魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第39話 Sacred Force

「フルドライブを、使わせてください」

「なっ、それは!?」

 

 ソラトの頼みとは、フルドライブ使用の許可を貰うことだった。それは即ち、数少ないリミッターの解放権限を使うことになる。

 当然、そう簡単に権限は再取得出来るものではなく、はやてもおいそれと使う訳にはいかない。

 

「……それは、許可がもらえると思って言うてることか?」

「いえ。ですが、時間がありません!」

 

 ソラトはスバルの攻撃をセラフィムで防ぎながら、渋るはやてに頼み続ける。

 目の前には、ナカジマ姉妹を操っているロノウェ・アスコットがいる。しかし、ロノウェとスバルを同時に相手にするのは今のソラトでは荷が重い。

 しかし、フルドライブを解放すれば勝機が生まれる可能性があった。油断している上にソラトのフルドライブ形態を知らないロノウェなら、その爆発力で叩けるかもしれない。

 

「お願いします! この後で、僕はどうなっても構いません!」

 

 ソラトは拳を受け止めていたセラフィムを振り切って、スバルを弾き飛ばす。そして、先程涙を流していた彼女を思い浮かべた。あれは、辛うじて残っていたスバルの心が流させたものだとソラトは確信していた。

 スバルは人を傷付けることを嫌う、優しい性格の少女だ。誰かに操られて、皆を傷付けるような真似をするなんて、絶対に許せないはずだ。

 

「僕、やっと分かったんです。今朝のなのはさんの言葉の意味。本当に、大切な人を守るってどういうことなのか。本当に守らなきゃいけないのは、彼女の想いだったんだ」

「ソラト……」

「スバルを泣かせたのは、僕がスバルに手を掛ける勇気がなかったから。だから、今度こそ僕がスバルを止めて、彼女の本当の想いを守らなきゃいけないんです。例え、この手で傷付けることになったとしても」

 

 機人モード特有の金色の瞳が冷徹にソラトを睨む。対峙するソラトも、攻撃を受け続けてボロボロになったセラフィム構え直す。

 迷いがないと言えば、嘘になる。目の前で敵対するのは、愛する女性であることに変わらないのだ。しかし、スバルの目に残る涙の跡がソラトを奮い立たせた。

 

「分かった」

「なのはちゃん!?」

 

 はやての代わりに司令室から聞こえたのは、なのはの声だった。

 ソラトのリミッター解除権限は、部隊長のはやて以外にも直属の上司であるなのはが持っていたのだ。

 

「その代わり、30分までだからね」

「ありがとうございます」

「……今日は、やけに肩持つやないか。どうしたん?」

「そ、そうかな?」

 

 不思議そうに聞いてくるはやてに、なのはは首を傾げる。

 そして、ソラトの背中を見てある人物を思い出していた。小さいころから自分を守ってくれた、幼馴染の男の子のことを。

 

「男の子って、意地になると聞かないからね」

 

 ちょっとだけ昔を思い出して小さく笑った後、目の前に現れた魔法陣をスイッチのように押した。

 

「ソラト・レイグラント、能力限定解除、承認! リリースタイム、30分!」

「リミットリリース……」

 

 リミッターが外れ、力が湧いてくるのを感じたソラトは小さく呟いた。同時に、セラフィムがカートリッジを二発リロードして薬莢を飛ばす。

 足元には近代ベルカ式の三角形の魔法陣が現れ、青緑色の光を放っている。

 

「なんだ? 何をする気だ?」

 

 ソラトの溢れ出す魔力に、ロノウェが警戒心を強める。そこへ、スバルがソラト目掛けて思いっきり突っ込んでいく。

 しかし、ソラトはスバルの渾身の拳を防御魔法で防いでいた。

 

「もう少しの辛抱だから、スバル」

 

 優しい声色とは裏腹に、ソラトは動きの止まったスバルをセラフィムで薙ぎ払った。今まで、攻撃を弾き返すぐらいのことしかしてこなかったソラトの初めての攻撃に、スバルは避けることも出来ずロノウェの方へ吹っ飛ばされる。

 これで自分を邪魔するものはない。この時、ソラトが頭に思い浮かべていたことはスバルの笑顔と、アースの悲痛の叫びだった。

 

『確かに強くなることも大事。でも、それはただの手段でしかない。本当に大事なことは――』

 

 なのはの出した宿題の答えを、ソラトは漸く見出した。大事なことは何の為に強くなるのか、その力の使い道を見失わないこと。

 スバルの喜ぶ姿を守る為に。そして、アースが生まれ持った悲しみを打ち破る為に。

 

 

「喜びも、悲しみも、全部背負ってやる……その為に強くなると誓ったんだ!」

 

 

 ソラトはセラフィムを縦に構え、更に魔力を込める。そして、力強く叫んだ。

 

「セラフィム、フルドライブ!」

〔Sacred form、awakening!〕

 

 

◇◆◇

 

 

 

 一方、陸士315部隊の隊舎では、ギンガとノーヴェが破壊活動を行っていた。ノーヴェは元々だが、ギンガもスバルと同様に瞳の色が金に変わっていて、意思を持っていないように虚を見ていた。

 戦闘機人は肉体からして普通の人間とは違っている。凄まじい戦闘力は、本来自我によって調整されているが洗脳されたことで機械人形のままに力を振るうようになってしまったのだ。

 かつての仲間に屠られる隊員達。死者が出ていないのが幸いであった。

 

「ギンガ! ノーヴェ!」

 

 そこへ、隊員達を庇うようにエドワードが現れた。彼の姿を見ても顔色一つ変えないギンガに、エドワードはブレイブアサルトの銃口を向ける。

 普通の敵ならば迷いなく撃つのだが、相手は恋人。エドワードにも当然躊躇いが生まれる。だが、今のギンガに理性はなく、銃を向けられたことでエドワードを敵と認識して襲い掛かってきた。

 

「くっ、ギンガッ!」

 

 一瞬の躊躇いのせいでブレイブアサルトを弾かれるエドワードだが、次に来る拳は獣人化して強固になった腕で防ぐことが出来た。

 相手は自分の知っているギンガではない。狼獣人の姿になったエドワードは、目の前の恋人を見据えて悔しそうに唸る。

 だが、あまりにギンガに気を取られ過ぎた為、後方から迫るノーヴェに気付いた時にはもう遅かった。

 

 

「チッ」

 

 

 舌打ちが聞こえた。

 次の瞬間、ノーヴェとエドワードの間に何者かが立ち、ジェットエッジから放たれる蹴りを黒い大剣で防いだ。

 

「お前は……アース!?」

 

 エドワードを救ったのは意外にも、自分達と敵対し、ロノウェとは味方同士のはずのアースだった。

 アースは不機嫌そうにエドワードを一瞥し、ノーヴェを振り払った。

 

「何故お前が!?」

「ロノウェのやり方が気に食わない。それだけだ」

 

 先程、ロノウェに手痛い仕打ちを受けたアースはロノウェの意趣返しに邪魔しに来たのだ。

 しかしそれだけではないようで、操られたノーヴェを見るアースの表情は何処か含みを持っている。

 

「……ノーヴェ」

 

 ノーヴェとアースは敵同士でありながら、お互いに想い合う仲だった。雨の洞窟でのやり取りで想いを告げて以来、アースの中でもノーヴェを敵として割り切っていたはずだった。しかし、まさかこんな形で相対することになるとは。

 あの時から会話を交わしていない二人だが、ロノウェに操られたノーヴェはアースを見ても眉一つ動かさない。それどころか、敵と判断して特攻してきた。

 アースはノーヴェの直線的な蹴りをベルゼブブの刀身で受け流すと、隙だらけの彼女を大剣の柄で何の躊躇いもなく叩き伏せた。

 

「下らん。操られる前の方が全然強かったぞ」

 

 洗脳されたノーヴェは、機械的な動きしかすることが出来ない。だからこそ、アースは動きを読んで返り討ちにすることが出来たのだ。

 アースは立ち上がろうとするノーヴェの身体を踏みつけ、首筋に当て身を撃ち込んで昏倒させた。

 冷静を装っているが、内心では沸々とロノウェに対する怒りが煮えたぎっていた。こんな下らない作戦にノーヴェまで巻き込んだあの男を許せる訳もなかったのだ。

 

「……あっちか」

「待て!」

 

 ロノウェのいる方向を向くアースへ、エドワードが呼び止める。

 獣人の力で必死にギンガを抑え込みながら、エドワードはジッとアースの挙動を監視していた。エドワードにとって、アースはソラトの命を狙う敵だからだ。

 

「何だ? 俺はロノウェを始末しに行くんだが? それとも、お前は今ここでタイプゼロ・ファーストと一緒に殺されるか?」

 

 アースには、ノーヴェ以外は全て敵だという認識しかなかった。エドワードもギンガも、マラネロから回収するよう言われてはいるが関係ない。

 但し、今はロノウェの方が優先度が高かった。元々、無意味な戦いを好まないアースはエドワードが邪魔さえしなかったら手を出すつもりはなかった。

 

「プロトタイプの獣人……お前を羨ましく思う。作られた身でありながら、自分の生きる世界を持っているお前が」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟くと、アースは乗ってきた黒いバイクに跨って走り出す。

 エドワードが至近距離での魔口弾でギンガを気絶させる頃には、その姿は見えなくなっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 力強く叫びながら、ソラトはデバイス展開時のように帯状魔法陣に包まれていく。

 その内部では、まずセラフィムの刀身が柄頭の球体部分まで真っ二つに割れ、片方が下に移動することで両端に刄がある剣へと変化した。

 ソラトが両刃剣となったセラフィムを掴むと2本分の長さになった柄が丁度いい長さに縮み、背中からは左右合わせて8枚の魔力で構成された翼が生えた。

 最後にドームを作っていた帯状魔法陣が宙に浮き、破裂することで中のソラトが空を飛んだ状態で現れた。

 これがソラトとセラフィムのフルドライブ形態、セイクリッドフォルムである。

 

「行くよ、スバル」

「……ふん、空を飛べるようになった程度で何が出来る!」

 

 ゆっくりと降りてきたソラトがスバルに呟く。彼女の後ろでは、ロノウェがソラトのフルドライブ形態を見掛け倒しだと鼻で笑っていた。

 油断しきったロノウェの言葉に答えるかのように、スバルがソラトへ攻撃を仕掛ける。しかも、今度はIS"振動破砕"を利用した"振動拳"を繰り出すつもりらしい。

 

 

「ごめん」

 

 

 ソラトが申し訳なさそうに呟く。

 次の瞬間、スバルのリボルバーナックルが砕いたはずのソラトの姿が消えていた。確かに攻撃を仕掛ける瞬間まで、スバルのカメラアイはソラトを捕えていたはずだった。ところが、攻撃に手応えはなく空を切っていた。

 そのすぐ後に、スバルは背後からの一太刀をまともに受けて地に伏すこととなる。スバルは驚きつつも、何処か安心したような表情で操られた意識を手放した。

 

「な、何をした!?」

 

 スバルを瞬殺したソラトに、ロノウェが信じられないといった風に叫ぶ。

 彼の計算上、ソラトがスバルに本気で攻撃を加えることはありえなかった。加えて、先程の残像を残しつつ背後に移動するスピード。ロノウェが今まで調べ上げたソラトのデータを遥かに超える能力である。

 当のソラトは、至って冷静にロノウェを睨む。

 

「お前も僕のことを調べたんだろう? ホーリーレイドでスバルの後ろに移動した。それから、必要以上の苦痛を与えないよう一撃で気絶させた」

 

 ソラトの説明は単純明快で、ロノウェからすれば大したことなかった。問題は、ソラトがそれを容易く実行出来る程の力を備えたということである。

 ホーリーレイドは通常、はっきりとした残像は残さない。しかし、セイクリッドフォルム時には背中の翼が瞬間移動の際に余剰魔力を解き放つ為、残像が残る仕組みになっていた。

 因みにこの翼は自動飛行魔法を付与していて、普段は飛行魔法を使えないソラトでも空が飛べるようになっている。ただし、翼を消されれば飛行を維持出来なくなるが。

 

「お前にだけは負けられない。ここで、捕まえる!」

「は、ははは……」

 

 自分の計算がたった一人の少年に崩されたことに、ロノウェは乾いた笑いを浮かべていた。

 自身を見つめるその眼。その顔。つくづく、嫌いな男を連想させる。ロノウェは何よりも、そのことが非常に腹正しかった。

 

「調子に乗るなよ!! ただの凡人風情が!!」

 

 今まで不敵な笑みを絶やさなかった顔を屈辱と怒りに歪め、ロノウェは激昂する。同時に、白衣を着た青年の姿を大きく変貌させていった。

 体色は黄緑色に変わり、腕は外側に棘が並んで生え出す。頭部はまるで人間の骸骨を象っていた。

 目や鼻の部分は空洞になっていて、側頭部に昆虫の複眼のようなものが出来ていた。恐らく、こちらの複眼の方が獣人形態での本当の目なのだろう。

 背中に生えた4枚の羽を羽撃かせ、人間形態の時も愛用していた大鎌"ハーヴェサイズ"を取り出す。骸骨のような頭部に大鎌と、死神を連想させるような出で立ちだが、鎌を使う黄緑色の昆虫といえばカマキリが思い当たる。

 

「カマキリ獣人……それがお前の真の姿か、ロノウェ・アスコット!」

「そうだ。この姿はそう見られるものじゃあない。光栄に思え!」

 

 ロノウェは口をカタカタと動かしながら、大鎌を軽々と振るう。ソラトは一旦空へ飛び立ち、ロノウェの攻撃から逃げる。

 だが、昆虫の羽根を持つロノウェもまたソラトを追って飛んできた。

 

「死ねっ!!」

 

 ソラトの後ろを飛びながら、ロノウェは鎌を持っていない腕を振る。すると、弧を描いた魔力の刃がソラト目掛けて放たれた。

 敵の攻撃に気付いたソラトは身体を回転させて身を反らすことで攻撃を避ける。もう少し反応が遅かったら、ただでは済まなかっただろう。

 

「まだだ! これならどうだ!」

 

 ロノウェは第二波として、大鎌を横に振り被った。その後から、魔力の刃が複数飛来してくる。

 ソラトはその場に止まり、セラフィムを横に振り舞わすことで飛んできた刃を悉く弾いた。

 

「隙が出来たぞ!」

 

 だが、ソラトに出来た僅かな隙をロノウェは逃すことなかった。

 空中にも関わらず、ソラトは背後から羽交い絞めにされていたのだ。

 

「なっ、スバル!?」

 

 ソラトを抑え込んだものの正体は、ウイングロードでソラトのいる場所まで上がってきたスバルだった。

 気絶させたはずだったが、金色の瞳は大きく見開いていて無表情のままソラトを見つめ続けている。

 

「そのまま押さえつけて置け!」

 

 操ったスバルを利用する、何処までも汚い手口を使うロノウェは勝利を確信しながらソラトの首元へ大鎌を振る。

 

「言ったはずだ。お前には絶対に負けられない」

 

 その凶刃がソラトの首を狩ることはなかった。魔力の羽根の一枚で首元をガードしていたのだ。

 攻撃を受けた羽根はそのまま粒子となって消失した。残りは7枚だが、まだ飛行に支障はない。

 

「だが、タイプゼロ・セカンドがお前を捕まえている限り、そこから動けないはずだ!」

 

 いくら攻撃が防げても、戦闘機人の力を発揮したスバルに抑え込まれては振り解きようがない。ソラトもそう思っていた。

 なのだが、突如縛る力が弱まるのを感じた。続いて、機械が爆発する音まで聞こえてきた。

 

「な、馬鹿な!?」

 

 ロノウェが激しく狼狽する程の出来事。それは、彼が用意した戦闘機人洗脳装置が何者かによって破壊されていたのである。

 よく見れば斬られた跡のようなものが遺されていて、装置は火花を散らしながら至る所から煙を巻き上げていた。

 

「僕の最高傑作が……!」

「ロノウェェェーーー!!」

 

 愕然とするロノウェに対し、ソラトはチャンスとばかりに懐へと飛び込み、縦に斬り込んだ。

 直前で気付かれてしまったので咄嗟に大鎌の柄で防がれたが、真っ二つに斬られた大鎌はもう機能しないことが分かった。

 

「きさ」

「グランドクロスッ!!」

 

 大剣時と比べて双刃剣の方が取り回しが楽なのか、今まで以上のスピードでロノウェを横一文字に斬り裂いた。

 ふっ飛ばされたロノウェは地面に激突し、ダメージを追いながらも立ち上がる。表情は獣人なので相変わらず判断出来ないが、息は荒くなっていてイラつきが抑えられないという風に口をカタカタと鳴らしている。

 何もかもが計算違いだった。戦闘機人達を従えて、人質も兼ねた下僕として有効活用するはずだった。そして、たった一人では相手にならないような弱い男を捻り潰しているはずだった。

 なのに、今はその男に見下されている。戦闘機人達の洗脳も解けていた。自分に勝つ術はもう残されていない。

 

「こ、こんな……奴に……!」

 

 ロノウェは自分の計画が失敗したこと、取り分けソラトに敗北していることを認められなかった。

 そんなロノウェの自尊心を正面から否定するように、上空で魔力スフィアを輝かせて自分にトドメを刺そうとしている騎士の姿が視界に入る。

 

「くそぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ディバインバスタァァァーーーー!!」

 

 ソラトが叫びながら魔力スフィアを両断する。すると、スフィアからは巨大な斬撃波が放たれてロノウェを飲み込もうとする。

 ロノウェも最後の抵抗と言わんばかりに左腕を振って魔力刃を撃つも、膨大な力を前に合えなく掻き消されてしまう。そして、砲撃魔法はロノウェのいた場所に亀裂を入れて大爆発を巻き起こした。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 限界を超えた魔力の酷使に、ソラトはとてつもない疲労感を覚えながら地上に降り立つ。その瞬間、背中の羽根は全て消え、セラフィムも元の大剣型に戻ってしまった。

 息を荒くしながら、ソラトは爆煙に包まれた場所を見据える。今のでトドメを刺したとはいえ、目の前には強敵がまだいるはずだからだ。

 

「……そ、そんな……っ!」

 

 煙が晴れ、その場を見たソラトが驚愕の声を上げる。

 巨大な亀裂に、爆発によるクレーター。しかし、そこにロノウェの姿はなかったからだ。代わりに落ちていたのは、破壊されたリモコンのような装置と溶解した大鎌のみだった。

 

「ソラト」

 

 ロノウェを取り逃がし、呆然としていたソラトを呼ぶ声。それは、彼がずっと守りたがっていた女性のものだった。

 ソラトは慌てて振り向き、疲れた体を押して駆け寄る。

 

「スバル! 大丈夫!?」

「うん、平気だよ……っ!?」

 

 心配するソラトへスバルは笑って見せる。だが、ソラトが与えたダメージがまだ残っているらしく、足元はおぼつかない。

 倒れそうになるスバルをソラトが抱き締める。その時、スバルはソラトが小さく振るえていたことに気付いた。

 

「ソラト……?」

「ごめん、スバル。僕は……!」

 

 スバルは薄っすらとだが、ソラトがスバルを守る為に剣を振るったことを思い出した。

 逃げてと言ったはずなのに、自由の利かないスバルの体に襲われながらもソラトは退こうとしなかった。そして、救うためとはいえ大切な彼女を傷付けた。

 戦いが終わった今なお、自責の念に駆られる彼をスバルは愛おしく感じた。

 

「大丈夫。私は、ソラトのおかげでここにいられる。だから、ありがとう」

 

 子供のように泣きじゃくるソラトの頭を、スバルは優しく撫でる。

 先程まで傷付け合っていた二人は、なのはが迎えに来るまで抱き寄せ合っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 何処かの世界の街中。光の少ない裏道は夜中ということもあって、すぐ先すら見通せない程に暗い。

 その暗闇の中、ボロボロになったロノウェが体を休めていた。獣人形態で受けた傷は人間の姿になっても残るようで、白衣やコンクリートの地面を赤黒く汚している。

 血塗れの手には転移装置の切れ端が握られている。ディバインバスターを受ける直前、ロノウェはこの転移装置を使って逃げようとしていたのだ。だが、使用するのが間に合わず、ディバインバスターの余波を受けて装置は壊れてしまいマラネロの研究室に帰れなくなってしまった。

 

「こんなところで、捕まってたまるか……!」

 

 ロノウェは他の弟子とは違い、研究者としてのプライドが一段と強かった。捕まれば、もう二度とマラネロの研究を引き継ぐことは出来ない。

 己の野心とプライドが、時空管理局に逮捕されることを良しとしなかったのだ。

 

「これも、ソラト・レイグラントのせいだ……次こそ、必ず奴を!」

「奴を、どうするって?」

 

 ロノウェの言葉を遮り、闇の中を歩んでくる足音が響く。

 夜に溶け込む黒いバリアジャケットに、翡翠色の髪。足音の主である、アースは鋭い視線を目の前の科学者に向けていた。

 

「あ、アース! ククク、まさかお前が助けに来るとは……だが、まぁいい」

 

 普段は互いに罵り合う関係だったが、今のロノウェにとっては救いのように思えた。アースもまた自分と同じ転移装置を持っている。

 きっとマラネロに言われて自分を回収するために来たのだろう、と。

 しかし、アースはロノウェの目の前で立ち止まるとニヤリと笑って見せる。

 

「さぁ、何をしてるんだ。早く僕を」

「奴は俺の獲物だ。勝手に手を出せばどうなるか、知ってるよな?」

 

 アースは転移装置の代わりに、大剣型アームドデバイス"ベルゼブブ"をロノウェの眼前に向ける。微笑んでいるように見えるが、アースの真紅の瞳は激しい怒りに燃え上がっていた。

 実は、戦闘機人の洗脳装置を破壊したのもアースだった。勿論、ソラトを助けるためにではなく、ノーヴェを鬱陶しい洗脳から解放するためである。

 自身が命を狙うソラトと、初めて愛するようになったノーヴェ。その2人に卑劣な手を出したロノウェを、アースは最初から許すつもりはなかったのだ。

 

「な、貴様! 僕にこんなことをしていいと思っているのか!? 師匠を、我々を裏切るつもりか!?」

 

 漸くアースが何をしにここへ来たかを察し、ロノウェは焦りながら必死に訴える。マラネロの弟子も残りは自分のみ。それを殺しに来たということは、マラネロへの裏切りを意味していると。

 しかし、アースは必死なロノウェを鼻で笑う。

 

「裏切る? 面白くない冗談だ。俺はお前等の味方になった覚えはない」

 

 アースは躊躇いなく、ベルゼブブをロノウェに振り下ろす。

 驚愕と苦痛に歪んだ科学者の表情は真ん中で綺麗に別れ、断面から血飛沫を撒き散らしながら別々に倒れた。

 ロノウェを呆気なく始末したアースは、真っ二つに裂けた死体をそのまま放置し、ベルゼブブを一振りして血を払ってからその場を後にする。

 光すら当たらない暗闇の道を、一人で歩いて行くアース。その先に何があるのか分からなくとも、その歩みを止めようとはしなかった。

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