呂奉先が義弟、武の頂を目指す   作:カイセイ

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第5話

「奉先……ちゃん……?」

 

 震えた声が聞こえて、まだ首が胴につながっていることに気付く。

 桃香の声に気を取られて、不意を突かれたはずだった。呂伯馬と名乗った男の剣は、確実に愛紗の喉に迫っていたはずだ。

 

 恐る恐る、瞼を開く。二度と開かれることのないだろうと思っていた愛紗の目に入ったのは、燃えるような赤い髪。それが誰のものかはすぐにわかった。忘れられるはずもない、最強の武人。三人がかりでようやく互角に戦えた、人中の呂布。

 

「何故ここに……」

 

 今だ煩く心臓が鼓動する中、愛紗は眼前の少女に呟くような声で尋ねる。

 当然の疑問だった。奉先がここにいる理由など、どこにもない。

 

「この子は……恋の弟」

「……は?」

 

 予想もしていなかった一言に、一瞬呆気にとられる。

 男と奉先を交互に見比べ、言われてみれば似ていないこともないなと考えたところで、いやいやと首を横に振る。そんなことを気にしている場合ではない。

 落ち着いて考えれば、結論はすぐに出た。

 

「なるほど……この者の目的は姉を捕らえた桃香様への復讐というわけか」

 

 桃香一人でというよりは、桃香軍と孟徳軍が力を合わせてようやく捕らえることができたのだが。

 とはいえ、それなら確かに納得がいく。この男の狙いが景升ではなく桃香であったことも、あの強さも。

 

「だが……わからんな。お主にしても、この男にしても、何故桃香様がここにいることを知っている? 桃香様の軍はまだこちらにたどり着いていない。私と桃香様だけが、景升殿と会うために先駆けてこの荊州の地に来たのだ。戦地から離れているはずのお主が得られる情報ではないはずだが?」

「それは……」

 

 明らかに奉先が言い淀む。何か隠し事をしているのはすぐに分かった。

 元々、腹の探り合いのようなことが得意な人間ではない。根っこからの武人であり、それが彼女の弱さでもある。

 

「まさかとは思うが……素性を隠して戦に出ているわけではなかろうな?」

 

 だからこそ、愛紗は畳みかける。

 あらぬ疑いで合ったとしても、桃香を陥れる可能性の芽は摘んでおかなければならない。大きくなってからでは遅いのだ。

 

「愛紗ちゃん……」

「桃香様は少し黙っていて下さい」

「…………ごめん」

 

 言われて、隣に立っていた桃香が肩を落とす。何を焦っているのだろうと自分でも思った。

 だが、それでも、この場で桃香を支えられるのは自分だけなのだと言い聞かせる。すべてを疑わなければ、これから先生き延びることなどできはしない。根っからの武人であり続けることは、愛紗には許されない。

 

「……それで、どうなのだ? お主は桃香様と交わした約束をたがえ、私に殺されるためにここへ来たのか?」

 

 偃月刀に手をかける。奉先が武器を持っているようには見えないが、伯馬が起こした騒ぎのせいで、質を問わなければ武器などそこらじゅうに落ちている。

 普通にやっても勝てない相手に、疲れ切った今の愛紗が太刀打ちできるとは思えないが、それでも、愛紗は覚悟を決めていた。

 

「…………」

 

 黙ったまま、奉先は愛紗と伯馬を近づかせまいとその場から動かない。遮るようなその位置で、眉一つ動かさずに無表情を貫いた。武器をとって反撃しようという構えには見えない。

 これでは私が悪者だな、と愛紗は心中で自嘲する。もちろん、考えを改めるつもりはない。

 

「覚悟はできているようだな……」

 

 冷たい声で言い放つ。

 愛紗とて無抵抗の相手を斬るのは本意ではない。しかし、桃香を狙ったこの男をかばおうとするなら話は別だ。

 どんな理由であれ、主の敵は愛紗の敵なのだ。

 

 力の入らない腕を無理やり動かし、偃月刀を正面に構える。動こうとする気配のない奉先に小さく舌打ちをして、ゆっくりと偃月刀を振り上げた。

 

「待って! 愛紗ちゃん!」

「待ってください!」

 

 ほとんど同時に響いた二つの声。一つは、桃香の声だとすぐに分かった。だが、も一つの方はわからない。

 波のように来る痛みに顔をしかめながら、愛紗は静かに振り上げた偃月刀を下す。

 

「……黙っていろと言ったはずですが?」

「でも――」

「――それに」

 

 まだ何か言いたそうにする桃香の言葉を遮って、もう一つの声のした方向をにらむ。

 息を切らせて立っていたのは、兵たちの囲いをすり抜けて入って来たらしい一人の少女。

 金髪に帽子をかぶせた、朱色の瞳の小柄な少女が不安げにきょろきょろとあたりを見渡していた。

 

「何者だ」

「はわわ……わ、わたひっ!」

「……ひ?」

 

 明らかに噛んだ少女を見て、桃香が不思議そうに首をかしげる。

 この場に似合わぬ雰囲気の少女を見て、愛紗も身体から力が抜けるように感じた。当の本人は力が抜けるどころか、緊張で小鹿のように震えてしまっているが。

 それでも、何か覚悟を決めて飛び出してきたのか、一度息を吐いた少女は真剣な表情を見せる。そして、こちらから再び何か聞く前に自ら口を開いた。

 

「わ、わたしは水鏡先生のもとで勉強をしている諸葛孔明です。奉先さんときーく……伯馬くんに玄徳さまの居場所を教えたのはわたしです」

「……え?」

 

 桃香がとぼけたような声を漏らす。

 驚いたのは愛紗の方も同じで、戦などというものとは縁遠そうな少女からは予想もできない、すぐに信じられないような発言だった。

 ただ、それを表情には出さずに愛紗は孔明に尋ねる。

 

「聞いたことのない名だが……お主はその情報をどうやって手に入れた?」

「えっと……玄徳さまが孟徳さまに敗れたという噂を聞いて、それなら、同族の太守さまを頼って荊州に来るだろうと考えました。太守さま以上に頼れる相手は、今はいないでしょうから」

「…………ん?」

 

 わけがわからなそうに首を傾げた桃香を無視して、少女の言葉を吟味する。

 先ほどまでの緊張しきっていた少女の答えだとは思えなかったが、嘘を言っているようには見えない。この質問をされると読んで、予め用意しておいたのだろう。そして、その答えはすべて正しい。

 

「……長くなるやもしれません。桃香様、この者たちを城内に連れて行っていただけないでしょうか?」

「え? ……う、うん。じゃあみんなついてきて」

 

 桃香の言葉に二人が頷き、奉先が伯馬を背負って、先に中へ入った桃香の後を歩く。

 一人残された愛紗も、この場に集った兵たちの隊長格らしきものに礼を述べ、軽く事情を伝えて、元の見張りの位置に戻るよう伝えてからその後を追った。

 あんな小さな少女にも罰を与えなければならないかもしれないと、唇をかみしめながら。

 

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