逆巻く子   作:ふじみゃー

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 獣を裂いた後、屋内を散策しているとこの場所がなんと言われているのかが分かった。

 床に散乱していた紙にこの場所の名前らしきものがあり、そこには「ヨセフカ診療所」と書かれていた。

 知らない場所だ。あるいは忘れているのか。考えても仕方が無いか。

 床板が剥がれて廃屋手前の状態になっているが、人が出入りしている形跡があるのでここは捨てられた場所では無いのだろう。捨てられた場所だったとしたら、人が出入りしているというのなら浮浪者あたりなのだろうが生活をした跡やらそういった汚れが見られない。

 本来の持ち主が維持していると考えるのが妥当だろう。

 公的に開かれているからといって持ち主がいる場所に長居するのはよくない。早めに立ち去ろう。

 

 痙攣を止めた獣の処理はどうするか、と考えて死体を引っ張ってみたが私の体力ではどうにも動かすことが出来ない。獣に食べられていた人間のことも、この診療所の所有者に訊いてみようと思ったがいくら人を捜しても見つからなかった。

 一度外に出て敷地内も調べてみたが、墓石の立つ庭は不気味な様相をしているだけでそこにも誰もいない。

 古都ヤーナムは獣の病が蔓延する場所だ。それに伴って手当が間に合わずに亡くなった者が多いのだろう。

 私が住んでいた場所では治療を目的とする施設の敷地内に墓地があるのは稀ではあったが存在していた。だがこのように治療を求めてやってくるであろう人たちの目に触れる玄関口に立っているというのは、古都ヤーナムでの病がどれだけ深刻なのかと物語っている。

 

 なんとも言えない感情が湧く。

 それが何かを考えるのが嫌で、ノコギリ鉈をガシャリ、ガシャリと変形させた。

 

 診療所に踵を返して屋内に入る。

 手頃な紙を一枚拝借し、そこに獣に食われた人の弔いを任せる旨を書く。

 獣に関しては……いいだろう。

 人としての理性を保てずに同族喰らいをした者は人ではない。正しく獣だ。

 ここの人間に処理を任せよう。

 

 亡くなった人に向けて簡易的に祈り上げたあと屋内を出て、高い塀に守られた庭に取り付けられた二つある門のうち一つに手をかける。

 一つはどうあがいても開くことは無かった。……遠くから、何か巨大な者が歩くような音と振動が感じられたが気のせいだろうか? …… …… 今の私は自分も不明慮で確かに信じることが出来ない。もしかしたらそれは錯覚なのかもしれない。違和感を考えていても仕方が無い。

 もう一つの方は重たいが開きそうだ。両手が塞がった状態では開くことが出来ず、私は少し躊躇をした後に足元に武器を置いて力を込めて門を開いていった。

 

 ギリギリと少しずつ開いていく門。

 それを完全に開いた頃には全身で息をする程だった。

 あまりにも体力が無い。

 これもどうにかしないといけないな。

 足元の武器を拾い、門の外に足を踏み出す。

 

 ――――赤く燃える夕日の色が視界に入ってきた。

 

 ……一体、どういうことだろうか。

 この診療所は高い場所にあるようだ。

 進んで真っ直ぐ、少しの階段を降りると下が望めるテラスのようなところに立つ。

 転落防止のための柵の前で、日の終わりを告げる赤を見つめた。

 

 私がこのヤーナムに足を踏み入れたのは夜だったはずだ。

 一度夜が明けたのだろうか。

 そうなるとこれは二度目の夜か。

 私は随分と長い間眠っていたようだ。

 

 …… …… 。

 

 暖かい色に感じ入っていた。

 こんなことをしている暇は無いな。

 ふと横を見るとこと切れた人が柵に寄りかかっていた。

 痛ましい。簡易的にだがその人間に向けて祈った。

 現世で十分病に苦しんだであろう人が、せめて天上で暮らせるように。

 

 テラスを上がり辺りを見回す。

 重厚な作りの馬車が多く置かれている。

 壊されているといった風でもなく、ここにはあまり多くの獣がいないのだろうとあたりをつける。

 慎重に歩を進めていくと、市街に入るらしい鉄製の大きな門があった。そこは流石に見ただけで分かる。人の手では開かないだろう。どこかに仕掛けがあるはずだが、と柵状の門の前に立ち奥を見るとレバーがあった。

 アレか。ここからだと手が届きそうにないな。

 

 他のところを探すか、と後ろを振り返ると遠くないところに松明を持った獣が走ってきていた。

 人の形を保ち、衣服を着こんでいるがその異様な腕の長さや獣の目は誤魔化すことが出来ない。

 もう片方の手には斧が掲げられ、敵だと認識しているのが明確な憎悪のこもった目で私を見据えている。

 

 あれはもう駄目だろう。

 私の父のように、せめて人の形があるうちに終わらせる必要がある。

 なぁ、と声をかける。あんたには理性があるのか、と訊ねてみたが、獣は私にどこかに行けと叫ぶばかりで話にならなかった。

 ……人語を弄する脳はまだあるんだ。ならあれはまだ人だろう。良かった。

 

 常人よりも伸びた腕は間合いを狂わせる。

 相手に背を向けないように注意して距離を取り、相手の出方を伺った。

 斧を振り下ろし私を殺そうとするソイツは、ぼやけた虹彩で私を見ている。

 振り下ろした姿勢の時が攻め時か、と近付こうとするがそれを察知したソイツは松明を振り回して牽制する。

 動きはあまり速くは無いが松明が厄介だな。

 服に引火すると大火傷だ。

 

 なら、と銃でソイツの胴体を撃ち抜く。

 銃弾は身体を貫通せず、ソイツは少し怯んだ程度で再度私に襲い掛かってきた。

 普通の人間なら蹲るぐらいはするだろうに。

 どこかに行けと、この街から出て行けと、そう叫ぶソイツは私を確実に屠ろうと斧を振りかぶる。

 スッとソイツの間合いに入る。妙に軽い身体は私の理想とした動きをこなしてくれる。ガキンッと斧が地面に届いた頃には私のノコギリ鉈がソイツの胴体を数度切り裂いていた。

 

 苦鳴を漏らすソイツが近くにいる私に噛みつこうとしてくる。動作が獣染みている。

 距離を取るとすぐさま松明で私を殴ろうとしてきた。その顔面に向けて銃弾をお見舞いする。

 一、二、三、四、五、六。

 銃の中に入っていた弾をすべて吐き出したにも関わらず、ソイツは顔面を押さえて呻くもののまだ生きていた。ノコギリ鉈を何度も振り下ろす。何度も裂く。何度も何度も、やめろ、たすけてくれと言われても何度も。

 ソイツが地面に伏してあまりにも悲惨な姿を晒す頃には、私は身体で大きく息をしていた。

 

 これは人ではない。

 獣だ。人の形をしていたが同族である私を殺そうとしていた。

 人の言葉を扱っていても獣となりかけていたのだ。

 それを、私は、獣となりかけていた人を、人として死なせてやったのだ。

 助けを請われても、それは、それはきっと。

 私の父と同じなのだ。父は絶望の底で、生きることよりも獣となることを嫌悪していた。

 なら彼らもきっとそうなのだろう。自身が獣となりかけているのが分からずに生きようとするのは悪だろう。呪いを振りまく病原体だろう。

 自身を人として錯覚したまま死ねるのはなんと幸せなことか。

 彼らは幸せだった。

 獣という病に侵された自身を知ることが無いまま逝けたのだ。

 

 幸せなことではないか。

 

 火の臭いがする。燻った煤の臭い。焦げ臭い煙の臭い。

 膝に手を付いて息をしていた身体を起こし、地面に伏しているソイツの手から松明を奪い取る。

 そしてソイツの衣服に火をつけた。

 火は浄化の象徴だ。

 獣が混ざってしまった人。汚らわしい獣が浄化されることを願い、火に食わせる。

 私は間違ってなどいない。

 

 銃に弾薬を補充して腰にさし、松明とノコギリ鉈を持って次を探す。

 先に進むと獣が進んだ人が倒れていた。そいつの近くに何かがあったので近寄ると、二人ほど立ち上がって私に襲い掛かってきた。

 死体の振りもするのか。面倒だな。

 近寄るソイツらに松明を振りかざし距離を取らせて体勢が整わないうちに近寄り切り付ける。

 何度も裂く間に手がしびれてしまう。取り落とさないよう力を込めて振りかぶり、身体を裂いていく。

 二人が地面に倒れ動かなくなるとまた火をつける。

 …… …… …… 母を見つけたとしても、燃やさないとなぁ。

 息を切らせて、ぼんやりとする頭の隅で考えた。

 

 

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