東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession― 作:soliquid
「TUEEE!」とは違う、また別の強さ?みたいな表現を目指しましたが、どうにも地味になってしまうのが辛いところ。ちょっと雰囲気を変えて書ければいいなぁと思いながら書きました。
それでは、どうぞ。
ウォール・シーナ内、憲兵団本部。
『タルキス・ペシュカ――王政からの命により、この者を駐屯兵団司令部へ転属、同時に憲兵団騎馬隊の臨時嘱託(しょくたく)とする』
848年、憲兵団内において、一つの移動辞令が下された。駐屯兵団とは言え司令部だ。控えめに見ても彼は栄転であろう。表向きは。だが――
気付かれた?いや――だが、少し遠ざけられた……か。
辞令を受け取り、兵舎の自室の荷物を整理しながら、カムイの父、タルキスは思考を巡らせていた。
カムイが生まれる少し前、租界育ちの彼は、「貢ぎ物」として兵団へ献上された。その裏で間諜(スパイ)として送り込まれたのだが――彼の働きぶりは憲兵団内で年々評価された。馬の世話係から始まった経歴は、現在、憲兵団騎馬隊の隊長を任されるまでになった。そして半月ほど休暇と移動のための時間を与えられ、来月から駐屯兵団司令部での勤務となる。今後、騎馬隊に関しての実務はなく、管理運営に関わる引継業務と、儀仗式典等への馬揃えの支度や準備が発生する際には、臨時で騎馬隊のサポートをする、と。憲兵団としても、彼の能力は手放すには惜しい。そのため、「嘱託」扱いとし、接点は切らないのだ。
やや深入りし過ぎたか――
タルキスはこの突然の転属、それに付随する休暇の意味を慎重に考える。表向きは、これまでの功労と栄転を称えての恩賞的な意味合いもあろうが、その実、泳がせて「中央第一憲兵団」あたりに尾行(つけ)させるか――
租界に属する者でたった独り、王政深部に潜り込んで闘ってきた漢(おとこ)である。租界には彼が集め蓄積した王政の機密やそれに準ずる情報が存在する。惜しむらくは、内政に関わる部門ではなかったため、中枢機密までは達することができなかったこと。そのため、徹底して気取られないように心がけてはいたが、情報を得るために近づいた内政部門への介入や干渉が少し目立ったかもしれない。また、階級が上がるにつれ、タルキス自身が自由に動けなくなったこと。当然、協力者など居るはずもなく――彼の孤独な闘いは、静かに続いていた。
租界にすぐ帰り、大老(ターラオ)関係者との接触を見られることは良くないだろう。ならば、追手共々、のんびりとした旅に付き合ってもらおう。
ともあれ、タルキスは帰路の中途、物見遊山がてら、息子のカムイと親友の娘であるスバルが所属している訓練兵団へ顔を出すことにした。
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一方、調査兵団。
「――リヴァイ、そろそろ訓練兵団の視察の時期になるな」
「もうそんな時期か――」
キースから団長を引き継いで二年目、エルヴィンはリヴァイにそう語る。三年前に決行された領土奪還作戦の責任を負う形で、調査兵団は、キースはじめ旧幹部をほぼ一掃し、組織としての一新を図った。これまでいち班長であったリヴァイも、エルヴィンの采配で「兵士長」に、同僚のハンジ・ゾエ、ミケ・ザカリアスも分隊長に昇進した。
いずれにせよ一兵卒では無くなる。それに伴い、付帯業務も増える。今回の視察もそのうちの一つだ。
「キース団長にも久しく会っていないしな、先達にはまだまだ伺うことが山ほどある」
「――で、104期訓練兵の仕上がり具合はどうなんだ?」
「現時点ではあくまで報告書での判断になるが――多種多様な人材が多いらしい」
「そうか――」
行程は一週間ほどになる。今回はエルヴィンとリヴァイも訓練兵団に出向く。座学では訓辞や講話などを行い、また、リヴァイは立体機動演習の一部も参加視察する。
「これが同行者だが、他に誰か連れて行くか?」
リストと工程表をリヴァイに見せ、確認する。ざっと目を通しながら、
「そうだな、じゃあ――後学のために若い連中を少し連れて行くか。キース団長に会えば、また気合いも入るだろうしな。『オルオ・ボザド』と『ペトラ・ラル』という若手も加えてもらえるか」
「お前の見立てなら大丈夫だろう。了解した。その二人、手配しておこう――」
新体制の調査兵団はまだ若い。エルヴィンはじめ、リヴァイ等幹部もまだ学ぶことが多い。同時に、若い世代にも様々な場を経験させることが組織の強化に繋がるはずだ。特に調査兵団は王政や憲兵団から優遇されているとは言い難い。前回の領土奪還作戦においても、多くの優秀な幹部を失った。人材発掘、育成は、調査兵団の中長期的な課題となっている。
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夏の暑さが去り、秋の風を少し感じる頃――訓練兵団では「格闘訓練実習」が新たに始まった。いずれの兵団に所属されようと、軍属である以上、必要最低限の治安維持、抑止力が必要となる。特に憲兵団、駐屯兵団は警察や治安の業務も日常的に行うため、「対人」の訓練も必要となるのだ。
ナック・ティアスは、格闘訓練が嫌いではない。104期の中でも体格が良く、ライナーやベルトルトと正面からぶつかり合っても決して力負けしない。あのミカサをして、「ナックは結構強いわ」と言わしめる。何回目かの格闘訓練で、本日はカムイと組み手を行っていた。
「――あ、れ――?」
ふわり。世界が反転する。
――こてん。
「いてて……」
何が起こったのだろう。決して手を抜いていたわけでは無いが、状況を把握できないうちに、尻餅を付いていた。ダメージはほとんど無い。無いのだが――釈然としない。ナックは起き上がり、砂埃を払う。
「――もう一回、いいか?」
「あぁ――」
穏やかな表情でカムイが答える。
「――っ!」
先ほどよりも速く、ナックが距離を詰める。そのままカムイの胸元をつかみ、重心をずらし、組み伏せようとする。――が、
ふわり。
――すてん。
またもや、力の流れを変えられて、大空を仰ぐことになった。
「――なんだよ!何やったんだよ!」
悔しがりながらも苦笑をするナックに、カムイは言葉をかける。
「いや、多分ナックが強いから――だと思うんだ」
カムイは幼少の頃から剣術の他に柔(やわら)を修行してきた。合気(あいき)も多少なりとも心得がある。ましてや、あの死闘の後、国定に本格的に手解きを受けたのだ。今でも租界に帰省する際は、稽古を付けてもらっている。
『師匠も俺と闘ったとき、こんな感じに見えたのかな……』
発言通り、確かにナックは強い。ライナーやエレンと比肩する。動物的な勘もあるし、筋肉も充実している。しかし――動きが直線的なのだ。チェスや将棋ではないが、眼捌き、足捌きで三手先まで見える。
あとは、怪我をさせないように合気で「無力化」する。力の流れを変えてやれば、動きが窮屈になる。仕掛ける側の力が強ければ強いほど、逆にそれが足かせになるのだ。
「釈然としねぇ……」
頭をひねりながら、ナックは次の相手を探しにその場を去った。ミリウスあたりで憂さ晴らしをするのだろう。南無。
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「――!?」
スバルはユミルと組み手を行っている。隣ではクリスタとサシャ、コニーが同様に組み手を行っている。
『なんだ、これ――』
ユミルは違和感に包まれていた。何度組み伏せても投げても、けろりとしているのだ。身体は砂埃で汚れているが、スバルはにこにことしている。
「やっぱり強いね、ユミル」
少し、悪戯っぽい笑み。ユミルは、格闘訓練が嫌いでは無いしおそらく自分でも向いていると思っていた。104期の女子の中でも、ミカサは別としても、他の訓練兵ならおおかた負かすことができる。それなのに――だ。まるで効いていない。
スバルは、占術系の「護法文(ごほうもん)」の効きが自分で思うよりも良好であることに満足を覚えていた。自分や相手が怪我をしないよう、いわゆる「おまじない」の類ではあるが、けろりとしているのはそのお陰なのだ。
「――ったく、どうなってんだ」
ユミルは髪留めを直しながらぶつくさとつぶやく。面白くないというよりは、少し不気味さを伴った違和感さえある。何かある――
『こんな訓練であの「能力」を使うこともないけど――』
逡巡する。彼女は自傷行為等を伴わず、巨人化能力の一部を解放し制御することができる。僅かに解放するだけで、動体視力、筋肉量等々、身体機能が飛躍的に上回る。おそらく、人を殺すことも容易いだろう。
『ほんの少しだけ――』
都合が良いことに、同期には「ミカサ」という規格外ではあるが――「基準」がある。彼女の強さを大幅に超えないように、不自然にならない程度に――外見は変えず、身体の内部構造を変化させる。筋肉の密度が跳ね上がる。瞳孔が細くなる。これは――獣の眼だ。
「スバル――少し、手加減、できない」
雰囲気が変わった。圧力が――増した。背筋がぞくりとし、身体中の神経がピリピリする感覚。これは、ユミルも何か「持っている」のかもしれない。スバルはそう感じた。
「――いいよ」
スバルもニヤリと笑い構えらしい構えをとる。そして――
「オンバサラ、ノウマク、オンケン……」
聞こえないくらい小さな声で、術式を詠唱、発動した。
低姿勢に構えたユミルが地を蹴る。疾(はや)い。カムイや国定の震脚もかくや、というほど。舞い上がる砂埃。ドスッ!っと乱暴な音。
一瞬で片が付いた――ように見える。傍目には。ミーナやクリスタなどは、「ちょっとー、ユミルやり過ぎだよ!」などと口を挟む。
投げ極(き)めたのは――ユミル。地面に転がったのは――スバル。しかし、ユミルは背中にじっとりと冷や汗をかいていた。
『下手すりゃ骨が折れるくらいの威力で投げた。投げる前の攻防で、少なくとも二発――脇腹に拳も入った。なのに――なぜ――――』
「いてて……やっぱりユミルは強いね、敵わないや」
髪や服に付いた砂埃を払い、やはり何事もなくスバルは立ち上がる。打撲さえ無いようだ。クリスタもミーナも気付かない。ただ一人、コニー・スプリンガーだけは、
「おい、タカチホ――お前、頑丈だなぁ」
と、少々心配しながらも、核心を突いたことを言ってのけた。自称だが、「天才」たる所以だろうか。ユミルやスバルの細々したことはもちろん知らないが、全体像を把握したのだろう。
内心ドキリとしながらも、スバルは取り繕う。
「あ、あはは、ユミルが手加減してくれたんだよ!ね!」
「あ、あぁ――」
先ほどスバルは、「術式・鋼身霊(こうしんれい)」を発動し、身体を非常に頑強にしたのだ。本来は、弟の北斗(ホクト)や父の富嶽(フガク)が得意とする系統の術だが、租界に来るまでの修行期間を経て、スバルの力は全体的に底上げされていた。そのため、使えないほどではない水準に達していた。逆に、そうしなければ、先ほどのユミルの様相を見るに、大怪我は免れなかっただろう。
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カムイの遣り取りをじっと見つめる人物が居た。
アニ・レオンハート。
彼女は格闘訓練を真面目にやらず、適当に流していた。無駄なことはしたくない、という彼女自身の合理主義もあるが、もう一つの理由としては――相手が居ないのである。
アニ自身、幼少の頃から格闘に触れ、かなりの腕前だ。訓練兵の中では格闘が強いと言われているライナーやエレンでさえ、造作なく捻る。
そんなアニが、珍しく感情を露わにした。ミカサが強いのは分かる。しかし、ミカサのそれは、「格闘」と言うよりも純粋な「力の行使」に過ぎない。単純に「強い」から勝つ。それだけだ。スバルに関しても、先程見た限り、多少の心得はありそうだが、少々頑丈なだけのサンドバッグ程度にしか認識していない。アニはさして興味が湧かなかった。
しかし――だ。
『カムイ・ペシュカ――?あんなヤツが?』
辛うじて名前を知っているだけの同期の少年が、目の前で信じられないことをやってのけたのだ。力の流を制御し、かつ、相手に怪我をさせないよう、穏便に済ませたのだ。相当な技量差が無いと出来ない芸当だ。
その後も何人かと組み手行われる中で、アニは適当に流しつつ、その都度カムイを観察していた。やはり、ただ事でない技量がある。ナックだけではない。マルコ、ミリウス、エレン――誰と組み手をやろうと、たとえ、アルミンやクリスタのような、決して格闘戦がお世辞にも上手いわけではない相手であろうと、怪我をさせないように、極力「無力化」する手段を用いる。負かされた方も全員不思議な顔をしているが、もっと不思議なことに、あれだけの技量を持ちながら、たまに「自然に見えるように」負けてやるのだ。何故――?
この、まったく不可解な青年と手合わせしたい。私の技をぶつけてみたい。どうせ『私たち』が滅ぼす連中だけど、こんな味気ない日々に、少しくらい余興があってもいいじゃない――
「ねぇ――」
課せられた『任務』とはまったく関係がない。にも関わらず、アニはカムイに声を掛けていた。カムイはちょうど何人か相手をしたあと、インターバルで休憩を取っていたところだった。
「アンタ、相当に腕が立つね……いいかい?」
艶のある声とは裏腹に、気迫充分でアニが構える。良いも悪いも無い。闘え、ということだ。アニ自身気付いていないが、かなり高揚していたのだろう。
「あぁ、いいけど――」
構えてすぐに気付く。アニ・レオンハートは『達人』だ――。
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ざわざわ。ひそひそ。えーうそーまじでー。
――先程からミカサの周りが煩わしい。
「ひょっとすると、ミカサでも無理なんじゃないか――」
「――いやいや、実はミカサより強いんじゃないか」
「ユミルやエレンに滅多打ちにされても、ぴんぴんしてる――」
「――不死人(ゾンビ)か?あんなに可愛いのに……」
「そういえば数年前、亡霊部隊ってのがあってだな――」
「――なにそれこわい」
ミカサ本人にしてみれば、さして興味が無いことであるが、こうも周りが喧しいのは気に障る。挙げ句の果てに、エレンやアルミンまでやいのやいのと騒ぎ立てる始末となった。事の是非はどうであれ――少し面白くない。エレンは私のことだけ見ていればいいの。ふん。
しかし実際のところ、ミカサとスバルは仲が悪くない。ミカサは人付き合いが良い方ではなく、エレンとアルミンが居ればそれでいい、と割り切っているのだが、「東洋人」というよしみなのか、スバルやカムイともそれなりに話すのだ。
『要は、スバルに勝てばいいだけ――それだけ』
どちらが強いかなど興味がない。騒がれることも嫌いだ。スバルには悪いが早々に決着を付けてしまおう。そうすれば騒がしくもなくなるだろう。そう思うミカサであった。
とりあえず組み手の相手のライナーを、ローキックとワンツーの連撃で沈めた後、とことことスバルの前にやってくる。
「スバル――私と手合わせして」
「え、ええ――!?」
かくして、アニvsカムイ、ミカサvsスバルという意外なカードの火蓋が切って落とされた。
●あとがき
どんどん話と人物関係が広がります。
あれ?これ大風呂敷広げすぎて収集できなくなるパターンじゃね?
と、些か不安になって参りました。
あ、あの、壮大なアレがこうして、巨人とか、その……アレするので、気長に待っていてください。そして彼らは何を思い、何を為すのか――(不安)
爆発オチとか、一面の光に包まれて――みたいな強制終了展開も考えておかないとなww
リヴァイが班長であったこと、ユミルの巨人化能力のくだりは、独自解釈・設定となります。
※補足:カムイとスバルの交友関係
カムイもスバルもミーナほどでは無いですが、人付き合いは良好な方です。しかし、ベルトルトほどではありませんが、控え目な付き合い方です。諜報との兼ね合いもありそうですね。
●次回予告
「誤解していた。スバル、あなたは強い――ので、私も全力が出せる」
「はは……逃げらんないよね、やっぱり――」
ミカサに対峙するは――スバル。
「――アンタ、危険だね……『ソレ』はさ、ホント危険だよ……やめて欲しいな……」
「生憎、手加減できなかった……でも裏腹だな、アニ――――笑ってるぞ?」
「どうした?リヴァイ」
「いや、何でもない――」
『あの技――』
次回、「蛇蝎(だかつ)の如く(仮題)」