ノーヴェとアースの会合から数時間が経った。
六課に連れてこられたノーヴェは事情聴取を受け、その中でアースから聞かされた哀しい生い立ちを訴えた。
「アイツから聞いたのは、これだけだ」
「そう……分かった。お疲れ様」
話を聞いていたなのはは優しくノーヴェに声を掛ける。
他のメンバーもノーヴェの話に複雑な心境になり、言葉を詰まらせていた。特にアースと同じく"造られた存在"であるスバル、フェイト、エリオはアースを隅々まで利用する卑劣なマラネロへの怒りを覚えていた。
「アイツはお前を狙って来るぞ」
静かな空気の中、ノーヴェは特定の人物に向けて再び口を開く。この場にいる人間の中で最もアースと関係が深い人物へ。
「ソラト……」
スバルは、唇を噛み締め俯いたまま動かない恋人を心配する。
恐らく、ノーヴェの話に一番衝撃を受けたのがソラトだろう。
「今日はもう遅いし、ノーヴェは帰った方がいいね」
「俺が送っていきます。ゲンヤさん達にも事情を説明しないと……」
「せやな。なら、お願いな」
エドワードの意見に上司であるなのはとはやては許可し、今日の聴取は終わった。結局、ノーヴェが退出した後もソラトはその場を動くことは出来なかった。
◇◆◇
夜道を走る車の中、ノーヴェは運転中のエドワードに遠慮がちに尋ねてみた。
「あのさ……ソラトの奴、大丈夫かな?」
ソラトが身動き1つ出来なくなる程ショックを受けたのは、自分の所為だ。ノーヴェはずっと罪悪感を引きずっていた。
暫く沈黙が続き、車が十字路を曲がると漸くエドワードが答えた。
「アイツは今、少し混乱しているんだ。すぐ立ち直るさ」
相手は自分の命を狙い、襲ってくる次元犯罪者。しかし、その正体は自分の分身とも呼べる存在。ソラトはアースへの複雑な感情に頭を悩ませていた。
兄貴分として、すぐ傍で成長を見守っていたエドワードだからこそ、ソラトの心情は理解していた。
「寧ろ、ノーヴェが教えてくれなければ、ソラトは何も知らないままアースを討つことになっていたかもしれない」
「けど、アタシは何も」
「出来ただろう。アースと心を通わせた」
自信がなかったノーヴェはエドワードの言葉にハッと気付く。
マラネロの計画通りなら、本来アースは誰とも繋がりを持たずソラトを狙うだけの存在だっただろう。
しかし、ノーヴェはそんなアースから話を聞き出せた。
「アタシは……」
ノーヴェはアースの生い立ちを知った。彼の苦しみも、悲しみも、怒りも。だから彼に伝えたいことがあった。あの時に途絶えてしまった言葉を教えたかった。
気付けば、車はもうナカジマ家の前まで来ていた。家の前では、心配していた姉妹達がノーヴェを待っている。
「ソラトならスバルが心配する。だからお前はアースを心配してやれ」
「ば、バカ! そんなんじゃねぇよ!」
微笑みながら話すエドワードの真意に気付き、ノーヴェは顔を赤くしながら否定する。やや乱暴に車のドアを閉め、ノーヴェは家に帰っていった。
役目を果たしたエドワードは遠くの夜空を見上げ、昔の友人の姿を思い浮かべていた。
「ラウム、お前なら何て言ってやれたんだろうな」
頼れる友人に比べて、自分はあまりに力不足に感じる。新しく出来た妹分に、もっといい言葉を言ってやれたのではないか。
エドワードは情けない自分に溜息を吐き、車を発進させた。
◇◆◇
それからまた暫く経ち、辺りはすっかり暗くなった。
六課隊舎の屋上では、ソラトが放心状態で夜空を見上げていた。悩み過ぎた結果、頭を空っぽにしたくなったらしい。
「アース、君は……」
今は何処にいるかも分からない、自分の分身にポツリと呼び掛ける。
望んで生み出された訳ではない哀しい存在。だが、その存在を確立するため、自分の命を奪いに来る敵同士。ソラトはどう対応していいのか分からなかった。
「ソラト」
気付くと、ソラトの右隣には彼の恋人である、スバルが立っていた。
いつもの優しい口調で話し掛けるスバルと対照的に、ソラトは重い表情を見せる。
「どうすればいいか、分からないんだ。アースは敵対する人造魔導師。けど、それは運命を歪められたからであって」
ソラトは正直に自分の考えを口にした。アースが只の悪人ならば、裁くことに躊躇はしなかった。しかし、純粋さを付け込まれて憎悪に染まったアースを敵として割り切ることが出来ないでいた。
「このまま戦っても、お互いの哀しみが増すだけだ。僕はアースに何が出来るんだろう? 何をしてあげたら……」
1度肉親を失っているソラトには、アースを他人とはどうしても思えなかった。
クローンとはいえ、同じ血を持つ者同士で何故戦わなければならないのか。戦わずに済む道はないのか。ソラトは答えを見つけられないでいた。
「ソラトはソラトのしてあげたいことをすればいいと思うよ」
悩みを打ち明けたソラトに、スバルは優しく語りかける。
「私はソラトに人間として受け止めてもらえて、すごく嬉しかった」
スバルは、タイプゼロ・サードとの戦いでソラトがスバルのために叫んだことを思い返していた。
戦闘機人の身体を持つスバルは後継機であるサードに感情を持った不良品扱いされた。だが、ソラトはスバルを人間として、大切な彼女として想っていたので激昂したのだ。
「だから、ソラトはアースをどう思って、何をしてあげたいのか。それで十分だよ」
優しく微笑むスバルに、ソラトはさっきまでの悩みが氷のように解けていくように感じた。
アースは自分の偽物なんかじゃない。同じ血を持つ、双子の兄弟として受け止めたい。
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ」
自身を心配してくれた恋人に、ソラトは微笑みながら手を握った。
そうだ、最初から簡単なことだったじゃないか。
敵だから、認められない存在だから戦うのではない。説得し、歪んでしまった心を正すために戦えばいいのだ。
「スバル、僕は決めた。アースを助ける。歪んでしまった彼を救うために戦うよ」
迷いを振り切り、決意に満ちた表情で口にするソラト。最愛の人がもう大丈夫だと分かり、スバルも笑顔を見せる。
夜空の下、2人は手を繋ぎ屋上を後にした。新たに出来た、戦う理由を胸に秘めながら。
◇◆◇
次元世界の何処にあるのかも分からない、マラネロの研究室。
普段なら機械音位しか聞こえてこないほど物静かであるが、今は少年の呻き声が廊下にまで響き渡っていた。
「くっ……」
普段は強気なアースだが、今は薄緑色のバインドで手足を縛られ宙に吊されていた。
独断で行動をしようとした挙げ句、自らの素性を語ってしまったのだから仕方のないことではあるが。
「で、君はノーヴェに話すだけで帰ってきたのかい?」
「ああ、そうだよ。別にここの位置なんかは喋ってねぇ」
不満そうではあるが素直に話すアースに、尋問を行っていたマラネロはニヤリと嫌らしい笑みを見せスイッチを押した。
すると、アースを縛っていたバインドは消え、アースは床に着地する。
「何の真似だ」
「君は言った通りツーリングをしただけだ。それに、ノーヴェも半分は私の作品でもある。問題になるようなことも言ってなさそうだし」
「……フン」
つまり、マラネロはアースの行動を不問としたのだ。
イマイチ納得の行かないアースだが、マラネロの気紛れはいつものことだと考え、何も言わずに部屋へ戻っていった。
「ドクター、アイツに少々甘いのでは?」
暗がりから第三者の声がする。中性的な声色を持ち、アースのように気性は荒くない様子だ。
声を掛けられたマラネロは既に気にする仕草も見せず、コンピュータにデータを打ち込んでいた。
「今はまだ彼も重要な戦力だ。反抗しないよう泳がせる必要があるからね」
アースはあくまでマラネロを利用しているようにしか考えていない。思い通りにいかないと分かれば、いつ時反逆してもおかしくないだろう。
しかし、そもそもそんな自分の身が危ういスタンスを取ろうとしているマラネロに、第三者の少年は理解しがたかった。従えたいのなら普通に洗脳すれば速いはずだ。
「ドクターの考えが分かりかねます。何故奴にそこまで特別扱いを?」
「
「実験?」
フォースと呼ばれた少年へ、マラネロは意外な答えを返した。
「そう。スカリエッティが言っていた"生命のゆらぎ"がどれ程のものか知りたくなってね。激しい怒り、復讐心が元々のスペックを凌駕出来るのか、という実験さ。結果は今のところ順調だね」
「ほぅ……」
マラネロはアースの怒りの感情すら実験道具としてしか見ていなかったのだ。造り出した存在を隅から隅まで実験道具として活用しようとするマラネロに、フォースは恐怖と感嘆が入り交じった溜息を吐いた。
「さぁ、そろそろだ。私の最高傑作達が遂に最終実験の時を迎える!」
マラネロが歓喜の笑みを浮かべながらエンターキーを弾くと、目の前にある4つのモニターにマラネロと同じく白衣を着た男達が映り出した。
どうやら、それぞれの研究所は違う場所にあるようで、研究内容も機具も違う特徴を持っている。
「ヒャヒャヒャ、さぁ始まりだよ。我が優秀な弟子達よ」
マラネロの呼びかけに4人の科学者達は笑みを見せ、映像はすぐにノイズへと切り替わった。
一方、自室に戻ったアースはベッドに横たわりながら、今日の出来事について振り返っていた。
ソラトを殺しに行くはずが、ほぼ何もせずに撤退してしまった。全ては、あの赤毛の少女との会話の所為。
「アイツ……ノーヴェの楽しさって、何なんだ」
復讐が全てだったアースに芽生えた、ソラト以外への初めての興味。それは何処か楽しそうに話す戦闘機人の日常。そして少し恥ずかしそうな少女の笑顔だった。
苦しみと怒りで心がすり減ったアースにとって"楽しい"とは無くしてしまった感情であり、密かに憧れていたもの。
「ノーヴェの言う楽しい日常……なら、さっさとソラトと入れ替わればいい」
ソラトとノーヴェは知り合い同士。いつでも気軽に会えるはずだ。
それに、ノーヴェと日々を過ごせば"楽しい"というものを思い出すかもしれない。あの笑顔の理由が分かるかもしれない。
「ソラト……必ず、貴様を殺す」
復讐した後の目的が生まれ、アースは自然と口元を歪ませる。
まるで渇ききった心を潤すようにアースはノーヴェへの興味を求め、打倒ソラトへの覚悟を一層堅く決めるのだった。
◇◆◇
翌日、機動六課の部隊長室。
はやてはある人物を呼び、今回の事件について話をしていた。
「ここ最近、獣人事件はますます深刻になって来てます」
はやての話に、呼び出された男性は資料に目を通しながら深刻な表情で頷く。
タイプゼロ・サードやアース等の強敵の登場に、セブン・シンズ"
「なので、是非とも"陸士315部隊"にも協力体制を敷いて頂きたいのです」
真剣な眼差しを向け、男性にに言い放つはやて。実は、目の前の人物は"陸士315部隊"の部隊長なのだ。
陸士部隊は基本的に縄張り意識が強く、協力的な姿勢を持つ部隊は多くない。だが、"ドロレス"を保持している機動六課はミッドチルダの外に出ることも考えなければならない。
そこで、陸士108部隊以外にも友好的な部隊を作っておく必要があった。部隊間の結び付きを強めておけば、早めに対処が可能になる。
「そういうことならば、我々も機動六課に協力しましょう」
男性は資料を置き、快くはやての申し出を聞き入れてくれた。
とはいえ、はやてもただ無作為に協力を申請している訳ではない。部隊長の人柄も調べ、315部隊ならば協力してくれると見込んでの頼みだった。
「ありがとうございます」
期待通りの返答に、はやては目を輝かせて頭を下げた。
話が纏まると、丁度よくドアをノックする音が聞こえた。どうやら、この男性以外にも来客があったようだ。
「ギンガ・ナカジマ陸曹長です」
「どうぞです」
補佐官のリインフォースⅡが代わりに応答するとドアは自動で開き、ギンガと元ナンバーズのナカジマ姉妹4人が中に入ってきた。
この4人は出所後、社会復帰のために"N2R"というユニットとして時空管理局に暫くの間所属することが決まっていた。
因みにN2Rというユニット名は次女チンクが名付け、由来は施設のブロックと部屋番号と単純なものである。
「いいタイミングやね。まずは皆に新しい上司を紹介しよか」
はやてはナカジマ姉妹の5人を笑顔で迎え入れる。
彼女達を呼んだ理由は、今後協力関係になる315部隊に出向予定だったからだ。
丁度良く顔合わせも出来た、ということではやては目の前に座る、紺色の髪の男を紹介した。
「君達がゲンヤさんの新しい娘達か」
長めの前髪から覗く赤い瞳は鋭く冷たい印象を与えるが、裏腹に穏やかな口調でチンク達に向き直る。
「俺が陸士315部隊の部隊長"ラウム・ヴァンガード"だ。以後、よろしく頼む」
歪んだ運命に翻弄されながら強まる少年達の戦意。
激化する戦いに備え、双方に訪れる新たな戦力。
事件は静かに次のステージへと進んでいた。