食卓に向って、4人が椅子に腰を掛け、箸を進める。
机上には彩り鮮やかな料理が並べられていた。
本日の夕食のメインメニューは白米、キムチのスープ、豆腐のハンバーグ、奈々さんお手製のドレッシングがかけられたグリーンサラダである。
シャキシャきとした歯触りの良いキャベツを楽しみ、咀嚼し終えてから口を開いた。
「やっぱり奈々さんのご飯は美味しいなぁ・・・毎日弁当も頂いてしまって、なんだか申し訳ないです」
「あらあら、いいのよ色葉君。寧ろ一人暮らしなんだから、ちゃんとしたご飯を食べてるのか、私もツっ君も心配なのよ?」
「そうだよ、色葉ってば放っておけば3食カップ麺、良くて冷凍食品の生活なんだから・・・」
「よく飽きねーな、俺からしたら一種の拷問だぞ」
「・・・失礼な」
呆れるように声を漏らす綱吉とリボーンに、ムッとした表情を向ける。
しかし、奈々さんの手前、カップ麺の素晴らしさを語るのは流石に自重した。
俺だって別に、料理が苦手という訳ではない。ただ、一人暮らしであるが故に、自分の為だけにする料理が面倒に感じられるのだ。
委員会や、某学ランとの鍛錬がある日は特に、帰ってから調理器具を手に持つことが億劫になってしまう。だからこそ、『時間短縮&そこそこ美味しい』という便利な食品に手が伸びてしまうのも、仕方が無いと思うんだ。
「「ご馳走様でした」」
「はい、お粗末様でした」
手を合わせて食事を終える。
空腹が満たされた俺達は、食器を片付け始めることにした。
因みにリボーンは食後の珈琲を楽しんでいる。
よく夜にカフェインを摂取すると眠れなくなると言うが、彼は平気なようだった。
例の栄養ドリンクを飲んでも、リボーンには効果がないのかもしれない。
羽の生えた天使と称される赤ん坊が、リアルに翼を授けられることはなさそうだ。
いやまぁ、それ以前の問題として、幼児に栄養ドリンクを飲ませるという発想自体がアウトだが。
片付けを終えて、俺達は綱吉の部屋へ移動する。
時刻は午後6時。少し早い夕食だったといえるだろう。
俺は自分の学校カバンを近くに置いて、適当な場所に座った。
「そういえば色葉、山本って覚えてる?」
少し真剣な面持ちで、綱吉はそう切り出した。
突然のシリアスムードに、パチクリと目を瞬かせてしまう。
「あぁ覚えてるよ。小学生の時クラスが一緒だった、元気な野球少年だろ」
山本、山本武。
彼はいわゆる才能マンという奴で、リボーンの原作では、野球と殺し屋の才能を持つ、苛烈な男だったと記憶している。運動神経の良い人物で、クラスの違う俺の耳にも、彼の武勇が伝わる事がある。
「今は俺と同じクラスにいるんだけど・・・今日、下校するときに野球のバッドを振ってる山本に偶然会って、相談を受けてさ。『野球が上手くいかない』、『ツナ、俺どうしたらいい?』って深刻な表情で言われて・・・俺、あんなに元気のない山本は初めてだったから、凄い吃驚したんだ」
「へぇ・・・所謂、スランプって奴か、だけどあの快男児がなぁ。人間だから悩むのは別段おかしくないけど、クラスメイトに弱音を漏らす男には見えないんだけどな」
別に彼のことをよく知っているわけではない。
しかし、普段陽気で明るく、周りに頼りにされるような人間が、思わず泣き言を口にしてしまう。これはかなり追い詰められている、そう判断できる案件なのではなかろうか。
「それを俺に話すってことは・・・悩みの解消は、上手いこと出来なかったのか」
「大当たり・・・相談の相談っていうのも情けない話だけど・・・俺、最初はさ、山本のスランプが無くなるようなアドバイスをしなくちゃって思ったんだ。だけど、そのときに見えたあいつの顔が、余りにも辛そうだったから、思わず『無理しないのが一番じゃないかな』って返したんだ・・・ただ──」
「聞き入れては、貰えなかった?」
「うん・・・山本の奴、『心配してくれてサンキュな、だけど休んでる余裕はないんだ』って笑いながら言って、直ぐに練習に戻っちゃったんだ・・・」
「なるほどなぁ・・・そりゃ綱吉が心配するのも頷ける」
今の山本武は、少々危ない状態に置かれている。
自分で自分の事が、まるで見えてはいないのだろう。
周りがいくら止めても、彼は自分のスランプの原因は練習不足だと決めつけている。あるいは、もう無茶無謀に練習を続けることしか出来なくなっているのか。
しかし、努力の重ね方を誤れば、その間違いは彼に、悪い形でフィードバックしてしまう。
よくスポーツには、技量や体力といったが要素が、大いに求められる。しかしそれを行う、基板となるのが身体だ。
身体を鍛えるためには、ただ努力をすればいいというわけではない。
虐めた筋肉や、酷使した骨を休めて、栄養を与える。このプロセスもスポーツにおいては、欠かしてはいけない重要な部分なのだ。
それを怠ると──肉離れやシンスプリント、酷い時は捻挫や疲労骨折といった、簡単には治らない怪我を抱えることになる。
「そうだな・・・今日はもうどうしようもないから、明日一緒に、山本のところに行こう。俺は無関係の人間だけど、そんな話を聞いて、首を突っ込まないなんて選択はとれないし」
「ありがとう、色葉・・・!俺一人じゃ駄目だったけど、二人なら山本の悩みも解決できるかも」
「礼をする程の事でもないさ・・・っと、もうこんな時間か」
時計の針は午後6時半を指していた。
俺は傍らに置いていた学校カバンを手にとり、立ち上がる。
綱吉はそんな俺を見て少し首を傾げて、思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、7時頃までに病院に行くって言ってたっけ」
「そうそう、担当の先生が忙しいみたいでさ、遅い時間でも良いなら診察して貰えるってことで・・・じゃあまた明日」
「うん、気をつけて。明日また、学校で」
少し眠そうに目を擦る彼に背を向けて、俺は部屋の扉を潜った。
***
『君の症状は、健忘症・・・それも解離性障害と分類されるものだ』
黒と白の混じる髪をした医者は、カルテを机に置きながらそう言った。
『自分が自分であるという感覚がない状態が主だが、その原因は、限界を超えるほどの精神的苦痛から逃れるために為に、精神を切り離してしまうことにある。君の場合は、イタリアで起きた事故が原因なのだろうね』
その内容は、既に全て知っているものだったが、確認作業なので、俺はこくりと頷いた。
悲愴な色を瞳に湛えながら、白衣の男は、診断書にボールペンで何事かを書き込んでいる。
『今までと担当の医師が変わって、緊張してしまうかもしれないが・・・君の記憶を取り戻せるよう、僕も全力でサポートするからね。これから宜しく、色葉君』
俺は病院の廊下にある椅子に座りながら、数分前の出来事を思い浮かべていた。
表面上、俺は記憶喪失ということになっている。
故に、こうして定期的に病院に赴いて、医者の診察を受けているのだ。
「肝心の取り戻す記憶が、俺にはないんだけどな」
窓の外に浮かぶ、淡い輝きを放つ星を眺めながら、ぽつりと呟いた。
センチメンタルになっている訳ではない。
しかし、誰かに嘘をつき続けないといけない状況は、少々良心を傷つける。
『君は、抱えなくてもいいものを抱えて、懊悩するんだね』
『・・・いいや、それは違うよ。どんな理由があったって、俺が綱吉達を騙しているということに、変わりはないんだ。だから、負い目を感じるこの気持は、きっと、忘れたら駄目なものだと思う』
『ふふ、相変わらず不器用な性格だけど、僕は嫌いじゃないよ、そういうの』
『・・・それはどうも』
エルキドゥに励まされて、胸の内がほんのりと熱くなる。
しかし、励まされてしまったのが嬉しい反面、なんだかそれが気恥ずかしく感じられて。
そんな気持を悟られたくなかった俺は、ぶっきらぼうに言い返した。
「・・・何か飲んでから帰るかな」
体温が僅かに上昇したことで、喉が乾いてしまった。自動販売機を探そうと、俺は起立して歩き始めた。
「・・・ん?」
廊下の角を曲がったところで、俺は見知った顔の男を見つけた。
170を超える体躯、短い黒髪、そして泥で汚れたジャージを身につけた、並中の野球部員。
近づくと、彼も俺の存在に気がついたらしく、驚いた表情をした。
「お前は確か・・・いつもツナと一緒にいる、朱雀か?」
「あぁ、こうして話すのは小学生のとき以来だな、山本・・・・・・お前、その手はどうしたんだよ」
「はは、ちょいと失敗してな・・・派手に折っちまった」
乾いた笑みを浮かべる彼の右手には、白い包帯が巻かれたいた。
首から布で吊されて、その指先は力なく垂れている。
「・・・ツナの言葉を無視した、天罰なのかもな」
「それは・・・『無理ない方がいいんじゃないかな──』」
「『だって、凄い疲れた顔をしてるよ、山本』・・・なんだ、ツナから聞いてたのか、朱雀」
「・・・沢田家で夕食を御馳走になったから、その後にな・・・あいつ、相当お前のこと心配してたぞ」
「そうか・・・自分の事でもないのに真剣になるとか・・・良い奴だよな、ツナって」
「・・・・・・」
「忠告を無視して練習を続けた結果がこれだ・・・スタメン落ちどころか、バットを振ることすら出来ない・・・野球の神さんにも見捨てられたら・・・はは、俺には何にも残らないな」
困ったように言葉を紡ぐ、彼の瞳の奥深くには、激しい嘆きと後悔の情が渦巻いていた。
見るに堪えない、余りにも、痛々しい。
笑顔を浮かべ、気丈に振る舞っているその内の領域は、ズタズタに引き裂かれて、赤黒い血流で塗れていた。
無言で歩き、暗い廊下で光を放つ自動販売機から、温かいお茶をを二つ購入する。
そして、俺はそのうちの一つを、山本の眼前にかざした。
「いいのか?」
「飲め」
「わ、わりぃ、サンキュな────あっつ!!」
ぼんやりとしていて、冷たい缶だと勘違いしていたのだろう。
彼は肩を跳ね上がらせて、お茶を落としかけ、寸前のところでキャッチする。
水面に浮かんだ死体のように静かだった彼は、顔一面に汗を浮かべつつも、有るべき現実へと戻ってきたようだ。
「・・・危ね、落とすところだった。心臓が止まるかとおもっ──」
「──山本はさ、今まで野球が上手くいってたのは、神様のお陰だと思ってるのか?」
「・・・・・・」
「本当は違うって、分かってるんじゃないか」
「・・・なんだよ、いきなり」
二人の間に漂う空気が、僅かに淀む。
懐疑的な視線を受けながら、俺は言葉を発した。
「仮に野球の神様がいるとして・・・するとどうなる?神の気まぐれに、球児の人生が左右されることになるんじゃないか?よく勝利の女神なんて存在を口にする連中がいるけど────冗談じゃない。神が選んだから、神が導いたから物事が上手くいくだなんて、そんな考え方は、ただの幻想だ」
「・・・・・・」
視線が刺すような、鋭いものに変わる。
真正面から自らの考えを否定された彼は、静かに俺を睨み付けた。
無言の圧を感じながらも、俺は口を動かし続ける。
「なあ山本武。まるで、『自分は世界で一番不幸な人間だ』とでも言いたげな顔をしているが、それは違うぞ・・・ただ一度の失敗で、そんな絶望した表情を浮かべるのは──」
「ッ・・・!お前に、俺の気持が分かるかよッ!!」
「──あぁ分からないさ!分かるわけないだろ!今まで必死に努力して、失敗も挫折もすることなく、自力で勝利をもぎ取ってきた奴の気持なんて、凡庸な俺に理解できるわけがないだろう!」
「────は、ぁ?」
「・・・向上心の塊みたいな人間だよ、お前は。一年生でスタメン落ちの心配をする時点で、周りと目指してる場所がまるで違う・・・・・・もし俺がお前の先輩だったら、こんな後輩には負けてられないぞって躍起になりながら、いつも以上に力を入れて、打ち込んでしまいそうだ」
「・・・・・・何なんだよ、本当に」
貶されたかと思えば褒められて、山本は戸惑いの声を上げた。
そんな彼の様子を観察しながら、俺は薄く息を吐く。
・・・説教臭い言葉を宣うつもりは、微塵もなかったのだ。しかし、気が付けば熱くなって、彼の繊細な部分にズカズカと踏み込んでしまった。
一瞬でも彼の琴線に触れ、激昂させてしまった自分の至らなさを反省しつつ、口を開く。
「・・・確かに、たった一度の過ちが、全てを壊してしまう時もあるのかもしれない。だけど、たった一度の過ちも許されないんじゃ、人生は窮屈すぎる。人間は失敗が許された生き物だ。失敗から学んで、同じ過ちを繰り返さないようにすることで、成長していく生き物なんだよ。お前みたいに、成功し続ける方が稀なんだ」
「・・・・・・」
「今回は失敗してしまったかもしれない。だけど、
グイ、と仰ぐように温くなったお茶を飲み干す。
山本は、両手を缶に添えるようにして膝の上に置き、飲み口を見つめていた。
俺は缶をゴミ箱に捨て、黙りを続ける彼に背を向ける。
「・・・結局は、野球の神様なんて関係ない。山本はチームメイトと、自分の力で勝利を掴み取ってきたんだ。怪我だっていつかは治る・・・また、ボールを投げたり、バッドを振るうことができるようになるんだ。分かったようなことを喋るなと思うだろうが、これだけは言わせて欲しい」
小さく深呼吸をして、締め括るようにハッキリと声を出す。
「間違ったのなら、やり直せば良い。それと・・・──お前はもっと、自分の事を信じてやるべきだ」
「──っ」
息を呑むような音が耳朶を打つ。
彼がどのような表情をしているのかは確認しないで、俺はその場を立ち去った。
静かな空間で、父親を待ちながら、山本武は独り佇む。好き勝手に、人の心の柔らかい部分を踏み荒らしていった少年は、もういない。
眉間に深い線を刻みながらも、彼はただただ問いかけ続ける。
「・・・・・・なにも、なにも信じられねぇよ・・・おれは、どうすればいいんだ」
道を見失った迷子の子供のような声が、薄暗い廊下に淡く反響した。
誰かの言葉は、今の彼には、届かない。
***
「大変だ!山本が屋上から飛び降りようとしてる!!」
「え、山本ってうちのクラスの?」
「あいつに限ってありえねーだろ!」
ホームルームが始まる前の教室に、動揺が走り、場が一気に騒然となる。
男子生徒の言葉に対し、ざわざわと否定の声が上がった。
「あいつ、昨日一人居残って、野球の練習してて・・・ムチャして腕を骨折しちまったらしいんだ」
「「「!!」」」
「とにかく、屋上に行こうぜ!」
「お、おう!」
次々と教室の扉を潜って、生徒達が廊下へと飛び出し行く。
そんな中、呆然と立ち尽くす生徒が一人。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
日常に一石を投じる、信じたくもない事実を前に、沢田綱吉は言葉を失う。
考え得る中では一番、最悪の出来事が起きてしまった。
こんな事になるのなら、昨日、無理矢理にでも山本を止めるべきだったのだ。
罪悪感に苛まれ、息が苦しくなる。
「ツナ君!いこっ!」
「────ぁ・・・うん!」
笹川京子の声に、ハッと我に返った。麻痺し固まった身体に、再び熱の帯びた血が通い始める。
足は震えて正常に作動しない。手は汗ばんで、何かを掴むことも叶いそうにない。
それでも沢田綱吉は、今にも零れ落ちそうな命を繋ぎ止めるため、決意する。
「行かなくちゃ・・・!」
どこにでもいる平凡な少年は、地面を強く蹴り、屋上へと続く道を駆け抜けた。
***
「おいおい冗談きついぜ山本!」
「そりゃやりすぎだって・・・!」
「・・・・・・」
空はうんざりする程に青く、見つめ続ければきっと、平衡感覚がおかしくなってしまうことだろう。
クラクラとする頭を気力で制しながら、綱吉は生徒の波を掻き分け、目的の人物の名前を叫ぶ。
「山本っ・・・!!」
「ツナ・・・」
山本武は、屋上のフェンスの向こう。一歩踏み出せば空に落ちる、不安定な場所に直立していた。
いつもの彼らしくない。人好きするような笑みも、明るい声音も忘れてしまった男が、そこにはいた。
「・・・ツナには、悪いことをしたな・・・だけど止めに来たなら無駄だぜ」
「・・・どうしてっ、どうしてそんな場所に立ってるんだよ!山本!」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙が落ちる。
包帯の巻かれた右腕が、迷いを表すかのように、微かに揺れた。
綱吉は縫い止めるように、大切な友達に視線を向け、彼の言葉を待つ。
唇を噛みながら、表情を歪めて、山本武はポツリと述懐した。
「・・・小学生の頃ダメツナって呼ばれていたお前なら、何やっても上手くいかなくて、死んじまったほーがマシだって気持ち・・・分かるだろ?」
同意を求める、縋るような言葉が返ってくるとは思わず、綱吉は不意を突かれたような気分になった。
そのため、言葉に詰まり、浮かび上がった率直な事実を口にする。
「えっ・・・いや、山本と俺は違うから」
「──っ!さすが最近、活躍がめざましいツナ様だぜ・・・俺とは違って優等生ってわけだ!」
不安定な感情の荒波に流されて、山本は綱吉の言葉に噛み付いた。
普段の彼からは考えられない、棘を超えた、ナイフのような言葉。自らの制御が出来ないまでに、追い詰められているのだろう。
綱吉は、鋭利な言葉に痛みを覚えつつも、必死に己が胸の内を、眼前の男に届けようとする。
「違うんだ、そうじゃない・・・そういう意味じゃないよ・・・・・・オレ、山本とみたいに一生懸命、なにかに打ち込んだ事がないんだ・・・だから、大好きな野球の為に努力できる、山本の気持を、本当の意味で理解することなんて、絶対にできないんだ」
「・・・・・・」
「────でも、自分の大切にしているモノを失う怖さなら、俺も知っている」
過去の記憶を思い出しながら、綱吉は瞼を降ろし、言葉を紡ぐ。
強く吹く風が、生徒達の間を抜けて、悲鳴のような音を上げた。
「・・・それは・・・・・・小4のときのことか?」
「うん・・・あの時は、大切なモノを失いかけて、毎日死んだように生きていた・・・・・・だけどオレはさ、どうしてもそれを、諦めきれなかったんだ。生きるのが辛くて、死んでしまえば、楽になるのかもって考えたこともあるよ・・・だけど、死んだ方がマシだとは思えなかった」
両眼を大きく見開いて、綱吉は山本を真っ直ぐと見据える。
大きく空気を肺に送り込み、彼は嘘偽りの無い、真実の思いを友にぶつけた。
「嫌なことがあって逃げるのも、悲しいことがあって涙が出るのも、それは決して悪いことじゃない・・・だけど、生きることを諦めたら、全部駄目になる。勝って嬉しかった時間も、辛くて悔しいと思った気持も、全部失ってしまうんだ・・・・・・だから俺、今は耐え抜いてよかったって思えてる──頑張って生きたから、オレはまた大切なモノを、取り戻すことができたんだ・・・!」
「・・・・・・諦めないで、生きる・・・」
「今は辛いかもしれないけど、その怪我を治せば、山本はまた野球ができるんだろ?・・・また練習が上手くいかなかったら、今度は俺も協力するよ・・・だから、だから・・・死んだ方がマシだなんて、そんな今までの山本を否定するような、悲しいことを言うなよ・・・!」
「ツナ・・・────」
慟哭の如き少年の叫びを受け、山本の瞳に薄らと光が宿る。
空虚な胸の穴に、本来の心が収まろうとしていた。
「おれは、俺は・・・──」
誰かの唾を飲み込む音がした。周囲の生徒は、言葉をぶつけ合う二人を、遠巻きに見守る。
普段と異なる様子のクラスメイトの姿に、何も手を出せないでいたのだ。
・・・しかし、それは悪手だったのかもしれない。
────瞬間、屋上の重苦しい空気を押し流すように、突風が吹き荒んだ。
「うわっ!?」
「「「!!」」」
烈風に吹かれ、身体が揺らいだ山本は咄嗟にフェンスを掴む。
しかし、老朽化していたのか、錆び付いた鉄の命綱は、いとも簡単に壊れてしまった。
ふわり。
身体が、宙に投げ出される。
「──山本!!」
綱吉は足を滑らした山本の元へ駆け、飛び込む。
そして、衣服の端を掴むことに成功した。
『だけど、このままじゃ・・・!』
二人とも大地に導かれるようにして、下へ、下へと落下していく。
もう、誰もが駄目だろうと諦めかけたそのとき。
「今こそ死ぬ気になるときだぞ、ツナ」
静かな空に、幼い赤ん坊の声と、二つの銃声が響き渡った。
***
木陰から覗き込むように、屋上を眺めていると、人が二人降ってきた。
あくまで俺は保険でしかない。
だから、彼等で解決出来る問題は、極力手を出さない・・・ことにしている。
「・・・綱吉、頼んだぞ・・・」
冷や汗を大量に流しながら、固唾を呑んで見守っていると、変化が現れる。落ちていく生徒の内の一人、綱吉の様子が急激に変容したのだ。
橙色の炎を額から噴出し、制服が破れ去る。そして、脳天──つむじの部分から、極太の毛髪が生えた。バネのように丸まった毛髪は、落ちる二人をバウンドするようにして、無事に着地させた。
屋上の生徒達は、地面に落ちても無事な二人を見て、どっきりか悪戯だったのか宣いながら、散会していった。相変わらず、並中の生徒達は自由すぎる、そう感じた。
しかし、心配そうな顔をして、地面に視線を向ける茶髪の少女を発見した。彼女には、その感性を大切にして欲しいと切に思う。
煙を上げて、灯火が消えていく。
死ぬ気のとけた綱吉は状況を把握できていないらしく、辺りを見回した。
そして、自分を見つめる男を認識した途端、焦りながら声を上げた。
「山本・・・!大丈夫?怪我はない?」
「ピンピンしてるよ・・・ツナ、お前すげーな・・・お前の言うとおりだ。こんな怪我一つで諦めたら、駄目だよな・・・」
「山本・・・じゃあ・・・!」
「あぁ、死んだ方がマシだなんて考えは撤回する・・・生きて、生き抜いて、最後まで足掻いてみせるさ」
いつもどおりに笑う、彼の口から出た、決意の言葉だった。
それを聞いた綱吉は、嬉しそうに破顔して、大きく頷いく。
「・・・ここで出てったら野暮かもな」
声を掛けようと思ったが、明るい少年達の間に水を差すのが憚られて、俺は足を止めた。
このまま立ち去ってしまおうかと思い踵を返したところで、後ろから声を掛けられる。
「朱雀・・・昨日は励ましてくれて、サンキューな」
「え、色葉・・・!?」
空からダイブしたときに俺の存在に気が付いたのだろうか。
向けられたのは、力はないが、昨日とは異なり、しっかりとした感情のこもった言葉だった。
苦笑いを浮かべながら、山本の言葉に返答する。
「あー・・・いや、俺は上から目線の高説を垂れ込んだだけだから──」
「だとしても、ありがとうな・・・俺、神様じゃなくて、これからは自分を信じて──自分の信じた道を貫いて、野球に打ち込んでいくよ」
「・・・あぁ、頑張れよ。お前ならきっと、目指した頂にだって辿り着けるさ」
完全に立ち直ったのだろう。山本武の表情は、どこまでも清々しかった。
綱吉は、俺達の会話の意味を理解することが出来ず、ハテナマークを浮かべている。
これは、後から説明する必要がありそうだ。
「・・・・・・あぁそうだ、はい、これ」
「俺のジャージ・・・?・・・・・・あっ、死ぬ気になったから裸のままだった・・・!」
顔を真っ赤に染めて、綱吉は大急ぎでジャージに手を通す。
死ぬ気になる度に服が四散するというのも、気の毒な話だ・・・面白いけど。
朝からの騒動も無事に解決し、有るべき平凡な日常が戻ってくる。
何事も無かったかのように進む時間の中で、ここにまた新たな、人の繋がりが生まれたのだった。
アニメでは、山本武の飛び降りのエピソードはカットされてしまいましたが、個人的には、綱吉と山本の信頼関係を作る上で、非常に重要な出来事だと考えたので、小説に取り入れました。
お気に入り登録や、評価の付与など、本当にありがとうございます。
FGOの夏イベも始まって忙しいですが、暑さに負けず、楽しみましょう。