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よくも、私に呪いを。
呪いのように身体を蝕む病に内臓を食われていく。
身体の内側で不定形の蟲が我が身を食らい、ぶくぶくと肥満化していきやがて私の身体を突き破り這い出て来る。
よくも、私の父と母を。
母は狩人であり、明けない夜のうちにふらりと出て行き血の匂いを纏わせて戻ってくる人だった。父は一般的な人であり、そんな母の様相にいつも痛ましい顔をしていた。
母は血に酔う狩人だ。だが理性もある。獣となる一歩手前で踏み止まり、人としての理性を保ち父と歌を歌う、そんな人だった。
しあわせだったのだろう。
血のつながっていない父と母を想って私は熱い息を吐く。よくも、よくも、と怨嗟を吐いて血を浴びる。そいつらはきっと無罪の者たちだ。そうなりたくてなったわけではない者たちだ。だが私からしたら存在するだけで罪に値する者たちだ。死ね、死ね、死ね、殺す、殺してやる、息絶えろ、死ね、死ね。
のこぎりと鉈の仕掛け装置を片手に振り下ろす。獣が持っていたものを奪い取ったものだが、今では私の手によく馴染む。
小さな頃に、手足の長さが十分ではない幼くひ弱な私を拾ってくれた父と母。
歌を歌うのが好きで踊りも組み合わせた職に就いていた二人は、今は私の傍にいない。
記憶が遡る。大人になる前の日の蛆を思い出す。
獣狩りの夜に父が獣と化していく己の身に咽び泣き、犬の顔と相違ない顔で私に最期を求めた男を、同じように咽び泣き引き裂いて、蛆が沸くまでその身体を抱いて母の帰還を待っていた夜。
夜が明けても戻って来なかった母は、今はどこにいるのかも分からない。
十分な手足が揃った。
手足の長さはこれ以上伸びることはないだろう。
私の身体には蛆がいる。父の身体を食い荒らした蛆はころりと落ちて腹を見せ、羽化して蠅となり飛んでいく。父の身体を抱いて泣いていた私の身体の中にもころりと腹を見せる蛆がいるだろう。父を通して私にも獣が移ったことだろう。
それは呪いだ。
病と称した呪いはヤーナムから流れてきたものだ。
私の父と母は古都ヤーナムから遠く離れたところに構えられた住居の中で暮らしていた。山間部に隔離された病が何故父の身に起こったのか。それはきっと呪いであるからだろう。空気を漂い人々に憑りつく亡霊と同じく、あの古都の呪いは母を追って来て二人のしあわせを妬んだのだ。
あの街の呪いは己の内の獣を具現化させ互いを食らい尽くす血の病だ。そこには破滅を望む醜い妄執が凝り固まっている。
その呪いが私の身にも宿った。
日に日に細くなっていく己の手足。身体。痩身になり内臓も削り、軽量化された己の身体。母の部屋に掛けられていた黒の狩り装束に身を包み、訪れた夜を彷徨い歩く。
血を。獣の血を。
狩人として在る私を見つけて、人の名残を残した獣が襲い掛かってくる。
よくも、よくも、のうのうと生きやがって。
病を体現した獣共を割いていく。生意気なことに人と同じ血の色をしていた。
この街の者たちは灰色の血をしているのではなかったか。
腰に帯びていた油壺を取って獣に投げつける。油塗れになったそいつに向けて、もう片方の手に持っていた松明で殴りつける。絡んだ油は犬のように生えた毛と非常に相性が良く、よく燃える。
卑しい身体、獣性に絡んで味わうように舐める炎を払おうと叫び、転げまわる様が笑いを誘う。身体を小刻みに震わせて笑い、松明を落として腹を抱える。げぼりと唾液と血が混ざった泡が口からこぼれる。
肉の焦げる生臭い臭気と断末魔が目の前を転がり、それに向かってのこぎり鉈を振り下ろす。
死ね、そのまま死ね。生きようとするな。
罹患した病を治療してやろうと言っているんだ。そう、私が言っている。
昔はうさんくさいと思っていた教会の者の教えはひどく正しかった。
口から涎を垂らし人の血肉を食らう獣など、人であるはずが無い。
私の父はそうなりたくなかったから私に治療を求めたのだ。私はそれを叶えてやった。だから私は正しい。間違っていない。私は自身の内に蛆を飼っているが、それを逆手に取って治療を行うことができている。
母もきっとそうだったのだろう。
私の内側の蛆共が自身の血肉と似た血を求めて酔う。
もっと甘い美酒をと私の身体を食らう。痛みに突き動かされて振るう鉈は甘く生臭い血を誘発する。
あぁ、私は。
「……そこのあんた」
誰かが私を呼び止めた。
次の獣を探して彷徨い歩く私を呼び止める者など誰一人いなかったというのに。
獣共は人の言葉を使ってこちらに侮蔑の言葉を吐いてきていたが、そこに人としての理性など無かった。だが今私を呼び止めたその声には理性が宿っていた。私は声の聴こえた方を見やり、そこに黒い影があるのを認めた。
「あんた、理性はあるのかい」
年配者独特の味のある声質。女性の声と言葉に私はひどく嬉しくなった。
私には理性がある。それは人として当然あるべきもので、それを認識できている私は身に蛆を宿しながらも人として在れる者なのだ。
私は彼女の言葉に是と応え、彼女が誰かと問う。
「……そうかい。それならいいんだけどもね。あたしは狩人狩りさね」
狩人狩り。その言葉の意味を私はすぐに理解した。
狩人の装いをした獣を狩っている者か。狩人の装束に身を包んでいれば数秒は時間を稼げるだろうからな。よもやこの女性は本当の狩人を狩っているわけではないだろう。狩人のフリをした獣がここにはいるということだ。なるほど、なるほど。それならこれから気を付けるとするか。狩人と獣を見分けるために声をかけ、敵味方を判別していく。その作業が必要だった。
あぁだが。それなら、狩人狩りの彼女ならもしかして母のことを知っているだろうか?
「……ふぅん? 母を探して、ねぇ……。得物はなんだったんだい」
母が持っていたものは……、長剣の……、鞘と組み合わせると強力な武器になる……、それと、血を使用するといわれる銃を……。
「水銀弾は血を使っているから全部の銃がそれさね。長剣、ねぇ。ならあの歌謳いかね」
母は歌が好きだった。
父と一緒に歌って踊るのが好きだった。
それを職として皆を楽しませている明るい母だった。
血に飢えた獣の衝動を抑えていつも苦しそうな母だったが、それでも人間だった。
私はその人かもしれないと言うと、彼女は一歩前に出てその姿を現す。
鴉のように黒い羽を身に纏った、顔の窺い知れぬ人だった。
「……あんたは、なにをしにこのヤーナムにきたんだい?」
私は母を探しに来たんだ。
「あんたの母親がもし しんでいたとしたら?」
それでも私は母を探すつもりだ。その亡骸を抱いて、墓に埋めて、私は理性を灯した母を父と一緒に埋葬するために来たのだ。
「その身体では永くはないだろうねぇ」
それでも私は、私は母を探すのだ。
父は泣いていた。母にすまないと謝り、私にも謝り、絶望の底で生きることを諦めなければならなかった父のところに、母を連れ戻したいんだ。
明けない夜など無いはずだ。そう、何度も何度も母たち狩人は夜を明けさせた。
理性のある人間が獣を狩り、そうして平和を守ってきたのだ。
父は獣となるのを厭い、私に治療を求めて私はそれを救済した。その時の吐く息と安堵の表情を私は忘れることは無い。だから、だから私は母を探すのだ。
「あんたは夢は見るのかい」
なんの話だろう。
夜が続いても私は眠ることが無い。
蛆がガリガリと私を囃し立てるからだ。
寝る暇などありはしない。
「……あたしが決めることじゃあないんだけどもねぇ。来な。呪われた夜道を歩き続ける気があるのなら、あたしがこの夜にあんたを招いてやろうじゃないか」
……あぁ、私は。
私は母が見ていた世界とは違うものを見ていたのだろうか。
ずるりと、こぼれかけた内臓を押さえて私は彼女の後を追う。
会いたい。血に酔う母でも、父は母のことを愛していた。困った顔をしながらも母を愛していた心優しい父の下に母を連れ戻さなければ。
それが私の、小さな頃から二人に与えられている恩に報いるための事のはずだ。
身体を蝕む蛆によくもよくもと呪いを吐き、身の中に留めておけない病を吐き出して血臭を漂わせ、私は鴉の背中を逃さないように追従する。
よくも、この呪いを。
よくも、私の父と母を。
よくも、この病を。
死ね、死ね、死ね、生きるな、殺してやる、殺してやる、よくも、よくも。
ずるずると脚を引き摺った。