異界の魂   作:副隊長

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久々の更新です。


挿話3

「残ってるのは二体だな」

 

 自身が宛がわれた部屋に戻ると、何とも無い口調で出迎える相手がいた。一応自分は女神を救い出した英雄と言う扱いである。ラステイションの女神とは縁が深かったため、教会の直轄地に部屋を与えられていた。そんな僕の部屋に先回りして寛ぐ事が出来る者など限られている。女神であるノワールとユニ君。教祖であるケイさん。そしてラステイションの幹部と言ったところだろうか。

 そもそもラステイションの関係者がそんな事をする必要も無いので、相手は自然と限られてくる。待っていたのは、僕の相棒だった。

 

「ブレイブと、マジックだね」

 

 頷く。残っている犯罪組織の幹部はその二人で最後だろう。何故クロワールが僕の部屋に居るのか。そんな疑問もあるにはあるけど、何となく居る方が自然なのではないかと思える。僕にとってのクロワール。例えるなら女神と教祖みたいなものだろうか。ノワールとケイさんを思い浮かべる。何か違う気もしないではない。

 

「勝てんのかよ?」

「逆に聞くけど、僕が負けると思うのかな?」

「いんや。お前が単体で戦えば負ける事はねーんじゃねーかな。まぁ、あくまで、お前が一人で戦うなら、だけどな」

「ふむ」

 

 クロワールの言葉を頭の中で反芻する。僕が一人で戦えば。それを彼女は強調するように言っている。言いたい事は何となく想像する事が出来た。

 

「女神も弱くはねーけど、まだ奴らとやり合うにはシェアも経験も足りてないって感じだよ」

「二人掛かりでジャッジに何とか勝てただけだからね」

「そうだよ。あの時のお前はまだ事実を完全に受け入れていなかった。今よりも遥かに弱かったとはいえ、女神と二人で何とか幹部を倒せるぐらいの力だったんだよ。そして、二人の強さにそれ程の差は無かった。幾分か女神の力が勝ってたってとこかな。つまり女神もあの時のお前と似たようなモノだ」

「それなら、数の内では十分に戦えるよ」

「お前、解ってていってんだろ? ジャッジは四天王の中で一番弱かった。マジックやブレイブ、トリックと直接やり合ったお前が一番理解している筈だぜ」

 

 クロワールの言う通り、僕は他の三人にも挑んでいた。殆ど不意を打った形でマジックに手傷を負わせ、トリックを倒す事には成功していた。自らの体を顧みないと言う、今の自分には許された生物の枠から外れた戦い方によって反撃らしい反撃をさせる前に倒してしまったが、マジックは勿論、ブレイブの一撃やトリックの膂力や耐久力などは、ジャッジを軽く凌駕していたように思う。

 

「それでも、僕がいる限りは負けはしないよ」

「まぁ、全部お前一人でいーんじゃね? って状態だしな」

「其処まででは無いと思うけど?」

「そこまで行っちまったのが、今のお前だろうが」

 

 苦笑する。クロワールは何の遠慮も無く化け物じゃねーかと続けるのだ。実際にその通りではあるのだけど、実感としては薄い。とは言え、完全に無いと言う訳でも無いのだけど。

 例えば食。端的に言って、食べなくても問題無いようになっていた。食べられない事は無いのだけど、空腹を感じないのである。味も何処か遠くなっている感じがする。料理を食べれば、漠然と美味しいと思う事はあるのだけど、如何美味しいのかと問われれば説明できなかったりする。痛みに関しては、既に何も感じない様になっていた。そうで無ければ全身に剣を貫かせるような戦いは、いくら僕でもできはしない。剣を持つ感覚ははっきりと在るけど、それ以外だとやはりどこか遠く感じる。

 それは、人の枠を越えたと言う事だった。もっと言ってしまうと、生を越えてしまい、既に死の領域に居ると言う事だ。そう在りながら、潰えていない。それが僕と言う存在なのだろう。改めて考えてみると、随分歪な形では無いだろうか。我が事ながら、笑うしかないと言ったところか。

 

「何にせよ、僕は負けないよ」

「けど、このまま行くと、女神は死ぬかも知れねーぞ? お前は強すぎると言って良いけど、女神は経験不足だ。ある意味お前のせーだな」

「と言うと?」

「女神が戦う時期がトントン拍子で進んできてるって事だよ。例えんなら、フリーシナリオのゲームを最短距離で進んだ弊害だな。敵の強さにレベリングが追い付いてねーんだよ」

 

 どうするんだよとニヤニヤしながら聞いてくる。相変わらず天邪鬼である。嫌な笑みを浮かべて入るけど、何処か逸脱してしまった僕に、きちんと現状を教えてくれている。中々に難しい問題だと思う。正解を答えるなら、僕一人で戦う。それだけで全て終わるだろう。

 

「……やっぱり、僕一人で戦うってのは無理かな?」

「無理だな。女神がそれを許す訳がねーじゃん。アイツら基本的にお人好しなんだぜ? 犯罪神って言う化け物と一人で事を構える事を許す訳ねーよ。ただでさえ責任を感じているだけでもないのに、一人だけ死地に送るなんて事考える訳ないし、肯定するはずも無い」

「まぁ、そうだよね。あの子達は、優しいから」

「優しいって言うか、殺したいほど嫌いなやつでも無かったら、普通は止めるからな? 俺みたいに事情を知っている訳でも無けりゃ、自殺志願者としか思えねーし」

 

 それはそうかと頷く。考えてみれば直ぐに解る事なのだけど、自身が死した事を自覚して以来、どうにも感覚がずれてきているような気がする。規格が変わるというのは、それだけ大きなことなのだろう。そんな風に理由をつけて無理やり納得する。もうそれは考えても仕方がないことだから。

 

「とは言え、この状況で犯罪組織の立場から考えれば取る方策も限られてくるね」

「だろーな。各個撃破。いくら女神達とは戦力差があるとはいえ、女神と異界の魂を同時に相手取らねーんじゃねーかな」

 

 瞑目し、考え込む。確かに犯罪組織の立場から考えれば、僕と女神を同時に相手取るのが得策とは言えない。半ば奇襲みたいなものとはいえ、犯罪組織の幹部三人を同時に相手にして打倒していた。トリックを仕留め、マジックには深手を負わせている。そんな相手に、さらに女神を加えて乱戦に持ち込もうとするはずはないだろう。犯罪組織にあとはないだろうから。女神にシェアが戻り始めている。となれば各個撃破を狙うのが常套手段だろう。

 

「だからこそ、乱戦に持ち込むということはないかな?」

 

 そこまで考えたところで、そんな考えが頭を過った。相手はあのマジックである。僕の思考を読み切り封殺してきた女神だった。僕が普通に考え得る手段で事に及ぶだろうか。残念ながら、素直に頷くことはできそうにない。強さと言う点では、マジックを凌ぐ事ができるようになっていた。それについては、マジックも身をもって理解しているだろう。ならば、こちらの思いもしない策をとり目的を達成しようとしても不思議ではない。

 考えすぎと言う事も勿論あるかもしれないが、友達の命が、そして世界の命運がかかっている。考えすぎだとしても、なにも想定しないより遥かに良いだろう。

 

「ふむ。ないな。っと言いてーとこだが、あり得るな。むしろ、それを狙ってても不思議じゃねーよ」

「やけに断言するね。何か根拠でもあるのかな?」

「ああ。犯罪組織の最終目的は、犯罪神の復活だからな。その時点で犯罪組織としての目的は達成される。世界を滅ぼすのは、犯罪神がその存在理由で起こす事だからな。俺が数多の次元の歴史に面白おかしく介入するのと同じことだよ。女神を倒そうとするのは、犯罪神が復活するのに必要だからであって、ここまでシェアが減れば復活した犯罪神が楽に世界を滅ぼせるようにするためでしかねーよ」

「また、あっさりと重要なことを教えてくれるんだね」

「まぁな。今回はお前の方に付くって決めちまったし、だから情報はリークしてやるんだよ。感謝しろよ!」

 

 こちらの問いになんとも無さそうに答えたクロワールの言葉に、思わず閉じていた眼を開く。にやにやと意地悪く笑う友達に、軽く眩暈がした。

 正直なところ、僕は犯罪組織が世界を滅ぼすために行動していると思っていた。異界の魂としてある程度の知識は持っていたが、概要ぐらいしか知らなかったからだ。しかし、犯罪組織の目的が犯罪神の復活の時点で終わりだというのなら、想定すべきことは大きく変わってくる。

 

「ああ、ありがとう。もっと早く教えてほしかった」

「仕方ねーじゃん。俺だってこんな感じになるとは思ってなかったんだし」

 

 そう言って悪びれない笑みを浮かべ、僕の頭に座り、クロワールは髪の毛を掴んだ。すでに痛みは感じないけど、だからこそ変な感じがするので止めてほしいところだ。

 

「……、と言う事は、犯罪神ってもう復活するのかな」

「するな。お前が戦うべきラスボスだな。馬鹿みてーにつえーぜ。復活した時点で女神に勝ち目はなさそうだな。楽しみにしてろよ」

「……楽しみにする要素がないんだけど」

 

 さきのクロワールの言葉に引っかかりを覚えたので聞いてみる。すると、ある意味想定通りの答えが返ってきていた。それは、今後のことを決めるのに重要な情報で。

 

「……と言う事は、十中八九女神の命を取りに来るわけだ」

「だろーよ」

「……。そこまで解れば手の打ちようはあるか」

 

 呟く。相手にとって女神は討てれば良いが、必ず討つべき相手ではないと言う事だった。犯罪組織としては、犯罪神が蘇ればそれで終わりなのだ。そして、クロワールの口ぶりからは、犯罪神の復活はもはや確定事項だった。ならば、次の行動は大きく絞り込める。犯罪神の復活はすでに決まっていた。ならば犯罪神の敵となる、女神や異界の魂の排除を優先するだろう。そして恐らく先の戦いの結果から、女神を倒すことを選ぶだろう。細部は違うかもしれないが、ある程度の予測は立っていた。

 

「クロワール、犯罪組織とのパイプはまだ繋がってるかな?」

「ああ? まぁ、まだバレてねーと思うぜ」

「なら、一つ頼みがあるんだ」

「お、なんだよ。お前が頼みなんて珍しーな」

 

 ならば、こちらから仕掛けようと思う。賭けの部分もあるが、そう覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「犯罪組織から宣戦布告が行われてきた。と言ったところかな」

 

 結論から切り出したのは、ラステイションの教祖であるケイさんだった。クロワールと語り合ってから数日後、ノワールとユニ君に呼び出されるなり、物騒な始まりである。尤も、クロワールに頼んだことが成功したと言う事だと思う。

 

「私たちの国であるラステイションをはじめとする、女神が治める四つの国。その全てにキラーマシンを使い、同時進行を行うと宣言してきたのよ」

「キラーマシン、かな?」

「ええ、そうよ。アタシ達がルウィーで戦った機械兵。一体一体が並みの危険種よりも力を持った敵なの。弱点は魔法、特に電気に弱いことかな」

「機械兵士だしね。らしいと言えば、らしいか」

 

 キラーマシンの軍勢。この場にいる面子の中では、ユニ君が唯一交戦経験があった。彼女の経験からでた話を頭の片隅に置いておく。頑強な装甲を纏う機械兵士には、女神の力であるプロセッサユニットを用いた一撃も有効打になり辛い様だ。そんなときに編み出したのが、魔法銃なのだとか。

 

「犯罪組織の幹部がどこの国に仕掛けてくるかわからない以上、各国の女神も迂闊に動くことができない状況と言うわけだ」

「迎え撃ちはするけど、他国から女神のような強力な援軍は期待できないと言う事だね」

 

 現状を簡単にまとめたケイさんの言葉に頷く。同時進行による攪乱。本命が何処か解らないからこそ、有効な手であると言えるだろう。迎え撃つ側からしたらどうしても後手に回らず得ないからだ。

 

「となれば、僕はラステイションで迎つと言ったところか。それとも遊軍として動けばいいのかな?」

 

 右手に一振りの剣を生み出し、異界の魂としての能力を印象付けながら言った。女神の救出が終わり、まだそれほどの月日は流れていない。だからこそ、こういった演出が効果的だと思う。

 

「いいえ、あなたを呼んだのは情報を共有するためよ。最悪の事態になったときは協力を依頼するかもしれないけど、現状ではまだ安静にしておいてほしいの。女神救出から殆ど経ってないでしょ?」

「む?」

 

 ノワールの言葉に首を傾げる。態度とは裏腹に、予想はしていた言葉だった。

 

「ユウはアタシ達を助けるために、ボロボロになったばっかりじゃない。いくら異界の魂の魔法で傷が無くなったからって、無理ばかりしてるわ」

「そうする必要があったからね。女神救出はあの状況で確実になす必要があった。仕方がないよ」

「そうかもしれないけど! どんな理由があろうと、あなたに頼ってしまっている。普通の人なら心身ともにすり減らしてしまうぐらいの負担をかけてしまっているわ。せめて、敵の狙いが判明するまでは休んでいて欲しいの」

「悔しいけど、犯罪組織とやり合うにはアタシ達だけの力じゃ不足してる。アンタの力を借りなきゃ難しいと思う。だからこそ、ギリギリまでユウには無理してほしくないの。アンタの力が必要だからこそ、まだ安静にしていて欲しいの」

 

 二人の女神が心配げに見つめてくる。彼女たちを救い出したとき、全身傷だらけで血も流していた。その時はすでに人を超えてしまっていたのだけれども、そんな事を二人が知る由もない。成功こそしたけど、あのような無茶を繰り返せば何時死んでも不思議ではないと思ったのだろう。協力はしてほしいけど、極力安静にしていてくれと懇願されていた。

 中々に矛盾した願いだった。本当ならこれ以上無理はしてほしくない。だけど、現実にはそう言うわけにはいかない。二人は、そんな理想と現実の乖離に苦しんでいるのだろう。僕の身を案じてくれていることが解り、素直に嬉しく思う。

 

「解った。けど、僕に無理をするなって言った君たちも無理しちゃだめだからね」

 

 だからと言う訳ではないけど、二人の言葉に素直に頷いていた。確かに状況は良くないだろう。だけど、まだ切羽詰まっていると言うほどではなかった。ここは女神たちが自分の手で何とかしようと言う事なのだろう。だからこそ、都合が良かった。

 

「ええ、解っているわ。必ず生きて帰ってくる」

「うん。大丈夫よ。アタシもお姉ちゃんも、アンタに何もお礼ができていないからね。心配しなくても、戻ってくるわ」

 

 しっかりと僕の目を見てそう約束してくれた二人に、心の中で謝罪する。また騙してしまっている。もちろん悪意があるわけではないけど、この子たちに本当のことを言わない事について罪悪感があったからだ。

 

「気を付けてね。無事を祈っているよ」

 

 そう言い、二人を見送る言葉を締めくくった。犯罪組織との決戦は近い。但し、それは彼女たちの思いもよらない形になるだろう。また怒られるかもしれないな。そんな事を思いながら、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

 姉妹が犯罪組織の攻勢を迎え撃つために教会を出発した後、宛がわれた部屋でその時が来るのを待っていた。右手。既に漆黒を携えている。来る。それはもう、解っている事であったからだ。

 

「よー、ユーイチ」

「待っていたよクロワール。首尾はどうかな?」

 

 そろそろ来るだろうと思っていた人物の来襲に、そんな言葉を返す。犯罪組織の侵攻。それは、僕からマジックに持ち掛けた提案だったからだ。

 

「お前の口からそんな言葉が聞けるとはねー。くく、嬉しいもんだ」

「僕自身、予想していなかったけどね」

「まぁー、こーいうのも良いよな。で、首尾の方だが上々だよ。マジックの奴も乗り気みてーだな」

「そっか。なら、あとはやるだけだね」

 

 クロワールの言葉に一先ず頷く。拒否されたら全てが水泡に帰すのだけれども、その心配はしなくてもよかったようだ。確信はなかった。だけど、何となく紅の女神ならば受けてくれると思っていた。女神を交えずに決着をつけよう。そう言えば来るだろうという予感だけがあったのだ。

 

「クロワール、頼んでも良いかな?」

「おう、任せとけよ。十分に暴れられる場所。犯罪組織の本拠地、ギョーカイ墓場に連れて行ってやるよ」

 

 決着をつける。そんな覚悟を決め、クロワールに行き先を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に一人で来るとはな」

 

 クロワールの力による転移。異界の門を用いたときとも違う違和感の先で辿り着いたのは、かつて僕が呼び出された場所に酷似していた。言うならば墓場。廃棄された機械たちの眠る墓地であった。どこか懐かしいような気分に浸っていたところで、そんな言葉が聞こえてくる。声の聞こえたところへ視線を向ける。そこにいたのは、紅き勇士だった。

 

「言った通りだろう。この男は、四条優一は来ると言えば来る。護るためならば捨てる事を厭わない。そう言う存在だ。女神が世界を救うために呼び出した英雄にふさわしいではないか」

 

 驚きがわずかに含まれているブレイブの言葉を嗤う様に紅の女神が姿を現す。以前僕が与えた傷。それも殆ど癒えたのだろうか、腹部から肩にかけて切り上げた傷は、一筋の剣閃となり紅の女神の体に刻まれていた。視線がぶつかり合う。マジックが深く嗤った。

 

「一人で来たかった訳ではないのだけどね。あなた達と戦うには、時が足りなかった。だから僕が一人で来たんだよ」

 

 向けられた視線をまっすぐ見返し、言い返す。犯罪組織の目的である犯罪神の復活。クロワールが言うには、それはもう確定事項と言ってよかった。彼らよりもはるかに強い敵の大将が出てこようとしている。そうなる前に少しでも戦力は減らしておく必要があるのだ。

 

「勝てるつもりなのか?」

「逆に聞き返すよ、ブレイブ。君たちは僕に勝つ手段があるのかな?」

 

 彼らにも解っているはずである。今の僕は生物の枠から逸脱している。肉体を殺そうと、死に絶えることはないのである。それで死ぬのなら、以前対峙したときにもう死んでいるはずだから。

 

「ああ、用意してきたさ。お前を殺すために、な」

「そうか。だけど、侮らない事だね。今の僕はもう……」

 

 マジックが面白いと言わんばかりの笑みを浮かべ言う。戦えるのが嬉しくて仕方がない。そんな意思がありありと現れて見える。両の手に二振りの剣を生み出す。予感ではなく、確信。ここで終わらせる。それを自分にはできる力がある。そんな意思を込め、二人の敵を睨め付ける。

 

「語るのはここまでで良いだろう。殺し合おうか、異界の魂」

 

 紅の女神がゆっくりと大鎌を構える。辺りに張り詰めた空気が広がっていく。

 

「お前は強すぎる。正攻法では勝てないと思わせるほど、な。できればこの手で救いたかった。だが、俺には子供たちに希望を見せるという成すべきこともある。倒させてもらうぞ、四条優一!」

 

 紅き勇士もまた、その大剣を手に戦う意思を示した。

 

「先ずは、削らせてもらうぞ」

 

 そんな言葉とともに、数十、或いは数百の小型の機械兵士が姿を現した。かつてノワールと共にマジックと相対したときに見たものと同じである。ならば、おそらく同じ武装をしているのだろう。それは、女神に呼び出されたシェアで構築された僕にとっても有効で。

 

「やらせはしないよ」

 

 一閃。

 

「くくく、ふはははは!!」

「馬鹿な!?」

 

 異界の魂として与えられた力を十全に用いる。枷などとうに消えていた。気と魔力を纏った斬撃が、音を超え機械兵が武装を開放する間もなくその身を残骸へと変えていく。ブレイブが僅かな動揺を漏らし、マジックが狂気を浮かべた。同時に紅が加速する。マジック。既に大鎌を振りかぶる。

 

「凄まじいな、異界の魂!!」

「負ける訳にはいかないからね。ここで終わらせる。そのために僕はいるのだから」

 

 一合。剣と鎌がぶつかり合う。何度も打ち合う気などない。僕に手を貸してくれる数多の使い手たちの経験を総動員し、紅の女神が返しの刃を振るうよりも早く切り抜ける。

 

「ブレイブカノン!!」

 

 正面。紅き勇士が放った砲撃。迫る。かまわず加速する。二振りの剣。掬い上げた。

 

 ―ソウル・ドライブ

 

 魂の限界すらも超え、砲撃を文字通り切り上げる。地を踏み抜く。陥没。視界が色を失っていく。両の手に携えた剣。ブレイブに向け投擲する。

 

「ぬぅ!? しかしこの程度、我が力を阻む障害にもなりはしないぞ」

 

 紅き外装を貫き、胴と腕に楔を受けてなお、紅は吼える。構わず接近、跳躍する。

 

「だろうね。だけど、狙いはそこじゃないよ」

 

 紅に埋め込んだ楔。それをさらに踏み越えブレイブの頭上を越えた。左手。既に魔力を収束している。紫電を超えた爆雷。解き放った。

 

「これなら、どうかな?」

 

 振り向いたブレイブと視線が交錯する。そこには怖れも動揺もなかった。

 

「舐めるなよ、異界の魂。ブレイブソード!!」

 

 必殺の斬撃。爆雷を迎え撃つべく大剣が迫る。笑みを浮かべた。

 

「ブレイブ。下がれ! 本命はそれではない」

「なに!?」

 

 落ちながら再び刃を生み出す。両の手に。

 

「しまっ」

 

 ―剣の極地

 

 そして、自身の周りに数十数百。必殺の一撃を振りぬき、隙だらけになったブレイブに向け、今もまだ増え続ける剣の群れが包囲の輪を縮めていた。堕ちながら指揮するように右手を振るった。

 

「ぐ、おおおおおおおお!!」

 

 数千数万を超えた斬撃の嵐。剣の軍勢が勇士を飲み込む。

 

「さようなら、ブレイブ」

 

 そして、軍勢が通り過ぎた時、蹂躙されつくした鉄の塊だけがその場に残った。

 

「さて、残りは貴女だけだよ」

 

 マジックを見据え、告げる。紅の女神が突如後退した。追うために力を用いようとした瞬間、視界が塗りつぶされていた。

 

 

 

 

 

 

「自爆、か……」

 

 変わり果てたブレイブが渾身の力で放った爆発を見たマジックは、抑揚のない声音で呟いていた。相手が人間や女神であったのならば、それは決定打になり得る手段だっただろう。だが。

 

「無理なんだよ、ブレイブ。それでは僕を倒せない」

 

 相手はすでに生きてすらいない亡霊だった。その身は仮初であり、世の摂理から逸脱したモノでしかない。物理的な破壊では、異界の魂の足止めはできても根絶やす事など出来はしないのである。それを解っていながら尚、ブレイブにはそれしか手が残されていなかった。彼我の戦力差はそれほどなのである。どこか悲しげにつぶやく異界の魂を見据え、マジックは仕切りなおすように大鎌を構え直した。まだ戦いは終わったわけではないからだ。紅の女神のプロセッサユニット。全力で起動させるとともに、機械兵の第二陣を呼び寄せる。

 

「ブレイブを倒したようだが、まだ私が残っているぞ」

「解っているよ。君が一番厄介だと言う事もね」

 

 押し寄せる機械兵を一瞥し、異界の魂は、剣陣を操るように手にする剣を振り下ろす。機械の軍勢に剣の軍勢がぶつかり合い、斬鉄の音色を響かせる。

 同時に自身の周りにも数本の剣を生み出し、紅を迎え撃つ。

 

「それほど女神が大事か、四条優一!!」

 

 叫ぶようにマジックが問いかける。淡い希望を抱かせ、再び絶望を与え、何より、自身が死する運命に追い込んだ女神の為に戦うのかと。振るわれる大鎌。放たれる紅き光弾。延ばされる腕。その全てを異界の魂は、両手の剣と呼び出した剣を用いて撃ち落とす。

 

「願いを託されていた。僕にはその想いを踏みにじる事ができそうにない」

「だから、自身が全て背負うというのか。唯の人の身で過ぎたる願いを推し付けられ、それを肯定すると言うのか。貴様はそれで満足だと言えるのか!?」

 

 剣閃。紅と魂がぶつかり合う。四条優一の剣を圧し折り、紅の斬撃が異界の魂を引き裂いた。僅かに生じた隙に、マジックは異界の魂を吹き飛ばし紅き衝撃をもって追撃をかける。

 

「ああ、言えるよ」

 

 後退する異界の魂を畳みかけるように放たれた斬撃。それを、無造作に振るわれた黒が阻んだ。ソウ剣であった。それは、剣の極地で手繰り寄せた一つの終わり。四条優一が辿り着くことができるかもしれない、あり得るかもしれない可能性。亡くす事を肯定したものが辿り着いた終着点にある力だった。

 黒と紅がぶつかり合い、火花を散らす。一つの線が二つ四つと増え、やがて無数の斬撃の壁となる。

 

「ふざけるな! ただ奪われ、利用され、捨てられる。それに納得できるというのか」

「納得できたんじゃないよ、マジック」

 

 狂喜を浮かべていたのが嘘のように、マジックは感情をむき出しにし刃を振るう。その気持ちが何故なのか紅の女神には解らない。だが、異界の魂について調べれば調べるほど、ただ気に入らなかった。紡がれてきた人々の願いが、女神による救世の思いが、今を生きる女神たちの意思が、それを推し付けられ尚肯定しようとする四条優一が、全てが許容できずマジックは怒りを示す。

 

「ならば、どうしたと言うのだ」

「……」

「答えろ、四条優一!!」

 

 静かに呟いた異界の魂に、紅は問う。それに、ただ女神を見据えた異界の魂は告げた。

 

「最初から何も無かったんだ。僕はね、この世界に呼び出された時点で死んでいた。だからもう、何も無いんだ。最初から貰うべきではなかったんだ。願いも、祈りも、光も、喜びも、あの子達から貰った温かな想いも」

 

 振るわれる大鎌を漆黒で打ち砕き、亡霊はただ笑う。全て、捨ててしまっていたから。託された願いや想いの記憶だけを胸に抱き、すでに喪っていたから。だから、肯定できた。全て色の無い記憶でしかないから。個でありながら、個の想いを喪ってしまっていたから。

 

「全て、終わっていたんだよ」

「貴様は……、壊れている」

「そう、かもしれないね。だけどね、マジック。僕はここに呼び出された時点で終わっていたんだ」

 

 色の無くなった瞳を見た紅の女神は、諦めたように呟いた。それに異界の魂は静かに同意する。

 

「先に待っているぞ。四条優一。私が愛してしまった人間」

「ああ、僕も後で追いつくよ。死と消滅が同じなのかは解らないけどね」

 

 そうして、漆黒が紅を貫く。紅の女神から鮮血が吹き乱れ、異界の魂へと降り注いだのだった。




とりあえず、今回で挿話は一旦終わります。挿話自体はもう少し続きますが、本編をいい加減に進めなければ。でまはた、ゆっくり更新を待ってもらえればうれしいです

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