手記 戦闘機人の活用方法
著者 ロノウェ・アスコット
僕が調べるものは、戦闘機人についてである。
戦闘機人とは鋼の骨格と人工筋肉を持ち、遺伝子調整やリンカーコアに干渉するプログラムユニットの埋め込みにより、高い戦闘力を持つ人型兵器のことだ。
身体機能の代わりを務める人工骨格や人造臓器は今でこそ珍しい存在ではないが、それを身体機能の強化の目的で用いる場合は様々な問題が存在した。
しかし、新暦50年頃にドクター・ジェイル・スカリエッティが"ヒトをあらかじめ機械を受け入れる素体として生み出す"という方法によって製造を成功させた。
この方法は拒絶反応や長期使用における機械部分のメンテナンスなどの問題を解消させる画期的なものだったが、倫理的に問題を抱えると言った理由で違法とされてしまった。
現在、確認されている戦闘機人はドクター・マルバス・マラネロが制作した"タイプゼロ"3体と、ドクター・スカリエッティによって製作された"ナンバーズ"11体。ナンバーズの内4体は時空管理局によって監獄に入れられており、3体が聖王教会に所属している。
よって、残り4体とタイプゼロのファーストとセカンド、計6体を対象に研究を進めていくことにする。
戦闘機人の能力は高いが、各個体に存在する感情が邪魔で実力を100%発揮出来ていない。そこで、まずは6体の戦闘機人を手中に収め、命令に従順な機械として改造する必要がある。
その性能が改めて発揮された時、世界は戦闘機人の真価を思い知ることとなるだろう。
◇◆◇
カタカタ、とボードを打ち込む音が静かな空間の中に響く。
薄暗い研究室では、ロノウェただ一人が何かのプログラムを開発していた。
以前までは、マラネロの弟子がロノウェの他に3人いた。フォラス・インサイト。エリゴス・ドマーニ。ウィネ・エディックス。そのいずれも自身の能力を過信しすぎたが為に機動六課に敗北し、現在は時空管理局の拘置所に収監されている。
「やはり、僕こそが最も優秀な弟子。そして、師匠すら超える天才科学者として世界に名を遺す」
ロノウェは師匠であるマラネロを強く尊敬していた。ロノウェを含めた弟子4人をしがない研究所から引き抜き才能を開花させたのは他でもないマラネロだったからだ。
だが、同時に野心家でもあるロノウェは、行く行くはマラネロの研究成果の全てを奪い取り自らの糧とすることで全世界に名を轟かせようと企んでいた。
「お前じゃ無理だろ」
マラネロがこの場にいないのをいいことに、自らの野心を曝け出すロノウェへ何者かが冷たい言葉を投げかける。
その人物、アースはいつも通り不機嫌そうな表情で目の前の研究者を睨む。
「フッ、オイオイ。本物に押し切られた出来そこないが何を」
ロノウェはアースの挑発に対し怒りを露わにすることなく、逆にこの前の戦いでソラトに押し出され逃げられてしまったことで挑発し返す。
だが、言い終わる前に沸点を一気に超えたアースが愛剣ベルゼブブを一瞬で出現させ、ロノウェに斬りかかった。
「ぐあっ!?」
その瞬間、アースへ謎の攻撃が襲い掛かり、ロノウェを斬りつける前に吹き飛ばされてしまう。
体勢を崩したアースは何をされたか瞬時に把握し、立ち上がって剣を構え直す。
「危ない危ない。そうは思わないか?」
憎らしく笑うロノウェの傍へ第三者の少年が歩み出る。
アースに攻撃を仕掛けて来たのはタイプゼロ・フォースだった。フォースの持つIS"真空破砕"は空気に振動を伝え、相手を攻撃する。姿が見えなくとも、遮る物さえなければ有効な能力だ。
「フォース……今日はえらくロノウェに肩入れするじゃねぇか」
アースにとって唯一理解出来なかったことは、フォースが無条件でロノウェに手を貸していることだった。
マラネロの下にいる人間は、自身の目的や理由がそれぞれにある上に凶暴な性格なので、基本的に仲が悪いはずなのだ。
「くくく、今日からフォースは僕の従順な部下さ」
「何――がはっ!?」
アースの疑問に、代わりに答えたのはロノウェだった。
どうしてそうなったのか。それを知る前に、アースはフォースの真空破砕を腹部に受け、再び吹き飛ばされてしまった。
「じゃ、これで失礼する。僕にはやることがあるんでねっ!」
ロノウェは傍に立っていたフォースを思い切り蹴飛ばし、高笑いしながら転送ポートへ向かう。壁に思い切り激突したフォースは、悲鳴も上げずにその場で気絶した。
この男はこれから、一体何をしようというのか。
そんなことを考えつつ、緑の光の中に消えたロノウェを睨みながらアースは意識を手放した。
◇◆◇
早朝。六課の隊舎の傍にある森林では、今日もソラトが日課である自主トレに励んでいた。
マラソンを既に終えたソラトは、セラフィムを構えてじっと動かずにいた。目を瞑り、周囲の気配を探っている。木々を掻き分ける風、遠くから聞こえる波の音。そして、こちらに向かってくる五つの物体。
「そこっ!」
ソラトは目を見開き、同時に右側の後方へ剣を横向きに翳した。
次の瞬間には、ソラト目掛けて細いビームが放たれていた。攻撃してきた方向には、練習用の魔力スフィアが飛来してくる。
ソラトはスフィアから放たれたビームをセラフィムの腹で防ぎつつ、別の方向へと跳ね返した。その先には別のスフィアがおり、ビームが直撃すると霧散して消えた。
スフィアは全部で5基。残り4基が別々の方角からソラトへと向かってきている。
「はぁぁぁっ!」
一番近い位置にいるスフィアへ、ソラトは迫っていく。その隙を逃さず、スフィア達はソラトの背にビームを放つ。しかし、それこそがソラトの狙いだった。
ソラトは傍の木を足場にして高く跳ぶ。彼目掛けて放たれたビームは目標を失い、その対角線上にいたスフィアに命中してしまう。
2基目を撃墜すると、今度は青緑色に輝く小さな槍を二本、ベルカ式の特徴である正三角形の魔法陣から出現させる。
「アセンションランス!」
〔Ascention lance〕
スフィアに放たれた槍は二本とも避けられてしまうが、それもソラトの狙い通り。移動したスフィアの前に着地したソラトは、落下の反動を利用した斬撃でスフィアを真っ二つに斬り裂いていた。
3基目を落としたソラトだが、すぐにバックステップをして追撃のビームを躱す。そして、最初やったのと同じように剣の腹を盾代わりにし、残りのスフィアへ走り込む。
〔Holy raid〕
「でりゃあああああああっ!」
短距離瞬間移動魔法が発動すると、ソラトはスフィアの懐へと入り込み、一基を斬り上げる。
最後の一基も間髪入れずにセラフィムを振り下ろし、消滅させた。
「……ふぅ。セラフィム、何秒だった?」
〔38秒です〕
「そっか。記録、ちょっと縮まったね」
〔でも、被弾箇所は4つに増えてます〕
「うっ」
このトレーニングは、魔力スフィアをどれだけ被弾せずに、素早く倒せるかを競うものだった。
タイム自体は縮まったが、確かにソラトのトレーニングウェアには四か所の焦げ跡が付いていた。勿論、トレーニング用のものなので身体に害はないのだが。
〔少し、焦りが出てませんか?〕
「……やっぱり、分かっちゃう?」
〔当然です。相棒なのですから〕
彼是長い付き合いになる愛機に、ソラトは敵わないなと苦笑する。
持参したスポーツドリンクを飲みながら、正直に打ち明けることにした。
「……フルドライブ」
ソラトがずっと気がかりだったこと。それは、先日のセブン・シンズ争奪戦で隊長陣が見せたフルドライブ形態だった。
その戦闘力もさることながら、使える回数が限られている奥の手。それを敵は引き出したことになる。
果たして、今の自分が勝てるのかどうか。フルドライブを使わずに、何処まで戦えるのか。
「僕達のフルドライブの解放権限を持っているのは八神部隊長と、直属の上司であるなのはさんだけ。そう易々と使えない以上、自分の力でどうにかしないといけない」
〔そうですね。でも、そう焦る必要はないかと〕
「分かってる。焦りすぎれば、失敗しやすいってことも。でも……」
嗜めてくる愛機にソラトは小さく頷く。しかし、焦りの原因はフルドライブ以外にもあった。
セブン・シンズは全て奪われ、陸士315部隊の隊長ラウム・ヴァンガードもマラネロの毒牙に掛かって消息を絶ってしまった。
アースにすら勝てない自分は足手纏いになるのではないか。そういった自分の実力不足による不安が最近、ソラトの中でより増してきていたのだった。
「ラウムさんのためにも、アースのためにも、もっと強くならなきゃいけない。でないと、皆も、スバルも――」
「守れない?」
ソラトの言葉に続いたのは、若い女性の声。
声の主がすぐに分かったソラトがハッと振り向くと、そこにいたのはなのはだった。
「自主練、お疲れさま」
「なのはさん……」
「でも、最近ちょっとやり過ぎてるんじゃないかな。疲れが顔に出てるよ」
「こ、これは……いえ。すみません」
教導官としてよく見ていたなのはは、ソラトが疲れを溜め込んでいることに気付いて、早朝のタイミングで話に来たのだ。
そんなことはない、と首を横に振ろうとしたソラトだが、全てお見通しだと察して素直に頭を下げる。
「ちょっと、お話ししようか」
「は、はぁ……」
恋人にとって憧れの人であり、自分にとっては超えるべき壁。
そんななのはと、二人きりで話すのは初めてのことだった。
「ソラトはどうして、そこまで強くなりたいの?」
なのはの疑問はとても単純なことだった。
六課に配属されてから今日まで、フォワード達は全員同じように教導を受けて強くなってきている。勿論、ソラトも最初に獣人と戦って見せた時よりも確実に鍛え上げられている。
しかし、他の隊員と違いソラトは通常の教導に加えて自主練まで行っている。そうまでして強さを追い求める理由は何なのか。
「それは、スバルを守る為です」
ソラトは真剣な眼差しをなのはに向けて答える。
幼い時に二度も味わった喪失感を振り払うように、ソラトは
何処までも真っ直ぐな彼の返答を予想していたかのように、なのははニコッと笑って次の質問を投げかけた。
「じゃあ、守るってどういうことだと思う?」
「え……?」
なのはの質問に対し、意図を掴めずに困惑するソラト。
守るとは、危険から命を救うことではないのか? ファンタジーの世界で騎士がドラゴンから姫を守るように。ヒーローが悪人から世界を救うように。
そんな当たり前のイメージを浮かべるソラトへ、なのはは更に問いかけた。
「スバルの命だけ救えればいいの? スバル1人と他の100人の命が天秤に賭けられたら、どっちを取る?」
「それは……!」
「もしスバルが敵に回ったら、どうする? 敵側に寝返る?」
「そ、そんなこと……!」
なのはの質問に、ソラトは段々と答えられなくなる。
スバルを守るとは誓ったが、他の人間の命と秤に賭けられたり、守る対象が敵に回ってしまった時のことを考えていなかった。
恋は盲目、とはよく言うものだが、ソラトはスバルのこととなると周囲が見えにくくなってしまう。冷静に見えて、我武者羅に突っ走ってしまうことこそソラトの弱点だと、なのはは見抜いていた。
「誰かを守るって、ただ強くなって外敵から守ることだけじゃないんだよ?」
「……はい」
「確かに強くなることも大事。でも、それはただの手段でしかない。本当に大事なことは」
「大事なことは……?」
「そこから先は、ソラトへの宿題。それじゃ、もう私は行くけどあまり無茶しちゃダメだよ?」
「あ、はい!」
核心の部分をはぐらかされ、ソラトは目を丸くする。だが、何となくなのはが言いたいことが分かるような気がしていた。
今の自分は、強さを追い求めるあまり目的と手段が入れ替わりつつあったのだ。
では、本当に"守る"ということとは何なのか。大切な人を守り抜くにはどうすればいいのか。
「ソラトー!」
なのはの言葉の意味を考えていると、ずっと自分が守りたいと願ってきた人の明るい声が聞こえて来る。
タオルを持って、手を振って来るスバルに、ソラトは笑顔で答えた。
「スバル。おはよう」
「おはよ! 今日も自主練してると思って。はい、タオル」
「ありがとう。日課だから、ね」
スバルからタオルを受け取ったソラトは、思わず笑みが零れていた。
どんなに悩んでいても、スバルが傍にいてくれるだけでソラトの心は穏やかになる。
「でも、今日はどうして?」
「……ソラト、今日の午後はフリーでしょ? 訓練漬けじゃなくて、たまには一緒に出掛けないかなって思って」
実はスバルも、ソラトが自身を追い詰めていることに気付いていた。そこで、気分転換も兼ねてデートに誘ってみたのである。
恋人からのデートの誘いにソラトはすぐに目をキラキラと輝かせる。
「本当!? うんうん、いいよ!」
「よかったー。ほら、最近頑張って鍛えてたから断られるかと思った」
「スバルからの誘いなら、断る理由なんてないよ!」
そこはやはり恋に盲目なソラトである。デートの誘いも上手く行ったと分かり、元気な彼氏を前にスバルも微笑む。
「じゃあ、昼食後に寮の前で待ち合わせね!」
「うん!」
前回のデートは、タイプゼロ・サードの襲撃で台無しにされてしまったため、ソラトもスバルも一層心を躍らせる。
時間も頃合いだったため悩みを一旦外に置き、ソラトはスバルと共に寮へと戻って行った。
◇◆◇
「さて、ここからなら十分に届くかな」
昼過ぎ頃。クラナガンから南東に少し離れた森の中で、ロノウェは何かの機械を設置していた。
大きさはガジェットⅠ型と同じ程度で、黒い長方形の体型からアンテナらしき棒が数本伸びている。ロノウェがキーボードで操作すると、長方形の機械は縦に展開し、稼働を始めた。
「ソラト・レイグラント……君の絶望に染まった顔が早く見たいよ」
狂気を孕んだ笑みを見せながら、科学者の弟子はこれから起こる事件を思い浮かべるのだった。
◇◆◇
その頃、ソラトとスバルはクラナガンを訪れていた。
久々の休息の時間を恋人と過ごし、ソラトも数日の焦りや悩みを忘れることが出来ていた。
「ソラト! ほら、あそこでアイス売ってるよ!」
公園でスバルが見つけたのは、アイスの移動販売だった。スバルはアイスには目がなく、今にも食べたそうにソラトへ視線を送る。
ソラトもスバルの大好物は知っていたので、優しく微笑みながら聞いてみた。
「……食べたい?」
「うん!」
「いいよ。奢ってあげる」
「え、いいの?」
「勿論。可愛い彼女にアイスくらい奢ってあげなきゃ」
男の甲斐性について、前にギンガに聞かされたことをソラトは思い返す。その時に同席していたエドワードの顔が引き攣っていたが、あれは何だったのか。
とにかく、恋人の前で格好付けたいソラトは、スバルを連れて移動販売へ足を運んだ。
小さい車にしては、置いてあるアイスの種類は多く、スバルは目をハートの形に変えながらどれにしようか迷っていた。
「んー、どれにしよっかなー」
(……それに、これぐらいはお礼しておかないと)
スバルが自分を気にかけてくれたことも知っており、ソラトはアイスに目移りしているスバルへ感謝の念を送った。
「わぁ……ソラト! ありがとう!」
「どういたしまして」
結局、スバルは迷っていたアイスの味を三段重ねにすることにした。やや大きめのアイス三つを前に幸せそうに頬を染めるスバルへ、ソラトも心から嬉しく思っていた。
こんな平和な時間が永遠に続けばいいのに。
「――あ」
ベチャ、と。アイスが地面に落ち、溶けていく。
「スバル、大丈夫? 新しいの、買ってこようか?」
大好きなアイスを落とし虚空を見つめるスバルへ、ソラトがすぐに心配の言葉を掛ける。
だが、様子がおかしい。スバルの表情は大好物を落としたことへの絶望感を全く感じなかった。
寧ろ、何かに驚愕して目を見開いている。その視線の先には、遥か遠くの空。
「スバ――」
次にソラトが声を掛けようとした瞬間、スバルはソラトの顔を全力で殴り飛ばしていた。
何が起きたかも分からず、吹っ飛ばされるソラト。恋人に殴られたことへの失望が心を包んでいくが、すぐさま気持ちを切り替える。
(スバルが、理由もなく誰かを殴るなんて、ありえない!)
ソラトは殴られて切った口元を拭って、スバルをよく観察する。
スバルは無表情のまま、こちらを見つめていた。しかし、明らかに異変が起きていると分かる箇所が1つだけあった。
「目が金色……機人モードになっている!?」
スバルが戦闘機人としての力を発揮する時、瞳の色が翠から金色へと変化するのだ。それを見落とさなかったソラトは、スバルに起きた異変をすぐさま分析した。
彼女は自分の意志で機人モードを発動するわけもない。つまりは、誰かに操られている。
「もし、スバルが敵に回ったら……」
ここで、今朝なのはに言われたことがフラッシュバックしてくる。まさかこんなにも早く、最悪の形で実現するとは思わなかった。
「僕は……」
自我を失い凶暴さを露わにする