前回のあらすじ
妙とキリトがぶつかった一場面をキスと勘違いした東城により、真偽不明な噂が一部の人達で出回ってしまう。九兵衛やリーファはキリトへ直接確かめるべく動き出し、偶然に話を聞いてしまったリズベット、シリカ、シノンは万事屋と近藤の手を借りて、キリトらのいる柳生家へ出向こうとしていた。一方で噂の件を全く知らないアスナは、約束通り妙と料理の練習を行うことに。
果たして噂は払拭させることが出来るのだろうか。場面は柳生家に向かう万事屋の面々から始まる……。
柳生家での用事が淡々と進められている中、万事屋の面々はというと、
「おい、まだか」
「待つアル。まだ選んでいるところネ!」
その道中で総合スーパーであるトンキーホーテで買い物をしていた。
「このハンマーとかどうですか?」
「ユイには重過ぎるんじゃないの?」
「これとかどう? アタシのメイスと似ているし、使い心地良いと思うわよ」
「いやいや、最初のピコピコが一番アルよ!」
「どれを選ぶべきか悩みますね……」
ユイやシリカを始めとした女子五人達が、おもちゃ売り場でピコピコハンマーを探している。冗談で言ったはずの百トンハンマーの代用が無いか、皆商品をかき分けながら探していた。所謂寄り道であり、特にトンキーホーテに用事の無い銀時や新八らにとっては、ただただ暇な時間でしかない。
「銀さん。早く行かなくていいんですか?」
「んなこと言われても、女共のハンマー選びが終わらないと、先に進めないだろうよ」
「ていうか、ユイちゃん。本当に百トンハンマー、買うつもりなんだ……」
「心配するな。どうせおもちゃのハンマーに百トンって書けば良いだけだから」
銀時、新八共に立ち往生して、早く女子達の買い物が終わらないかやきもきしている。
そんな二人の真横には、近藤も同じく腕組しながら待ち続けていた。
「ハハ! まだ選んでいるのか。ったく、待つ俺達の身にもなってみろよな」
「お前はまず仕事に戻れよ」
「何を当たり前の面して、万事屋の一員として立っているんですか!!」
さも当たり前のようにいる近藤に、辛辣なツッコミを投げかけていく。近藤自体は気にしていなかったが、銀時らにとってはただの部外者でしか無かった。近藤のポジティブさに苛々しながらも、男子達は女子達の買い物が終わるのを、ただひたすらに待ち続ける。
「せい!」
「ハァ!」
一方でこちらは柳生家より。道場に訪れたキリトは、まずリーファと九兵衛の普段の稽古の模様を見学していた。迅速の剣の使い手こと九兵衛の元で指導されたリーファの剣術は、見違えるほどに上達しており、隙のない一撃を次々と師匠である九兵衛に披露している。互いの竹刀をぶつけ合い、根気強く立ち向かう姿にキリトも感心していた。
「どうだ。リーファ君の成長ぶりは?」
「すごい……こんなに素早く技を決められるようになったのか」
「でしょ! これが特訓の成果よ!」
自身の成長をキリトに見せつけることが出来て、喜びに舞い上がるリーファ。それくらい今の彼女には、大きな自信が沸き上がっている。そんな彼女に、九兵衛が補足を加えてきた。
「ALO星での一件から、彼女の剣術は益々上達している。元の世界へ戻れば、世界レベルとして活躍すること間違いないだろうな」
九兵衛はリーファと共に戦ったALO星での戦いを境に、自身の殻を破ることが出来たと称していた。大袈裟にも世界レベルに匹敵すると、内心で思い始めている。
そんな二人の鍛錬を、陰ながら見守っていた者達がいた。
「流石九兵衛の連れてきた娘だ。十分に腕があるな」
「別世界の人間と言っておったが、ぜひ元の世界でも柳生流を広めてほしいのぉ」
東城の横に、二人の小柄な男性が道場に訪れている。共にリーファを、柳生家に相応しい人物だと評していた。なお、キリトにとって彼らは初対面である。
「えっと……アナタ方は?」
「九兵衛のパパ上だ」
「のパパ上じゃ」
「じゃ、お父さんとお爺さんなのか!?」
「違う! パパ上と呼べ!」
呼び名にこだわりがある様子で、輿朔は思わずキリトを一喝していた。
そう。彼らは九兵衛の父親である柳生輿朔(こしのり)と、祖父の柳生敏木斎(びんぼくさい)である。二人は息子もとい孫である九兵衛の連れてきたリーファを一目置いており、彼女の剣術を高く評価していた。なおリーファにとっては、柳生家に訪れた時からの顔見知りである。
「あっ、輿朔さん! 敏木斎さん! お疲れ様です!」
「うむ。今日も輝いているのう。特に上半……」
「お爺様。セクハラも自粛してくれ。リーファ君は苦手だと言っているだろう」
ついリーファの胸ばかりを見る敏木斎に、九兵衛が注意を入れていた。よくあることであり、言われるたびにリーファは苦い笑いを浮かべている。
一方で輿朔は、リーファの義兄であるキリトにも興味を持ち始めていた。
「それにしても、リーファ君のお兄様とはな。どうだ? 君も柳生家に入って、剣術を磨いてみないか?」
「お誘いは有難いですが……今は万事屋や他の事で忙しいので、お断り致します」
「そうか……もし入れば、立派なセレブ道も学べることが出来たのにな」
「セ、セレブ道……?」
輿朔からの勧誘を断ったものの、キリトは彼の言っていたセレブ道とはなにか。少しばかり気になりつつあった。
そんな柳生家の親族と交流する中で、東城は時間を確認しつつ、輿朔らに約束の時間が迫っていることを伝えている。
「では、お二方。そろそろご退出を。ご友人がそろそろ来るお時間ですので」
「そうだったな。それでは三人共」
「鍛錬の方、無理せずに行うのじゃぞ」
輿朔らには別件があり、一旦道場を退出していた。東城が二人を案内し、道場には九兵衛、キリト、リーファの三人が残っている。ここで九兵衛とリーファは、キリトに気付かれぬようにとアイコンタクトを取っていた。
「それじゃ、早速稽古へ入ろうか」
「そうだな……さぁ、僕と勝負するんだ、キリト君!!」
「九兵衛さんから? 凄いやる気だな……」
凛とした表情に切り替わり、九兵衛は竹刀を手にキリトを稽古の相手として名指しする。彼女のただならぬ情熱は、もちろんキリトにも伝わっていた。キリトも九兵衛の熱意に答えられるようにと、近くにあった竹刀を持ち、強く握り始めている。
だが、当然キリトは気づいていない。九兵衛が情熱を燃やす理由が、例の写真の件であることに……。
「九兵衛さん……本心が駄々洩れになっているよ!」
一方で同じく事情を知っているリーファは、九兵衛のあからさまな敵意に内心ビクビクしていた。普段の冷静さは無く、ただ早く真実を突き止めようと焦っているようにも見えなくない。いざという時は自分が彼女を止めようと、内心で決意していた。
そんな流れで始まった九兵衛とキリトの、一対一の稽古。共に右手へと持った竹刀を握りしめる中、先に動き始めたのは九兵衛からだった。
「君がリーファ君の兄に相応しいか、僕が試してやる!」
「えっ? どういうことだ、九兵衛さん?」
「分からないなら……分かるまでぶつかるだけだぁぁ!!」
「えっ、ちょ!?」
「はぁぁ!!」
九兵衛は目を血走らせながら、キリトへ勢いよく突進。竹刀で容赦なく彼を攻撃しようとする。いきなり本気で襲い掛かって来た九兵衛を、キリトは瞬時に竹刀で防ぎ切った、そこから二人は、一進一退の激しい攻防戦を、リーファそっちのけで繰り広げていく。
「大丈夫なの。これ……?」
彼女は唖然とした表情のまま、なるようになれと思い、二人の戦いを見守ることにする。
「えっ!? 今日使う卵、全部昨日の練習に使っちゃったの!?」
「そうなのよ。やり始めたら、止まらなくなっちゃって」
一方でこちらは、柳生家の台所へ移動したアスナと妙。妙の壊滅的な料理の腕を少しでも上げる為、アスナがマンツーマンで料理の指導を行う予定だったのだが……妙は昨日購入したはずの卵を全て練習用に使ってしまっていた。
想定外の出来事に困惑するアスナだったが、既に妙は代わりの卵を用意している。
「でも、安心して。新しい卵を買っておいたから」
「そうなの。それなら安心……」
とアスナへ卵のパックを見せてきたのだが……その見た目は明らかに可笑しかった。なんと一つ一つの卵から、紫色のオーラが意味ありげにあふれ出ているのである。
「あの、お妙さん。なんかこの卵、変色しているんだけど大丈夫……?」
「大丈夫よ。宇宙のどこかの星で採れたものだけど、味に関しては問題なさそうよ。でも」
「でも? 何か訳ありなの?」
彼女は妙へ入念に卵の安全性を確認すると、妙自身は少し複雑な表情となり、その訳アリな理由について返答してきた。
「実はこの鶏卵場、最近ヤンデレのストーカーが不法侵入して、その場で抹殺されたのよ。それ以降、採れる卵に変化が起きていてね。訳アリだけど……特に問題は無さそうよね。今でも営業しているみたいだし!」
「いや、それ以前の問題よ!? 不法侵入って何!? サスペンスドラマと同じことが起きていない!?」
胃がもたれるような重い事実を聞き、アスナは勢いよく妙へツッコミを入れている。話を要約するとヤンデレのストーカーが殺されてから、その鶏卵場で採れる卵に異変が起きているようで、その呪いのような恐ろしさにアスナにはためらいが生まれていた。一方で妙は動じずに、前向きに物事を捉えている。
「それ、本当に作って大丈夫なの?」
「大丈夫だってば。作ってみて怪しかったら、食べなきゃ良いだけだから。まずは試してみるのが先決でしょ」
「そうだけど……」
とりあえず試してみることで、妙は問題なく納得していた。彼女の考え方に触れて、アスナの心にもある変化が生まれている。
(一回作ってみて、怪しかったら新しい卵を買ってきましょうか……)
時間も限られているので、一旦例の卵で作ると決意していた。食べるか食べないかは自分の判断で決めて、妙をアシストすると、こちらも自分自身を納得させている。
「分かったわ。とりあえず、この卵で作ってみましょう」
「うん。それじゃまずは、アスナちゃんの下ごしらえから見て良いかしら」
「えっとまずは……」
その後は普段通りの手際で、アスナは妙においしい卵焼きの作り方を教えていた。
順調に料理を進める二人だったが、この時はまだ気づいていない。この卵が後々、大きな波乱を生むことに……。
「はぁぁぁ!!」
一方で道場では、変わらずキリトと九兵衛が竹刀で戦いを繰り広げていた。表面上は模擬戦だが、戦いへの心構えはまるで違っている。
「これが九兵衛さんの本気か……!」
「そうだ! 僕のお妙ちゃんに対する熱意は、本気だぁぁ!!」
修行でも手を抜かず、本気でぶつかり合う九兵衛に潔さを感じるキリト。彼女の本気についていくようにと、正々堂々と剣技をぶつけている。
一方で九兵衛は、戦いを続けるうちに冷静さを失いつつあった。妙とキリトの疑惑の写真を頭に浮かべながら、本当は二人の間に何かがあったのではないかと勘繰っている。それでも何一つ手を抜くことなく、自慢の剣技でキリトに次々と攻撃を仕掛けていく。
「凄い迫力……」
修行を見守っていたリーファも、二人の迫真の戦いを目にして、つい体が固まってしまう。滅多に見せない九兵衛とキリトの本気に、彼女はただただ圧倒されていた。
そんな戦いを繰り広げているうちに、互いの竹刀の動きが急に止まる。二人は呼吸を整えつつ、戦いを一旦中断していた。
「ふっ。君の強さは重々理解した。リーファ君の言う通り、かなりの手練れだな」
「ありがとう、九兵衛さん。こっちも戦い甲斐があるよ」
「そんな君がなぜ、リーファ君を裏切るような真似をしたんだ!」
「裏切る? なんのこと?」
「とぼけるな! これを見ろ!!」
そして休む間もなく、九兵衛は一気にキリトへ例の件を畳みかける。懐から例の写真を取り出して、キリトの目の前で見せつけたのだ。妙とキリトがぶつかった例の写真を。
「えっ?」
「ちょっと、九兵衛さん!? なんでストレートに見せちゃうの!?」
急に写真を見せられて困惑するキリトに対し、リーファは慌てた様子で九兵衛にツッコミを入れていた。いくら理由を知りたいとはいえ、あまりにも直接的な行動に彼女は驚きを隠せずにいる。
「手っ取り早く聞くには、これが先決だろう。何よりキリト君は、今疲弊している。チャンスは今しか無かったんだ!」
「疲弊しているからって、本当のことを話すかは分からないでしょ!?」
タイミングは今しか無かったと確信し、九兵衛は堂々とした態度でリーファへ説明。それでもリーファにとっては、突飛で危うい行動としか思っていなかった。
そんな言い合いをする二人に、写真を見たキリトが不思議そうな表情で話しかけてくる。
「あの二人共……多分大きな勘違いをしていないか?」
「「えっ?」」
「俺がお妙さんと二人っきりになったのは、神楽が借りていた本を返しに行っただけで、その途中でバランスを崩してぶつかっただけだから……恐らくスグや九兵衛さんが考えているようなことはないぞ」
「ぶつかった?」
「キスしているわけじゃないの?」
「キス? あぁ、この写真だとそう見えるのか……」
キリトはてっきり妙と密会していると九兵衛達が思い込んでおり、その誤解を解くようにと冷静に当時の事情について話した。なお、キスに関しては本人にとっても想定外のようで、写真を再度凝視してやっと気付いたらしい。
一方でようやく写真の真実を聞けたリーファらは、あまりにもあっけない理由につい体が固まってしまっている。と同時に、こんな理由で惑わされていたことが段々と恥ずかしくなってきていた。
「つまり東城さんの早とちりだったってこと?」
「アイツ……!! すまない! 僕は東城の元へ行ってくる! 君達は待っていてくれ!!」
そして九兵衛は、騒動の元凶となった東城を探すべく、道場から勢いよく出て行っていた。場に残されたキリトとリーファだが、二人は何とも言えない表情のまま、写真の件について話していく。
「てか、九兵衛さんの様子が可笑しかったのって、さっきの写真のせいか?」
「そうだね。東城さんがたまたま撮って、私達へ伝えに来たんだよね。お兄ちゃんとお妙さんが恋仲になっているんじゃないかって」
「恋仲って……こっちからすれば大迷惑だな。そもそもお妙さんって、BZの稲葉さんが好みのタイプじゃなかったか?」
「おっしゃる通りです……」
リーファはキリトへ向かい、深々と疑ってしまったことを謝罪していた。一応大きな騒動にはならず、キリト自身も特に気にしてはいない。それよりも今は、九兵衛に粛清されるであろう東城を共に心配している。とりあえずは九兵衛の帰りを待つことにした。
「やっと、やっと……ダークマターの沼から抜け出せた」
「やったわ! 五回目にして、綺麗な玉子焼きが出来上がったわ!」
一方で台所では、アスナと妙の卵焼き作りが佳境を迎えていた。アスナの指導がありつつも、幾度も暗黒物質を作り上げてしまった妙だが、五回目の正直でやっと見栄えの良いちゃんとした形の卵焼きが出来上がっている。
その困難を極めた卵焼き作りに、思わず疲弊した表情を浮かべるアスナ。そんな彼女に対して、妙は卵焼き作りがうまくいき、思わず安堵の表情を浮かべていた。
「おめでとう、お妙さん。さっきの配分通りに練習すれば、ふんわりと黄色い玉子焼きを作れるはずよ」
「フフ。これもアスナちゃんのおかげね」
妙からお礼を言われて、つい照れた表情を浮かべるアスナ。苦労した甲斐があったと、本人も自慢げに納得していた。
なお、肝心の味については……これから確かめる様子である。
「それじゃ、早速試食してもらえないかしら?」
「えっ、これを食べるの……!?」
「味に関しては問題ないって言ったでしょ。さぁ、どうぞ」
試食を勧める妙だったが、アスナには懸念点が一つあった。それは調理前に紫色のオーラが卵から出ていた点である。元々はヤンデレのストーカーが抹殺された場所で採れた卵で、調理してから様子見すると決めていたのだが……
(まぁ、良いわよね。卵に罪は無いんだし)
風評に惑わされずに食べるとアスナは決めていた。
「分かったわ。頂くわね」
「うん! 美味しく召し上がれ!」
こうして彼女は何のためらいもなく、妙の作った卵焼きを口にする。ゆっくりと味を確かめる最中、台所には東城を探していた九兵衛がやってきていた。
「あっ、妙ちゃん!」
「あら、九ちゃん。どうしたの?」
彼女は妙を見つけると、即座に昨日の件で疑ってしまったことに謝りを入れてくる。
「すまない! 少しでも疑った僕のことを許してくれ!」
「急にどうしたの、謝って。何があったの?」
「実は東城の撮った写真が、妙ちゃんとキリト君がキスをしているように見えて、恋仲になっていないか心配していたんだ」
「恋仲? そんなわけないでしょ。キリちゃんには、アスナちゃんがいるんだから。ねぇ、アスナちゃん」
妙自身はもちろん否定し、アスナにも同意を求めていた。だがしかし、それを聞いたアスナは妙らの方を一切振り向かない。
「……その写真って今ある?」
「写真?」
「これだ」
誤解を生んだ写真を求められて、九兵衛はアスナにその写真を渡していた。
「勘違いはするな、アスナ君! この写真は二人がたまたま衝突したついでに、ぶつかったわけであって。決してやましい関係にあるわけじゃないからな」
一応ただの偶然であり、妙とキリトに何の関係もないと念入りに伝えたのだが……
「そんなの本人の口からじゃないと分からないでしょ?」
「えっ?」
「アスナちゃん……?」
アスナからはやや高圧的な返答が返ってきている。二人は思わずアスナが怒っているようにも見えていたのだが……彼女が振り向いた途端、九兵衛らはアスナの様子を見て愕然としてしまった。
「あーあ。これだから男って信用ならないのよね……キリト君って言ったっけ? ちょうど良いわ。憂さ晴らしに壊してきてあげる!!」
なんと彼女の眼は、青目から紫色に変わっていたのである。しかも口調もどこか可笑しく、まるでアスナ本人の意思で話していないようにも見えた。表情も常に笑っており、その姿はヤンデレの如くやつれている。
そう。彼女は体を乗っ取られてしまったのだ。鶏卵場を襲撃したヤンデレのストーカーに……!
「アハハ!!」
するとアスナ?は、高笑いをしながら台所を跡にして、キリトらがいると思われる道場方面へと走り出したのであった。あまりにも理解が追い付かない急展開に、九兵衛らはただただ困惑するしか無かった。
「何があったんだ、お妙ちゃん……」
「もしかして、あの卵焼きのせいかしら?」
「卵焼き!? アレをアスナ君に食べさせたのか!?」
「いや、今回の卵焼きは格別なのよ! 形も黄色くてふんわりしていたし! ただ、販売している鶏卵場で、ヤンデレのストーカーが不法侵入したついでに始末されたくらいで、それ以外は至って普通の卵だったのよ」
「まさか、そのヤンデレストーカーの怨霊が、アスナ君に乗り移ったんじゃないのか?」
「えっ、まさかね……」
二人はようやくここで、アスナの暴走の原因が卵焼きであると確信。ヤンデレストーカーの怨霊が、アスナに入り込んでしまったと推測を立てていた。概ねこの理由で間違いないのだが……。
「とりあえず、アスナ君を追いかけよう!」
「そうね!」
九兵衛らはアスナのことが心配になり、彼女の跡を追いかけることにした。
想像もしていなかった連鎖が、想定外のトラブルを引き起こしてしまっている。
その一方で、そんな裏事情などまったく知らない万事屋の面々やシリカ達は、ようやく柳生家の元に辿り着いていた。
「見てください! これが百トンハンマーです!」
「おぉー、豪傑に輝いているアルよ。ユイ!」
「はいです! ありがとうございます、神楽さん!」
彼らは寄り道がてら、ユイの欲しがっていた百トンハンマーを無事購入。百トンまでは言わずとも、相手にダメージを与えるハンマーを手にしていた。これでユイは、キリトと妙の噂を流した相手をこらしめたいらしい。
「さて、ハンマーを揃えたところで、ここからが本番だ!」
「そうね。キリトかお妙さんを探して、あの噂を払拭させないと!」
そして柳生家へと辿り着き、一段とやる気を見せたのは近藤とリズベット。共に二人が噂を否定してくれることを信じている。
「きっと大丈夫ですよね?」
「そうね。二人ならきっと否定してくれるわよ」
それは無論、同じく同行していたシリカやシノンも同じ思いだった。
「きっとじゃなくて絶対だろ」
「とにかく二人を見つけて、こんなことさっさと終わらせないと」
銀時や新八は面倒くささを感じつつも、さっさと騒動が終わらないか内心で願っていた。当然彼らもそんな噂、はなっから信じていないのだが。
こうして八人はいよいよ柳生家へと足を踏み入れるのである。
「ちわっす~誰かいる……」
「アハハハ!!」
と周りに誰かいないか声をかけた時。なんと目の前を、不気味な笑い声を上げたまま走るアスナ?が通り過ぎていたのだ。当然銀時ら八人は、アスナが暴走している事情などまったく知らないので、見かけた瞬間に皆困惑してしまう。
「おい、今のまさか……」
「アッスーアルか?」
銀時や神楽は驚いて、再度確認するも、見えたのは間違いなくアスナの後ろ姿であった。
「ど、どういうことだ!? アスナ君が、剣を引きずりながら走っていた!?」
「一体何があったのよ!?」
「とにかく追いかけましょう!」
近藤やシノン、新八らも動揺して、戸惑いがより強くなっている。事情を知る為にも、一行は暴走するアスナの跡を追いかけていった。
「アレ、若は?」
「東城さん!」
一方で道場には、入れ違いで東城が戻ってきている。東城を見かけるや否や、リーファは写真の件について強気に問いただしていた。
「ちょっと、東城さん!! 昨日の写真、まるっきり誤解だったよ!」
「何!? 本当ですか!?」
「そもそもキスなんてしてないからな。お妙さんと」
キリトと妙がただただぶつかった事実を知ると、東城は段々と顔が青ざめてしまう。頭に浮かんできたのは、九兵衛のお仕置きという名の制裁であり、想像するだけでその恐ろしさを思い出していた。
「そ、そんな……この事が若にバレたら、めった刺しにされる!」
「もう九兵衛さん、探しに行っちゃいましたよ」
「こればっかりは、東城さんの責任なんじゃないのか?」
リーファやキリトは東城の自業自得だと感じ、強く叱責する。追い詰められた東城は項垂れるも、どうにか九兵衛のお仕置きから逃れようと、必死に策を講じていた。
「うぅ……なんたる不覚! かくなるは! 私とっておきのカーテンのシャーを……」
と彼が言いかけた時である。
「えい!」
「ギァァァ!」
「と、東城さん!?」
「お尻から血が!?」
何の前触れもなく、東城の尻に剣が刺さって来た。思わぬ不意打ちを受けた東城は、そのまま倒れこみ、尻から血を噴出したまま気絶してしまう。
「アレ、違う? まぁ、いっか」
「えっ……!?」
「アスナさん……?」
細剣を投げてきた本人は、気絶した東城から剣を引き抜き、こちらへと向かってきた。
そう。その正体は紛れもないアスナ……ではなく、彼女の体を乗っ取ったヤンデレストーカーの怨霊である。彼女は不気味な笑い声を上げながら、道場にいたキリトを確認。自身の鬱憤を晴らすべく、彼へ理不尽にもやつあたりしようと画策していた。
「ハハハ! キリト君~! お仕置きの時間ですよ~」
その可笑しな様子から、キリトやリーファは訳が分からず戸惑ってしまう。
「どうしたの、アスナさん!? なんか様子が変だよ!?」
「いや、待て。アスナじゃなく、誰かが乗り移っている……?」
しかしキリトは、アスナの普通じゃない様子から別人だと確信。彼女に何かが憑依していると察している。
「はぁぁ!!」
「ふっ!」
彼は襲い掛かって来たアスナ?に、いち早く応戦。彼女の武器任せで雑な攻撃に、キリトは自身の長剣を使って瞬時に防いでいく。
「スグ! 俺が相手するから、早く彼女を取り押さえてくれ!」
「わ、分かった!」
その隙にリーファへ、アスナ?を取り押さえるように指示していた。彼女は早速アスナ?の背後に回って、両肩を力づくで取り押さえていく。
「ちょっと、落ち着いてアスナさん!! 一体何があったの!?」
「うざったい……邪魔しないでよね!!」
必死に取り押さえた矢先、事態は急変してしまう。
なんと、アスナ?の体から紫色のオーラが勢いよく吹き出ていた。
「えぇぇ!? アスナさんから紫色のオーラが!?」
「何が起きているんだ……!?」
キリト、リーファ共にアスナ?の異常事態に、ただただ困惑するしかない。それでも彼女を落ち着かせようと頑張るも、紫色のオーラのせいか、徐々にリーファ一人では取り押さえられないくらい力が増していった。
そんな時である。
「ハッ!」
「フッ!」
「ホワチャ!」
「み、みんな!?」
「銀さんに……近藤さんまで!?」
道場には、銀時、新八、神楽、近藤、シリカ、リズベット、シノンの七人が一斉に駆け付けてきた。リーファ同様にアスナ?の体を取り押さえ、彼女を落ち着かせるように声をかけてくる。
「ちょっと、どうしてここに!?」
「僕らも訳あってここに来ましてね……!」
「説明は後だ! とりあえずこいつを止めりゃ良いんだろ!」
柳生家に来た理由を省きつつ、新八や銀時ら七人はアスナ?を落ち着かせるように全力を注ぐ。
だがしかし、
「な、なんなんですか、この力!!」
「抑えきれないんだけど……!」
「どうしちゃったの、アスナは!?」
八人がかりで抑えてもその力は増すばかりだった。アスナ?の足部分を取り押さえているシリカ、シノン、リズベットは、その強大な力の前に抑えているのがやっとなくらい体力をごっそり削られている。
「なんて力だ!!」
「こっちが吹き飛ばされそうネ!」
しかも力に自信のある神楽や近藤でさえ、アスナ?を上手いように抑えきれていない。表情からも、皆必死さがよく伝わっている。
そんな八人がかりで動きを封じられたアスナ?だったが、彼女は紫色のオーラのせいか、特に苦しくもなんとも感じていなかった。
「こんなものなの? なら……はぁぁ!!」
「「「うわぁぁぁ!!」」」
「み、みんな!?」
リーファらを鬱陶しく感じたアスナ?は、紫色のオーラを全て解き放ち、取り押さえられていた八人を四方八方にみな吹き飛ばしてしまう。
「ぐはぁ!」
「うぐっ!」
「ぐへぇ!!」
道場の壁や床に叩きつけられた八人はみな気絶してしまった。とうとう場に残ったのはキリトと乗っ取られたアスナのみである
「あーあ。オーラ使い切っちゃった。でもいっか。どうせ君も壊れちゃうんだし!」
「お前……アスナの体から出ていけ!」
「い~や~だ! フフ、君も君の仲間達もみーんな壊すまではね!!」
アスナ?は悪びれることなく、今度こそキリトを壊そうと細剣を握って襲い掛かった。キリト自身は致し方ないと考え、ためらいを押しつぶして、アスナ?を止めようと戦う決意をした……その時である。
「もう止めてください、ママ!」
「ユイ!?」
キリトとアスナ?の間に、ユイが割って入ってきていた。彼女はハンマーを握りしめて、暴走するアスナ?を止める為に勇気を振り絞っている。
「うぅ、急に頭が……!」
「元のママに戻ってください! さもないと、このハンマーで攻撃しますよ!」
「ハ、ハンマー……?」
ユイの声を聴くと、アスナは段々と苦しみ始めていた。攻撃の手は緩み、頭を抱えながらしゃがんでしまう。
「ユイ! 危ないから下がってろ! ここは俺が……!」
「平気です! ママを戻す為なら、なんだってやりますから……!」
キリトはユイに離れるように指示するが、彼女は意地でもその場から離れようとしない。アスナを元に戻すべく、今自分に出来ることを精一杯やろうとしていた。
「な、なんのこれしき!」
しかしアスナ?は、頭の痛みを振り切って、再度キリトへ襲い掛かろうと走り出す。そのタイミングを見越して、
「今です! お妙さん! 九兵衛さん!」
「ハァ!」
「ふっ!」
「何!?」
ユイは妙と九兵衛に助けを求めてきた。妙は後方、九兵衛はアスナ?の前方に回り込み、まずは彼女を力づくで取り押さえていく。
「元はと言えば、私の卵焼きが原因……だったら、その落とし前は私が付けるわよ!」
「貴様……! あいつらのように吹き飛ばされたいの!?」
「えぇ、やってみなさい。けれどね……したたかで腹黒な女は、これ以上いらないのよ!」
妙は強気にも暴走するアスナ?に睨みを利かせている。その鋭利な表情に注意が散漫になっていた時だった。
「くらえ! 万華鏡天通眼!!」
「ぐはわぁ!?」
九兵衛は左目に眼帯に封じられていた奥義を発動。全ての攻撃が一撃必殺となる秘密の術を使って、アスナを元に戻そうと手筈を整えていた。
「今だ、ユイ君! そのハンマーで、アスナ君のお腹を攻撃してくれ!」
「はいです!」
そして彼女はユイに、アスナ?を攻撃するように指示。おもちゃのハンマーを使って、騒動の元凶となった卵焼きを吐かせる算段である。アスナ?の動きが鈍っているうちに、
「元に戻ってください、ママ!!」
「ぐ、ぐはぁぁぁ!!」
ユイは勢いよくアスナ?のお腹をハンマーで攻撃した。アスナ?自身はうめき声を上げながら、先ほどまで口にしていた卵焼きが、ハンマーの反動で力強く飛び出てくる。
「えい!」
そのままユイは卵焼きをハンマーでぺしゃりと潰すと、アスナの目が紫色から青色へと戻っていった。そう。無事に彼女は元の人格を取り戻したのである。
「アレ? 私、今まで何を?」
「元に戻ったのか、アスナ?」
「元に? 何の話?」
キリトから言われても、アスナ本人には何も思い当たる節が無い。どうやらヤンデレストーカーに憑依されている間のことは、何一つ覚えていないらしい。
とりあえずはアスナが元に戻り、ユイは一安心している。
「良かったです! ママ!」
「ユイちゃん? いつからここに……って、なにこれ!?」
一方でアスナ本人は、周りの様子を見てだいぶ困惑していた。そこには銀時、新八、神楽、近藤、シリカ、リズベット、リーファ、シノン、東城の九人が倒れこみ、そのまま気絶している光景である。全ては乗っ取られたアスナが起こした事態なのだが……肝心の本人には何が起きたのかまったく分かっていない。
「何がどうして、みんな倒れているの……?」
「話せば長くなるんだが……」
キリト自身もどこから話して良いか、説明自体に困っている。
「こうなったのは僕の責任だな」
「いいや、私の責任よ」
「僕の責任だ!」
「ちょっと落ち着いてよ、二人共! まずこんなことになっているのか説明してって!」
その一方で妙と九兵衛は、この事態を起こしたことが自分だと感じている。互いに責任を感じていたが、どちらも譲らずに言い合いへと発展してしまう。そんな二人の間にアスナが割って入り、必死に宥めていた。
そしてユイはというと、キリトにこの騒動の元の犯人が誰かを聞いている。
「そういえば、パパの噂を流したのは誰なんですか?」
「噂? って言うと、東城さんか?」
「そうなんですか!?」
東城だと知ると、彼女は近くに東城がいないか探していた。
「東城さん! なんでこんな……って、アレ? 怪我してますよ! 誰がこんなことを」
「多分アスナだ」
「えっ? ママがもう粛清してくれたってことですか?」
「そういうわけではないと思うんだが……」
その本人も、暴走したアスナにより気絶しているのだが……。アスナに続き、ユイにもどう説明するべきか悩み始めるキリトであった。
こうして東城から始まった勘違い騒動は終結したのだが……関わった皆に大きな被害を与えてしまっていた。なお、東城は気を取り戻した後にも、九兵衛から手痛い仕打ちを食らったのは、もはや言うまでもないだろう……。
結局お妙ちゃんの玉子焼きは劇物扱い……ヤンデレストーカーの怨霊が乗り移り、暴走したアスナが誕生しちゃいました。近藤や神楽すら吹き飛ばす力でみんなを翻弄しましたが、ユイと九兵衛によって正気を取り戻しました。果たして今後マシな玉子焼きは出来るのでしょうか。(多分ない)
元凶となった東城はともかく、ほぼとばっちりで気絶させられた銀さんやリーファ達が可哀そう……。あと、珍しく九兵衛の背負い投げが無いって言うね。(完成した後に気付いた)
そして本日はさっちゃんこと猿飛あやめの誕生日でしたが……残念ながら今回の出番はありませんでした。次回は多分出ると思います。
次回予告
ユイ「かぶき町を荒らす外来種のイノシシを追っていた私達でしたが、なんと不運にもパパや銀時さん達がごっつんこ! そしたら……」
銀時(キリト)「ま、まさか……」
キリト(銀時)「入れ替わり……!?」
アスナ(神楽)「こんな小説みたいなことが起きちゃうの!?」
神楽(アスナ)「まぁ、小説アルからナ」
新八「次回! 俺がゲーマーで、アイツが万事屋で。まさかの入れ替わり篇、突入ですか」