ユグドラシルの行商人NPCになりました。   作:政田正彦

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当店はお客様を選り好みしたりしませんから

「や、やめてください!! どうして……!! 皆っ、正気に戻って!」

 

「キャハハ、無駄無駄。魅了の魔法でそいつらもうアタシの操り人形なんだよ!」

 

 夜、エ・ランテル城塞都市、その一角のとある薬屋に彼らと彼女は居た。

 

 片方は『あらゆるマジックアイテムを使用可能』という稀有なタレントを持つンフィーレア=バレアレの誘拐、および、彼に叡者の額冠を装着させることで、彼を上位魔法を吐き出すだけの装置にする事を目的に、漆黒の剣の面々と共に彼が戻ってくるのを暗闇に紛れて待っていた者。

 

 名をクレマンティーヌ。

 

 見た目は20歳前後の瑞々しい女性で、金髪のボブカット、猫科の動物を思わせる可愛らしさと獰猛な肉食獣を思わせる、整った顔立ちの女戦士。

 

 黒いフードによって隠されたその肉体は、()()()()()()人類の、そして戦士の中で最強、人外の領域に足を踏み入れた強さを誇る。

 

 ……故に、彼女が居ることを知らずに、採収して来た薬草を荷車から降ろして倉庫に運び入れる手伝いをする為に家の中に入り、狭い空間で彼女との戦闘を挑むこととなった漆黒の剣の面々は成す術なく彼女の持つ魔法を込められたスティレットの餌食となってしまったのだ。

 

 込められた魔法は【魅了(チャーム)】。これをくらった漆黒の剣の面々は彼女の事を友人だと認識させられてしまい、友人である彼女のいう事に絶対服従となってしまうのだ。

 

「やめて……!! 嫌、嫌ぁぁぁーーーーッ!!」

 

 そして、唯一その魔法をくらわなかった……否、あえてその標的から逃された少年……ニニャ。

 

「……あまり遊びすぎるなよ。」

 

「わ~かってるってぇ。カジっちゃん。」

 

 傍で見ていた、カジっちゃんと呼ばれた男がクレマンティーヌにそう忠告する。男自身はその忠告にあまり意味があるようには思っていないようで、溜息をついた後興味を失った。

 

 この世界では高位の魔法詠唱者である彼は遮音の魔法を使用してこの誘拐が周辺住民の者にバレないようにするという役目でここに居る。

 

 名はカジット・デイル・バダンテール。邪悪な魔法詠唱者によるテロリスト集団ズーラーノーン12高弟の1人である。クレマンティーヌとは協力関係にあり、ンフィーレア=バレアレを誘拐し、叡者の額冠を装着させ、この街に死の力を充満させる儀式を起こそうとしている……テロリストである。

 

 クレマンティーヌはそんな彼をして「英雄級の力を持つ性格破綻者」と言わしめる程の狂人であり、人間を殺すこと、弱者を甚振ることを「恋している。愛している」と評している。

 

 そんな彼女の()()()()に選ばれた事、それすなわち、ただ死ぬより余程辛い苦痛と屈辱が待ち受けているという事に他ならない。

 

「ニニャ……どうして拒むんだ?大人しくしないとダメじゃないか。」

 

「そうだぜ、せっかく俺らが遊んでやるって言ってんのによ。」

 

「うむ……どうしてもと言うなら、強引にいくしかないのである。」

 

「貴方達はっ、操られているんです!! お願いだから目を覚ましてっ……正気に戻ってくださいよぉっ!!」

 

 ニニャは操られている仲間三人に反撃することも出来ずに組み伏せられ……強引に装備を剝がされる。

 

「あはっ、やっぱり思った通りだわ。」

 

「ああ、やっぱり、そうだったんだなニニャ……。」

 

「見るな……見るなああぁぁぁァァァァーーーーッ!!!」

 

 装備をただ剥がしただけで下着によって隠されてはいるものの、そこには確かな膨らみがあった。男らしい胸板ではなく、未発達な女の子を思わせる乳房が。涙を流しながら絶叫する彼、いや……彼女は、手足を押さえつけられながらもジタバタと暴れる。

 

 だが、彼女の声は遮音の魔法によって遮られ、誰の耳にも届かない。

 

「見るなって言われるともっと見たくなっちゃうよね~。皆、やっちゃって。」

 

「ああ、分かった、友よ。……ニニャ、悪いが耐えてくれよ。」

 

「ヒッ……や、やめて、お願い、たすけ……助けて、誰か……モモンさん!!」

 

 今回の旅で同行する事になった、ともすればアダマンタイト級にも届くであろう、驚異的な身体能力と戦闘力を見せた異邦の冒険者、モモン。

 

 ……だが、運悪く、彼は今ここに居ない。

 

 薬草を運び入れるだけなら漆黒の剣の面々だけでも充分だった事。

 それでなくても彼は今回の旅で森の賢王と呼ばれる伝説の魔獣を力でねじ伏せ、配下に加え、使役魔獣として組合に報告しなければならなかったから、ついでに依頼が達成された事の報告も任せられていた為だ。

 

 現在の彼は街の中でその魔獣の背に跨り、名前をまんじゅうにするかハムスケにするかで迷っていた。

 

「お涙頂戴ね、泣けてきちゃ~う。……笑えるほどにね。ホラ、もっと声を出して助けを呼ばないと。モモンさん助けてって! ギャハハ! ……うん?」

 

 状況は、まさに絶望的であった。そんな時。

 

 操られている三人がニニャの装備を強引に剥いていくと……。ふと、彼女の懐から小さな革袋が暴れる彼女に合わせて揺れ、そしてポトリと床へ落ちる。すると、中に何かキラリと光る物が丁度クレマンティーヌの目に止まった。

 

「なんだ、コレ?」

 

 訝しむように……初めて見る物に興味を惹かれた猫のように、眉をひそめてその革袋を見据えるクレマンティーヌ。

 

 金か? まあ、もらえるもんはもらっとこう。この先色々と入用になるかもしれないのだから。

 

 そう思ってスッと拾い上げた革袋の中には、クレマンティーヌの予想に反して、金ではなく、見たことも無いアイテムの数々……特に、何やら銀色の紙切れのような物に関して言えば何に使うのかも全く分からず、手に取ってしげしげと見つめる。

 

 彼女がそれを手にしている事に気付いたニニャは驚きつつも声を上げた。

 

「か、返して! お願いです、それを返してください!」

 

「ン~?」

 

「お願い、お願い……大切な物なんです、どうか、どうかぁ……それだけは手を出さないで……!」

 

「ふ~ん。」

 

 クレマンティーヌは歓喜した。クレマンティーヌには、この紙切れが彼女にとってどれほど大事な物なのか分からぬ。剣を振り、虐げられて国から逃げて来た。けれども、人が嫌がる事に関しては人一倍敏感であった。必ず、ぴかぴかで正体不明の紙を踏みにじらねばならぬと決意した。

 

 クレマンティーヌは「ど~しよっかな~」と迷うような素振りを見せ「あ、落としちゃった~」とワザとその紙切れを手放し……そして迷うことなく、地面に落ちた紙切れを踏みにじり、グリグリと踵で押し潰してやった。

 

 すると、紙切れはあっけなく、元からそうなる為に作られていたかのように、真っ二つに引き裂けて……かと思うと、引き裂いた張本人であるクレマンティーヌの身体に異変が起こった。

 

「(……ああ、神よ、感謝します。今だけは……。)」

 

 何が起こるかを全て知っていたニニャは、ニヤリ、とほくそ笑んだ。

 

「なっ!?」

 

「クレマンティーヌ!?」

 

 カジットの驚愕の声を受けながら、すぅっとクレマンティーヌは姿を消した。

 

「な、なんじゃ……その紙切れは一体!? クレマンティーヌはどこへ……!?」

 

「う、ぐ……ハッ!? す、すまん! ニニャ!!」

 

「……な、何をしてんだ俺は!?」

 

「む……!? すまない、ニニャ……魅了されていたのか。」

 

「み、皆……!」

 

 そして、次々に漆黒の剣の面々が正気を取り戻す。これは魅了の効果時間が切れたからではない。クレマンティーヌの魅了の効果()()から外れた為、元に戻ったのだ。

 

「なんじゃと……!! ええい、面倒な……。」

 

「皆! 私の事はいいですから、今は早く撤退を!!」

 

「……分かったぜ!」

 

 そして、咄嗟に弓を構えたルクルットによって放たれた矢がカジットへ向かい、カジットはそれを防御しようと杖を掲げ……。

 

「カジット様!!」

 

「む!? 馬鹿者! 邪魔じゃ!!」

 

 庇おうとした彼の配下……今この場においては、防御をする妨げにしかならない愚者によって、矢を受ける事は回避出来たものの、咄嗟に魔法を発動させることが出来ず、その上視界を遮られてしまうカジット。

 

 好機と見た漆黒の剣は、ポーチの中からアイテムを取り出し、それを思い切り投げつけた。

 

「これでもくらえ!!」

 

「どけっ!! ぬ!?」

 

 矢を受け肩を押さえる配下を無理矢理退けると、ペテルが投げた瓶状の何かがカジットを襲う。それが何かまでは咄嗟に判断できず、魔法の発動も間に合いそうになかったので、カジットは持っていた杖でそれを払いのけた。

 

「!? な、なんじゃ!? 煙が……クソッ!! 小賢しいッ!!」

 

 だが、それは杖と接触した瞬間に破裂し、真っ黒な煙をまき散らす。そして、それはただの煙ではない。本来、モンスター等から逃げるために使う、相手の視界を奪う状態異常をかける煙である。カジットは目を奪われたかのような暗闇の中でどうすることも出来ず声を張り上げる事しか出来ない。

 

「フンッ!! 皆、ここから出るのである!!」

 

「ああ、行くぞニニャ!」

 

「走れるか……!?」

 

「は、はい。大丈夫です!」

 

「ぐう、何故だ、何故見えぬ……くそ……! そやつらを逃がすな!!」

 

 ダインが店の窓を叩き割り、そこから素早く脱出する漆黒の剣の面々。

 外で見張っていたカジットの配下達は突然の事に驚きながらも魔法を放とうとし……。

 

「おまけだ!」

 

 逃げながら、ペテルがポーチの中身を全てぶちまける勢いでアイテムを投げつける。それは相手に状態異常を引き起こすデバフポーション、魔獣用の足止め接着剤、先ほども使った相手を暗闇状態にする煙玉……。

 

 それらをくらった弟子達は、放った魔法があらぬ方向へ飛んだり、混乱して同士討ちを始めたり、魔法を諦め追いかけようとしたところで謎の液体に足を取られて強かに顔を打つなど、とてもではないがここから漆黒の剣を追いかけても追いつけそうになかった。

 

「くっ……!? 逃げられたのか!? このっ……役立たず共め……!! もう良い!! 幸いンフィーレア=バレアレは回収できたのだ……このまま墓地へ戻り、急遽儀式を始めるッ!!」

 

「は、はっ!!」

 

 暗闇から解放されたカジットはそう怒鳴り散らすと、ボロボロになった弟子達と共に墓地へと帰るのだった。気絶したンフィーレア=バレアレと共に。

 

 

 

◆■  第七話 「当店はお客様を選り好みしたりしませんから」 ■◆

 

 

 一方の消えてしまったクレマンティーヌは、目の前が真っ暗になった瞬間、咄嗟に臨戦態勢に入っていた。しかし、しばらくすると……暗闇が晴れ、そこはポーション等を製造、販売している薬屋ではなく……外。それも、どこかも分からない、寂れた雰囲気の屋敷の目の前にクレマンティーヌは立っていた。

 

「……はぁ?」

 

 あまりにも不可解な現象に思わずそう零したあと、しばし、茫然とその屋敷を眺めていた。

 

 だがそこで眺めていても何か変化がある訳ではなく、とにかく、クレマンティーヌはまんまとあの女の幸運と機転を利かせた演技に騙され、転移か何かの魔法が込められたマジックアイテムにより、ここに居るのだと推察した。

 

 とりあえずあの男みたいな女は後でぶち殺すとして……問題はここがどこなのかだ。

 

 周囲を見渡すと、やたら深い霧に包まれており、この中をなんの情報も無しに突き進むのは面倒、いや、無謀とすら思える。

 

 であれば、一応、罠であるとは思うがこの寂れた屋敷に入り、人が居れば魅了を使って何らかの情報を吐いてもらってから、ここからどうするか決めようと思い立つ。

 

 どんな罠があったとしても生還出来るという絶対的な自信から、そう思うまでに時間はかからなかった。

 

 まず初めに屋敷を遠巻きに観察すると、どうやらそこそこ広く大きな屋敷である事が窺える。だが、やはり老朽化が進んでおり、屋敷をぐるりと囲んでいる鉄柵はかつては美麗な作りだった事が窺えるも、今では青く錆びて所々倒れてしまっており、庭は植物で足を踏み入れる事も出来ない。

 

 そして、正面玄関から屋敷の入り口へと道が辛うじて残っており、入口の扉は少しだけ開いている事から、カギはかかっていないように見える。

 

 だが、人の気配はない。

 

「……お邪魔しますよぉ~。」

 

 最大限に引き上げた警戒心を感じさせない軽い口調と声色で、ゆっくりとその寂れた屋敷のドアを開く。

 

 屋敷の中もやはり寂れてしまっている。退廃的な雰囲気を醸し出す屋敷の中は、外からの月明かりだけが室内を照らしている。

 

「……誰も居ない?」

 

 罠があると警戒していたが、ドアの前にも先にも何も無い。とりあえず屋敷の中をもう少し調べてみるか、と足を踏み出したその瞬間。

 

 

「おや、珍しい客人だ。」

 

「ッ!!?」

 

 耳元で突然そう囁かれたクレマンティーヌは飛び退いて自身の背後に気配もなく立っていた人物に向き直る。

 

「(一体いつ背後を取られた!?透明化か!?だがなら何故今仕留められなかった!?)」

 

「おっと、驚かしてしまったかな……すまない。そんなつもりは……まぁ、驚かせるつもりではあったけれど、敵対する意思は無いんだ。とりあえず武器を下げてくれないかい?」

 

 そこに立っていたのは、黒い帽子と黒い服に身を包んだ、全体的に真っ黒な女だった。

 

「アンタ……何者?」

 

「私の名はリティス。リティス・トゥール……しがない行商人さ。」

 

「(行商人……? 行商人如きがこのクレマンティーヌ様の背後を取ったと……? 馬鹿にしやがって……。)」

 

「で? 君は一体誰なのかな? 私の記憶では君には招待券を贈った記憶は無いのだけれども……。」

 

「招待券……?」

 

 それはもしかして、さっき踏みつぶしたアレの事か? クレマンティーヌには招待券とは何のことだか分からない。だから適当にはぐらかそうと口を開こうとして「あーいや待て待て」とリティスに手で制される。

 

「自分で聞いておいてなんだが、招待券に関してはどうでもいい。誰かから譲り受けたとか、あるいは盗んだとか、あるいは殺して奪ったとか……そういう事もあるだろうしな。うんうん。」

 

「……。」

 

「とにかく、ここに来るのが初めての客なのだから、ここが何なのか、色々と説明しなければね。……うむ、とりあえずここで話すのもなんだし、奥の部屋で話そうではないか。」

 

「はぁ……。」

 

 ペースの掴み辛い奴だ。クレマンティーヌの苦手なタイプである。もっとも、痛めつける相手とするならば話は別だが。

 

 何がそんなに愉快なのか、どこか上機嫌、スキップでもしそうな様子でリティスと名乗った女は歩み、そして扉の前で立ち止まり、止まることなく中へと入っていく。

 

 仕方なくクレマンティーヌもそれに続き、部屋の中へと入ると、そこは屋敷の中では比較的落ち着いていてかつ綺麗に整備されている部屋だった。

 

 部屋の様子は……応接用の部屋とでもいうべきか。

 紫がかった魔法のランプに照らされており、部屋の中には一つのローテーブル、そして、それを挟むようにソファーが置いてあった。他にも、部屋の随所に調度品……クレマンティーヌから見て趣味が良いと思うような物が幾つも置いてある。

 

 無論皮肉である。

 

「さ、そこに座って。聞きたい事があればなんなりと。」

 

 クレマンティーヌは警戒しつつもソファに腰かけ、さっさと本題に入ってしまおうと口を開く。

 

「ここから元の場所へ戻るにはどうしたらいいの?」

 

「おやおや……もう帰るつもりかい? もう少しゆっくりしていけばいいのに。せっかく良い具合に夜も更けてきたのだから。……とはいえ、なんなりと、と言った手前教えない訳にも行かないな。率直に言えば、私が認めさえすればすぐに帰れるよ。」

 

「……じゃあとっとと帰してくれる? 悪いけど、今仕事中だったんだよね。」

 

「ツレないねえ。色々と珍しい物を揃えているというのに。」

 

 さっさと帰してくれ、というクレマンティーヌを無視して、ソファの裏側から一つの……銀色で、変わった形状……金属でカバンを作ったら丁度こんな感じになりそうな物……を取り出し、見ていくだけ見て行ってくれ、そしたら帰すから、と押し切られた。

 

 クレマンティーヌはどんどん苛立ちが募り……すでにマントの下でスティレットに手をかけている。

 

「超強力モンスター捕獲え「要らない」……自分に危機が迫った時教えてくれるアミュレッ「欲しくない」……火が出る剣「必要無い」……戦士としての技能が上がる指輪「間に合ってる」……ん~~~、じゃあこれは?」

 

 次々に魔道具やら怪しい魔法の武器やらを取り出しては拒否され、ウンウン唸りながらリティスはある商品を取り出した。

 

「自分の姿が変わるネックレス~……(……なんて要らないよな、顔整ってるし)」

 

 返事は無かったが、これも要らないかと思い直したリティスはネックレスを仕舞おうとして……「……待って。」クレマンティーヌはそれに待ったをかける。

 

「……それ、姿が変わるって? 幻覚の魔法って事?」

 

「いや、幻覚魔法じゃないよ。これをつけていると、実際に変わるんだ、姿が。……気になるのかい? 君は可愛いから要らないと思ったんだけども。」

 

 思いの外クレマンティーヌが興味を持ったらしいので、リティスはそのネックレスについて詳しく説明する事にした。

 

「この【化生の首飾り(地味な女)】は、名前の通り装着者の姿を別の者へと変える事が出来るネックレスなんだ。姿は色々あるけど、この首飾りだと、『黒髪でたれ目、眼鏡をかけた、地味目で隠れ巨乳な女性』へと変化する。幻覚ではなく変化なので、触れられてもバレる事は無いし、看破の魔法を使われても、余程高位の物じゃなければ見抜く事すら叶わないだろう。」

 

 そう言いながら、リティスは実際にその首飾りを首に巻く。

 すると、一瞬リティスの身体が光り、次の瞬間、そこにはまったく知らない女が座っていた。

 

「……と、この通りだ。声も違うだろ?」

 

「マジで触っても分かんない訳?」

 

「無論さ。ほりゃ。」

 

 ほら、と言いながら自分の頬を抓って伸ばしてみるリティス。触ってみてもいいぞと言われたのでクレマンティーヌも彼女の身体に触れてみるも、そこにはどこからどう見ても『黒髪たれ目で眼鏡をかけた地味目で隠れ巨乳な女性』しか居なかった。

 

「ただ注意してほしい事はある。変化したと言っても、自身のステー……ごほん、能力なんかは変わらない。これの別シリーズを使えば屈強な男に化ける事も出来るが、実際の強さは今のままだ。」

 

「(そりゃむしろありがたいわ)ふうん、それで?」

 

「後は、使用に回数制限があって、時間に関係なく5回しか使えないんだ。……あ、もちろん欲しいなら私が今かけてる奴じゃなくて新品のを渡すとも。」

 

「なるほどね……。」

 

 

 クレマンティーヌは納得しつつ、どうにかこのネックレスを手に入れる方法だけを考えていた。

 

 正直言って、今のクレマンティーヌにとってこのネックレスは喉から手が出る程欲しい魔道具である。

 

 というのも、彼女は祖国から追われている身。追手を振り払う為に、カジットに協力し、城塞都市を混乱と絶望と死の渦に巻き込み、混乱に紛れてどこか遠くへトンズラしてやろうと計画していたのだ。

 

「ちなみに、いくら?」

 

「金貨40枚ってとこかな?」

 

 ……普通に高い。それはそうだ。貴重かつこれだけ強力な魔道具なのだから、高くて当然だ。ネックレスはそれだけでも装飾品として使えるぐらい美しいものだし……そう考えると金貨40枚はあまりにも破格の値段だが。通常ならこれの十倍以上はしてもおかしくないだろう。

 

 この時点でクレマンティーヌから「普通に買い取る」という選択肢は無くなった。

 手持ちがない、というのもそうだが、そんな金を用意できるとも思えないし、そんな暇は無い。

 

「じゃあ、これで。」

 

 そう言って、クレマンティーヌは一切迷うことなく、マントの下で構えていたスティレットを振り抜いた。

 

 そこそこ強い戦士ですら反応する事も出来ない、高速の一撃はリティスの額を貫かんとして……。

 

 

「おっと……ハハ、お転婆なお客様だ。」

 

「なっ……!? このっ……!」

 

 あっさりと、手で掴み取られた。だが、それだけで終わらない。このスティレットには雷の魔法が込められている。避けられたならまだしも、たまたま反応出来て掴み取られただけだというなら、これで終わりだ。

 

 だが、込められた魔法を放ち、リティスの身体を電流が流れて、なお、リティスは笑みを浮かべて何事も無いかのようにそこに座っている。

 

「なっ……なんで死なない!?」

 

「フフ、当たり前さ。ここは()()()()()だからね。」

 

「夢の……中? ここが……?」

 

「私は行商人であり、人間種であり、そして、夢の住人(ドリーマー)という職業を修めていてね……。ここに存在する私は現実世界の私が見る夢の中の私なのさ。夢なのだから、もちろん攻撃など無効化される。現実世界の私は無防備かもしれないがね。」

 

「何を、訳の分からない事……。」

 

「しかし私の夢は他の夢とは違う特別製でね……現実に物を持ち帰る事が出来る夢なんだ。いや、まぁ、でなければ商売になどならない訳だが。その逆に、私の夢の中に、現実世界の物や人を持ち込む事もまた可能。……まぁ、要するに何が言いたいかと言うとだね、この世界で私に挑むのはやめておいた方が良いという事だ。」

 

 

 彼女がそう言うと、ふっと部屋が暗くなる。

 

 

「(……な、なんだ? 寒気が……っ)」

 

「これだけ言ってもまだ、私に危害を加えようとするなら……。」

 

 

 君にはちょっとした悪夢を見てもらう必要があるなあ?

 

 

 ぞわっ、とクレマンティーヌは何か空恐ろしい物を感じ取る。それが何かは分からない。だが、真っ暗になった部屋の中で、彼女は、何か……根源的な恐怖に訴えかけるような、そういった何かを感じ取り、脳が全力で危険信号を上げ続ける。

 

 いや、違う。

 

 本当はクレマンティーヌは分かっている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

 

 今眼前に広がる黒は、部屋が暗闇に包まれたからではなく……何か、どす黒い、それでいて巨大な何かが、眼前いっぱいに広がり、そして。

 

 自分を、睨み付けている。

 

 

 そして、誰かのフィンガースナップが鳴り響く。

 

 

 クレマンティーヌが驚いて瞬きすると、そこにはさっきまでの部屋と、リティスが居た。

 

「……それで、どうだろう? 今手持ちが無いようなら、ローン……ああいや、何度かに分けて支払いする事も出来るけど。もちろん、その度にここに来なくてはならないけど。」

 

 そう言って、リティスは何枚かの招待券をクレマンティーヌに差し出す。

 それは、ニニャが持っていたものとはまた少し違う、銅色のもの。

 

 クレマンティーヌは、たった今、このリティスという商人がただものではない事、そして、逆らったらどうなるか分からないという事を知った。

 

 なので、とりあえずこのネックレスはきちんと金を払って購入する事にする。しないという手もあったが、ネックレス自体は欲しいし、何より、買わないなら買わないでどうなるか分からなくて怖い。

 

 

「…………分かった、払う。けど、来るのはあと一回だけ。その時に残りの金を全て払う。……それでもいい?」

 

「ふむ、まあいいだろう。」

 

 そう言いながら、クレマンティーヌの有り金全てを受け取ったリティスはカバンから新たに取り出したネックレスをクレマンティーヌに手渡す。

 

「……これ、ホントにあっちに持っていけるんでしょうね?」

 

「もちろんだとも。」

 

「……なら、まぁいいか。」

 

 というか、もう有り金もネックレスも若干どうでもいい。早くここから出たい。

 

「では、次は金が用意できた時にその紙を使って、こっちに来てくれたまえ。ああ、一応期限だけ決めようか。……そうだな、とりあえず2年後としよう。それまでに払いに来なかったら……まぁ、今度こそ悪夢を見る事になるとだけ言っておくよ。」

 

「あ~、うん、わかった。」

 

 悪夢を見る事になる……と彼女は言うが、この夢の中に存在しているクレマンティーヌは紛れも無い現実の身体だ。その身体が悪夢のような目に遭うという事はつまり、現実で悪夢のような目に遭う事と同義である。それをクレマンティーヌも理解していたのでとりあえず素直に頷いた。

 

 金貨40枚、さっさと稼いでさっさと返そう……クレマンティーヌはそう思う。

 

 

「では、また。」

 

「ああうん、じゃあね。」

 

 

 フィンガースナップが鳴り響く。

 

 次の瞬間、クレマンティーヌは薬屋の前に立っていた。

 

 中からンフィーレア=バレアレを探す老婆の声がする。恐らくは、彼の祖母であろう。

 

 探している、という事は、あの後カジットはちゃんとンフィーレア=バレアレを攫う事に成功したという事になる。あの冒険者達に関しては分からない。……裏口近くの窓が割れている事を鑑みるに、ここから抜け出したか? 

 

 ……まぁ、あの四人の事はもうどうでもいい。

 

 カジットも……もう自分が居なくても、ンフィーレア=バレアレが居るなら儀式を開始するだろう。

 

 そうなると、この街は死の国と化す。

 ならば、もう自分はここに居る必要は無いな、とクレマンティーヌは冷静に判断した。

 

 カジットとは協力者だが……別に儀式を最後まで見届けるつもりでも無かったし、何より、彼ももう、自分が今から合流するとも思っていないだろう。というか、下手すると死んでると思われているかもしれない。

 

 まだこの街のどこかに居るかもしれないから儀式をやめる、なんて考えは彼には無いだろう。

 

 死ぬことは無いだろうが、巻き添えを喰らうのも面倒だ。

 

 クレマンティーヌはスッとどこかへと立ち去ろうとして……ふと、手に見覚えのあるネックレスと、銅色の紙切れが握られている事を思い出した。

 

 街の暗闇の中、一瞬だけ何かが光ると、そこにもうクレマンティーヌの姿はなく……黒髪のローブを着た女がどこかへと姿を消したのだった。

 

 




僕達は自由だ。
自由なので、主人公に突然変な属性を生やしてもいい。



……あとついでに、魅了に効果範囲があるみたいなのは独自設定(というか設定見てもあるのか無いのか分からなかった)ので鵜呑みにしないようにね。
ここではそうなんだ、と思っておいてください。



おまけ

●化生の首飾り

全20種存在する変化の首飾り。変化後の姿を弄る事は出来ない。
回数制限があり、5回使用するとただのガラスの首飾りになる。
幻覚で自分の姿を偽る魔法とはまた似て非なる物であり、こちらが上位互換のようなものとなっている。
変化の魔法に制限時間は無く、ダメージを受けても魔法の効果が切れる事はない。
だが、ネックレスを外すと効果は消え、一回分消費される。
看破の魔法を使ってもバレる事はないが、強化した看破の魔法であれば見破られる。
使用出来るのは人間種のみであり、異形種には使えない。そもそも装備出来ない種は猶更。
これを使用する事で、カルマ値が悪へ偏った人間でも、悪人に対して非友好的なNPCと対等な取引が可能になる。ただし、目の前で変化した場合は正体が看破されている為効果を成さない。
カルマ値が変わるわけではないので、カルマ値を参照してダメージを算出する魔法の効果はそのまま受ける事になる。
ユグドラシルでは変声ソフトを通した変な声になってしまうが、異世界ではその身体に見合った声に変わる。
姿によっては眼鏡や髪飾りをつけている事もあるが、これは取り外しが可能で、魔法が切れれば消える。
変化してもステータスに変わりはない。
呪いや傷を受けていた場合はそれを加味した上で姿が変わる。
例えば顔に呪いを受けていたとしてもそれが治る事はない。
ガチャのハズレアイテムで、これの上位互換に回数制限の存在しない物がある。



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