一方で七月と言えば、この「剣魂」と言う小説を投稿して一周年を迎えます。長いようで短いような一年でしたが、まだ小説は終わってないので末永くお付き合いいただければ幸いです。その為にも早く長篇を進めなければ……
そんな今回は、現実の万事屋と別世界の住人が触れ合っていく話です。では、どうぞ。
千佐の夢世界へと侵入した万事屋は、そこで新しい事実を目の当たりにしていた。もう一人の銀時やキリトらの事情、チサに置かれた特殊な立場。多くの現状を踏まえて彼らは、全員を救い出す決意を固めている。
一方でキバオウが起こした騒動には、一派のリーダーであるパクヤサが介入して、彼の気持ちを落ち着かせていた。物語はいよいよ折り返し地点を迎え、事態は大きく動き出していく……
「おっ、もう来ていたのか! みんな! 新しい同士を迎えようではないか!」
入り口近くにて万事屋らを見かけたパクヤサは、一同の士気を高めながら急に大声で伝えてくる。反応に困った素振りを彼らは見せていたが、空気を読んで高杉やディアベルらが小さい拍手を始めていく。その後もまばらに聞こえてくるが、固い雰囲気だけが辺り一面に漂っていた。
「何か、本当に歓迎されているのでしょうか……」
「そう、心配するな。あいつらも内心は仲間だと認めたいはずだ。ただでさえ少ない戦力を、補強してくれるからな」
不安な表情を浮かべるユイに、別世界の銀時が返答を交わす。万事屋への敵対意識は無く、好意的に捉えていると伝えていたが……実際はまったく異なっていた。
「もう一人のキリトさんって、結構しっかりしていそうですよね」
「ウチの臆病君と比べたら……まぁ、あっちの方がいいわよね」
「アスナに至っては、女子っぽくなっているからな……」
「男子の的を突くほど、美しくなっているもんな~!」
シリカやリズベット、エギル、クラインの四人は、本物のキリトやアスナに対する印象を声に上げていく。自分達の知る二人と見比べながら、本人に構うことなく思ったことを口にしている。
「ああ? てめぇら、何言いやがるんだぁ! 遠回しにアタイの悪口言いやがって!!」
「で、でも正論だから……何も言い返せないよ……」
「性格が違うだけで、ここまで差が出るんだ」
「少し複雑ね……」
これにはキリトら四人も反応に困ってしまい、特に別世界のアスナは吹っ切れたような怒りを露わにしていた。一方で銀時に対しても、同じような会話が繰り出されている。
「結局ワシらと共闘することになったか……と言う事は、これからはもう一人の銀時を何と呼べばいいぜよ?」
「そんなもん、俺が知るかよ。まぁ無難にも、銀時と白夜叉呼びで統一すればいいんじゃないのか?」
「何を言っている。俗にいうアナザー銀時の方がしっくりきているだろ! アイツはあそこまで意地の汚い目をしていないぞ! そっちにするべきではないのか?」
「いや、どっちでもいいだろうが……」
名称の区別によって意見が分かれてしまい、桂と高杉の間でも軽い衝突が起きてしまう。この展開に銀時は、苦い表情で二人の対立に呆れていた。
場の空気は変わっていき、徐々に緩やかな雰囲気になりつつあった――その時である。
「大変です! パクヤサさん!!」
突如部屋に攘夷志士らしき男が転がり込んできた。焦った表情で息を荒くしたまま、パクヤサへと話しかけていく。
「どうしたのだ? 一体何があったんだ?」
「エリア75を解放するステージが、ようやく見つかったんだ!」
「何だと!?」
彼からの情報を聞き、パクヤサは大きく驚いている。同時に別世界の銀時らも同じ表情となり、事の重大さを受け止めていた。探し求めた手がかりが見つかったことで、再び緊迫した状況へ変わっていく。
もちろん万事屋の六人は、彼らの心境を察し始めていた。
「ステージって……つまり、いよいよ戦いが始まるってことアルか!?」
「そうですね。ステージには恐らく統率者の刺客が生息していると思います。それを倒せば、また次のエリアへ進むことになりますね」
「刺客って言うのは?」
「ゲームで言う巨大モンスターの事ですよ……」
新八や神楽からの質問に、チサは真剣な口調で返答する。エリアの解放には巨大なボスを討伐する必要があり、またもSAOと同じ仕組みが明らかになった。キリトやアスナらがさらに疑惑を強める中で、別世界の仲間は一段と気合を高めつつある。
「よし、分かった。ならば善は急げだ! 同じく探索している仲間を、アジトへと連れ戻すぞ! このエリアなら……三手に分かれたら十分だな!」
パクヤサの的確な指示の元で、まずは分散している他の浪士やプレイヤーを集めることで意見が一致した。周りを見渡しながら、決めつけで続々とチームが形成される。
「ならば俺は、クライン殿とシリカ君の三人で行くか」
「もちろんだぜ、桂さん!」
「ピナの事も忘れないでくださいよ!」
「ナー!」
桂は近くにいたクラインとシリカ、ピナの二人と一匹を誘ってきた。この世界でも彼はクラインと良好な仲であり、さらにシリカやピナとも師弟のような関係を築き上げている。
「それじゃワシは、エギルとリズの二人で行くか!」
「って、またアタシと? 別にいいけれど」
「辰馬には商売の面で色々お世話になっているからな」
坂本がチームに加えたのは、リズベットとエギルの二人であった。商売仲間という共通点があり、この世界でも武器の原料や商品の調達には彼が一役買っている。
「では、我が一派は高杉さんと共に行こうではないか」
「ゲッ!? アンタと一緒に行くのか!?」
「……まぁ、いいけどよ」
ディアベルはあえて、キバオウと対立していた高杉をチームに入れていた。関係の改善を図っているが、キバオウからしてみればいい迷惑でしかない。しかし高杉は、そこまで気にしていなかった。
続々とチームが決まる中で、パクヤサはチサら四人と万事屋にある役目を託している。
「それでは銀時やキリト達は、このアジトの留守番を頼めるか?」
「えっ? 僕らも捜索に行かなくていいですか?」
「万が一の為の襲撃に備えたいからな。では、よろしく頼む!」
そう言うと彼は高杉らの方へ向かい、散らばった仲間を集めるためにアジトを後にした。桂や坂本らも同じく外へと向かっており、現状残っているのは留守番を任された万事屋とチサら四人のみである。
「いっ、行っちゃいました?」
「本当に僕等だけしかいないんですね……」
先ほどまでの賑やかさとは一変して、場は静寂に包まれてしまう。留守番によって出来た自由時間には、ユイや新八と同様に戸惑いを隠せないメンバーもいた。ところが銀時は、この状況を謙虚に受け止めている。
「一番地味な仕事を残しやがって……。まぁ、いいや。暇でも潰しながら、気長に待っているか」
文句を口にしつつも、彼だけは楽観的に捉えていた。仲間達の収集には時間がかかると見定めており、一旦は休憩に入ろうとしている。この銀時の呑気な行動に、別世界の銀時は納得していなかった。
「おい、もう一人の俺! このタイミングで休むというのか? 現を抜かしているなら、特訓でもしたらどうなんだ?」
時間の使い道で、休憩よりも戦闘の訓練が大事だと強く促していたが……
「特訓って……よりにもよって、ウチの作品には似合わない展開じゃねぇか。悪いが俺は、そんなの真っ平ごめんだよ」
銀時の意志は変わらずに、適当な理由を付けて部屋を後にしてしまう。マイペースな彼の性格には、別世界の銀時も頭を抱えて対応に困るばかりである。
「おい、待て! 俺の話をちゃんと聞けよ!」
そして考えを理解してもらうために、咄嗟に追いかけてきた。銀時同士が場を離れた一方で、キリトもある手段を思いつき、もう一人の自分に話を持ち掛けてくる。
「特訓か……なら! 君も俺と一緒に特訓でもするか?」
「えっ? 僕と……?」
「ああ。心が恐れているだけで、きっと君も強いと思うんだよ。だから、一緒に来てくれ!」
「ええ!? ちょっと……」
話題に上がっていた特訓と重ね合わせて、別世界の自分にも戦術を教え込もうと考えていた。唐突な誘いに困惑していたが、返答する暇も無くキリトは彼の手を握り、部屋を去っていく。銀時に続いてキリトも自由に行動を始めたので、同じく別世界のアスナも部屋を出ようとしていた。
「どいつもこいつも楽しそうだな。アタイはそんな気になれないから、自分なりに休ませてもらうぜ」
「じゃ、私もアナタに合わせて連いていこうかな?」
「勝手にしろ。アタイと一緒でも別に面白い事なんかねぇよ」
「それでも、構わないわよ」
当然のように本物のアスナももう一人の自分に連いていくようで、笑みを見せて距離を縮めようとしている。別世界のアスナは乗り気ではなかったが、彼女が一緒でも特に問題は無かった。
こうして似た者同士が共に行動していき、部屋にはチサ、新八、神楽、ユイの四人しか残っていない。
「見事に分かれちゃいましたね……」
「残ったのは、この四人ってことですか」
「じゃ、私らは素直に留守番でもしているアルか」
「そうですね。みなさんについても聞きたいことがあるし、雑談でもしましょうか」
自由気ままに四人も、有り余った時間を有意義に楽しむようである。部屋を出ていくことはなく、留守番をしながら雑談に興じていく。自分同士や新しい仲間との接触を通して、万事屋はさらなる縁を築こうとしていた。
「ちょっと待て! 一旦止まれ!」
休憩に入ってアジト内を歩き続ける銀時に、別世界の銀時が大声で止めに入る。絨毯が敷かれた細長い廊下にて、彼は素直に歩みを止めた。すると、背を向かせたままもう一人の自分に話しかけてくる。
「何だよ? お前がどんなに説得しても、俺は特訓なんかする気は無ぇよ。そもそも、なんでそんな必死になっているんだよ?」
「当たり前だろ。俺はともかくとして、キリトやアスナ達には、一刻も早く元の世界へ帰さなければいけないからな。アイツらは戦争とは無関係な世界からやって来ている。だからこそ俺達攘夷志士が、最後まで守り通す使命があるんだ! アイツらが元の世界へ戻れるまでは、俺が強く支えなきゃいけないんだよ……」
感極まって声を震わせながら、別世界の銀時は自らの想いを打ち明けてきた。戦闘に慣れていないキリト達を支えながら、一人の侍としての責任感を持ち、彼はこの戦いに臨んでいる。自分とは違った情の深さを知ると、銀時は小さく微笑んでその真意を悟っていた。
「そうかい。だが、安心しろよ。俺がお前だったら、そんな特訓しなくても実現出来ると思うぜ」
「何? 一体どう――」
続けて質問を返そうとした時である。
「はぁぁ!」
急に銀時が木刀を抜いて、振り返ると同時に襲い掛かってきた。無論彼も衝動から反射的に刀を抜くと、
〈キーン!!〉
耳障りな金属音を発して攻撃を未然に防ぎ切る。何の脈略も無い銀時の行動には、別世界の銀時も到底理解していない。
「急に何をする!? まさか決闘の続きでもするつもりか?」
「違ぇよ。てめぇに理屈だけじゃ似合わねぇって、言いたいだけなんだよ」
そう言うと彼は、木刀を振り降ろして再び腰へと収め直す。敵意を解いたところで、別世界の銀時も刀を鞘に戻した。そして互いに目線を向き合わせて、会話を再開させていく。
「つまり、どういうことだ?」
「難しく考えるなってことだよ。特訓だけで戦闘がパターン化しちまうと、予想外の行動には苦戦するからな。命が懸かっているなら、尚更だと思うぜ」
「……そういうものなのか?」
「ああ。俺だってこう見えて、結構色んな戦いを乗り越えてきたからな。大体分かるんだよ。てめぇの剣筋だったら、もう特訓しなくても十分だと思うぜ」
似合わない微笑みをちらつかせながら、突発的な行動力が必要だと、銀時はもう一人の自分へ伝えていた。攘夷戦争を経験して、その後も守るべきものや人の為に数多の強敵達と戦い続けた、彼らしい考え方である。
「そうか……。俺よりも多くの戦いを経験したからこそ、自信を持って言える事なんだな……」
銀時なりの解釈を耳にして、別世界の銀時も深く心へと受け止めていた。それでも、生真面目な思考は相変わらずであったが。
彼からの反応を目にすると、銀時は話題を変えて別の疑問を投げかけてくる。
「ところでよ、俺も一つ聞きたいことがあるんだ。お前が元いた世界って、今どんな状況になっているんだよ?」
「状況? 攘夷戦争の事か?」
「そういうこった。俺は一応戦争が終わった世界から来ているからな。折角の機会だし、ちょいと教えてくれないか?」
やや寂しげな表情を浮かべながら、別世界の銀時がいた攘夷戦争について聞き出そうとしていた。自らの過去と照らし合わせながら、今一度確認したいのである。
突然の質問に戸惑いを見せていた彼であったが、数秒後にはすんなりと返答してくれた。
「少なくともここよりは自由に戦えているよ。天人共からの侵略を、すぐにでも断ち切らなければいけないからな。それに……」
「それに?」
「一刻も早く救いたいからな……俺達の大切な先生を」
その言葉を聞いた瞬間に、銀時は彼からの心情を悟り始めている。何よりも心を揺さぶられたのは、大切な先生と言う言葉であった。別世界でも同じ目的で戦っている事が分かると、例えようの無い刹那さも感じている。もっと詳しく知りたいが、彼からは辛い気持ちも感じたので、ここはグッと堪えて空気を読んでいた。
「そっか。ならもうそれだけで十分だ。俺が求めていた答えも聞けたからな」
「って、本当にそれだけで良かったのかよ?」
「良いんだよ。短い方が手っ取り早いからな」
無理にでも納得した素振りを見せながら、自然と話題を打ち消していく。最後には話してくれた礼として、銀時は心に宿した気持ちを伝えてくる。
「……そうだ。後一つだけ伝えておくよ。お前がいた世界で攘夷戦争が、どのように終わるのか知ったことじゃない。違う結末になりえる可能性だってあるから、俺から詳しい事は何も言えねぇよ。でも……絶対に運命は受け止めるべきだと思う。そうすれば、多少苦しい事はあっても、いつかは新八や神楽のような仲間にきっと出会えるぜ」
「新八に神楽? お前のところにいた子供の事か?」
「子供じゃねぇよ。万事屋の立派な従業員だ」
自分が戦争を終えた後に経験した出来事。そして現在へと繋がる経緯。大雑把にぼかしながらも、大切な言葉を抜粋して彼に知らせていた。例え困難があれども、乗り越えればきっと新しい出会いが待っている。そう銀時は、もう一人の自分へ教えたかったのだ。
「万事屋……もしかして、俺がこの先に出会う組織か? やっぱり、詳しく教えてくれないか?」
別世界の銀時もつい未確定な情報を気にしてしまい、さらに聞き出そうとしたが――既に目の前には銀時の姿は無い。
「アレ? って、どこ行った!? 目を盗んだ隙に逃げるとは、どこまで悪知恵が働くんだよ……」
話とは別に特訓への嫌悪感は変わらず、指摘される前にその場をひっそりと抜け出している。姑息な手段には別世界の銀時も怒りを覚えて、思わず呆れてしまう。こうして念願の特訓が実現することは無く、時間は無情にも過ぎ去るばかりであった。
「ねぇ、本当に特訓するの?」
「ああ。君も二刀流の使いだったら、俺と同じような技を使えるかもしれないからな。身につけておけば、きっとこの先の戦いでも役に立つと思うよ」
時を同じくしてキリトも、別世界の自分に対して特訓への理解を求めている。現在二人はアジト近くにある庭の一角で立ち止まり、込み入った話を続けていた。弱気な彼の姿を放ってはおけずに、キリトは手助けも踏まえて剣術を教えようとしていたのだが……
「無理だよ。僕なんかが剣術を得たところで、本番で使えるのか分からないし……」
「そう自分を悲観するなって。やってみない事には、何も答えなんて出ないと思うけど」
「それでも……弱いから仕方ないんだよ」
残念ながら当の本人からは拒否されてしまう。心を動かすことはなく、自分の弱さにコンプレックスを感じて頭を抱えている。その証拠に表情も暗く、憤ったままであった。何一つ話が進展しない中で、本物のキリトは彼のマイナスな気持ちを察しても、諦めずに説得を続けていく。
「君を弱いと思ったことは一度もないよ。だって俺も、自信が持てずに悩み続けた時があったからな」
「そうなの?」
「ああ。ちょうど二人っきりだし、少し昔の事でも話してみようか」
心境を変えるためにもキリトは、別世界の自分へ過去の出来事を話す事にした。当然彼も興味を持ち始めており、すぐに注目を寄せてくる。二人は庭に設置されたベンチ椅子に腰を掛けると、話を再開させた。
「実は俺も、この閉鎖空間のような世界で幽閉されたことがあるんだよ。君がさっき言っていた、SAOってゲームでね」
「SAOって、そういうゲームだったっけ?」
「まぁ、別世界だから誤差があるかもしれないけど、少なくとも俺がいた世界では、販売直後にログアウトが出来なくなって、現実に戻れなくなったんだよ」
「それってまるで、この空間と同じだね……」
やはり話題に上げたのは、SAOでの体験談である。夢空間と同じく現実に戻れない仕組みを口にすると、別世界のキリトは小さく体を震えさせていた。すると彼は、唐突にもある疑問を投げかける。
「ところで、君は怖くなかったの? 元の世界に戻れない事を知って」
「うん……正直に言うと、怖い思いもあったよ。ゲームの世界での死が、現実と同等になることに。でも俺は、自分の気持ちを誤魔化してずっと戦ってきたんだ。あの時までは……」
「あの時?」
予想もしない本音に驚く最中で、キリトの表情は急にしんみりと変わった。意味深な言葉も呟いており、雰囲気から訳アリだとはあきらかである。空気を読みしばらく待っていると、彼はようやく重い口を開き始めた。
「実は……一回だけ俺は、目の前で仲間を失ったんだよ」
「えっ!? それって……」
「守り切れなかったってことだよ。しかも、その中には君達の仲間にいるチサとそっくりな女の子もいたんだ」
「そんな……」
あまりにも辛辣な過去を知り、別世界のキリトは暗い表情のまま衝撃を受けている。自分にない強さや優しさにしか触れていなかったが、まさか仲間を失っているなど想像すらしていなかった。思わず反応に困る彼を見届けたところで、本物のキリトはゆっくりと話を続けていく。
「あの一件以来俺は、自分自身も信じられなくなって、心も閉ざしていたんだよ。それこそ、目的も無く自暴自棄で戦っていたり……でも、彼女が残してくれた希望に触れて少しずつ心を戻していったんだ。これが俺にとっての、忘れられない記憶の一つかな」
終始落ち着いた口調で話していたが、その真意は後悔や悲しみに包まれている事は明白であった。別世界のキリトもその心情を読み取って、慎重に言葉を選別しながら声を上げてくる。
「そんな過去があったなんて……僕とは違うけど、君も辛い思いをしていたんだね」
「そうだな。だから俺は、もう一人の自分にも同じような後悔をさせたくないんだよ。つまり、君にもちゃんと強くなってほしいんだ! 戦術で分からない事があったら幾らでも教えるから、今からでも特訓に付き合ってもらえないか?」
そして彼は改めて、もう一人の自分に特訓への誘いを促す。大切な仲間を失う恐怖を知っているからこそ、例え別世界の自分であっても他人事だとは思っていなかった。弱くても立ち向かう根性を、キリトは真剣に伝えようとしている。彼の熱意に触れて、別世界のキリトもその覚悟を受け止めつつあった。
「わ、分かったよ。僕だって仲間は失いたくないし、後悔もしたくない……でも、本当に特訓なんかでみんなを守れるの?」
「それは君の気持ち次第だよ。諦めずに挑戦するのも、重要だと俺は思っているよ」
「それなら、いいよ。その代わり分かりやすく教えて!」
「ああ。そのつもりでいるよ」
彼と触れれば自信が変わると思っており、率直に信じて特訓に挑もうとしている。徐々に前向きな姿勢になる姿を見て、キリトはそっと微笑んで感心していた。
「それじゃ、早速始めようか」
「うん。でも最初は、お手柔らかにしてね」
「分かっているよ」
互いに声を掛け合いながら、二人は庭にある広場へと足を進める。二刀流ならでは戦法や広いフィールドを生かした戦術を、教えようとしていた。こうしてキリト同士の距離も、また一つ縮まっていく。
「って、調理場で休憩するの?」
「そうだよ。ちょうど腹も空いたからな。間食ついでに来ただけだよ」
一方でアスナら二人が休憩に訪れたのは、アジト内に隣接していた調理場である。料理を作るには欠かせない場所であり、てっきりアスナも別世界の自分も料理上手だと思い始めていた。しかしその期待は、一瞬にして砕け散ってしまう。
〈サク!〉
音が聞こえた方へ顔を向けると、そこには堅いフランスパンを力づくで噛みつく彼女の姿が見えた。両手でパンを押さえながら、獣のように執着する姿は、まさに勇ましさそのものである。この野性的な行動に、本物のアスナはつい心を引いていた。
「フランスパンを丸かじり……調理とかはしないの?」
「調理? 悪いがアタイにとっては苦手分野なんだよ。一回だけ肉を焼いたら、前のアジトが全焼しちまって……アレ以降は戒厳令が敷かれているんだよ」
「そんな事故があったんだ……」
新たなる出来事を耳にして、彼女はさらに言葉を詰まらせてしまう。別世界の自分は料理に苦手意識があるようで、挙句の果てにアジトを全焼させた経験談まである。見た目は同じでも、得意不得意にはそれなりの誤差があるようだ。
それでも、野性的にパンを食らう姿を見てられずに、アスナはある考えを思いつき実行に移している。
「ねぇ、良ければ調理場の方を貸してもらえる?」
「ああ? 別にいいが、何を作るんだよ?」
「もちろん、私の得意料理よ!」
調理場に来ている事を逆手にとり、自らの特技である料理を披露しようとしていた。並行して互いの距離も縮められるので、本物のアスナにとっては一石二鳥である。意気込みながら彼女は、保存してある食材を手に取って、高揚した気分で調理を始めていった。野菜を切りこみ、肉をオイルに浸しながら焼き、予め半分に切ったフランスパンに挟むことで、数分も経たないうちにサンドイッチを完成させる。
「はーい、お待たせ! お手製のサンドイッチよ!」
「って、ただ具を挟んだだけじゃねぇか。肉くらいしか調理してねぇじゃねぇか」
「はいはい、皮肉はいいから。栄養のバランスを考えて作ったから、きっとアナタの口にも合うはずよ。肉が冷めない内に、頂いちゃいなさい」
もう一人の自分からの文句を受け流して、アスナは自信良く完成したサンドイッチを薦めていく。若干不満げに想いながらも、彼女はサンドイッチに手を伸ばして注意深く見た目を凝視している。温かい匂いを感じ取り、無言のまま口へと運びそのまま頂いた。
「どう、おいしい?」
「……それ以外なんて返すんだよ?」
「もう~! 素直じゃないんだから!」
予想通りにその味を受け入れており、遠回しでしっかりと褒めている。つい浮かれ気味になるアスナに対して、別世界のアスナは少し複雑な気持ちを感じとっていた。サンドイッチを食べ続けながら、何気なくもう一人の自分へ話を持ち掛けてくる。
「なぁ……やっぱりお前って、女子力がずば抜けて高いよな」
「えっ? 急にどうしたの? そんなに改まって」
「少し羨ましく思ってんだよ。おしとやかで料理も出来て、おまけに彼氏持ちなんて……性格が違うと、ここまで差が広がるのかって」
彼女は密かに感じていた性格のズレに、内心悩んでいたようだ。気性の荒い性格を分かり切った上で、もう一人の自分の女子らしさに惹かれている。今まで口にしなかった彼女の本音を目の当たりにして、アスナは意外性を感じながらも、それを踏まえてそっと言葉を返していく。
「そこは別に気にしなくても良いと思うよ。私だって完璧に女子らしいわけじゃないし、アナタにしかない個性に惹かれている部分があるもの。強気な性格とか堂々とした根性とか」
「……そうなのか?」
「そうそう。育った環境が違うから、性格が異なっても仕方ないことなのよ。他人と比べるよりも、自分の良いところを磨いた方が有意義だと私は思っているわ。当然あなたにも、きっと当てはまる事よ」
率直に感じていた考えを、しっかりと伝えていた。常識に捕らわれることは無く、自分自身の個性を受け止めたアスナなりの助言である。大人びた考えを耳にした彼女は、手にしていたサンドイッチを一旦皿に戻すと、急にアスナの手を強く握ってきた。
「ん? 今度は何?」
「感謝を伝えたいだけだよ。アタイも元の世界では自分の個性を押し殺して生きていたからな……親からはエリートになれと散々言われて、その反発心でヤンキーやスケバンと言った自由な信念に憧れを持つようになったんだ。周りと考えが違う事に気持ちを窮屈にしていたが、アンタのおかげで少しは楽になったよ。本当に、ありがとうな!」
「アレ?」
感極まった別世界のアスナは、長らく抱えてきた気持ちを赤裸々にも吐き出していく。しかし、本物のアスナは一つだけ、ある事実に疑問を抱いてしまう。真相を確かめるべく、再び質問を仕掛けてみた。
「……ちなみに、アンタの本名って結城明日奈なの?」
「おお、そうだよ。こう見えてもな、結構良いとこ育ちのお嬢なんだぜ。親の前では上品に振る舞っているが、もし不良系にハマっているなんて知ったら……考えただけでもぞっとするけどな!」
あたかも他人事のように言い放つ別世界のアスナであったが、本物のアスナにとってはあまりにも信じがたい事実である。確定ではないが、恐らくもう一人の自分との家系や教育方針は自身とほぼ一致していた。これには彼女も冷静さを失い、心の中で大きく取り乱してしまう。
(育った環境同じだったの!? 別世界の私って、親に反抗する形で性格が荒々しくなったんだ……興味が違ったら、ここまで異なってしまうのね)
何か一つでも違うきっかけがあれば、同じ人間でも対照的に性格が変わると彼女は深く理解していた。考え込んでしまったアスナとは違い、別世界のアスナは呑気にも食事を再開している。こうして二人の仲も、より深まっていた……はずだ。
そしてチサ、新八、神楽、ユイの四人は、留守番をしながら何気ない雑談を進めていた。
「それでですね、坂本さんってば交渉に失敗して、歩狩汗のアルミ缶を大量に手にしちゃったんですよ。仕方ないからリズさんに頼み込んで、アルミ缶で盾や防弾チョッキを作ってもらったそうですよ」
「へぇ~そんな事があったアルか!」
「坂本さんはこの世界でもバカなんですね……というか、アルミ缶でリズさんが武器を作り出した方が凄いかも……」
「例え別人でも、鍛冶技術は本人と同等ってことですね!」」
夢世界で起きた珍事件をチサが紹介して、ユイら三人から笑いをかっさらっている。辰真のドジな一面やリズベットの鍛冶技術の高さが垣間見えた話だった。
「チサの仲間達も、かなり個性的アルナ!」
「そうですよ! みなさんとっても強くて、頼りになるんですから」
「この人達とだったら、きっと解放される日も近いですよね」
「……うん。そうだといいですね」
神楽に続けて新八も声をかけると、急にチサは気持ちが変わったように表情を変えていく。この突然の変化に、万事屋の一面はつい戸惑ってしまう。
「アレ、チサさん? どうしたんですか?」
「おい、新八ィ! お前まさか気に障る事を言ったんじゃないアルか?」
「って、僕に責任を擦り付けないでくださいよ! そんな変な事は言ってないけれど……」
神楽は最後に言葉を発した新八に疑いを強めているが、当の本人には思い当たる節が無かった。すると、ようやくチサが口を開き始める。
「大丈夫ですよ、みなさん。少し考えていただけですから」
「そうなんですか? 本当に大丈夫なのですか?」
「ええ。解放される日も近いと思って、元の世界へ戻った時を想像していたんです。きっと私の記憶も戻って、幸せな日を送れれば良いんですけどね」
彼女が話してくれたのは、密かに感じていた帰還についてであった。エリア攻略も残りは数少なく、解放への道筋は着実に高まっている。チサは最後まで希望を捨てずに、自身の記憶も戻ると思っていたようだ。このポジティブな考え方に万事屋も感銘を受けており、早速ユイが言葉を返してくる。
「それは、きっと大丈夫ですよ! チサさんの仲間達や、私達万事屋が力を合わせれば……みなさんを元の世界へ戻せますから!」
「フフ、ありがとうね。その言葉だけでも、嬉しくて何よりだから」
自信良く万事屋の強さを自負した彼女からの言葉に、思わずチサも優しく微笑んでいた。穏やかな雰囲気が辺りに広がる中、神楽だけはマイペースにも、またも新八にちょっかいをかけていく。
「というか、ユイ! 新八だけはせめて除外しないとダメアルよ! こいつの戦闘力の九割は眼鏡だから、それが無いとレベルが初期値まで戻る設定になっているネ!」
「ええ!? そうなんですか?」
「そうアル! 別名ダメガネって言われているからナ……」
「って、神楽ちゃん!? また突拍子もない出まかせを言わないでって! ユイちゃんも簡単に信じようとしないで! ツッコミを入れるのが、面倒になるから!」
純朴なユイに対して、デタラメな設定を教え込み、悪質にも信じさせようとしていた。無論ユイも疑うことは無く、あっさりと信じて新八の手を煩わせていく。神楽は無邪気にも笑いを堪えて、この展開を面白がっている。
そんな万事屋独自の雰囲気を見て、チサは穏やかな口調で呟いていた。
「やっぱり、愉快ですね。ノリやテンションが、彼らに合っているみたいで」
家族のように仲睦まじい様子を見て、彼女は再び笑顔を浮かべている。訪れた平穏な時間を味わいながら、四人は留守番へと勤しんでいた。仲も深まりつつあるそんな時である。チサの身に、ある異変が起こってしまう。
「ウッ!? ……アレ? 今のは一体?」
頭を上げようとした瞬間に、まるで電撃が走ったかのような頭痛を感じとっていた。幸運にもすぐに収まったのだが、さらに彼女は脳裏にある記憶を映し出している。
唐突に訪れたチサの変化には、もちろん万事屋も気付いて注目を寄せていた。
「どうしたんですか、チサさん?」
「今一瞬だけ、ある記憶を思い出したんです……」
「記憶? 一体何が浮かんだアルか?」
興味深く神楽が聞くと、チサは印象に残っていた記憶について説明する。
「確か――一つ目と蛇。そして、羽を広げた鳥のマークだった気がします」
「一つ目と蛇って……」
「千佐さんが寝言で言った言葉ですよ!」
彼女からの言葉に一段と動揺するユイら三人。現実世界で眠る千佐と同じような寝言を発しており、新しい関連性が浮き彫りなった。さらに、
「でも、羽を広げた鳥は呟いてなかったはず。新しい証拠なのか……」
新八が気付いたのは新たな手がかりである。チサが頭に浮かばせていた鳥のマークは、謎を解く鍵にも繋がりそうだが、残念ながらすぐに思いつくことは無かった。
さらなる展開を迎えたのだが、意味を理解できずに事態は息詰まってしまう。
「ああ! ダメだ……上手くいかないよ!!」
「簡単に諦めるな! 剣筋は上がっているから、後は練習を繰り返せば絶対に使いこなせるよ!」
そしてこちらは、熱心にも激しい特訓を続けるキリトら二人。基礎的な戦法を教えたところで、早速キリトは応用系の技をもう一人の自分へと叩き込んでいた。次第に彼の熱意は高まっていき、自然と別世界のキリトを置いてきぼりにしてしまう。強い感情移入故の行動だが、当の本人には何一つ気が付いていない。攻撃を受けて倒れてしまった彼は、遂には無謀さを感じて深く心を落ち込ませてしまう。
「やっぱり無理なんだよ。僕は君と違って才能とかも無いと思うし、技術を鍛えたところで時間を浪費するだけだよ……」
「そんな事を言うなよ。基礎も軽々しく攻略したんだから、きっと高い難易度のある技もできるはずだ。まだ時間はあるから、根気強く挑戦しよう。さぁ、立ち上がって!」
例えどんなに諦めかけても、キリトはしぶとくも説得を続けている。思いの強さが前面に現れており、もう一人の自分を強くする事に使命感を背負っていた。優しい微笑みを投げかけて、さり気なく手を差し伸べていくが……
「ごめん。どんなに君が優しくても、期待にはもう応えられないよ」
「えっ?」
別世界のキリトは手を掴むことなく、とうとう諦めかけてしまった。ゆっくりと立ち上がり、彼は背を向かせたまま声を発する。
「少し一人にしてくれるかな? ちょっと心を整理したいんだ……」
そう言い残すとまたも森林へと逃げ込み、本物のキリトと距離を遠ざけようとしていた。
「って、待ってくれ! もう一人の俺!」
急な行動には、キリトも思わず戸惑いを隠しきれていない。咄嗟に追いかけようとしたその時。偶然にもアジト内を散歩していた銀時と鉢合わせした。
「ん? どうした、キリト? 何をそんなに焦ってんだよ?」
「ぎ、銀さん!? 丁度良かった! 森に逃げ込んだ別世界の俺を、一緒に捜索してくれないか!」
「ああ? そんな事が起きていたのか。まぁ、いいぜ。手分けして探そうじゃねぇか」
彼はすぐに状況を読み込んで、キリトと共に捜索へと協力する。すぐに森の中へと入っていき、手分けをしながら別世界のキリトを探し続けていく。
しかし、二人はまだ気付いてすらいなかった。この夢空間にて、思ってもいない人物と遭遇することに……
次の三十三訓ですが、あえて予告は作らない事にしました。決してネタ切れではなくて、ある展開を踏まえての判断です。一体どういうことなのか……それは、次回までお待ちください。(タイトルやタグでネタバレしちゃうかも)
後以前から伝えていた長篇の設定表は、明日投稿します。物語には書ききれなかった裏事情も載せておきますので、その辺も踏まえてお待ちください。