魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第17話 出会い

 "グリトニル・リゾート"の事件から2週間が経った。

 薄暗い研究室では、いつも通りマラネロがネオガジェットの設計図を弄っているところだ。

 

「オイ」

 

 そこへ不機嫌そうな少年、アースがやってきた。服装は普段のバリアジャケットではなく、クリーム色のファーが付いた焦茶色のジャケットに黒のズボンというラフな格好だ。

 アースがこの格好をする時は、専らストレス発散のためにバイクを乗り回すのだった。

 

「外出許可かい?」

「ああ」

 

 牛乳ビンの底のような丸眼鏡の奥から、アースを見据えるマラネロ。

 アースは先日、宿命の敵ソラトと対面したばかりだ。しかも、横槍が入った所為で殺し損ねている。

 もしかしたら、アースは外出の際にソラトを狙いに行くかもしれなかった。だが、感情的な理由で勝手に動かれるとこちらの動向まで察知されるかもしれない。

 

「……さて、どうしようかな」

 

 許可が降りないかもしれないことは、アースも承知していた。自分達は犯罪者。ボロを出せば即、死に繋がる。

 

「うん、いいよ」

 

 ところが、マラネロはあっさりと許可を出した。カタカタとボードを打ち、転移装置を作動させる。

 アースは始めは意外そうな反応をしたが、すぐに自身のバイクがある車庫へと向かった。マラネロの考えを読むのは不可能だと、アースはとっくに諦めていたからだ。

 

 黒を基調とし、車体に真紅の稲妻のようなラインが入ったバイクを押して、アースは転移装置に立つ。

 マラネロ開発の転移装置は管理局に探知されないようジャマーが張っており、戻る際には携帯出来る小型装置を使用する。アースは小型転移装置を持っていることを確認すると、行き先をミッドチルダの森の中に設定し転移した。

 

「……フン」

 

 一瞬で森の中に転移し、周囲に目撃者がいないことを確認すると、アースは通信機を全て切った。当然発信機も切り、マラネロ側からの介入をさせないようにしたのだ。 これで今のアースは自由。ここまでして、成し遂げたい目的は唯一つである。

 

「待ってろよ、ソラト!」

 

 前回の戦闘で圧倒したにも関わらず取り逃がしたことで、アースの我慢にも限界が訪れていた。

 森から公道に出るとバイクのエンジンを蒸かし、フルフェイスのヘルメットを被ったアースはクラナガンへと向かっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

 そのクラナガン市街を歩く少女が1人。赤い短髪に金色のツリ目、ボーイッシュな服装の少女──ノーヴェはラッピングされた箱を持ち、モノレールの駅を目指していた。

 実は先日、ソラトが退院したのでナカジマ家の姉妹4人で退院祝いに何か送ろうという話になったのだ。

 しかし、出所したとはいえ彼女達はまだまだ保護観察中の身。外出許可は1人しか出ない。

 

「何であたしが……」

 

 見舞いの品であるお菓子の詰め合せが包まれた箱を見ながら、ノーヴェは呟いた。彼女が選ばれた理由は簡単。ジャンケンに負けたからだった。

 とはいえ、ノーヴェ自身に行く気は余りなかった。ギンガやスバル含め、姉妹達にはある程度の社交性があるが、強気で素直になれないノーヴェはまだまだ人との付き合い方に慣れていない。つい最近まで、父親となるゲンヤにすら堅い態度を取っていたのだ。

 

「……さっさと渡して帰ろ」

 

 ノーヴェはさっさと用事を済ませ解放されるよう、歩を早めた。

 

 ふと、前方にバイクが停まっているのが目に入った。

 黒の車体に真紅のライン。運転手は休憩中のようで、ベンチに座りドリンクを飲みながらクラナガンのマップを確認していた。

 その横顔に、ノーヴェは見覚えがあった。というより、これから会おうとしていた人物そのものだった。

 

「オイ、もうバイクなんか乗り回して平気なのか?」

 

 手間が省けたことに内心喜びながら、突っ掛かるように話し掛けるノーヴェ。

 しかし、すぐに間違いに気付いた。顔はとても似ていたのだが、髪は翡翠色で瞳は真紅。目付きも鋭く全くの別人だったのだ。おまけに、ソラトのバイクは白い車体だ。

 

「わ、悪い! 人違いだ!」

 

 自分の間違いに、顔を真っ赤にする程恥ずかしがるノーヴェ。だが、相手はノーヴェを見ると不快感を示すことなく言葉を返した。

 

「気にするな、よく言われる。それに、俺もアンタに似た奴を知ってる」

 

 声までソラトに似ていた少年の言葉に、ノーヴェはすぐ自身に似たスバルのことを思い浮べた。自分と違い天然で人当たりのいい姉のことだ、知り合いも多いのだろう。

 

「ああ、それウチの姉貴のことだな」

「姉?」

「……不本意ながら、な」

 

 何処か抜けた性格のスバルを姉と認めたくないのか、頬を掻きながら一言だけ付け足す。翡翠色の髪の少年は彼女の真意が分からず首を傾げた。

 

 

◇◆◇

 

 

 六課では復帰したソラトが早速、隊舎付近の森の中で自主訓練を行っていた。アースへの敗北が相当響いたのか、セラフィムを握る手を強くし練習用のスフィアを斬り捨てていく。

 スフィアは素早くソラトの周囲を飛び回り、時々ソラト目がけて突進してくる。これは、ソラトがなのはのアクセルシューターを参考に設定したものである。

 

「はああああっ!」

 

 全身から汗を滴らせ、叫びながらスフィアの突進を刀身で防ぎ、斬り返していくソラト。かれこれ、休憩抜きで1時間以上は続けている。復帰したての身で急な訓練を続け、体力も限界に近い。

 一瞬目眩に気を取られ、ソラトは遂に態勢を崩してしまい膝を付いてしまう。

 

「はぁ、はぁ……まだだっ!」

「もうよせ」

 

 息を切らしながらもまだ立ち上がろうとするソラトを、木陰から現れたエドワードが制止した。暫く様子を見ていたが、流石に限界だと判断したのだ。

 

「エド兄、見てたの……?」

「ああ」

 

 突如現れた兄貴分に驚き、ソラトはその場に座り込んでしまう。

 無茶な訓練をして怒られると予想したソラトは、内緒で自主練を行っていたのだ。そんなソラトにエドワードはドリンクの入ったボトルとタオルを投げ渡した。

 

「あ、ありが」

「何を焦ってる?」

 

 ソラトのお礼を遮り、キツい口調で尋ねるエドワード。

 今のソラトは何かに焦り、無茶な訓練を重ねて技術を詰め込もうとしている。だが、そんなことをしても自分の体を壊すだけなのは明白だった。

 

「……彼に、負けられないから」

 

 彼──アースへの敗北は即ち自分への敗北を表す。

 ソラトは自分以上の高みにいるなのはを超えることを目的にしているので、自分に負ける訳には絶対にいかなかった。

 

「理由はどうあれ、アースは絶対に僕を狙ってくる。だからもっと強くならないといけないんだ!」

「だからといって、無理をしていい訳ないだろ。強くなることは、体を壊すことじゃない」

 

 ソラトの言い分をバッサリと切り、言い放つエドワード。訓練で体を壊せば本末転倒、まるで意味を成さない。

 

「……ごめん」

「いいさ。お前が強くなるまでは、俺が守ってやる」

 

 頼もしい兄の言葉に、ソラトは漸く笑みを浮かべた。その時、ソラトへ意外な人物から通信が掛かって来た。

 

「チンク? どうしたの?」

〔いや、大した用ではないのだが……〕

 

 最近ナカジマ家入りを果たし、スバルの2番目の姉となったチンク・ナカジマからだった。

 ナカジマ家の姉妹の中でも、チンクからは重大な用事でもない限り掛かってこない。ソラトの心を一瞬不安が襲うが、チンクの表情から一大事ではないことを察し安堵する。

 

〔そっちにノーヴェはもう到着したか?〕

「え? 見てないけど」

 

 ソラトは頭にスバル似の少女を思い浮べる。だが、今日はノーヴェどころかスバル以外のナカジマ姉妹には会っていなかった。

 

〔退院祝いを持たせたのだが、到着の連絡を遅く感じてな〕

「僕の退院祝いを? わぁ、ありがとう!」

 

 ナカジマ姉妹からの祝いに素直に喜び、お礼を言うソラト。

 しかし、肝心のノーヴェがまだ来ていない。六課隊舎に初めて来る、という訳ではないので一同は少し心配になった。

 

「なら、迎えに行こう」

「あ、僕も!」

〔済まないな、世話を掛ける〕

 

 ソラトの後ろで話を聞いていたエドワードが申し出て、ソラトも立ち上がりセラフィムを解除する。

 車庫へ向かう息ピッタリな2人にチンクは苦笑しながらも感謝するのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 いつの間にかノーヴェは少年の隣に座り、自分の姉妹の話をしていた。

 理由はない。強いて言えば、知人によく似た少年が気になったのと、これも何かの縁だと思ったのだろう。

 不思議と、ノーヴェにとって少年は話しやすい相手だった。自分そっくりの人物をお互いが知っていたり、少し尖った雰囲気から親近感が湧いていたのだ。

 

「そういえば、名前聞いてなかったな。あたしはノーヴェだ」

「……アースだ」

 

 少年、アースもノーヴェの話を相槌を打ちながら聞いていた。相槌といっても「へぇ」、「そうか」等の簡素なものだが、アースの内側では密かにノーヴェへの興味が湧いていた。

 人造魔導師と戦闘機人の違いはあれど、自分と同じ造られたものが人間社会でどんな生活をしているのか。ひょっとしたら、虐げられているのではないか。

 

「……楽しい、のか? 今の生活が」

「え?」

 

 唐突に尋ねるアース。

 予想に反し、彼の目にはノーヴェが何処となく楽しそうに映ったのだ。それが彼に疑問を感じさせた。人工的に生み出された命が異形だと恐れられる社会で暮らして、本当に楽しいのか。

 

「……まぁ、楽しいな。平和で」

 

 若干照れながらも、ノーヴェはハッキリと答えた。

 彼女の周囲には受け入れてくれる人物が多かった。ナカジマ家は勿論、六課や陸士108部隊、本局技術官のマリエル・アテンザなど。これらの出会いが、自分には戦う運命しかないと思い込んでいたノーヴェの心境をしっかりと変えていた。

 

「……そう、か」

 

 短い会話の中で、アースはそのことを感じ取ったのだった。

 ノーヴェには確かに自分の意思で今の生活を満喫しており、良き理解者も周囲に沢山いる。常に孤独な自身とは大違いだった。

 

「そういえば、ソラトのことも知ってるっぽかったな。血縁関係か?」

 

 ノーヴェは今度はアースの話が聞きたくて、逆に質問し返した。しかしそれが不味かったのか、物静かだったアースの表情は一変し怒りを秘めたように強張らせた。

 

「ソラトと血縁関係かって? いや、それ以上だ。俺は、アイツの遺伝子から造られた人造魔導師だ」

「え……?」

 

 アースが語った事実にノーヴェは愕然としながら、先日ソラトを襲撃した人造魔導師の話を思い出した。もしアースの言うことが本当なら、アースは自分達の敵ということになる。

 

「お前のことも知ってるぞ。元ナンバーズ9番にしてマラネロとスカリエッティの合作」

「くっ!」

 

 ノーヴェはアースに警戒しながら、懐から黄色のクリスタル――"ジェットエッジ"を取り出そうとする。だが、先に利き腕をアースに捕まれてしまう。

 

「待て、今お前と争う気はない。あくまで俺の狙いはソラト、唯1人だ」

 

 アースは意味のない争いは極力避けたかった。今ここで騒ぎを起こせば、ソラトを襲撃する所かクラナガンを歩きにくくなる。

 今までの親しそうな雰囲気から一転、互いに睨み合うノーヴェとアース。ベンチの上で密着した状態のため、周囲から怪しまれることはなかった。

 戦意がないことが分かりノーヴェは渋々腕の力を抜くと、アースも腕を離した。

 

「何で、そこまでソラトを憎んでいるんだ?」

 

 ノーヴェは先程までの態度との豹変に驚き、疑問を投げ掛ける。何故頑なにソラトへ固執し、命を奪いたくなるほど憎んでいるのか。

 

「……色々な話を聞かせてもらった礼だ。教えてやるよ」

 

 アースは俯き、少しの間考えた。立場上、敵に近い位置であるノーヴェに自分のことを話すべきか。だが、ノーヴェは多くのことを話してくれた。作られた存在にも与えられる、希望のある世界を。

 だから、アースは語り出した。彼女なら、自分の絶望を理解してくれると思ったのだ。

 

「俺は目覚めた時から、培養液の中にいた――」

 

 彼は自身が生み出された時を思い出す。

 

 

◇◆◇

 

 

 オレンジ色の培養液の中、目を覚ます。彼がまず感じたのは、ポッドの中の不自由さだった。

 

「おや、目覚めたかい?」

 

 最初に視界に入ったのは、薄緑色の髪に眼鏡を掛けた科学者。薄気味悪い笑みを見せ、話し掛けて来た。

 始めはボーッとしていた彼だが、徐々に意識がはっきりとして怯えた表情をする。何故自分がこんなところにいるのか、そもそも自分が誰なのかが分からなかった。

 

「怖がらなくてもいいよ。君の記憶を弄っただけだから」

 

 目の前の科学者、マルバス・マラネロは平然と呟く。

 彼には本来、オリジナルであるソラトの記憶が備わるはずだった。しかし、邪魔だと判断したマラネロは記憶を消去したのだ。

 そのため、彼は自身が()()()()という自覚もなく、突如生態ポットの中で目覚めたという認識となった。

 

「記憶を消した……!? ()は一体何なんだ!? どうしてこんな所に!?」

 

 恐怖が全身を支配し、彼はマラネロに疑問を叫ぶ。意識上はまだ幼い少年である彼にとって、今までされたことやこれからされることより、自身のことが分からないことの方が一層恐ろしかった。

 両親は誰なのか?

 いつ生まれ、どんな経験をしてきたのか?

 自分の名前は何というのか?

 

「君が誰かって? それは些細なことだ、忘れたまえ」

 

 だが、怯える彼を嘲笑うかのようにマラネロは疑問を突っぱねた。

 そして、手に持っていたリモコンを押し、彼の目の前に位置するモニターを映した。映像の内容は、幼い金髪の少年が両親と過ごす他愛のない日常風景だ。

 

「これ、は……?」

 

 一見微笑ましい映像だが、彼にとってはより大きなショックを与えるものだった。

 そこに映っている少年と、ポットのガラスに映る自身の姿が酷似していたのだ。勿論、彼にはこのように両親と過ごした楽しい思い出などない。ではアレは誰なのか?

 

「彼の名は、ソラト・レイグラント。君のオリジナルとでもいうべきかな、名もなき少年」

「オリジナル……?」

 

 またしても心を抉るようなマラネロの言葉に、彼は呆然とした。

 あの少年がオリジナルだとすれば、酷似している自分は何なのか。()()()()()()()()()()いう言葉の意味を、彼は頭から遠ざけようとした。

 

 そうだ、きっと双子なんだ。アレは弟か何かで、一時的に記憶を失っているだけだ。

 

 しかし、マラネロは精神的に不安定な彼に非情な真実を叩きつけた。

 

「君は言わば彼のクローン。君の存在に意味などないんだ。記憶も、居場所も、自己認識もない、造られた存在だ!」

「やめて……やめてよ……っ! やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 耳を塞ぎ、目を瞑り彼は叫んだ。普段は静かな研究所内には暫くの間、彼の悲痛な叫びと彼の存在を否定するソラトの映像の音声だけが木霊していた。

 

 

 彼の意識が目覚めてから数日が経った。

 彼の目前には未だにソラトの幸せそうな映像が流れている。彼は叫ぶのを辞め、ひたすら映像を睨んでいた。

 この数日で彼は大きく変わった。目覚めたばかりの時の怯えた表情は何処にもなく、弱々しかった瞳も鋭くなり絶望と憎悪に満ちている。両手にはガラスを殴った跡が痛々しく付いていた。

 しかし、培養液の中では力が入らず、例え液がなくとも幼い少年の腕力では強化ガラスで覆われた生態ポッドを割ることは出来なかった。

 

「もっと自分の体を大事にした方がいいよ?」

 

 そこへ数日ぶりにマラネロが彼の目の前に現れた。当然、この男も彼の憎悪の対象である。彼はマラネロをキツく睨み付け、すぐにモニターへと視線を移した。

 

「君は何がしたい?」

 

 マラネロの問いに、ピクリと反応する。この窮屈なポッドから出て、自分は何をしたいのか。そんなこと、彼の中では最初から決まっていた。

 

「ここから出て……奴と貴様を殺してやる!」

 

 今すぐにでも噛み付きそうな勢いでマラネロに吠える彼。

 

 この数日間、モニターに映るソラトとポッドに反射した自分の姿を見比べ考えていた。

 何故同じ姿、同じ遺伝子を持っているのにソラトは幸せそうに笑い、自分は思い出すら失くしてこんな培養液の中で苦しんでいるのか。

 これが本物と偽物の差なのか。何故偽物というだけで世界から疎まれ必要とされなくなるのか。

 

 ならば、自分が本物(ソラト)に成り代わればいい。

 苦しみを知らないソラトから存在を含めた全てを奪い、今まで幸せに生きてきた本物に自分が受けた以上の絶望を与える。そうすれば、自分にも意味が生まれる。

 

本物(ソラト)より優れた、本物(ソラト)以上の存在として! それが「俺」が今存在する理由だ!」

 

 憎悪を込めて彼はモニターのソラトへ叫ぶと、マラネロに対しても怒りをぶつける。

 

「貴様もだ! 俺を生み出した罪、償ってもらうぞ!」

 

 目覚めた時とは完全に別人となった彼に、マラネロは満足そうに笑い頷いた。まるでこうなることを望んでいたかのように。

 そして最初の時と同様にリモコンを操作し、モニターを消すと彼に向き直った。

 

「だがここで私を殺せば、君はソラトに成り代わることが難しくなる。逆に私がいれば、是非とも君に協力することが出来るが、どうするかね?」

 

 珍しく低いトーンで話し掛け、分厚い眼鏡の奥から鋭く睨むマラネロ。

 確かに、生み出されたばかりである彼には難しいかもしれない。ソラトが何処にいるかも分からず、ただ殺しても成り代わることにはならない。ソラトから全てを奪わなければ、殺す意味がないのだ。

 1人で行動するより、利用出来る人間がいた方が便利だ。例えそれが憎い相手でも、まずは存在する意味を得る方を優先するべきだ、と彼は決断した。

 

「なら()に協力しろ。但し、ソラトの次は貴様を殺す」

「交渉成立だ」

 

 マラネロはリモコンのもう1つのスイッチを押す。

 すると、彼の行動を制限していた生態ポッドが開き、培養液を流しながら彼を解放した。

 

「……次は培養液をなくしてから開けようか」

 

 流れ出た培養液をモロ被りし、ビショ濡れになったマラネロはしかめっ面で呟き、彼に近付く。

 

「まずは君に名前が必要だね。何て名前がいい?」

 

 翡翠色の髪から培養液を垂らす彼に、マラネロはタオルを投げ掛けながら尋ねた。

 マラネロ自身、造った存在の名前に興味はなく、大抵本人に付けさせるか番号、記号で呼んでいる。

 彼はタオルで頭と顔を拭くと、突如マラネロの首を強く掴んだ。

 不意打ちだったため、流石のマラネロも苦痛に顔を歪ませる。このまま殺すのかと思いきや、彼はマラネロの顔を自身に近付けた。怒りと憎しみで満たされた真紅の眼光がマラネロを射抜く。

 

 

「俺は、アース。"空"を"地"へ引き摺り落とす者だ」

 

 

 自分で決めた名を名乗り、アースはマラネロを突き飛ばした。突然の凶行に怒るどころか、マラネロは息を整えつつ狂気じみた笑い声をあげた。

 

「ヒヒッ、ヒャヒャヒャヒャッ! いいぞぉ、君とは仲良く出来そうだ!」

「……フン」

 

 研究所に響く、狂気の笑いにアースは不機嫌そうにしながらソラトへの憎悪を内に暖め続けていくことになるのであった。

 

 

◇◆◇

 

 

 これがアースがソラトを狙う理由。自分の存在する理由が欲しい、そして平凡に生きてきたソラトに自分の絶望を味わせたい。

 

「例え偽物の命だとしても、俺は俺の意味が欲しいんだ。そのために、ソラトを殺す」

 

 曝け出されたアースの感情に、ノーヴェは共感していた。

 彼はかつての自分と同じだった。戦闘機人である自分には戦うことしか生きる意味なんてない、と思い込んでいた。

 しかし、スバルやティアナ、ギンガ達が例え戦闘機人だとしても、人間らしく生きてもいいことを教えてくれた。

 

「誰にも話したことがなかったが、話したら気分が楽になった。何故だろうな……ノーヴェ、お前のおかげか?」

 

 悲しそうな瞳で微笑みながら、アースは立ち上がる。

 今まで話さなかったのは、科学者以外の生物は大抵理性のない獣人か、破壊活動にしか興味のない残忍な殺人兵器しかいなかったからだ。

 自分の虚しさを理解してくれる存在と出会えたのは、ノーヴェが初めてだった。

 

 話し終えたアースの横顔を見て、ノーヴェは確信した。

 アースはソラトの遺伝子を使い造られ、オリジナルへの復讐を誓った人造魔導師だ。しかし、本当はただ純粋な心の持ち主なのだ。純粋すぎるが故、マラネロに憎しみの感情を彫り込まれてしまった。

 アースにも伝えないといけない。自分が教えてもらったことを。

 

「アース! お前っ」

 

 一瞬、言葉に詰まるノーヴェと立ち止まるアースの間を藍色の魔力弾が横切った。

 突然の展開に驚くノーヴェを尻目に、予め感知していたアースは大剣ベルゼブブを取り出し魔力弾が飛んで来た方向へ構えた。

 

「アース!」

「ノーヴェから離れろ!」

 

 すると今度は、背後からソラトとスバルが急襲を仕掛けてきた。流石のアースも2人いることは想定外だったらしく、刀身で2人の攻撃を弾きつつ距離を取る。

 

「よせっ! ソイツは!」

「チッ!」

 

 ノーヴェの言葉も届かず、街中でアースを囲み威嚇するソラト、スバル、エドワード。目当てであるソラトがいるものの、明らかに分が悪すぎる。アースは舌打ちしつつ自身のバイクに跨り、ノーヴェの方を見た。

 

「ノーヴェ……」

 

 短い間だったが心を通わせた相手の名前を呟き、アースは逃げるようにその場を去っていった。

 

「ノーヴェ! 大丈夫!?」

 

 スバルが心配そうに声をあげる。ノーヴェが何故か涙を流していたからだ。アースに何かされたのではないか? と、ソラトやエドワードも心配になり近寄る。

 

「うっせぇ……違う、違うんだ……! アイツは……!」

 

 否定の言葉を繰り返しながら、ノーヴェは手で涙を拭っていた。

 結局、彼女の涙の理由も分からず、特に何かされたという訳でもないので、一先ずエドワードの車で六課へ戻ることになった。

 

 こうして、アースとノーヴェは出会ってしまった。この出来事は復讐鬼となったアースに大きな影響を残していくこととなる。

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