・デレ側のプロダクション名は明記していません。
ステージの裏には未央と志保、そして二人のプロデューサーが出番を待っていた。
二人とも本番直前だからか表情は真剣そのものだ、もしくは緊張で強張っている可能性もあるだろうか。
「本田さん、志保のことよろしくな」
「え? あっ、はい、未央ちゃんにお任せください!」
突然志保のプロデューサーに話しかけられた未央は、まだ固さはあるものの少しいつもの調子に戻ってきた。
ステージに慣れているとはいえ、さすがに違う事務所のアイドルと一緒となると緊張感も違うのだろう。
「プロデューサーさん、それは私が頼りないということですか?」
「いやそうじゃない、志保のことは信頼してるよ。でも、自分だけでは気づけないこととかあるだろう?」
「……まあ、納得はしました。なんにせよ、私は全力で取り組むだけです」
「ああ、ここからちゃんと見てるからな」
「当然じゃないですか、それがプロデューサーさんの仕事なんですから」
プロデューサーの言葉を聞いてから、志保の表情は固さが取れたように見える。
なんだかんだ言っても、信頼している相手からの言葉というのは嬉しいのだろう。
「え? 私には本田さんのフォローを……ですか?」
今度は突然、未央のプロデューサーから頼まれ志保が戸惑っている。
「いやー、楽しくなってきて周りが見えなくなっちゃうかもしれないしね。私からもしほりんにお願い~」
そう言って両手を合わせ未央はいたずらっぽく笑う。
レッスン中でも何度か見ているであろう表情ではあるが、志保は微かに笑いながら眺めている。
「別に頼まれなくてもそうするつもりでしたよ、私たちは一日限りのユニット……なんでしょう?」
恥ずかしそうにしながらも想いが込められている志保の言葉だ。
「かわいい! かわいいよしほりん!」
「ちょ、ちょっと本田さん! 衣装を着ているんだから抱きつこうとしないでください!」
さすがに整えた衣装が崩れたりしてしまうのは避けたいのか、志保はハグを迫る未央を両手で遠ざけている。
両プロデューサーは仲良くなった二人を見守っているが、衣装のことを考えると止めた方が良いかもしれない。
「ちぇー、しほりんてば照れ屋さんなんだから~」
「照れがどうとかいう話じゃありません」
「まあ、しほりんが分かっててくれただけで嬉しいからいいや。でもね、ユニットは今日限りだけど私たちの絆はこれからも続いて行くんだよ!」
「あのフタツボシのように……ですか? でもここ屋内ですからね、星は見えませんから」
近づこうとする未央を片手でいなしながら志保は冷静に指摘する。
「分かってないな~、私たちを照らす照明が――」
「等間隔なので二つ以上になりますね」
「お客さんのペンライトの光が――」
「客席の間隔から考えても同じく二つ以上でしょう」
未央の繰り出す理論を次々と撃破していく志保、まるでターン制の攻防のようである。
「……うーむ、やっぱしほりんは手強いなあ」
「もう少しまともな理屈を用意しておいた方がいいですよ」
いくらか余裕が出てきたのか、二人は笑い合っている。
本番前の緊張を全てとは言えなくともある程度は解消できたことだろう。
気持ちも切り替えられたのか、二人はプロデューサーたちに向き直った。
「プロデューサーさん、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
「未央ちゃんたちの活躍、ちゃーんと見ててよ!」
未央のプロデューサーは優しく頷き二人を見守っている。
志保の視線に気づくと、彼女のプロデューサーも静かに頷いた。
「行きましょう」
「よーし、思いっきり楽しんで全力でやろう!」
二人は笑い合ってから待機場所まで移動を始めた。
移動中、大きな歓声が聞こえるたびに二人の表情は真剣なものへと変化していく。
先ほどリラックスできたこともあって今の二人は程好い緊張感で収まっているのだろうか。
待機場所までやってくると、二人は深呼吸などをしながら落ち着こうとしている。
こういった待ちの時間がより緊張感を高めていくのだろう。
「しほりん、手を繋がない?」
ここでなぜか突然、未央が提案をした。
不安を感じているのか、それともジンクスのようなものなのか。
「急にどうしたんですか」
「仲間に教えてもらったんだ、落ち着くんだってさ」
そう言って未央は手を差し出す。
「その人のルーティンであって、他の人がやって効果が出るものなのか分からない気もしますけど……」
やや疑っている様子の志保だが、拒否するつもりはないようで差し出された手を握った。
「…………?」
志保は特になにも感じないといった表情をしている。
しかし、なにかに気づいたのか次第に握った未央の手を見つめ始める。
ただ、それはパッと見て分かるようなものではない。
志保が感じ取ったものは、微かな震えだった。恐らく緊張からくるものだ。
視線に気づいた未央は明るい笑顔を作って志保に話しかけた。
「いや~、偉そうなこと言ってもやっぱり緊張するよね!」
わざとおどけたような態度を見せているが、言葉の中身は嘘偽りのないものである。
まだ短い付き合いであるとはいえ志保にもそれは分かった。
「表情だけだと分かりませんでした」
「なんというか、私って意外と小心者なんだよね。だから、ステージ上ではしほりんのこと頼りにしちゃうよ~」
笑ってそんなことを言っている未央は一見ふざけているように見えるし、聞こえる。
だが、手を繋いでいるからか志保には外からは見えない不安や緊張がなんとなく伝わっているようだ。
普段の彼女ならば、ふざけたことを言わずプロとして責任を持ってステージに上がるべき、というようなことを発言すると思われるのだが難しい顔をして未央を見ている。
「……未央さんのことが分かってきた気がします」
「えっ、今更!?」
「当然です、あの短い期間で理解するのは難しいでしょう」
「うん、まあ……そうだよね。……あれ、もしかして今、名前で呼んでくれた?」
「え? 呼んでましたか?」
無意識だったのか志保は不思議そうな表情で首を傾げている。
相手の内面が見えてきて精神的な距離もより縮まったということだろう。
「やっと呼んでくれたね、未央ちゃん嬉しいよ!」
「……未央さんのペースに乗せられてしまったんですね」
志保は不覚を取ったと言いたそうな表情をしている。
名前で呼ぼうとは本当に考えていなかったということだ。
「あれ、そうなるの?」
「もちろんです」
「うーん……でも嬉しいから別にいいか。てことで、ステージに出るときの掛け声はフライドチキン! だからね、しほりん」
「はい……はい?」
予想外のことにきれいな二度見をする志保、その反応が面白かったのか未央は笑いを堪えている。
「いいリアクションだよ、しほりん」
「あの、掛け声はまあいいとしてなんでフライドチキンなんですか?」
「ふっふっふっ……それはね、未央ちゃんが好きだからだよ!」
「……そうですか」
志保はなんとなく予想はできていたといった反応である。
食べ物という時点で選択肢は絞られるので当然といえば当然だ。
「これは私のルーティン的なやつなんだけどね、声に出すことで臆病なチキンハートは飛んでけーっていうダブルミーニングがあるのですよ!」
「その意味はいいと思いますけど、本番前にずいぶんと胸焼けしそうな掛け声ですね」
「美味しいんだけどなー。まっ、それはそれとしまして、次の掛け声はしほりんの大好物だからね」
そんなことを言いながら未央はウインクをしてみせた。
自分たちの出番直前だというのに、不透明な先の話をするのは大物……なのだろうか。
さすがにこれには少し驚いた様子の志保だが、すぐに穏やかな表情へと戻り言葉を返した。
「……ステージがまだ始まってもいないのに、あるかも分からない次の話をするんですか?」
「あってほしいなって思うのはタダだからね、そこかしこで言っておけば実現するかもしれないじゃん?」
「ポジティブですね」
「ポジティブパッションの未央ちゃんだからねっ!」
誇らしげに元気良く語る彼女を見て、志保の表情も和らいでいる。
ただ、自分が所属しているユニットも含めての言葉ということは恐らく伝わっていないだろう。あるいは、自分を鼓舞するためにあえて口にしたのだろうか。
「もう時間のようですね」
「さてさて、それでは行きますか」
スタッフの指示を見て二人はステージに向かって移動を始めた。
最後に目を合わせると無言で頷き合い、手を離すと同時に掛け声を口に出す。
「「フラ! イド! チキン!」」
このお話はここで完結となります。
二人がどの曲を歌ったのかはご想像にお任せします。