今だからこそ、寄り添うことが大切なのだとやちよは気付いた。たとえ依存でもいい。魔法少女の一番の大敵はキュゥべえでもなく、魔女でもなく、『不幸』なのだ。仮初の幸せでもいい。慰め合い、支え合える関係こそがソウルジェムを輝かし続けると知った。

 

 故に、涙を流して抱き合うほむらとマミを見て、やちよは触れ難い尊さを感じた。ほむらの過去と、そして歩んできた苦難の道は驚愕を禁じ得ないものであった。その意志の強さ、目的意識は常人ならざるものだ。

 

 魔法少女に『己への誤魔化し』は通じない。悲しければソウルジェムは濁り、諦めてしまえば魔女となる。きっと感情を切り捨ててきたのだろう……繰り返す度に己以外がリセットされるのならば、()()など作れない。()()()()()()()絆を諦めたのだろう。

 

 そして今、こうしているということは――きっと“現在”に全てをかけたのだ。終わらなければいつか叶う……そんな後ろ向きな決意を捨てたのだろう。全てに必死だったのは確かでも、『やり直せる』という保険が心の片隅にあった筈だ。

 

 『今回で終わらせる』という固い意思と、秘密を抱えた後ろめたさの解消からくる安堵、泣き笑いのようなほむらの表情。背水の陣をもって臨む“今”に全身全霊をかけた彼女の決意が伝わってくる。

 

 やちよは『ワルプルギスの夜から街を守るため』という受動的な行動を、『ほむらを手助けしてあげたい』という能動的な意識に切り替えた。きっと話を聞いていた全員の総意だろうと後ろを振り返り、涙と鼻水で顔を崩壊させている鶴乃が、自分の服で顔を拭いていることに気付き拳骨を飛ばした。

 

「暁美さん……ごめんね、気付いてあげられなくて。ごめんね、ずっと迷惑をかけて。ごめんなさい…」

「わ、私、何度もマミさんを見捨て、て……まどかだけが助かればそれでいいって、それで――!」

「…もうそれ以上言わなくていいの。ずっと頑張ってきたんでしょう? できるかぎり助けようとしてくれたんでしょう? ずっと一人で…」

「うん……うん…!」

「もう何も隠さなくていい。全部信じるわ……皆で幸せになる未来を、きっと掴み取りましょう」

「はい…!」

「ずっと気付かないところで頑張ってたんだよね? 夜な夜な裸で踊るのも意味があったんでしょう? …もう大丈夫、辛いことも一緒に乗り越えていきましょう」

「は、はは、はい…」

 

 感受性豊かな中学生であるいろは達も、鶴乃の例に漏れず涙ぐみながらほむらの話に耳を傾けていた。若干ながら変な部分もあったが、概ねやちよと似たような心情となっているようだ。彼女達も彼女達で取り巻く状況は複雑であったが、それでも他人を助けたいと思える心こそが、やちよを(ほだ)したのだから。

 

「…ごめんなさい、急に訪ねてきた上に関係の無い話を長々と…」

「関係なくはないでしょう? 一緒に戦う人がどういう人間かって、意外と重要だと思うわ……頑張りましょうね」

「…! あ、ありがとう」

「わ、わたしも! お手伝いさせてください!」

「環さん…」

「私もあなたに協力したい、です…」

「ええ、ありがとう二葉さん」

「オレも一緒に戦う!」

「貴女はもうお金払ってるでしょう、フェリシア」

「そうだった!」

 

 ほむらの心の底でずっと張り詰めていた何かが緩く解ける。遥か昔に『誰にも頼らない』と決めた覚悟は、決意は、完全に瓦解してしまった。それが砕ける時は自分が死ぬ時だと彼女は思っていた。けれど、どうだろう。

 

 信念だと思っていたものはただの意固地で、孤独だと思っていたのは勝手な見損ないで、限られた手札は無限大に広がった。

 

 ほむらはやちよと()()()()()。続く続く、果てしなく続くこの旅には終わりが無いのではないかと、考えないようにしつつも思考の片隅にこびりついていた。『出会いをやり直したい』『まどかを守れる自分になりたい』という願いの結果は、時間遡行という形になった。

 

 魔法少女の願いが完全に望んだ結果にならないのは、素質の大小と願いの大小が擦り合わさり、足りない分は“可能性”という曖昧なものに置き換えられるからだ――ほむらはそう考えていた。

 

 しかし彼女の願いは元々が抽象的だった。素質が足りなかったのではなく、“出会いをやり直したい”の部分が叶い続けているのだとすれば、終わりなど始めからない。結末が自身の死でしかあり得ず、まどかが救われる未来は永久に訪れない――それこそが、考えないようにしていた最悪の予想だ。

 

 杞憂だったと、まだ完全に否定はできない。それでも進んだ。動かない盤面が時を刻みだした。それこそが何よりも嬉しくて、まだ何も終わっていないというのに、彼女の心は雨上がりの虹を見た時のように胸がすいていた。

 

「それで、そちらの事情は教えてもらえるのかしら。躊躇していたのは、魔法少女の真実を話すことが憚られるからでしょう?」

「…ええ、そうね。道すがら話すことにしましょうか」

 

 怜悧な雰囲気が消え、どこか穏やかになったほむらを微笑ましく思いながら、やちよは三人をとある場所へ案内することを決めた。味方であり敵でもある、付き合いの長い友人の元へ。

 

「道すがら?」

「ええ。戦力増強は、何も人を増やすことだけじゃないわ。神浜の異常とも言える魔女の強さに魔法少女が対抗できている理由――知りたくないかしら」

「…どこへ行くというの?」

「――“調整屋”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風見野市に点在するゲームセンター。かつて入り浸っていたそこで、杏子はアイスを食べながら休憩していた。見滝原と風見野の魔法少女が全て神浜へ向かうと、街を守る人間が居なくなってしまう。故にマミ、ほむら、なぎさが神浜へ行っている間、杏子が二つの街を巡回しているのだ。

 

「ふぅ……ったく、今日はしけてんなぁ」

 

 しかし一体ばかり仕留めたところで、魔女の反応はなくなってしまった。このところずっと四人で魔女を狩っていたため、なんとなく気が乗らないということもあり、古巣ともいえるこの場所へ足が向いたのかもしれない。

 

 不良っぽく背伸びをした少年達、楽しそうに手を繋いでいる高校生カップル、クレーンゲームに連コインを続けている少女。杏子が足繁く通っていた頃から、なにも変わらない風景がそこにあった。

 

「…」

「…ふゆぅ…」

 

 五百円玉がクレーンゲームに落とされる。挑戦権を六回得て、クレーンが六回空を切る。五百円玉がクレーンゲームに落とされる。挑戦権を六回得て、クレーンが五回空を切り、一度人形を掴むものの途中で落下する。

 

「うぅ……ふゆぅ…」

「…」

 

 諦めてしまったのだろうか、肩を落とした少女がクレーンゲームから離れていった。傍のベンチでそれを見ていた杏子は、ちらりと景品の角度を見て百円を取り出した。前任者が三千円近くは使っていただろうか、人形の位置は随分と穴に近付いている。

 

(ぬぬぬぅ…! よっしゃ!)

 

 予想通り一回で取れたことにガッツポーズを取り、ほむらの部屋のどこに飾ろうかと、人形を手にぶら下げる杏子。そんな彼女の前に、先程の少女ががま口いっぱいのコインを手に戻ってきた。両替機でお札を交換してきたのだろうか、必ず人形を手に入れるという決意に満ち満ちている。

 

 ――そしてクレーンゲームの前に立つ杏子を見て悲鳴を上げた。

 

「ふゆぅぅぅぅ!?」

「うえっ!?」

「それ……それ…!」

「い、いや、諦めたみたいだったから…」

「そ、そんなぁ…」

 

 がっくりと項垂れる少女を見て、ちくちくと罪悪感を刺激される杏子。少し赤みがかった茶髪、横に二つ短めに縛ったビッグテールで、垂れ目の気弱そうな女の子。壁に寄りかかり、泣き崩れる姿は哀れを誘う。

 

「…気まぐれで取っただけだし、そんなに欲しけりゃやるよ。ほら」

 

 杏子が見ていただけで既に英世が三人分近く旅立っていたのだ。もしかすると樋口が殉死したのかもしれないし、考えるのも悍ましいことだが諭吉すら特攻していった可能性すらある。それを考えれば、単なる気まぐれで取っただけの景品を渡す程度のことは気にもならない。

 

 胸に押し付けるように人形を渡そうとする杏子であったが、しかし意外にも少女はそれを固辞した。杏子の気遣いをとても嬉しそうにしつつ、非常に申し訳なさそうに首を振る。

 

「ありがとう……でも、これは私が取らなきゃ意味がないから」

「あん? …まぁそれなら別にいいけどさ。でもまたやんの? どんだけ金使うつもりだよ。普通に買えば千円するかどうかでしょ」

「ふゆぅ…」

 

 自分でクレーンゲームの景品を取ることが、どれほどの意味を持つというのか。傍から見れば馬鹿そのものの行動だ。『絶対に増えるから』などと宣うパチンコ狂いのような、むしろ普通に金を出せば買えるのだから、それ以上の愚行とすら言えるだろう。

 

 しかし他人から見れば奇行、非効率な行動であっても、本人にしか解らないものは確かにある。少なくとも目の前の少女はそれを理解していると杏子は感じた。無駄なことであっても彼女にとっては大切なことなのだろう――そう悟った杏子は、新しく景品が補充されたクレーンゲームに向かう少女の手を取った。

 

「えっ…」

「下手くそで見てらんねーよ。タイミングだけ合わしてやるから、自分で押しな。それとも完全に自分でやんなきゃなんないの?」

「あ……ううん! あ、ありがとう…」

 

 後ろから手を重ね、ボタンを押すタイミングを図る杏子。ダンスゲームに始まり、音ゲーや格ゲー、果てはエアホッケーまでもマスターしている彼女。それはクレーンゲームにおいても例外ではなく、見事数回の試行で人形を手に入れた。

 

 景品補充の絶妙なタイミングを見るに、店員がアームの強度を弄っていてくれたのかもしれない。うら若い少女が涙目でトライし続けているのだから、男性店員であれば心動かされるに足る理由だろう。

 

「と、取れたー!」

「はは、やったじゃんか」

「う、うん! ありがとう……あっ!」

「ん?」

「えっと、名前! 私『秋野かえで』って言います!」

「ああ――あたしは佐倉杏子だ」

「うん! ありがとう、杏子ちゃん」

「きょ、杏子ちゃんって……まぁいいけどさ…」

 

 サイドテールを揺らしながら喜ぶかえでに、苦笑交じりで肩をすくめる杏子。本当に嬉しそうな彼女の様子に、つい興味本位で問いかける。

 

「ところで、なんでクレーンゲームで取りたかったんだ? 単なるヤケクソって訳でもなさそうだよな」

「え、えっと…」

「いや、別に言いたくなきゃ聞かないけどさ」

「ううん。そういうことじゃなくて、なんて言ったらいいか……えっとね、この前すごくショックなことがあって、ずっと塞ぎ込んでたの」

「へぇ」

「でも大事な友達が、ほんとに大事な友達が――立ち直らせてくれたの」

「…うん」

「ずっと前にもおんなじようなことがあって……それで、その時もクレーンゲームで取った人形を二人に渡したんだ。今回は、前の時よりもずっとずっと怖かったけど……それでも前に進めたの。だからお礼に、もう一度同じことをしようって思って」

「ふぅん、なるほどね」

 

 ――秋野かえでは魔法少女である。それなりに裕福な家庭で何不自由なく育った彼女が、魔法少女になった理由……それは家の近くに建設予定であったマンションを、その予定をなかったことにしたかったからだ。日照権に始まり、その他諸々の苦情を無視して強行されかけたタワーマンションの建設。

 

 彼女の家に関しても、マンションができれば極端に陽が差さなくなるだろうことが予想できた。秋野家の庭には彼女が大切に育てている植物が多数あり、太陽光が少なくなれば枯れてしまう可能性もあった。

 

 故に、悩む彼女の前に現れたキュゥべえに、よく考えもせず願ってしまったのだ。『マンションが建つ予定をなかったことにしてほしい』と。願いは正しく成就し、気質を象徴するかのような『植物を操る魔法』を得手とする魔法少女が誕生した。

 

 しかし元々の性格がおっとりした弱気な少女だ。使い魔すら満足に一人で倒すこともままならなかった。それでもなんとか魔法少女としてやっていこうとしていた時、二人の少女と出会う。

 

 引け目もあり、それが元での諍いもあり、三人の仲はお世辞にも良いとは言えなかった。しかし紆余曲折を経て信頼を預け合う仲間となり、いつしか本当のチームとなったのだ。

 

 けれど先日――それを揺るがすような事態に陥った。『マギウスの翼』という“魔法少女の解放”を謳う集団の台頭。“ウワサ”という魔女とは似て非なる存在の出現と、それに付随する一般人や魔法少女の被害。

 

 全ては繋がっており、かえでもその騒動の一部に巻き込まれることとなった。そしてその流れの中で知り得た真実……魔法少女の正体こそが、彼女を苛んだ要因だ。そもそもよく考えずに魔法少女へとなったこともあり、その衝撃的な事実はソウルジェムを濁らす程の絶望となった。

 

 それでも立ち上がれたのは、やはり二人の仲間たちのおかげだったのだろう。チームを組んで、壊れかけて、けれど雨が降って地が固まるように絆は強固になった。結成の際に絆となったクレーンゲームの景品をもう一度手に入れよう、初心に帰ろう――そう思って彼女はこのゲームセンターへやってきたのだ。

 

「魔女になる怖さなんかより――ももこちゃんとレナちゃんと離れることの方が……もっと怖いもん……うん…!」

「…ん?」

「ふゆ?」

「あんた、魔女って言った? つーか……魔女になるって言ったよね? なぁ、どういうことだオイ。ちょっと詳しく聞かせなよ」

「ふゆぅぅぅ!?」

 

 かえでの小さい呟きを耳聡く捉えた杏子は、眉をひそめて少女を人気の無いコーナーへ引きずっていく。他人が見れば『気弱な少女をカツアゲするヤンキー』以外のなにものでもない光景だ。

 

 杏子は人目につかない階段の踊り場へと近付き、すぐにでも詰問しようとするが――しかしそれ以上に怪しい人影に遭遇して後ずさった。

 

 そこには、ぶつぶつと独り言を呟きながら黒いフードを被る変質者が座り込んでいたのだ。全身真っ黒の服に身を包み、フードによって顔すら伺いしれない存在。まごうことなき変質者だろう。間違いなく事案発生の一覧に載せられる不審者だ。

 

「いつまでゲームやってるんだろ……ああ、どうしよう、どうしよう……こんなことだったら最初から『マギウスの翼』になんて入らなければよかった……貰ったペンダントも怪しいことこの上ないし……でも逃げ出したらどうなるか…」

「おい」

「へっ? あ、すいませ――ひっ!? あ、秋野かえで…!」

「ふゆっ!? …あ! マ、マギウスの翼!」

「あ、あわわ……に、逃げなきゃ…! あうっ!?」

 

 ぶつぶつと呟いていた不審者――『マギウスの翼』の下っ端構成員、通称『黒羽根』は杏子に声をかけられ、通行の邪魔になっていたことに気付いて腰を上げた。しかしその傍らにいるのが、自身が見張っていた筈の『秋野かえで』だと気付くと、慌てて逃げ出した。

 

 しかしあまりに急いでいたせいか、手のひらで弄っていた“ペンダント”を落とし、あろうことか自分の足で踏みつけて壊してしまった。

 

「ひ、ひぃっ!? どどど、どうしよう!? 新しいのくださいなんて言えない…!」

「ふゆっ!? ご、ごめんなさい……高かったの?」

「そういう問題じゃ…――!? ひっ!?」

 

 取り乱す黒羽根の様子を見て、敵と言えど申し訳なく思ってしまったかえで。つい謝罪の声を出すが、その瞬間、三人の目の前に魔女の結界のような何かが現れる。“ウワサ”――魔女とは似て非なる、けれど魔女よりも強く、なによりグリーフシードを落とさない厄介な怪物だ。

 

「――なんだ? 魔女の結界……とは少し違うな」

「あぎゃー!? なな、なんで“ウワサ”が…!」

「あーもう、さっきからうっせえよ。おいかえで、アレはなんなんだ? 倒していい奴か?」

「え、えっと……うん! あ、杏子ちゃんも魔法少女だったんだ…」

「ったく、何が起きてんだか…! ちゃっちゃと終わらせて、説明してもらうからな!」

「あ、待って! “ウワサ”は魔女より強くって――」

「ーーロッソ・ファンタズマ! ……はっ、気味の悪い声出してんじゃねーよ! さっさとくたばりな!」

 

 槍を構えたと同時、何人もの杏子がウワサへと特攻する。幻覚を併用した槍さばきは()()()()()()()()、大した力を持っていない化物を翻弄し軽々と屠った。それを見たかえでは感嘆の息を漏らし、黒羽根は漏らした。

 

「さってと……ちっ、グリーフシードは落とさねーのかよ。骨折り損だね、こりゃ」

「杏子ちゃん、すっごく強いんだね! ウワサを一人で倒せる人なんて私、見たことないよ」

「そう……か? あれより強い魔女なんかいくらでもいそうだけど…」

「ふゆ……そういえばいつもよりちょっと弱かったような…」

「んなことより事情を聞きたいんだけど? おい、お前もなにか関係してんだ――あ…」

「ふゆっ!?」

「あぅ、あぅ…」

 

 状況から考えれば――というより服装から考えて、明らかな悪者である黒羽根を問いただそうとする杏子。しかし視界を下に向けると、へたり込む少女が黄色い液体を床に染み込ませている作業中であった。俗に言うお漏らしというやつである。

 

 マギウスの翼に所属する“黒羽根”という存在は、総じて弱い。むしろ弱いからこそ救いを求め、他人を害してでも己を守りたいと望む集団であった。魔法少女としての実力も弱く、精神的にも脆い。

 

 彼女達が目深にフードを被っているのは、規律でもなんでもない。正体を隠すためだ。褒められたものではない行為をしている自覚はあるのだろう。だからこそ他の、マギウスの翼に所属していない魔法少女に非難され、助けてもらえなくなることを恐れて正体を隠すのだ。

 

 人に憚られる行為をしているというのに、それでも最後の一線は踏み越えず、最悪の場合コウモリのように間をウロウロする弱い魔法少女。それが黒羽根の正体だ。

 

 とはいえ彼女達にも言い分はある。ほとんど騙されたかのように魔法少女となり、同類のなれ果てを倒し続けなければ生きることもままならず、最後には自分も化物になる運命――それほど過酷な運命を課される程に、自分達は悪いことをしただろうか、と。

 

 救いを求めることの何が悪いと。強い魔法少女には自分達の苦悩など解るものかと。魔法少女(自分)が死ぬか他人が死ぬかの二択で、後者を選んで何が悪いと。キュゥべえに目をつけられたことが運の尽きと言うならば、その不幸を誰かに押し付けることは正当な権利じゃないか、と。

 

 環いろは達はマギウスの翼のやりかたを認めない。けれど黒羽根にとってそれは死の宣告と同義だ。一人では満足に魔女を狩れない役立たずが生き残り続けられる筈もない。『それとも死ぬまでお前たちが面倒を見てくれるのか』と彼女達が問えば、さしものいろは達も口を噤むしかない。

 

 だから彼女達はマギウスの翼に与するのだ。罪のない人々に不幸を押し付けようとも、たとえいいように利用されているだけだと薄々感づいてはいても。魔法少女の解放を謳う幹部達が、その実そんなことはどうでもいいと思っていても。

 

「ふゆぅ……そうだ!」

「あん?」

 

 そんな哀れな少女のお漏らしを見て、かえではおもむろにスマホを取り出した。羞恥にうつむく彼女のフードをガバリと持ち上げ、俯瞰の図でシャッターを切った。

 

 そう……黒羽根達の苦悩は複雑だが、かえでにとっては預かり知らぬ事情だ。彼女の視点では、仲間達を害する敵である。

 

 そして何より、敵対しているとはいえ『少女』なのだ。殺害などできず、だからといって監禁などできる場所も時間もお金もない。警察に引き渡す手段は論外で、結局は倒したところで解放するしかない。そうして、時間をおけば復活するイタチごっこだ。

 

 悪は手段を選ばないが、正義は手段を選ばなければならないというジレンマ。それを防ぐために考えた手段がスマホでの撮影だ。黒羽根達が顔を見られたくないという情報は共有されている。ならば撮影出来る時に撮影して、一度流れれば消去は不可能なネットに上げれば解決である。まさに外道の所業であった。

 

「ひぎゃぁぁ!? ななな、なに撮ってるんですか!?」

「ふみゃうみゃう…! これをSNSに上げなきゃ…!」

「鬼かお前!?」

「やめてぇー!!」

 

 悲痛な叫びがゲームセンターに響き渡る、そんな風見野の一景であった。




次回は『アリナ先輩が汚いおっさんで処女を捨てようとするのをほむほむが必死に止める話』です。一体何がどうなってそうなったのかは私にもわかりません。

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