東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession―   作:soliquid

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バトル回決着→閑話的なお話が続きます。

伏線になるかどうか分かりませんが、ほんの少しずつお話も進めてみたいと思います。

それでは、どうぞ。



掛け替えのない日々

 

ミカサの猛攻を必死で受けるスバル。実際には半分以上受け切れていないのだが、術式・鋼身霊(こうしんれい)のお陰で深刻なダメージには至っていない。

 

「ねぇ――」

 

スバルの受けや捌きを見ながら、アニがカムイに問う。

 

「あの子――スバルだっけ、アンタが技を教えたの?同じような動きがいくつかある。そんなに巧くはないけど……」

 

「あぁ、一応、同門ってところだな。俺が使える技は、全部じゃないけど、スバルも使えるかな」

 

攻防から目を離さず、カムイが答える。

 

「ふぅん――」

 

知らない技術体系にアニは興味を隠せない。

 

「――あ、ほら、今のヤツ」

 

アニがスバルの「震脚」のような動作を見て、またもカムイに問う。大地を強く蹴り、その推進力で瞬発的に高速移動する技だ。体重と速度が乗れば、攻撃にもそれだけ威力が増す。しかし――

 

『ひぃ~!』

 

スバルは、ミカサの攻撃を避けるために駆使している。逆を言えば、鋼身霊で強化した肉体で放つ震脚に追いつくほど、ミカサの動作が力強く、速いのだが。

 

「あぁ、俺たちの故郷の技だな。もっとも、ああやって使うもんじゃないんだが――」

 

「――だよね」

 

カムイも苦笑しながらアニに解説する。それにしても、先ほどから蹴られ、投げられ、極められているにも関わらず、ミカサが攻撃の手を緩めないところを見ると、おそらく鋼身霊でも使ってんのか、とカムイは想像する。

 

「――いやぁッ!」

 

「ひぃ!」

 

ミカサの左フック。ものすごい迫力だ。スバルは回し受けで何とか受ける。続けてミカサの右の鍵突き。十字受けをすり抜け、スバルの脇腹に刺さる。ダメージは無さそうだが、重心が崩れた。すかさずジャケットの襟を取り、足を絡め――

 

――ドス……ン!

 

鈍い音。また投げられた。

 

「――スバル、立って!」

 

「ごめん、今度こそ無理!無理だから!」

 

「嘘――言わないで!」

 

言うと同時に、ミカサは追い打ちをかけようとする。反射的に身を捻ってかわすスバル。倒れた人間の顔面に打ち下ろしの正拳とは、ミカサは既に「訓練」の範疇を超えている。顔面に拳を喰らって気絶するフリでもすれば穏便に収まるのだろうが、それは怖い。どうしても反射的に身体が動き逃げてしまう。

 

そうやって、さんざん攻撃を喰らいながら。まだちょこまかとしぶとく動くスバルに、周りの訓練兵も興奮が収まらない。

 

「っしゃー!やれ!そこだ!!」

 

「スバル!頑張ってー!!」

 

これにはアニも驚きを隠せない。無意識だろうか、拳が硬く握られる。

 

「それにしても、あの子のタフネスはハンパ無いね……正直、見くびっていたよ」

 

カムイはそのからくりを察しているが、敢えてとぼける。

 

「――タフでは無いんだけどな。それより、ミカサもいつものキレが無い感じだ。調子悪いんじゃないかな」

 

ミカサも、この一見不死身とも思える相手に手を焼いていた。心理は肉体にも如実に影響を及ぼす。不安は打点をずらし、焦りは一撃を軽くする。それは頭では分かっているのに、身体が言うことを聞かないのだ。それでも、仕掛けないわけにはいかない。

 

「くっ――!」

 

ミカサの技のかかりが悪くなる。攻撃が雑になる。それに呼応するように、徐々にスバルはミカサの攻撃を受け、捌き、中盤以降は、ほぼ互角な戦況を見せていた。適当に手を抜いてやられたフリでもすれば良いのだが、スバルは生来、そういったことが本能的に苦手であったし、少々負けず嫌いでもあった。おそらく彼女一人だけであれば、諜報活動は暗礁に乗り上げていただろう。

 

 

ミカサのジャブを丁寧に受ける。続けて放たれたローキックも、カムイと同じ型の下段受けで捌く――からの、ミカサの蹴り脚の足首を取り、捻り気味に寝技に持ち込もうとする。たまらずミカサは脚を振り払って再び距離を取る。

 

「…………」

 

騒いでいたギャラリーも、あまりに真剣に打ち込む二人の姿に、既に言葉を失っていた。どちらが勝つか負けるか、そんなことはもう二の次になっていた。

 

『スバル――きれい』

 

ミーナは心の中でそう思った。既にミカサもスバルも埃と汗と泥にまみれ、元来の美少女の姿は無い。しかし、その生き様とでも言おうか――「熱」のような気概が伝わってきた。最初こそ及び腰であったが、格上のミカサ相手に、決して引けを取らない。追いすがるようにしぶとく、しぶとく、食い下がる姿は――いつの間にか見る者の心を少なからず揺さぶった。

 

そんな遣り取りを続けているうちに、スバルの動きがどんどん鈍くなり――

 

 

「あ、ごめん――もうホント、限界」

 

ミカサの攻撃を受けていないのに、天を仰いでどさりとスバルが倒れる。起き上がれなさそうだ。

 

本来、「術式・鋼身霊」は身体能力を飛躍的に向上させる技だ。体質や経絡(けいらく)に適正がある者――例えばスバルの弟の北斗(ホクト)あたりが発動すれば、余すところなく身体能力が向上する。しかし、巧く扱えたものの、スバルはそこまでこの術式に体質的な適正は無かった。そのため、身体が頑丈になり、それが攻撃や防御に多少は反映される程度に留まった。逆に、術式開放しているため体力や精神力の消耗が激しく、平常時よりも疲れやすいという欠点もある。自分で思うよりも早く、活動限界を迎えたのだ。

 

更に言うならば、相手がミカサだ。技を受け、捌き、逃げ、「震脚もどき」まで乱発したのだ。体力、精神力ともに底をつくのは無理からぬことだった。

 

 

「スバル!!」

 

へたり込み、肩で息をするスバルにクリスタが駆け寄る。

 

「えへへ……ちょっと、疲れちゃった」

 

抱きかかえられて、スバルは力なく笑う。この試合はミカサの勝利で幕を閉じた。しかし、勝った気がしないミカサである。大きく肩で息をし、全身にじっとりと嫌な汗をかいていることに気付く。この汗は、決して運動で出ただけではないだろう。

 

「――お疲れさん」

 

ユミルがミカサにすれ違いざまに声をかける。

 

「ミカサ、随分と手こずったじゃないか」

 

「えぇ――少し怖かった……得体が知れない――というか」

 

「――だろうね、私もさ」

 

「そう――」

 

かくして、午前中いっぱいで格闘訓練実習は終わった。昼食後はまた座学などが詰まっている。

 

そしてこの日の午後の座学で、ミカサ、アニ、カムイ、スバルの四人が、示し合わせたように爆睡したことは言うまでもない。

 

---

 

その日の夜、浴場にて。

 

「スバル、今日は――その、ごめんなさい」

 

スバルが湯船に浸かっていると、ミカサが隣にやってきた。申し訳なさそうに謝罪する。

 

「訓練ということを忘れて、意地になりすぎた――恥ずかしい」

 

雨の中で餌をもらえない子犬のようにしょぼくれる。冷静沈着ないつものミカサの表情からすると、非常に珍しい。

 

「ん、いいよ。私弱いのに、変な誤解も生まれちゃったし――」

 

「いえ、スバル、あなたはカムイに技も習っているし、決して弱くはない、と思う――」

 

――ミカサの、歯に衣着せぬ物言い。謙遜や世辞が入らない分、「弱くはない」というのも正直な評価なのだろう。

 

「ありがと」

 

「でも――」

 

ミカサが言葉を継ぐ。

 

「あなたの身体が異様に硬かった。あれは何?もし可能であれば、私にも教えて欲しいのだけど――」

 

エレンが、「巨人を駆逐する」という命に代えても成し遂げたい目的があるとすれば、ミカサはそんなエレンを「命に代えても守りたい」という思いがある。強くなれるのならば、貪欲に求める。その揺らぎ無い信念が、エレンを、ミカサを、ここまで強くしてきたのだろう。

 

 

――さて、どうしたものかとスバルは考える。考えた挙げ句、

 

「ごめんね、あれは一族秘伝の技なの。一子相伝というか、体質的なものもあって……だから、カムイもできないの。たぶん、ミカサも――」

 

嘘は吐いていない。しかし、本当のことも話すことはできない。あまり公にしても、諜報がやりにくくなるだけだ。

 

「――そう。わかった、ありがとう」

 

ミカサは聞き分けよく納得すると、湯船から立ち上がり、洗い場へ向かおうとする。

 

「あ、ちょっと待って――」

 

せっかく長話ができる機会だ。今度はスバルがミカサを呼び止め、話をする。

 

「ねぇ、ミカサ。あなたの右手首の「入れ墨」――ちょっと見せてもらえない?」

 

「――いいけど?」

 

特に怪訝な顔もせず、ミカサは右手首に描かれた入れ墨を見せる。

 

『――やっぱり』

 

ミカサの入れ墨を見て、スバルは得心した。多少色が薄くなってしまっているものの、綺麗な紋様が刻まれている。傍目には、精巧な紋様に見えるだろう。しかし、だ。

 

紋様同士の継ぎ目に見えるそれは、「仏典文字」――言い換えると「梵字(ぼんじ)」であった。何文字か刻まれており、それぞれ「力」、「智」、「情」などを司る言葉に相当している。もちろん、梵字以外の図柄などには、それだけでは無い意味や力も込められているのだろうが、スバルが読み解けたのは梵字の部分だけであった。

 

「――ミカサ、この入れ墨の意味は、知ってる?」

 

何とは無しに、聞いてみる。

 

「いいえ――墨や色を入れてくれたのは母さんなんだけど、詳しく聞いていないの……」

 

「そっか……」

 

おそらく、祝福や厄除けなどを含む、スバルの「護法文」のような効き目が永続的に発動するのだろう。とすれば、ミカサが異様に強く、賢い理由も納得がいく。しかし、それ以上に――

 

「――ご両親から、愛されてたんだね」

 

ミカサの生い立ちもいつか聞いたことがある。スバルは目を潤ませた。

 

「……ありがとう」

 

その言葉の意味するところを察したのだろう。ミカサは柔らかい笑みを返した。

 

---

 

一転して、騒がしいのは男風呂である。

 

「おい、カムイ!お前ェあんな技隠し持ってたのかよ!」

 

「――俺にも教えろ!」

 

「いいや、俺にも――!」

 

押し合いへし合いである。狭い湯船と洗い場が少年達の裸体で埋め尽くされる。たった一日でカムイは男子訓練兵のヒーローになってしまったのだ。挙げ句、アニとデキてるのか、じゃあスバルとはどうなんだ、クリスタ結婚しようなど、めいめいが勝手に騒ぐ。

 

『こんな感覚――初めてだ』

 

注目を集めてしまい、しばらくは諜報活動ができなくなるだろうと思いながらも、カムイは、この嬉しさと気恥ずかしさが混じった感覚が嫌いになれなかった。毎日が厳しい訓練であるが、同じ釜の飯を食う同年代の「仲間」――これは、掛け替えのないものだと改めて実感した。

 

「しかし、あのアニと互角以上に闘うなんてな――」

 

ライナーが感心したようにつぶやく。

 

「ホントだぜ!なぁ、いつも練習しているあの歩き方って、これだったんだな!」

 

エレンも興奮冷めやらぬ様子だ。

 

「そうか、力の流れを、ねぇ……言うのは簡単そうだけど、実際の組み技のなかでやるってのは、相当訓練しないとできなさそうだな」

 

ナックやミリウスも、カムイから合気(あいき)の原理を聞きつつ、難しさにうーんと唸る。

 

「あぁそうだ、今日はあいつ、投げ技や組み技をほとんど使わなかっただろ?アニは昔からああいうのよりも蹴り技が得意なんだ。それをお前――……!」

 

ライナーがアニについて講釈を述べる。

 

「――!」

 

 「……!」

 

 

――?

 

 

ベルトルトがこちらを見た気がした。……気のせいだろうか。

 

 

 

止まない喧噪が続く中、ふと疑問が頭をかすめる。

 

『ライナーとアニって、そんな昔から知り合いだったか――?』

 

 

カムイは湯船に浸かりながら、ナックやエレンに受けや捌き方の初歩をレクチャーしつつ、こんな日々がずっと続けばいいのに、と、少し感慨にふけった。

 

――同時に、アニとライナーの出身地を後日もう一度調べてみるか、と、どこか冷静になっているもう一人の自分も認識した。

 




●あとがき

前話、本話のカムイ、スバルの格闘能力をパラメータで示すと、こんな感じになると思います。

カムイ:攻撃B、防御S、耐久A、スタミナA
スバル(ノーマル):攻撃D、防御C、耐久C、スタミナC
スバル(鋼身霊発動時):攻撃C、防御B、耐久S+、スタミナE

スバルは、カムイの手ほどきを受けているので、格闘戦は平均以上できますが、アニやミカサなどのトップレベルはもちろん、通常であればエレンやライナーのような上位クラスにも負かされます。それだけに、「実は実力を隠していた」と噂の的になったのですが。

また、スバル以外(アニ、ミカサ、カムイ)は、ある程度余力を残してこの格闘訓練を終わらせています。その他の訓練や座学もありますし、特にスバルとカムイは空いた時間に諜報活動もあるので。疲れて寝ちゃいましたけどw

●次回予告

訓練兵の日常から少し軸をずらす。訓練兵団、調査兵団の人間模様をそれぞれ切り取ってみたい。

次回、「酒場、一期一会」
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