「ご利用ありがとうございました。またの来店をお待ちしています!」
慣れてきた接客をこなして、シノンは元気よく客へ礼を伝える。最初は上手くできなかった接客も、日を重ねるにつれてしっかりとこなせるようになっていた。
この世界へ来てから早数週間。おもに吉原で活動しているシノンは、仲間達と同じく充実した日々を過ごしている。普段は百華の一員として戦闘訓練や自警に取り組み、ある時には仲間と入れ替わりで日輪の店を手伝っていた。日々努力を重ねている彼女に、見守っていた月詠も感心している。
「シノン。主もだいぶ仕事が上手くなってきたな」
「月姉さん……もちろんよ。この店で暮らしている身だから、お礼位はちゃんと返さないといけないからね」
「フッ……主はやっぱり、責任感が強いな」
そう言うと二人は、表情豊かに微笑んでいた。月詠とシノンは出会った時からすでに意気投合しており、暮らし始めてからは姉妹のような仲を築いている。強い信頼の元で彼女達は繋がっていた。そんな中、月詠には一つだけ気にかけていることがある。
「そういえば、弓矢の方は大丈夫か? ちゃんと使いこなせているのか?」
「ああ、これね。もちろん使いこなしているわよ。百華のみなさんが作った弓矢だもの。頑丈で性能が良いのは、言われなくても分かっているわ!」
「そうか、それならば良かった」
自信を込めた答えを聞き、ひとまず安心していた。彼女が気にしていたのは、シノンの主要武器である弓矢についてである。遠距離戦が得意なシノンは主に弓を使って戦うが、基礎ともいえる弓矢は現在百華の女性達が作り上げていた。頑丈で性能も良いため、彼女自身も百華製の弓矢には満足している。ちなみに弓矢の中には、変わった効果を持つ矢も装備していた。すると早速、その出番が回ってくる。
「ん? これはまさか……」
「どうしたんじゃ、シノン?」
「ちょっと気付いたことがあってね……少し待ってて」
怪しい気配に気づき、シノンは壁に立てかけていた大型の弓を手に取った。弓矢箱から吸盤の付いた弓矢を取り出して、すかさず射貫く準備へと移る。集中力を高めていき、狙いを定めると――
「……見つけた。行くわよ!」
すぐに気配を把握して弓矢を発射させた。向かい側にある店の路地裏に狙いを付けて命中すると、ある異変が起き始める。
「ぎゃゃゃー!!」
「この声は……」
「やっぱりあの人ね……」
聞こえてきたのは濁った女性の悲鳴。シノンや月詠には聞き覚えがあり、すぐに正体を察していた。すると壁紙が剥がれ落ち、そこからある女性が転がり込んでくる。
「急に何するのよ!! びっくりするじゃない!!」
「それはこっちの台詞よ! あやめさん!」
取り乱した声と激しい表情で姿を露わにしたのは、二人の知り合いでもある猿飛あやめだった。正体を晒しても彼女は一段と取り乱している。
「何じゃ猿飛か。心配して損したのう」
「露骨にがっかりするんじゃないわよ!! ツッキーどころかシノンちゃんまで同じ表情しないでくれる!?」
「だって、どうせまた銀さんの事を追いかけていたんでしょ? 言われなくても分かっているわよ」
苦い表情のまま接する二人に、あやめのツッコミも止まらなかった。シノンさえも彼女のストーカー事情をだいぶ理解しているので、扱いには慣れた方である。呆れていた二人であったが、それでもいつも通りのあやめのテンションには安心感を覚えていた。そんな中、今度はあやめの方から話が交わされる。
「勝手に決めつけないでちょうだいよ! 今日の私は始末屋モードなのよ! アナタ達にも協力してほしくて、ここまで来たんだから!」
「始末屋……あっ! そういえばあやめさんの仕事だったんだっけ」
意気揚々とストーカー行為を否定し、要件を伝えてきた。あやめ曰く、今日は仕事として二人を訪ねたようである。シノンはすっかり本職を忘れていたが。その言葉には月詠も気になって、彼女の方へ耳を傾けていく。
「主が仕事の依頼で来るのは珍しいな。それで一体何が起こったんじゃ」
「少しばかり吉原にも関わっていることよ。シノンちゃんは知らないと思うけど、話を進めるわね。愛染香って薬……ツッキーなら知っているわよね?」
「何!? なぜ主がその名を……」
「裏ルートで手に入れた情報よ。出来ればついてきてほしいけど、大丈夫かしら?」
今まで冷静に接していた月詠でさえ、あやめの言葉には引っかかり動揺を広げていた。もちろんシノンは愛染香について聞き覚えが無く、何に驚いているのかも分かっていない。
「えっと、一体何が起こっているの? 月姉さん? 愛染香っていうのは一体……」
「……シノン。話せば長くなることじゃ。ひとまずは準備をしなければ……」
「準備!? そこまで大事なことなの?」
真剣な表情となった月詠を見ても、何が起こっているのかさっぱりであった。こうして彼女達の波乱な一日が、幕を開いたのである。
数分後。ひのやの仕事を午後の担当であるリーファに交代したところで、あやめ、月詠、シノンの三人は一度吉原を出て、江戸に近い住宅街まで足を進めている。あやめからの情報によると、その近くに手がかりがあるらしい。みな武器を装備して緊張感に包まれる中、詳しい事情や出来事について話し合っていた。まずはシノンが根本である愛染香について月詠へ聞いている。
「それで月姉さん。愛染香っていうのは……」
「ああ、まずはそっからじゃな。愛染香っていうのは、吉原で禁止されていた薬の名前じゃ。嗅ぐだけで人を興奮状態に陥れて、場にいる相手に恋愛感情を抱かせる……変わった効力を持った薬なんじゃ」
「まるで惚れ薬みたいね……」
元の世界には存在すらしない独自の効力を知って、彼女は静かに驚いていた。
(相手を惚れさせる薬なんて……月姉さん達が神妙な表情になっていたのも理由が付くわ。そんな薬が蔓延したら、大変なのは目に見えているもの)
怪しい予感しか察しておらず、心の中では事態の深刻性を理解する。しかし、同じく興味も沸いており、不本意ながらある想像を頭に浮かべてしまう。
(いや、待って……もし薬を手に入れたら、キリトも影響を受けるわよね? そうすれば……って、何考えているのよ!! これじゃまったく意味がないのに、なんで頭の中で思い付いちゃうのよ!!)
愛染香で一時的に惚れたキリトの姿を想像してしまい、シノンは我に返って後悔を始めていた。心の中で一人ツッコミを繰り出し、気持ちを落ち着かせようとする。表情も赤くなり、彼女は大きく動揺していた。
「ん? どうしたのよ、シノンちゃん? なんか赤くなっているわよ」
「気分でも悪いのか?」
「はっ! いや、なんでもないのよ……」
あやめや月詠からも心配をかけられて、シノンは静かに心を落ち着かせる。一応大事には至らずに済んでいた。一方で月詠は、あやめの方からさらなる情報を聞き出そうとする。
「そういえば、猿飛。愛染香について何があったのか、詳しく教えてくれないか?」
「もちろんよ。愛染香は結局全て消滅したはずなんだけど、そのかけらを元忍者が集めていると情報が入ってきたのよ」
「何じゃと……まだ残っておったのか。それに忍者となると、もしや主の知り合いなのか?」
「いいや違うわ。少なく見ても、私の知り合いではないわね」
珍しくもあやめは真面目に話を進めていく。彼女によると愛染香を集めている犯人は、あやめと同じ忍者の経歴を持つ者のようだ。あくまで知り合いではないようだが――
「でもね……まだ分からないけど、怪しい人物が一人思い浮かんでいるのよ」
「えっ!? それ本当なの、あやめさん?」
「噂通りならね。保証は出来ないけど」
どうやら一人だけ思い当たる節があるようだ。思ってもいない展開に、シノンや月詠は再びあやめへと注目する。
「それでもよい。主が特定した名を、わっち達に教えてくれぬか?」
「わ、分かったわ。それはね……」
月詠に促されて説明しようとした時である。タイミング悪く、ある知り合いが三人の元まで駆け寄ってきた。
「うぎゃゃゃゃ!! 助けてアルゥゥ!!」
「って神楽!? 急にどうしたの……?」
叫び声を上げながらやって来たのは、万事屋に所属する神楽である。何者かから必死に逃げており、迫真の表情から緊迫感を漂わせていた。すると彼女は、涙ながらに自分の身に起きた出来事を話し始める。
「アッスーが……アッスーがぶっ壊れて……」
「アスナが? 一体何が起こったっていうんじゃ!?」
とアスナについて伝えようとした時であった。
「神楽ちゃ~ん!!」
「ギャャャ!!」
噂されていたアスナが神楽へと突進し、人目を気にせずに抱きついてくる。その瞬間、神楽は恐怖に満ちた表情を浮かべ、対照的にアスナは幸せそうな笑顔を見せていた。すると二人の間で、早速会話が交わされる。
「ひどいよ、神楽ちゃん! 私は本気なのに何で逃げたりなんかするの~?」
「だっていつものアッスーじゃないからネ! 正直気持ち悪いアル!!」
「って、そんな風に言っても私が好きなんでしょ? ツンデレ神楽ちゃんも可愛いー!!」
「人の話を聞けアル!!」
とろけそうな笑顔のまま攻め立てるアスナに、神楽もタジタジになって反抗できない。一方でシノンら三人は、キャラ崩壊したアスナの姿を見てただ愕然としている。一連の流れからアスナだけに異変が起こったのは明白で、ひとまずは彼女に質問を仕掛けることにした。
「ア、アスナ? 一体何をしているのよ?」
引き気味にシノンが聞くと、アスナは声を高ぶらせながら返答してくる。
「あっ、シノノン! ちょうど良かったわ! 実は伝えたいことがあって……今日から神楽ちゃんを私の愛人に決めたのよ!!」
「……はぁ!?」
思ってもいない答えを聞き、シノンらの困惑はさらに広がった。友人である神楽を愛人にするなど、常軌を逸しており何も言い返せないのである。ツッコミをしたい気分を抑え込み、今は彼女からさらなる情報を聞き出すために様子を伺っていく。
「愛人じゃと? 一体どういうことじゃ!?」
「それはね……神楽ちゃんの魅力に気付いちゃったのよ! 神楽ちゃんを見ていたら急に鼓動が止まらなくなって……友情だけじゃなくて愛情も高めたくなったの!! でも私にはキリト君がいるから、恋仲になることは不可能……だったらもう愛人にしちゃおうって考えに至ったわけ! ねぇ、理解できるでしょ?」
「ごめんアスナ。何一つ共感できないわ……」
長々と語ったが、シノンからは冷たくも正論で返された。急変した彼女の姿を見て、どう対応したらいいのか分からないのである。一方でアスナの勢いは衰えず、未だに神楽をがっちり掴んで離そうとしない。もがいている神楽に、今度はあやめが質問を交わす。
「と言うか神楽ちゃん!? そもそもアスナちゃんの身に何が起こったのよ!?」
「私にも分からないアル! でもアッスーと歩いていたら、急に水風船が飛んできて破裂してきたネ! その水を浴びて、アッスーがおかしくなったアル!」
「水風船? やっぱりまさか……」
彼女からの証言を聞き、あやめは自らの考えを当てはめる。アスナを急変させたという水風船に心当たりがあるようだ。一方でアスナの暴走は未だに続いており、ついには神楽を下へと抑え込んで感情のままに叫び始めている。
「さぁ、神楽ちゃん!! 私と一緒に大人の階段を上りましょう!! 経験したことがない世界まで、連れてってあげるわよ~!!」
「ギャャャ!! アッスーに侵されるアル~!! 年齢制限がかかりそうなくらい、ヤバい状況ネ!! 助けてぇぇぇ!!」
拘束を強めてきたアスナに、神楽は身の危険を察してひたすら救援を求めている。もはや耐えることは出来ず、彼女の我慢も限界に近づいていた。
「って、神楽にアスナ!? どこまで進んでいるのよ!」
「アンタ!! 私よりも早くデビューするんじゃないわよ!!」
「どこに怒っているんじゃ!! それよりも止めないと、大変なことになるぞ! 早く二人を離れさせるんじゃ!!」
これ以上はアスナを野放しにすることは出来ず、シノンら三人は否が応でも引き離そうと躍起になっている。とそんな時――
「……ん? 風船?」
シノンの真横を正体不明の風船が横切っていた。まるで弾丸が発射されたような速度で通りすがった風船は神楽まで向かっていくと、
「うわぁ!? 何かかかったネ!!」
「って、神楽!? 大丈夫か!?」
不運にも破裂して中に入っていた水をかけられてしまう。そう、これは先ほど神楽が伝えていた怪しげな風船に間違いなかった。
「あやめさん。これって……」
「恐らくアスナちゃんと同じ状況よ。このままいけば恐らく……」
あやめ達もこの後起こるべきことを悟り始めている。もし効果が同じならば、神楽もアスナと同じく暴走の危険性があった。事態の先読みをして、混乱を避けるためにも神楽へ呼びかけていく。
「ダメよ神楽ちゃん!! 目を開いたら大変なことになるわよ!! 否が応でも閉じてなさい!!」
「いいや、神楽ちゃん。しっかりと目を開きなさい……私と一緒に一つになろうよ!!」
必死なあやめとは対照的に、アスナは悪魔のささやきのように目を開くように促してくる。その表情も一斉笑みを崩しておらず、周りからは不気味な印象を与えていた。神楽は答えに戸惑い、目を瞑りながら混乱状態に陥っている。混沌を極める場に、さらに拍車をかける人物が介入してきた。
「おいてめぇら。公の場で夜這いするとは勇気がありやすね。そういうことはラブホでやってこい、バカチャイナ」
聞こえてきたのは、江戸っ子口調で話す気だるい男性の声である。神楽とは深い因縁のある人物であり、彼女は聞き取った瞬間に怒りをこみ上げていた。そして、
「……うるせぇぇぇぇ!! こっちは被害者ネ!! バカにする暇があるなら、警察らしく助けろアル!! ドS!!」
いつもの癖でつい大声で反抗してしまう。勢い余ってつい目を開いてしまい、神楽は思いっきり彼を見てしまった。そこにいたのは――
「はぁ? 何言っているんでい? 逆ギレするなんてみっともねぇですよ」
苦い顔でかったるく話す沖田総悟である。神楽とは壊滅的に仲が悪く、目を合わせれば喧嘩するほどお互いを忌み嫌っていた。現に今回も喧嘩腰で二人は接している。
「てめぇに言われたくないネ! お前なんて私の手にかかればギタギタに……」
ところが、神楽は会話の最中にある異変を感じとっていた。急に黙り込んでしまい、心を大きく動揺させている。
(アレ……なんで言葉が出ないアルか……急にこのドSを見ていたら、息が苦しいアル……なんで?)
頬を赤らめていき、年相応ともいえる恥ずかしい仕草を見せていた。彼女の乙女らしい行動を見て、シノンらは数分前の水風船との因果関係を結び付けている。
「アレって……やっぱりあの水風船に、愛染香が入っているの?」
「恐らくそのようじゃな。アスナも神楽も、最初に目にした相手に好意を抱いているからな」
「でも、かなりややこしい事になってきたわね」
彼女達は水風船の中身に愛染香が入っていることを確信した。二人の恋愛感情に似た行為が、曖昧だった仮説を立証したとも言える。しかし、場は一斉解決の糸口すら見つかっていない。アスナは神楽に好意を抱き、神楽は沖田に好意を抱いている。ドラマさながらの愛憎劇が引き起こされそうとしていた。
「おい、チャイナ。一体どうした? 生理でも来たのか?」
「ち、違うわよ!! 少し恥ずかしがっているだけよ!!」
「はぁ? 何片言じゃなくなってんだよ。気持ち悪いから、さっさと元に戻せ」
「いやよ! 総君は黙っててよ!」
「総君……? こいつ、頭でも打ったのか?」
沖田は平然と毒舌を交えて話すが、神楽は高いテンションや可愛い声を用いて彼と接している。彼女の人を変えたような態度に、沖田の調子も徐々に下がっていき内心めんどくさく思っていた。ため息を吐く中、さらにめんどうな人物が二人の間に割り込んでくる。
「ちょっと沖田さん!! 私の神楽ちゃんを横取りしないでくれる!? しっかりと場をわきまえてちょうだいよ!」
「だから違ぇよ。てめぇまでどうした? チャイナのバカが移ったのか?」
「私はバカじゃないよ! 神楽ちゃんへの愛が止まらないだけだよー!」
「なんでこいつまで、めんどうになっているんだよ……」
嫉妬を露わにするアスナが、沖田へと必死に抗議をしてきた。頬っぺたを膨らませて、目を細くしながら睨みを利かしている。場はより乱れており、収集不可能だと確信した彼はある行動へと移していた。
「はぁ……こうなったら逃げるか。相手にしない方が一番の方法だな」
「って、総君!? 逃げないで! 待ってよ~!!」
「神楽ちゃん!? 私だけを見てよ~!! ねぇーってば!!」
こっそりと脱出して、一目散に逃亡を試みる。沖田が逃げた跡を神楽が追いかけて、また彼女の跡をアスナが叫びながら追いかけていく。被害者とはいえ女子二人の起こした騒動は、追いかけっこという形で一時的に幕を下ろしていた。
「……な、何だったのアレ。三人共、結局大丈夫なのよね?」
「まぁ、そこに関しては信じるしかないじゃろ。あの程度であれば、数時間も経てば元に戻るからな」
「今すぐ戻って欲しいわよ……あの二人絶対立ち直れなくなるわよ」
一部始終を見ていた三人も、一連の出来事には困惑を隠せずにいる。特にシノンは、元に戻った時のアスナと神楽のことが気がかりで仕方がなかった。だがこれで、愛染香についての行方はかなり近づいている。再び確信に迫ろうとした時であった。とうとう犯人の魔の手が、彼女達にも迫っていく。
「って、月姉さん! あやめさん! また水風船が来てるわよ!」
「何!? わっちらが狙われたということか!?」
「ひとまず逃げないとさっきのアスナちゃん達みたいになるわよ! 急いで逃げるわよ!」
不覚にも勘付かれたのか、先ほど飛んできた水風船がより勢いをつけて三人の身に襲いかかろうとしていた。危機を察しながら水風船を避けていき、彼女達は思うままに逃げ始めている。南西方向へと進む中、運よくも隠れ場所として最適な廃工場を発見した。
「ねぇ、月姉さんにあやめさん! あの廃工場に逃げ込むわよ!」
「分かったわ!」
「了解じゃ!」
シノンはすかさず月詠やあやめへ伝えてくる。彼女達はすぐに駆け込んで、入り口近くの鉄壁へと身を潜めた。ちょうど水風船も入ってこないため、まずは一つの危機は回避される。その間にもまずはお互いの無事を確認していた。
「猿飛……シノン……主らは大丈夫か?」
「ええ、なんとかね……水風船にも当たっていないし」
「私もよ。どうにか逃げ切れたみたいね……」
幸運にもみな水風船の影響は受けていない。犯人からの攻撃が収まったのはいいが、辺りには不気味な静けさが漂っていた。予断を許さない状況が続く中、シノンは隙間の穴から犯人の居場所を捜索する。警戒心を震わせながら捜していると、向かい側のビルからある人影を発見した。
「ねぇ。犯人って、あの人じゃないの?」
「あの人? 微かに見える人影のことか?」
月詠らも気になり順々に確認している。しかしビルとの距離は長く、肉眼で姿を見るのは不可能に近い。そこであやめは、密かに持っていた双眼鏡を取り出して、犯人の姿を確認することにした。そこで見えたのは、彼女の予想通りの光景である。
「やっぱり……あいつなのね」
「あいつ? もしかして、さっき言っていた元忍者のこと?」
「そうよ。水風船を使うから怪しいと思っていたけど、まさか当たりだったなんて信じがたいわ……」
神妙な面持ちであやめが口に出したのは、犯人の正体であった。この前にも色々と怪しい点が見つかっていたので、彼女にとっては想定内の結果である。すると月詠は、再びあやめへと質問を交わしてきた。
「なるほど……それで猿飛。その犯人について、再び詳しく教えてくれないか?」
「わかったわ。でも奴のことは名前しか知らないのよ。私とは違ったベクトルで、存在感を見せる元忍者……その名は水風船使いの百合ノ薫よ!」
「百合ノ薫……? 忍者系で、そんな名前の人いたかしら?」
「そこは気にしないで。所詮一回限りのゲストキャラだから、そこまで作者も作りこんでいないのよ」
「どういうメタ発言じゃ……」
さり気なく出たメタ発言に、月詠は呆れながらツッコミを加えた。シノンの素朴な疑問は、結局理解できずに終わってしまう。そこは気にせずに彼女達は、あやめへの質問を続ける。
「それで百合ノ薫は、一体どういう人なの?」
「奴はね風船や水を用いて多くの悪人を始末してきたエリート……だったんだけど、独自の趣味によって現在は休業中と聞いていたわ」
「趣味……? 嫌な予感しかしないが、一応聞いてみていいか?」
急に言葉を溜め始めて、月詠は嫌な予感を薄々と察していた。そして彼女は勢いを込めて、薫の秘密を言い放つ。
「奴は名前の通り……百合が大好きなの! つまり、女の子同士のイチャイチャに興奮を覚えるド変態の忍者なのよ!」
爆弾発言が如く叫び散らかしたあやめからの暴露。この秘密を聞き入れた月詠やシノンは、驚くどこかむしろ呆れている。気持ちまでも萎えていき、反論する気持ちまで失せてしまったところで、
「……月姉さん。一旦吉原に帰ってもいいわよね」
「わっちも帰る予定じゃ。途中でシュークリームでもお土産に買うか?」
「いいわね。ちょうど甘いモノが食べたかったのよ」
何事も無かったかのように場を去り始めた。
「って、待ちなさいぃぃぃ!! 二人揃って仕事を放棄するの!? アンタ達って、そんな性格じゃなかったでしょぉぉ!?」
当然あやめにとっては予想外の行動だったので、すぐに彼女達を止めようとする。しかし二人には、立ち去るだけの理由が十分にあった。
「だって、もっと大惨事になっていると思っていたもの。忍者まで絡んできて責任も大きくなっていたのに……蓋を開けてみれば百合って何よ。心配して損したわ」
「左に同じくじゃ。愛染香と聞き感染を心配していたが、この程度なら大丈夫じゃ。いずれ収まるから、心配せんでもいいぞ」
「なんでこうも嫌そうに接するのよ! 規模や目的が下がった時点で、テンションも比例して下げるのやめてもらえるかしら!」
あやめの真剣な佇まいから大仕事を任せられたと思いきや、犯人の目的がただの愉快犯だと聞いてやる気をなくしたようである。彼女の熱意とは真逆に、二人の心境は冷めていくばかりであった。
「いずれにしても、ただの愉快犯でしょ? 時間が経てば真選組とかが駆けつけるから、私達がそこまで肩入れしなくてもいいんじゃないの?」
「そうだとしても……折角ここまで来たんだから、一気に捕まえましょうよ! シノンちゃんの仲間も、もしかしたら被害を受けるかもしれないのよ! だからお願い! ここまで来たら、最後まで一緒に手伝ってちょうだい~!!」
どんなに説得してもあやめは、引き下がりたくないらしく続けて協力を要請する。珍しくも頭を下げて、その気持ちを伝えてきた。紆余曲折したものの、最後まで彼女は犯人を捕まえたいらしい。その熱意に負けて、月詠やシノンも徐々にやる気を戻していく。
「どうする、月姉さん?」
「……まぁ、そんな時間はかからんじゃろうな。シュークリームのおごりで手を打とうか」
「そうね。あやめさん! 大目に見てあげるから、私達も改めて手伝うわよ!」
取引を提案して、二人は改めてあやめに協力することを決めた。これを聞いた彼女は気付かれないように微笑むと、すぐにテンションを戻し始める。
「アンタ達……やっぱり頼んで良かったわ! これなら簡単に愛染――じゃなくて、犯人も捕まえることもできるわ! さっすがー!」
「……あやめさん?」
「途中言い直さなかったか?」
突然にも飛び出た意味深な言葉を聞き、シノンや月詠は疑問を覚えていた。それでも三人は、犯人を捕まえるために思いを一つにしている。狙うは向かい側のビルの屋上に隠れる薫。効率よく捕まえるためにも、シノンはある作戦を立て始めていく。
「さて……作戦なんだけど、私にいい考えがあるわ」
「シノンちゃん? もう思いついたの?」
「ええ、そうよ。まずはね――」
作戦を勘付かれないようにと、シノンはひそひそと小言で二人に作戦を伝えてくる。その内容は大きな賭けでもあったが、上手くいけば効率よく仕留めることが可能だ。一同はこの作戦に賛同して、早速行動へと移していく。一方で屋上にいる薫は、特製の水風船を構えながら未だに隠れているシノンらへ狙いを定めていた。
「まだか……」
その姿は全身白の忍者服に包まれており、一見ビルと同化しているようにも見える。一斉に気を引き締めていた時、ようやくチャンスが訪れていく。
「……いた」
見つけたのは、廃工場から逃げ出そうとする月詠とあやめの姿である。周到に追いかけていた甲斐を感じて、薫は次々と水風船を連続投下していく。
「さっさと犠牲になれ……」
小さく呟きながら、狙いを定めた二人を順当に追い詰めていった。しかし熱中するあまり、倉庫に未だに隠れているシノンには気付いていない。そう、これこそがシノン達の作戦でもあった。
「月姉さんとあやめさんが囮をしている隙に、ケリをつけるわよ……!」
彼女は密かに弓を構えており、水風船を手の持つ薫へと狙いを定めていく。数分前に披露した特殊弓矢を使用して、薫を捕獲する。これが三人で決めた作戦の全貌であった。一回きりで成功させるためにも、シノンは一段と集中して薫の止まる瞬間を伺っている。そして彼女が、熱中するあまり背を向けた時であった。
「今よ! 捕まりなさい!!」
シノンの弓矢は勢いよく発射される。このまま網が放出して、後は薫を捕獲するだけであった。
「やったわ。これで一件落――」
とシノンらが作戦の成功を確信していた時、予想外の状況が起きてしまう。
「えっ!? アレは……」
弓矢が展開したところまでは良かったが、そこから出てきたのは網ではなく黒い球状の塊であった。何事かと思い目で追ってみると、黒い球はそのまま薫まで向かい彼女と接触すると……
〈バッシャャャ!!〉
大量の墨汁を溢れさせて薫を染め上げてしまう。白き姿は漆黒に変えられていき、薫のみならずシノン達でさえも唖然とする爪痕を残してしまった。
「って何やっているのよ、ツッキー!! 網じゃなくて墨汁が出るって、どういうこと!?」
「いや……弓矢の中には、こういったオチが決まるのもあるのじゃよ。きっと……」
「オチすら微妙になっているわよ! さらっと終わらせないでちょうだいよ!!」
この結果はあやめさえも驚き、月詠へと理由を差し迫っている。一方で月詠は、目線をそらしてどこか複雑な表情を浮かべていた。緊迫感が欠けた場に微妙な空気が流れ込む中、騒動の中心人物であった薫はと言うと、
「うぅ……もう無理……」
低いテンションで捨て台詞を吐いた後にそのまま倒れ込んでしまう。網ではなかったのだが一応効果はあり、偶然にも彼女達は作戦を成功させていた。
「って、二人共!? 薫さん倒れ込んでいるわよ!?」
「なんじゃと!? 墨で倒れたとは、怪我の功名とも言うべきか……」
「そんな呑気なこと言わないで、さっさと屋上に行った方が……」
功労者とも言えるシノンや月詠も成功を知った瞬間に驚いている。と二人の間で会話は交わされているが、あやめの方でもある動きがあった。
「って、アレ? さっきまでここに猿飛がいなかったか……?」
「そういえば、どこ行ったの?」
振り向くと既に彼女は二人の元から姿を消している。どこにいるかと辺りを見渡していると、ある高笑いが聞こえ始めていた。
「オーホホホ!! ご苦労様ね! 真面目なお二人さん!」
「この声は……」
「やはり猿飛か……」
すぐに二人は察しており、共に苦い表情を浮かべている。一方であやめは、すでに薫のいた屋上からとんぼ返りして地上へと戻っていた。その手にはなんと、先ほど薫が使っていた水風船を多く抱えている。
「ありがとうね、アナタ達!! これで私も愛染香を手に入れることが出来たわ! これなら銀さんのハートも鷲掴みで一件落着ね!」
「まさか、猿飛さん……私達の事を利用したの?」
「そう捉えてもらっても結構よ! シノンちゃんには悪いけど、これが私のありのままの姿よ! しっかりと覚えておきなさい!!」
何と唐突にもあやめは、自らの本当の目的をさらけ出し、声を高ぶらせながら二人に伝えてきた。彼女が執着していたのは、愛染香の入った水風船である。銀時との距離を縮めるためにも、欲しくてたまらなかったようだ。一応彼女は、シノンらにも裏切ったことに謝りを入れたが、二人はそこまでショックを受けていない。
「いや……あやめさんなら、やってもおかしくないと思っていたわ」
「こやつは綺麗にしめることは出来んのか……」
むしろ想像通りに裏切って、またも呆れ果てる始末である。一方であやめは、気にすることなく水風船を抱えたまま逃げようとしていた。
「それじゃ、またね! お二人さん!! ハッハッ!」
高揚とした気分のまま、あやめは走り去っていく。忍者としての本気を見せており、早くもシノンらとの距離を遠ざけていた。一方でシノンらもただ黙っているわけにはいかない。
「……どうする月姉さん?」
「そうじゃな。とっておきの弓矢で、オチを付けるか」
「分かったわ。せめて綺麗なまま、騒動を終わらせたいものね」
月詠の指示の元で、シノンは一つの弓矢を手にする。弓へと引っかけて、走り去っていくあやめに狙いを定めていた。そして、
「私達からの天罰よ。しっかり受け取りなさい!」
その言葉と共に弓矢は発射される。その中身には特殊な火薬が積まれており、対象物に当たるとある仕掛けを繰り出すのだ。弓矢は徐々にあやめとの距離を近づいていき、ついには彼女と接触してしまう。
「えっ? って、ギャャャャ!!」
その瞬間に大きく発火して、空中には綺麗な花火を作り出していた。その真下では、あやめが破裂した水風船を抱え込みながら道端へと倒れている。天罰と証したお仕置きは、文字通り激しく火花を散らす結末となった。
「ふぅ……これであやめさんも少しは懲りたのかな?」
「いいや。奴の事じゃ。こんなことじゃ懲りぬに決まっている」
「確かにね。それじゃ後のことは真選組に任して、私達は帰りましょうか」
「そうじゃな。途中でシュークリームでも買おうかのう」
「いいわね! みんなのお土産ってことで、買いに行きましょうか」
一通り役目を終えたシノンと月詠は、二人揃ってお土産のシュークリームを買いに向かっていく。残念ながらあやめの計画は、あと一歩のところで失敗に終わってしまった。
「愛染香が……折角のかけらが……」
暑さにより蒸発していく水風船を儚く感じながら、あやめは再び倒れ込むのである。ちなみに愛染香のかけらは、そもそも効果が薄いため一時間も経てばすぐに元に戻ってしまう。ということは、
「……アレ? 神楽ちゃん?」
「……えっ? なんでドSを追いかけていたアルか?」
この二人も時間が経ってすぐに戻っていた。
オマケ
桂 「突然だがここでアスナ君にサービス問題だ!」
アスナ「えっ!? なんで私!?」
桂 「細かい事は気にするな。さて問題は……俺とアスナ君、リーファ君、銀時、猿飛殿の五人に当てはまる共通点を答えてみろ!」
アスナ「……はい!? そんなバラバラで逆に共通点なんてあるの!? えっと……見た目かな? それとも性格かな……」
桂 「ブブー! 時間切れだ!」
アスナ「早いって! それで結局、五人の共通点って何なの?」
桂 「冷静になれば分かるはずだ。正解は……ピピ〇の担当声優だ!!」
アスナ「……ピ〇美って誰ぇぇぇぇ!?」
つい思い付きで書いてしまった。だが私は謝らない。ともあれ、石田彰さんと戸松遥さんがあのク〇アニメに出るなんて予想外でした(笑) いいぞもっとやれ!!
報告
以前からまだ手直ししていなかった12話~17話を、この度変更していきます。物語の構成はまったく変わっていないので、興味がある方は是非どうぞご覧ください。
後お気づきの方もいると思いますが、この第二章はメインを順々に変えているので、残す回はリーファ×真選組、クライン×桂小太郎、エギル×スナックお登勢の三回のみです。それが全て終わったら、物語を少しでも進める為に長篇を予定しています。近々明らかにするので、期待していてください。それではまた次回!
次回予告
リーファ「ちょっと! 何でまた私に絡んでくるのよ!?」
沖田 「たまたま飛んでいたからですよ。こっちはあるお方の要望の為に動いているんですから」
リーファ「あるお方って誰!?」
土方 「次回! パラグライダーには気を付けろ」
近藤 「あ~ドキドキするな~!」
リーファ「だから誰よー!!」