呂奉先が義弟、武の頂を目指す   作:カイセイ

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第3話

 馬を全力で走らせれば、景升――劉表の本拠である襄陽(じょうよう)まではすぐにたどり着いた。玄徳が訪れているからか見張りの兵は落ち着かない様子で、その数もあまり多くはなく、気づかれないように城下に侵入することも容易に思えた。

 

 ぐるりと一周回って一番見張りの薄かった南の城門前で馬を降り、鞍を外して適当に駆けさせる。

馬が見張りの注意を引き付けた隙に彼らの死角から城下町へと踏み入った。

 

「おお」

 

 入ってすぐ、活気溢れる住民たちの様子に思わず声を漏らす。

 露店にはたくさんの商品が並び、城外に住む護の見たことのないものも多い。路上に溢れる人々の喧騒も絶えることはなく、特に何かしなくとも簡単に紛れることができた。

 

 一息ついて護は玄徳がいるであろう城の方へと目を向ける。

 ここへ来た目的は一つだけ。

 恋に、姉に勝った気になっているに違いない玄徳とやらに教えてやらなければならない。最強は呂奉先なのだと、呂奉先は無敵なのだと。

 直接聞いたわけではないが、汚い手を使われて負けたに違いない恋の代わりに、奪われた誇りを取り戻すのだ。

 

 しかし、と護は城周りを警備する兵の姿が見える辺りで一度足を止めた。

 流石にこの辺りまで来るとその数も多く、穴らしい穴はない。一人一人の練度もそれなりに高いように見える。

 

「……正面突破しかないか」

 

 ない頭で考えてもそれよりいい策は浮かばなかった。

 孔明がいれば話は変わって来るのだろうが……優しさ故に協力してくれるであろう彼女を利用すると言うのは忍びない。

 結局のところできることは一つだけ。多少骨が折れるが、あの程度なら突破は可能だ。

 

 一度だけ、大げさに深呼吸。やることが決まれば話は早い。

 ――護は剣を引き抜いた。

 

***

 

「玄徳殿には新野を預けようと思っておる」

「そんな……わたし、景升(けいしょう)さまに何もしてあげられないのに……城をいただくなんてできません」

 

 玄徳――桃香は心底申し訳なさそうな表情でゆっくりと首を左右に振る。愁いを帯びた碧く大きな瞳に、邪な感情などは一切感じられない。

 重い病を患っているのか床に伏せっている景升が少しでも楽な体制でいられるようにと、桃香は姿勢を低く保ったままだ。

 

「何をいわれるか……玄徳殿は私の同族。董卓を滅ぼし、天下を手中に収めんとする朝敵孟徳と戦っておられる救世の英雄。むしろ新野のような小城を預けることしかできない私の器の小ささを責めてくださっても構わないのですぞ?」

「責めるだなんて、そんな……」

 

 猜疑心一つなく景升の言葉を受け入れ、眉を顰める桃香を見て少し離れて立っている関雲長――愛紗はため息を漏らしそうになる。同時に、この面会についてきてよかったと心から思った。

 人を信じ、その裏にある感情を読もうとしないことは美徳ではあるのだが、乱世においてそれは大きな欠点にもなりうる。

 今だってそうだ。

 新野と言えば荊州の地で最も孟徳の領地に近い場所で、領土拡大をもくろむ孟徳が攻め込んできたとき、一番先にぶつかる場所でもある。

 景升の病のことが広まればすぐにでも孟徳が攻め込んでくるであろう今、指揮を執れない景升に代わって、身を盾にして戦わなければならないのだ。

 それらを考慮すれば、落ち着ける地が欲しい桃香と、孟徳の手から荊州を守りたいが、信用できない人間にそれを任せたくない景升との間に利害関係が一致する。遠慮する必要などどこにもない。

 とはいえ、それをそのまま伝えても桃香が聞く耳を持つとは思えない。

 

「桃香さま」

 

 真名で桃香を呼んだ。

 心配そうな表情の桃香が振り向いたのを確認して、愛紗は言葉を続ける。

 

「新野と言えば荊州の守りの要となる地。受け取った恩はその地を守り抜くことで返すことができましょう」

 

 もっとも、攻め易く守り難いあの地を守り抜くことは不可能でしょうが、とは口が裂けても言えない。

 今は喉から手が出るほど欲しい土地を簡単に手に入れられる機会など、これを逃せばないかもしれないのだ。

 何としてでも――たとえ主を騙すようなことをしてでも、失うわけにはいかない機。

 後ろめたい気持ちに苛まれながらも、愛紗は表情を保った。

 

「雲長殿の言う通り。私としても玄徳殿には新野にいてほしいのだ。私のためだと思って、新野を受け取ってはくれんか?」

「………………二人がそういうなら」

 

 長い間をあけて、ようやく決心がついたのか、桃香は頷く。

 

「わたし、絶対に新野を守り抜いて見せます! だから……景升さまも元気になってくださいね?」

 

 まだ、すべてに納得したわけではないのだろう。だというのに、景升に見せたのは心からの笑顔と言葉。

 だからこそ、桃香を主に選んだのだ。そしてこれからも。汚いことを考えるのは関羽たち家臣だけでいい。

 無事に面会が終わったことに安堵しながら、愛紗は微笑みを浮かべた。

 

「――お取込み中失礼します。景升さま、一大事でございます」

 

 機を見計らったかのように襖が開き、景升の侍女が部屋へと入る。この部屋へ案内してくれた侍女で、そのときに見た落ち着いた表情からはかけ離れた、信じられない、恐ろしいものでも見たような顔。

 

 最初に思い浮かんだのは孟徳のことだった。

 ただ、いくらなんでも早すぎるし、第一襄陽にいる侍女が直接見られるわけもない。

 だったらなんだ、と愛紗は思考する。

 

 

「何があったか話してくれんか?」

 

 表情を険しいものに変えた景升が侍女に尋ねる。

 病のさなかの事だけに、苛立つ気持ちもあるはずだが、優しい口調でそう言った景升に感心しつつ、愛紗は侍女の言葉に耳を傾ける。

 

「武器を持った男が暴れているのです。年若い少年、それも一人だけとあって初めは軽く見ていたのですが……見張りの兵が数人で挑んでも歯が立たないのです。このままでは城内にまで侵入を許してしまうやもしれません……」

「ほぉ」

 

 愛紗は息を漏らす。

 何を考えてかは知らないが、それほどまでに強い相手には興味があった。それに、最近の戦では逃げてばかりで鬱憤もたまっている。

 

「預けてある獲物を持ってきていただきたい」

「承りました」

 

 侍女の了解を確認して、愛紗は再び景升と桃香へ視線を戻す。

 

「わたしが行ってまいります」

「お願い」

 

 桃香がそう言った後、景升も無言でうなずく。

 

「無理だけはしないでね? 絶対……絶対に無事に帰って来るんだよ?」

 

 心のこもったその言葉に、改めて感謝の覚えつつ、

 

「――お任せを!」

 

 そう言い切った。

 美しく長い黒髪がひらりと揺れた。

 

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