逆巻く子   作:ふじみゃー

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 理解が追い付かない、驚くべきことが起こった。

 ヨセフカ診療所を後にした私は開いた門を通ってギルバートの家まで行こうとした。

 そう、ヨセフカ診療所の前庭にある二つあるうちの一つ、体全体を使って開いた重たい門は確かに開いていた。私が開けた記憶があるし、それに診療所の中に死体が二つあったことから私が経験したことは現実であるはずのことだった。証明がされているというのに、美しい夕日に感じ入り惚けたことを覚えているというのに、ソイツは私を見つけると「でていけ!」と松明を振り回してきた。

 ソイツは、私が確かに顔面に銃弾を叩き込んだはずの獣になりかけた男だった。

 

 目の前に迫ってきた男から距離を取り、動揺のままソイツに問いかける。

 何故生きている?

 ぼやけた虹彩が奇妙に光った気がした。ソイツは怒りの雄叫びをあげて私を殺そうとする。私は動揺していた。ノコギリ鉈を振るうことなく距離を取り続け、目の前の相手をどうするかと判断を決めかねた。

 生き返ったのか? 私みたいに? なら、とソイツに再度問いかける。

 お前は一度死んだのか。

 ソイツは怒りで相貌を醜く歪めて斧を上段から振り下ろした。

 上から振り下ろされる得物に、私が死んだ際の記憶が呼び起こされて大袈裟に飛び退いて避ける。

 

「かえせ!! ゆうじんを! おれたちのまちをかえせ!!」

 

 その言葉にさらに動揺する。

 それは何かを失った人間の叫びの声だ。

 心の底から相手を憎悪し嘆き悲しむ者の声だ。

 …… …… 性質が悪い。

 確かに彼らにも人の心が残っているのかもしれない。だが、彼らを生かすわけにはいかないのだ。血の呪いを垂れ流す彼らを浄化しないとならない。そうしないと私の父のような人が現れる。私は父の無念を晴らし、父が望んだように彼らにも等しく人として生を終わらせたいのだ。

 私は決断した。

 

 逃げ続ける私にソイツは苛立ち攻撃が大振りになる。

 私はソイツの行動を注意深く観察し、銃を握りしめた。

 ソイツが一際大きく斧を振り回した瞬間、私はソイツの胴体に向けて銃を放った。

 胴体を守るものは無い、大きく開いた胸に向けて撃たれたそれは丁度心臓の位置に着弾し、その衝撃にソイツがよろける。私はすぐさまソイツに近寄ってまだ体勢を整えていないソイツのハラワタに手を差し込んだ。

 ――私の非力なはずの手が男の背面から這い出て来る。

 

 赤く彩られた私の手。指を曲げて、勢いよく引き抜く。指に引っ掛かって引き摺りだされた臓物が地面に飛び散り、男は呆然とした表情で武器を取り落とし腹を抱えて崩れ落ちた。膝立ちになってガクガクと耐えていたが、自身の中の物が地面に落ちているのが信じられないのか浅く息を繰り返し、そしてそのまま血の海に顔を突っ込んだ。

 

 その男はまだ生きているようだった。

 悲鳴をあげるでもなく苦痛に耐える姿は痛々しい。

 私は何も人に苦痛を与えたいわけではないのだ。

 男に、人として生を終わらせられるであろう彼に慈悲を与えることにした。

 ノコギリ鉈をソイツの首に沿えて勢いよく引く。私の力では一回で切断は出来なかった。

 咽返るほどの血臭。息を止めてもう一度力を込めてノコギリを戻す。まだ切断できない。引く。まだだ。戻す。骨に当たってしまった。引く、戻す。引く、戻す……。

 ソイツは特に抵抗することなく受け入れた。

 骨を上手く断ち切ることができず、業を煮やして首の骨に向けてノコギリを振り下ろして叩き切った。ようやく切断が出来た。その頃には首は半ばまで千切れていて荒い傷口からとめどなく血をまき散らすだけになっていた。男の命はもう途絶えていた。私は重労働に大きく息を切らし、ソイツが持っていた松明を拾った。

 

 松明を持って私は考える。……燃やすか?

 一回目は彼の魂から獣が消えるようにと願って焼いたが、今現実にその男は獣になりかけた姿で私の目の前にいた。もう事切れてはいるが、彼から獣は祓えなかった。もう一度焼いたとして、彼の冥福を祈ったとしてまた同じことの繰り返しなのではないか?

 しばらくの間、首からとめどなく血を垂れ流す男の傍らに立ち考える。

 …… …… 何度でも彼らの冥福を祈ろう。

 私は彼を燃やすことにした。

 血に塗れているので燃やすのに難儀したがどうにか全身に浄化の炎を纏わすことができた。

 

 肉が焼け、脂が溶け、血が火にあぶられる生臭い香り。

 好んで嗅いでいたいものではない。

 周辺に火が燃え移りそうなものが無いのを確認して先に進んだ。市街への門は相変わらず閉じているのでまたはしごを上ることにする。はしごは私が操作しなくてももう下りていて本来の機能を果たしていた。……あぁそうだ。そういえば火炎瓶を拾ったところにもう二人、獣になりかけた者がいたな。それを思い出してそちらに近付くと死んだふりをしていた男二人が立ち上がる。

 

 その男たちと対峙したのはこれで二度目だ。なんとなくだが次にどういった行動をするのか、少しだけ予想ができた。私は彼らに背を向けて走り出し、一人が私の背に追い縋ってくる。得物を大きく振り上げて私を殺そうとする。

 すぐに振り返って得物を銃の側面ではじき、がら空きになった胴体に向けてノコギリ鉈を袈裟切りに振り下ろす。相手がよろめく。追い打ちに銃弾を撃ち込み、倒れたのを無視しもう一人の顔面に銃弾を撃ち込む。怯んだところに近寄り、首を狙ってノコギリ鉈を横に振り抜いた。だが私の狙いが甘かったらしく肩を切り付ける形となってしまった。……今度から部位を狙うのはよした方が良いのかもしれない。

 

 だが顔面なら、この距離なら狙える。顔面に向けてノコギリ鉈を振るい、ソイツの目を潰す。絶叫があがった。

 その頃には地面に倒れていた男も立ち上がっていて、私に怒りの声をあげて襲い掛かってきた。

 私はソイツに向けて火炎瓶を投げつける。残念ながら火が点いていなかったので燃え上がらなかったが、男は油の臭いに驚いて私から距離を取った。

 目を潰された男は悲鳴をあげてがむしゃらに武器を振り回している。ソイツに向けて銃弾を撃ち込み怯ませ、ソイツの手に握られていた松明を強奪して、火炎瓶の油を被った男に向けて放り投げる。

 ――男は燃え上がり、自身の身体を舐める火を消そうと踊り始めた。

 

 私は少し笑ってしまった。

 獣が火を嫌がっている。

 良いことだ。

 

 目を潰した男にノコギリ鉈を振り下ろし、何度も傷つける。その男が動かなくなるまで切り付け、終わった頃に火だるまになった男にも目を向ける。その場に立っているのは私だけだった。

 

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