何処かの薄暗い研究室。
マルバス・マラネロはまた新たな研究に打ち込んでいた。コンピューターのモニターには、生物反応と謎のグラフが映し出されている。
「ドクター!」
そこへ1人の少年がやってきた。黒のオールバックに金色の瞳という容姿で、クリスマスのプレゼントを待ち遠しく思っている子供のように落ち着きがない。
「何か用かい?」
「俺の武器、もう完成してるんだろうな!?」
マラネロは詰め寄ってくる少年には目もくれず、モニターに集中している。まるで何かを待っているかのように。
「ああ、それならそこの机に乗っかっているよ」
マラネロの言う通り、隣の机に右腕用の大きなガントレットが置かれていた。腕の装甲部には銃口のようなものが付いており、5本の指の部分は鋭く尖った爪となっている。
「これがか……」
少年は新品の輝きを放つ武器を手に取り、右腕に装着する。サイズはピッタリで、やや重いが爪と銃口という武装に少年は満足したような笑みを浮かべた。
「お、出来た」
丁度モニターに映し出されたタイマーが0になり、チーンという音が聞こえた。すると、マラネロは目の前に置いてあったカップラーメンの蓋を開ける。
「じゃ、俺は任務に行くぜ」
「ああ」
少年は武器を持ち出し、転送装置へ向かう。結局マラネロは少年と目を合わせることなく、カップラーメンを啜っていた。
◇◆◇
機動六課隊舎のある一室。
ソラト・レイグラントはルームメイトのエリオ・モンディアルが若干引く程、浮かれていた。
「ソラトさん、今日何かあるんですか?」
何かいいことがあるのは見て分かるが、一応聞いてみるエリオ。すると、幸せオーラを撒き散らしながらソラトは答えた。
「いやぁ、今日は午後からオフだよね?」
「はい」
なのはの厳しい教導や未知なる敵の調査の日々を抜け、やっとフォワード達は今日の午後にオフタイムを貰えたのだ。
「だから、スバルとのデートが楽しみで!」
ふにゃあ、と笑うソラトの予想通りな答えにエリオは苦笑した。ソラトとスバルのラブラブっぷりは六課内では既に日常茶飯事の出来事として記憶されていた。
「本当に、スバルさんが大好きなんですね」
「勿論! スバルは僕の全てだから!」
自分の全てとまで言い切るソラトは果たして男らしいのか、恥ずかしいのか。しかし、ここまで盲信的な愛も今時珍しい。
ここまで好きなのならば、もう付き合ってしまえばいいとエリオは思ってしまった。
「ソラトさんは、スバルさんに告白しないんですか?」
「こ、告白!?」
女性陣程ではないが、気になるエリオは思い切って告白を進めてみる。
スバルのために精進し続けるソラトならば、スバルも脈はありそうだ。
「……今は、まだしない。
しかし、ソラトは首を横に振った。なのはを超えるという目標を果たしていない自身はまだ未熟だと考えるソラトは、恋人関係になることには消極的だったのだ。
どちらも人懐っこい性格なので、傍から見ていれば十分恋人のように見えなくもないが。
真っ直ぐとなのはの背中を追い続けるソラトを、やはり男らしいとエリオは思った。
◇◆◇
一方、ミッド海上にある隔離施設。ここには若い魔導犯罪者達が収監され、更生のための教育が施されている。
JS事件にて逮捕され、協力的な姿勢を見せた元ナンバーズ達もここに収監されている。
そんな場所へ、エドワードが足を運んでいた。理由は単純。エドワードの恋人であるギンガが教育指導しているからだ。
「あ、エド兄ッス!」
ピンク系の髪の少女、ウェンディが元気に指を指す。最初こそギクシャクした関係が続いたが、今ではエドワードもすっかり少女達に慕われていた。
「今日のお土産は何スか!?」
「こらウェンディ。失礼だぞ」
土産目当てにはしゃぐウェンディを、銀髪に眼帯を付けた少女、チンクが叱る。チンクは小柄な見た目に反し更生組の中では一番の年長者である。
「いらっしゃい、エド」
「こんにちは、エド兄」
「ああ」
ギンガが笑顔で恋人を迎え、茶色の長髪を縛っている少女、ディエチが礼儀正しく挨拶をする。
そして、もう1人。赤い髪のスバルによく似た少女がエドワードを睨む様に見ていた。彼女の名はノーヴェ。スバルとギンガと同じ遺伝子を持つ、本当の「姉妹」だ。
ギンガ含め、ここにいる少女達は皆「戦闘機人」と呼ばれる人造人間である。しかし、体の一部は機械でもれっきとした人間であることをエドワードは十分理解していた。
最近までもう3人――セイン、オットー、ディード――がいたのだが、聖王教会シスターのシャッハが保護観察者として引き取ったのだった。
残りの4人も、ギンガの父親であるゲンヤ・ナカジマが保護観察者になることが決まっている。もうすぐ施設からナカジマ家に正式に移ることになるのだ。
「出所祝いだ」
「わーい! エド兄ありがとッス!」
「ウェンディ、涎拭きなさい」
「美味しそう」
エドワードが並べるケーキを食い入るように見るウェンディ。食欲を全開にし涎を垂らすはしたない妹をギンガが嗜める。
感情豊かなウェンディは勿論、物静かなディエチもエドワードからの差し入れを喜んでいる。しかし、ノーヴェだけは笑顔を見せなかった。
「ノーヴェ」
「あ、ありがと……」
チンクに諭され、ノーヴェは小さく礼を言う。ノーヴェは素直に慣れない性格なだけであり、決して嫌っている訳ではない。例外的に、チンクにだけはよく懐き素直になれるのだが。
「気にするな」
目を背けるノーヴェにエドワードは優しく答えた。こうして、エドワードは新たな妹分達の出所を暖かく迎えたのであった。
◇◆◇
六課の車庫の前では、ヴァイスが白いオフロードバイクの整備をしていた。
「ヴァイスさん、どうです?」
そこへ、黒のライダースジャケットと青いジーパンに着替えたソラトがやってくる。このバイクはソラトの私物であり、バイクに詳しいヴァイスに整備を頼んでおいたのだ。
「ああ、何処も異常はねぇ。ほらよっ」
丁度チェックを終え、キーを投げ渡すヴァイス。白い車体はピカピカに磨きあげられ、今にも走り出したそうに光を反射している。
「ありがとうございます」
「後輩の面倒を見るのも大人の役目ってな。デート、頑張れよ」
面倒見のいい先輩がいてよかったな、と思うソラト。バイクの色に合う白いフルフェイス型のヘルメットを被り、キーを差し込む。
「じゃ、行ってきます!」
「おう!」
軽く会釈をし、ソラトは高いエンジン音と共に走り去って行った。
六課隊舎の入口ではスバルが待っていた。ジャケットにハーフパンツとアクティブな格好で、年相応にお洒落もしている。
「あっ!」
近くからバイク音が聞こえ、青いアホ毛がピョコンと反応する。すると、こちらへ白いバイクが向かって来た。バイクはスバルの前に止まると運転手がメットを外す。
「お待たせ、スバル」
運転手、ソラトはニッコリと微笑みスバルにもう1つのヘルメットを渡した。そのまま、2人はクラナガンまでツーリングを楽しんだ。
「ソラトっ」
「っ!」
後ろからスバルが思いきり抱き付いてくる。2人乗りなので仕方のないことだが、スバルは抱き締める腕の力を強くしている。
ツーリング自体初めてではないが、服の上からでも背中に感じる膨らみに健全な男子であるソラトは今でも少し気恥ずかしくなっていた。
クラナガンに着くと、駐車場にバイクを停めて昼食をとる場所を探すことにした。
「速かったね」
バイクから降りたスバルは背を伸ばしながら言う。ソラトが恥ずかしさの余りスピードを上げていたのはバレていないようだ。
「あはは……マッハキャリバーとどっちが速いかな?」
「んー、同じくらいかな?」
〔少し心外です〕
2人のやり取りに、比較対象にされたマッハキャリバーが口を挟む。その後も談笑しながら、ソラトとスバルは見つけたファミリーレストランへ入って行った。
彼等を見つめる、1つの影に気付かずに。
◇◆◇
同時刻、隔離施設ではエドワードが近況を話していた。
敵の科学者であるマラネロはスカリエッティの協力者でもあった危険人物。ナンバーズの中でも当時の事件への関与度が高かった5番までのナンバーズには別々に事情聴取を行っていた。しかし、スカリエッティから聞いた話以上のことは何も分からなかった。そのため、チンクのみマラネロと獣人について知っていた。
「最近は人間を獣人に変化させる薬まで開発しているということしか分かっていない」
「そうか……」
「けど、調査も進んでいるし大丈夫よ」
大した情報もなく、チンクも気を静める。マラネロの事件は、JS事件の延長線上かもしれない。そのことにチンクは責任を感じていた。黙り込むエドワードとチンクをギンガが元気づけようとした。
「お前等も、マルバス・マラネロという男については何も知らないだろう?」
エドワードはチンクの妹達3人にも一応話を聞くことにした。聖王教会へ引き取られたセイン達も、何も知らないと聞いているので期待はしていなかったが。
「んー……分かんないッス。全然会話してないッスし」
「私も。ごめんなさい」
「いや、気にすることはない」
ウェンディとディエチの答えは予想通り。謝る2人にエドワードは首を振る。
だが残る1人、ノーヴェは首を俯かせて黙っていた。
「ノーヴェも分からない?」
ギンガが尋ねると、ノーヴェは複雑そうな表情で何と言いだそうか困った風にしていた。
「……あたし、知ってる」
やっと捻り出した言葉に、その場の全員が目を見開く。意外な証言者が近くにいた。
「詳しく聞かせてくれないか?」
物静かなエドワードが、珍しく身を乗り出す。ノーヴェはやはり言い辛そうに眼を逸らす。その視線の先には、何故かギンガがいる。
「うぅ……分かった」
表情を暗くして、ノーヴェは観念したように話を始めた。
「ドクターマラネロは、あたしを作ったもう1人の人物なんだ」
「なっ!? どういうことだ!?」
それは驚愕の事実だった。姉妹達ですら、ノーヴェも自分等と同様にスカリエッティ1人によって作られたと思っていたからだ。
「合作なんだってさ。マラネロはある遺伝子をドクターに提供しただけらしいけど」
「え……?」
ノーヴェの視線が再びギンガへ向けられる。ギンガ、スバル、ノーヴェの遺伝子は同じ人物、クイント・ナカジマのものだ。ギンガもその事実に気付き、呆気にとられる。
では、何故マラネロがクイントの遺伝子を保持していたのか?
そして、ノーヴェがスカリエッティとマラネロの合作と言われる訳。ここから導かれる答えは1つ。
「ああ。ギンガとスバル、タイプゼロシリーズはマラネロが作ったんだ」
◇◆◇
ファミレスから出てきたスバルは満足そうな笑みを浮かべていた。
「あー、美味しかった♪」
後ろからはあはは、と苦笑するソラト。実は、スバルは大食いなのだ。先程も1人で2人分の量を食べきった。引き締まった体の一体何処にあの食事量が入るのか、ソラトは度々疑問に思っていた。
「次は何処へ行こうか?」
楽しそうにスバルが問い掛ける。可愛らしい笑顔に、ソラトは一瞬見惚れそうになる。
「じゃあ久々にゲーセンでも行く?」
「うん!」
ソラトはスバルと一緒なら何処でもよかった。それはスバルもまた同じである。ソラトの提案にスバルは元気良く頷き、手を繋いで歩き出した。
しかし、2人の前にある少年が立ち塞がる。
「探したよ」
「え?」
黒いオールバックの少年はスバルを見て呟く。しかし、スバルには少年に覚えがないようで首を傾げる。
「あの、どなたですか?」
デートを邪魔されたソラトが若干不機嫌そうに少年へ尋ねる。しかし、少年の金色の瞳にはスバルしか映っていないようだ。
次に少年が呟いた言葉は、2人の僅かな休息を終わらせるものとなる。
「俺はタイプゼロ・サード。やっと会えたね、セカンド姉さん」