道端の魔王を助けたら、魔王城に居候することになりました 作:フィネア
前回の最後、その翌日――魔王城、魔王の部屋にて。
結局、自分の部屋が与えられているにもかかわらず、晩くまでいて魔王の部屋でアイラルと夜を明かしたジファノが、寝起きとほぼ同時に目にしたものとは――
「おろろろろろろろろろ」
「始まった瞬間にこれだよ!昨日の夜は変だなって思ってたけど、酔ってたの!?」
「飲みすぎた……おえっぷ」
「ちょ、アイラルさん!?できれば床には吐かないでってギャアアアアア!カーペットの染みとかってとれにくいのにー!」
「おろろろろろろろろろろろ(
──しばらくお待ちください──
「弁明をどうぞ」
「滅相もない」
「それだけですか」
「余は魔王だから何しても許される」
「訳ないですよね」
「……すまん」
「酒に飲まれる魔王ってヤバいですよ」
「しかし、皆も騒いでいるし、余も多少は羽目をはずしてもいいかなって」
「事後処理するの、全部僕と雑用の方々なんですよ」
「……悪いとは思っている」
「そんなに言うなら、せめて事後処理くらいは手伝ってくださいよ?」
「……あ、ああ。それくらいならよい、よいのだが……」
「……まさか掃除の方法がわからないとかじゃないですよね」
「あ、ああ勿論だとも!魔王たる余が掃除の1つもできん訳がなかろう!?ふ、ふはは」
「……本当は?」
「全然わからん」
「人類の言葉にですね、こんなモノがあります」
「……?」
「酒は飲んでも飲まれるな」
「ほ、ほう……な、ななななかなか洒落ているではないか……よ、よき言葉だな?」
「よくわかりました。しばらくはお酒禁止です」
「…………(´・ω・`)」
そんな一時を終えてから、ジファノはもう一度、あの白い少女――アイラル曰く、先々代魔王『フェイネル・フォーングラッド』と出会った、氷獄のエリアへの通路に来ていた。
その風景は、昼だからか多少違って見えるが、紛れも無くあの少女と出会った通路だった。
少しだけ、気になったのである。あの少女の闇のような瞳の奥深くにあった、目を合わせただけで殺されそうなほどの憎悪が。
そして、昨日の夜、あの少女は氷獄のエリアの方へと姿を眩ました。だから、氷獄のエリアへ向かえば、何か手掛かりが掴めるのではないかと思って、ここへやってきた。
決心をし、向かおうとしたとき、後ろから肩をつかまれる。
その手は非常に冷たく、そこから発されたであろう冷気が首元へと伝わり――
「ひゃあああああああ!?」
――と、情けない声を出してしまった。
咄嗟に後ろを振り返ると、そこには色白で、薄い青色の和服に身を包んだ女性がいた。
「って、なんだ~。シキヤさんか~」
「驚かせた?……ごめんね。驚かせるつもりは、無かったのだけれど」
この人はシキヤ・レイネさん。数年前に遠い東の大陸から遥々やってきたらしく、それ以降ここに住むことになった人だ。東の地方においては『ユキオンナ』という種類の魔族らしい。詳しいことは知らないけれど、冷気を操ることができるそうで、その自身の体も非常に冷たい。
不慮とはいえ、驚かせてしまったことを謝ってくれる。
「ああいえ、大丈夫ですよ」
「そう?ならよかった……それはそうと、何しに来たの?エリア点検は一昨日やったばかりのはずだけれど」
エリア点検。その実態は、実際のところエリアの仕掛けや温度に異常がないかを調べるというだけだ。
たとえば僕が向かおうとしていた氷獄のエリア。雪を利用した見えにくい落とし穴や落雪、巨大な氷の塊が転がってくるなど。少し体を張ることにこそなるけど、どこにどんな仕掛けがあるのかはわかっているから、対策は万全にして行っている。温度についても、数度程度の上昇や低下なら問題なしとみられるが、十度も違うと問題の対処をすることになっている。
「えっと、僕が個人的に気になることがあって」
「なら、何か手伝う?一昨日エリア点検で来たばかりだと土地勘もないでしょうから、案内もしてあげるわ」
「ありがとうございます。それで、えっと……白いワンピースを着てて、肌も白いような女の子を見たことはありませんか?」
「…………ごめんなさい。そんな子は見たことがないわ。でも、ここに来たということは、その子が氷獄のエリアにいるかもしれないっていうことよね?」
「はい。昨日の夜に、この通路でそっちに向かっていくのを見ました」
「……一応、見ていく?もしかしたら、私が知らないっていうだけかもしれないし」
「はい。……気になるので」
「……もしかして、一目惚れ?」
「違うんです。昨日に見たその子の目に……深い、憎しみと悪意が見えたんです」
僕の様子で察してくれたのか、シキヤさんはそれ以上何かを聞いてくることはしなかった。
「そう。でも、それくらいなら私も覚えてそうなものだけれど……まあ、気にするだけではダメね。とりあえず、ついてきて。魔族がいる場所は、大体把握してるから」
「あ、はい」
そして、あの少女と出会えることを願って、歩きだした。
氷獄のエリア、その最奥部。
調べていくうちに、そんなところまで来ていた。
「ダメね。魔族がいるところは粗方調べたし、人に聞いてもわからないとなると、手詰まりだわ。…………大丈夫?」
「だ、だだだ大丈夫です!」
「明らかに寒そうだけれど」
「ひ、ひとまずいないってことですか?」
はぐらかしついでに、話題を変える。
しかし、それとなくした言葉に、シキヤさんは暗い顔をして言った。
「ええ。私にも足があるけど、辿るべき足跡が無いんじゃ、調べようがないわ。ごめんなさい」
「シキヤさんが謝ることは無いですよ!元はと言えば、僕が誰かもわからないような子を探そうとしてて、それを手伝ってくれただけなんですから」
シキヤさんが謝るのは筋違いだ。むしろ、ここまでさせて僕自身はほぼなにもしてない。謝るのは僕の方だ。
「……ホント?」
「はい。ですから、シキヤさんが気にすることはないんです」
そして、シキヤさんが元に戻って、改めて聞いてくる。
「そう。とりあえず、このエリアからでる?」
僕は寒さで小刻みに震えていた。
「……はい、そうします」
氷獄のエリアへの通路にて。
「ありがとうございました……くしゅんっ」
「ええ。とりあえず、早く体を温めて休んだ方がいいわ」
「はい、また今度……くしゅっ!ずずー……」
ジファノはそう言って、まだ体に残る寒さに震えながら、その場から歩き出す。
そして、ジファノが見えなくなったところで、ため息が出た。
「あの子は、どうして私を、私達を恐れないのかしら」
今でもよく夢に出る。昔に会った人達の、化け物を見る目。本当に殺そうという雰囲気。わからないが故の恐怖に駆られた、恐ろしい獣。
「子供だから、かしら……いえ、違うわ。明らかに、あの子にはあの子自身の『何か』がある」
何かと何かを分け隔てなく接する事が出来る『素質』。普通ではない、『常識』。
恐らくはそれが、あの子にはある。
「……もう少し、調べようかしら」
ただ、少し──彼を助けたかった。
いつか自分から、人と接する事ができるようになるために。
人類と魔族を繋ぐ、『何か』を育むために。
「……んー…………んー?ふ~…………落ち着こう、落ち着こう。まあ確かに僕は自分自身の部屋には行かないまま、気になったからすぐにあそこに向かったよ?うん、そこは悪かったのかもしれない。でもね、こうなっているって誰が予想できるのかなぁ……?」
ひとまず、自分自身の部屋に戻ってきたジファノは――
「すー……すー……」
昨日の夜に見た、白い少女が自身のベッドでぐっすりと寝ているところに出くわしていた。
「…………ん……すー……」
寝返りをうっては寝息を立てる。ジファノはただ、起こそうにも気持ちよさそうに寝ている少女を無理矢理起こすのも気が引けて、ただ自然と起きるまで床に腰を下ろしてじっとしていることしかできなかった。
数十分後。もはやジファノ自身すらも少し眠くなってきていた時。
「ん……?ふわぁ~ぅ……ん?」
「あ、やっと起きた。えっと、君は?」
床から立ち上がり、名を訪ねる。少女はベッドに座るようにしたまま、口を開いた。
「おにーちゃん、だれ……?」
上目遣いでのそれは、圧倒的な破壊力を持った爆弾であった。
ジファノは一瞬気の遠くなる感覚を覚えたが、半ば気合で気を保つことに成功する。
そして改めて、聞き返す。
「えっと、君の名前は?」
「……わかんない。ここ、どこ?」
ジファノは、もしここで先々代魔王――『フェイネル』を名乗るかと思っていた。しかし、当の本人はわからないと口にし、さらには『場所も理解していない』ときた。
「うーん……いったん、アイラルさんの所にもっていこうかな」
「……?おにーちゃん、ここどこ?」
「ああ、ここは魔王城、その特別居住区画の一室だけど……って、これじゃわかりにくいかな」
「大丈夫。それで、おにーちゃんはどうするの?」
「え、ああ……ちょっと、待っててくれるかな」
「うん」
そして部屋に設置されているタンスの中を覗いてみる。昨日の夜にアイエルが、フェイネルは『いまだに有名』であることを言っていた。もしも下手に姿を晒して、混乱を招くようなことになれば、隠している意味がなくなる。だからこそ、ジファノはとあるものを探していた。
「ちょうどよかった」
そこの少女に着せるには、少し大きめのフードを見つける。そう、彼女の身を隠すための物だ。
「これ、着てくれるかな?」
「うん。いいけど……何するの?」
その質問に、ジファノは少し笑って。
「今の魔王様の所に、会いに行くんだよ」
――と、言った。
「ふむ……謎は深まるばかり、か……」
「えっと、それで……?」
「容姿だけで言えば、文献にあるフェイネルの幼少期そのものだ。だが、フェイネルが死んだことについては誰もが知っている。魔王の中でも異色ともいえるほどのその在り方故に、死亡した事実も異常な速さで広まった。だからこそ、『今ここにいる』という事実が異常だ。失踪したならともかく、明確な死亡記録さえあるのでは、この状況に説明がつかない。必然的に、この少女は『フェイネル・フォーングラッドとは似て非なる少女』としてしか見れない」
「でも、いくらなんでも都合がよすぎるよ。僕がその子を見たのは昨日の夜。その次の日に、すぐにその子が現れた……偶然にしたって、出来過ぎてるよね?」
「ああ。余もそう思う。しかしなんだ、その……聞いていた話とはずいぶん違う気がするのだが」
「うん。僕もそのことについてはちょっと困ってるんだ」
その次に、目に手を当てる二人。次に響くのは、幼い少女の無邪気な声。
「ねー、おにーちゃんとおねーちゃんは何話してるのー?」
「かわいすぎるぞ。ジファノよどうしてくれるのだ。そろそろ余の精神のダムにヒビが入ってきているぞ」
「襲わないでくださいね?」
そう、この少女がただ単純にかわいすぎるというだけである。
「あーもう余は疲れたからこの娘を抱き枕にして寝るぞ。ジファノには渡さんからな?」
「わーい!だっこだっこー!」
ひょいと少女を持ち上げ、その少女はキャッキャと楽しそうにしている。おそらくこの後、強制的に抱き枕にされるのだろうが。
「それはいいですけど、変な気は起こさないでくださいね?」
「何を言っておるか。高貴で品行方正・公明正大・清廉潔白な余がそのような不埒な行為をするわけがなかろう」
「余計に心配になるんだけど……」
まあ、抱き枕にすると言っている時点で既にやばいのだが、ジファノはそこまで気にすることもなくなっていた。
そんなこんなで、ひとまずはアイエルの部屋に隠すことになって、外に出るときはフードを被っての外出が絶対と決められた。また、一部の信頼できる魔族にも、この情報は伝わっている。この騒動の解決に向かうとしても、二人だけでは無理があるとゆう結論からだ。
主なメンバーは、『スライムキング』のスール、『クイーンサキュバス』のイーシュ、『自然の覇者』のリオネイル、『荒くれを統べし者』のレジェド、『アビスドラグナー』のグロンディ―オ。いずれも幹部級であり、アイエルからの信頼も厚い魔族だ。
簡単な説明だけしておくと、リオネイルさんは獅子の獣人だ。幾千もの窮地を超え、幾万もの死線を勝ち残ってきたと言われる魔族。その強さは現存する獣人全員を相手にしても、五分も経たないうちに殺せると言われるほどだ。見た目がすごく怖いし、言動も厳しめだけど、根はやさしい……らしい。
レジェドさんはリザードマンの王のようなポジションでこそあるけれど、その実態は異名の通り、種族の垣根を越えて、全ての荒くれ者たちを統べる存在だ。『狡賢い』というイメージの強いリザードマンにおいて、その生き方は一言で言って漢気に溢れている。常に『浪漫』を求め、その強引さで不良たちを惹きつけてきたという。
グロンディ―オさんは他と違って王のような存在ではないけれど、その強さで幹部クラスにまでなった魔族だ。竜人の中でも非常に特殊な個体らしく、体の一部を竜と化させて戦うことができる。普通は黒い鱗と少し大きな図体が目立つ程度だが、背中から翼を生やしたり、腕を竜の鉤爪にしたり、頭部を変化させて強力な火を吐くこともできるそうだ。
スールさんとイーシュさんについては、説明はいらないだろう。この五人が、この変な状況の解決の手伝いをしてくれることとなった。
そして。
「う~ん……」
「どうしたジファノ」
「いや……フェイネルちゃんの様子が、ちょっとおかしいなって」
「おかしい?どこか変だったか?」
「そうじゃなくて、僕があの日見たあの子の瞳は……ずっと暗かった」
「なるほどな。だが、気にすることもあるまい。直に全てがわかる」
「どうしてアイエルはそんなに自信満々に?」
「余は魔王だぞ?解決できん事などあろうものか。それに余の忠実なる家臣たちまで手伝うと言っているのだ。不可能など絶対に無い」
「……大丈夫かなぁ」
また、夢を見た。
おばあちゃんがいた。おばあちゃんは向こうに映る、楽しそうに遊ぶ僕を、悲しそうな目で見ていた。
また昨日と同じように、目眩が起こった。次に映ったのは、おばさんくらいの人だった。僕は気を失っているみたいで、その人に抱きかかえられていた。
次は、お姉さんくらいの人だった。僕は頭を撫でられていた。撫でられてる僕は、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
次は、小さな女の子だった。たぶん、追いかけっこをしているんだと思う。楽しそうに走り回っていて――
でも、僕が知っているのはおばあちゃんだけ。僕は誰も知らないはずなんだ。でも、どうして僕はこんな夢をみるんだろう?
昨日は少年からおじいちゃんへ。今日はおばあちゃんから少女へ。でも、僕が見た風景は、どれも僕の記憶にはなかった。
だからこそだった。
どうして。
なんで。
ずっと、頭が痛くて――