モモンとナーベが仕事を求めて冒険者ギルドへ赴き、そして漆黒の剣の面々と出会っている頃、リティスはと言うと、既にエ・ランテルを後にし、王都リ・エスティーゼを目指していた。
王都とも呼ばれているのであれば、エ・ランテルよりも高めのアイテムが売れる可能性があると踏んでの事である……が、正直な所、彼女はリ・エスティーゼ王国にそこまで期待していない。
ここまで情報を集めて分かった結論としては、王国は裏で暗躍するなら最高に適した場所だが、そうでない……普通に商人としてやっていくには旨味の少ない国であると言える。
そのうちの一つが、魔法軽視である。
どうしても華々しい騎士道に憧れを持つ者が多く、逆に魔法への理解は深まっていない。
そりゃあ、安くしたところでマジックアイテムが売れない筈である。
しかし首都というからには、何かしら見るべきものがあるかもしれない。
そう思い、王国を後にするのはこの首都を見た後でも遅くないだろうと思っての王都への移動である。
これが正しい選択かどうかは、今は誰にも分からない。
◆■ 第五話 「当店のご利用は初めてですか?」 ■◆
「じゃあ、今回の報告を始めましょうか。」
王都リ・エスティーゼ……その心臓部にして、王族が住まう城の一室。
豪華な装飾品と調度品で飾られた部屋に彼女達は居た。
一人はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
黄金の姫と名高いリ・エスティーゼ王国第三王女である。
そして、彼女とテーブルを挟んで対面する形で座っているのは、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。
王国のアダマンタイト級冒険者チーム「蒼の薔薇」のリーダーである。
二人がこうして会議を行う理由……それは一重に、王国に巣食う闇。
『八本指』と呼ばれる犯罪組織の打倒の為である。
本来であれば国からの依頼は受けないのが冒険者の鉄則だが、王国の貴族とも繋がりがあり、闇の根深い奴らを倒す為には、自分で動かせる軍も無く、信用できる後ろ盾も無い籠の中の小鳥であるラナーには、彼女達冒険者を頼る以外に方法が無かったのだ。
一方のラキュースも、元は貴族であり、そして生来の強い正義感が八本指という悪を倒せと彼女を奮起させている。
だが、相手も馬鹿ではない。
なかなか尻尾を掴ませてはくれず、情報も足取りも、どこでどのような事をしているのか……分かる事はそう多くない。
「今回はその……噂に過ぎないのが一つあるんだけど。」
「噂……ですか?」
「……最近、王都に怪しい行商人が居るっていう噂があるの。」
曰く、露天商店であり、表通りから外れたうら寂しい裏通りで、人目についてはいけないような商売を行っている。
曰く、格安で極上の品が手に入る。
曰く、商人は子供好きである。
曰く、商人は好んで黒い服を着ている事が多い。
曰く、曰く、曰く……。
「って感じなんだけど……。」
「彼らだとしたら、あまりにあからさま過ぎますね……。無関係か、あるいはただの餌、または……ただの噂でしょう。」
「やっぱりそうよね……。」
「ただ……噂にしては具体性に富み過ぎています。容姿の特徴や、何が好きか、どういった場所に居るのかまで分かるとなると、実在する人物なのかもしれません。」
「そう……貴女がそう言うなら、今は他のメンバーは出ちゃってるし……私が直接調べてみるわ。」
「いいのですか? すみません、よろしくお願いしますね。」
「いいのよ、私もちょっとだけ気になるし。」
そう、ちょっとだけ……彼女の興味を引いただけ。
ラキュースはこういう黒だの闇だの秘密だの、そういったワードに滅法弱いのだ。
ラナーは恐らくその商人が無関係である事は半ば確信していたが、彼女の瞳の奥で「滅茶苦茶知りたい調べたい」という輝きがあるのを見て、調査を依頼する事にした。こうなったら彼女はどうせ自分が言っても聞かないだろうと見越して。
調査すると決めてから、ラキュースはまず知り合いの冒険者に聞き込みを行う事にした。
さすがに表立って裏通りをしらみつぶしに探す、なんて事をすれば警戒され逃げられる可能性があるので、まずは慎重に情報を集めよう、という事である。
なにせ、今ある情報では王都に居る事と、裏通りのどこか、としか分からない。
そもそもその噂の真偽も分からないというのに、これだけ広い場所で一人の行商人を見つけるのは困難を極める。
こんな時、ティナやティアが居れば心強いのだが。
そもそも彼女達が別の件で居ないから始めた事ではあるので、これといって情報がつかめなかったなら、それはそれで良い。
そうして聞き込みを開始した結果、成果は……あるような無いような。
場所の情報を手に入れた、と思ったが、どうも件の行商人は一つの場所で商売をしているわけではないらしく、裏通りという事と、あまり人目につかない場所である事以外は共通していない場所であると言えるだろう。
次にどこに来る、といった法則性は無い事と、雨の日は居ないらしい事。
時折、安い宿屋に泊まっているのを見たことがあるなどの情報もあったが、ここに行けば必ず居る、というような確証のある情報は得られなかった。
……そういえば、件の行商人の噂の一つに、子供好きというものがあった。
噂では、目の前で子供を傷つけられると怒り狂い、傷つけた相手を闇夜に紛れて暗闇に引きずり込み、帰らぬ人にしてしまうとか……。
……なんだか急に胡散臭いような気がしてきた。
しかし他に情報が無いというのも確かである。
このあたりで子供が遊ぶ場所、というと……例えば川や広場、だろうか。
そう思い、ラキュースはダメ元で思い当たる場所へと行ってみる事にした。
「ほーら、花の冠の完成だ。」
「わあ!黒いお姉ちゃんすごーい!」
「どうやったの~?」
「私にも作って作って!」
居た。
珍しい形の帽子。
夜を切り取ったように真っ黒な服と髪、そして瞳。
スラッとした体形で、やや長身。
四角い奇妙なバッグのようなものを手に持っている。
噂にあった全ての容姿の情報に合致しているのが、これ以上ない位普通に居た。
子供も一緒に居た。
心底子供好きなのだろう、広場の端で咲いていた野花を摘み、輪になるように結んで冠を子供達に作ってあげたり、飴を配ったり、両手に子供を乗せてくるくる回ったり(見た目より腕力があるようだ)……噂は本当だったようだ。
しばし、ラキュースは肩の力が抜けたようにそれを見守る。
八本指の構成員……とはとても思えない。
それにしては目立ち過ぎだし、なにより子供を心から愛していないとあんな笑顔は出来ないだろう。
……とは言え、一応、念のため、ぶっちゃけ絶対あり得ないとは思うが……聞くだけ聞いてみよう。
「あの、ちょっといいかしら……?」
「はい?」
「貴女は、その……黒の行商人、であってる?」
「はあ、そうですが……。」
「あの……これは噂なんだけど、貴女が、こう、なにやら怪しいものを売っているだとか、そういった噂があるんだけど……。」
「その通りですね。」
「そうよね、その通り……その通りなの!?」
まさかのYESだった。
恰好から見れば彼女が異邦の地からやってきた行商人であることは想像に難くない。であるから、怪しんだ人々が勝手に立てた噂だと思ったのだが、まさかのYESであった(二回目)。
「良ければ見てみますか?」
「見ても良いものなのかしら?」
「はい。別に法に触れるものを売っているわけではありませんので……なんならカバンをひっくり返してすっぽんぽんにして調べてもらっても構いませんが……。」
「いえ、いいわ。今のでそこの疑いは晴れたから。ホントに法に触れた物を売っているならもう少し隠そうとするもの。」
「そうですか。」
「ただ……。」
「ただ?」
「それはそれとして、何があるか見せては貰えないかしら?」
「喜んで。」
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それから少しして、リティスはラキュースによって彼女の泊まっている宿に招かれていた。 そこなら情報の漏洩は無いし、取引を行うのに十分なスペースがある為である。
「では取引を始めましょうか。」
「ええ。」
ピシッ、と緊張感が室内に走る。
机を挟んで、片やダウナーな印象の黒い行商人、片や健康的な印象の冒険者という対照的な二人による取引が始まった。
「まず確認なのですが、貴女は冒険者……ですよね?」
「そうよ。」
「それに……成程、強かな方のようですね。」
「そうかしら?」
見透かされている。
ラキュースはそう直感した。
まだ自分が蒼の薔薇のラキュースであるとは一言も言っていないが、それでも、自分の実力を正しく見透かされていると感じていた。
まぁ、こんな一級品の宿屋に普段から泊まれるような冒険者ともなれば実力の高い冒険者以外はあり得ないのだが、しかし、事実リティスは自身の持つスキルでラキュースのレベルを正しく見透かしている。
そして、この世界に来てからというならば、彼女は恐らく前の世界でいう所のトップランカーとでもいうべき強者であると認識した。
文字通り、レベルが違う。
「貴女ならば……。」
「何?」
「……いえ、貴女にならこんなのは如何でしょうか。」
バカッ、とロックが外されたカバンから、リティスはいくつか品物を取り出す。
中には「どこにそんなスペースが?」というようなものまで入っていたことから、このカバンは恐らくマジックアイテムなのだろう。
「それ、中身を全部見せる事は出来るのかしら?」
「出来ますが、少し時間がかかりますし、なにより、出し切っても出し切ったという証明は出来ません。このように。」
そう言ってカバンの内側を開いて見せると、そこは暗黒だった。
まるで彼女を象徴しているかのような黒。
全く見通すことの叶わない暗闇がそこに張り付けられているかのようだ。
「成程ね……そこに禁制品がないという保証は?」
「ありませんが、そんなものに頼らなくても私は明日食っていけるので。」
……後者の明日食っていけるというのは本当だが、禁制品が無いというのは嘘である。正直に言ってしまえば、ドーピング染みた物があると言えばある。
だが、なにやら禁制品やら犯罪やらに拘り目を光らせている彼女に対して言えば、ここは無いという事にしておいた方が良いだろう。
そうしていくつかのやりとりをしつつ、カバンから次々と品物を出していき……ラキュースが泊っている一室に、簡易的な露天商が出来上がった。
「では、どれからご説明いたしましょうか。」
そう言ってリティスはようやく取り出すのを止め、さぁさぁとラキュースに品物を手に取るよう促す。
ラキュースはと言うと、見たこともないマジックアイテムの品々に目を奪われつつあった。
「じゃあ、このネックレスは……?」
「それは『カナリアの首飾り』ですね。先にあるカナリアのクリスタルが、罠がある時や毒物に反応して光ります。」
「ブフッ!?」
いきなり王族にとって垂涎物のとんでもない品が飛び出た。
「ほ、ホントなの?」
「はい。もちろん。えーと……これは魔物用の毒針なのですが、これを近づけると……このように、緑色に光ります。」
「ホントだわ……何か仕掛けがあるようには見えない……。」
もしこれが本当に彼女の言う効果ならば……これだけで金貨数十、いや、百枚はくだらないだろう……。
「じゃあ……これは?」
「それは『精霊の宝玉シリーズ』ですね。それぞれ赤が火の、青が水、黄色が雷、他にも様々な属性の宝玉があり、使用する事で該当する属性の精霊を5回まで召喚し、使役する事が出来ます。」
「……この黒いのは……。」
「闇の精霊ですね。強い魔法耐性を持ちますが、聖魔法に滅法弱い精霊です。」
「そうなのねっ……。」
闇と聞いてつい声が上ずってしまっている。
ちなみにこれも同じ物を王都で買おうとすれば金貨が何枚必要か分からないだろう。
その後も出るわ出るわ国宝級のマジックアイテムの数々。
この行商人、一体どんな国からやってきたというのだろう。
「あなた一体何者?」
「さあ……自分が何者なのか、それを定義出来る人が果たしてこの世にどれだけ居るでしょうか?」
もし彼女が神達の住まう国からやってきていたとしても、ラキュースは信じてしまうかもしれない。
そうして次々とマジックアイテムや「あ、これ普通に便利」というアイテムを物色していく中、決めかねているラキュースを見てリティスは「いいことを考えた」と言うように手を叩き、「では、こういうのは如何でしょう?」と告げ、カバンから何かを取り出す。
「な、なに……それは。」
「これはガty……いえ、『アナザークリスタル』とでも呼びましょうか。」
取り出されたそれは、彼女の言うように、クリスタルではあった。
だが、これまた真っ黒だ。黒すぎて、中身など見通せそうにない。
「中身は何なの?」
「実は私も知りません。ですから、買ったあなたが自分の手で確かめるのです。」
「それって……。」
そう、何を隠そうガチャである。
課金商店NPCにおけるガチャの形は様々だが……リティス・トゥールのガチャの設定としては、『滅ぼされた世界の産物を片っ端からクリスタルに詰め込み、それを砕いたもの』が、このアナザークリスタルと呼称したガチャの正体である。
「数は一人十個まで。1個金貨5枚です。ちなみに、ゴミではない事は保証しましょう。」
「中身は知らないんでしょう?何故保証できるのかしら?」
まぁ……実は本来は500円ガチャの1ランク上の限定ガチャとして売られていた1000円ガチャなので、所謂500円ガチャのハズレは極端に出ないようになっているのがこの限定ガチャの強みだ。
……が、ピックアップされていた物以外の排出率も何気に下がっており、やはりクソ運営として叩かれる事となっていたわけだが。
「今までこれを買った人でゴミを出した人は居なかったので。」
「ゴミ以外だとどんなものが出たの。」
「さあ……願いを叶える指輪だったかな……いや、悪魔になってしまう種だったかもしれません、はたまた、天使の輪が手に入るアイテムだったような気も……。」
「ふうん……。」
冗談染みた口調なのが逆に恐ろしい。
この行商人が言うと冗談に聞こえない。
実際、冗談ではないのかもしれない。
「……いいわ、1個下さい。」
「ええ、どうぞ。」
ラキュースはリティスや自身が思っていたよりも悩まずにその怪しいクリスタルを購入する事に決めた。
金貨五枚……決して安くは無い。
だが、この黒い水晶には何か……人を引き付けて止まない魔力のようなものを感じてならないのだ。
「はい、確かに。」
「じゃあ、開けるわよ……。」
ラキュースがクリスタルに魔力を流したその瞬間……クリスタルから
「なっ……。」
「よりにもよって、それを引きましたか……。」
「こ、これは何? 凄まじい闇の力を感じる……。」
ラキュースが手を開くと、そこには、赤黒く妖しげな輝きを放つ宝玉を装飾する銀色の指輪が光っていた。
「それは『リングオブダークフォース』……着けた者の攻撃に闇属性を付与すると言われる指輪です。」
「そんなものが……。」
ついでに言うと、ほぼ全てのスキルのエフェクトが闇っぽく変換される上、着けると手の甲に紋様が現れるという厨二病御用達……まさに誰かの為にあるような指輪であり、ユグドラシルでは純粋に着けるだけでお手軽闇属性攻撃が可能であるとして、それなりに重宝されていたマジックアイテムである。
「どうしますか? 要らないのであれば、こちらで無償で処分いたしますが。」
「……これは私が貰うわ。ええ、私のように神に仕える者でなければ、闇の力に魅入られてしまうかもしれませんから。」
「(???)……分かりました。それではその指輪は貴方様の物です。」
リティスの見立てでは彼女は神官戦士であると同時に信仰系魔法詠唱者であると見抜いていた為、こんなものが必要だとはとても思えず、「これは失敗したかな」と思っていたのだが、思いの外食いつきが良いので内心で首を傾げた。
それからも取引は続いたが、余程その指輪を気に入ったのだろうか。
時々その指輪を眺めながら、気に入ったマジックアイテムを購入していく。
「……あ、そうだ。貴女っていつも居場所はバラバラなの?」
「まあ、そうですね。」
「う~ん……また買いたくなった時に困るから、出来れば連絡を取れる手段か、決まった場所があれば助かるんだけど……。」
「ああ、それでしたらこちらの招待券をご購入下さればよろしいかと。」
こうして、リティスの招待券を持つ上客がまた一人増えたのだった。
この後、蒼の薔薇の面々を巻き込んでの取引を行うようになるのは……言うまでもない。
なおこの後謎のヤバそうな輝きを持つ指輪ハメているリーダーを見て蒼の薔薇の面々が本気で心配し始める模様。
追記(2020/12/25)
本編で登場した「カナリアの首飾り」は活動報告コメント欄にて頂いた案から少しだけ形を変えて採用させていただきました。コメントを下さったサンドピット様にこの場を借りて感謝申し上げます。ありがとうございました。