魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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プロローグ2―ソラト・レイグラント

 街灯が仄かに道を照らす、暗い夜の街。

 普段は騒ぐ者もなく、人々は眠りに着いているような時間帯だが、その日はある家の周囲のみが真昼のように明るかった。

 ペンキで白く塗られた壁や青かった屋根は今や赤々と燃え上がり、家族が住んでいたはずの場所は火の粉と灰と煙をまき散らす地獄へと変貌していた。静かな夜の住宅街で起きた火事は、平和な時間を簡単に打ち壊した。

 通報を受けて到着した救助隊(レスキュー)が消火活動に移る頃には、その家の半分以上が焼け落ちていた。他の家々に炎が移る前に対処出来たのは、不幸中の幸いか。

 

「父さん! 母さん!」

 

 燃え盛る炎の中で男の子が叫ぶ。今まで住んでいたはずの家を必死に歩き回り、両親を呼ぶ。

 彼は、父も母も既に亡くなっていることに気付いていない。このまま叫び続ければ、灰を吸い込み過ぎてこの少年も命を落とすだろう。

 

「坊や! 大丈夫か!」

 

 その時だった。駆け付けた救助隊員が泣き叫ぶ少年を見つけたのだ。

 外では近隣住民が騒ぎ立てる中、焼け落ちた家から一人の子供を抱えた救助隊員が飛び出してきた。すぐに他の隊員が酸素マスクを当て、毛布を巻いてやる。

 崩れた木片で切ったのか腕から血を流しており体中が煤だらけだが、少年は奇跡的に助けられた。しかし、同時に少年は命以外の全てを失っていた。家も、財産も、家族も。

 

「僕は、生き残っても良かったのかな」

 

 少年は、生き残ったが故に味わってしまった絶望にポツリと呟く。

 軽傷だったために少年はすぐに退院出来た。だが、彼を待っていたのは顔も知らない親戚同士での面倒事の押し付け合いだった。焼けた家の後始末に、知らない子供の世話。血の繋がりがあるとはいえ、快く引き受ける人間はいない。

 心無いやり取りが繰り返される中で僅か8歳の少年が辛い訳もなく、ずっと亡くなった両親と平和だった日々を思い返していた。

 そして、何度目かの喧騒が起きると少年はその場を飛び出していた。

 

(どうして僕だけが助かったの? 何で独りぼっちになっちゃったの? 誰か答えてよ!)

 

 一心不乱に走り去り、気が付けば少年は公園に来ていた。

 よく両親と遊んだ、思い出の公園を眺める。既に日も暮れ、遊んでいた子供達は親と一緒に帰っていく。

 しかし、少年には一緒に帰ってくれる親はもういない。一人で砂場に座り込み思い出に浸った。両親との楽しかった日々を思い返す度、少年の中で苦しみが溢れかえる。

 もう、この苦しみから誰も助けてはくれない。そうとさえ思えた。

 

「どうしたの?」

 

 そんな時、1人の少女が話し掛けて来た。恐らく、さっきまでここで遊んでいたのだろう。

 辺りはすっかり暗くなっていて、他の子供達は皆いなくなっていた。何故この女の子は一人でまだ残っているのか、そして自分に話しかけて来たのか。ソラトにとってはもうどうでもよかった。

 

「どうして、そんなに悲しそうなの?」

 

 月明かりに照らされた青いショートカットを揺らし、つぶらな緑色の瞳を少年に向ける。

 話せば、少しは気分が晴れるのかな。優しく話し掛ける少女の声に、少年は俯いていた顔を上げる。

 

「僕は独りなんだ……。父さんと母さんが死んじゃったから……」

 

 少年が力なく答えると、少女は目を見開いて驚いた。

 ほら、何にもならない。普通の子供ならば、親が死ぬなんて考えもしないだろう。何も出来ず、この少女は親と帰っていく。彼はそれで終わりだと考えていた。

 

「そっか……私と一緒だね」

 

 しかし、少女の答えに今度は少年が驚かされた。

 笑顔で話し掛けてきた彼女が、自分と同じだとは思いもしなかったのだ。

 

「私もね、お母さんが死んじゃったの。でも、ギン姉とお父さんがいるから独りじゃないの」

 

 彼女は母親を亡くしていたが、独りではなく姉と父親がいる。

 その事実を知った少年は、胸の奥が痛むのを感じていた。

 この少女にはまだ家族がいるが、自分にはもう誰もいない。あの親戚の中の誰に引き取られても、家族とは思えない。

 

「僕にはもう誰もいない、僕は独りぼっちなんだ……」

 

 自分の言ってることに、少年は涙を浮かべそうになる。

 やはり、この寂しさから抜け出すことは出来ない。少年は開きかけた心を再び閉ざそうとしていた。

 

「私が友達になれば、貴方はもう独りじゃないよ」

 

 だが、次の彼女の言葉に少年は目を見開いた。彼女は少年の作る壁を悉く壊し、手を差し伸べたのだ。

 差し出された手のひらと少女の笑顔を見て、少年は震える手を伸ばした。

 彼には彼女が救いの女神に見えた。掴み取った手は小さくも温かく感じた。彼女の笑顔は眩しい光となり、少年を包んでいた闇を照らした。

 引っ張られる形で立ち上がると、もう苦しみはない。

 

「私はスバル。スバル・ナカジマ」

「……僕はソラト。ソラト・レイグラント」

 

 こうして少年――ソラトは少女――スバルと出会った。

 孤独から救ってくれたスバルがソラトの唯一の心の拠り所となったのだ。

 そして、以来ソラトはスバルを守る為に強くなること誓った。

 

 

◇◆◇

 

 

 しかし、ソラトの誓いを嘲笑うかのように事故は起きてしまった。ミッド臨海空港の大規模火災である。

 両親を亡くしてから、ソラトは親戚の家に行くことを断って孤児院に引き取られていた。最初はスバルと離れ離れになるのが嫌で、ナカジマ家に近いから孤児院を選んでいたのだが、そこにいた身寄りのない子供達とも仲良くなり、結果的にソラトの性格を明るく戻すのにいい環境だった。

 その日、ソラトはスバル達がいないことを知っていた為、学校の宿題を終わらせつつ他の子どもと遊んでいた。優しく思いやりのある性格のソラトは、他の孤児達の心も開き外で仲良くサッカーや野球をする程明るくなっていた。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

 夕飯の時間になり、帰ってきたソラトはテレビの前で深刻そうな表情をしている先生や女子達を見かけた。

 普段ならば、手を洗い終えた男子と協力して食事の準備に取り掛かるはずだが、様子がおかしい。何か嫌な事件でもあったのかと、ソラトはテレビを見た。

 

「これって……」

 

 ニュースの内容は、臨海第8空港で大規模火災があったと言うことだった。ニュースキャスターも近寄れず、現場は騒然としているようだ。

 ミッドチルダの臨海空港と言えば、次元世界内外の旅行客で賑わう大きな空港だ。それが火災で一気に燃えてしまったとあれば先生達も呆然とするのも無理はない。

 しかし、ソラトの脳裏には全く別のことが浮かび上がっていた。

 

『明日、お姉ちゃんと一緒にお父さんのところに行くんだ。』

 

 笑顔でそう話していた幼馴染。スバルの父親、ゲンヤ・ナカジマは現在はミッドチルダの北部と西部の境界付近で陸士108部隊を率いている。そして、108部隊の隊舎から一番近い臨海空港は、第8空港である。

 テレビの取材に陸士108部隊の隊員が映った時、ソラトの嫌な予感は確信へと変わった。

 あの火災の中にスバルがいる。自分を心の闇から救ってくれた、大事な少女が命の危険に晒されている。

 ソラトの脳裏に浮かんだ次の光景は、炎に消えゆく両親の姿だった。あの時と同じだ。大事な人が炎で焼き尽くされるのを黙って見ているしかない。

 

「行かなきゃ……!」

 

 トラウマが現状と重なったことで焦燥感がピークに達したソラトは踵を返し、血相を変えて第8空港へと向かおうとした。

 だが、子供の足でミッドチルダ西部にある孤児院から北部の空港まで行くのは無理があった。

 

「お、おいソラト! どこに行くんだよ!」

「もうすぐご飯だぞ」

 

 孤児院を出ようとしたところで、一緒に遊んでいた男子達に止められてしまう。

 だが、制止の声も聞かずソラトは空港へ向かおうとした。

 

「行かせて! スバルが、スバルがあの中にいるんだ! お願いだよ、離して!」

 

 掴む手を振り放そうとソラトは暴れた。様子のおかしいソラトを、孤児達は数人がかりで漸く抑える。

 普段は大人しいソラトが暴れていると聞き、ニュースを見ていた先生も駆け付け、ソラトは地面に組み伏せられた。

 その時、事故現場を映していたテレビから歓声の声が聞こえてきた。

 

〔見てください! 本局の魔導師が、小さな女の子を抱えて飛び出してきました! 救助に成功した模様です!〕

 

 小さな女の子が救われた。そのことだけを頭で理解したソラトはやっと動きを止めた。

 大人しくなったと分かった途端に孤児達は腕を離し、頻りにどうしたと聞いてくる。以前からソラトがナカジマ家の娘2人と仲がいいことは孤児院にいた全員が知っていたが、今テレビに映っている火災現場にその2人がいることは誰も知らなかった。

 

「スバルが、助かった……けど、僕は……」

 

 一先ず、スバルが助かったと思い安心する。反面で、自分が何も出来なかったことへ悔しさを感じ砂を噛み締めていた。

 スバルを守ると決めたはずなのに、肝心な時に自分は何が出来た?

 たとえあの場に行けたとして、力のない自分にはどうすることも出来ない。

 彼女の代わりに火の中に閉じ込められることも、苦しみを変わってあげることすら出来ない。

 ソラトは無力な自分を恥じ、土を涙で濡らすしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 新暦76年。

 ミッドチルダの首都、クラナガンのとあるビルにて騒動が起きていた。なんと、屋上から飛び降り自殺を図ろうとしている男性がいるというのだ。ビルの高さはおよそ150メートルもあり、万が一飛び降りでもしたら死は免れないだろう。

 警邏部隊が飛行可能な魔導師に連絡を取り、必死に飛び降りないよう説得を続ける。地上でも、野次馬が見守る中クッションマットの準備を進めている。

 

「来るな! 近付いたら飛び降りるぞ!」

 

 しかし、男性は興奮状態で局員に訴え、フェンスを掴んで身を乗り出している。痩せ細った中年男性で、どうやらビル内に勤務していた社員のようだ。

 空戦魔導師が来るまで、まだ30分もかかる為に時間を稼がなければならない。あまり刺激をしないようにしないといけないが、生憎ここにいる人間は自殺志願者の説得に慣れていなかった。

 

「あのー、少しいいですか?」

 

 どう対処すべきか困り果てていた警邏部隊に突然、金髪の少年が話しかけてきた。にこやかな笑みを浮かべ、手には管理局局員であることを示す局員証が入った定期入れを持っている。一見、何処にでもいそうな十代後半の少年だが、局員証があることで彼が管理局の人間であることが分かる。

 

「僕に話をさせてください」

 

 少年は定期入れを懐に仕舞うと、ゆっくりと男性の方へと近づいて行った。

 突如現れた得体のしれない少年に、男性は一気に捲り立てる。

 

「な、何だお前!? それ以上来るな、飛び降りるぞ!」

「えっと、じゃあここまででいいですか? 少し、貴方と話がしたいんです」

 

 少年はふと立ち止まり、優しく話しかけた。敵ではないことを示す為に両手を上に挙げ、にっこりと微笑みかける。男性は不思議そうに少年を見つめ、しかし乗り出した身体を戻そうとはしなかった。

 

「今日はいい天気ですよね」

「だ、だから何だ!」

「こんな日は、家族や恋人と出かけるのに最適ですよね」

 

 緊迫した状況の中で、少年は上を見上げて世間話を始めた。確かに、空は雲一つない快晴。自殺騒動が起きているこことは別の場所では、少年の言う通り家族や恋人と出かけている人間も多くいるだろう。

 

「僕にも大事な幼馴染がいるんですよ。ね、貴方には今日みたいな日に一緒に出掛けたい人っていますか?」

「お、俺には……知らん! 関係ない!」

 

 今の状況とは全く関係のない世間話に、男性は一瞬答えそうになる。が、すぐに首を横に振り足を前に進めようとする。

 すると、少年は不思議そうに首を傾げた。

 

「そうですか? けど、お仕事を頑張り続けた理由には、誰かいると思うんですけど」

 

 少年の言葉に、男性はハッと目を見開いた。男性の頭の中には、妻や子供の姿が思い浮かぶ。

 思わず涙が零れ落ちると、男性は手摺りを掴んだままその場にしゃがみ込んだ。その瞬間、警邏部隊が飛び出しそうになるが、少年が右手を広げて制止した。

 

「俺は、今まで頑張って来た……家族の為、会社の為に頑張って来たんだ……なのに、いきなりリストラなんてしやがって……! 俺は……!」

 

 男性が飛び降り自殺を図ろうとした理由は、会社側から突然伝えられたリストラが原因だった。今まで身を粉にして働いて来たのに、あっさりと捨てられたことに絶望し、命を絶とうとしたのだ。

 少年は泣き崩れる男性に一歩近付き、再び話しかけた。

 

「そう、今まで頑張って来たんですよね。大事な家族を守る為に。けど、今貴方がいなくなったら、これから先の未来で誰が貴方の家族を守るんです? それに、貴方が家族を思うように、家族も貴方を想っているはずです。大事な人を失う痛みは、どんな傷よりもずっと深く残り続けます」

 

 一歩、一歩とゆっくり近付きつつ、少年は語り続ける。家族を失った痛みを知るからこそ、大事な人を守れなかった辛さを知るからこそ、同じ思いを誰かにさせない為に話す。

 そして、少年は男性まであと一歩という所まで近付いた。

 

「貴方はまだやり直せます。大事な家族と一緒に。だから諦めないで」

 

 少年は手を男性に伸ばした。その時、男性の手はずっと興奮状態で汗を掻いていた為に滑り、手摺りを手放してしまった。慌てて少年が男性の腕を掴もうとするが間に合わず、男性はバランスを崩し、ビルから落ちてしまう。

 落ちてくる男性に対し、地上では野次馬が悲鳴を上げる。見守っていた地上部隊もマットを広げるが、着地姿勢が悪ければ男性は死んでしまうだろう。

 

「セラフィム!」

〔Standing by,Holy raid!〕

 

 少年は手摺りを飛び越えて男性の後を追い、懐から青緑色のクリスタルを取り出す。

 すると、少年の姿は一瞬で消え、落ちていた男性の元に青緑色の光が集まる。光はドーム状に周囲を覆い、落下速度を下げていく。

 ゆっくり、地上に降りてきた光のドームは地上部隊の目の前まで降りてくると消滅し、中から男性を抱えた少年が現れた。先程までと違うのは、私服から白い騎士のような服装に変わっていることだ。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 何が起こったかよく分からない男性は少年に呆然としながら頷く。少年は男性をその場に下ろすと、待機していた地上部隊に身柄を引き渡した。

 同時に騎士服は解除され、元の私服姿へと戻る。

 

「じゃ、僕はこれで」

「あ、あの! 貴方は?」

 

 去ろうとする少年に、男性の身柄を渡された隊員が訪ねる。

 

「失礼しました。僕はソラト・レイグラント。陸士103部隊所属の陸曹です」

 

 ソラトは敬礼を交わし、傍に停めてあったバイクに乗って何処かへと去って行った。

 

 悔しさを噛み締めたあの日から、少年は人々を救う力を手に入れ成長した。彼の秘めた決意は、大切な幼馴染と出会ってから10年経った今も揺らぐことは決してない。

 ソラトは今日も、超えるべき目標の背中を追い力を求め続ける。

 そんな彼の行く末をジッと見つめる、影からの視線があることも知らずに。

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