魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第30話 名無しの狼

 マラネロの研究室では、弟子3人の戦いぶりがモニターに映し出されていた。

 高町なのはをつけ狙うウィネ・エディックス、ヴォルケンリッターと激闘を繰り広げるエリゴス・ドマーニ、そして陸士315部隊を襲撃したタイプゼロ・フォース。

 マラネロは弟子達の活躍ぶりをニヤ付いた笑顔で見つめ、その隣では最後の弟子であるロノウェ・アスコットがつまらなそうに眺めていた。

 

 しかし、ある状況が一変するとロノウェは目を見開いて驚いた。

 

「バカな!? 師匠、あれは!?」

 

 ロノウェは慌ててマラネロの方を向く。()()も、もしかしたらマラネロの企みなのではないかと考えたのだ。

 しかし、ロノウェは更に驚かされることになった。

 

「な、何だあれは……?」

 

 あのマラネロが驚いている。

 目の前の正体不明の存在はマラネロですら想定外だったらしく、普段の気味の悪い笑みは消え失せてモニターの一つに釘付けになってしまっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 そのモニターが映す先、陸士315部隊の隊舎前では、タイプゼロ・フォースがエドワード達と対峙していた。

 戦闘はフォースが優勢で、IS(インヒューレントスキル)"真空破砕"でエドワードを倒し、ギンガにも手を下そうとしていたところだ。

 その時、咄嗟にエドワードが身を挺してギンガを庇った――はずだった。

 

「何だ、これは……?」

 

 エドワードは自身の腕を見つめる。

 細身だった人間の腕は、毛むくじゃらで太く、指からは鋭い爪が生えそろった怪物のようなものへと変わっていた。

 腕だけではない。黒いバリアジャケットを着ていたはずの身体は黒い巨体と化し、口は大きく突き出して牙を剥き出しにしている。

 

 

「これは一体何なんだっ!!?」

 

 

 信じがたい自身の姿に、エドワードは咆哮する。今のエドワードはもう人間と呼べるようなものではなかった。

 例えるなら、狼の獣人。

 

「お前、獣人だったのか……? いや、獣人は全てドクターの管理下にあるはず。お前は一体……」

 

 敵対していたフォースすら、エドワードの突然の変化に驚きを隠せないでいた。

 獣人とはマラネロが開発した生命体である。確かに、後天的に獣人化薬を撃ち込まれれば、元々人間だったものでも獣人になれる。現に、マラネロの弟子4人がこの方法で獣人となっている。

 しかし、エドワードには薬を撃ち込まれたという情報もない。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 獣化したエドワードが雄叫びを上げ、唖然としていたフォースへ襲い掛かって来た。

 刃物のような爪を振り下ろされ、反応が遅れたフォースは右腕を切り裂かれてしまった。

 

「ぐっ、お前! よくも!」

 

 血が流れ出る4本の傷口から機械の部分を露出させ、フォースは痛みと怒りで顔を歪ませる。

 真空破砕はまだ使える。後ろに下がって距離を取ったフォースは、無事な左腕で目の前を殴り真空波をエドワードの腹部へと伝わせようとした。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 エドワードは息を大きく吸い、耳を劈く程の大声で吠えた。衝撃で足元には亀裂が入り、木々は枝葉を揺らす。

 強大な吠え声は周囲の空気を掻き乱し、フォースが放った真空波すらも掻き消してしまった。

 そして敵に驚く間も与えず、エドワードは一蹴りでフォースの元に近付き喉元を食い千切ろうとした。

 

「マズい!」

 

 間一髪、フォースは飛び掛かって来たエドワードを避けて食い千切られることは回避したが、尻尾の存在に気付かなかった為にそのまま薙ぎ払われてしまった。

 着地したエドワードの足元は爪の後で抉れており、四つん這いでフォースを威嚇する様はただの獣だった。

 

「コイツ、調子に──」

 

 乗るな、と言おうとしたところで、フォースの元に通信が舞い込んでくる。こんなタイミングでフォース相手に通信してくる人物なんて、1人しかいない。

 フォースは一度冷静さを取り戻し、通話画面を開いた。

 

「ドクター、何なんです? アレは」

「私にも分からない」

 

 通話相手、マラネロはフォースの質問に()()()()答えた。飄々とした態度を見せず、フォースと話しながらエドワードの分析を続けている。

 マラネロにとっても計算外な状況であることに、フォースも改めて驚いた。

 

「じゃあ、鹵獲しますか?」

「いや、データは取った。あとは分析すれば終わりだから、今は退くんだ」

 

 獣人の開発者だけあって、獣人のことはよく知っている。マラネロは今までの資料を総動員させ、狼獣人の正体に手が届きそうなところまで調べがついていた。

 フォースはこちらの出方を伺っている狼獣人を睨むが、右腕の出血が酷い。渋々、マラネロに従うことにした。

 

「そこの狼、次は手懐けておいてよ。姉さん」

 

 最後にギンガへ捨て台詞を吐き、フォースは転送装置の光の中に消えていった。

 同時に、動いていたネオガジェットも姿を消し、後に残ったのは壊されたものの残骸のみ。

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 しかし、エドワードはまだ狼獣人のままであった。

 壊れたネオガジェットの装甲を引き千切り、配線を噛み千切る。フォースという標的を失った狼獣人は、ただの猛獣のように暴れるだけになっていた。

 

「エ……!」

 

 恋人が獣人になってから、暫く呆然としていたギンガは漸くエドワードの元に駆け寄ろうとする。しかし、体が動かなかった。異形の存在となったエドワードへの恐怖で、足が震えていたのだ。

 名前を呼ぼうとしても、上手く声が出せない。どうして自分は恐れているのか。相手は、あんなに好きだったエドワードだというのに。

 だが、もう優しいエドワードの姿はなく、代わりにいるのは凶暴な獣。一頻りネオガジェットを破壊した後は、次にギンガに目を付けた。

 唸り声をあげ、ギンガにゆっくりと近付く狼獣人。

 次の瞬間、獣人の五体にワインレッドカラーのバインドが巻き付き、動きを拘束した。

 

「そこまでだ」

 

 バインドを掛けたのは、司令室にいたはずのラウムだった。

 

「ま、待ってください! その獣人は」

「分かっている。俺の親友だった男だ」

 

 ギンガの静止にも、ラウムは顔色一つ変えずバインドで縛る手をやめなかった。

 エドワードにとってラウムは、記憶をなくしてから出来た初めての友人である。しかし、そのエドワードの変わり果てた姿を見るラウムの視線は冷たいものだった。

 

「コイツを独房に監禁する。貴重な生きた獣人の例だ、本局の研究者が喜ぶ」

「そんな!?」

 

 ラウムの言葉をギンガは信じられなかった。ラウムは仲間を何よりも大切にする、義を重んじる人間だ。チンク達を部下に加えた時ですら、悪く思う隊員達から庇ってくれたというのに。

 獣人化したというだけで、かつての親友を物のように扱うラウムにショックを受けていた。

 

「ならば、お前は証明できるのか? コレが、俺達の知っているエドワード・クラウンだと。既に理性を失くした獣を野に放てば、犠牲となる人間が出る。私情に流され、判断を誤るな」

 

 ラウムの言葉はギンガにとって厳しかったが、正しいことだった。今の狼獣人にはエドワードの人格を垣間見ることが出来ない。

 凶暴な獣を拘束もせずに放置すれば、被害はやがて街にまで及ぶだろう。そうすれば、本当にエドワードは獣人として始末されてしまう。

 

「エド、どうして……」

〔ギンガ様……〕

 

 ギンガは落ちていたブレイブアサルトを拾うと、目の前からいなくなってしまったエドワードを想い涙を流した。

 

 

◇◆◇

 

 

 襲撃から夜が明けた機動六課。

 

 なのはは昨日助けに来てくれたユーノに、改めて礼を言っていた。

 昨晩、なのはを襲ってきたウィネは戦っている最中に、フォースと同じくマラネロから撤退命令を受けたのだった。

 

『勝負は預けます。いずれまた、貴方と娘さんの命を貰いに来ます』

 

 ウィネは捨て台詞を吐き、一瞬で何処かに転送されていった。

 戦いが終わったのも束の間。今度はなのはの方にはやてから陸士315部隊が襲撃されていること、六課も刺客がヴィータ達と戦っていること、そして仲間が狼獣人に変貌したことを知らされたのだ。

 なのははユーノにヴィヴィオ達のことを任せ、以来六課隊舎から帰っていなかった。

 

「ゴメンね、ちゃんとしたお礼言えなくて」

〔ううん、無事でよかった〕

 

 申し訳なさそうにするなのはに、ユーノは笑って返す。

 ユーノは現在、普段通り無限書庫で仕事をしていた。勿論、狼獣人に関する情報も依頼に含まれている。

 捕まっていたヴィヴィオとアイナも、今は普通の生活に戻っている。2人を巻き込んでしまったことは、なのはも後悔していた。

 

〔それより、なのはは大丈夫? 六課も色々あったみたいだし、あのウィネって獣人もまた来るって〕

「私はもう平気。今度は絶対捕まえて見せるから」

 

 ウィネについては、また策略を練ってくるかもしれない。しかし、なのはもただやられるつもりはなかった。

 それよりも、問題はかつての仲間の方だった。獣人化を知らされ、フォワード達は特に大きなショックを受けていた。隊長陣も動揺を隠せず、エリゴスを取り逃したヴィータとシグナムも、今は彼の身を案じている。

 

〔分かった。また何かあったら言って〕

「うん、ありがとう」

 

 頼りになる幼馴染に感謝し、なのはは通信を切った。ウィネ以外にも、マラネロやセブン・シンズなど問題は山積みである。

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日の315部隊でも、同様に狼獣人の調査が行われていた。

 記憶をなくしていたという10歳前後のデータや、彼が助け出された研究所の場所、血縁構成など。その結果が出れば出るほど、部隊長室で報告を待つラウムは表情を険しくしていく。

 そして、結果を待っているのはギンガも同じだった。自分の部屋で待つよう部隊長補佐であるチンクから言われ、ずっと待機していたのだ。

 

「ギン姉、いい?」

 

 そこへ、妹であるスバルや、弟分のソラトが心配してやってきた。彼女等も、狼獣人のことを聞いた時はショックを隠せなかった。

 

「ゴメンね、心配かけて」

「ううん、仕方ないよ。だって……」

 

 謝るギンガにソラトは首を振るが、その後は口を濁す。慕っていた兄貴分が獣人だったとは、やはり言葉にしづらいようだ。

 その時、ギンガにラウムから漸く呼び出しがあった。

 

〔ギンガ、来てくれ。スバル達も、頼めるか〕

「はい」

 

 ラウムは表情を崩さずに、ギンガ達を部隊長室に呼ぶ。ギンガも結果を受け入れるべく気丈に振る舞った。

 すぐに部隊長室へ向かうと、中にはラウムとチンクが茶を用意して待っていた。ただ、表情は心なしか厳しく感じる。

 

「席についてくれ」

 

 ラウムに言われた通り3人は椅子に座る。チンクが茶を渡すと、ラウムはゆっくりとスクリーンを出してある映像を見せた。

 

〔うがぁぁぁぁっ! があっ! グルルル……!〕

 

 そこには独房に入れられ、首と腕、足を鎖で繋がれた狼獣人の姿だった。凶暴さは収まるどころか目覚めた時と変わりなく、自由の利かない四肢をじたばたと暴れさせていた。

 最早、ギンガ達の知る人物の面影は何処にもなかった。

 

「"コレ"の正体についてだが……約10年前に作られた獣人の試作品だということが分かった」

 

 ラウムは映像に目もやらず、冷静なまま話を続ける。

 約10年前。つまり、"彼"が10歳頃の話だ。それ以前の記憶がないと言っていたのは記憶を失った訳ではなく、本当に()()()()()()()()()()()のだ。

 

 研究は順調に行っていたのだろうが、ある日研究所が管理局に取り調べを受けることになった際、マラネロはデータだけを持って残りの素体や機材もろとも研究所を放棄することを決めた。

 あらかじめ仕込まれていた爆破装置によって、研究が明るみになる前に全てが消え去ったはずだった。

 しかし、そこにマラネロにとって数少ない計算外が生じた。"彼"の入っていた生体ポッドだけが爆破せず、外からの爆風で割れてしまったのだ。

 意図せず目覚めてしまった"彼"は、朦朧とする意識の中で外を目指し、そのまま局員によって保護されたのだ。

 

「それが、"エドワード・クラウン"と名乗っていた獣人の正体。俺達を騙していた男の──」

 

 突如、机を強く打つ音が部屋に響きラウムの話を遮る。

 机を叩いた張本人、ソラトは勢いのあまり立ち上がっており、怒りで握った拳を震わせていた。

 

「エド兄は、僕達を騙してなんていません!」

 

 キッ、とラウムを睨みつけソラトは言い放った。

 確かに、"彼"は獣人でソラト達の敵になりうる存在だ。だからといって、今まで共に過ごしてきた"彼"はどう見てもソラト達を騙して傍にいるような人物ではなかった。

 

「ラウムさんだって、知っているでしょう? エド兄のことを!」

「……だったら、何だというんだ」

 

 友人だったとは思えない程の冷たい態度に怒りを露わにするソラトに、ラウムは眉をひそめて返す。だが、声は震えているように聞こえた。

 

「どうしてそんなに、冷たく出来るんですか!」

「そうです! エド兄が騙していただなんて」

「そうとでも思わなければ、割り切れないからだ!」

 

 ソラトに加えてスバルも納得がいかずに叫ぶと、ラウムもとうとう我慢できずに立ち上がる。

 先程まで冷静そうに見えていたラウムは、強く握りすぎていた左手からポタポタと血を流していた。

 

「アイツは、もう戻らないかもしれない。自身の正体を知って、絶望して精神まで獣になってしまった。人間に戻れないコイツを抑え付けておけば、研究所から引き渡しの要請が来る。恐らく、研究の素材にして殺すつもりなんだろう。獣人として処理すれば、非人道的と言われることもない。上からの命令が来れば、俺はもう断れない。だから、割り切るしかないんだ……!」

 

 ラウムは遂に自分の思いを吐露する。

 本当は、自分の親友を引き渡すような真似などしたくはない。しかし、上層部からの命令に従わざるを得ない立場にいる以上、狼獣人を友人と考えたくなかったのだ。

 冷たく、物のように扱わなくては自分は情けを見せてしまう。彼のために何も出来ない自分を、ラウムはずっと悔やんでいた。

 

「……ギンガ。お前はどうだ?」

 

 一頻り叫んだあと、ラウムは唯一本心を明かしていないギンガに向き直る。

 "彼"を誰よりも深く愛していたのは、他ならぬギンガだ。

 

「試しに会ってくるといい。今のアイツに。それで、お前が決めろ」

 

 ラウムはそう言って独房のカードキーをギンガに渡した。ソラトもスバルも、ギンガを見て頷くのみ。

 ギンガにはまだ迷いがあった。あそこにいるのが、本当に自身のよく見知っている"彼"なのか。

 

「……行きます」

 

 ギンガは小さく頷き、カードキーに手を伸ばした。

 恐怖で震えた昨日とは違い、ちゃんと"彼"の下に行くことを決めて。

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