行間の使い方を少し、変えてみました。
キーンコーンカーン──
「はぁー・・・」
放課後。
けたたましく鳴り響くチャイムの音を、煩わしく感じながら、俺は薄く息を吐いた。
授業が終り、生徒達が嬉々として教室を出て行く。
「うぁぁ・・・」
嫌だなあ、怠いなあ、面倒くさいなあ。
そんな堕落的な感情に身を任せて、俺は冷たい学習机に顔を埋める。
溶けかけたアイスや、スライムのように。
耳を澄ませば、チクタクと時を刻む時計の音や、部活動に勤しむ元気な生徒の声が聞こえる。
教室にぽつりと一人。
風に揺られるカーテンだけが、この空間で唯一、動くことを許された物体となっていた。
──コツコツコツ
暫く何もせずにいると、誰かの廊下を歩く音が、静かな空間に木霊した。
音はたった一つ。
しかしその靴音は、訓練された軍人を彷彿とさせる厳かさがあった。
複数の足音が集まれば、統率された軍隊の行進のようになるだろう。
足音は開け放たれた扉を潜り、後方の席で項垂れている俺の前でピタリと静止した。
「朱雀色葉だな」
「・・・うわーリーゼントとか初めて見た」
ガッシリとした体格の、老け顔の中学生が俺の前に立っていた。
立派なリーゼントを頭に乗せて、口には葉っぱを咥えている。
何というか。
凄い、ワイルドです。
「委員長がお呼びだ。至急、応接室に向うように」
「・・・・・・はい」
草を落とさないで話すとか、器用か。
内心そんなツッコミをしながら、小さく返事をする。
重たい身体に鞭を打ち、ゆっくりと身体を起こす。
そして、机の横に置いた学校カバンを手に取り、俺は先導するように進みだした男の後ろを、のろのろと着いて行った。
***
廊下には誰も居らず、ガランとしている。
『応接室』と室名札に記された部屋の前で、リーゼントの男は立ち止まり、三度、ノックをした。
「委員長、連れてきました」
そう言い、男は扉を開け、俺を部屋の中へと促す。
嫌々ながらも、その指示に応じることにする。
俺は鈍い足取りで、廊下と応接室の境界線を潜った。
パタリと後ろの扉が静かに閉まる音がする。
部屋には俺と、奥の椅子に腰掛ける男の二人だけとなった。
「やあ、遅かったね」
椅子に腰掛けたまま、彼は無表情でそう言った。
つまらなそうに頬杖をつきながら欠伸をする男に、俺は不満をぶつけるように呟いた。
「・・・別に、迎えを寄越す必要はなかったんじゃないか?学ラン──いや、
「君は"明日"としか言わなかったからね。大方、僕が帰るまで待つ気だったんだろう。君の悪足掻きに時間を割く気はないよ、朱雀色葉」
雲雀恭弥。
並盛中学校の風紀委員長にして、不良の頂点に君臨する学生。
綱吉はまだ彼のことを知らないようだったが、時期にその恐ろしい噂を耳にするだろう。
雲雀は椅子から腰を上げ、俺と向かい合うように立ち上がった。
「さて、約束を果たしてもらうよ」
「・・・まあ、そう急くなよ」
黒く塗りつぶされた瞳に、爛々とした光を灯しながら、雲雀はトンファーを強く握る。
なんて繊細な敵意を向ける男なのだろうか。
ピリピリと、空気が張り詰めるのを感じる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・」
「・・・」
・・・うん、よし。
俺は臨戦態勢に入った雲雀から視線を外し、担いだカバンに手を突っ込む。
ゴソゴソと教科書や筆記用具を掻き分けて、目当ての品を手に掴む。
そして、徐にそれを眼前に晒し、彼に差し出した。
「はい、どうぞ。お納めください」
「・・・・・・は?」
俺の手には『並盛黒糖まんじゅう』と書かれた薄い箱が握られている。
雲雀は数秒間その物産品を凝視してから、どんよりとした目つきで口を開いた。
「・・・なに、これ」
「何って、礼をすると約束したじゃないか。昨日はどうも有り難う、俺に話を合わせてくれて」
「・・・・・・・・・」
「朝一で買いに行ったんだよね。開いている物産品店があって本当によかった」
「・・・・・・」
「うん、まあそういう訳で。約束はちゃんと果たしたぞ学ラン」
「・・・ねぇ」
「それじゃあ綱吉も家で待ってるし、俺はこの辺で────」
ヒュンッ
笑顔で別れを告げようとする俺の右頬に、赤い線が走った。
俺の後ろの壁には、丸い弾痕が出来ていることだろう。
雲雀の右手に握られたトンファーの先端から、白い煙が上がっている。
「・・・このまま、帰すと思う?」
「はははまさか・・・いやぁ、トンファーから銃弾がでるとか、浪漫だな」
「そう、じゃあ僕好みじゃないけど──」
雲雀は器用に、俺に向けていない方のトンファーを回転させ、先端を俺に向けた。
両手を交差させるようにして、その得物の標準を定める。
そして、静かに笑みを湛えながら、宣告した。
「撃ち殺す────!」
「────ッ」
ダンッダンッダンッダンッダンッ──!!!!
腹に響く衝撃音が炸裂した。
右手のトンファーから2発、左手のトンファーから3発の弾丸が射出される。
着弾先は、頭部、心臓、腎臓、膝、アキレス腱辺りか。
「んのッ──!!」
両の手に魔力を這わせ、瞬間的に強度を上げる。
キィィンッ!!
火花が弾ける。
甲高い金属音を鳴り響かせ、二振りで五発の弾丸を叩き落とした。
「やる、ねッ──!」
「あぁくそ!」
目の前の懐に、雲雀の影が迫っていた。
引き金を引いた直後に地面を蹴ったらしい。
ビュウッ!と空を裂き、彼は左手のトンファーを振るう。
一撃目。
俺はその攻撃を滑るようにして足を引き、避ける。
そして息つく間のない、二撃目。
彼の右手に握られた得物より、鋭利な刃が現れる。
「──銃刀法って知ってるかッ!!」
「今更だね」
後方に下がった勢いを殺さぬまま、強く壁を蹴り、雲雀の頭上を跳躍。
連撃を避けきる。
そして、綺麗な放物線を描くようにし、窓際に着地した。
「狭い室内でよく動くね。まるで曲芸だ」
「それはお互い様だろう」
図らずも、俺と雲雀の初期位置と入れ替わった状態になる。
応接室の入り口付近で直立する雲雀に、うんざりとしながら、俺は言葉を発する。
「・・・もう、やめないか。お前に戦う理由があったとしても、俺にはない。それに、これ以上続けたとしても、お前の牙が俺に届くことはない」
「へぇ、言うじゃないか。だけど、その提案は呑んであげない」
「・・・・・・後悔するぞ?」
「後悔させられると思う?」
「・・・あぁ、そうか・・・骸の気持が今なら分かる。お前は"痛い目を見ないと学習しないタイプ"ってやつなんだろう?よしよし、いいだろう。俺も本気を出すことにした」
「・・・やっと、やる気になったね」
雲雀はトンファーを構え直し、動きを止める。
俺の出方を伺っているらしい。
先程までと、纏う空気が変わっているように感じた。今しがた行われた怒濤の連撃は、小手調べといったところか。
本当にこの男は中学生なのだろうかと疑問を抱いてしまう。イタリアにいた下手なマフィアよりも余程、強い。そして、発する殺気が尋常ではなかった。
『エルキドゥ、少しだけ、力を借りる』
『いいよ、的確に行こう』
『応ともさ──!』
神秘の力を呼び起こす。
姿は変えない。
内から溢れ出る魔力を制御し、思い描く形に昇華させていく。
身体と踏みつける足場を繋げ、境界線を薄くしていくイメージで、高らかに声を上げる。
「星に刻まれし傷と栄華、今こそ歌い上げよう────
「────ッ!?」
瞬間、天井から三本の黄金の鎖が出現し、雲雀に巻き付き、拘束した。
足に二本、両手と腰を纏めるように一本。
そして絡め取られたまま、彼は宙吊りにされる。
肩に掛けていた黒い学ランが、パサリと地面に落ちた。
「うんうん、気配感知は壊滅的だけど、こっちの能力は素の状態でも、少しだけなら使えるようになったんだよな」
「くっ・・・このッ!」
「やめとけ、炎を灯せない今のお前じゃ、その鎖を壊すどころか、傷つけることすら出来ないだろうよ」
ギリギリと、抵抗すればする程、拘束は強くなる。
足と両手、腰のみで全身を支えるのは、相当身体に負担をかける行為だ。
まして逆さ吊り。
長時間続ければ、頭に血が登り、意識を失う可能性もある。
「タロットナンバー12、"吊された男"・・・正位置での意味は修行、忍耐、奉仕、努力、試練、着実、抑制、妥協・・・・・・修行と努力、着実以外は、足りてないんじゃないか?」
「噛み、殺すッ・・・!!」
「元気なことで。まぁ暴れない方がいいぞ、無駄に疲れるからな・・・なあ雲雀、俺と取引をしよう」
「・・・・・・」
俺の言葉を無視し、彼は拘束からの脱出を試みる。
しかし黄金の鎖はジャラジャラと音を鳴らすが、傷つくことも、緩むこともない。
暫くして諦めたのか、彼は身体に加えていた力を手放して、ブラリと宙に漂った。
「・・・この状況で、何を言うかと思えば」
「あぁいや、一方的な要求はするつもりはないし、そういうのは取引だとは思ってないから安心してくれ。ちゃんと双方に理のある案を出すつもりだ」
「・・・・・・理解できない。どうして君は、僕に止めを刺さないの?」
「雀刺しをご所望か?残念だけど、俺は平和主義の偽善者だ。お前の悪趣味に付き合うつもりは毛頭ない」
「・・・チッ・・・生意気な焼き鳥」
「有り難い神獣の名前を美味しくするんじゃありません!!・・・・・・あぁもう」
確かに朱雀は中国の五行学説においては火に対応する、神聖な鳥ではあるけども。
四神を焼き鳥呼ばわりするのは、失礼極まりない気がする。
肺の酸素を吐き出しながら、左手で頭を抱え、自分を落ち着かせる。
こめかみグリグリと手で解し、視線を雲雀に戻しながら口を開いた。
「俺からの要求は二つだけだ。一つ、俺が表沙汰にしない事柄や、操る異能を他言しないこと。二つ、沢田綱吉に手を出さないこと」
「・・・それで?その代わりに、僕が得られるものは何?」
「・・・・・・俺が、お前の鍛錬の相手になる・・・っていうのはどうだ?」
たっぷり躊躇ってから、思いついた案を告げる。
雲雀は珍しくパチクリと目を開閉させる。
そして、懐疑的な視線を俺に向けながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「君は、戦いを忌み嫌っていたんじゃないのかい?」
「俺が忌み嫌うのは、理不尽な痛みだ。だから、血で血を洗う潰し合いは大嫌いだし、慣れるつもりもない。だけど、技芸や心身を鍛える為にする鍛錬は、嫌いじゃない。武芸を極める為にする研鑽の相手なら・・・時間のあるときに限って、提示した条件と引き替えにやってもいい」
「・・・・・・」
眉間に小さな皺を刻みながら、彼は俺の言葉を吟味しているようだった。
そろそろ彼を宙づりにしてから、数分が経過しただろうか。
数秒考えて答えが出たのか、雲雀は口を開く。
「いいよ、君の提案に乗るとしよう」
「話が早くて助かるわー」
天井から伸びる三本の鎖を、承諾の言葉と共に地面に降ろし、編んでいた魔力を解く。
黄金の鎖がぼやけて金泥となり、小さな光を放ちながら空気に溶けていく。
蛍火のような現象だなあと、自ら生み出したはずなのに、毎度ながら不思議に思う。
いつの間にか、雲雀は落ちていた学ランを拾い、肩に掛け、部屋に設えられたソファに腰掛けていた。
数分も逆さ向きにされていたのに、全く不調はないようだ。
「・・・君はよっぽど、昨日の草食動物を大事にしているんだね」
「大事というか・・・まぁある意味、綱吉は俺が生きる意味の一つだからな」
「うわ、
「引くの止めて?俺だって色々と大変なんだ」
「・・・・・・君の提示した条件、約束は守るよ。だけど、彼が僕に危害を加えるようだったら、一切合切、容赦はしないから」
「・・・いや、そこは手加減してくれ。気絶させる程度でお願いしたい」
「・・・善処しよう。ふん、君も大概だね」
何が大概なんだろうと疑問を抱きつつ、俺は雲雀とは反対側、奥に位置する椅子に腰掛ける。
多少危うい場面もあったが、何とか丸く収めることに成功し、内心安堵する。
「本当に君、記憶喪失なの?」
「・・・それ、学校じゃ綱吉と先生しか知らないはずなんだけどなぁ・・・お前こそ、本当に中学生?」
「さあね、僕の学年は、僕が自由に決めるられる」
「・・・お前、とんでもない大物だよ、本当」
互いの懐を探るようにして、言葉を交わし続ける。
なんだか、どっと疲れが出てきた。
身に迫る危険が有ったわけでも無いのに、身体は疲労を訴えている。
必要な会話を済ませたら、さっさとお暇するとしよう。
今日は未だ、綱吉と宿題を片付けるというタスクが残っているのだから。
今回の話を書くにあたり、雲雀恭弥のプロフィールを調べたのですが、誕生日は記載があるのに、まさかの年齢不明で「えぇ・・・」と困惑してしまいました。
しかし、こういった謎の多いところが、雲雀恭弥の魅力の一つなんでしょうね。
多分。