東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession― 作:soliquid
未成年の方は、暖かいお茶やコーヒーなどで。
それでは、どうぞ。
訓練兵団の視察も終わり、調査兵団一行はトロスト区に立ち寄った。どうせ帰路の際に通過するため、予め駐屯兵団の南方方面総司令であるドット・ピクシス司令と打ち合わせや会議を設けておいたのだ。エルヴィンはじめ幹部は司令部へと赴いたが、手持ちぶさたなのは役職無しの新兵二人である。『本日から明朝まで適当に時間を潰すように』と言い渡され、トロスト区の市街地に放り出された形となった。
宿に戻り寝るにはまだ早い。仕方がないので、夕食がてら酒場に入る。かなり賑わっていたが、奥の方のテーブル席が空いていた。向かい合って座る。ひとまずお疲れさまと、乾杯。
「――オルオ、あんた全体的に緊張し過ぎよ……兵長がいらっしゃるからって……」
薄めの果実酒。陶器のマグを両手で持ち、こくりと呑みながらペトラ・ラルがため息と共にこの視察の総括を呟く。
「仕方ねぇだろ……こんな間近なのは初めてだったんだからよォ――」
オルオ・ボザドは干しぶどうと数種類のナッツをつまみに、少しふて腐れて蒸留酒を呷(あお)る。彼ら新兵二人にとって、兵士長であるリヴァイは憧れなのだ。そんな憧れが悪く作用し、オルオは緊張のあまり、立体機動実習の補助の際、初心者がするような失敗をしてしまったのだ。
『いいか、調査兵団の兵卒でも失敗することはある。彼だけじゃない。もちろん俺もだ。大なり小なり、それなりに失敗はする。だからこそお前等――気を抜くなよ!』
オルオの失敗も、リヴァイの機転で訓練兵たちへの教訓となった。より一層訓練に集中するようになった訓練兵だが、やはり尊敬し憧れる兵長の前での無様な失敗はオルオには堪えたのだろう。受け答えにも、普段の元気が無い。視察の際は空元気だったのだろう。だから余計にやる気も空回りした。普段の――いや、訓練兵の頃から、オルオの実力を知っているだけに、やや気の毒に思うペトラであった。
いや、元気が無いのは前回の壁外調査が原因だ。オルオは――
「でも――懐かしかったね、訓練兵団」
「――そう、だな」
「楽しそう、だったね――」
「――あぁ……」
ともあれ、幹部クラスの付き添いという緊張から解放されたこと、また、かつて所属していた訓練兵団の様子を見て懐かしくなったこと……二人は口数少なく酒を飲み、つまみを頬張る。
調査兵団に配属されて二年目になる。
壁外調査で数多くの仲間を失った。もちろん、同期も。これから先、調査兵団を希望すれば、彼らも同じ思いをする――それは確定事項と言っても差し支えない。「任務」と割り切るには、二人は少し若過ぎる。ほろ苦い思いを酒と一緒に流そうとする。
「ねぇ、オルオ――ヘレナのこと、だけどさ、まだ――」
「――その話はいいだろ」
そんなに強い口調ではなかったが、オルオは言った直後、『しまった』という顔をする。
「あ――すまん、ごめんな、ペトラ」
「ううん、私の方こそ、ごめん――」
やや気まずい沈黙が続く。
「――すみません、ここ、ご相席よろしいですか~?」
状況を打開したのは従業員の娘の脳天気な声だった。どうやら新客を入れるために詰めて欲しいとのこと。
金髪で細面の男性と、銀髪で眼鏡をかけた女性がやってきた。駐屯兵団のジャケットを着ているところを見ると、仕事上がりでそのまま来たのか、オルオもペトラも兵団のジャケットを着用していたため、同じ席に通されたのだろう。
「――ごめんなさいね、お二人のところを邪魔しちゃって」
眼鏡の女性兵士が少し申し訳なさそうに言う。
「――いえ、ちょうど話が途切れたところだったので」
オルオもペトラも、これ幸いの助け船とばかりに席を詰める。
「――あ!失礼致しました!」
ぼうっとしていたのだろうか、二人は、やや年上に見える駐屯兵団の兵士二人に慌てて敬礼をする。
「――はは、いいよそんなに畏まらないで。見たとこ、調査兵団の視察の一行かい?まだ若く見えるが、大したものだ」
細面の男性兵士が気遣いの言葉をかける。
「いえ、私たちはただの付き添いで――」
「――そうなの?少しお疲れのように見えたのだけど」
眼鏡の女性兵士が静かに笑みを浮かべる。
「とっ、とんでもないです!お気を遣わせてしまい申し訳ありません!」
「いや、構わないさ――それより、迷惑でなければ、一緒に夕飯を食べないか?他兵団の所属と同席するのは滅多にない。こちらとしても貴重な機会なのでね」
「私たちで良ければ――」
オルオとペトラは、この奇遇な会食を楽しんだ。特に、ヘレナのことで塞ぎ込んでいたオルオにとって、調査兵団のいつものメンバー以外と会話をするということは、少なからず、何か、気分を転換する一助になっただろう。
どうやら今夜の夕食は、細面の男性――イアン・ディードリッヒが班長に昇格したささやかな、プライベートな内祝い――らしい。銀髪で眼鏡の女性はリコ・プレツェンスカと名乗った。二人とも、駐屯兵団の精鋭部隊――壁際での防御戦のスペシャリストだ。
「やー、でもすごいっすよ!イアンさん!二十代前半で班長っすか!」
「うーん、私が特別優れている訳でもないが、私のような若輩を班長にしなければならないくらい、駐屯も台所事情が厳しいのかもしれないな」
「いえ、駐屯兵団の精鋭部隊は優秀な人材揃いだと調査兵団にもお噂は入ってきてます」
「それがねぇ、精鋭部隊はともかく、全体として見れば質はそれほど高くないわ。人材もだけれど、固定砲台の維持、壁の修理……あとウォール教との交渉なんかで、ウチもいろいろと物入りなのよ――」
当然、兵団ごとに守秘義務や機密はあるため、あくまで酒の席での話に留めるが、憲兵団は、調査兵団、駐屯兵団ともに知らされていない部分が大きい――と愚痴のようになる。
「大体、あそこの連中、いっつも上意下達(じょういかたつ)なんスよね!こないだ久しぶりに同期に会ったら、随分といけ好かない感じになっちまってましたよ!」
オルオの口から何気なく出た『同期』という言葉に、ペトラはピクリと反応するが、努めて冷静を装う。
「兵団である以上命令や指揮系統はあって然るべきだが――それを差し引いても、ブラックボックスが大きい。エルヴィン団長も憲兵団相手によく折衝されていると思う」
「そういえばイアン、来月からウチの司令部に、憲兵団から新しく誰か来るんだよね?あーあ、子鹿(キッツ)隊長みたいな人じゃなければいいけど――」
「憲兵団、かぁ……(ひっく)」
お通しの前菜やパンに加え、暖かいポトフと魚介の甘酢和え(カルパッチョ)、そして酒を数杯――なかなかに豪勢な夕食だが、「今日はお祝いだから」と、年上二人におごってもらい、オルオもペトラも先ほどの発言での気まずい気持ちはそれなりに晴れていた。
「そうだ、もし可能ならでいいのだが――」
思い出したようにイアンが口を開く。
「調査兵団の、ベルンハルト・フォルカー分隊長の兵団墓標に、花を添えてもらいたいのだが」
「ベルンハルト・フォルカー……分隊長でありますか」
「あぁ、昔、私が訓練兵だった頃、フォルカー分隊長の戦術概論や調査概論など、座学でずいぶんお世話になってね。確か三年前――845年だったかな、調査兵団に伺ったときにもミーティングに同席させてもらったこともあるんだ」
二人とも耳にしない人物の名前だ。しかし彼らは新兵であり、兵団のすべての人事や去就に精通しているわけでもない。それでも、分かったこと――「墓標に花を添える」、ということは、その分隊長はきっと――死亡したのだろう。
「申し訳ありません、私たちはまだ日が浅く、フォルカー分隊長を存じ上げませんが、必ず」
恋人、そして親友を亡くしたオルオとペトラは、それでも精一杯「大人」として対応した。
ひとしきり食べて呑んで、夕食はお開きとなった。帰り際、花代として銀貨を数枚渡された。
「イ、イアンさん、これ、ちょっと多すぎです!」
かなり良い花束を数個買っても釣りが来る。ペトラは銀貨一枚を残して返そうとするが――
「――いいんだ。余ったら君たちで使うといい――オルオ君、ちょっと」
「あ、はい、なんでしょうか」
イアンはオルオを呼び、肩に腕をかけ、ぐいと首ひっぱる。
「ぐえぇ!な、なんすかァ!?」
耳元で内緒話をする。
これはイアンもけっこう酔っているわ――リコはそう思いつつ、苦笑しながら見守ることにした。
「ペトラ君と花を買うのに、君も付き添うように。いいね?これは私が出す最初の班長命令、ということにしておいてくれないかな」
「あ、は……はぁ」
堅物に見えたのだが、いや、実際堅物なのだろうが、今夜だけは酒に酔った気前のいい兄さんのような感じだ。
宿への帰り道、ペトラがぽつりとつぶやく。
「――雰囲気良かったね、イアンさんとリコさん」
「あぁ、まったくだ。なんか――『大人』って感じだったよな」
「私たちにも後輩ができたら――厳しく優しく、指導してあげなきゃね」
「後輩、か――そうだな……お前ならできるさ」
角を曲がる。宿が見えてきた。
「オルオ……怒らないで聞いてね。私――ヘレナの分まで頑張る。頑張るから――」
少し声が震えている。あまり酒が強くないのに気を遣って呑むから――昔から、お前はそういうヤツだったよな――
「いや、いい。ペトラ、お前はお前で――いい。その……お前をヘレナの代わりとか――そんな風に思っちゃいねぇよ……」
「オルオ……」
「俺も少し呑み過ぎた。じゃあ――明日な。随行書類(レポート)、ちゃんと書いておけよ……」
オルオはそう言うと部屋に帰ろうと背を向けた。ペトラも自分の宿泊する部屋に戻ろうと――
「あ――そうだ、ペトラ」
思い出したように声をかけられた。振り向く。オルオは後ろを向いたままだ。
「な、なに?」
「次の休暇に――その、イアンさんの、例の隊長さんの花、買いに行こうぜ……それと、あいつ……ヘレナの分もよ」
「――!」
「そんだけだ……じゃあ――明日な」
今度こそ、オルオは部屋に戻った。最後の方、少し声が震えていた。
彼と自分の少し耳が赤かったのは、きっと――酔っていたからだと思いたい。
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数時間後――
「ねぇ、イアン――さっきの分隊長の話だけど……」
少し気だるい声でリコがイアンを呼ぶ。
「……」
イアンは無言でコーヒーを淹れている。こんな安宿のコーヒーにしては、香りもそこそこじゃないか、と思いがけず感心しながら。ズボンだけ履き、上半身は何も着ていない。細身だが、引き締まった筋肉。日々たゆまぬ鍛錬をしていることが窺える。
「あの子――ペトラちゃんに少し多くお金を渡してた。花を買うには、少し多いわ」
「若い二人のデート代にでもしてもらえればいいじゃないか――見たとこあの二人、まだ付き合っているわけじゃ無いだろうが、お互いまんざらでもない感じだったが」
「――あと、俺も気分が良くてな、酔いすぎてしまったんだろう」
寝間着の上だけを羽織ってベッドに腰掛けるリコ。眼鏡は外している。イアンが静かに笑いながら、淹れたコーヒーを渡す。
「――半分、ウソだよね」
優しくリコが笑う。酔っていたのは事実だろうし、逆に、酔っていなければあんなことは滅多にしないのがイアンという男だ。もう十年近く、傍で見てきたのだから。
「あなた、またお節介して――」
お見通しか、と少しおどけた様子を見せ、イアンが言葉を継ぐ。
「オルオ君が『同期』という言葉を発したとき――ペトラ君の表情が一瞬曇った」
「――そうね、それ以降彼女、あまり元気が無かった。ずいぶん気遣って頑張っていたように見えたけど」
「恐らくだが、かなり親しい、近しい同期を亡くしたのだろう。銀貨数枚で傷など癒えるわけが無い。だが――せめてあの二人の憂さを晴らす用途にでも、とな」
「それに――彼らは調査兵団だ」
その言葉の意味するところはリコも充分に理解していた。事実、イアンとリコの訓練兵団での同期も、生き残りは年々少なくなっている。
「残される側も、切ないよね……」
「そうだな……」
ベッドに座り、イアンはリコを優しく抱きしめる。
「ん……」
「ねぇ……イアン…………」
「あぁ――」
「死なないでね……」
――本当に、いい女だと思う。
「無論、そのつもりだ――」
駐屯兵団とは言え、精鋭部隊だ。壁際の防御や壁外調査の補助など、調査兵団との連携業務も多い。シガンシナ陥落、奪還作戦――この数年で、兵団の動きは悪い意味で活発だ。兵団に所属している以上、いや、もっと言えば壁内に存在している時点で、明日の命の保証など無い。
カーテンの隙間から、月明かりが漏れる。
イアンはもう一度、リコを強く抱きしめた。
● あとがき
……この一幕は、その、完全に私の趣味です。カムイの親父が駐屯兵団に来る、というちょっとした情報以外は、何にも絡みません。この話に関しては(現時点では)伏線も考えて無いです。
イアリコは付き合っているという設定です。二次創作ではリコさんはツンデレメガネだったり、激おこプレツェンスカ、みたいに描かれることが多いですが、プライベートではやや柔らかい感じがいいなぁ、と。何言ってんですかね私は。オルペトは付き合うまでは至っていませんが、お互い意識をするような仲、です。詳しくは
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=27940&uid=43338
私の過去の活動報告で書いた没ネタが元になっております。OVA後のため、「イルゼ」→「ヘレナ」に変更。ヘレナさんはオルオの彼女かつ、ペトラの親友、という設定です。
オルオさんがイケメンすぎますか? いやぁ、コレができるから二次創作はやめらんないです。
原作では絡まなかった二組の男女。拙作ですが、自分の二次創作でそっと会ってもらいました。本話タイトルの「一期一会」は、そんなところから取ってみました。
また、前作、「調査兵団亡霊部隊」から、ベルンハルト・フォルカー分隊長の名前だけ登場させました。感想でのリクエストに応えさせていただきました。
● 次回予告
訓練兵団三年目。最後の年。
これまでスバルとカムイは断続的に諜報活動を行い、訓練兵団の内情は幾分詳しくなった。
また、基本的に租界へ帰省するが、今回の休暇の使い方は、これまでと異なった。
それは――
次回、「呪刃交叉(じゅじんこうさ)(仮題)」