双拳   作:文月りんと

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ポルトガル 郊外 路地


3.能力

大きな通りから離れた路地で、一人の青年が、タバコを吹かして誰かを待っていた。そこにパタパタと駆け足がやってくる。

「す、すみません!お待たせしました!」

青年の方へやってきたのは、ハンディカメラとマイクを持った女性だった。

「いや、そんなに待ってねぇから」

青年は吸っていたタバコを地面に落として、足で消す。女性は肩で息をしているが、少しずつ落ち着いてきたので、改めて自己紹介を始める。

「ありがとうございます。では改めて。はじめまして! マリア・ロペスです。あなたが連絡をくれた方ですね?」

暗がりにいるのに、彼女の笑顔は眩しいぐらいだった。

「あぁ、オレの名はあえて名乗れないが、今、この街で一番人気のアンタが取材してくれるなら、一安心だな」

少し照れながら、マリアも答える。

「そんな、私はまだ駆け出しのレポーターですから」

青年は昼間手に入れたペンダントを首から取り出し、見せつけた。

「それが【魔法】が使えるという噂のペンダントですね」

「あぁ、そうだ。試しにそこのドラム缶を動かしてみるからよ、見ていてくれ」

「わかりました」

青年は目を閉じ、深呼吸を整える。

「いくぜ」

「…はい」

それまでは動かなかった、ドラム缶が突如として震え出す。

「!」

マリアはその様子を見ながら、何かトリックがないか周囲を見回す。でも、自分と青年の二人がいるだけで他に気配はない。青年の目が見開き、ペンダントが鈍い光を帯びて光り出した。ボコンという音と共に、ドラム缶は宙に浮いた。

青年は右手を空へ移動させると、ドラム缶もフワフワと浮かんでいった。

「すごい!」

「へっ、これだけじゃないぜ?」

今度は青年が左手を開き、ゆっくりと握っていく。握る速度に比例して、ボコボコとドラム缶がへこんでいく。

「潰すことも出来るの?」

「まだ完全にはできないがな…、くっ」

よく見ると青年の顔から大量の汗が流れ出ていた。ペンダントの鈍い光も点滅している。

「ここらが限界だ、な…」

左手を広げ、ゆっくりと掲げていた右手を下ろすと、動作に比例して、ドラム缶も元の場所へ戻っていく。

「………こんなところだ」

呼吸を整え、青年はつぶやいた。いてもたってもいられずマリアはドラム缶へ近寄る。ドラム缶の周りになんのトリックも無いことを確認すると、振り返った。

「すごいです! あっ!」

口を開けたまま、マリアは固まっていた。

「………どうした?」

「すみません、撮影し忘れていました…。もう少し出来るなら、カメラ回しますので」

マリアは申し訳なさそうな顔でひたすらに謝っている。青年は疲労困憊だった。

「いや、いいよ…。…今日は、知ってもらいたかっただけだからな」

「わかりました、また明日この場所でお会い出来ますか?」

「…あぁ、大丈夫だ」

「じゃあ、また明日!」

 帰り支度をしていたマリアの動きが止まる。そして、手に持っていたマイクが、マリアの手から落ちた。その様子があまりにも不自然だったので、青年は声をかけた。

「急にどうしたんだ、あんた?」

「あ…れ? …うご、かない…んです」

マリアは顔を下に向けたまま、声だけが聞こえてくる。

「おいおい、悪い冗談はよしてくれよ」

「冗、談なんか、じゃな……」

それが彼女の最後のセリフだった。

先程のドラム缶のようにマリアは浮かびあがった。そして、どこからかベコベコと音がしていくと、マリアの体が潰れ始めた。

「な、なんだよ、コレ?!」

腰が抜けたのか、青年は立ち上がることができない。

「うわぁあああああああっ」

 そうやって驚いている間もマリアは全身から血を吹き出して、潰れていく。最終的にマリアだったナニカは、野球ボールぐらいまで小さいモノとなった。そのボールはフワフワと青年の目の前を通過していく。そのまま目で追っていくと、それまで誰もいなかった場所に怪しげな影が立っていた。

影は徐々に実体化すると、移動したマリアだったボールを受け止め、そして、ゆっくりと握りつぶした。

やがて影は、自身の手の上で印を描く。そして、青年の耳元で囁くようにつぶやきが聞こえてきた。

『この程度の力を人前で披露するなど、役不足にも程がある…』

その言葉を聞いて驚いてしまったせいなのか、それとも、そうなる運命だったかのように、街灯の一つが割れた。

影があった場所を再度見ると、二本足で立っているトカゲ男がそこにいた。

(コイツの相手をしちゃいけない!)

直感的にそう感じた青年は、頭を振り、恐怖に打ち勝とうと鼓舞する。直前まで腰が抜けていたのに、なんとか立ち上がれた。

そして、その場から背を向けると、全速力で駆け出した。

「!?」

 でも、すぐに見えない力に捕まり、足が動けない。上半身は動かせるのに、下半身がうんともすんとも言わない。

「なん…だよッ、コレッ」

ゴリゴリと音を立てながら、視界が左に回っていく。青年の体の関節も同時に回転を始める。

「ギャァァァアアアアア………アァ」

青年の悲鳴が終わると、醜いオブジェがそこにそびえ立っていた。

青年だったモノは最終的に、全ての関節があらぬ方向へねじれており、遠くから見れば花にも見えた。

「………」

怪人は何も言わず、その場を去った。数分後、そこへバイク音が近づいてきた。

青年だったモノの前でバイクが停車し、ヘルメットのバイザーを上げる。現れたのは一文字だった。

「…ったく、気色の悪りぃモン作りやがる」

一足遅かった。よく見ると、昼間密会を目撃した際にいた青年だという事に気がつく。青年の苦痛に歪んだままの顔を見つめる。

「ん?」

青年の首にあったはずのペンダントがなくなっていた。

「狙いはやっぱあの【アイテム】か…」

恐怖で見開いた彼の目を、片手でそっと閉じると、一文字は地面に向かって一度拳を叩きつけた。

「すまねぇな…」

周囲を見渡すと、別の場所に血だまりや、マイク、そしてカメラが落ちている。拾おうと、持ち上げるがそれらは砂状になって消えてしまった。

「…ったく。手がかりも無しかよ」

今も昔も、もう少し早く駆けつけていればと、助けられなかった命を悔やむこの時間だけは好きになれない。

「だが、次こそは…」

一文字は、他人ではなく自分に言い聞かせるように、目には見えない決意の炎を心に燃え上がらせた。

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