東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession―   作:soliquid

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どちらかと言うと、スバルとカムイの周りを描いてきましたが、
今回は久しぶりに主人公ズが能動的に動きます。う、動きますよ?

前半は下世話な話、後半は久しぶりにスバカムが動きます。

それでは、どうぞ。



呪刃交叉(じゅじんこうさ)

――ここは東洋租界(Oriental Concession)。月に数回発生する休暇に、スバルとカムイはいつものように帰省をしていた。

 

 

高千穂家の蔵。時刻は午前二時、草木も眠る丑三つ時。スバルが小刀で親指に傷を付ける。たらりと鮮血が流れる。それを札に垂らし、呪言を唱える。

 

「御開(おんひらき)、参らせ給はん」

 

蔵の中の一角に置いてある箱に、札を貼り付ける。札の周りが青白く発光し、箱が空く。

 

――開けられた形跡は無さそうだ。スバルはこの二年間で蓄積した情報が書かれている紙束を取り出す。訓練の間に少しずつ、少しずつ、集めた情報だ。機密かどうかは、厳密には分からない。おそらくそういったものは少ないだろうが――それでも、スバルとカムイが二人で集めた情報の結晶が詰まった紙束だ。

 

「二年かかって、これだけか――」

 

後ろからカムイが声をかける。淡々としたものだ。

 

「仕方ないわ。おじ様からも言われてるじゃない。そんなに簡単に集まるものじゃないって」

 

「――まぁ、な」

 

いつもであれば、二人はこの後、スバルの家で夜遅くまで「分析(アナライズ)」を行う。

 

蓄積した情報と毎日の状況を照らし合わせ、短期的、または中長期的に、どういったことが問題点になり得るのか、租界にとっての利となる状況を作り出せるか、交渉をするならどのように行えば適切か――などをシミュレートするのだ。

 

――昨年、カムイの父であるタルキス・ペシュカが駐屯兵団司令部に転属となった。それは、王政の機密情報から遠ざけられたことを意味する。しかし、これまで彼が蓄積した情報も併せて、時にはタルキスも同席し、状況分析の会議を行っているのだ。

 

事実、経済面で逼迫(ひっぱく)している兵団は、日用品や消耗品、食料等々に関する、初期投資(イニシャルコスト)、運営投資(ランニングコスト)をなるべく抑える必要がある。「リーブズ商会」はじめ、古くから寡占(かせん)状態であった物品の搬入元に、ここ数年で「東洋租界」が新規参入し、その安さと使い勝手の良さから、徐々にシェアを奪いつつある。訓練兵団も、最近は穀菜類の一部を租界から買い付けている。免税であるが故、同じ価格でも、量が多い。また、同様の理由で、油も商会経由より安価で購入できる。これはスバルとカムイの諜報が良い形で活きた例だろう。「最近の食事は、特に美味しいですねぇ!」とは、サシャの弁だ。

 

また、最近は憲兵団の方から視察団を設け、租界と接触を図っていると聞く。上手くすれば、カムイの父、タルキスのように、「特殊なルート」で兵団に関わる者も出てくるかもしれない。

 

――さて、「いつもであれば」そんな分析(アナライズ)を行うスバルとカムイだが――今回の帰省は、その「いつも」では無い。

 

ミーナが付いてきてしまったのだ。

 

二日前――

 

『ねぇ、スバル、カムイ、いつも二人は帰省してるけど、私、東洋租界ってまだ行ったことないんだ……今度の休暇で、行ってみたいな♪』

 

目をきらきらさせてそんなことを言われた。二人は無碍に断るほど不義理なわけもなく――今回の帰省は、ミーナの観光含みとなった。

 

当然、ミーナが寝静まるまで諜報関係の仕事はできない。普段であれば夕食後から夜中まで分析を行うのだが、今回に限っては、見送ることにした。紙束の数を確認し、もう一度箱にしまい、文(もん)を唱えて封印する。

 

「しかし、ミーナが付いて来るとはなぁ……」

 

カムイがぽつりと感慨を漏らす。

 

「…………」

 

――やぶ蛇だった。スバルは無言だ。少し怒ってるのだろうか、いや、怒ってはいないまでも、ご機嫌斜めかもしれない。こういう時に発動する「秘伝・呪怨刻(じゅえんこく)」はさぞ効き目があるんだろうなぁ。などと思う。

 

「い、いや、だって、お前だってミーナ、快諾したじゃねぇか」

「――えぇ、そうね。だからいいのよ、別に。仲いいし」

 

『仲いいし』とは、カムイとだろうか、スバルとだろうか。さすがにミーナの気持ちに気付かないほどカムイも朴念仁ではない。とは言え、ミーナと接触が増えれば増えるほど、スバルの機嫌がよろしくない今日この頃だ。お淑やかなのは外見だけで、その実、スバルは負けず嫌いで焼き餅焼きだ。逆に言えば、「素」の部分を見せられるのも、家族を抜かせばカムイくらいなものなのだが。ある種、信頼と甘えなのだ。

 

『好きとか嫌いとか、やってる場合じゃ無いんだけど……』

 

国定(クニサダ)に相談しようか。でも、

 

『師匠はこういうこと、からっきしだしなぁ――』

 

…………やめておこう。体つきは逞しいし、そのくせけっこう顔立ちも整っている。荒くれ者の印象が強いが、意外と漢詩や古典文学なぞ諳(そら)んじることもある。昔はドーライに読み書きを教えていたとも。しかし三十代も半ばで女っ気が無いのは、きっといろいろあるんだろう。性格とか――いろいろ。そういえば、師匠の過去ってあまり聞いたこと無いな、などと思いながら、カムイは箱を蔵の奥の棚にしまう。

 

 

確かにミーナは可愛い。屈託無いし、何より明るい。それは同時に、男子訓練兵からの人気の高さにもなる。事実、最近ミーナは密かに人気があるのだ。肩肘を張らないで、等身大で気楽に付き合えるところが――いい。とはエレンの弁だ。もちろんミカサにはそんなことを聞かせられないが。

 

 

しかし、好きや嫌い、良い悪いを超えて、カムイはスバルを守ると決めた。それは三年前のあの死闘の日以来、何もブレていない。あの涙、そして必死の表情を見てきた。共に未来を切り開こうと闘ってきた。彼女の未来のためなら、捨て石になることも厭わない。そう思うカムイであった。

 

――恋人というよりは、保護者兼用心棒だよな、これじゃ……

 

そして今ひとつ、カムイが積極的になれない原因は、性格以外に「身分の差」から来る。混血が進んだ一般家庭と、租界の代表者の家。カムイの家が没落名家であることを差し引いても、正直なところ、家格はかなり隔たる。スバルは言ってみれば「租界のお姫様」なのだ。乱暴にしたり、ましてや、傷物になどできようか。高千穂のおじさんやおばさんにも申し訳が立たない。

 

「なぁ――スバル」

 

カムイが口を開く。

 

「俺は、変わらないよ」

 

――カムイのことをいちばん分かっているのもスバルだという自負がある。小さい頃から見てきたのだ。少し引っ込み思案で、でも努力家で。そして素直なくせに頑固。自分はあまり前に出ず、周りの皆が活躍するように振る舞う。そんな男なのだ。だから惚れているし、焼き餅も焼く。

 

「当たり前でしょ」

 

苦笑いしながら答える。あまり焼き餅を引きずってもいけない。実際、スバルとミーナは、入団以降、非常に仲が好いのだ。

 

 

 

翌日も、ミーナを観光がてら案内し、短い休暇は終わりを告げた。

 

---

 

そして、また別の休暇時――

 

カムイとスバルは作務衣を黒く染めたような黒装束に身を包んでいた。目だけ見えるようにし、頭を頭巾で覆い、口を覆面で覆っている。

 

時刻は午前零時を少し過ぎた頃。

 

『租界に帰省する』

 

これは、スバルとカムイの、基本的な休暇の使い方だ。兵団同期にもそういう認識になっており、疑う者は居ない。

 

しかし、今回の休暇は――今夜は違う。いつものように「帰省します」と告げ、訓練が終わると同時に支度をし、出発する。行き先は――

 

訓練兵団が実習等で使用する、とある壁際のいち区画。二人は、あらかじめ目星を付けた、夜間警備の手薄な箇所に居た。

 

「――」

 

 「――」

 

ハンドサインを交え、二言、三言交わす。双方、こくりと頷く。

 

駐屯兵団の詰め所から「失敬」した立体機動装置とボンベを確認する。ボンベのバルブをひねり、コックを開栓する。10秒待機――装置のガス噴射管に氷瀑石(ひょうばくせき)を精製したガスが充填され、圧がかかる。

 

――小さい方――スバルはブレードホルダーを装着しているが、カムイはブレードホルダーを携帯していない。代わりに、背中に一刀、日本刀、「草薙」を背負い、腰には小太刀、「朧(おぼろ)」と「叢雲(むらくも)」を差している。いずれも、租界から工業都市へ赴いた東洋人の職人が鍛えた銘刀だ。

 

 

いま一度、監視の目が無いか確認し――

 

パシュッ……

 

 

アンカーを「外壁」に向かい、静かに打ち出す。

 

ガギン……

 

外壁にアンカーが食い込む。

 

二人は、訓練兵団で習った通り、立体機動を用いた「垂直降下」を始める。アンカーを壁に打ち込み、少しずつ降下する。

 

音も無く――二人は「壁外」に降り立った。訓練兵団の実習で、壁際から壁外の世界および巨人は何度か見たが、実際、足を踏み入れたのは、今回が生まれて初めてだった。

 

「――っ」

 

「ふぅ……」

 

声を出しても大丈夫だ。だが警戒を怠らない。また、極度の緊張のため、口数は少ない。

 

既にスバルは、万一に備え「術式・護法文」、「術式・鋼身霊」を二重掛けしてある。カムイにもその力の一部を付与してある。

 

 

 

「――暗くて、何も見えないね」

 

「――だな。あまり実感が沸かないな」

 

壁を振り返る。夜間警視の明かりが所々に灯されているが、夜の静閑な空気が周りを包んでいる。

 

スバルとカムイは、壁伝いに歩く。そう遠くない場所に居るはずだ――巨人が。

 

 

『巨人は夜に活動しない』

 

これは、兵団所属の者なら誰でも知っている共通認識である。しかし、スバルとカムイは、これまでの諜報により、兵団の極秘資料を手に入れていた。

 

『夜に活動する巨人が存在する』

 

『言葉を発する巨人が存在する』

 

どちらも可能性の話ではあるが、だとすれば、「極秘機密」になるわけはない。この二点は戦術上でも非常に重要になると思われる。しかし恐らく、兵団のごく一部にしか通達されて居ない。もっとも、この一年で夜間実習が増えたこと、調査記録の付け方の指示が詳細かつ多岐に渡るようになったことなど、通達はされていなくとも反映はされているようだが。

 

 

「いた――」

 

壁伝いに歩くと、はるか向こうが不自然に盛り上がっている。壁際に巨人が一体、うずくまっている。数百メートル離れているにもかかわらず、遠近法がおかしくなったのではないかという錯覚を覚える。

 

――根源的な恐怖。

 

壁から見るのとはまったく印象が異なる。大きい。そして、やはり怖い。

 

こんな連中にシガンシナは滅茶苦茶にされ、また、奪還作戦では充分な武器も無く突貫したのか――

 

雲が流れ、月明かりが夜を照らす。双眼鏡で確認する。

 

「――っ!」

 

何度見ても気持ちが悪い。目を開けたまま、停止しているのだ。まだこちらを感知するのかしないのか分からない。慎重に、慎重に巨人に近づく。

 

「――どうする?」

スバルが確認する。少し戸惑いの色が見える。

 

「やろう――大丈夫だ」

カムイが静かに答える。

 

数十メートルまで近づいた。まだ動きがない。

 

 

……十メートル。

 

 

…………数メートル。

 

 

ぎょろり、と目が動いた。生き物であることを否応なしに感じさせられる。

 

 

しかしまだ動きは無い。やはり夜には動かないのだろうか――いや、

 

「!」

 

ぬう……っと、それでも面倒臭そうに手を伸ばしてきた。顔の表情は変わらないが。

 

「……!」

スバルとカムイは冷静に対処する。

 

 

「――おんまがつかみ ふりおりて さうらへ」

 

 

スバルとカムイは、確信めいた予感を持って、この巨人に対峙した。二人は、一年ほど早く「実戦」を試したのだ。スバルは、「秘伝・呪怨刻」を唱える。スバルがもっとも得意とする系統の術だ。数年前のように、心を軋ませ、歪ませずとも、それなりの威力で発動するようになっている。そして、カムイは背中の鞘から一刀をスラリと抜いて構える。

 

本日の夜行にはいくつかの目的がある。

 

まずは、スバルの術式が巨人相手に通じるかどうか。巨人は人間の形を模しているとは言え、人間そのものでは無い。集めた機密の中には「人間が何らかの過程で変化したのでは?」という説もあるが、憶測の域を出ない。そのため、いざ戦闘になった際、スバルの術式全般が通じるのかを確認したかったのだ。

 

そして、夜に動く巨人の存在を確かめたい、という思惑。これもスバルとカムイが入手した機密からだが、目で見たり実際に体験したりする「一次情報」を掴むことは、情報戦において何より有利になる。また、場合によっては兵団側に前もって情報公開し、防衛や分析に役立ててもらおうという含みもある。

 

さらに、これは上記二項目がある程度はっきりしてからになるが、近く、将来的に可能であれば、拠点拡大のために、「夜に活動する班・部隊」の立案をしたいと考えている。もちろんこれは現時点で荒唐無稽な話であるが、カムイの父、ペシュカが駐屯兵団の司令部へ(見かけ上の)栄転になったことを逆手に取り、憲兵団や王政からの監視が緩くなっていることに乗じて、彼の在任中に、人員、物資の準備等、少しずつ裏工作を進めたい意図がある。

 

 

「おんまがつかみ のろひ あたへ たまはん」

「おんまがつかみ のろひ さづけ たまはん」

 

 

毎日欠かさずあやとりで鍛えた手印。スバルは次々に高速に印を組み、呪いの術式を構築する。カムイは、鋼身霊で強化された筋肉を更に引き絞り、刀を大上段に構え、震脚で地を蹴る。

 

 

カムイとスバルが持っている確信、それは――

 

 

---

 

 

 

――――翌朝、いつものように駐屯兵団の兵士が壁の上から壁外監視の任務にあたる。

 

 

 

「――なんだ、あれ……」

 

 

はるか下、壁の根元を見やる。

 

 

 

 

――――黒ずんだ巨大な染みが、地面に描かれていた。

 

 

双眼鏡で観察する。しかし、その兵士は、何がどうなっているのかよく分からなかった。そのため、ハエが異様にたかっているその黒い染みについて、『動物が、まぁ、どうにかなったのだろう』と、上官に報告もしなければ、午後には忘れてしまっていた。

 




●あとがき

スバルとカムイの行動目的が徐々に明らかになってきます。
前作に倣うとすれば、「駐屯兵団夜行部隊」とでも言いましょうかw

しかし、詳しくは活動報告にも書く予定ですが、
現時点でスバカムをどの兵団に所属させようか迷っています。

●次回予告

何気ない日常にこそ、素晴らしい瞬間が詰まっている。

友情と嫉妬。憧れと劣等感。
そういったものを包含して、少しずつ大人に近づいていく。


次回、「椿油と(つばきあぶら)と夏の香水(仮題)」
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