スバル・ナカジマは公園で3人の男子に囲まれていた。
この8歳の少女が特別に何かしたという訳ではない。寧ろ、スバルはボーイッシュな見た目とは裏腹に女の子らしい優しさを持ち、周囲からの評判は決して悪くはない。
思春期の男子と言えば、気になる女子をいじめたくなるものである。特に相手は母親を早くに失くしている少女だ。からかいたくなった男子達は3人でいじめていた。
「お前、母ちゃんいないんだってな」
「いつも姉ちゃんにくっついてやんの。だっせー!」
目の前の女子をコケにして笑う男子。だが、彼らは知らなかった。スバルはその気になれば、態度がデカいだけの子供3人ぐらい捻り潰せる程の力を持っていたことを。
スバルは戦闘機人と呼ばれる、機械の骨格を持った改造人間だった。しかし、スバル本人の性格は内気で優しい普通の少女だった。
争いを好まないスバルは喧嘩もしようとはせず、その性格から言い返すことも出来なかった。どうすることも出来ず、悲しみが涙となって瞳に溜まっていく。
いつもなら、姉のギンガが傍に来て男子を追い払ってくれる。しかし、ギンガは夕飯の買い出しをしていて今はいない。
「やめろっ!」
その時だった。第三者の怒鳴り声が聞こえ、同時に男子の内1人へ跳び蹴りが入った。
突然の攻撃に、蹴られた男子は驚きながら倒れ込む。他の男子も急な襲撃者を前に、もうスバルを構っている余裕はなかった。
「スバルをいじめるな!」
強い口調で言い放ったその人物は、スバル達と同年代の少年だった。金髪蒼眼の中性的な顔立ちを怒りに歪ませ、スバルを庇うように立つ。
スバルはこの少年のことを知っていた。彼の名前はソラト・レイグラント。スバルの幼馴染である。
「ヤロー!」
「いきなり何すんだ!」
「うるさい! スバルをいじめる奴は僕が許さない!」
大事な幼馴染をいじめられ、怒りに火が付いた少年はそのままいじめっ子達と殴り合いの喧嘩になった。
3対1という圧倒的不利な状況にも関わらず、彼は対等に戦っていた。髪を引っ張られれば肘で腹を打ち、後ろから羽交い絞めにされれば背負い込んで振り回す。やられたら我武者羅にやり返し、遂に男子達を追い返したのだ。
「ソラト! 大丈夫!?」
ボロボロになった幼馴染に、スバルが慌てて駆け寄る。
殴られた顔は痛々しく腫れているが、ソラトはスバルに笑いかけた。
「うん……スバルは、大丈夫?」
たとえ自分が痛めつけられても、スバルのことを優先的に心配していたのである。大事な人を守る為ならどんなに勝ち目が低くても、自分が危険な目にあっても構わない。
必死に守ろうとしてくれる幼馴染の姿は、スバルの中にヒーローとして残っていた。
◇◆◇
しかし、そのヒーローでもどうしようも出来ないことが起こってしまった。
新暦71年4月、ミッド臨海空港で大規模火災事故が発生した。スバルは陸士部隊を率いている父、ゲンヤ・ナカジマの面会の為に来ており、ギンガとはぐれてしまった時に火災に巻き込まれてしまったのだ。
火の勢いは急速に増して行き、
「お父さん……お姉ちゃん……」
炎と瓦礫に囲まれ、姉も父もいつも助けてくれた幼馴染の姿も見えない。泣きながら必死にギンガを探し回るスバルだったが、遂に爆風に巻き込まれてしまい近くの銅像の前まで吹き飛ばされてしまう。
痛みと熱さで動けなくなったスバルは、絶望のあまりその場で泣き出してしまう。
「こんなの、やだよ……帰りたいよ……。助けて、ソラトぉ……」
幼馴染の名前を呼ぶスバルだが、ソラトも誰もこの場にはいない。
泣きじゃくるスバルへ、さっきの爆発の衝撃で台座に皹が入り、銅像が倒れ込んでくる。
逃げる気力も残っていなかったスバルは、自分の死を覚悟した。
「よかった、間に合った……助けに来たよ」
自分がまだ生きていることを感じたスバルは、倒れてきたはずの銅像が桃色に光る複数の輪で支えられていることに気付いた。
そして、銅像の上から息切れをした女性の声が聞こえてきた。亜麻色の長髪を二つ結びにし、炎の中でも煤一つついていない白いワンピースドレスを着ている。金色の杖を携えていることから、彼女が魔導師であることが伺える。
空を飛び、助けに来たと言う女性に泣くことも忘れ、スバルは呆然と見つめていた。
「よく頑張ったね、偉いよ」
女性はスバルの目の前に降り立ち、優しく頭を撫でる。
その瞬間、スバルはまた目から涙を流した。助けに来てくれた彼女に安堵し、緊張の糸が解れたのだろう。
「もう大丈夫だからね。安全な場所まで一直線だから」
白い魔導師はスバルの周囲を魔力の壁で覆い、天井へ杖を構えた。
足元にミッドチルダ式の円形魔方陣を現し、杖からカートリッジを2つ排出。直後に杖から羽が出現し、魔力を溜め出す。
普通学校に通っているスバルには、彼女が何をしているのか詳しくは分からなかった。ただ、不思議と安心感を覚えていた。彼女ならここから助け出してくれる。
「ディバイン――バスター!」
女性が叫ぶと、杖の先に貯められた魔力スフィアから桃色の光が一直線に放たれ、空港の厚い天井を一気に打ち抜いたのだった。
外までの道を貫通させた魔導師はスバルを抱き、外まで飛翔する。黒煙を抜けると、スバルの目の前には星空が広がっていた。地獄のような熱さは夜風の冷たさが取り除き、女性の優しく抱きしめる腕が温かさを感じさせてくれた。
「この子のこと、お願いします」
「はい、高町一尉」
やがて救助隊の元へ降り立ち、スバルを引き渡した魔導師は再び火災の上空へ飛び立って行く。
担架で運ばれていくスバルの瞳に映ったその魔導師の姿は、強く優しく格好良く映った。そして、同時に泣いてばかりで何も出来ない自信をスバルは情けなく思っていた。
泣いてばかりではダメだから、もっと強くなりたい。そう願いながら、スバルは意識を手放した。
◇◆◇
空港火災から6年後。
時刻は朝7時。とある一室にて規則正しいアラームが響き渡り、もぞもぞとベッドから手が伸びる。
細い腕が目覚ましのアラームを止めると、ベッドの主は起き上がって背を大きく伸ばした。
青い短髪にアホ毛がちょこんと立っており、ボーイッシュなイメージを抱かせる髪型だが、体付きは胸部を中心に発育がよく、彼女が女性であることを確信させる。
「おはよう、マッハキャリバー」
〔お早うございます、相棒〕
部屋の主、スバルは先程までアラームを鳴らしていた、青いクリスタルのようなものに挨拶をする。すると、クリスタルの方も電子音声で返してきた。
このクリスタルはスバルの愛機であるインテリジェントデバイス"マッハキャリバー"。優秀なAIを搭載しており、公私共にスバルをサポートする頼もしい相棒だ。
すっかり目を覚ましたスバルはベッドから降りると身嗜みを整え、救助隊の証である銀色の制服――ではなく、陸士部隊の茶色の制服に着替える。
「よしっ! 朝ご飯食べに行こうか」
身嗜みのチェックを済ませ、スバルはマッハキャリバーを内ポケットに仕舞う。
そこで、ふと飾ってあった写真に目をやる。六課時代に皆で撮った記念写真、父親や姉と撮った写真、雑誌に載っていた憧れの人の切り抜き等々。そして、1枚の写真立てを手に取った。
その写真に写っていたのは幼い自分と、もう1人。短い金髪と蒼い瞳を持つ、スバルと同年代の男の子。スバルは、幼馴染である彼のことを忘れたことはなかった。
「ソラト、行ってきます」
彼の名を小さく呼び、スバルは部屋を出て行った。今日から、六課のフォワードとして再び動き出す為に。
スバルの心には今も2人のヒーローの姿があった。
1人は強く優しく、自分に泣いてばかりではダメだと言うことを教えてくれた魔導師。
もう1人は、大事な人を守る為に自分の身も投げ出せる優しい少年。
2つの存在から強さと優しさを学んだスバルは、自分も立派な魔導師へと成長を遂げた。
機動六課に配属されてからは、空港火災で自分を助けてくれた女性、高町なのはの指導の下で仲間達と共に力を伸ばし、JS事件を見事に解決したのだった。
幼い頃の内気な性格は鳴りを潜め、自信がなかった戦闘機人としての力も救助の場において発揮できるようになった。
だが、彼女は未だ知らなかった。自分がいつ、何処で、誰によって生み出されたのか。
そして、真実を知る時は刻一刻と迫っていることに。