彼が繋ぎ、ともに紡ぎ、生まれ変わる   作:歌詠

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1話 死者を思う(上)

 

『朱雀』と記された二つの墓石の前に膝をつきながら、献花を捧げる。

 アルファベット明記の墓石の中では、漢字は些か浮いているようにも感じられた。平日の朝方だからだろうか、俺以外には誰も人は居らず糸木のさざめく音が空間を支配する。

 

 しかし、一度も会ったことのない人物の墓石に向かうのは、初めての体験だ。

 

 

「日本は火葬が主流だけど、イタリアは土葬の方が多いんだな」

 

『最近では火葬を選ぶ人も多いらしいよ。なんでも現代の食品に入っている保存量や薬物の影響で、身体が土に還らないとか」

 

「・・・それも聖杯の知識なのか?」

 

『いや、これはマスターが寝ている間に身体をちょこっと借りて、いんたーねっとで見つけた情報だよ。墓参りに行くと言っていたからね、調べておいたんだ』

 

「あっれー!?勝手に身体使われてる・・・!?」

 

 

 俺は今、街から少し歩いた場所にある、チミテーロという場所にいる。因みにチミテーロとは、イタリア語で墓地を意味する単語だ。

 

 墓地特有の、神秘的な雰囲気が漂う。

 日本と異なり、イタリアの墓地には静謐さはあれど、陰鬱な印象はない。寧ろ、故人の写真が墓石についていたり、ブルーやピンクといった色鮮やかな造花が献花として飾られており、霊園は明るい雰囲気に包まれている。

 

 この墓地は事件で亡くなった者達のために急遽作られた場所らしい。

 墓石もそのとき用意された物であると聞いたのだが、様々な形のものがあり、一種の芸術品の様にも見えた。

 

 

 ──目が覚めると、俺はイタリアの病院にいた。

 元の身体の持ち主の少年が日本人だったので、何故海外にいるのかと少し驚いた。

 医者から聞かされた話や、時折現れ質問をしてくる黒いスーツの男達の話──盗み聞いた物も含む──等の情報をまとめてると、次のようになった。

 

 

 1、俺が引き継いでいる少年の名前は朱雀色葉(スザクイロハ)で、日本の小学4年生であること。

 

 2、色葉少年は両親とのイタリア旅行中に、とあるカルトマフィアの起こした大規模な事件に巻き込まれてしまい、唯一生存したが、1年間昏睡状態にあったということ。

 

 3、事件を起こしたマフィアのファミリー全員が、外傷のない状態で死亡しており、その犯人が未だ見つかっていないこと。

 

 

 こんなところだろうか。

 表面上は事件のショックで記憶喪失になってしまった、ということにしている。実際、朱雀色葉くんがこの世界で蓄積してきた記憶も記録も、今の俺にはないので、何も間違えではなかったりする。

 

 目が覚めてから暫くはリハビリ等の為に病院にいたのだが、デミサーヴァントとなった影響だろうか、1年間動かすことの無かった体の不調は直ぐに消え、退院することができた。

 本当なら直ぐに日本に帰らなければならないのだが・・・どうにも"マフィア"という存在が引っかかるのと、その他にも事情があって、イタリアに留まっている。

 

 

「というより、なんか既視感があるんだよなぁ・・・マフィアなんて歴史の授業で出てきた禁酒法時代のエピソードしか知らないはずなんだが・・・」

 

『まあそういった違和感は、得てして崩れるときが来るもの。頭の端に置いておくのが吉だと思うよ』

 

「そうするよ、案外早く解決するかもだしな」

 

 

 目が覚めてからは散々だった。

 事件の唯一の生き残りということで、何か覚えている事は無いのかと、質問攻めにされた。主にマフィア関係の人間に。

 

 

「しかし、聖杯って単語が聞こえたときは流石に焦ったな。贋作だしもうとっくに壊れてるみたいだけども」

 

『贋作だとしても、僕とマスターを外の世界から召還する程の力は秘めていた物だからね、あの瞬間に壊れたのは、ある意味幸運だったかもしれない』

 

「まあ絶賛イタリア中のマフィアが密かに探してるらしいからな・・・マフィアの手に渡るとか怖すぎ笑えない」

 

 

 驚くべきことに、カルトマフィアは願いを叶える願望器と称される聖杯を所持しており、儀式に用いていたらしい。聖杯についてはマフィアの残した資料から存在が確認されたが、儀式の場には残っておらず、1年経った今でも捜索中とのこと。

 ・・・しかし悲しいかな、彼らの探している聖杯は、エルキドゥが召喚された衝撃でヒビが入り、色葉少年が術式に干渉した影響で完全にぶっ壊れたので、もう存在しない。

 

 

『壊れた破片すら残っていなかったはずなのに、どうして聖杯がまだ存在しているって噂が広まっているんだ?』

 

『まあ、本当に願いを叶える願望器がある、そう信じ込んだ人間を混乱させるのには、いい手だよね?』

 

『誰かが嘘の情報を流して、マフィア界隈を混乱させていると?』

 

『あくまでも可能性だけどね』

 

 

 物騒ではあるが、十分考えられる。

 どうやらこの世界のイタリアは随分と混沌としているようだ。

 

 

 一年前の日、イタリアでとあるマフィアによる、恐ろしい事件が起きた。

 マフィアの名前は『魂の光(ラ・ルーチェ・デル・アニマ)』、表向きは宗教団体でもあったらしい。

 彼等は、英霊を崇め、顕現させる為に活動していたのだという。そして、英霊を召喚するためなら、いかなる犠牲も厭わなかった。

 結果、114人の人間が巻き込まれ、内113人が魔力源とされ死亡した。この体の持ち主である少年の両親も、亡くなってしまってる。

 エルキドゥの聞いた助けを求める声というのは、彼等の、最期の声だったのかもしれない。

 

 

 多くの人を犠牲に英霊を召還してまで、何を為したかったのか。

 その答えを知る者は、誰一人として残っていない。

 

 

  もう1つ、重要な話がエルキドゥの口から語られた。

 それは、マフィアを壊滅させた犯人についての、真相である。

 未だ見つからない犯人の正体は、なんと、色葉君なのだという。

 色葉君(かれ)が儀式に干渉した影響で、術式が暴走し、儀式を行っていたマフィア達の魂は魔力へと変換され・・・結果、絶命に至る。

 

 本意でないにせよ、この体の本来の持ち主──朱雀色葉は一矢報いたのだった。しかし、彼は望まぬ内に人を殺めてしまった。そう考えると、やるせない気持ちになる。

 

  そして恐らくではあるが、俺がこの世界に来る際に消費されたエネルギーは、マフィアの魂を置換して生まれた魔力なんじゃないかと思う。

 

 

「気が付かないうちに誰かを殺して、そのつもりはないのに踏みつけて、犠牲にして、誰が本当の被害者だったんだ」

 

『それはきっと、人によって答えは異なるのだろう。マスターは僕を悪くないと言うけれど、僕は、僕を召喚する魔力源とされた彼等に対して、“僕は何も悪くない”だなんて、口が裂けても言えないのだから』

 

「・・・誰かを助けたいと思う気持ちが間違いだったら、俺は誰も信じられなくなりそうだよ」

 

 

 そう口にして、膝についた土をほろいながら立ち上がる。

 身体を伸ばして空を見上げると、太陽がど真ん中の位置にあった

 明朝に宿泊している宿を出発してから、随分と長い時間が経ってしまったようだ。

 

 

「・・・ん、向こうの方から変な気配が近づいてきてる」

 

 

 ふいに、この墓地に向かって走ってくるような、気配を感じた。

 

 

『マスターは後でみっちり気配察知の練習をし直そうか。裏口方向の道から、3人の子供が走ってきている』

 

「やめてください死んでしまいます」

 

 

 隙あらば人を虐めようとする恐ろしい英霊に、戦々恐々としてしまう。

 デミサーヴァントとしての能力を、生かし切れていない俺にも責任はあるのだが。

 気配が近づいてくる墓地の裏口方向を眺めると、エルキドゥの言ったとおり、3人の子供が現れた。

 

 

「・・・は?」

 

 

 その姿をじっくりと観察しようとして、思わず愕然とする。

 

 ()()()()()

 

 

 赤いペンキが入った桶を、頭から被りましたと言わんばかりに、彼らは全身を赤く染めていた。

 肩で、荒い息を繰り返ししているようにみえる。

 相当長い距離を走ったのだろうか。

 墓地の裏口付近で一度、彼らは足を止め、何やら話をし始めた。

 先頭にいたパイナップルを思わせる髪型をした、黒髪の子供が墓地を一望する。

 そして、俺の存在を認識するや否や、躊躇うことなく、此方に向かってきた。

 

 

「やあこんにちは、アジア人のようですが、旅行客ですか?差し支えがなければ、街に向かう道を教えて貰えないでしょうか」

 

「・・・うわまじかナチュラルに話しかけてくるのは予想外だよ俺」

 

「・・・・・・えぇと、僕は何か変なことを言ったでしょうか」

 

 

 心情が口からポロリと出てしまった。

 血塗れの子供が、爽やか笑顔で挨拶をキめてくるのは、流石に怖いと思いました。なんか姿がぼやぼやしてるし、イタリアってグンマーと同じで修羅の国なの?

 微妙な表情で見つめてくる3人に対して、とりあえず、と俺は口を開く。

 

 

「よし、君達は今すぐ病院に行こう。もう11月の中旬なのに、その格好じゃ、ハロウィンの余韻が未だに残ってる可哀想な子供達としか見えないよ。」

 

「いや、病院には行けな・・・・・・もしかして君、幻術が効いていないんですか?」

 

 

 病院には行けないか。

 どうやら訳ありのようだ。

 まあそんな気はしていたけども。

 

 

「幻術・・・あっ、君あれか、右手が疼いたり、第三の目が開いたりする系の中学生か・・・」

 

「誰が中2病ですか!・・・ッ思った以上に消耗し過ぎていたか・・・こんな子供の目も欺けないなど・・・」

 

「君達も子供だけどね」

 

 

 どうやら突っ込みをするだけの元気はあるようだ。

 傷は多いが、彼らに付着している血液は、恐らく別の人間のものなのだろうと推測する。

 しかしどちらにせよ、今すぐ怪我の治療を行った方が良い状態であることにはかわらない。

 

 

『マスター、彼らの来た道から、5人の大人が向かって来ている。追手だろうね』

 

『あぁー遠い位置の気配のことか、後数分でここに着きそうな・・・穏やかじゃないなあ』

 

 

 血濡れの子供達が、大人に追われている。

 過程に何が起こったのかは知らないし、目の前の子供達は、唯の被害者ではないのかもしれない。首を突っ込んだところで、少しも益にはならないだろう。

 だが、こういうときの行動は決まっている。

 

 

「やらない善より、やる偽善ってやつだ」

 

「こいつ、いきなり一人で喋りだしたぴょん・・・」

 

「犬、彼も骸様と同じで、中二病なのかもしれない。そっとしておいた方がいい」

 

「千草?僕がなんですって?」

 

「・・・骸に犬に千草ね」

 

 

 どこかで聞いたことのある名前だが、今は置いておくことにしよう。

 名前を呼ばれて俺の方を見た3人に、にっこりと笑顔を浮かべながら、提案する。

 

 

「なあ、よかったら、俺の宿に来ないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チミテーロから少し歩いた場所に位置する、少し古いが、味のある宿。

 宿主は丁度買い出しで不在だったので、難なく自分の宿泊している部屋に戻ってくることができた。街の中心部からは少し離れた場所にあるので、人通りは少なく、少し寂しい。

 しかし、田舎風とした穏やかな空気が漂う、なかなか良い場所だと思う。

 

 

「あぁ、そうだ、自己紹介をしていなかった。俺はもり・・・朱雀色葉、小学4年生。見ての通り日本人の旅行客だ。」

 

 

 懐疑的な視線を寄越す3人を尻目に、自分の情報を開示する。

 どこか胡散臭そうな者を見る目が、ちくちくと刺さる。

 

 

「何処をどうみても、旅行客には見えないのですが・・・」

 

「心の目で見てみ、そんな気がしてくるから」

 

「君さっきから適当なこと喋りませんね!?」

 

「突っ込んだら負けな気がしてきたぴょん・・・」

 

 

 宿に着くやいなや、シャワー室に突っ込まれた挙げ句、包帯をグルグル巻きにされるという治療(ごうもん)を受けた三人はぐったり、といった様子だった。

 さて、どうしたものだろうか。

 そう考え始めようとしたでタイミングで、骸と呼ばれている少年が口を開いた。

 

 

「貴方、保護者はどうしたんです?」

 

 

 あぁ、もっともな疑問で、いい質問だ。

 普通、小学生は一人で海外旅行はしないのだから。

 

 

「親権を持っているという意味の保護者なら、日本にいるよ。一度も会ったことはないけどな。俺の肉親に該当する方の保護者だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()、墓に埋葬されている」

 

「・・・・・・つまり、一人だという事ですか?」

 

「そうなる」

 

 

 正確にはエルキドゥもいるから、二人、というのが正しいけれども。

 骸は少し眉をひそめてから、呆れたように溜息を吐き出した。

 

 

「小学生の割には大人びてはいますが、余りにも軽率にすぎる。普通、僕達の様な怪しい輩を、自分の宿泊している部屋まで連れてきますか?」

 

「自分で怪しいって言ってて悲しくならない?まあ、唯のお節介だから、気にするなよ」

 

「そのお節介で、僕達に危害を加えられるとか、事件に巻き込まれると思わないのかと、そう聞いているのです」

 

 

 僅かに怒気を孕んだ声色で、彼は質問を繰り返した。

 そのような返答は予想外だったため、少しだけ驚いてしまう。

 

 

「まさか心配されるとは思わなかった。骸だっけ、君、悪びれてる割にはいい奴なんだな」

 

「さっきから本当に失礼な人ですね・・・はあ、もういいです。貴方のようなタイプは、一度痛い目を見ないと学習しないのだと、相場が決まっています。精々、後から好きなだけ煮え湯を飲むがいい」

 

「そうさせてもらうさ。さて、とりあえず怪我の治療は終ったし、俺は買い物に行ってくるかな」

 

 

 部屋の時計の針は、気づけば4時を指し示していた。

 四人分の食事と、彼らの着替えを用意しなくてはいけない。

 

 

「・・・僕も同行します。幸い傷は三人の中で一番少ないですからね。犬と千草は休んでいなさい」

 

 

 少し悩む素振りをしてから、骸はそう発言した。

 恐らく俺を監視する為に同行を選んだのだろうが、正直ありがたい。

 

 

「荷物の量が増えそうだったから助かる。じゃあ二人ともお留守番よろしく」

 

「・・・骸様に何かしたら、唯じゃ済まさないから。明るい内に帰ってきなよ」

 

「肉が食いたいぴょん!」

 

「はいはい、安静にしてろよ」

 

 

 自由なことをいう千草と犬に見送られて、俺と骸は市場へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 共に宿泊する仲間が増えて、10日が経った。

 相変わらず、彼らの警戒心は残っているのだが、初日に比べたら大分と良くなった方だ。というか、「この怪しい日本人を警戒しすぎても疲れるだけだ」という結論がでたのだろう。

 今では一人で出かけても何も言ってこなくなったのだから。

 骸も犬も千草も、各々部屋の中で自由に過ごしている。

 

 

「俺に軽率すぎない?とか忠告してくた割には、自由にさせてくれるよな、骸」

 

「・・・貴方に気をやるだけ、体力の無駄だと気づきましたからね。本当に唯の観光のようですし」

 

 

 骸は本に目を走らせながら、面倒そうな態度で俺に対応する。

 彼等三人組と出会った次の日から、骸は俺のイタリア旅行──観光名所をぶらぶら歩くだけ──に着いてきたのだが、4日目からは、宿から出てこなくなった。

 俺としては一人の方が自由に動けて色々な場所に行けるので、嬉しい限りではあるが。

 

 

「あんな適当に名所巡りをして、楽しいんですか?それをあと5日も繰り返す?正直、金の無駄としか思えませんね」

 

「あー・・・まあ、楽しくはないけど、決して無駄なことではないから」

 

「どういうことです?朱雀色葉、おちゃらけた君が今更、『教養の為だ』とか言いませんよね?」

 

 

 随分な言われようだ。

 まあ、そう評価されても仕方の無い接し方をしているので、自業自得なのだが。

 少し考えてから、彼の質問に答える。

 

 

「1年前に、両親と巡ったらしい道を辿ってるんだよ。そうしたら思い出せるかもしれないから」

 

「思い出す?まさか、記憶喪失だとでも言い出すつもりですか」

 

 

 俺の言葉を鼻で笑いながら、骸は巫山戯た様子で返す。

 表面上、記憶喪失というのは当たってはいたのだが、真面目に肯定するのも面倒に感じられた。

 

 

「好きなように解釈してくれ。それじゃあ留守番よろしくな」

 

 

 そう一声残した俺は、椅子に置いてあった鞄を背負いながら、扉のドアノブに手を掛けた。

 

 

「・・・朱雀色葉」

 

 

 ふいに、骸に呼び止められる。

 姓から名にかけてのフルネーム呼びは、記号めいて聞こえた。

 振り返って向き合うと、彼は真剣な面持ちをしていて。

 何事かと問いかけようとした矢先、骸は口火を切っていた。

 

 

「ここ最近、街周辺の治安がどうも思わしくありません。・・・無事に日本に帰りたいと思うなら、路地や、人気の少ない場所には近づかない事をお勧めします」

 

「もしかして、君達の怪我とも関係がある話だったりする?」

 

「・・・さて、どうでしょうね」

 

 

 言うだけ言って、骸は手元の本に視線を戻した。

 毒を吐くような言い回しをするのに、その実、全く隠せていない彼の本心が、なんだか嬉しくて。

 あぁ、これが世に言うツンデレというやつなのだ、と気が付いたのは、旅館を出てから数分の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくら頭の構造がお気楽かつ、単純な性格であるとしても、流石に気づくのが遅すぎたと思う。

 

 

「1年前に事件を起こした魂の光(ラ ルーチェ デル アニマ)の置き土産のせいで、何処のマフィアもピリピリして嫌になるぜ。最近は子供が誘拐されてるって噂も聞くし?物騒な事この上ないな」

 

「あぁ、何でも願いが叶うとかいう聖杯だったか?夢のある話だが、とてもじゃないが信じられないな」

 

「だがあの()()()()も探してるって話だぜ。もしかしたら、本当に存在するんじゃないか?」

 

「ボンゴレが?おいおい、そいつは確かなんだろうな?」

 

 

 路地裏や酒場などの、イタリアの活気溢れる街の中心部から外れた、所謂、裏側。

 耳を澄ませば明瞭に聞こえてくる会話の中に、聞き捨てならない言葉を見つけた。

 

 

「ボンゴレ、ヴォンゴレ、vongole・・・・・・」

 

 

 単語それ自体の意味は、セイヨウアサリを材料とするイタリア料理を指す。

 スパゲティ料理の一種で、スパゲティ・アッレ・ボンコレの略である。

 しかし、『ボンゴレ』に添える単語を、スパゲティから、『マフィア』にオーダーチェンジしてみよう。

 すると、なんてことでしょう。

 

 

「家庭教師ヒットマンリボーンじゃねえか!」

 

『あぁ、またマスターが発狂してる』

 

 

 どうして気が付かなかったんだ、俺。

 毎週コンビニで立ち読みをしていた、健全な子供時代を過ごしてきた幼い頃の、記憶内にある1つの漫画。

 

『家庭教師ヒットマンリボーン』

 

 アニメ化もするほど、人気のあった漫画だ。

 数年前に各話を1度ずつ読んだとがある程度だったので、詳しい内容を聞かれると怪しいのだが、朧気ながら記憶に残っていた。

 

 

「・・・骸も、犬も、千草も、確かあの漫画の登場人物だったか・・・あれ、そういえば俺の自宅があるのって並盛って名前の町だったよな・・・?既視感の正体はこれか」

 

『案外早く解決したね。けれど、マスターの知っている物語と、全く同じ世界とは限らない。先入観はなるべく抑えた方がいいんじゃないかな』

 

「それもそうだな・・・というか、俺自身、そこまで細かい内容を覚えてないんだよな」

 

 

 そもそも、全く同じ世界だとは限らない。

 ボンゴレや骸達といった存在によって、リボーンという漫画の世界であるという可能性はある。

 だが、漫画通りの世界だと決めつけるのは早計だ。平行世界、似て非なる別世界、様々なパターンが考えられる。

 それに、熱心にリボーンを読んだ訳ではないので、記憶も朧気だ。「格好良いなあ」とか、「このシーン燃えるなあ」等と思った部分を除けば、大したことは覚えていない気がする。

 

 

「・・・一瞬凄い取り乱したけど、余り、深く考える必要はないのかもしれない」

 

『慢心とは違うようだね、理由を聞こうか?』

 

「だって、漫画の世界だとしても、俺達の目的は変わらないだろう。それに、世界が滅びるわけでもなし。悩む理由が、そもそも存在しなかった」

 

 

 登場人物達と偶然会ってはいるのだが、だからといって、何か困ることが有るわけでもない。気づいた瞬間は驚きはしたが、『漫画の世界にいるかもしれない』、ただ、それだけのことなのだ。

 なんだ、叫んだりする必要はなかったじゃないか。

 自らの奇行を思い出して、顔に血が上りそうになる。

 

 

『ふぅん、マスターはその物語に、興味や思い入れはないのかい?』

 

「特別好きな作品ではないけど、勿論あるさ。漫画は俺の生きがいで、憧れだった。だけど、今は別に優先するものがある。物語に干渉する理由もない」

 

 

『家庭教師ヒットマンリボーン』は、マフィアを扱う作品なので、当然、人が死ぬシーンもあった。

 しかし、最終的には綺麗に連載を終えた。

 とどのつまり、ハッピーエンドの物語。

 だから正直、俺が干渉するような必要性が、存在しない。

 目の前で事件でも起きない限り、俺が彼等の物語に首を突っ込むこともないだろう。

 

 

『・・・・・・素直じゃないなあ』

 

「?エルキドゥ、今何か言ったか?」

 

 

 ぼそりと、彼が何かを呟いたように聞こえたのだが、上手く聞き取れなかった。

 くすりと笑いながら、からかう様な雰囲気を滲ませて、エルキドゥは言葉を紡ぐ。

 

 

『いいや、何でもないよ。・・・それよりもマスター、気づいてる?』

 

「へ?なんのこ────」

 

「ッ君!!避けッ・・・────!!」

 

 

 ゴツンッ!!!と、鈍い音が暗い路地に轟き、身体が地面に投げ出される。

 あぁ、話に夢中になりすぎて、精神がエルキドゥのいる、内側に近づきすぎていたのだろう。

 現実が、含みのない意味で、見えていなかった。

 痛みはないが、何事だと衝突したであろう存在を確認する。

 

 

「いッたた・・・ごめん!」

 

 

 自分と同じくらいの年頃の、少年だった。

 燃えるような赤毛に、涙が滲む、真っ赤な眼。

 痣のような怪我と、身体の至る所に貼られた絆創膏が目を引く。

 倒れていた彼は、酷く呼吸が荒かった。

 汗ばんだ肌を見て、相当急いで走ったのだろうこと窺える。

 

 

「俺こそ、ぼうっとしてて────」

 

「・・・!!君、立って!逃げなくちゃ!!」

 

 

 反射的に謝ろうとして、その言葉は遮られた。

 彼の言葉の真意を探ろうとして、あぁ、と納得する。

 しかし、エルキドゥも意地が悪い。

 恐らくずっと()()に気が付いていたはずなのに、教えてくれないのだから。

 

 

「あー・・・ごめん、もう間に合わない」

 

「っえ、ぁっ・・・!」

 

 

 路地の狭い道の、前方も後方も、厳つい顔をした男達によって塞がれていた。黒いスーツに、鈍く銀色に光る刃物や、ずっしりとした拳銃を手に握り、にたにたと獲物を眺める。

 

 

「逃げるガキを追っかけたら、御代りが来るたあ、運が良いなあ?」

 

「さあて、痛い思いをしたくなかったら、大人しく着いてきて貰おうか?」

 

 

 ──最近は子供が誘拐されてるって噂も──

 あぁ、確か酒場で盗み聞いた話に、この状況に合致するものがあったな。ぼんやりと記憶を探り、眼前で何が起きているのかを把握する。・・・とりあえず、彼の思惑通りに動くとしよう。

 

 この町の悪意が、幼い少年達に牙を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と、赤毛の少年を拐かした大人達の手際は、実に鮮やかなものだった。

 大人しく従った結果、手足を紐でグルグルと拘束され、自動車に乗せられガタンゴトン。外の様子を直接確認することば叶わなかったので、意識を研ぎ澄ませ、何処を移動しているのか、探る。

 結果、町の外れに位置していたチミテーロよりも、更に奥の、人気のない空間。森の中に隠れる様に居を構える、マフィアの本拠地らしき建造物まで連れてこられた。

 

 

 ガチャンッ!と音を立てて、鉄の扉が閉じる。

 部屋に入る前に手足の拘束具は取り除いて貰えた。痛みは感じなかったが、かなり肉に食い込んでいたので、ありがたい限りである。

 少し肌寒く、薄暗い部屋に連れてこられた。部屋の中を一望すると、30数人の幼い子供達が、怯えるように座り込んでいることが確認できた。

 

 

「・・・ごめん、巻き込んじゃって・・・」

 

 一緒に連れてこられた、赤毛の少年が、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「いいって、気にしないで。俺の名前は朱雀色葉、日本人だ。君は?」

 

「僕は古里炎真(こざとえんま)・・・どうしよう、アーデルハイト達、怒ってるだろうな・・・」

 

 

 ()()()()という名前に、、一瞬ピクリと身体が跳ねてしまう。

 確か、物語の終盤に近いタイミングで登場した、シモンファミリーのボスもそんな名前だったはず。

 部屋の明かりが薄暗いお陰で、彼に俺の驚いた表情を見られることはなかった。

 何食わぬ様子を装いながら、俺は隣に座る少年に問いかける。

 

 

「怒られるって、炎真は何か悪いことでもしたのか?」

 

「・・・誰にも告げないで、こっそり家を出てきたんだ。何日か探し物をしたら帰ろうと思ってたんだけど・・・まさかマフィアに誘拐されるなんて・・・」

 

 

 酷く不安そうに顔を強ばらせながら、彼は述懐する。

 崩壊しそうな涙腺を必死に堪えて、震える膝をその小さい両手で抱き締める姿は、彼の心情を分かりやすく現していた。

 平和が壊れるのは一瞬だ。

 当たり前のように過ごしていた日々が、突然瓦解して、理不尽な悪意に晒される。そんな、大人でも耐え難いであろう事態に、未だ小学生ほどの幼い子供が遭遇してしまっているのだ。

 そりゃ、怖いに決まってる。

 

 

「アーデルハイトさんって人は、炎真の保護者なのか?」

 

「保護者・・・とも言えなくはないけど、歳は僕達とそう変わらないよ。僕の、大切な家族(ファミリー)なんだ」

 

 

 宝物を見つめるような目をしながら、炎真は答える。

 

 

「それじゃきっと、今は、怒ってないと思うよ」

 

「・・・どうして?」

 

 

 心底分からないといった様子で、彼は聞き返す。

 どのように説明しようかと、僅かに考えてを巡らせてから、俺は口を開いた。

 

 

「例えばさ、炎真の家族のうちの誰かが、いきなり居なくなったら、炎真はどう思う?」

 

「・・・そりゃ、心配するに決まってる・・・ぁ」

 

「そうそう、大切な家族だもんな。心配して、必死に探すに決まってる」

 

「そっか、そうだよね・・・・・・何だか少し、元気が出てきたよ、ありがとう」

 

「それは良かった」

 

 

 ニッコリと、口元を緩める。

 少しは彼の不安を払拭することができただろうか。

 きっと、ここから無事脱出して家に戻ることが出来た暁には、こっぴどく怒られるのだろうけど。そのことは、黙っておくことにしよう。

 うんうんと悟った表情を浮かべながら、一人納得することにする。

 

 

「ねえ、色葉くんは怖くはないの、こんな場所に連れてこられて」

 

 

 少し間を置いてから、隣からそんな声が聞こえた。こんな状況で落ち着いて、他人を励ますようなことを言う俺は、確かにアウェイな存在だ。

 不思議に思われるのも、仕方が無いと思う。

 赤い両眼から発せられる視線を浴びながら、言葉を紡ぐ。

 

 

「・・・ほら、よく言うじゃないか。止まない雨は無い、明けない夜は来ない、雲の向こうには、いつだって青空がある。今は悪い状況だけど、耐えればきっと良いことがある。だから、怖くないよ」

 

「・・・・・・────とうに」

 

「?」

 

 

 

「本当に、耐え抜いたら、良いことがあると思う?」

 

 

 

 どこまでも純粋な眼で、古里炎真はその疑問を口にした。

 それは、何を指した言葉だったのだろうか。

 

 ──止まない雨があるんじゃないか。

 ──夜が明けて、朝が来ても、夜は再び訪れるんじゃないか。

 ──雲の向こうにあるのは、青空じゃなくて、ドロドロに濁った暗闇なんじゃないのか。

 

 そのように言われた気になって、一瞬返す言葉を失う。

 眼前の小さい、幼い子供の中に、黒く塗り潰されたナニカを感じた。

 それは彼等の、“シモンファミリーの辿った歴史”が原因なのだろうか。

 軽々しく心のない言葉では、彼には決して届かないだろうことが直感的にわかる。

 

 蒼然とした空間の中で、壁に背を預けながら、互いの目を見つめる。

 数秒か、数分か、暫くの時間が経過したころ。

 肺が締め付けられるような感覚を押しとどめて、やっとの思いで言葉を吐き出した。

 

 

 

「あぁ、思うとも・・・だから、炎真も、諦めちゃだめだ」

 

 

 そうすればきっと、数年後には、良いことがあるはずだから。

 




※読みにくかったので、全体的に修正しています。
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