呂奉先が義弟、武の頂を目指す   作:カイセイ

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第4話

 どのくらいの時間がたったのだろうか。

 次から次へと湧いて出る兵たちを切り伏せ、城内まであと少しというところまでは来ることができた。

 初めは我先にと猪のように突進してきた敵も、間合いをとって迂闊に踏み込んでは来なくなり、護の周囲を隙間なく囲む。

 兵の中の一人、隊長格らしき男が合図を出し、兵たちが歩を進める。

 じわじわと小さくなっていく円周に、それでも護が焦ることはない。

 

 だからこそ違和感があった。

 確かに、城を守る兵たちの錬度はそれなりのものがある。だが、それだけだ。恋率いる董卓軍を打ち破り、寡兵で孟徳軍から逃げ延びたはずの玄徳軍がこの程度だとは思えない。

 

 経験値は目に見えるものだ。

 数値として、とか、文字として、とか、そんな現実離れしたものではない。

 前に立って、目を見ればわかる。彼らが感じている恐怖心は、何度も死地を味わい生き延びてきた兵のそれとは明らかに違う。

 きっとここに、玄徳軍の兵は一人もいない。いるのはおそらく、城の中。

 

 ぐっ、と剣を持つ手に力を籠める。目標は、入り口を塞ぐように立つ兵士たち。あれさえどかせば――

 

「――そこまでにしてもらおうか」

 

 不意に響いた鈴のような声に、前のめりになりかけていた体を起こす。今まさに突撃しようとしていた兵たちのすぐ後ろに、その声の主はいた。

 波が引くように、入り口を守っていた兵士が道をあける。護を囲む兵の輪が広がり、広々とした空間ができる。

 

「ほぉ、お主が……」

 

 意外そうな言葉とともに、その女はゆっくりと歩み寄る。

 青竜の装飾が施された大太刀を肩に担ぎながら、一歩、また一歩と歩くたび、後ろで結ばれた長い黒髪が揺れた。

 

 ――強い。

 

 最初にそう思った。

 ここに来るまでに戦った兵たちとは比べるべくもない、圧倒的な威圧感。

 隙だらけに見える恋とは違い、こちらは隙のように見えるものさえ全くない。見ず知らずの男である護に対する油断も。ここまでただの一人で駆けてきた相手に対しているのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。

 

「劉玄徳の兵、いや、将か?」

「……お主は景升殿を狙ってきたのではないのか?」

「違う。俺は劉玄徳に会いに来た。景升とやらに興味はない」

「何故桃香さまがここにいることを……住民にも桃香様が来ていることは伝わっていないはず。面会の情報を得ているのはここの兵士だけのはずだが?」

「とある筋からの情報だ」

「…………猶更、ここを通す話にはいかんようだな」

 

 声が鋭さを増し、肩に担いでいた偃月刀を両手に持って構える。

 腰を落とし、半身になった女から伝わるのは日々の鍛錬と確かな誇り。

 

「呂伯馬」

 

 自然と、名乗りを上げていた。

 この武人の名を知っておきたいと思った。

 

 それが心底意外だったのか、一瞬呆然とした女は、すぐに表情を改める。

 

「一つ聞いておきたい……伯馬、お主は何故桃香さまを狙う?」

 

 生真面目な女なのだろう。

 真剣な表情で、こちらを睨みながら言った彼女を見て、なんとなくそう思った。

 

「誇りを取り戻すためだ」

 

 

 ありのままをすべて伝えるつもりはない。

 向こうもそれは承知の上で聞いていたようで、呟くように「そうか」と一言。

 

「やはりここを通すことはできんな」

「だろうな……」

 

 雰囲気が変わる。より一層鋭く尖る。

 

 ――来る。

 

 この予感はきっと外れない。

 

「関雲長…………参る!」

 

 言葉とともに女――雲長が地を蹴る。

 間合いは一瞬にして詰められ、偃月刀が振り上げられる。

 

 甲高い音。同時に、びりびりと腕に痺れが走る。

 すざまじい力だと思った。膂力だけではない。体重や速度が乗った一撃。やはり、強いものはうまく体を使う。

 

 考えている間など無い。

 続けざまに振り下ろされる二撃目に護は再び自らの剣を合わせる。

 

「くっ……」

 

 火花が散り、衝撃で顔がゆがむ。

 三合、四合と打ちあうたび、鈍い痛みに襲われる。

 そう何度も受けていられないことは明白。それでも、反撃に転じることはできない。

 

 原因は雲長の持つ偃月刀の長さにあった。

 今の間合いでは、護の剣は届かない。踏み込もうとしても、絶え間のない斬撃がそれを許さない。

 

 背中に冷たい汗が流れた。

 まだまだ限界には程遠いが、このままではじり貧であることに間違いはない。だからと言って考えなしに反撃してもかえって状況を悪くする。

 

 姉上ならどうするだろう。

 

 追い込まれた状況下で、ただそれだけを考えた。

 雲長は強い。今の護よりは確実に。だが、恋ならば負けない。二人が戦ったところを直接見たことがあるわけではないが、それだけはわかる。ならば、やるべきことは一つだけ。それが諸刃の剣だとしても、やるしかないのだ。

 

「ふん!」

 

 声を上げて剣をはじく。感じたことのない激痛。だが、隙はできた。

 反撃を警戒して身を引いた雲長にこちらから距離を詰める。そして、一閃。もちろん防がれるが、これで終わりではない。続けざまに剣を振りぬく。

 守り続けることができないのならば、攻め続けるしかない。

 

 何度も、何度も剣を振る。

 隙だらけなように見えて、まるで隙のない動き。

 すざまじい集中力が必要だった。頭も、身体も、焼けるように熱い。

 

 ただ、光明は見えた。

 流石の雲長も、肩で息をし始めた。

 

「ああああああああああ!」

 

 痛む体に鞭を打って、攻勢を強める。最後の一滴まで絞り出す。

 顔をゆがめながら、雲長は剣を受け続ける。

 

 十合――二十合――、もういくつ打ちあったかわからない。

 身体は限界だと悲鳴を上げ、ギシギシと骨がきしむ。限界などとうの昔に超えていた。頭の中が真っ白になって、視界がぼんやりと薄暗い。

 

「――愛紗ちゃん!」

 

 兵をかき分け、飛び出してきた桃髪の女に雲長が気を取られるのが分かった。それは大きな隙だった。

 

「しまっ――」

 

 雲長の目が驚愕に見開かれる。

 取った。そう思った。

 

「――っ?」

 

 割り込んできた赤髪に、首筋ギリギリのところで剣が止まる。

 

「どうしてここに…………」

 

 心配そうに揺れる赤髪を見ながら、護は意識を手放した。

 

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