・デレ側のプロダクション名は明記していません。
二人がそれぞれ友人と話をした日から次のレッスン終了後、早くも未央が動いた。
「しほりん、この後少し練習してかない? しほりんのプロデューサーさんが来るまでさ」
志保はやや驚いたような表情を見せたがすぐにいつもの表情に戻り返答をする。
「そうですね、それなら問題ありません」
「本当に!? やったっ!」
未央はジャンプしたかのように大きく両手を上げてから力強くガッツポーズをする、よほど嬉しかったのだろう。
「ええ、諸々確認もしたかったのでちょうどいいです」
「そう言ってもらえると思ってレッスンルームに残れるようにお願いしといたよ!」
「……周到ですね、私が断るかもしれないのに」
「そうかもしれないけど、やっぱり私はしほりんと仲良くなりたいんだよね。事務所とか関係なしにさっ」
未央は明るい笑顔でまっすぐな言葉を志保に伝えた。
「そうですか、まあ……それなら断る理由は特にないので構いませんけど」
志保も未央の言葉をしっかりと受け取ったようだ、ただ少し照れがあるのか視線は外している。
「よーし、それじゃあ練習始めよっか!」
「はい、時間は限られていますからね」
そう言って二人は確認したい部分、練習したい部分を話し合いながら練習を始めた。
「ここのステップなんですけど……」
「そこはね、こうしてこうしてこうっ!」
「もう少しじっくり見たいのでゆっくりお願いできますか?」
「もっとゆっくり……えっと、バランスが取れる範囲でやってみるから見てて」
今までと違い、二人はコミュニケーションを取りながら動いている。
この場にはトレーナーがいないので当然ではあるのだろうが、大きな進歩だろう。
そして、ある程度の練習をしたところで二人は少し休憩を取ることにしたようだ。
「ちょっと休憩~、ちゃんと水分補給しないとね」
「そうですね。……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「ん、大丈夫っ、この未央ちゃんになんでも聞いちゃって! 答えられるかは分からないけどね!」
未央はいたずらっぽく笑いながらウインクした。
あまりにプライベートな質問であったらダメだということだろうか、志保はそういったことを聞くタイプではないと思われるが。
「その……秘密の花園の舞台に出演していたんですよね?」
「うん、主人公のメアリー役を受けたら合格をもらえたんだ。今にして思えばいきなり豪快だよね、部活の助っ人にしてもスポーツばっかりでお芝居なんてやったこともないのにさ」
少し恥ずかしそうに未央は笑っている、未経験だが主人公をやりたいというのは改めて考えると中々に無謀なことをしたと思っているのだろう。
普通に考えれば、合格できる要素はかなり少ないのだから仕方がない。
「……どうして突然演劇に出ようと考えたんですか?」
「新しいことに挑戦したかったんだ」
「挑戦……ですか」
自分にとって未知の演技という領域に踏み込む、まさしく挑戦である。
未央はその挑戦したことを懐かしく思い返すように窓から先の遠くを眺めている。
「なんていうか、挑戦するってどういうことなのかって自分が理解できないと、友達がなにかに挑戦するとき心から応援できない、背中を押してあげられないって感じたんだよね」
「それで、全く経験のない演劇を選んだんですか?」
「うん、その中で何かを掴めればきっと大丈夫だってね」
「今、演劇以外の仕事もこなしているということは、結局その何かというのは掴めたんですよね?」
「そーだね、最初は全然できなくてすっごく怒られたんだけど、あるときふっと手ごたえを感じて……ああ、これなんだって思った。これまでとは違う自分を見つけた感じ。今でも覚えてる」
何かを掴むように拳をぐっと握り、未央は笑った。とても穏やかな笑顔だ。
そんな彼女の表情に志保は少し惹かれているように見える。
「あるとき……というのは?」
「んー、なんというか……メアリーと気持ちが重なる瞬間があったんだ。そのときに、役に入りきれた……ていう感じ?」
上手く説明できない、と言いたそうな未央ではあるが一応多少は伝わったようで志保はなにやら深く考えている。
「なるほど、興味深い話です。共感というか……共鳴の方がしっくりくるかな」
「しほりんは舞台とかそういうお仕事に興味があるの?」
「そうですね、特に秘密の花園は……その……絵本で読んだことがあるので」
志保は少し恥ずかしそうにそう言った、絵本を読んでいることを告白するのはやや抵抗があるようだ。
理解されない笑われる、そんな可能性があるのだから仕方がないところだろう。
「なるほど、思い入れがある作品なら話を聞きたいって思うよね」
「まあ、そんなところです」
未央の反応が理解を示すものだったので、志保は少し安心したような表情を浮かべた。
コミュニケーションが取れるようになったとはいえ、まだまだお互いのことは知らないので普通の反応と言える。
「そっかー、しほりんがもし秘密の花園に出ることになったら見に行きたいな~」
「本田さんなら出演したことのある人として意見交換もできそうですね」
「じゃあさ、今の内に番号とか交換しとこっ」
「え? あ……その……ありがとうございます」
少々驚いたようだが、志保は提案をはにかんで受けた。
未央が自分のスマートフォンを持ってくると取り付けられているストラップに志保は目を奪われた。
ストラップは特にデザインに凝ったものではなく、ただ先端に何かのキャラクターの人形がついているものだ。
その人形というのは、緑色の瓢箪のような体型の……独特な愛嬌を持っている不思議なキャラクターである。
「さっ、交換しよ……って、どしたの?」
「いえ、別に……」
「もしかしてこれ気になる? この子、うちの事務所でにわかに流行ってるんだ。ぴにゃこら太っていうんだけど」
「ええと……かわいいなと……思って」
控えめな反応ではあるが、どうやら志保はぴにゃこら太のことを気に入ったらしい。かわいいものが好きなのだろうか。
「もし気に入ったんなら、フェスが終わった後に一緒に買いに行かない? 私色々グッズ売ってるお店知ってるんだ」
「フェスの後……ですか。たしかにそれなら大丈夫でしょうけど……いいんですか?」
「何の問題もないよ! だって私たちの絆は事務所を越えてずっと輝き続けていくんだからっ、そう……あの空に輝くフタツボシのように!」
そっと近寄り志保の肩を抱いて、窓から見える夕焼けの空を指差しながら語る未央。
「……まだ星が見える時間ではありませんし、そもそも都市部では見えないと思いますけど」
突然の密着に驚いた表情を見せつつもさすがに志保は冷静である。
「むむっ、そうきますか。これは手強い……」
「当たり前のことを言ったまでですが」
「まあ、それはそれとして、約束したから絶対に一緒に買い物行こうねしほりんっ!」
「明確な約束ではなかったように思いますけど……でも、そのときはよろしくお願いします」
志保は礼儀正しく頭を下げた、未央は先ほどからずっと嬉しそうだ。
フェスが終わっても関係が続いていくことが嬉しくて仕方ないのだろう。
「よろしくね。よーし、後でほのっちに伝えておこっと」
「伝える?」
「うん、ぴにゃのことをすごい好きな子がいてね。だから、気に入ってくれた子がいたよ~って教えてあげるんだ。きっとすっごい喜ぶだろうな~」
「そういうことでしたか」
志保は納得して頷いている、もしかすると綾瀬穂乃香と話が合う可能性がある……かもしれない。
「結構休憩できたし、最後にもう少しだけ練習しよっか?」
「そうですね……ギリギリまで練習しましょう。こういった時間は貴重ですから」
時間を確認し、余裕があることを確認した志保は気持ちを切り替え練習に集中しようとしている。
未央も目を閉じ軽く深呼吸をして切り替えている。
「さてと、じゃあ始めるよ」
「はい、いきましょう」
二人は練習を再開した。短い時間とはいえ、適度に会話を交えながら。
この後、二人のプロデューサーがその光景を目にして驚きつつも喜んだことは言うまでもないことだろう。
本日はレッスン最終日、短くも厳しいレッスンをやり切った二人をトレーナーが集めている。
短いとはいってもやはり指導をしてきただけあって、未央と志保を見る目はどこか感慨深そうだ。
「さて、これで本番前最後のレッスンは終わりとなるが……時間が限られている中よくここまで仕上げたな。これなら十分に成功を信じて送り出せる」
そう言ってトレーナーはにやりと笑った、労いも含んだ優しい笑顔だ。
そして、未央と志保は合格点をもらえた安堵とやりきった自信が入り混じったような表情でそれを聞いている。
「特に北沢はがんばったな」
「えっ、未央ちゃんはダメですか!?」
「いや、本田はほぼ毎日私のとこに来ていただろう。北沢はそれができないんだぞ」
「そ、そうでしたね、あはは」
トレーナーに指摘されて未央は苦笑いで誤魔化している。
しかし、志保は二人のやり取りを少し嬉しそうに眺めている。
恐らく、時間が足りないと感じて努力していたということに関心もしているのだろう。
「まあそういうことだ、ダンスの難易度を下げる選択もあったがよく仕上げた」
「プロとして当然のことですから。もし妥協をするようなことになってしまえば、765プロの代表として私が選ばれた意味がありません」
「しほりん厳しいなあ……」
「そうだな、しかし私好みでもある。フェスが終われば直接指導する機会はもうないと思うが……キミの活躍を見届けたいと思っている」
トレーナーの突然の言葉に志保は驚いた様子で固まっている。
今回限りの関係という認識があったからこその反応だ。
「…………」
「単純に言えば陰ながら応援している、ということだ」
「ありがとうございます……」
志保は一礼をした、トレーナーの言葉を噛み締めるように長い一礼だった。
短い間であったとはいえ、自分のスタンスを認めて評価してくれたのだから嬉しくて当然だ。
「礼にはまだ少し早いな、レッスンの成果を見せてもらっていない」
「そうですね、今回のレッスンで積み重ねてきたもの全てをお客さんに見てもらいます」
「ふっふっふ~、きっとお客さんみんな驚くぞ~。ちなみに、私たちのことをよく知ってるファンのみんなの方が驚くと予想するね」
「そうだろうな、二度と見ることができない組み合わせかもしれないのだから……全力でやりきってきなさい」
「はいっ!」
「結果で応えてみせます!」
二人は力強く答えるとお互いを一瞥し、不敵に笑い合った。
後は本番を迎えるのみである。