完全に鎮火する前に火種を拾い、獣の開きになった男にもくれてやる。
後のことは知らない。近くに木の板があるが土嚢もある。燃え広がることはないだろう。
身体の状態を整えたあと、先ほどのところに戻り転落防止用の柵に近寄り下を見る。そう高くは無い。
人家らしき建造物が並んでいる通りがあり、沿うようにそこかしこに火が焚かれていた。
荷車や馬車が留められ物が煩雑に置かれている様子は、生活感があるというよりも何かに備えているように感じる。
何かに備えている、その感覚を信じるとすると確かにあの馬車の留め方はあの陰に潜めば敵に襲撃を掛けられるだろうし、大人数で押せば壁にもなる。
道を邪魔しないように置かれた物たちも、何かに気を取られていれば足を引っ掛けそうなところばかりにあった。
さてどうするか。
近くの階段から降りればすぐにでも道に出ることができる。
建物や馬車に阻まれて先を見通すことはできないが、ゆるく曲がった先の中空には建物が見えない。あそこには開けた空間がありそうだ。
そこに向かうかと考えたが、先ほどの獣になりかけた人共を考えると他にもああいった輩がいないとは限らない。
隠れながら進む分にはいいだろうが、こう隠れ場所が少ない道だと一度見つかってしまえば戦闘になるだろう。それが一匹とかならいいが、大人数になってしまえば非力な私では抑えきれない。
私の視界から外れているもう一方の道の先を見ようと、身を乗り出そうとしたまさにその時、道を歩くモノがいた。
一番先頭に立つのは松明を掲げた男だ。
その後ろに農用のフォークを持ったモノや粗末な木盾を持ったモノ、大振りの鉈を持ったモノなどが続く。
ソイツらは一言もしゃべらずに真っ直ぐに前を見据えて歩いている。
進行方向は開けた場所がありそうな道の先だ。
私はソイツらに見つからないようにゆっくりと後ろに下がってしゃがみ込む。
階段を上って来られたりしたら厄介だな。今の私ではあの人数は無理だ。
しゃがみ込んだ体勢のまま階段横にへと身を寄せ、顔を少し出してソイツらの行方を見守る。
ソイツらは周囲をゆっくりと見回しながらも道の先にへと進んで行った。
階段を降りたすぐ近くに火が焚かれていたが、その傍に誰かがいたようだ。のっそりと動き出したソイツらも一緒についていく。
……危なかった。すぐに階段を降りずにいて良かった。
火の傍にいたのは二匹だ。
気付かずに階段を降りていればソイツらと相対し、火を掲げて歩くモノたちが合流していれば数の暴力で太刀打ちできなかっただろう。
道の先に進んでいくヤツらの背中を見送りながら、私はゆっくりと階段を降りる。
とりあえずアイツらとは逆方向に進んでみるか。
そう思い道に降り立つ。
そして気付いたが、階段の近くにあった火はどうやら普通のかがり火ではなかったようだ。
地面に突き立てられた背の高い磔台には人の形のものが両腕を広げる形で括られていた。
肉が削げ落ちて骨格が見えているそれは燃えるところが無いだろうに燃え続けている。
微かにだが油の臭いがする。
……恐らくだが、これは松明替わりなのだろう。
悪趣味だ。
火に浄化を見出すのはいいが、道具として使うのはいかがなものか。
崩してやろうかと考えたがここで音を出すのは我が身の危険がある。
今は放っておこう。
アイツらが向かった先とは逆方向に進んで行くと、見覚えのある門があった。
柵状の門の先には見たことのある風景があり、ギルバートの家に行くための梯子がかかった建物も見える。どうやら一周してきたようだ。
私は近くにあった門の開閉装置の傍に寄る。
地面から生えるように伸びた開閉装置は、私の身体の半分以上もあるほど大きい。
身体全体を使って動かそうとするがなかなかに重かった。苦労してようやく動かせば、滑車に巻き取られた鎖がうるさい音を立てて門を動かしていく。門の方も古いのか耳障りな音を立ててゆっくりと開いていった。
よし、これでいい。
ヨセフカには悪いが、いざという時には逃走経路というのは多い方が良い。
さすがに隠れ場の少ない診療所には逃げ込まないが、ギルバートの家付近なら建物の陰も多く逃げ込めるだろう。
さてと、ここから先に進んでも意味は無い。やはりアイツらが進んだ先に行かないとダメなようだ。
踵を返したその時、横目に黒く大きなモノが動いているのが見えた。
危険を感じた私はすぐにそちらを見る。光沢のある金属を纏った巨漢が、私では到底持つことのできないような大きな斧を持って私目掛けて走って来ていた。
門の横に道があったのに気付かなかった。そこから走ってきた巨漢は、フードに隠れて見えないながらも私に殺意を向けているのが分かる。
長いリーチのある斧が横凪ぎに振るわれ、私は慌てて飛び退いた。
――斧の範囲にあった馬車が盛大な音を立てて壊され、避け切れなかった先の部分が私の腹を抉った。
灼熱の痛みが腹を中心に走る。
ギッと声を上げる。飛び退いた衝撃を殺せずに倒れ込んだ。
巨漢は凪いだ斧をすぐさま手元に引き寄せ、無様に尻もちをついて腹を抑える私に向かって、跳んだ。
上段に構えた巨大な斧が、巨漢が着地するよりも先に地面に到達する。
なんとか避けようと身体をずらしたが間に合わず、私の左肩に刃が食い込みそのまま両断された。
――あぁ。
どこが痛いのか分からない。
私の傷口に寄り添った斧が引き上げられた時に神経がこすられて左半分があった場所が全て苦痛を訴える。
がふりと口から血がこぼれる。目の前が明滅する。
くそ、くそ、くそ、くそっ。
あっけない。あまりにもあっけない。
くそ、くそ、くそ、このクソ共が。
明滅する視界のなか、巨漢を睨む。
フードの下は見えない。だがソイツが私を見ているのは分かる。
私はありったけの怨念を込めてソイツに罵声を投げかけた。
腹立たしいことにソイツは首を少し傾げて私の言葉を馬鹿にするような素振りをした。
左半分から血が流れ、あまりの痛みに痙攣する喉元が血を吐き出す。
あたたかい血を失っていく身体は急激に冷えていき、寒さと痛みにがくがくと全身が震え始める。
制御の利かなくなった四肢が――今は右側しかないが――好き勝手に跳ねだした。
巨漢は何を思ったか斧柄で私の身体を突いた。
刃物がついてない木の部分で、虫が生きているかどうかの確認をするときのように突き回す。
意識はあるが死ぬのも時間の問題だ。
私は屈辱からノコギリ鉈を持ち上げようとするが力が入らずにソイツを睨みつけるしかできなかった。
巨漢は私の傷口や、顔、武器を持った右手など色んなところを突いた。
そこに感情は乗っていない。子供が無邪気に虫を突き回して遊んでいるというよりも、何か観察をしている雰囲気があった。
巨漢は何度もその行為を繰り返す。
くそ、くそ、この畜生共が。くそ、くそ、くそ……。
視界が暗転して何も見えなくなる。だが身体を突く木の衝撃はあった。
暗闇の中、怨嗟を吐きながらも光を見つける。
何かの記号が眩い光を放っているようにも見えるそれは、ぼんやりと私の脳内に焼き付いた何かだ。
脳みそが痒い。痒い、苦しい。
その部分の脳みそだけを引き千切りたい。熱い、痛い、苦しい、苦しい、…… ……。
ひかりが、よぎった。