彼が繋ぎ、ともに紡ぎ、生まれ変わる   作:歌詠

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2話 死者を思う(下)

 

 

 誘拐された子供達の様子を観察してみると、皆一様に暗い表情を浮かべて、小さく震えていた。しかし、やけに静かだった。なぜだろうかと不思議に思っていたのだが、その疑問は直ぐに解消した。

 

 軟禁されてはいるが、拘束のされていない身体。粗末ではあるが、最低限の栄養は補給することのできる3食の食事。監禁部屋の奥には、なんとトイレもついていた。

 

 誘拐され監禁されている状態ではあるが、そこまで酷い待遇ではない。大人しくさえしていれば、傷つけられることもない。故に、反抗する気力も削がれる。実に上手いやり方だと思った。

 

 

「・・・なんだか、何も起こらなくて逆に落ち着かないね」

 

「あぁ、嵐の前の静けさってやつかもな」

 

「それ、冗談にならないからね色葉くん?」

 

「本当に申し訳ないと思っている。でもまあ、炎真も昨日に比べたら元気になったようで、よかった」

 

 

 最初は怯えて顔を青くしていた炎真も、1日経った今では子供特有の明かるい色に、肌色を戻していた。 決して元気があるというわけではないが、ずっと恐怖に支配されてるよりかはましだ。

 

 

 さて、俺はといえば、エルキドゥにこの建物の構造を探って貰っていた。

 俺自身が周囲に意識を研ぎ澄ませても、『向こうにぼやぼやした気配がある』とか、『とりあえず生き物がいるぞ』とか、そんな曖昧なことしかわからないのだ。

 同じ身体を軸にしているはずなのに、エルキドゥは周囲の構造や様々な音、人の気配などを瞬時に把握することができるらしい。

 やっぱ英霊って凄いんだなあ(小並感)

 

 そんなこんなで、エルキドゥが1日情報を収集した結果。子供の誘拐は他マフィアへの交渉材料にする目的の元に行われているということ。

 今夜ファミリーが全員この拠点に集まるということが分かった。

 

 

『まあボンゴレとか、正義の側に立とうとするマフィアに対しては、子供は良い人質だよな』

 

『確かにね・・・ところで、これからどうしようか』

 

『・・・・・・どうしようも何も、エルキドゥは捕まった子供を助けるために、わざと捕まるように仕向けたんだろ。町に捕まっている子供の気配が感じられないとかそんな理由で』

 

『誰かさんが、子供が誘拐されているって話を熱心に聞いているたからね。どうせやるなら早いほうが良いと思っただけさ。・・・実行するのなら、ここのマフィアが全員帰ってきたときがいいだろう。どうやらもうこれ以上人質は増やさないようだし』

 

『・・・あーもーなんで俺の内心漏れてんの・・・はあ、タイミングに注意か』

 

 

 何故俺はエルキドゥの考えていることが分からないのに、俺の内情は彼にばれてしまうのか。解せぬ。

 だが、これ以上子供が誘拐されないというのは良い情報だ。後は上手いこと立ち回り、マフィアを無力化、子供達を逃がせばいいだけ。

 しかし、叩くのなら一気に叩いてしまわなければ、追い詰められたマフィア達が何をしでかすかわからない。残党がまた一般人に手を出す可能性が十分にあるのだから。

 

 

『・・・そういえば一般人の子供に手を出してるんだよな、ここのマフィア。誘拐の噂も広まっているようだし、いつボンゴレとかが突入してくるか分からないな』

 

『それに、今は人質の扱いは悪くは無いけれど、この部屋から連れ出された先では、最悪殺される可能性もある。彼等が交渉を始める前に解決しなきゃだ』

 

『・・・悠長にはしてられないな』

 

 

 時刻は監禁2日目の夕方、日の沈む寸前といったところか。

 その気になれば一瞬でこの建物ごと吹っ飛ばすことは容易なのだが、今それを実行すると炎真だけでなく、他の子供達にも目撃されてしまう可能性がある。

 

 エルキドゥの能力、即ちデミサーヴァントの能力の使用には、神秘をこの身に纏うというプロセスが必要となる。FGOのマシュキリエライトが戦闘装束を身に纏うように、俺も姿を変化させなければ、十分に立ち回ることはできなくなる。

 今の素の状態だと、サーヴァント並の身体能力があるだけなので、確実性に欠ける。

 

 子供達が寝静まり、ファミリーが一同に会する今夜、一気にマフィアを無力化し、どっかに通報しよう、うん。

 

 

『完璧な作戦だな・・・俺が1日睡眠不足になるという点を除いて』

 

『はいはい、何かあったら僕が起こすから、夜まで少し睡眠をとるといいよ』

 

『エルキドゥさんならそう言ってくれると思ってました。それじゃあお言葉に甘えて』

 

 

 夕飯を胃に流し込んだばかりだったので、一眠りするのには丁度よかった。

 床にゴロンと身体を投げ出して、寝るための体制をとる。

 

 

「もう、寝るの?」

 

「あぁ、死ぬほど疲れてるんだ」

 

「何も疲れるようなことしてないよね!?」

 

 

 あははと炎真の突っ込みを流しながら俺は瞼を閉じることにした。人の気配はあるけれど、薄暗く静かな部屋は、睡眠をとるのには最高の環境だといえる。

 枕が無いので首は痛くなりそうだが。

 

 

 そろそろ本格的に意識を落とそうか、と思ったとき、廊下に新しい人の気配が生まれた。

 コツコツと足音を響かせながら、ゆっくりとこの監禁部屋を目指している。やがて、鉄の扉の前で監視役の男と言葉を交わして、鍵を開けさせる。

 ギィッと扉の開く重い音が空間に反響し、子供達の間に僅かな緊張が走った。

 

 眠ろうとしていた身体を起こして、入ってきた人物に目を向ける。そこには、マフィアの構成員だと思われる見た目をした、金髪で長身のイタリア男がいた。

 

 

「・・・・・・そこの、日本人のガキ。着いてこい」

 

「・・・俺?」

 

「お前しかいないだろう」

 

 

 男は俺の姿を確認すると、着いてくるように指示を出した。

 逆らう理由もなかったので、素直に着いていくことにする。

 

 

「色葉くん・・・!」

 

「大丈夫だ。また後でな、炎真」

 

 

 部屋を出て行こうとする俺を、炎真が呼び止める。自分も不安で仕方が無いだろうに、他人を心配し気遣うとは、中々出来ることではない。

 思いやり深い、本当に優しい子なのだと思った。

 

 金髪の男の後ろを追いかけるように歩いて行く。

 廊下の角を曲がり、辺りに他の人間がいなくなったところで、俺はわざとらしく口を開いた。

 

 

「・・・おかしいなあ、やっぱりおかしい」

 

 

 俺の言葉を聞いて、男はピタリと立ち止まり振り向いた。

 

 

「・・・何が、おかしいんだ」

 

「ここに連れてこられるときは手足を拘束されたのに、今はそれをしない。どころか、俺に背を向けて急ぎ足で歩いている」

 

「・・・・・・」

 

 

 何が言いたい、といった表情を浮かべる男に向けて、言葉を続ける。

 

 

「それだけじゃない、どうしてアンタは俺が日本人だってわかったんだ?俺は一言もSono giapponese(日本人です)なんて言ってないぞ?」

 

 

 西欧人の区別が出来る日本人が少ないように、ヨーロッパ人からすれば、アジア人なんて皆同じような造形に見えて、区別がつかないことが殆どだ。

 自分の身分がわかるような持ち物は、全て宿に残してきた。極めつけに、名前も名乗っていない。

 

 

「アンタはどうして俺が日本人だと()()()()()()()?」

 

「・・・く、クフフフフ、やはり、貴方は唯の旅行客ではないようですね、()()()()?」

 

「うわっ────」

 

 

 目の前の男の声色が変わると同時、俺は腕を引っ張られ、前方にある扉を潜った。

 

 窓から侵入する夕日の光が反射して、部屋は、一面が燃えるような赤に染まっていた。

 埃っぽい空間に列をなす棚には、銃火器や刃物、爆弾等といった、多種多様な武器が陳列していた。恐らくここは、マフィアの武器庫なのだろう。

 部屋の観察を終え、1日ぶりに浴びる太陽の光に僅かに目を細めながら、眼前の存在に声を掛ける。

 

 

「助けに来てくれたのか・・・・・・()

 

「ふん、僕は恩には報いる方なんです、感謝しなさい・・・大方、君のことですから僕の忠告を無視して、人気のない路地にでも入り込んだんでしょう?」

 

 

 馬鹿なんですか?と顔にありありと書き殴りながら、骸は呆れたように言葉を発した。

 正直なところ、彼が救出に来てくれたのは予想外だ。傷も体力も大分回復しているし、てっきり俺が宿に戻らなくなったとしても、勝手に出て行くのだろうと思っていた。

 

 

「・・・・・・何か、失礼な事を考えてないでしょうね?」

 

「いや・・・まさか、こんな危ない所に来るとは思わないから・・・純粋に驚いてた」

 

「僕は与えられるだけの関係は好まないのです・・・ほら、犬と千草を外で待たせています。それに、早く出ないと僕達も巻き込まる。急いでここから離れますよ」

 

「・・・・・・ちょま、まって、巻き込まれるってなんのことだ!?」

 

「いたたたッ!?なんですかその馬鹿力!」

 

 

 窓を開けて外に出ようとする骸の腕を、勢いよく掴む。

 慌てすぎて力の調整を間違えてしまったが、今はそれどころではない。

 

 

「あぁもう!後1時間もしないうちに、ボンゴレがここを襲撃をするという話を、君を探しているとき偶然耳に挟んだんですよ!わかったら早くその手を離しなさい!」

 

「・・・まじでか」

 

 

 パッと骸を掴んでいた手を離す。

 恨みがましい視線をひしひしと感じるが、ひとまず置いておく。

 あと1時間もしないうちにボンゴレが、此処に乗り込んでくる。今は未だ近くにそれらしき気配は感じられないが、時間がない。

 

 

「・・・ボンゴレが攻めてくれば、当然、誘拐された子供達は人質にされるよな?」

 

「えぇ、その可能性は十分にあるでしょうね。まあ、誘拐された子供が大勢いることは把握しているでしょうし、正義を名乗る彼等ですから?被害は最小限に抑えるとは思いますが・・・危険がゼロとは言い切れませんね」

 

 

 眉に皺を作りながら、骸は客観的な意見を述べた。

 慎重に動きすぎたのが仇になったのかもしれない。予想以上に、混沌とした状況になりつつある。

 予定変更だ。

 ボンゴレが襲撃してくるより早く、子供達を安全な所に逃がさないといけない。

 ゴクリと生唾を飲み込みながら、思考を巡らす。

 

 

「骸、手伝って欲しいことがある」

 

「・・・・・・はぁ、なんとなく想像はつきますが、内容次第です」

 

 

 長い沈黙の後、大きな溜息をつきながら、骸は先を促すように俺に視線を向ける。

 俺は武器庫の中を眺めながら、彼に自分の考えを話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色葉くん・・・!大丈夫?何もされてない!?・・・その人達は?」

 

 

 鉄の扉で区切られた部屋に戻ってくると、炎真の第一声が俺達を迎えてくれた。

 

 

「大丈夫、心配してくれてありがとうな。彼等は俺達を助けに来てくれたんだ」

 

 骸と犬と千草を見て投げかけられた疑問に、言葉を返す。

 

「助けに・・・?でも、どうやって・・・」

 

「今から説明する・・・皆、眠いかもしれないが、聞いて欲しい。今から、この部屋の壁を()()()()

 

「「「!!?」」」

 

 

 俺の言葉に、先程まで静かだった空間を、ざわざわとした響めきが支配する。

 眠気など一瞬で吹っ飛び、誘拐された子供達の視線が、部屋に入ってきた4人に集中する。

 

 

「ここのトイレ部分の壁を壊したら、この縄梯子を垂らしますから、僕達の指示に従って着いてきてください」

 

「爆破なんてしたら、僕達を捕まえたマフィアの連中ににばれちゃうんじゃ・・・」

 

「えぇ、ですからこの部屋の扉の鍵を壊し、侵入できないようにします。逃走ルートも既に確保してあります」

 

 

 骸のその言葉が発せられてから、再び部屋は静寂に包まれた。

 幼い少年少女の脳内で、一つのシーソーがグラグラと揺れる。

 失敗したときの大きすぎるリスクと、無事に家に帰るという魅力的な希望。

 そんな彼等の様子を理解しながら、俺は骸に続くように静かに告げる。

 

 

「これから、他のマフィアがここに攻めてくる。俺達を救出することも彼等の大きな目的の一つだろうが・・・この部屋に来るまで相当時間が掛かる事が予測される。彼等と、俺達をさらった連中、どちらが先に到達するかは、後者の方が明らかに確率が高い。そうなれば、人質にされ、最悪犠牲がでるかもしれない」

 

「「「・・・・・・・・」」」

 

 

 脅しているわけでは無く、淡々と事実を述べる。

 入り口や窓などの侵入できるポイントは、監禁部屋の近くには確認できなかった。

 そしてここは二階の奥に位置しているので、このまま留まり、救出を待つ方がリスクが高い。

 

 決意が固まったのか、俯き悩んでいた彼等は顔を上げ、静かに頷いた。

 幼い彼等に酷な決断をさせてしまい、申し訳なくなりながらも、その勇気に感嘆する。

 

 

「今から壁を爆破するのと同時に、扉を壊します。君達は耳をしっかりと塞いでください」

 

 

 骸がてきぱきと子供達に指示をし、千草が爆弾を設置、犬が扉の錠部分に銃を向ける。

 手際が良い。

 息も合っている。

 そんな彼等の動きを感慨深く観察しながらも、俺は渡された時計の針に意識を向ける。

 

 

『マスター、そろそろ、来るよ』

 

『了解』

 

 

 どうやらボンゴレの突入時間に変更はないようだ。

 ・・・骸は一体何処でこんな情報を掴んだのだろう。

 内心苦笑をして、カウントを始める。

 

 

「10秒前」

 

 

 9,8,7,6・・・

 

 

「3、2、1ッ・・・────!!」

 

 

 ドガンッ!!!

 

 

 カウントがゼロになると同時に、耳を劈くほどの爆音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボンゴレの突入作戦が開始しようとした瞬間、マフィアの屋敷を唸るような振動が支配した。武器庫にあった爆弾を屋敷の至る所に設置し、同時に起爆させたからだろう。鉄扉の鍵も壊れ、監禁部屋に続く道も瓦礫で埋もれ閉ざされたため、子供達を逃がす時間は十分に確保できた。

 骸達の指示に従い、少年少女達は次々と縄梯子を下り、脱出していった。

 月明かりを頼りに、暗い林の中を慎重に町に向かって駆けてく。

 

 

 うん、今なら悟られないだろう。

 

 

 集団を観察し、そう結論づけた俺は、彼等に背を向けて来た道を戻る。

 銃撃や爆音の振動を前方から感じながら、言葉を発した。

 

 

「"形態変化(カンビオ・フォルマ)"」

 

 

 瞬間、俺の身体を神秘が包む。

 デミサーヴァントとしての能力を最大限に発揮できる状態へと、その姿を変容していく。

 短く切られた髪は肩まで伸び、その色はアッシュブラウンから若葉を思わせる美麗な緑色に。薄いグレーの瞳は落ち着いた緑青色へ、装いは質素な貫頭衣に変わっていく。

 

 

「・・・ッ、やっぱり、まだ慣れないな」

 

 

 声も、少年のあどけないそれから、凜とした中性的なものへと切り替わる。

 沸き立つ力に、存在を押しつぶされそうだ。

 歯を食いしばり、自分を強く意識することで、耐える。

 

 幼い少年の見た目を、もう一つの在り方に────エルキドゥと呼ばれる英霊の、第一再臨状態と寸分変わらぬ姿形へと切り替える。

 実際に身体の形が粘土の様に変化したのではなく、外面的な在り方を神秘を纏う事で別の存在にした、と説明するのが適切だろう。

 

 

 地面を蹴り大きく跳躍し、空を駆ける。

 ビュウッ!と風を切る音が頬をなでた。

 そのまま数十メートル先のマフィアの屋敷の一点を見据え、突撃する。

 

 

「おじゃましまあああぁぁす!」

 

 

 彼の宝具を彷彿とさせる鮮やかな動きで、俺は屋敷の屋根を突き破った。

 ズドンッ!!という轟音が炸裂する。

 

 

「ッ!?なっなんだ!!」

 

「・・・!!」

 

 

 パラパラと屋根を構成していた木屑が降り、粉塵が視界を悪くする。

 そこにはマフィアのボスらしき満身創痍の男と、金髪金髭のアジア人男性がいた。

 

 

「・・・うん、アンタは眠ってていいよ」

 

 

 そう言いながら床を這う男の首裏をトンッ、と小突く。

 男は呻き声を上げて、意識を落とした。

 

 

「・・・お前は、何者だ」

 

 

 沈黙を守っていた男が口を開く。

 唯ならぬ殺気と、僅かな困惑が声に乗り、投げかけられる。

 

 

「そうだな、何者だと言われても返答に困るんだが・・・それよりもボンゴレ、お前達は聖杯を探してるんだろ」

 

 

「ボンゴレだと?貴様、その情報は何処で手に入れたんだ?」

 

 

 ゾワッと空気が揺れる。

 先程までの警戒する様子とは変わって、明確な敵意を滲ませた声色で男は言い放つ。

 一瞬その圧にたじろぎそうになるが、ニュートラルな表情を維持する。

 

 

「知り合いが教えてくれた・・・そんなこと、今はどうでもいい」

 

「どうでもよくなどッ────」

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

「・・・な、にを・・・!?」

 

「言ったとおり、1年前の事件でもう既にあの願望器は破損している。だから、そのように言って広めろ。これ以上、あの事件を長引かせるな」

 

「その言葉を信じろと?」

 

「・・・好きにすればいい。ただ、見つかりもしないモノを探すために、生き残った少年の病室にお前達のような人間が押し掛けて、思い出したくもない記憶を無理矢理こじ開けようとしたこと・・・そして、あの事件の様に、多くの人間を殺せば願いが叶うと思い込んでいる輩がいるということ・・・その辺を理解しながら、まだ聖杯探索なんて愚行を続けるのなら、俺はお前達を許さない。マフィアというマフィアの拠点を潰して回ることにする」

 

 

 入院していたときの苛立ちと、路地や侵入したマフィアの拠点で知った事実を抑揚のない声で述べる。

 世の中、頭のおかしい人間がどこにでもいる。

 記憶喪失(という設定)の事件に巻き込まれた少年に、事件の時の様子を思い出せと迫ったり、『魂の光』のように虐殺をすれば聖杯が現れるんじゃないかとか思い込んだり。

 道徳を母さんの腹の中に置いてきたの?病んでるの?という人間だらけで正直引いた。

 

 

「・・・・・・その話は本当なのか?」

 

 

 冷や汗を浮かべながら、動揺した様子で男は聞き返す。

 あぁ、本当に知らないのか。

 薄く溜息を吐きながら、呆れたように口を開く。

 

 

「そのへんの路地や、怪しそうなマフィアの拠点で聞き耳を立てれば分かるだろうさ。本気であの事件を繰り返すような計画を立てている者達がいるのだと。後取り騒動なんざに気をやってるから、今回のような誘拐事件も起こるんだ。しっかりしろよ、自称正義の味方」

 

「うぐっ・・・」

 

 

 痛いところを突かれた、といった様子で男は身体をびくりと跳ねさせた。

 先程までの緊張感はどこへやら、部屋はお通夜ムードで一杯だ。

 もうここに残る理由もない。

 そう思い、穴の開いた屋根上へと跳躍する。

 

 

「ま、待ってくれ」

 

 

 微妙な表情を浮かべながら、情けない声をあげて、金髪の男は静止するように待てという。

 早く戻らないと、そろそろ骸達に気づかれる。

 

 

「なんだよ」

 

「君は、何者なんだ」

 

「またそれか、教える気はないと────」

 

「俺は沢田家光という。君の名前だけでいい、教えて欲しい」

 

 

 沢田家光。

 それは、主人公の父親の名前だったはず。

 家光の部分の記憶が怪しいが、沢田と名乗った上にこの金色の髪と髭。

 確定と言っても良いだろう。

 

 

「お前とか、貴様とか、君とか、二人称がコロコロと変わるな・・・俺は・・・俺は()()()()()

 

 

 咄嗟に思いついた名を口にする。

 嘘で形作られた今の朱雀色葉という存在を指す、ピッタリの名前。

 

 

「・・・偽造者(フェイカー)、か」

 

Arrivederci(さようなら)、ボンゴレの沢田家光」

 

 

 そう言い放ち、俺はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルルル、と渡されていた端末が振動する。

 やっべ、と思いながらも、手に取りボタンを押す。

 

 

「も、もしも~し」

 

『──貴方ッ!今どこにいるんですか!』

 

「うわっ・・・吃驚した。鼓膜とお別れするかと思っ──」

 

『ど、こ、に、いるのかと聞いてるんです!!』

 

「ひぇ・・・今は骸達と会った墓の辺りです・・・ちょっと迷子になって・・・」

 

『はぁーー?(激重溜息)君そろそろ廻らせますよ?何がどうなってたら迷子になるんですか?』

 

「・・・木の根に靴紐が引っかかって・・・気づいたら集団を見失ってて・・・」

 

 

 本当はマフィアの屋敷に戻っていたのだがそんな事も言えないので、予め考えておいた言い訳を述べる。

 正直、反省はしている。勝手に捕まり、それを助けに来てくれただけでなく、他の子供達の救出に力を貸してくれたのだ。

 自分が骸と同じ立場だったらブチ切れる自信がある。

 

 

「迷惑かけて本当にごめん、心配してくれて有り難う」

 

『・・・勘違いしないでください、心配などしていません。呼んでおいた警察に子供達は保護されました。貴方はさっさと宿に戻ってきなさい』

 

「はい・・・」

 

 

 親に怒られる子供のように縮こまりながら、夜の墓地を急ぎ足で駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿に戻り部屋の扉をこっそりと開けると、部屋の中には骸と犬と千草、そして炎真がいた。

 

 

「あれ、どうして炎真もいるんだ?」

 

「開口一番がそれですか」

 

「・・・えっと、その節は真に申し訳ありませんでした・・・」

 

 

 ギロリ、と骸に睨まれて、謝罪の言葉を口にする。

 本日何回目かわからない溜息を吐き出しながら、骸は言葉を発する。

 

 

「まあ、いいでしょう・・・全く、貴方本当に────・・・」

 

「ん?」

 

「・・・いえ、何でもありません。犬、千草、行きますよ。借りは返しましたからね」

 

 

 何かを言いかけた口を噤み、椅子に降ろしていた腰を上げて、骸は扉の方へと歩いて行く。

 俺が帰ってくるまで律儀に待っていたのだろうか。

 

 

「じゃあなースザク、肉食わせてくれてサンキューな」

 

「死にたくないなら自重して生きなよ。じゃあね」

 

「あぁ、二人も元気で」

 

 

 犬と千草が口々に言葉を投げかける。

 なんやかんや、色々あったが、この数日間は俺も楽しかった。

 

 だからだろうか。

 

 

「なぁ、骸、知ってるか」

 

 

 背を向ける彼に向かって、独り言を呟くように言う。

 

 

「人は、誰かを殺せば、自分も一緒に殺すことになるんだ」

 

 ピタリと歩みを止めて、怪訝そうな雰囲気を醸成しながら、彼は振り返る。

 

「面白いことを言いますね。それで?君は僕に人を殺すなと言うのですか?」

 

 

 失笑しながら、くだらないことを宣うなと、吐き捨てるように彼は返答した。

 濁った黒い目を、憎しみに濡れる眼を眺めながら、俺は正直に思ったことを口にする。

 

 

「だって、死んでほしくないんだ」

 

「ハッ、僕達が殺されそうになったとしても、相手に手を出すなと言うのですか?」

 

「違う・・・俺は、骸に、骸達に、死んで欲しくないんだ」

 

「は・・・────?」

 

「殺した側の人間は、相手の尊厳と過去を──死を、背負わなければならない。だから人を殺せば自らも死ぬ。無責任かもしれないけど、俺は、お前達が何度も死ぬのが、堪らなく嫌なんだよ」

 

 

 人が、人を殺せるのは一度だけだという言葉がある。

 しかし現実問題、人間は幾つでも命を殺めることができる。

 人でなしにはなるだろうが、人間という生物であり続けることは変わりようがない。

 殺人鬼と呼ばれても、その鬼は化物であると同時に人間でもある。

 

 だから、誰かを殺すたびに、殺した側の人間も死に続ける。

 死を、罪を背負わなければならない。

 

 

「死ぬのは痛い、死ぬのは怖い。何度も繰り返せば感覚が麻痺して、生きているのか、死んでいるのか、分からなくなってしまう。だから俺は優しいお前に死んで欲しくない。・・・少しだけで良いから、この言葉を覚えてて欲しい」

 

 

 馬鹿みたいに必死になって、無茶苦茶に、語りかけた。

 当たり前に人が人を殺すマフィアの世界で、人を殺すなというのが、どれだけ愚からしいのかは理解している。

 ・・・それでも、俺は無責任に自分の願いを主張した。

 少しでも彼等が、死なないように。

 

 

「・・・今時そんな事を話すお人好しの馬鹿は中々いないでしょうね。しかし残念ですが、君のその願いは、最初から何も意味を為さない」

 

「・・・どうしてだ?」

 

 

「僕は骸、既に死んでいる人間です。ですから、もう死ぬことは、一度たりともないのです」

 

 

 クフフと、彼特有の笑い声を静かにあげながら、骸は去り際に言葉を残していった。

 3人が消え、部屋は俺と炎真の二人だけになって、静寂に包まれる。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 既に死んでいる人間は、死ぬことはない。

 それはつまり、人を傷つけた際に生じる痛みも後悔も、感じることができないのと同義だ。

 人は痛みが無ければ生きることが出来ない。

 生きている実感を持つことができない。

 それでは、既に自分は死んでいると言う彼は────

 

 

「色葉くん」

 

「っ・・・」

 

 

 掛けられた声に、思考を戻される。

 どうも俺は考えすぎると、目の前にあるものが見えなくなる質らしい。

 精一杯の笑みを唇に乗せて、誤魔化すように話し始める。

 

 

「ごめん、ちょっとボーッとしてた。えっと・・・炎真、どうして警察について行かないで、こっちの宿まで来たんだ」

 

「あ、えと・・・お礼が言いたくて」

 

「お礼・・・?」

 

 

 覚えのない理由に、疑問符を浮かべる。

 

 

「骸って人から聞いたんだけど、あの作戦は色葉くんが提案してくれたんでしょ?だから、助けてくれて、ありがとう」

 

「・・・・・・」

 

 

 素直に、その言葉を受けとめる事が出来ず、黙り込んでしまう。

 炎真と捕まったあの瞬間、助けようと思えば、彼だけでも逃がすことはできた。

 1日、あの薄暗い不気味な部屋で、震える必要はなかったのだ。

 しかし、俺は自分の事情で、それをしなかった。

 だから、俺は炎真の感謝の気持ちのこもったその言葉を、受け取る資格はないのだ。

 

 

「・・・ごめん、炎真」

 

「え、どうして謝るの!?」

 

「いや、何でもないよ。それよりも、炎真。帰らないといけないんじゃないか。君の家族(かぞく)が待っている」

 

「かぞく・・・」

 

 

 言い淀み、炎真は暗い表情を浮かべた。

 そして、僅かに逡巡してから、言葉を紡ぐ。

 

 

「色葉くんになら言ってもいいかな・・・僕の、僕の本当の家族はさ、もういないんだ」

 

 

 口を開いた彼は、ゆっくりと噛み締めるように、話し続ける。

 

 

「父さんと母さんと、生意気だけど可愛い妹がいて、毎日が、宝物のように輝いた、穏やかで優しい日々・・・・・・でも、ある日突然、そんな時間は終ってしまって」

 

 

 両手を握りしめ、耐えるように歯を食い縛り、彼は語り続ける。

 

 

 

「だから、聖杯の噂を聞いたとき、気がついたら、家を飛び出していたんだ」

 

 

「・・・聖杯の、噂」

 

「うん、何でも願いを叶えてくれる、黄金の杯・・・そんな、お伽噺のような話、今時信じる人なんて余りいないのにね・・・それなのに、僕は夢にみたんだ。あの大切な時間を、取り戻して、もう一度、父さんと母さんと、真美と一緒に、笑い合える日が来るって・・・!」

 

 

 壊れてしまいそうな笑顔を浮かべて、古里炎真は叫びをあげる。

 きっと、藁にも縋る思いで、信じてしまったのだろう。

 失ってしまった時間を、取り戻すことが出来るかもしれないという、幻想を。

 

 

「炎真────」

 

 

「でも、もうそれも止めることにしたんだ」

 

 

 涙を拭いながら、少年は言葉を続ける。

 

 

「今回のことで結構反省してさ・・・僕がこうして飛び出したせいで、今の、僕の家族(ファミリー)に心配を掛けてしまって・・・それであの薄暗い部屋の中で一晩考えて、気づいたんだ。本当に見るべき大切なモノが、今の僕には、何も見えていなかったんだって」

 

「・・・凄いな、炎真は」

 

 

 目の前にいる幼い少年が、とても大きな存在に見え、思わず感嘆の声を漏らす。

 まるで万物を載せる、広大な大地のような、力強い決意がそこにはあった。

 

 

「死者は蘇らない、起きたものは戻せない。例えそれができたとしても、やり直しちゃいけない。・・・だって、それをすれば全部嘘になる。その痛みと重さを抱えて進むことが、生きるということ、なんだよな」

 

 どこかの世界の、正義の味方が叫び、決断した、その言葉を呟く。

 決して、簡単にできることではない。

 しかし、俺達は、今この瞬間を生きなければならない。

 大切な人の死も、悲しい現実も、全てを飲み込んで進まないといけない。

 

 

「痛みと重さを抱えるのが、生きること・・・あはは、耐えられるかなあ・・・でも、耐えないと。耐えて、僕はいなくなった人の分も、生きていかなくちゃいけないんだ」

 

「一人で背負い込む必要もないさ。だって君は一人じゃない。手と手を繋ぎあえる家族(ファミリー)がいる。家族(ファミリー)と一緒に、支え合って歩いて行けば良い。それに、過去の想いは、何も苦しいものだけじゃない・・炎真を愛する人達は、炎真の中に残り続けて、君をずっと守ってくれる」

 

「っ・・・うん、うん・・・そうだね、僕はあの時からずっと一人じゃない────独りじゃ、なかったんだ・・・───ねえ色葉くん、お願いがあるんだ。僕と、友達になってくれないかな」

 

「・・・・・・俺みたいなのと・・・その、いいのか?俺、友達いないよ」

 

「じゃあ僕が、色葉くんの友達第一号になるね。これから、よろしく」

 

 

 眼前に、幼い少年の手が差し伸べられる。

 一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇して、その輝かしいモノを見つめてしまう。

 

 

「・・・こちらこそ、よろしく」

 

 

 差し出された手を、しっかりと、その温度を握りしめる。

 ──繋いだ手だけが紡ぐものあるのだと、ぼんやりと感じた。

 互いの顔を確かめ、その悲惨な有様に、思わず笑い出してしまう。

 一方は、涙でグチャグチャになった顔。

 もう一方は、複雑な気持を隠せず困ったような、しかし恥ずかしさで染まった赤い顔。

 やがて一頻り笑い終えて、俺達は自分の居場所に戻るための、準備を始めることにした。

 

 

 

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