黒々としたものが私を見下ろしている。細く長いくちばしは肉を啄ばむためだろうか。赤く色づく一対のレンズは私の死期を見定めているのだろうか。
ぼやける視界の中でそいつだけを見る。そいつは何かを言っていた。悪い夢のようなものだ、と聞こえた。
夢。
腕の内側、柔らかい部分を何かが這うのは夢だ。
ぞりぞり、じくじくと不快を伴う痛みは現実で、体の中の何かが悲鳴を上げているのはどちらなのか。
痛み、激痛に対して悲鳴を上げるのは本能的なものだが、ぞろぞろと心臓を目指して腕の内側を逆流する血の痛みには私が声をあげるほどでもない。
何かが悲鳴をあげている。私ではない。その何かが分からない。霞がかった思考を振り払おうと頭を動かすが何かに顔面を押さえつけられた。
やめろ、と声を荒げて押さえつけられた指の間からそれを見る。
あぁ、と声がもれる。
見たことのある獣が私を見下ろしていた。
私を押さえている手には人を引き裂くにも事足りる長い爪。無造作に生えた強靭な毛が顔面を覆い、瞳だけ、その部分だけが変異する前の者の面影を残した、弓なりに細められた目。
おかしい。これはおかしい。これは夢だろう。父は、獣に成り果てた父はもう腐り果てて蛆にたかられていたはずだ。よく知った獣は父の瞳を持っているにも関わらず獣性に満ちていた。お前は誰なのか。
父は母と同じく理性を灯した人間だ。見た目が獣になったとしても人の心を持つ人間なのだ。
父の瞳を盗んだその獣は、ゆっくりと獲物を甚振るかの如く勿体ぶった動作で顔を近づけてくる。生臭い息を吐き、口の端からボタボタと灰色の血を垂らす。私の顔面を覆う大きな手に力が籠められ、爪が頭の皮を裂いていく。
父を冒涜するのか。
獣風情が、呪い風情が卑しくも人間を超越したと笑うのか。
あらん限りの怒号と憎悪、攻撃性をその獣に向ける。よくも、と怨嗟を吐き捨てる。
焼かれてしまえ、と私の血に乗った呪いを相手へと被せる。
父の瞳を持った獣は私の呪詛に笑い、大きく口を開く。顔面を押さえつけていた手が横に滑り、愛しいものを扱うように指先が添えられる。口腔の赤、黒々と蠢く舌が見え、大きく大きく開いた肉質が私の頭を咥え込み、――――ゴキ、と頭蓋が砕かれ中身を飛び散らせた。
あ、あぁあああぁ?
目が見えない。ゴキリと何かが聞こえた。ずるずると何かを啜るおとが聞こえる。
? ??? !
びくりと身体がふうえて、ずるずるとなにかをすすられえ、
?? ――――……!!
しえれも、ようも ぉ、ぉくも と、わ ぁしは、
――――!! ぁ
***
「狩人、さま……? 狩人さま……?」
ゆさゆさと全てが揺れる。誰かに揺り動かされているのだと気付いた私は大きく反動をつけて飛びあがった。
うつ伏せに倒れていた状態で勢いをつけて立ち上がったものだから若干ふらついたものの、私は目の前にいる何かを視認することができた。
この世のものとは思えない端正な顔で無表情に私を見上げる女だ。……女?
状況が理解できない私はその人形のような女性の姿かたちを理解しようとうろうろと視線を彷徨わせる。
ほっそりとした顔立ちと動作に見られる女性的な雰囲気。衣服は首元にリボンが巻かれ、外套も短い。少し古めかしいが女性の格好だ。
私はぼんやりとその女性の顔を見る。
白い肌が無機質で、端正な顔立ちも相まって非現実的だ。
女性はしゃがみこんだ体勢のまま私を見上げ続けていた。
「狩人さま、私になにか……?」
人形のような女性から発せられた言葉にハッと我に返る。
い、いや……、と所在なさげに辺りを見渡す。周りの風景は私の記憶の中に無い場所で、花壇に沿うように緩やかな勾配を続ける石畳と、見上げる先には存在感のある屋敷がそこにあった。
ここはどこだろうか。
「ここは狩人の夢の中。あなたは夢を見られているのです」
夢を? ……あぁでも確かに、こんな非現実的な雰囲気のある場所なんて私は知らない。空を見上げると灰色に染まっていた。ずっと先まで雲が空を濁し、風もあまり無く花壇に咲く花も絵に描いたもののように無機質に佇んでいる。
そうか。これは夢か。
「はい。……狩人さま、変なことをお聞きしますが、私とお会いしたことはございますか……?」
ゆるりと立ち上がった女性は私よりも背が高く、今度は私が見上げる形になった。彼女の言葉に一応は考えるが、こんなに綺麗な人を忘れるわけがない。すぐさま首を横に振った。
「そうですか。……そうですね……?」
首を傾げる彼女に私も首を傾げる。
お互いなんとも言えない状態になる。
少し居心地が悪い。どう反応したら良いか分からずに困っていると、彼女が身体を曲げて頭を下げた。
「はじめまして。狩人さま。私は人形。この夢であなたのお世話をするものです。狩人様。血の遺志を求めてください。私がそれを、普く遺志を、あなたの力といたしましょう。獣を狩り……そして何よりも、あなたの意志のためにどうか私をお使いください」
人形。世話をするもの。血の意志。
一度に色んな情報が与えられて困惑する。人形のようだとは思っていたが本当に人形だとは。
使えとはどういうことだろう。彼女は獣を狩る私のサポートをしてくれるということだろうか。
戸惑っていると彼女は私の前に跪き、両手を差し出してきた。
「狩人さま、今あなたは多くの血の意志をその身にお持ちになっています。狩人さま、あなたは何を求めますか?」
何を言っているのかよくわからなかった。
途方に暮れた心境で彼女の無表情を見る。
「獣狩りの夜を渡る力に、何を求めますか?」
その言葉に目を細めた。
獣狩りの夜。あぁそうだ。そうだった。
私は母たち狩人のように獣狩りの夜に足を踏み入れたのだった。
獣を狩っている際に不便に思っていたんだ。獣を【裂く】力が圧倒的に足りないと、そう思っていた。
蛆が這いまわる私の身体は骨と皮と少しの肉で保っていた。力など入るはずも無く、ノコギリの刃で獣の強靭な毛と少しの肉を削る程度に終わっていたのだ。
私は獣を効率的に裂く力が欲しかった。
「分かりました。では、意志をあなたの力といたしましょう。狩人さま、御手を」
彼女の前に手を差し出す。
彼女は私の手を包み込むように両手を動かし、だが触れないところで静止する。
「目を閉じていてくださいね」
そう言われて素直に目を閉じる。
この感覚は知っている。手から心臓に向けて何かが逆流する温かさだ。
何かが悲鳴を上げるわけでもなく、温かなものが身体中を覆う感覚に安堵を息を吐く。
そういえば、身体を蝕む蛆共が発する痛みが無いな。……あぁ、夢だからか。
「かりゅうど さ ま ?」
目を開くと、彼女が立っていた。不思議そうに首を傾げている。私は差し出していた手を確かめるように軽く握り、動作を確かめる。
「か りゅうど さ ま、どう か され ました か ?」
いや、なんでもない。
私は力を得たのだろうか。
「は い。 りゅ ど さま、 ……これを」
人形の手が横に移動する。何かに視線を誘導させるその動きを追い、地面に生えた何かに目を向ける。
白くて小さな何か達は私に銃のようなものを差し出していた。
大きく長い銃と、それよりも切り詰めた銃。
私は自身の手を確認する。私の腕は変わらず細く頼りない。こんな成りで重たそうなものは邪魔になるだけだろう。私は短銃を手に取った。するすると地面に吸い込まれて消えた小人たち。人形に顔を向けると、彼女は相も変わらず無表情で何かを言った。
「いっ て しゃ 。 あなたの め が ゆういな も であり ます よ に」
脳みそが零れ落ちている。
それが感覚で分かった。とろとろとこぼれおちる液体に乗せて肉が流れていく。
目がぐるりと白目を剥き、ぐしゃりとその場に倒れる。
?? ? ??
夢のなかでさえも、こうも、こうなって、なるのか。
私の身体は小人たちのように地面にへと溶けていく。とろとろと、すべてがながれ出て行く。
とろとろと、みずのように、えきたいとなって、とろとろ、とろとろと、うみになっていった。
主人公のステは筋力が最低値を維持し、技術+血質or神秘を上げていく予定。体力とスタミナはそこそこ。雑魚から2、3発喰らったら死亡域。そこらへんは小説の進み具合で増えていくかもしれない。