魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第31話 エドワード

 狼獣人が出現し、タイプゼロ・フォース達が撤退してから数十分後。マラネロの研究所では、狼獣人の正体に関する分析が全て終了していた。

 

「何なんです? 急に撤退だなんて」

「出直しなど、面倒な」

 

 予想外のことが起きた為、急遽ウィネとエリゴスにも撤退命令が下された。

 2人とも、自身の獲物と戦闘中だったのだが、マラネロの撤退命令は聞かなければ後が恐ろしい。勝負を預け、撤退してきたのだった。

 

「邪魔したことは済まないと思っている! だぁぁぁぁがっ! 私の想定外の存在が一体だけ発覚したのだよ!」

 

 マラネロはいつも以上にハイテンションを維持したまま、弟子2人に謝罪しつつタイピングを続ける。

 自身にとってのイレギュラーな存在だった狼獣人が判明したため、研究意欲が猛烈に刺激されていたのだ。

 少しすると、巨大モニターにはある資料が映し出された。それは昔マラネロが研究していた、獣人に関する初期の資料だった。

 

「私はかつて、狼の獣人を作ろうと考えたことが一度だけあったようだ。寧ろ今まで何故なかったのかが不思議だなぁ。狼だなんてモチーフ的にはありきたりでかつ強そうなイメージがあったのに。まぁ、私的には蛇やサメみたいな誰もが恐ろしいと思えるようなものの方が好きだがねぇ。まぁそこは置いておこう。問題はそこじゃあない」

 

 ハイになったマラネロの独り言は、触れたらキリがないので無視する弟子達。

 が、モニターに映し出されたある獣人のプロトタイプのデータに、全員がハッと気付いた。

 その資料によれば、先天的に獣の遺伝子を混ぜ合わせた獣人の最初の成功事例として書かれていた。

 他にも多くの成功例が存在していたのだが、特にこのプロトタイプは適合率が高く、10歳前後まで成長した時には既に人間態と獣人態の変化能力を身に着けていた。

 

「ここから他のプロトタイプと同様に証拠隠滅用の自爆装置を植え付け、獣人の尖兵として成長させようとした! その矢先に、管理局による調査が入ってしまったんだ!」

 

 素体を持っていくことは出来なかったため、マラネロは獣人の研究データのみを持って、ボロが出る前に研究所ごと廃棄したのだった。

 そして、研究データのみが後の獣人開発に使用され、廃棄された狼獣人は他のプロトタイプと共にマラネロの記憶から消え去ってしまった。

 

「だが、アレのみが運よく生き残っていた! 私の知らぬところで、人間として! これは非常に面白いと思わないかい!? 獣の社会である弱肉強食を体現し、私の手から逃れて生き延びた獣人! どの個体よりも長く生き延び、どの個体よりも最適化されている! アレこそ、私の最高傑作の一つに加えるべきものだと!!」

 

 マラネロは感極まって、自身の思考を絶叫する。まるで失くしたお気に入りの玩具を偶然見つけ出した子供のように歓喜に騒ぎ立てている。

 自身の手の元から離れ、唯一独自の成長を遂げた狼獣人に強い興味を示していた。

 

「ドクター。最高傑作にはまだ早いんじゃないでしょうか?」

 

 そこへ、面白くなさそうにフォースが横槍を入れた。マラネロの最高傑作、という言葉は今までフォースが名乗っていたもの。

 それを急に現れた獣人に取られたことにプライドが傷付けられたのだ。

 

「コイツは獣人として目覚めた時、理性を失ってました。いくら長生きしていようと、中身が獣じゃただの怪物。その辺の獣人と変わりありませんよ」

 

 一度対峙したことのあるフォースは、狼獣人が暴走して人間としての人格を失っていることを知っていた。

 あのまま元の人格が戻らなければ、人間態になることも出来ない。それでは最初の進化に失敗した並の獣人と大差ない。

 加えて、今は陸士315部隊の隊長によって捕えられている。もし、管理局の研究部に引き渡されれば、それこそ相手側に獣人の情報を与えることになってしまう。

 

「ふむ、しかし成長した獣人の構造とかも確かめたいし」

「なら、次は僕が殺して持って帰っても問題はありませんね?」

 

 何より、フォースは自身に傷を付けた狼獣人が許せなかった。プライドまで傷付けられたのでは、もう我慢も出来ない。

 橙色の瞳を怒りと対抗心で燃やすフォースに、マラネロは笑顔のまま頷いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 ギンガ達がカードキーを受け取って、狼獣人のいる独房へ向かっている間。ラウムは部隊長室で座ったまま(こうべ)を垂れていた。

 

「ラウム殿……」

「俺とアイツは、訓練校からの仲でな。お互いがお互いを補える、いいコンビだった。だからよく知っている。記憶をなくした自分の正体に怯えていたことも」

 

 ラウムは嘗ての親友を捕えた時から、心の中で自身を責めていた。

 本当にこうするしか方法はなかったのか。

 元に戻す方法さえ考えず、引き渡すだなんて裏切りみたいな真似をしてもいいのか。

 

 しかし、ラウムは彼の友人であると同時に、陸士315部隊の隊長で管理局の局員である。

 罪のない隊員や一般市民を守るのが彼の仕事だ。ならば、暴れるだけの危険因子を放置するわけにはいかない。

 

「だから、せめて俺の手で引導を渡すべきだとも考えた。結局、それは出来なかったがな。割り切らねばならないのに、あの獣にアイツの面影を見てしまうんだ……まだまだ甘いな」

 

 ラウムは胸の内の弱さをチンクに吐き出した。ギンガ達の前でも冷徹に振る舞い、友人として非情な対応を取っていた裏で、ジレンマに苦しんでいたのだ。

 

「甘くてもいいではないですか。ラウム殿は甘さを分かっていて決断を下したのですから。こんなにも辛いこと、誰にでも出来ることではありません」

 

 項垂れるラウムの手を掴み、チンクは優しく答える。補佐として、張り詰めた上司を緩ませてやれるのは自分しかいない。

 

「それに、ラウム殿はこんなにも優しいのですから、甘くても誰も蔑んだりはしません」

 

 チンクはラウムの言う弱さが彼の優しさだとすれば、否定する気にはなれなかった。ラウムは何よりも仲間を大切にする男だ。チンクや姉妹達も、慣れない315部隊で何度かラウムに助けてもらったことがあった。

 チンクの返答を聞いたラウムは暫く黙り、自身の拳を握るチンクの手を額に付けた。

 

「済まない。チンクが傍にいてくれてよかった……」

 

 ラウムが珍しく弱みを見せている間、チンクは頬を赤らめながらジッと見守っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 部隊長室のモニターの中ではギンガ達がいよいよ独房の傍まで来ていた。

 いよいよ会える。ソラトもスバルもそう思っていると、突然ギンガが立ち止った。

 

「ゴメンね、2人とも。ここから先、私だけで行かせて欲しいの」

 

 ギンガの言葉に、一瞬2人はショックを受ける。しかし、よく考えればそれは当然のことだった。

 ギンガは彼を最も想っていた人物で、彼もギンガを大切にしていた。変貌してしまった彼を前に、スバル達以上に思うところがあるのだろう。

 

「……分かった」

「気を付けて、ギン姉」

 

 ソラトとスバルに見送られ、ギンガは1人で独房に向かう。

 カードキーを開け、中に入るとそこは質素な空間だった。周囲は白い壁に覆われ、外を見る窓もない。

 

 その中に、"彼"はいた。

 首輪と足枷には鎖で壁まで繋がれ、人間時の1.5倍程はありそうなくらい太い手首には鎖で結ばれた手枷が巻かれていた。

 更に、ギンガと"彼"の間は鉄格子で阻まれているので、不用意に近付かない限り襲われる心配はない。

 

「がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 それでも、狼獣人はギンガを見るや否や大きく吠え、鎖をジャラジャラと鳴らして暴れ始めた。自由の利かない身体をギンガの方へ向かわせ、鋭い爪の付いた手は鉄格子を強く握り締めている。

 涎を垂らし、血走った眼で獲物を見つめる姿は"彼"を知っている人でも、もう鎖に繋がれた猛獣にしか見えないだろう。

 しかし、ギンガは恐れを見せなかった。

 

()()

 

 つい昨日までと同じように、ギンガは優しい声色で彼の名前を呼んだ。

 しかし、狼獣人は呼び声に反応することなく、暴れることをやめない。

 

「"エドワード・クラウン"。それがあなたの名前」

 

 ギンガは再度、確かめるように彼の名前を口にした。

 

 最初は愛着のない、適当に付けた名前だった。

 しかし、仲間や居場所、そして愛する者が出来て、この名前は"彼"にとって今の自分を表す大事なものとなった。

 狼獣人は自身の名前をもう一度聞くと、身動きを止めたのだった。

 

「あなたはまだ、ここにいる。そうでしょ? エド」

 

 ギンガは優しく、"彼"に問いかける。

 

「……ギン、ガ」

 

 すると、エドワードはギンガの名前を呼び返した。獣人化しているからか、普段よりも声が低くなっているが、彼女の名前の呼び方はエドワードのものだった。

 ギンガはエドワードに鉄格子ギリギリまで近付くと、太く毛むくじゃらになってしまったエドワードの指に触れた。

 

「エド、ごめんなさい……私がもっと早く、あなたを受け入れていたら……!」

 

 昨日は恐れるあまり、すぐに近付くことも彼の名前を呼ぶことも出来なかった。それが、ギンガの中でずっと心残りであった。

 懺悔の涙を流すギンガの頬を、エドワードは壊れ物を扱うかのようにそっと撫でる。

 

「ギンガは、悪くない……誰だって恐れるさ。俺自身がそうだったように」

 

 エドワードは改めて、変わってしまった自分の身体を見る。

 獣のように全身が毛で覆われ、獲物を引き裂き喰らう牙や爪が生え揃ってしまった。人間の面影など何処にもない、今まで自分が何体も倒してきた獣人そのものだった。

 

「全てを思い出した。俺は誰でもなかった。獣人としてマラネロに生み出された、醜い生き物だ」

 

 自分の正体が化け物と知った時、エドワードは一瞬で自身を見失ってしまった。

 今まで仲間達に囲まれ、幸せに過ごしてきた"エドワード・クラウン"は仮初の姿。真の自分を思い出してしまったエドワードは、もう自分がギンガ達の傍にいられなくなることを実感した。

 そして恐れと絶望のあまり、エドワードは狼獣人としての本能に身を任せ、塞ぎ込んでしまった。

 

「俺は、もうお前の隣にはいられない。獣人として葬られるべきなんだ」

 

 エドワードはギンガから離れ、部屋の中心でジッと待っていた。

 その内、本局の研究者達が自分を連れて、獣人対策の為に解剖し始末してくれることを。ギンガ達の役に立って死ねるのなら、絶望しきったエドワードにとっては本望であった。

 

「……それだけ?」

 

 悲しい決断を下すエドワードに、ギンガはポツリと呟く。

 

「そうなら、私はあなたを諦めない」

 

 ギンガはエドワードをしっかりと見つめ、強く言い放った。

 その言葉に、エドワードは何かを思い出したように目を見開いた。

 

「獣人だから人じゃない。それは間違ってるわ。私には獣人だなんてこと、問題じゃない」

 

 ギンガが口にしているのは、エドワードがギンガに告白した時の台詞だった。戦闘機人という事実を知ってなお、エドワードはギンガを諦めるつもりはなかったのだ。

 今、まさに似たような状況になっていることにエドワードは気付いた。

 

「私は"エドワード・クラウン"が好きだから」

 

 こんな姿になっても、まだ自分のことを"エドワード"と呼んでくれるのか。

 名無しの人間でも獣人でもなく、"エドワード・クラウン"として認めてくれるのか。

 

「誰でもなかったのなら、それでいいじゃない。今のあなたは他の誰でもない、エドなんだから」

 

 ギンガの微笑みを受けた時、エドワードは漸く自分を取り戻せた気がした。

 気が付くと、エドワードの姿は獣人態から元の人間態に戻っていた。手枷や足枷は獣人サイズだったので、人間になったエドワードにはスルッと抜けてしまう。

 

「俺は、ここにいてもいいのか? こんな気味の悪い」

「言ったでしょ。そんなの問題じゃないって」

 

 エドワードの心配を遮って答えるギンガは、ずっと大事に持っていたブレイブアサルトを渡した。このデバイスも、ずっと主人の帰りを待ち続けたのだ。

 エドワードはブレイブアサルトの待機形態である腕輪を右手首に巻くと、鉄格子の奥からギンガを引き寄せた。

 

「ありがとう、ギンガ」

「うん。おかえり、エド」

 

 2人は抱き付き、それぞれの想いを告げて口付けを交わした。

 彼女がいる限り、もう二度と自分を見失わない。過去を受け入れたエドワード・クラウンは漸く、ギンガの元へ帰って来たのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 人間として帰って来たエドワードを、六課のメンバーはすぐに受け入れた。元々、人造魔導士や戦闘機人のいる部隊だったため、エドワードの正体を気にする者などいなかったのだ。

 寧ろ、エドワードの正体が分かったことを喜び、フォワードメンバーで細やかなパーティーを開くことになってしまった。

 当の本人はここまで軽く受け入れられることに少し困惑していたが、それでも失ったと思っていた居場所が存在していることに安心と感謝の念を抱いていた。

 

 そんなパーティーから暫くして、エドワードは静かに六課隊舎の外へと出た。

 

「よう、ラウム」

 

 エドワードは隊舎入口で突っ立っているラウムに声を掛けた。他には誰もおらず、一人で六課まで来たようだ。

 ラウムはエドワードの方を向くと、急に頭を下げた。

 

「済まなかった」

 

 久々に会った友人に唐突に謝られ、エドワードは思わず目を丸くする。しかし、謝罪の意図は何となく分かっていた。

 

「別に気にしてはいない」

「俺は無力だった。お前に、何もしてやれなかった」

「あの状況で何かしてやろうとするお前は、寧ろすごいと思うけどな」

 

 エドワードは狼獣人として本能に任せ暴れていた。そんな状態なのに、ラウムは救う手立ては何かないかと考えていたのだ。

 しかし、結局暴れる獣人を押さえつけることしか出来ず、挙げ句に上へ引き渡そうとした。そんな真似しか出来なかった自分を、ラウムは未だに許せなかった。

 

「俺は、お前に感謝してる。ラウムが捕まえてくれなかったら、きっとギンガを傷付けていた。あの時、俺はお前に殺られるなら本望だと思ったしな」

 

 エドワードはラウムを恨むどころか感謝すらしていた。捕まえなければ、罪のない人が傷付くという考えはエドワードも同じだったのだ。

 エドワードが復帰した後、本局の研究者達にも事情を説明し、これまで通りエドワード・クラウンという人間としていられるよう説得したのもラウムだった。これで何もしてもらっていないというのは罰当たりな話である。

 

「……いい加減、自分を罪人と考えるのはやめろ。俺はお前が親友でよかったと思っているんだから」

 

 エドワードはラウムの肩を叩き、隊舎へ戻って行った。

 軽く笑って許したエドワードとは違い、ラウムは険しい表情のままだった。

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