「弟子にしてください!」
額を地面にたたきつけ、少年は懇願する。
相手は天下無双と名高い飛将軍、呂奉先。
真紅の瞳の少女は、少年の必死の願いを聞いて不思議そうに首をかしげ、その赤髪を揺らした。
「……ん?」
流石に言葉足らずだったか。
真紅の少女の反応からそう察した少年は再び話し始める。
「俺……強くなりたいんです。誰よりも、強く。あなたの武勇は俺の故郷にも伝わっていました。俺は――」
―—初めてあなたの戦を見た時から、あなたに武術の稽古をつけてもらいたいと思っていました。
言いかけた少年にかぶせるように真紅の少女は口を開いた。
「恋はもう……戦えない。恋は……負けたから」
そんなこと……知っている。
真紅の少女が所属していた董卓軍が敗北したということも。
そして、一部の将を除き董卓軍に所属していた者たちは二度と戦に出ないことを条件に命を助けられたということも。
「あなたがまた戦場にでる必要はありません。戦うのは俺です。俺は誰にも負けたくない。そのために、誰よりも強くならないといけないんです」
少年は額を地に着けたまま、砂が口に入るのも気にせず言葉を紡ぐ。
少年の願いは真紅の少女にとって何の得にもならない、ただの押し付けであることは重々承知していて、だからこそ自分にできる精一杯の誠意を示したかった。
「…………なんで、強くなりたい?」
数秒の間をあけて、真紅の少女は問いかける。
めったに表情を変えることがない彼女が、この時ばかりは少しだけ悲しそうな顔をしていることに、少年は気付かない。
「誰からも、奪われないためです。この国で一番の兵士になって……今度は俺が誰かから奪えるくらいに、強く」
あまり言いたくはなかった。が、それがまごうことなき本心。
適当な理由を言ってもダメなのだろうと、なんとなく感じた。
「……今度は?」
しまった……。
真紅の少女のつぶやきに、少年は内心で舌を鳴らした。
きちんと話を聞いてもらえている。それがわかったのはありがたい。だが……。
「言いたくないこと?」
「…………」
確信をつく一言に少年は黙り込む。
言われた通り、少年がこれまで自分の過去を他人に話したことは一度たりともない。そしてこれからも、話すことはないだろうと思っていた。
「ん……なら、いい」
「いえ! ……話します」
人中の呂布。噂で聞くのと、実際に会って話すのとでは全然違うのだと思った。自分勝手で、その強さ以外に見習いたい箇所など一つもない。そんな噂ばかり耳にした。だが、違う。こちらの気持ちをちゃんと汲んでくれる。だからこそ、こちらも正直に話さなければならないと思ったのだ。
「俺は孤児です。でも、昔は違いました。両親がいて、妹がいた。貧乏だったけど家族がいた。全部奪われた。だから今度は――」
「―—奪ったのは、董卓軍の兵士?」
――俺が奪ってやるんだ。
そう言いかけたところを遮ったのは、絶対に答えられない質問だった。図星だからこそ、答えられない。自分に復讐するかもしれない相手を育ててくれるはずがないから。
だが、首を横に降ることはできなかった。嘘をつくのは苦手だ。
「……ん、わかった。戦おう」
突飛すぎる発言に、一瞬だけ目を丸くして、その真意を理解できないまま頷いた。そうするべきだと感じた。
「いつでもいい」
真紅の少女は獲物を構える。噂で聞いていた呂布像と一致する奉天画戟。隙だらけなようで、欠片も隙のない、脱力しきった構え。
美しいと思った。正しいとか正しくないとかは、武術の心得がない少年にはわからない。そんな彼にさえ、真紅の少女は美しく映った。
「あああああああああ!」
咆哮して、駆ける。考えるのはもうやめた。雑念など不要だ。
一合、二合、打ちあう。金属同士がぶつかり合い、鈍い音とともに火花が散る。
向こうから仕掛けてくることはなく、こちらの動きの後追い。だというのに、少年の剣先が届くことはない。常軌を逸する反応速度。
10合ほど打ちあったところで、少年は距離をとる。
鋼を叩いているような感覚だった。腕が痺れて言うことを聞かなくなる。気を抜けばすぐさま柄から手を放してしまうだろう。
「次は、恋」
「……え?」
不意を突かれたわけではなかった。ただ、そこにいた。消えたと思った次の瞬間、まるで初めからそこにいたかのように、真紅の少女は少年の目の前に立っていた。
ゴクリと、唾を飲み込んだのが自分自身だと、遅れて気が付いた。喉元に方天画戟が突きつけられていると、ようやくわかった。
また、美しいと思った。恐怖や焦りは感じなかった。
「やっぱり、弟子にはできない」
なんで、とか、どうして、とか、そんな疑問は浮かばなかった。
力の差を見せつけられて、絶対に届かないとわかってしまった。
「でも……」
諦めよう。そしてもう、死んでしまおう。生きる意味を失った少年がそんなことを考えているとも知らずに、真紅の少女は言葉を紡ぐ。
「弟にする」
何を言っているか理解できず、真っ白になっていた少年は温かい感覚に包まれる。
抱きしめられていた。強く、それでいて優しく。
「もう……一人じゃない」
涙が溢れて、止まらなかった。