東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession― 作:soliquid
訓練兵団内の座学と訓練、相当いろいろなことをやってそうですね。自分的には、農政とか土木などの分野、暗号解読の座学なんかがあるといいなぁ、など。書くかどうか分かりませんが。
それでは、どうぞ。
「――ハッ!」
アニが仕掛けた。鋭い蹴り。カムイは下段受けで凌ぐ。
本来、「格闘訓練」と名を冠している実習だが、相手の殺傷が目的ではない。鎮圧や無力化を旨とする。そのため、技術体系はレスリング(組み討ち)がベースとなる。もちろん打撃も無いわけでは無いが……
「――フッ!!」
さらにアニは連続してローキックを放つ。脚に、脛に、鋭い蹴りが叩き込まれる。蹴りを当てられた部分が痺れ、ヒリヒリと痛む。まるで鞭のようだ。
『鋭い――!』
速射砲のように左右から蹴りが飛んでくる。受けに回るので精一杯だ。他の訓練兵との時はあくまで「訓練」であり、互いに組み合うことを前提に挙動を起こすことが暗黙の認識であった。しかし、今回のアニは「試合」だ。組むために手を伸ばすことすら難しい。
「ハアッ――!」
アニは左右の蹴りに混ぜて、やはり同様にしなりのある回転裏拳(バックナックル)のような技も混ぜてくる。変幻自在なうえ、防御の意識を上下に散らしてくる。しかし、どこか組み技を避けているように見える。まずは打撃でダメージを蓄積させるということだろうか。
受け一辺倒になりながらも、カムイは打開策を探る。
『いつか連撃は緩む。もしくはどこかのタイミングで大技が来る――』
幸い、アニの打撃は鋭いものの、国定(クニサダ)と闘ったときのように、内臓を抉るような鈍痛ではない。切り裂くような痛みではあるが、急所の狙いは緩い。まだ――堪えられる。
『……固いね』
右のローからの、左のバックナックル、続けて右の回転肘。一瞬間合いを取って、左のミドル――
さすがに、過負荷(オーバーロード)だ。アニは少し大きく間合いを取る。フゥーッ……と息を大きく吸った瞬間――
――アニは、自分の認識が甘かったことに気が付いた。
眼前に、カムイが居る。なぜ?
え――!? まず、い、体勢が――
「震脚」での高速移動。左腕を伸ばし、アニのジャケットの襟を掴む。
『――取った』
後は、お決まりの体崩しからの流れで抑え込めるだろう。カムイは重心を低くし、ぐい、とアニを押し込む。
「あっ――」
アニの重心が崩れた。軸足ではない方、浮いた脚を小内刈りに持ち込める――しかし、
「――!」
アニはその場にしゃがみ込むくらいに重心を低くし、カムイの足払いを堪えた。
「――!!」
周りのギャラリーが息を呑む。アニが距離を取ってからほんの数秒で、目を見張るほどの攻防が繰り広げられたのだ。
「……すげぇ」
エレンが溜め息を漏らす。アニに、ではない。アニの強さは身をもって知っている。だからこそ、カムイの、一瞬の攻防に魅せられたのだ。
互いに距離を取る。
「――アニ、すごい蹴りだな。正直、受けるので精一杯だった」
緊張を少し解いて、カムイが言葉をかける。さすがにそんな相手に仕掛けるほどアニも無粋ではない。
「――まあね」
まんざらでもない。しかし、まだカムイは底を見せていないはずだ。
「――で、カムイ、まだやれるんだろ?」
アニがニヤリと笑う。カムイは少し驚いた様子を見せたが、
「――あぁ、いいぜ。今度はこちらから行かせてもらう……!」
互いに構える。じりじりと距離を詰め――カムイが仕掛けた。
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一方、ミカサ。
「――スバル、構えて」
スバルの前に立ちはだかる。既にスバルはへっぴり腰だ。無理もない。
「……や、やんなきゃ――ダメ?」
「――ダメ」
早々にミカサが構える。
「あ、の――」
「早くして――」
無表情でミカサが促す。せめて「試合」できちんと白黒付けるということだろう。隣でミーナとクリスタが心配している。ユミルは複雑な表情だ。
さっきのユミル戦以降から周りが注目していたのに――少し調子に乗りすぎた。スバルは自分のお調子者を少し反省した。あまり目立ちすぎるのもいけないし、さっさと負けておこう。そうすればきっとこの騒ぎも収まる。
「――わかった。待たせてごめん」
スバルも構えた。
「……じゃあ、行く」
言うやいなや、ミカサが猛スピードで突撃した。
ローキックを一発。そして――
「!!」
ミカサが大きく後ろに跳躍した。
ある程度手加減はしたが――なに、これは。なんなの?
先程のユミルと同じ。高密度のゴムを蹴ったような、巻き藁をした丸太を蹴ったような――違和感。少なくとも、同い年の、どちらかと言えば華奢な少女の肉体ではない。
つぅ……と、ミカサの額から冷や汗が流れる。スバルが強いから、ではない。気味が悪い。計り知れないのだ。
『――まずい、術式・鋼身霊(こうしんれい)が解けてない』
自分が、そして相手が怪我をしないように、格闘訓練の際には護法文(ごほうもん)――占術系の術式で、いわゆる「おまじない」が強化されたもの――を唱えてから出席する。変身(?)前のユミルとの遣り取りで見られたように、通常の訓練であればこの護法文で充分だ。しかし、そこに先程の対ユミル戦での「鋼身霊」だ。
術の相乗――効果は、抜群だ。
修行の成果だろうか、これまで以上に術のかかりが良い。租界に帰省した際、母、流麗(ナガレ)や新しく師事したドーライに指導を受けているが、何気なくかけた術の上乗せがこんなに上手くいくとは、スバル自身も想像していなかった。
スバルは、なかなか仕掛けてこないミカサを見る。あまり沈黙するのはまずい。
「――じゃ、じゃあ、私から行くよ!」
周りのギャラリーは、あっと息を呑んだ。まさか――まさか、スバルがミカサに向かって行くなど、思いもよらなかったのだから。
「――やっ!」
ミカサは強い。強いと言うよりは――単純に力がある。体軸がぶれやすい技を出せば、あっという間に組み敷かれてお終いだろう。だから――
だから、敢えて隙だらけの技を出す。これ見よがしの上段蹴り(ハイキック)。軸足がピンと伸びた瞬間を見逃すミカサではないはずだ。ここで蹴りを捌かれて、軸足を払われて、蹴倒されて、馬乗りにされて、この茶番はお終いになるはずだった。しかし――
……ゴツッ!
スバルの、綺麗ではあるが、アニと比べればあまりにも温(ぬる)い蹴りが、ミカサの肩口に入った。
『!!!!』
ギャラリーはさらに色めき立つ。「訓練」ではなく「試合」形式で、ミカサに初撃を入れたのだ。しかもハイキックを!
『――重い!!』
『しまった!!』
ミカサとスバル、同時にこう思った。
スバルの蹴足(けそく)とはいえ、術式で密度が跳ね上がったそれである。先程の違和感からか、珍しくミカサは即座に反応できずにいた。そこに、予想よりもはるかに重い一撃が来た。ミカサは更に動揺する。そして、スバルも、まさかこんな程度の蹴りが入ると思っていなかった。
ザッ……
「ふぅ――ふぅ――」
距離を取り、ミカサが肩で息をする。動揺の色が濃く出ている。ギリ……と歯ぎしりする。
「――――ふぅ――」
ミカサは大きく深呼吸をした。先程の蹴りを喰らってしまったが、ある程度分かったことがある。スバルの格闘は訓練兵の中では並かそれより少し上の程度だ。下手ではないが、抜群に上手いわけでもない。しかし、不確定要素として、先程の硬い身体、重い蹴り――
以上のことを踏まえ、心を落ち着けた。距離を取り、口を開く。
「誤解していた。スバル、あなたは強い――ので、私も全力を出す」
動揺を鎮め、そう言った。やや低く構える。先程のユミルと同じようなプレッシャーがスバルを襲う。
「はは……逃げらんないよね、やっぱり――」
同様にスバルも構え直す。
「――ァアッ!」
ミカサが、全身のバネを跳躍させて、スバルに襲いかかった。
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ほんの少し前――
「――おっ、やってんじゃねぇか!」
「ホントだ。懐かしいね」
オルオ・ボザドとペトラ・ラルが格闘訓練を見ながら話をしている。彼らは数年前に訓練兵団を卒団した。現在は調査兵団所属である。生存が難しい壁外調査にも何度か帯同し、少しずつだが調査兵団の戦力になってきている。
「――えぇ、ですので現在は――」
「なるほど、では――」
「いや、まだまだです――」
少し前を歩くエルヴィン。その横にはキース。少し控えてリヴァイが歩く。視察をしながら、調査兵団の現状なども話しているのだろう。
「――彼女ですか。例の、ミカサ・アッカーマン」
「あぁ。事前の所属希望調査では、調査兵団希望とのことだ。座学、実習、申し分ない逸材だ。『第二のリヴァイ』、なんて冗談も出ているくらいだ」
「――そいつは楽しみだ。キース団長の手腕の見せ所ですな」
リヴァイが苦笑する。同時に、リヴァイはこの格闘訓練全体を見渡し、訓練兵の資質を把握しようとする。確かにミカサが頭一つ抜けて優秀そうだ。他には、ライナー・ブラウン、エレン・イェーガーと紹介された訓練兵も光るものがありそうだ。
しかし、先程から様子が少し異なる。アニ・レオンハート、カムイ・ペシュカと紹介された訓練兵が、少し離れた場所で、先程のミカサと、スバル・タカチホという訓練兵が、一対一の「試合」をしている。正規の「訓練」からは多少逸脱するが、少々荒くても大抵は黙認されるのがこの「格闘訓練」である。技術だけでなく、血の気の多さや根性も、見ようによっては評価の対象になるのだ。
「おっ!タイマンか!」
オルオが色めき立つ。訓練兵時代を思い出すのだろう。エルヴィンら一行は、しばらく視察を続けた。
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戻り、アニとカムイの闘い。
『こんなのは、どうだ――』
カムイは、独特の歩法でアニに近づく。
通常、人間は体幹、そしてそれに伴う手足の動きを見て、次の挙動を予測するものだ。しかし、カムイの歩法は移動がすり足に近く、ほとんどブレや淀みが無い。動作の初動が極めて見えにくいのだ。
対象物を固定し、強烈な拳打を見舞うカムイの荒々しい得意技――爆骨(ばっこつ)とは逆の概念。威力こそ大幅に劣るが、ノーモーションで拳や蹴りを繰り出す。発想としては寸頸(すんけい)に近い。もちろん、歩法ともども国定直伝の技の一つだ。あくまで訓練であるため、カムイは拳を固めず、掌底での攻撃を行う。
これにはアニも舌を巻いた。痛みこそ大したことは無い。しかし、どこから拳足が飛んでくるか分からない。ならば、と反撃に出るが――流水のような独特の歩法で今ひとつ決定打を打てない。元より、先ほどまでの遣り取りで大体分かっていたことだが――カムイは受けや捌きが異様に上手いのだ。
「くぅ!」
回転裏拳(バックナックル)が外された。苦し紛れの回転肘でケアするが、空しく空を切る。
やおら、カムイはアニの右肩を掴む。先ほどもそうだが、すごい握力だ。肩を動かして外そうとするが、簡単に外れない。指がめり込む――痛い。
「すまん、ちょっとだけ、痛いぞ――」
小さな声で、カムイがつぶやく。
――ドンッ!
と、その瞬間、脇腹に寸頸がハードヒットする。先ほどまでと異なるのは、アニの身体がある程度固定されてしまったということ、そして、カムイが拳を固めた打突を打ったということだ。もちろん爆骨よりは威力は相当低いが、通常寸頸よりはダメージが深く浸透する。
「う……ぐっ」
今までにあまり体験したことが無い類の衝撃。表面が痛いのではない。身体の内部を揺さぶられるような痛み。
「――ぐぅッ!」
それでも、肩を掴まれていない方の左手で、カムイの顔面を横殴りし解放される。気持ち悪さを伴う痛みに耐え、アニはまだ立っていた。
『あれを耐えるのか――すごいな』
カムイは素直に賞賛していた。そして、
「――もう止めにするか。これで決まらないんじゃ、俺にはこれ以上の決め手がない」
構えを解いて、申し出る。
「それに、さっきのアニの連打で――ほら」
カムイが腕をまくる。みみず腫れのような裂傷があちこちに出来ている。おそらくは胴や脚部にも。それだけアニの拳足が鋭いことを証明していた。
「これ以上は、お互いに『訓練』の域を超えちゃうだろ?」
「――アンタ、ずるいね……さっきの『ソレ』はさ、ホント危険だよ……か弱い女の子にさ、やめて欲しいな……」
アニも緊張を解き、苦笑いしながら語る。
「生憎、手加減できなかった……でも裏腹だな、アニ――――笑ってるぞ?」
「まぁね、でもいい時間潰しになったよ――」
アニとカムイの試合は、互いに引き分けた形となった。カムイとアニは、健闘を称え騒ぐギャラリーと共に、そのまま隣で遣り合っているミカサとスバルの様子を見に移動した。
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「どうした?リヴァイ」
「いや、何でもない――」
『あの動き……あの技――』
リヴァイはアニとカムイの闘いを注視していた。その中で、いくつかの既視感(デジャヴ)を起こした。
忘れもしない。まだファーラン、イザベルと共に地下街に居た頃――成り行きとは言え、とある東洋人と闘ったことがある。その男が使った技に酷似しているのだ。
『――ヤツの縁者か何かだろうが……なるほど、いずれにせよ面白いヤツが、あの「東洋租界(Oriental Concession)」から来たんだな』
リヴァイは心の中でアニとカムイの健闘を評価しつつ、かつて闘った租界出身だと言うチンピラの東洋人を思い出していた。確か、名前は――
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「――ふ、ふぇッッくしょい!」
「お、どうした、お前でも風邪引くのか?」
「あら珍しい、ウチの漢方でも買ってく?」
「ったく――おおかた、悪いうわさ話だろうよ」
● あとがき
タイトル、「蛇蝎(だかつ)の如く」は、向田邦子さんの小説のタイトルから拝借しました。
本作の場合、やられてもしぶとく立ち回るスバルを「蛇」、防御を固めて、鋭い一撃で相手を沈めるカムイを「蝎(さそり)」になぞらえました。分かりづらくてすいません。
104期訓練兵団のお話を書くと、際限が無くなりそうです。
オリ主達がべらぼうに強かったり凄かったりするお話は書けそうにありませんが、スバルやカムイを通じて、「みんなTUEEEE!」ってなればいちばんいいなぁ、などと思います。
● 次回予告
泥だらけ。汗まみれ。
それでもミカサに立ち向かうスバル。
拳を交わした後の語らい。
それも掛け替えのない日々のひとつとなるだろう。
次回、「掛け替えのない日々(仮題)」