逆巻く子   作:ふじみゃー

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原作の変更点いろいろ




 うぅ、うぅ、と息苦しさに音を漏らす。

 びくびくと痙攣する目を開くと見慣れぬ天井が見えた。

 痛みが、ある。夢の中では痛みなど無かったというのに。

 痛みから逃れようと身体をよじると、浮遊感があった。

 ガシャン! と盛大な音と共に身体が床に叩きつけられる。

 肩から落ちたらしく、薄い肉体は中の臓器を守れずに抉られるような衝撃に噎せた。

 ずるり、となんとかうつ伏せになり床を掻く。

 ガリ、ガリと爪を立てて痛みに耐える。

 

 なんとか痛みを呑み込み、周りのものを冷静に確認できるようになるのに数分を要した。

 ふぅ、ふぅと息を吐いて身体をゆっくりと起こす。二足で立ち上がった時に眩暈がした。

 蛆がまだ私の中を這いまわっている。……不愉快だ。

 

 私が今いる場所はどこかの一室のようだった。

 私が寝ていたと思われるストレッチャーは横倒しになっており、近くに点滴スタンドも倒れている。壁には戸棚があり、薬品と思わしきものや器具が多く置かれている。

 医療の場、だろうか?

 部屋の中を調べると椅子の上に紙が置かれているのを見つけた。

 

【「青ざめた血」を求めよ 母の謂れ 狩りと共に】

 

 それだけが書かれたものだ。

 青ざめた血、とは何か。それの説明も無い。

 狩りと共に、と書かれているが青ざめた血とやらは狩りに必要なものなのだろうか。

 身分の尊い者の血のことを言っている、ということでもないようだ。

 青ざめた血、凍った血? 凝固した血のことか?

 母の謂れとは、私の母のことか?

 そもそもこれは誰の字なのだろうか。

 

 考え込んでいても仕方がない。

 私はその紙を椅子の上に戻した。

 

 自身の身体を確認すると、狩り装束を着ていなかった。ズボンはそのままだが、上の黒い装束は脱いでいて中の薄いシャツ一枚だ。右腕の袖が捲られ、肘の内側に輸血用のチューブが垂れ下がっている。私はそれを取り払って床に捨てた。右腕は包帯が何重にも巻かれている。それも取り払っていく。

 包帯の下は見慣れた細い腕と、血管に沿うように何度も針を刺した跡があった。

 何度も血が流れたのか乾いた血の筋が多くある。私が寝ているうちに何かをされたようだ。

 

 私はこの医療の場に来る前のことを思い出そうとした。

 …… …… どうして私はここにいるんだったか。

 それに私は誰なのか。名はなんだったか。

 地に足がついていない、心臓を中心にじわりと不安感が広がる。自分の名を忘れるだなんて、そんなことがあるのだろうか。記憶の欠落。経験したことのない出来事に、何をされたのかと不明瞭な陰が不安を煽る。

 両親との記憶はある。私自身の記憶も……ある。

 

 私は、私は……。

 母を、探しに来たはずだ。

 今は亡き父の墓前に母の亡骸も弔うために、私は古都ヤーナムに来た……はずだ。

 ……?

 母は亡くなっていたのだったか。

 軽く痛む頭を小突いて思い出そうとする。

 …… …… 亡くなっていた、はずだ。

 母は狩人だ。獣狩りの夜を明けさせる大任を担った狩人たちの一人。その母が夜が明けても帰って来なかった。古都ヤーナムに亡骸があるからだ。ヤーナムから帰ってこない理由などそれしか無いだろう。私は母を探しに狩人となって夜に足を踏み入れた。

 大丈夫だ。……目的は忘れていない。

 

 小刻みに震える手。不安を圧し殺して母の狩人装束を探す。部屋の隅に雑に畳まれた服があり、その上に帽子も置かれていた。近くにノコギリ鉈が立てかけてあり、短銃と弾薬を入れるポーチもある。それと、見慣れないものもあった。

 手の平の中に収まる細長い銀の試験管のようなもの。尻の方に押すところがあり、頭には針が付いている。軽く押すと針の先からぽたぽたと赤い液体が滴った。指先に乗せてそれを舐めると、血だということが分かった。

 輸血用のものだろうか。

 銀の試験管の下にまたしてもメモがあった。

 

【狩りを長引かせたいなら使いな】

 

 走り書きだ。

 使う、というのはこの血のことだろうか。

 確かに、獣を狩る時に怪我などをするだろう。

 失った血を補填するための応急処置みたいなものか。

 五本分の輸血液があり、私はそれをありがたく貰うことにした。

 

 狩人衣装を着込み、両手に持った武器の動作を確認する。

 弾薬を入れるポーチには弾薬が十、短銃には七発入っている。

 重さは感じるが、取り扱うには大丈夫であろう程度だ。武器を両手に持ち、何度も握る。大丈夫だ、震えは治まっている。

 

 私はこの建物から出るために歩き出した。

 薄暗いが物の位置は分かる。ガラスが嵌められた扉を開こうとすると、それが予想以上に重たいことに辟易する。私の筋力が無いからだろう。油が差されていない両開きの扉を、両手伝いに身体を使うように押し開く。

 下に降りる階段が続き、ゆっくりと降りていく。小さな部屋に出たが、待合室なのか長椅子があった。部屋の真ん中に床板が折れて大きな穴が空いているのを見つける。まるで何かに殴られたような穴だ。

 床板に触れると結構しっかりしたものだというのが分かる。それに穴を空けるなど、相当な重い物を落としたかわざとのどちらかだろう。

 

 ぐる、と何かの唸り声が聴こえて口角が上がった。

 なるほど、ここは安全な場所では無かったというわけだ。

 足音を立てないようにゆっくりと歩いて次の部屋に行く。

 案の定そいつはいた。

 

 ストレッチャーやスタンドが多く並ぶ部屋の奥、天井に吊り下げられた灯りの下に四足の黒い獣がいた。

 そいつは倒れた人の上に跨り、床を赤く染めている。……新鮮な肉を食らっているらしい。

 幸運なことにその獣は私に背を向けていた。私はその背にゆっくりと忍び寄り、手に持っていたノコギリ鉈にありったけの力を込めて振り下ろす。

 

 肉を削ぐ感触があった。

 獣はいきなりの襲撃に驚いたのか無様に声を上げて前のめりに倒れる。

 切り裂く力が、まだ弱い。命を狩り取るほどでもなく、獣は苛立たしそうに私を振り返った。

 ぐるり、と喉を鳴らして獣が私に迫る。無駄に吼えるでもなく速やかに相手を狩ろうとする様は良い。横に大きくスイングするように爪を振るう獣に危なげなく後ろに跳んで避ける。……身体の調子が良いな。

 右、左と私を掴もうとするかのような大振りの動作に、短銃を差し込んで撃った。

 獣はそれで体勢を大きく崩す。――あぁ、ここだ。

 

 考えるよりも先に私はノコギリ鉈を落とし、その腹にへと手を刺し入れた。

 肉を貫通する感触と、肩口で聴こえる獣の息を呑む音。愉悦に目を細めて勢いよく腕を引き抜くと大量の血が溢れ出し全身に浴びた。

 獣は後ろに倒れ込み、臓物をまき散らしてびくびくと痙攣をした。

 

 生死がどうかは分からない。が、それよりも。

 全身に浴びた血の内の一部が口に入り、私はそれに嫌悪を感じ唾と一緒に盛大に吐き捨てていた。

 くそっ。

 口元を拭おうにも手が血塗れだ。

 くそっ、くそっ、くそっ。

 近くのストレッチャーの上にあった小汚い布を引っ掴み、舌に付いた血を拭う。喉の近くの舌も拭ったため吐き気がしたが、そんなことよりも獣の血が私の体内に入るのが我慢ならない。

 何度も何度も拭い、布が唾液だらけになったところで満足して放り投げる。

 

 大の字に寝ころび、びくりびくりと痙攣する獣は恐らくもう死んでいるのだろう。

 私はそれを眺めつつ考え込んだ。

 さっきの戦闘で当然のように短銃を使い腹に手を突っ込んだが、私はこんな戦い方が出来る人間だったかな。獣の近くに落ちていたノコギリ鉈を拾い、それを変形させる。

 ……この武器は、変形するものだったのか。

 

 狩人の母が一時期使っていたもので、その名称を聞いたことがあっただけだったのだが。…… ……いや、知っていた、か……?

 ガシャリ、ともう一度変形させる。

 まぁいい。蛆が齧る痛みがあるが、身体の調子は非常に良かった。まるで生まれ変わったかのようだ。

 じわりと滲む不安を呑み込み、無理にでも笑った。

 

 

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