スバルが機人モードを発動し、ソラトと対峙していた頃。
エドワードは休憩時間を利用して、ギンガと通信で会話していた。
ラウムがいなくなった後、ギンガは陸士315部隊の部隊長代理に任命されたので、何か困ったことがあればいつでも手を貸せるようにしていたのだ。
「チンクはもう落ち着いたか?」
〔ええ。それどころか、取り乱す様子一つ見せないで、いつも通り振る舞ってるわ〕
ラウムとの悲劇的な別れをしたチンクを心配していたエドワードだったが、彼の予想以上にチンクは強かった。悲しい素振りなど見せず、普段通りに妹達の面倒を見ている。部隊長補佐の仕事も継続し、ギンガのサポートも積極的にしている。
全てはラウムを信じ、彼がいつでも帰ってこれるように陸士315部隊を守る為の行動だった。
「強いな」
〔そ。恋する女は強いんだから〕
まるで自分のことのように胸を張るギンガに、エドワードは思わず吹き出しそうになる。
だが、こんな平和な時間は脆くも崩れ去ってしまう。
〔う……っ!?〕
「ギンガ?」
突然、頭を押さえて蹲るギンガに、すぐに気付いたエドワードが呼びかけた。
彼女の急な異変に、最初は戸惑うエドワードだったが、ギンガの瞳が機人モードを表す金色に変貌していることに気付き、只事ではないと判断する。
〔エド……頭に、声が……あああああああああああああああっ!?〕
「何があった!? ギンガ!」
ギンガは苦しそうに悲鳴を上げ、線が切れた操り人形のように力なく項垂れた。
エドワードが必死に呼びかけ、ギンガの元へ向かおうすると不意にギンガは何事もなかったかのように起き上った。
「ギンガ……っ!?」
安堵したエドワードだが、即座にただごとではない様子に気付いた。
ギンガは生気の籠っていない"金色の瞳"のまま、エドワードをじっと見ていたのだ。そして、通信はプツン、と切れてしまった。
彼女の異変にショックを隠せないエドワードだったが、なんとか冷静さを保ったまま六課の司令部へと通信を繋ぎ変えた。
「こちらライトニング05、エドワード。非常事態発生」
〔エドワードさん、どうしましたか?〕
「ギンガが何者かに操られた」
エドワードの通信を取ったのは、オペレーターを務めるシャリオ・フィニーノだった。
手短に用件を伝えながら、エドワードは車庫へと歩を進めた。
通信が切れる前、ギンガの瞳は金色に変わっていた。これは機人モードに切り替わっていたことを示している。あの場面で、ギンガ本人が使いたがらない機人モードを発動させた、とは考え難い。となれば、考えられる事態は一つだった。
〔えっ? 痴話喧嘩とかじゃなくてですか?〕
「残念だが、違う」
人の恋路に首を突っ込みたくなる悪癖のあるシャリオに頭を抱えたくなるエドワードだったが、今回はそれどころではない。
(それに、さっき頭に声がって言っていた。ということは)
エドワードの最悪の予想は見事に的中していた。
陸士315部隊に所属しているナカジマ姉妹全員が、現在何者かに操られている状態にあった。
(あの場にいる人間だけで、ギンガ達5人を抑えられるとは思えない)
味方だと油断しきっている現状、315部隊が壊滅状態に陥る可能性すら出て来る程だ。
そして、エドワードにはもう一つ心配事があった。
「スバルはソラトと一緒だったか……マズいな。ソラトがスバルを攻撃出来るとは思えない」
ギンガの妹であるスバルもまた、戦闘機人である。今回の件で暴走しているのなら、傍にいるソラトが真っ先に狙われているだろう。
だが、ソラトはスバルを溺愛しているので、手を出せるとは思えなかった。
「とにかく、315部隊に出る。許可を」
〔あ、はい! 少し待ってください〕
シャリオは慌てて許可を得ようとはやてへ連絡する。
こういった時に、組織での活動は面倒だ。自身の車の中で、エドワードはギンガを案じながら許可が下りるのを待った。
◇◆◇
「これは……」
はやてが315部隊の状況を確認した時、既に手遅れになっていた。
操られたギンガとノーヴェが局員達を襲撃し、隊舎を破壊している光景が映し出されていたのだ。
チンクやディエチ、ウェンディの姿はなく、代わりに入って来たのはクラナガンの各地で暴れる3人の戦闘機人についてだった。
「準備の出来てるエド君は直ちに315部隊に出動! ヴィータやティアナ達はチンク等を止めに!」
はやてが指揮を下すと、それぞれが動き出す。エドワードは車で向かい、残ったフォワード達もヴァイスが操縦するヘリで出動する。
残るは、今この場にいないソラトとスバルだけ。
「ソラト? 聞こえるか?」
〔はい!〕
通信を掛けると、今は恐らくバイクに乗っているのであろうソラトに繋がった。口からは血の跡が残っており、少しばかり交戦した痕が見える。
必死に運転している様子から、スバルを追いかけている最中なのだと推測出来た。
「今、スバルは?」
〔目の前です! 何があったか、知ってるみたいですね!〕
「……たった今、ミッドの広範囲にいる戦闘機人が同時に操られとる」
聖王教会にいるセイン、オットー、ディードは連絡したところ操られている気配がなかったので、少なくとも中央区角周辺が範囲内だと考えられていた。
はやての解説に、ソラトは驚きもせず黙って聞いている。ただし、瞳の奥では確かな怒りの感情が渦を巻いていた。
「――分かっていることは以上や。今何処にいるか、教えてくれるか? そしたら、なのはちゃん達が」
〔八神部隊長。ここは、僕に行かせてください〕
予想通りの返しに、はやては溜息を吐く。
ソラトはきっと自分の手でスバルを取り戻したいと答えるだろう。だが、はやてはそれを許すわけにはいかなかった。
「残念だけど、それは認めるわけにはいかん。スバルはどうして君から逃げてると思う?」
〔……操っている本人に呼ばれているから、ですか?〕
「その可能性が高い。君一人でどうにか出来る問題じゃないよ?」
他の戦闘機人は街中で暴れているにも関わらず、ソラトの証言によるとスバルはソラトを振り払い、急に何処かへ向かっていったそうだ。
一人だけ行動パターンが違うことから、スバルだけ操っている張本人に呼び出されているかもしれなかった。
〔僕は……〕
「これはソラトだけの問題じゃない。高町教導官達と一緒に敵を」
〔それでも! 僕が行かなきゃいけないんです!〕
しかし、ソラトは頑なに拒否をする。あくまで自分でスバルを助け出そうとしているのだ。
そんなソラトに、今朝話したばかりのなのはは何も言わず見つめる。なのはの目には、ソラトが自身の欠点を未だに改善出来ていないように映っていた。
〔確かに、ここで僕が引き下がってなのはさん達を呼べば、相手を捕まえられるでしょう。でも、もしそうなったら、僕は一生自分を許せなくなります〕
ソラトの頭に映っているのは、未だ抜けない2つの記憶だった。
1つは、両親を失った後の記憶。火事で全てを失ったソラトが新しく得た希望。それがスバルだった。
そして、2つ目の記憶はスバルを失いかけた空港火災。再び大切なものを失いかけたソラトは、もう二度と目の前の大事な人を手放さないように力を付けて来たのだ。
「……はやてちゃん。ここは、ソラトに任せよう?」
「なのはちゃん……」
部下の決意を知ったなのはも、はやてに進言する。
「分かった。けど、無理したらあかんよ?」
〔ありがとうございます〕
渋々、はやてが承諾するとソラトは礼を述べて通信を切った。
どこまでも真っ直ぐで、自分で決めたことを貫き通す。誰に似たのかと、はやてはソラトの上司の顔を見る。
その上司、なのはは少し困った風だが満足そうに笑っていた。
◇◆◇
スバルが林の中へ入っていくところで、ソラトはバイクを降りて走って追うことにした。
相手はローラーブーツで走っているので流石に追いつけはしなかったが、ローラーの跡を辿ることで追跡することが出来た。
〔この先から、強力な電波信号を感じます〕
「じゃあ、ここにスバル達を操っている張本人が……」
今は待機形態で懐に入っているセラフィムも、電波を感じることが出来ていた。
デバイスに影響は与えないようだが、広範囲の戦闘機人を操るほどの電波だ。ソラトは、その内六課の方でも探知して増援を送り込んでくるだろうと予想していた。
だが、ソラトはなるべく増援には頼らず、一人で大切な人を救いたかった。今度こそ、無力な自分が誰かを失うというトラウマを拭い去る為にも。
「誰かの声が聞こえる……!」
そして、遂にソラトは戦闘機人を操る敵の正体まで辿り着いた。
「ナンバーズ4体に、タイプゼロが2体。計画は順調に進んでいる」
短い茶髪に金色の瞳を持つ白衣の男は、2メートルはあろうかという程の大きな機械の前に立ち、スクリーンでナカジマ姉妹が暴れている姿を眺めていた。その傍にはスバルが無表情で立っている。
ソラトはあの男に見覚えがあった。以前、マラネロの弟子達が機動六課や陸士315部隊を襲撃してきた時に、ソラトが対峙した相手だった。
(確か……ロノウェ・アスコット)
男の名前を思い出し、ソラトは樹の影からロノウェを睨みつけた。
一方のロノウェは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら後ろの機械を撫でる。機械の上にはアンテナらしきものが突き出ていて、いかにも洗脳電波を流しているような雰囲気を漂わせていた。
(セラフィム、あれが?)
〔はい。あれこそ、電波の出所です〕
念の為、セラフィムに確認を取らせると案の定、電波を発生させている装置だったようだ。
あれさえ破壊出来れば、スバル達は元に戻る。ソラトはそう確信し小さな魔力の槍、アセンションランスを装置目掛けて飛ばそうとする。
「そして、セカンドをこっちに向かわせたおかげで……いいお客さんが釣れた」
「なっ!?」
しかし、ロノウェはソラトを見破っていたようで、何処からともなく大鎌を出現させてソラトのいる方向へ視線を向けた。
見つかっている。そう考えたソラトは、構わずアセンションランスを装置へ射出した。これで傷でもつけて故障させれば、洗脳は止まる。
が、ソラトの考えは甘かった。そこまで大事な装置を、マラネロの弟子がその辺に放置するはずもなかった。
「無駄だよ」
ロノウェの言う通り、放たれた槍は装置に傷を付ける前に見えない壁に阻まれたかのように弾かれ、そのまま消滅してしまった。
装置の破壊に失敗したソラトは、苦虫を噛み締めたような表情で、前に出る。
「久しぶりだね、ソラト・レイグラント」
「ロノウェ・アスコット……」
「覚えてたんだ。光栄だね」
気味の悪い笑みも、相手を見下すような瞳も、以前会った時と全く変わりないとソラトは感じた。
マラネロの弟子ももう3人は捕まっている。が、目の前の男が危険極まりないことに変わりはないのだ。
「その後ろの装置。それを使って何をするつもりだ?」
「何って、全ての戦闘機人を僕の手中に収めるのさ」
まずは目的に付いて。これは、ロノウェはあっさりと打ち明かした。
全ての戦闘機人。ということは、マラネロが作ったものや、スカリエッティの生み出した戦闘機人すら自らの支配下に置くことを示している。
「そんなことをして、何をする気だ?」
「決まってるじゃないか。ドクター・マラネロの作品と、ドクター・スカリエッティの作品。それらを僕が支配して、僕だけの軍団を作る。そして、ドクター・マラネロに反旗を翻すのさ」
ロノウェが目指す者。それは、師匠を超える軍勢を作ることだった。その為に、マラネロが作り出したタイプゼロと、かつての協力者であるスカリエッティが生み出したナンバーズ。その両方をコントロールする必要があったのだ。
実験は成功し、今やナカジマ六姉妹はロノウェの操り人形と化している。この装置の範囲を更に拡大できれば、聖王教会のセイン達も操ることが出来るだろう。
「クックック。よく動いてくれているよ。君の恋人も、姉も妹達も!」
「そんなことのために、スバル達を……」
マラネロの弟子らしく、人の命を何とも思わない身勝手な振る舞いにソラトは怒りを抑えきれなかった。
ロノウェもそれは重々承知で、対ソラトの策も十分にあった。
「その"スバル達"は僕の忠実な部下なんだよ。分かる? つまり、この場で君をタイプゼロ・セカンドに殺させることだってできるんだよ!」
ロノウェが両手を広げると、直立不動だったスバルが突然動き出しソラトへ攻撃を仕掛けてきた。しかも、今回は素手ではなくリボルバーナックルもしっかり装備している。
「セラフィム!」
〔Blade form〕
ソラトは懐にしまっておいたセラフィムを大剣型に変化させ、スバルの攻撃を刀身で防ぐ。そして、スバルの後方でほくそ笑んでいるロノウェを睨み続けた。
「お前のくだらない考えの所為で、スバル達が……! お前だけは絶対に許さない!」
「ハッハッハ! これこそが戦闘機人のあるべき姿! 戦闘で使われる次世代の兵器なんだよ!」
スバルの拳を弾き返したソラトへ、ロノウェが大鎌を振るってくる。慌てて、屈んで避けたソラトはすぐ後ろの木々が跡形もなく切り倒されているのを目撃し、顔を真っ青にした。
こんな切れ味の鎌ならば喰らった瞬間命の保証はない。
「ソラト……アイツの目的であるお前は、僕の手で直に殺す。それまで、恋人と楽しく踊っていてくれよ。ハハハハハハハッ!」
ソラトだけを誘き寄せた理由も、犬猿の仲であるアースへの当て付けという単純かつ自分勝手なものだった。
ロノウェが高笑いしながら下がると、ソラトとロノウェの間にスバルが立つ。相変わらずの戦闘機人モードであり、今にも打ち込まれそうな振動拳を震えさせながら恋人を冷たく見据えた。
「スバル! 目を覚まして! こんな電波に負けちゃダメだ!」
ソラトは必死にスバルに呼びかけるも、電波しか頭に入ってこないスバルはソラトを一人の敵として捕らえ、拳を向けて来たのだった。
最早、物言わぬ機械人形と化したスバルに、ソラトは未だ手を出せずにいた。
「スバル、やめるんだ! スバル!」
「無駄だ! さぁ、その顔を絶望に歪ませろ! アイツと同じ顔をね」
ロノウェの言う通り、スバルは全く聞かずにソラトへ容赦のない追い打ちを仕掛けていく。
マッハキャリバーによる高速移動をしながら、ギアをフル回転させたリボルバーナックルの重たい一撃を撃って来た。普段の演習ならば、ソラトはセラフィムで受け流しつつ、隙が出来たところを斬りつけるのだが、今回はそれが出来ずにいた。
機人モード状態のスバルは
「スバル……!」
致命傷は避けつつも、振動拳によりセラフィムもソラトのバリアジャケットもボロボロにされていくばかりだ。
本当なら、ソラトも反撃しようと思えば出来る箇所がいくつもあった。洗脳されたスバルは機械的に動くことしか出来なくなっているので、隙が生まれやすくなってるのだ。
なのに、手出しせず防戦一方だったのは相手がスバルだからであった。演習ならば互いが合意の上で戦えるのだが、今回は違う。
〔マスター、このままじゃ!〕
「分かってる! けど、けど!」
セラフィムの指摘を受けてもソラトは割り切れず、とうとう背後に大木があるところまで追い詰められてしまった。後ろに下がって回避することも出来ない。かといって、間合いを詰められてしまい左右に逃げることも出来ない。
絶対絶命の状況の中、ソラトはあることに気が付いた。
「あ……スバル、なんで泣いているの?」
目の前の少女は操られているにも関わらず、涙を流していたのだ。
それだけではない。すぐにトドメを刺せる状況なのに、一向に動かない。まるで、何かに動きを抑え込まれているかのように。
「ソラ……ト……」
「スバル?」
「逃……げ……」
洗脳電波によって操られたはずのスバルが、最後に残っていた理性を使って、必死に自身の暴走を抑え込んでいたのだ。
とても悲しそうに、苦しそうにこちらを見る機械の少女に、ソラトはショックを隠せなかった。
そして、すぐに右に避けるとスバルは目の前の木に対して攻撃を加える。攻撃の当たった箇所のほとんどを消し飛ばし、大木を倒すスバル。またも洗脳状態に戻ってしまったようだ。
「そういう、ことだったんだ」
今の光景を目に焼き付けたソラトはそっと呟く。
すると、咄嗟に通信を開き、六課の司令部へとつなげた。
「八神部隊長」
〔ソラトか!? スバルは無事なん? 敵は?〕
「一つ、お願いがあります」
自分とスバルの心配をしてくるはやてに、ソラトは最後になるであろう頼みごとをした。
「フルドライブを、使わせてください」