攘夷党。それは幕府を転覆するために活動する組織だ。昔は過激な思想を掲げ、国を取り戻そうと戦っていたが、現在は穏健派となり武力以外の手で解決策を図っている。そのリーダー桂小太郎は、相棒のエリザベスと共に深夜の町を歩いていた。
〔今日は色々なことがありましたね。桂さん〕
横で歩いているエリザベスが、プラカードで会話してくる。
「その通りだな。万事屋の新メンバーか……是非とも我々の一派にも欲しい――ん?」
すると、桂は遠くである騒ぎを発見する。それは岡っ引きと赤髪の男が揉めている様子だった。その男の容姿は着物に刀と侍のような風貌に見える。
「あれは、どこかの攘夷浪士か?」
〔そうかもしれませんね。しかも手錠をかけられてるぞ!!〕
「何だと!? ならばどうであれ、同胞を見過ごすわけにはいかぬぞ! ゆくぞ、エリザベス! あの男を助けるのだ!」
〔もちろんだ! 桂さん!〕
こうして桂は時限爆弾、エリザベスはプラカードを手に岡っ引きへ奇襲を仕掛けて捕まった赤髪の男、クラインを救出したのだった。
「さ、侍? アンタ、本当に侍なのか!?」
「侍じゃない!! 桂だぁ!!」
「えっ?」
岡っ引きから助けられたクラインが出会ったのは攘夷党の党首、桂小太郎だった。黒の長髪でつねに刀を腰に差している彼の雰囲気に、クラインもどこか親近感を沸かしている。
「桂さん……っていうのか?」
「そうだ。さて、まずは――」
すると、桂は刀を抜きクラインにかかった手錠を切り裂く。彼の腕の自由を取り戻した。
「これで、腕を自由に動かせるぞ」
「おっ、本当だ! ありがとよ、桂さん!」
「礼をいうほどではない。当然のことだ」
「かっけぇ!!」
助けてくれたことにより、クラインの桂へ対する興味がより高まっていく。どこか自分と同じ雰囲気を感じたからである。一方、桂は落ち着いており自己紹介を交わす。
「さて、改めて紹介しよう。俺の名は桂小太郎。貴様は何と言うのだ?」
「クラインだよ。本名は壺井遼太郎って言うんだ」
「何? ミドルネーム付きだと!? ハーフだったのか!?」
「いや、生粋の日本人だよ。クラインはゲーム内の名前だからさ」
「クライン殿……その名前で呼んでいいのか?」
「ああ、いいぜ!」
ようやくお互いの名前を知った二人。桂はクラインを攘夷志士だと思い込み、クラインは桂をこの世界にいる侍で、自分を救ってくれた恩人だと感じていた。つまり桂だけが、勘違いしているのである。
「あっ、そうだ! 桂さん、色々と聞きたいことがあって……」
「分かっている。貴様も攘夷志士なら悩むことも多いだろう」
「そうそう。そもそも、攘夷志士って一体――」
「ここで話すのは危険だ。場所を移動することにしよう」
「って、桂さん!? さっきから人の話を遮りすぎじゃないのか!?」
いちいち話を遮断する桂のマイペースさに、ツッコミを入れるクライン。初対面にも関わらず桂の性格はブレない。すると彼は指を鳴らし、パートナーであるエリザベスを呼びつけた。
「な、なんじゃこりゃ!?」
「なんじゃこりゃではない!! ペットのエリザベスだぁ!」
「答えになっていないって!! てか、ペットなのか!?」
ゆるキャラのようなエリザベスの姿を見て、クラインはまたも衝撃を受けてしまう。そんなエリザベスは岡っ引きの囮として活躍し、街はずれまで逃がしたところでこちらへとんぼ返りしてきた。
〔その通り。先ほど私は桂さんの命令で、ポリ公共を江戸の方へ逃がしてきたのだ〕
「って、プラカードで会話するのかよ!?」
しかも、エリザベスはプラカードに書かれた文字でコミュニケーションをとる。これにもクラインは驚きを隠せない。
〔桂さん。近くにポリ公はいません。今がチャンスです〕
「そうか……なら行くぞ! 同胞よ!」
「えっ、桂さん!? 行くってどこに!?」
「近くの安全な場所だ!」
すると桂はクラインの手を掴み、周りを警戒しながらより安全な場所へ向かうことにした。数分間、路地裏を走ると一軒の飲食店にたどり着く。
「えっと、ここはどこなんだ?」
「知り合いのラーメン屋だ」
そう一言を言い桂は店の戸を開くと、そこには一人の女性が閉店の支度をしていた。
「あっ、いらっしゃい。ごめんね、今日はもう閉める――ってアンタかい」
「ああ。久しいな、幾松殿」
桂と親しく話しているのはラーメン屋「北斗心軒」の店主、幾松。白い野良着を着た薄い茶髪の女性で桂とは腐れ縁の仲だ。信頼がある方なので、この店に入り一時身を隠そうと策を打ったのである。
「どうしたの、今日は? その男は仲間かい?」
「ちと、同胞をかくまうところだ。協力してくれるか?」
「はいはい。好きにしなさんな」
「わかった。では、ラーメンを二つとそばを一つ頼む」
「もう、閉店だって言っただろうが! 余計な仕事を増やすな!」
周りを見ずに注文をして一喝されてしまう桂。先ほど同様、全く空気が読めていない。
「やっぱり、桂さんはマイペースなんだな……」
〔今に始まったことではないからな〕
桂の何ともいえない独特の雰囲気に触れて、クラインも惹かれ始めている。そんな侍達は店の中に入ってテーブル席につき、話を再開させた。
「さて、揃ったところで、貴様も侍で合っているよな?」
「侍……さっき言っていた攘夷志士ってやつだな!」
「ああ、そうだ。敵を払う侍という意味だ」
「そうなのか!!」
攘夷志士の意味を知り感心するクライン。同時に桂へ憧れが高まってゆく。
(本物の侍……まさか、別の世界で会えるとは! 攘夷志士……ああ、俺もなってみてぇな!)
口からは言えないが、本物の侍に出会えたことに彼は大きく喜んでいた。一方で、桂は冷静に話を進める。
「さて次は、クライン殿について色々聞かせてもらおうか?」
「はい、もちろんです! 実は、俺も侍として活躍しているんだよ!」
「そうか。例えばどんなところでだ?」
「そりゃ、ゲームの世界ALOでモンスターをばっさばっさと――」
「ゲームの世界?」
「あっ! いや、なんでもないです!」
桂の反応を見て一旦言葉を濁すクライン。別の世界から来たことを正直に言うのは、まだ心の準備が足りていなかった。
(あぶねぇ……でも、桂さんになんて言おうか……こことは違う世界から来たって言っても信じてくれるかわからねぇぞ……ましてや、桂さんは真面目そうな人だし、説得するにも時間がかかりそうだな……)
心の中で悩み決心がつかない中、再び桂が話しかけてくれた。
「ん? ひょっとして貴様――」
(桂さん……!? まさか、もうバレ――)
正体がバレたと思い目をつぶって覚悟を決めた時、聞こえてきたのは
「スーパーマリ〇ブラ〇―ズの世界からやってきたのだな!!」
「……はい?」
予想を裏切る言葉である。桂は全くわかっておらず、頓珍漢なことを言われてクラインも対応に困ってしまう。
「違うのか?」
「いや、俺はそんな世界から来ていないから! つーか、スーパーマ〇オブ〇ザーズって何だよ!?」
「俺の好きなゲームだ。ツインファミコンで遊ぶのだぞ。どうだ、最先端だろ?」
「そ、そうなんだ(すいません、桂さん……古すぎます。この世界では最先端でも、俺のいた世界では最古参に当たるから……)」
余韻に浸る桂の姿を見て、口答えできなかったクラインはただ笑顔で肯定するしかない。銀魂の世界にもSAOの世界に負けない仮想現実の技術はあるのだが、流行に鈍い桂にとっては、ツインファミコンが今の最先端だと思っているのだ。アナログ派の人間とデジタル派の人間の悲しい運命である。すると、桂はクラインのある部分に気付く。
「ん? その耳はなんだ?」
「耳? ……ハッ!」
自分自身も忘れていたことにようやく彼は気づいた。自分の耳が、アバター特有の妖精らしいとんがった耳になっていることに。
(ヤ、ヤベェ!! 今の俺はアバターのままだった!! どうすんだ……ごまかすか?
でも自信が……)
気付かれてしまった以上、自分が人間だとは証明できない。かといって、アバターと説明するのも理解してくれるはずがない。迷いに迷ったクラインを救ってくれたのは、
〔ちょっと、待ってください。桂さん! クラインさん!〕
エリザベスだ。プラカードを掲げて二人の会話に割って入った。
「エ……エリザベス?」
「待てとはどういうことだ?」
すると彼はもう一つのプラカードを掲げる。
〔クラインさんの耳は今日会った彼らに似ていないか?〕
「彼ら――ハッ! そういうことか!」
ここで桂は今日会ったキリト達のことを思い出し、彼へ直接聞くことにした。
「クライン殿! 一つ聞きたいことがある!」
「えっ、何だ?」
「貴様はまさか、キリト君達の知り合いか?」
勢いよく伝えた桂。この言葉を聞きクラインの表情が大きく変わる。
「えっ!? 知っているのか、キリト達のことを!?」
「ああ! キリト君にアスナ君にユイ君だろ? 三人は、今日我が旧友である銀時に紹介されたからな。ということは、クライン殿も別の世界から来たということか?」
「そ、そうです!! アバターだから耳もとんがっているんだよ!!」
どさくさに紛れて、自分の外見について正しく伝えたクライン。これで彼から罪悪感は消えて、さらに探していたキリト達の安否もわかり、一石二鳥の得を得たのだ。
(やった! 桂さんに伝えられたぜ……!)
一方で、それを聞いた桂は顎に手を当てて考え始めている。
「そうか、そうだったのだな」
「そうなんだよ! この耳は仮の姿の方で、本当は普通の人間で仕事はトラック運転――」
ついでに自分の本職まで言おうとしたクラインだったが、
「現実の肉体がゲームのアバターと一体になって、この世界へ来たことは本当だったのだな」
「そうそう! 現実の肉体と一体になってこの世界に――ってどういうことだ!? 桂さん!?」
自分の知らない事実を聞かされ動揺してしまった。その後、彼は桂から多くの情報を聞かされ自分の置かれた状況を理解し始める。
わかったことは、今自分の肉体がアバターと一致していること。元の世界に戻る方法が見つかっていないこと。この世界では、廃刀令により侍が衰退しきっていること。天人と呼ばれる宇宙人が存在して、この世界の文明を発展させたこと。多くの情報を桂やエリザベスから教えてもらった。
「こんなところだな。俺が今日、銀時から聞いた話とこの世界についての簡単な説明は。だいたいわかったか?」
「まぁな。にしても宇宙人のやってきた江戸時代だとはな。まるで漫画のような世界だよな」
「信じられないのも無理はないだろう」
「確かにな」
そう言い切ったクラインの表情は少し悲しそうだった。どうすることもできない状態に打ちひしがれるのも無理はない。桂もその心境を感じ取っている。
(キリト達が無事だったのはいいけど、まさかこんなことになっていたなんてな……でもこの先、俺はどうすればいいんだ……何も見えねぇよ……)
心に迷いが生じて、黙り込んでしまう。頭の中を整理しようにも全く追い付かない。困り果てた彼の元に、再びあの男は動いた。
「ん?」
クラインが見たのは、桂が手を差し出す瞬間である。
「クライン殿。行くところがないのならこの俺と共に行くか?」
そう、桂はクラインを迎え入れようとしたのだ。別世界の人間とはいえ、侍に興味がある若者を見過ごすわけにはいけない。しばらくの間帰れないのなら、攘夷志士として迎える。それが桂の考えであった。
「えっ!? いいのかよ、桂さん!?」
「ああ、その通りだ! これも何かの縁だ。侍を重んじる奴に悪い奴はいない……貴様がよければ攘夷志士として迎えることができるが、俺と共に本物の侍になってみないか?」
そう言うと桂はそっとクラインへ向けて微笑み、エリザベスもプラカードを掲げ誘う。
〔何も心配はない。できることはなんでも協力する。攘夷志士として生きてみようぜ!〕
彼らはクラインを助けようとしていた。桂もクラインとは気が合うと信じ、誘い込んだのである。二人の侍に背中を押されて、彼の心は調子を戻していった。
(見ず知らずの俺をここまで優しくしてくれるなんて……だったらもう言うべき言葉は一つだ!!)
そして、勢いよく席を立ちあがり自信満々に彼らへ向けて言い放つ。
「桂さん……エリザベスさん……俺、入ります。攘夷志士として……侍として生きてみたいです!!」
「うむ! よくぞ、言ってくれた!!」
〔新しいクライン君の誕生だぁぁぁ!! おめでとうぅぅぅ!!〕
彼の出した答えは攘夷志士として生きていく決断だった。別の世界とはいえ、自分の憧れているものに近づけるのならそれでいい。そんなクラインを桂達は祝福する。しかし、
「あの男、入るのか……」
幾松からはため息をつけられて呆れさせている。そして、友情を深めあった二人の侍は、互いの手を握って契りを交わし始めた。
「我が一派に入ったからには必ず約束しよう。元の世界に変える方法を見つけ出し、貴様を立派な侍にすると」
「ああ、桂さん! 俺……アンタともっと早く会いたかったよ!」
「同じくだ。共に見よう。この国の夜明けを……そして目指すのだ! SAOを!」
「おう! ……って、SAO!?」
桂から飛び出した聞き覚えのある単語を聞き、クラインは思わず耳を疑う。
「どうしたのだ? クライン殿?」
「桂さん、SAOってまさかソードアート・オンラインの略なのか?」
「ハァ? 何を言っているのだ? SAOとは〈S真選組Aあの世にO送るぞ〉の略語ではないか?」
「どんな略語だよぉぉ!! この世界では、そんな愛称になっているの!?」
予想外の内容にクラインのツッコミも止まらない。SAOの意味はこの世界では、攘夷志士が真選組に対する恨みの意味として存在していたからだ。そんな話を終えた三人の元に、突如サプライズが届く。
「ん? これは?」
「一応、お祝いのラーメンだよ。一杯分のしか余りがなかったから分けて食べな」
幾松が一杯だけラーメンを作ってくれたのだ。なんだかんだで面倒見の良い女性である。
「あ、ありがとうございます!!」
〔かたじけない〕
クラインやエリザベスが丁寧に感謝するが、桂だけはなぜか浮かない顔をしていた。
「ラーメンか……俺はそばの方が良かったのに……」
どうやら注文したラーメンよりも、そばの方に期待があったようである。もちろん、これには幾松の逆鱗に触れて、
「そうかい、あるよ……。へい、かけそば一丁!!」
「ブホォ!!」
事前に用意しておいた熱いかけそばを桂へぶつけて、容赦のない攻撃を加えた。その瞬間に桂は気を失い、テーブルへ倒れ込んでしまう。これにはクラインも、ヤレヤレと桂を憐れんでいる。
「あ~あ、桂さん怒らせちゃって」
「ったく。本当だよ、この男は」
「でも、やりすぎじゃないのか? 仮にもパートナーなのによ」
「パートナー? 何言っているんだい?」
「だってあんた、桂さんの嫁さんじゃないのか?」
「よ……嫁!?」
さらに恐ろしい勘違いが発覚した。クラインは桂と幾松の仲をてっきり夫婦だと間違っていたらしい。思いもよらぬ発言に顔を赤くした幾松は、
「――私は未亡人だよ!!」
「なんで、俺まで!!」
彼にも同じく熱いかけそばをぶつけ気絶させてしまう。結局二人揃って同じ結末を背負うのであった。
〔この男共は……これから手を焼かすな〕
エリザベスからも辛辣なプラカードが上げられてしまう。そんな彼は、二人の代わりにラーメンを手に取る。
「食べたらこの男共を連れてさっさと帰んな!!」
〔わかっている〕
こうしてエリザベスがラーメンを食した後、気絶した桂とクラインの二人を抱えて店を去っていく。波乱に満ちた夜だったが、この世界でクラインはついに本物の侍として、新しい道を切り開いたのであった。
朝陽が町を照らし、キリト達にとってこの世界で二回目の朝を迎えた。今日は万事屋としての初仕事が入っているため、昨日よりもみな早めに起きている。すると、八時頃には新八もやってきた。
「おはようございますー! やっぱりみなさん今日は早いですね」
「本格的な仕事が今日から始まるからな」
「キリトさん、気合入っていますね!」
「その通りです! 私も気合が入っていますから!」
朝の様子は昨日とまるで違っている。疲れを解消して朝から調子のよいキリト。同じく仕事への意気込みを高め張り切っているユイ。そして、
「ほら、銀ちゃん。さっさと起きるネ」
「うるせぇよ。さっさと眠らせてくれよ……」
神楽は銀時を強制的に起こそうとしていた。万事屋の社長にも関わらず、彼だけは昨日と全く変わっていない。
「やれやれ、やっぱりいつもの銀さんだな」
新八はそっと呟く。一方で、アスナはというと
「アレ? 新八君もう来たの?」
「アスナさん。今日、料理当番でしたっけ?」
「銀さんや神楽ちゃんが中々起きないから、率先して作っているのよ」
キッチンにてみんなの分の朝食を作っていた。パンを切ったり、具の材料を炒めたりと手際の良い調理を進めている。
「おー! アッスーが料理を作っているアルか!!」
「そうよ! どうかしら?」
「おいしそうアル! 早く食べたいネ!」
「もう少し待っていてね」
料理の匂いを嗅いでテンションの高ぶる神楽。一瞬で目が覚めた彼女だが、銀時は未だに体が起きていない。そこへキリトが話しかける。
「銀さんもほら! 早く起きなよ」
「うるせぇな……なんでてめぇらは疲れていねぇんだよ……」
「……若さかな?」
「喧嘩売っているのか!?」
冗談を交わしふと笑いあう銀時とキリト。二日目にも関わらず仲は深まるばかりであった。一方、新八は急に浮かない顔をしており、気になったユイが話しかけてくる。
「どうしたんですか? 新八さん?」
「いや、うちの姉上が九兵衛さんに頼んで卵を持ってきてるんです」
「こんな朝早くからですか?」
「姉上が新しい料理をひらめいたらしくて、すぐに行動したんですよ。でも、正直試食したくなくて、早めに万事屋に来たんです」
「お妙さんの料理を食べたくないんですか?」
「――あれはもう料理じゃないんで」
新八の答えに疑問を呈するユイ。そんな朝を過ごす万事屋だが、恒道館ではある騒ぎが起ころうとしていた。
恒道館。新八と妙の住む実家で先代から受け継いだ流派、ビームサーベ流を教えている道場である。今日は朝早くから九兵衛がやってきて、妙の要望通り卵を届けにやってきた。
「こんなものでいいか? 妙ちゃん?」
「十分よ! これで私の思いついた卵料理が作れるわよ!」
「そうか……」
妙の言葉に対して九兵衛は苦笑いをする。妙の作る料理はお世辞にも言えないがとてもまずい。食べれば体に支障をきたし、多くの人間に迷惑をかけてきた毒物だ。しかも本人の自覚はなく、誰も否定せずに今なお作り続けている。
「あっ! 折角だし九ちゃんも食べていく? 朝ごはんついでにどうかしら?」
「ぼ、僕か?」
「新ちゃんが今日早めに万事屋に行ったから食べさせる相手がいないのよ。だからどう?」
「そう言われても……」
妙が促すも九兵衛はやはり乗り気ではない。そんな対応に困る彼女がふと空を見上げてみると、ある物体を発見した。
「あれはなんだ、妙ちゃん?」
「ん? ……UFOかしら?」
彼女が発見したのは空で不安定に飛行する二つの球体。ピンク色と茶色に光り落下を続けている。だが、目を凝らして中をよく見ると、そこには二人の少女が捕らわれていたのだ。
「いや、違うわ。女の子が落ちてくるわよ」
「何!? すぐに助けないと!」
「そうね、急ぐわよ! 九ちゃん!」
「ああ!」
荷物を置いて二人は、光を追いかけて行く。一方で光の中身はというと
「ウワァァァ!!」
「止めてくださいぃぃぃ!!」
シリカとリズベットの二人とピナであった。この世界へやってきて、光に捕らわれてしまい自分ではコントロールできない状態になっている。不安定に飛行して落下を続け、遂に地面へ叩きつけられようとしていた。
「もうダメ……」
「誰か、助けて……」
目をつむり、気を失ったところで二人と一匹は最期を覚悟する。しかし、
「ふっ!」
「はっ!」
地面へ落下直後に妙と九兵衛によって助けられ、一命をとりとめた。シリカは妙、リズベットは九兵衛に抱えているが、気絶は続いたままである。
「ふぅ……ぎりぎりセーフだったわね」
「そうだな。二人が無事でよかったよ」
「脈もちゃんとあるし――アレ?」
「ん? どうした、妙ちゃん?」
「なんか、不思議な音が聞こえてこない?」
「……本当だ? これは一体?」
妙が彼女達の脈を測ると、鼓動とともにのアミュスフィアの待機音が聞こえてきた。しかし、聞いたことのない音だったので、彼女達は不審に思うしかない。さらに天人のような変わった容姿にも、疑問を持ち始めていた。
「それになんだか容姿も天人っぽいわね。猫耳にとんがり耳なんて」
「まるでファンタジーの世界から飛び出したみたいだな」
「そうね……でもまずは、ひとまず休ませましょうか?」
「そうだな――ん?」
「今度はどうしたの、九ちゃん?」
二人を連れて恒道館へと戻ろうとした時、九兵衛はもう一匹ある存在を見つける。
「アレも落ちてきたんじゃないのか?」
「アレってあの竜?」
見つけたのは、ゴミ袋の上で一命を取り留めた水色の小さい竜だった。同じく気絶しており、何か関係性があると彼女は考えている。
「ついでに持っていきましょうか?」
「そうだな」
こうして妙と九兵衛は、シリカとリズベットとピナを助け出し恒道館へと連れて行ったのだ。
それから一時間後。シリカがようやく目を覚ます。
「ん? どうなったの? アタシ達……」
起き上がるとそこは見覚えのない和室。布団の中に入っており横を向けば、眼帯を付けた女性が正座してこちらを見ていた。
「目覚めたか? おーい! 妙ちゃんー! 目を覚ましたよ!」
「ちょっと待ってください! 聞きたいことが……行っちゃった……」
彼女が目覚めると九兵衛は廊下の方へ向かい去ってしまう。仕方なくシリカが周りを見てみると、横では別の布団に入って眠っているリズベットの姿があった。
「良かった……リズさんも無事で……」
安否を確認してふと微笑むシリカ。一方で、ある重大な事実に気付いてしまう。
「えっ? メニューが開かない?」
手を動かしてもメニューが開かないことだった。それだけではなく、隣で寝ていたリズベットにHPゲージがついていないことや、ログアウトできない状態も徐々に理解しはじめている。
「嘘でしょ……じゃここは本当に別の世界なの……」
嫌な予感を察した彼女は、体の震えが止まらなくなってしまう。そして、隣で寝ていたリズベットを起こしてこの危機的状況を伝えようとした。
「ん? どうしたの? シリカ?」
「大変なんですよ!! アタシ達の状況が!!」
「大変って……それよりも、あんたのペットの方が大変なことになっているわよ」
「どういうことです――」
とシリカが後ろを振り返った時である。
「あら? ようやく目覚めたみたいね」
そこには妙も駆けつけていたのだが、持っていた鍋の中が衝撃的だった。中には――グツグツと煮えられているピナの姿が見えた。
「ピナァァァァ!!」
思ってもいない再会につい叫んでしまうシリカ。数秒も経たないうちに妙へ怒りをぶつけ始める。
「ちょっと何やっているんですか!! その子、アタシの大切なパートナーなんですよ!!」
「そうだったの? 気絶していたしどう起こそうかと思っていたら、折角ならだし汁でもとろうかなって」
「なんでピナからだしをとるんですか!!」
「いいじゃないの。減るもんじゃあるまいし」
「そういう問題じゃないですよ!!」
妙の誠意のない対応にシリカの怒りはより大きくなる。一方で、九兵衛はリズベットに話しかけていた。
「ところで君は大丈夫か?」
「うん、まぁね。って、シリカー! いつまで言い争っているのー?」
「アタシの気が収まるまでですよ!」
「上等じゃない。やるだけやりなさいよ」
「……あれは、長くかかりそうね」
「妙ちゃんは気が短いからな……」
妙とシリカの様子に九兵衛とリズベットはただ見守るしかない。
それから数分後、言い争いの末にピナはシリカの元へ戻ってくる。同時に四人は、テーブルを囲み本格的な話し合いを始めようとしていた。
「申し遅れたな。僕の名前は柳生九兵衛だ。」
「私は志村妙よ。ところで、あなた達は?」
「アタシはリズベットで、この子がシリカとそのパートナーのピナだよ」
「よろしくです。志村さん」
まずはお互いの自己紹介をしたが、シリカは未だにふくれっ面で妙をにらみつけている。ピナをだしにされたことを、未だに許せないのだ。
「あら? そんなに怒っているの?」
「当たり前ですよ! ペットをだしに使われて怒らない飼い主なんているんですか!?」
「まぁ、落ち着け。シリカ君。これは僕らの落ち目だし謝る。しかし、今は大目に見てやってくれないか?」
「シリカ、まずは話を進めよう。そうじゃないと、アタシ達の状況がわからないわよ」
「ナー?」
九兵衛やリズベット、さらにはピナからも説得されたので、一旦シリカは妙のことを許すことにする。
「……わかりました! 志村さんも今度から気を付けてくださいね!」
「はいはい、わかったわ」
わだかまりも無くなったところで話し合いが再開された。まず話題に上がったのは、
「それでは、話を戻そう。まずは君達が何者なのか教えてもらえるか?」
「何者って?」
「覚えていないの? 私達に助けられるまであなた達は空で浮遊し続けていたのよ」
「あっ! そうでしたね……」
シリカ達についてである。今の二人は人間ではなく妖精のアバター。シリカには猫耳と尻尾が生えて、リズベットには小さくとんがった耳があった。故に妙達は、天人だと推測している。
「そうよ。それに、その姿はどう見ても人間じゃないわよね? 正直に何があったのか話せるかしら?」
指摘された以上は、ごまかしなんて効かない。二人は言葉通り正直に話すことにした。
「あの……これには深い事情がありまして……こう見えてもアタシ達は人間なんですよ!」
「人間? 僕らと同じということか?」
「うーん……説明しづらいんだけれど、この姿はゲームでの自分の分身で、本当は志村さんや柳生さんと同じ丸っこい耳をした人間なのよね……」
「つまり、コスプレイヤーということね?」
「まったく意味が違いますよ! なんて、説明したらいいんだろう……」
だが、やはり予想通り話がかみ合わず、余計に混乱を招くだけだった。そんな途方に暮れる二人だったが、リズベットはあることを思いつく。
「あっ! そうだ!」
突然大声を出すとシリカを一旦後ろへ向かせて、二人でひそひそ話を始めた。
「って、何するんですか、リズさん! 話している途中なのに……」
「いい、シリカ? ここがアタシ達のいた世界と別だってことはわかっているわよね?」
「はい、そうですけど?」
「だったら、キリト達がここに来ているかもしれないでしょ? 志村さん達なら知っているかもしれないわよ」
「そんなうまくいきますか?」
「えっと……勘よ!」
「不安しかないんですけど……」
二人はALOで必死に探していたキリト達のことを、話へと上げるようだ。賭けではあるが、策が無い以上は試すしかない。
「ん? どうしたの、急に? 恋バナでもしていたの?」
「違いますよ! えっと――」
「あの! 二人はキリトやアスナ、ユイちゃんについて知っている?」
口ごもるシリカに代わってリズベットが強気に言い放つ。土壇場の時の彼女は根性が強い。すると、それを聞いた妙達の反応は、
「アレ? もしかして二人はキリト君達の知り合いだったの?」
「「えっ……!?」」
「それならそうと先に言ってくれれば良かったではないか?」
思いっきり知っている様子だった。これにはシリカ達もすぐに反応する。
「ええ!? 知っているんですか!? キリトさん達のこと!?」
「アタシと同じとんがった耳をして、黒髪の男子とかわいい青髪の女子とワンピースを着た女の子の三人よ!同じよね!?」
「安心してくれ。まさしくその人達だ」
「仲間だったのね。なら納得だわ!」
さっきまでのねじれた話し合いはどこへやら。今は完全にキリト達を見つけられたことに、シリカ達はただ喜ぶしかなかった。
「や……やりましたよ!! リズさん! ピナ!」
「この世界で見つかるなんて奇跡よ! 奇跡だわ!」
「ナー!」
二人と一匹は抱き合い共に感涙を流している。その姿を見た妙らはそっと静かに見守っていた。
「キリト君達の知り合いとは驚いた。仲間達もこの世界へ来てたということか?」
「そうね……でも、あの喜び様はよっぽど強い絆で繋がっているのね。これがハーレム系ラノベのやり方ね!」
「ハーレムはここでは関係ないのではないか?」
大人らしい優しい眼差しに加えて、妙らしい毒舌も決まる。そして、彼女は優しくシリカへ話しかけた。
「いずれにしても良かったわね。二人共」
「はい! 教えてくれてありがとうございます! 志村さん! 柳生さん!」
妙とシリカの二人もいつの間にか、わだかまりが無くなり親しくなった――かに思われたが、
「それじゃ、安心したところでピナちゃんをだしに使っていいかしら?」
「それは絶対ダメです!!」
余計なことを言って再燃させてしまった。今日はシリカばかりがツッコミに回っている。一方、九兵衛は再びリズベットへ話しかけた。
「これで君達も一安心だな」
「そうね! ありがとうね! 柳生さん!」
「いいや。苗字の読みは慣れていないから、普通に九ちゃんや妙ちゃんくらいの気軽さでいいよ。堅苦しいのは似合わないんだ」
「そうなの? じゃ、九ちゃん……?」
「ああ、リズ君」
接点の少ない二人も呼び方を機に仲を深めていく。とそんな時だった。
「グゥゥ」
突然お腹の鳴る音が聞こえてくる。
「ん? この音は?」
「……アタシです。安心したらお腹が空いちゃって……」
「それなら、アタシも……」
その正体はシリカとリズベットの二人だった。空腹となり手でお腹を押さえている。現在の時刻は九時前後。朝食をとっても遅くない時間だ。この状況を知った妙は、ある考えを思いつく。
「あっ、そうだわ! ちょうど朝ごはん用に新作の卵焼きを作っていたところだったのよ! 良かったらあなた達も食べてみる?」
なんと自分の作った料理を勧めてきた。当然事情を知らないシリカらは、すぐに食いついてくる。
「えっ!? いいんですか?」
「もちろん! きっとあなた達の口に合うこと間違いなしよ!」
「なら、是非お願いします!」
了承を得た妙は目の色を変えて、浮かれ気味にキッチンへと向かう。一方、シリカやリズベットはどんな卵焼きになるか、期待しながら待ち始めている。
「妙さんの料理か……一体どんな感じなんだろう?」
「きっと、アスナさんと同じくらいおいしいに決まっていますよ!」
「見た目もかわいいからね!」
二人は想像しただけで期待が膨らませて、笑顔を浮かべている。しかし九兵衛は知っていた。期待するだけ損であることを。
「ん? どうしたんですか? 柳生さん?」
「いや……二人共。過度な期待はしない方がいいんじゃないのかな? むしろ食わない方がいいぞ……」
「えっ? なんで……まさか志村さんって料理が苦手とかですか?」
「大丈夫よ! 味くらいでそうビビらないわよ! 仮想世界だってモンスターの珍味が多くあったんだし!」
「アタシ達の味覚は大丈夫ですから!」
「いや、味覚とかの問題ではないんだが……」
と九兵衛が説明しても二人には全く伝わらない。その時、ついに妙は卵焼きをのせて皿を持ってやってきた。
「さぁ、出来たわよ! これが卵焼きよ!」
「一体どんなたま――」
実物を見た瞬間に、体が動かなくなってしまうシリカとリズベット。それは嫌悪感、恐怖、絶望。あらゆるマイナスエネルギーが集まり本能的に拒絶した証拠であった。なぜなら、
「これ……卵焼きなの?」
「そうよ。それがどうしたの?」
妙の作る卵焼きは、黒く焦げて原型すらとどめていないのである。妙は笑顔で勧めてくるが、二人は苦笑いでこの危機をどう乗り切るか考えを始めていた。
(これって、本当に食べないといけないの……!?)
(思っていた卵焼きと違うんだけど……!)
心の中で本音を言い続ける二人。一方で、いつまでも黙ったまま食べない二人を見て、妙の機嫌は少しずつ悪くなってゆく。
「あら? 折角持ってきたのにあなた達は食べないというの? だったら強制的に食べさせてあげようかな?」
笑いながら怒りを溜める彼女の姿に、二人はとうとう焦り始める。
(志村さんの機嫌がどんどん悪くなっていく!)
(食べるしか方法はないってこと!?)
逃げるも地獄、進むも地獄。そう感じた二人は、覚悟を決めて卵焼きに手を伸ばそうとしたが、
「待つんだ! 二人共!」
ここで九兵衛が助け船を出した。
(や……柳生さん!?)
(きゅ……九兵衛さん!?)
突然の行動に二人も心の中で驚いている。
「どうしたのよ。九ちゃん」
「悪いが妙ちゃん。この子達はあくまで別の世界の人間だ。僕らとは根本的な価値観が違うだろう。だから、そこまで強要させる必要はないのではないか?」
九兵衛は別の世界の人間という条件を利用して、この状況を打破しようとしたのだ。いつもの妙なら無視してかまわず食わせるのだが、幼馴染で仲の良い九兵衛に言われるとすぐに納得したようで
「うーん……それもそうかもしれないわね。わかったわ。残念だけど諦めようかしらね」
自然と諦めをつけさせてしまった。やや無理があったが、これで危機は去ったのである。
(柳生さんがアタシ達を救ってくれた……?)
(空気を読んでくれたってことね!)
心の中で安心した時、九兵衛は二人の方に顔を向けて親指を立てたサムズアップでコンタクトをとった。まさに空気を読んだ九兵衛の行動だったが、
「ナー?」
ただ一匹ピナにはこの一連の流れが理解できていない。この黒い物体に興味を持ち始めており、小さい腕を使い妙の卵焼きをつつき始めていた
「ってピナー! それに触れちゃダメだってば!」
シリカも気づきピナを卵焼きから離れさせようとした時である。
「ナー!!」
ピナは皿を滑らせて空中へ飛ばしてしまう。そこから綺麗に散った三つの卵焼きは落下と同時に
「「えっ!?」」
シリカ、リズベット、ピナの口に入ってしまった。噛むとジャリジャリと食べ物とは思えない触感が口を覆っている。そして飲み込んでしまうと、
「「「ギャャャャ!!」」」
脳機能が麻痺し、電気ショックのような衝撃を受けて全員気絶してしまった。結局卵焼き。いや、ダークマターの餌食として運命を変えられなかったのである。
「あら? シリカちゃんにリズちゃん? それにピナちゃんも……そんなに私の卵焼きがおいしかったのね!」
「そんな……くっ……すまないシリカ君、リズ君、ピナ君。救ってやれなくて……」
妙は間違った解釈で喜び、九兵衛は悔しさを表しこの騒動を幕引きした。結局二人は目を覚ますまで、再び布団の中で過ごすことになった。ピナはテーブルの上で固まったままであるが。こうしてシリカとリズベットも頼もしい? 大人達と出会うことになったのである。
今回の万事屋は少なめです。仲間達が同じく銀魂の世界へ来たけどキリト達はまったく気づいていません。さぁ、次は万事屋の仕事とクール系女子だ!