という昨日予定していた前書きは置いといて、今回も加筆部分が見つかったので一日遅れてしまいました。個人的な意見ですが、やっぱり時間が欲しい……
万事屋の一員として活躍するアスナは、一つのこだわりを持っている。それは……特技でもある料理に関係することだ。彼女は食材にもこだわっており、産地や価格などを見比べて徹底的に厳選している。料理には自信があるからこそ、決して手は抜かない。そう考えていた。そんなアスナの元に、珍しい食材の情報が舞い込んでくる。今回の物語は、そこから始まった……
時は本格的な夏を迎える七月の下旬。キリト達が万事屋に加入してから、約三週間が経った頃である。連日暑い日が続く中、万事屋の姿は宅配ピザ屋にあった。この日は依頼が入っており、人手の少ないピザ屋を手伝っている。役割を分担していき、協力しながら一同は働いていた。
「よし! シーフードピザとビスマルクピザの出来上がりよ!」
「銀ちゃんにキリ! さっさと行ってくるヨロシ!」
「はいはい、分かっているよ」
「それじゃ、銀さん。行こうか」
箱へと入れたピザを片手に、銀時とキリトは店を出ていく。止めているバイクへと乗り込み、それぞれの注文先へとこれから向かうのだ。今回の仕事は、二人一組となって役割を分担している。まず銀時とキリトは、バイクの運転が出来るので宅配係。新八とユイは、注文を受けるオペレーター係。そして、神楽とアスナは料理全般を行う調理係。正社員から方法を教えてもらい、みな慣れない仕事を懸命にこなしていた。
「ふぅ……ひとまず、昼時のラッシュはようやく終わったわね」
「大変だったネ……アッスーも疲れたアルか?」
「全然よ! これくらい朝飯前なんだから!」
「さすがアル! 髪をポニテにしてだけはアルネ!」
「髪型は関係ないわよ。衛生上、長いままじゃいけないからね」
一通り仕事を終えた後でも、アスナは一斉疲れを見せていない。元気に接する彼女の姿を見て、神楽はさらなる憧れを強めていた。ちなみに今日のアスナは、仕事の規則上で髪をポニーテールに束ねている。珍しい容姿の変化に、神楽は目新しさを覚えていた。それはさておき、時間に余裕が出来た二人は一息つくために休憩へと入る。折り畳み式の椅子へ座ると、今度は神楽が話しかけてきた。
「それにしても、アッスーは仕事が出来る女ネ……どうやったら、そんなにうまくこなせるアルか?」
「えっ? 急にどうしたの、神楽ちゃん? もしかして、教えてもらいたいの?」
「そうアル! 今日だって私よりもうまく出来ていたネ! 何かコツや裏技があったら、教えて欲しいアル!」
話題に上がったのは、仕事についてである。今回神楽は慣れていない調理作業に苦戦して、アスナに助け船を貰う事も多くあった。その為失敗を気にしており、仕事上手な彼女から助言を求めようと考えつく。興味津々と聞く神楽に対して、アスナは率直な言葉で返すことにした。
「なるほどね……それじゃ、私なりにアドバイスを教えてあげるわ」
「えっ? それって、何アルか?」
「まぁ、一つの方法として、先のことを予測することかしら。柔軟な対応をして、幅広く考えるのよ。良い意味で臆病になることが、効率良い仕事に繋がると私は思っているわ」
「そうアルか……」
優しい口調で伝えたアスナからの助言。神楽も納得して意味を理解したと思いきや……
「つまり、妄想癖のある臆病者になれば、どんな仕事も出来るってことアルか?」
「言い方に語弊があるけど……まぁ、だいたいそんな感じね」
独特な解釈によって、本当に伝わっているのか分かりづらかった。それでもアスナは、失敗を直そうとする神楽の向上心を見て、密かに感心している。
(悔しさを糧にして進んでいけば、きっと成長していけるわよ。神楽ちゃん……)
その姿はさながら、妹を見守る姉のような光景であった。互いの気持ちを分かり合い、二人はより強い仲を築いていく。そんな会話をしているうちに、彼女達の元へ訪問者がやってきた。
「お疲れ様、二人共!」
「おー! 新八にユイ! もうそっちも休憩に入ったアルか?」
「その通りです! 今は社員さんが代わりにやっているので、私達も休憩に入ったんですよ!」
現れたのは、オペレーターを担当していた新八とユイだった。時を同じくして二人も休憩へと入っている。実に四時間ぶりの再会であった。すると、早速アスナはユイに話しかけてくる。
「そうだったの。ところで、ユイちゃん。オペレーターはしっかりと出来た?」
「はい、もちろんです。新八さんも教えてくれたので、ばっちりとこなせましたよ!」
ユイが仕事で失敗しないか不安に思っていたが、何も問題は無かった。一緒に仕事をした新八から教えてもらいながら、自信よく進めていたらしい。
「そ、そんなことないよ。万事屋の先輩として、当たり前のことをしただけだから」
「いえいえ。新八さんには、色々と助けてもらいましたから、とっても感謝しているんですよ!」
お礼を言われた新八は、若干照れながら対応した。ユイも彼への信頼を高めており、羨望の眼差しで見つめている。互いに頼りにしている二人の仲の良さを見て、アスナは好意的に捉えていた。
「新八君もユイちゃんと仲良くなったのね。まるで兄妹みたいだわ……」
優しい声でそっと呟く。しかし、神楽はこの状況をあまり良く思っていない。好感度が上がって浮かれる新八の姿を見てられないからである。そして顔をしかめたまま、皮肉交じりに彼へと話しかけてきた。
「おい、眼鏡。幼女に褒められたからって、調子に乗るなアル。お前なんて、ユイに好かれるくらいしか、もう女子と絡むことはないんだよ。だからモテ期が来たなんて、思い上がるなよ。ゴラァァ……!」
「アレ……? なんだこの待遇の差? 同じヒロインなのに、作品が違うとこんなに変わるのか……?」
そっと見守っていたアスナに対して、神楽は辛辣な言葉を並べ毒舌を吐きまくる。メインヒロインを飾る二人の女子だが、作風が違うだけでその差は一目瞭然であった。新八はただ苦笑いで耐えるしかない。そんな中ユイは、話の流れを遮ってある情報を話題へと上げた。
「そういえば、ママと神楽さんってこの店の秘密を知っていますか?」
「秘密? って、どういうこと?」
「それはですね……あの卵に隠されているんですよ!」
「卵アルか……?」
ユイが指を差し向けた方向には、何の変哲もない白い卵が置かれている。今日の調理でも使用した卵に、この店の秘密が隠れているらしい。さらに彼女は自信良く話を続けた。
「そうなんです! この卵はなんと、市場に出回っていないレアな卵なんですよ!」
「えっ!? そうアルか!? 色違いよりレアな卵アルか!?」
「それはわからないけど、社員さんから聞いた話なら、結構希少な卵を使っているみたいだよ。その鶏卵場と契約して、独自に仕入れているんだって」
新八もさりげなく説明へと加わる。どうやらオペレーター係を担当していた二人だけが、知っている情報のようだ。秘密を聞いた神楽は物静かに噂の卵を睨みつけている。
「へぇー。こんな卵が希少だなんて信じられないネ。外見じゃわからないってことアルナ」
細かく凝視しても、色や大きさは他の卵と大差はない。試しに手に取って、味を確かめようとしたが、
「神楽ちゃん。店の材料なんだから、味見しちゃダメだよ」
「分かってるネ。ただ興味深く見てただけアル」
真面目な新八に注意されてしまった。あくまでも勤務中なので、常識はわきまえなくてはいけない。いずれにしても、神楽も希少な卵だと聞いて気になりつつある。
(レアな卵アルか……。ご飯にかけたら絶対おいしいアルよな……)
想像が掻き立てられていき、無意識のうちに口を開いていた。一方でアスナも、希少な卵への興味が湧いている。その表情は先ほどまでと違い、真剣さを極めていた。
「ん? ママ? 一体どうしたんですか?」
ユイが声をかけても、今の彼女には届いていない。集中力が研ぎ澄まされており、聞こえていないのである。そんな彼女の頭の中はというと、
(卵自体そこまで単価は高くないはず……。市場に出回ってないにしても、供給のバランスを考えて……一般の人でも交渉次第で買える値段かな? 現地までいけば、話くらい聞いてもらえるかも!)
卵への考察で頭が一杯になっていた。珍しい食材と聞くと、どうしてもその理由を解き明かしたくなってしまう。探求心をたぎらせて、気持ちを高めつつあった。そして、ついに行動へと現れてくる。
「ねぇ、ユイちゃん! その卵って、どこで売っているか聞いていないの?」
「えっと、それは……パックの裏に書いてあると思いますよ」
「裏ね! 神楽ちゃん! 見てもらえる?」
「おうネ! 任せるヨロシ!」
アスナからの要望に、神楽はすぐに動いた。彼女達は卵の容器を発見して、わずかな情報を確認し始める。
「この住所は……江戸の近くネ!」
「そうなの? ここからどのくらい?」
「バスで行ける距離ネ! 日帰りで帰ってこられるアルよ!」
「よかった~! これなら明日にでも、行けるわね!」
「もういっそのこと、明日に行って買ってくるアルか?」
「いいわね! 一緒に行って、レアな卵を購入しよう!」
お互いに話は盛り上がっていき、いつの間にか明日の予定まで立て始めていた。興味が刺激されていき、行きつくところまで行った結果である。二人の高まったテンションを見て、場にいた新八とユイはただ唖然としていた。
「アスナさんも神楽ちゃんと同じで、熱中すると周りが見えなくなるんですね……」
「ママはALOでも、レアな食材にこだわっていますから。本気になったママは、誰にも止められませんよ……」
浮かない顔をしながら状況を悟っている。万事屋の同業者と自慢の母親は、意外なところで共通点を一致させていた。だが、ユイ達には一つだけ心配が生じている。あの話にはまだ続きがあったのだ。
「それにしても、どうしますか? 二人にあの事も伝えておきますか?」
「言いづらいですよね……楽しそうな空気を壊すわけにはいきませんから……」
「そうだよね。どうしようか……」
本当のことを言うべきか、悩み始める二人。この店で取引している鶏卵場には、癖の強い一面があることを伝え忘れたのである。空気を壊すわけにもいかず、今はひたすら黙っているしか方法はなかった。
「あっ! それなら、ユイちゃんや新八君も一緒に来る? 大勢で来た方が楽しいと思うけど、どうかな?」
「えっと、私は……遠慮しておきます。ごめんなさい」
「ぼ、僕もです! 明日は外せない用があって……」
「そっか。それじゃ、私達だけで行きましょうか」
「二人で乗り込んで、何としても卵をゲットするネ!」
「「オー!!」」
士気を高めたアスナと神楽は、気持ちを一つにしていく。二人の気合の入った笑顔とは対照的に、ユイと新八はただ不安な表情を浮かべている。こうして、続きを言いそびれたまま仕事は再開されたのだ。
翌日。謎に包まれた鶏卵場へと向かうべく、アスナと神楽の二人は朝早くからバスに乗り込んでいた。神楽はおいしい卵かけご飯を食べるため。アスナは料理に使用したいため。それぞれ目的は違うが、共に辿り着く場所は同じである。気持ちが高まったまま、到着を待ち続けるのだ。そして数分後。目的地に近い、バス停へと彼女達は降りてゆく。古い住宅や低いビルがまばらに建つ、都市部とは違った光景がそこには広がっていた。
「ふぅ……結構な長旅だったネ」
「本当ね。でも、もうすぐで私達の求めていた卵を入手することができるわ!」
「おー! 卵かけご飯も、もう目の前ネ!」
「一品料理や中華、デザートにも使えて……想像しただけでたまらないわ!」
早くも二人は、卵を入手した後の使い道に悩み始めている。夢物語に現を抜かしているが、まだ入手できると確定したわけではない。浮かれた気を戻すように、アスナは威勢の良い声を上げた。
「さぁ、気を取り直して鶏卵場へと向かうわよ!」
「おうネ! ここから行くと……南側に行けばいいアル!」
「南ね。わかったわ!」
方向を確認しながら二人は足を進めていく。神楽でさえあまり来たことがない地域なので、道しるべを慎重に見ながら向かっていった。そこから数分後。住所通りに進んでいくと、ようやく目的地である鶏卵場へと辿り着く。
「えっと、ここみたいね」
「なんだか鶏卵場って見た目じゃないアルナ……」
門の前まで立ち止まると、その外観に二人はただ驚くしかなかった。敷地面積が広く屋敷のような風貌に加えて、入口へと繋がる門には光沢のある黒味がかっている。看板にはしっかりと鶏卵場と明記しているので、ここが目的地であることに変わりはない。しかし、強烈な印象と場違いとも感じる雰囲気に、二人は疑問を覚え始めている。
「確かにイメージしていた鶏卵所とだいぶ違うわね。経営者の趣味なのかしら?」
「いい趣味しているアルナ。厳ついおっさんしか、いなそうアル」
「そんなことないと思うよ。ドラマじゃあるまいし」
「まぁ、私はどんな奴が来ようとも動揺しないアルけどナ!」
「神楽ちゃん、自信満々ね! もちろん私も、これしきのことでビビらないんだから!」
鶏卵場の個性に驚きつつも、二人の好奇心がそがれることはなかった。深追いをせずに常識の範囲内で考えていたからである。そんな中、ついに状況が動き出す。彼女達の前にあった門が、唐突に開き始めたのだ。
「って、アッスー! 話していたら急に門が開いているネ!」
「本当!? ということは、いよいよ噂の卵を買えるってことね!」
謎が多き鶏卵場への入り口が開かれて、期待に胸を膨らませている。特にアスナは一段と楽しみにしており、その表情も希望に満ちていた。
(一体どんな人なんだろう……? 老夫婦が営んでいるのかな? それとも、若者が協力して作っているのかな? いずれにしても楽しみ――)
生産者への予想まで始めて、彼女の妄想も止まらない。そして、ようやく対面を果たしたのだが、その目に映ったのは――
「……わしらに何か用でっか?」
「……」
サングラスをかけた強面の男性だった。黒いスーツを着こなし、無表情のまま睨みを利かしている。背も高く余裕で二人を見下ろしていた。見る者に威圧感を与える姿に、アスナは対応に困った挙句――
〈バタァ!!〉
無言のまま扉を勢いよく閉めてしまう。
「……ねぇ、神楽ちゃん。今見たのって、何?」
「何って、ただのおっさんだったアルよ」
「おっさん……そんな生易しいモノじゃなかったわよね。何ていうか、映画とかでよく見かける感じの……怖い人達だよね……」
終盤に連れてアスナの声は、こじんまりと小さくなっていく。震えながら話すその姿は、恐怖を抱えているように見えた。彼女としては珍しい反応である。
「ん? アッスーは何が言いたいアルか?」
「だから、強面の人だったよね! 裏社会にはびこってそうな人だったよね!」
「ああ、極道ってことアルナ」
「って、神楽ちゃん!? さらっと遠回しにしていたこと、言わないでくれる!?」
アスナがためらって避けていた言葉を、神楽はさらっと何事もなく口に出していた。彼女が動揺している理由は、先ほど会った極道のような男性が関係している。そもそも人生で出会ったことのない類なので、接し方も分からないまま戸惑っているのだ。一方で神楽は、アスナとは違いまったく動じていない。むしろ子供のような無邪気さで、気にもしていないのである。すると神楽はアスナへと話しかけて、彼女を落ち着かせようとした。
「大丈夫アルよ、アッスー。きっと強面なだけで、根は優しい人アル。香川〇之に、遠藤憲〇。蝶〇正洋みたいな男アルよ、きっと!」
「って、それは神楽ちゃんが好きな俳優さんの話でしょ!!」
「俳優じゃないネ。蝶野正〇だけは、格闘家アルよ」
「知ったこっちゃないわよ! 細かい事を気にしている場合じゃないんだから!!」
強面な芸能人を例に上げて説得しようとしたが、結局何も変わらずじまいである。アスナの動揺も増すばかりであったが……
「アレ? アッスーってもしかして、怖いアルか? 極道っぽい人は苦手アルか?」
「苦手……?」
神楽から本心を突かれると、急に冷静さを取り戻した。妹のように可愛がっている神楽から心配をかけられるなど、年上としても情けなく思い始める。彼女のように、平常心を戻さないといけない。自分自身を見つめ直したアスナは、我に返ると気持ちを振り切らせた。
「そ、そんなことないわよ! 私だって正々堂々と立ちむかうんだから! ボスモンスターに比べたら、こんなの軽い方よ!」
「おー! さすがネ! それでこそアッスーアル!」
神楽はアスナの恐怖心に気付かないまま、彼女をおだてていく。そんなアスナの本心はというと、
(ごめん神楽ちゃん……ボスモンスターと戦った方が、よっぽどマシかもしれない……)
素直な気持ちを流していた。それでも覚悟を決めて、もう一度入らなければならない。自分達が何としても手に入れたい、卵の為にも。
「さ、さぁ! もう一回開けるわよ!」
「おうネ! ここまで来たら、もう突き進むだけネ!」
神楽は期待を向けた表情。対してアスナは不安を交えた表情で、再び門へ手をかける。
(大丈夫……神楽ちゃんだって落ち着いているんだから。きっと、さっきの人も外見は怖いだけで、根は優しいはずだわ……! 極道とは関係ない……絶対に!!)
憶測を交えつつ、アスナは一度深呼吸を行う。気持ちを改めた後、意を決して自ら門を開いたのだ。
「あの……さっきはすいま――」
と言いかけた時である。彼女達の目に映ったのは、
「……何、急に閉めたんだ。お前ら」
おでこに怪我をおった先ほどの男性であった。アスナが急に門を閉めたことで、頭をぶつけたのである。その表情は怒りを交えつつ、より怖さを増していた。
「……す、すいませんでした……」
予想もしない展開に、アスナは怖気づき勢いを無くしてしまう。言葉も失ってしまい、折角の覚悟も叩きつけられてしまった。彼女達の苦行は、まだ始まったばかりである。
それから二人は、男性へ謝罪を交わした後に要件を軽く話した。すると彼は鶏卵場内の事務所へと案内して、彼女達を椅子へと座らせる。そこに仲間も入ってきて、本格的な交渉へと入るのだが、待っていたのはさらなる恐怖でしかない。
(何この状況……漫画でしか見たことないんだけど!?)
顔をうつむかせながら、アスナは心の中で本音を叫び続けている。男性が連れてきた仲間も同じ雰囲気だったからだ。強面でサングラスをかけて、黒いスーツを身にまとっている。椅子には二人の男性が座り込んでおり、アスナと神楽に対してまたも睨みつけていた。周りには、ボディーガードらしき男性が四人おり、簡単に逃げ出すこともままならない。まさに絶望を感じさせる状況だが、なぜか神楽は平然と落ち着いている。そしてアスナは重く考え込みながら、心の中で自問自答を繰り返し始めた。
(……アレ? ここって、鶏卵場だよね? 卵を育てる場所だよね? なのに、どうして私はこんな目にあっているの? なんで緊張が止まらないの……? なんでデスゲーム並みに殺伐としているの!?)
十八年生きている彼女だが、こんな経験は初めてである。卵を買いに来ただけで、極道っぽい事務所に連れていかれるなど、奇想天外にも限度があった。しまいには、デスゲームよりも生存確率が低いと大袈裟に考え始める始末である。考え込むアスナであるが、神楽は依然として動揺もしていない。
(それにしても、神楽ちゃんの方が落ち着いているなんて……まるで昨日と真逆だわ……)
彼女の度胸強さに、アスナは内心驚いていた。経験上万事屋では、極道や犯罪者と関わることもそう少なくない。神楽も分かったうえで、落ち着いていると思いきや――
「あっ、すいません! 喉が渇いたんで、お冷持ってきてもらいますか?」
(って、神楽ちゃん!? 急に相手を挑発すること言わないで!!)
ただ空気が読めていないだけだった。つまり鈍感で気付いてすらない可能性が浮上したのである。これにはアスナも内心でツッコミを入れてしまう。もちろん男性達も、神楽の命令口調に腹を立てている。
「何だと、貴様! なめた口を言いやがっ――」
「まぁ、待て。威勢があっていいじゃないか。俺は嫌いじゃない性格だぜ」
ところが、年長者の男性が一言かけただけで、すぐに場は静まった。雰囲気から彼が、この中で位の高い人物だと伺える。
(あの人がここのボスみたいね……それにしても、とんでもないところに来ちゃったわ。雰囲気から、極道の人達にしかもう見えてこないよ……)
こっそりため息を吐きながら、改めてアスナは部屋を見渡す。八畳くらいしかない手狭な部屋と、赤い壁に貼られた装飾品や壁紙が目立っている。清々しいほど、極道映画で見かける光景であった。だが例え外見が怖くても、もう引き下がることはできない。鶏卵場で働く人に変わりはないので、今は話し合って目的を果たすしか方法はないのだ。
(……大丈夫よ。極道如きで怯むなんて、私らしくないわ! 神楽ちゃんも堂々としているんだから、私だって立ち向かわないと! 良い臆病者になれ! 昨日言ったことを心に刻むのよ! 私!)
昨日の仕事で教えた神楽への助言を思い出し、アスナも再び覚悟を固める。先のことを予測しながら、柔軟な対応を考えていく。そう言い聞かせて、警戒心を高めながら話し合いに臨むのだ。
「さて……ウチを訪ねてきたのは有り難いが、一体何のご用件だい? お嬢さん方」
まず話を切り出したのは、ボスである男性。彼からの問いに、アスナは素直に返す。
「それは、卵が欲しいからです。ここでは、一般販売しない卵があると聞いて……」
「よく知っているじゃないか。宇宙でも俺達の名が知れ渡っているなんて、光栄だぜ」
「えっ? 宇宙?」
「ん? 何を驚いているんだ? お前さんは耳が鋭いから、地球人じゃないだろ?」
「あっ! そういうことね……」
会話の中で、アスナが天人扱いされていることを彼女は理解していた。耳がとんがった妖精系アバターでは、誤解されるのも無理はない。この状況を利用して、アスナは考えていたが――
「はいはい! 違うアル! アッスーはこれでも地球人で、私の方が天人アルよ!」
「って、神楽ちゃん!? ここで正論言わないで! 空気読んでよ!」
神楽が正直にも指摘を口に出してしまった。またも彼女の余計な一言によって、アスナがツッコミを入れてしまう。しかも今回は思いっきり声に出して聞かれてしまっている。
「何……? お前は天人ではないのか?」
「いや、あのこれは……深い訳があって……」
何やら怪しげな空気が漂い始めた。アスナは巻き返そうと言い訳を思い浮かべるが、中々まとまらない。そんな状況の仲、ボスはある奇妙な言動を取り始める。
「まぁ、いい。落ち着きたまえ。いい加減建前はもううんざりだ。地球人であれ天人であれ、知ったことではない。俺達が伝えたいのは、これだからな……」
そう言うと六人は一斉に右手をスーツへと伸ばして、固い物体を手に取った。アスナ達も取り囲んでいき、何やら不穏な空気を漂わせる。この行動でアスナは疑惑を確信へと移した。
(まさか私達に銃を向ける気……? やっぱり最初から、売る気も帰らせる気もなかったということね……なら、取るべき行動は一つよ!)
臆病に考えていたおかげで、この危機的状況も彼女にとっては予測済みである。動揺もいつの間にか消えており、表情も真剣さを極めていた。多勢の敵に不安も抱えていたが、何も心配はない。今のアスナには、一緒に戦ってくれる頼もしい仲間がいる。
(ん? これって……)
右手に温もりを感じて横を向くと、そこには同じく手を握る神楽がいた。彼女もようやく状況を察しており、アスナと同じく準備を心得ていたのである。
(大丈夫ネ……こんな奴等に私達が負けるはずないアル!)
(神楽ちゃん……分かったわ! 一緒に戦いましょう!)
お互いの声は聞こえないが、顔を見ただけでその気持ちは一つになっていた。言葉を交わさずとも、作戦はすでに理解している。後は切り抜くための僅かな勇気が必要だった。そして、数秒後に事態は動く。ボスが右手を上げて、指示を加えようとした時である。
「今よ!」
「OKネ!」
二人は瞬時に行動へと移した。神楽は拳に力を込め、アスナは装備したままのレイピアをそっと握る。そして、
「「ハァァ!!」」
「えっ? 何!?」
一瞬のうちに彼らが手にした武器を取り上げてしまったのだ。拳やレイピアを使って、相手の武器へとぶつけて狙ったのである。男達は戸惑いを見せており、みな丸腰状態となった。そして、最後に二人はボスの方へ刃と拳を向け始める。
「さぁ、もうあなた達に勝ち目はないわよ!」
「とりあえず観念するアル!」
アスナは今まで我慢していた悔しい気持ちを。神楽は場の空気を読みながら、それらしい言葉を吐いた。唐突な展開にボスも驚きを隠せなかったが――
「って、えええ!? あの一瞬でパネルを全部奪ったの!? これじゃ、ネタバラシが台無しじゃないかぁぁ!! どうしてくれるの!?」
「えっ?」
「はぁ?」
その様子に二人は目を疑う。大物のようにふんぞり返っていたボスは、素に戻ったかのように慌て始めていた。さらに仲間の男達も、同じように戸惑っている。
「一体どういうことなの?」
先ほどまでの緊迫した空気とは打って変わり、アスナも状況の把握ができていない。一方で神楽は、奪った武器から重要な事実を読み取っていた。
「って、アッスー! これを見てみるネ!」
「神楽ちゃん? 一体何を――」
アスナにも見せて、この騒動の真実を知らせる。彼女が手にしたのは複数の拳銃ではなく、文字の張ってあった六枚のパネルであった。
「これを繋げて見るネ!」
「ん? ドッキリ成功――えっ!? ドッキリ……」
並び変えて読み解くと、信じがたい言葉が浮かんでいる。ここから導かれる予測はたった一つしかない。すると、一人の男性が照れ隠しながら声をかけてきた。
「そうなんですよ。実は全部ドッキリで、あの後はネタバラシの予定だったんですよ……」
そう。極道のように思われた男性達の正体は、全て偽者だったのである。見せかけだけの仕掛けに、彼女達は騙されていたのだ。この予想外な結末に、アスナはただ唖然とするしかない。そして、とうとう我慢ができなくなり思いを叫んでしまった。
「な……何よこれぇぇぇぇ!?」
今まで自分が感じていた緊張や恐怖が、全て無駄だとわかった瞬間である。彼らの誤解が解かれるのは、まだ時間がかかりそうだ。
その後、お互いが冷静になったところで、ようやくちゃんとした話し合いが行われる。極道の格好をしていた男性達は、全て鶏卵場を取り仕切る役員であることが分かった。彼らからの事情を聞き、二人は新たなる真実を知ることになる。
「……つまり、こういうことアルか? この鶏卵場は一見さんを見定めるために、毎回違ったドッキリを仕掛けて、度胸を試すってことアル?」
「そ、そうです。一見さんには驚かせるのがウチの恒例でして……まぁ、悪ふざけが過ぎたから驚かせて悪かったね。お嬢ちゃん達」
そう言ってボスは、再び謝りを入れる。サングラスを外したその姿は、つぶらな瞳が目立つ人の良さそうな男性だった。他の役員達もサングラスを外して、印象をガラリと変える。彼ら曰く、昔からの恒例行事で特に意味はないらしい。癖の強い一面を理解して、アスナは思わず肩の力を抜いた。同時に本物だと思い込んでいた自分を、恥ずかしく思い始める。
「そ、そうだったの……。ドッキリだったなら、もっと早く知らせてよ……」
「いや、最初に会った時の反応が面白くて、続けていたんだよ。おかげで、いつネタバラシをするかタイミングを失ったけど……」
「なるほどネ。ボスが無理して繋げようとしていたのは、そんな理由があったアルか」
神楽から本筋を言われてしまい、ボスの心へと突き刺さった。役員達の事情も理解したことで、ようやく互いの誤解も解かれる。苦労はしたが目的である卵を入手できるならば、二人は何よりだと感じていた。
「でも本当に良かった~。これでようやく卵を買えるのね……」
「いずれにしても結果オーライアル。終わり良ければすべていいネ!」
「随分強引だけど、まぁいっか! 神楽ちゃんにもバレていないみたいだし……」
小声でアスナはそっと呟く。彼女は極道に怖気づいていた様子を神楽にバレていないと思い込んでいたが……
「何て? アッスーが怖がっていたのは、最初から知っていたアルよ」
「そうなの――って、えっ!? ちょっと待って、神楽ちゃん!? それ本当なの!?」
当の本人は最初から分かっていた。つまり、神楽にはお見通しだったのである。
「そうアル。アッスーにも苦手なものがあるって分かったから、ずっと黙っていたアルよ。結構バレバレだったネ」
「ギク……! それなら意地なんか張らなきゃ良かったわ……!」
「ごめんネ。アッスーの反応を見ていたら、面白くてつい言えなかったアル」
「神楽ちゃんまで……ひどすぎるよ!」
ドッキリとまではいかないが、神楽にも引っかけられていたアスナはまたも落ち込んでしまった。今日の彼女は不びんにも騙され続けている。
「アッスー? 大丈夫アルか?」
「……大丈夫よ! キリト君やユイちゃんには、あまり今日の事言わないでよ。恥ずかしいから」
「OKアル。銀ちゃんと新八には、しっかり伝えておくネ!」
「それもダメ! 神楽ちゃん、絶対面白がっているでしょー!!」
「そんなことないネー!!」
「そんなことあるって! 顔が笑っているから!!」
小悪魔っぽく攻める神楽に、アスナのツッコミも止まらない。仲のよい口喧嘩を始める光景は、まるで本物の姉妹のように思わせる。役員達にも彼女達の仲は強く伝わっていた。
「この子達なら、ウチの卵を売っても大丈夫そうだな」
「そうですね。用意してきます」
こうして長く続いたアスナの苦難は、思わぬ展開で幕を下ろす。しかし、彼女達の言い争いはまだ続いていた。
「アッスーの怯えた表情は、珍しかったネ! また見たいリアクションだったアル!!」
「だから笑いすぎだって!! もう~!! 絶対にみんなには内緒にしてよねー!!」
またも悲痛なアスナの叫びが、屋敷中に響き渡ってゆく。
紆余曲折あって、いい感じ風に終わりました。二週連続で食べ物系が続いたので、来週はさすがに避けます。次回予告では、匂わせている感じがしますが、被らないようにしますので安心してください。後、以前伝えていたキャラクター紹介は、まだ時間がかかります。完成するまで気長にお待ちください。
次回予告
キリト「うーん――どうかな? ユイにはまだ早い気がするな……」
銀時 「そうか? てめぇらが親バカだから、過保護になりすぎているじゃないのか?」
アスナ「そんなことないよ! ユイちゃんが怪我したら、大変なことになるじゃん!」
神楽 「典型的な親バカアル」
ユイ 「次回! かわいい子にはお使いさせろ!」
新八 「アレ? これタイトルでネタバレしているけど、大丈夫だよね……」