東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession―   作:soliquid

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試験的に「別視点」というものを書いてみたかったのです。

少しずつ時間が動きます。


それでは、どうぞ。


椿油(つばきあぶら)と夏の香水

104期訓練兵は最後の夏を迎えていた。これから年末にかけて、序列や順位が決まっていく。保身のため、金と名誉のため、あるいは王政への心酔から、憲兵団に入りたい者。まだ見ぬ壁外の世界を見るため、巨人を討伐するため、調査兵団に入りたい者――理由は異なるが、憲兵団や調査兵団には、強い目的を持った訓練兵が志望する傾向がある。

 

いずれにせよ、これから先の座学や実習は評価に直接関わる。そのため、訓練兵の間ではこれまでとは異なり、互いを牽制するような会話が多くなり、また、全体的に空気が張り詰めるようになった。

 

「ふぅ――」

 

広葉樹が乱立する雑木林。立体機動演習の際、ミーナは少し移動する速度を落とし、太い木の梢で小休止した。

 

『なんだか、最近疲れるな……』

 

 

ワイヤーを巻き戻す。金属の摩擦音。ガチャリ、と鈍い音がして、射出口に収まる。ミーナは、少し乱れたお下げ髪をもう一度結び直して、また立体機動に移った。

 

 

 

この演習も数回を経ている。今回は、班別にならず個人行動が許されている。また、各人の行動も、演習を著しく妨害するもので無い限り制限されていない。つまり――「基本的に何をしても良い」が、「立体機動装置を装備した状態で、各人が何をするのか」を見られるのだ。当然監視は付いているのだが、それを分かった上で、どう振る舞うのか――各人の内面までも見る演習となっている。

 

 

結論から言うと、訓練兵はおおよそ三つのグループに分かれた。

 

一つ目は、通常の演習同様、自発的に班を組み、編隊を成して実習をする者たち。マルコ・ボットやクリスタ・レンズが中心となり、彼らの陣頭指揮の下、いくつかの班を組み、これまで行ってきた立体機動の練習を行っている。マルコやクリスタは成績上位者であり、また、成績上位を狙う者は進んでこのグループに入った。

 

 

二つ目は、班を組まず、自分だけで立体機動の練習をする者。ミカサ・アッカーマンやジャン・キルシュタイン、アニ・レオンハート等が見受けられる。名前を挙げた各人は、立体機動においても優秀な成績を残している。しかし、更に改善・検討できる箇所があるのだろう。練習をしている集団からは少し離れたところで、急旋回や急降下などの高速立体機動や、ブレード捌きを黙々と繰り返している。

 

 

三つ目のグループは――これは、やる気の無い者達。既にこの時点で成績上位に入る者はほぼ居らず、そのため、座学も訓練も真面目に取り組まない者がこのグループの大多数を形成していた。彼らはこれ幸いと、めいめいに集まり雑談をし、だらけている。おそらく多くの者が駐屯兵団に所属されるだろう。駐屯兵団の課題としては、所属前からのこのような人的問題が潜在していた。

 

 

「おおよそ三つ」のグループに入らなかった者もいた。サシャ・ブラウスとコニー・スプリンガーは、立体機動で「遊び」を始めた。鬼ごっこや旋回遊び、ワイヤーを使ったブランコ遊びなどをしている。

 

「あはははーーーっ!!!なにこれ、まうごーーっつ楽しかろーもんっ!!」

 

「本当だな!ひゃっはー!」

 

……良く捉えれば、型にはまらない奔放さがある――とも言えよう。通常の演習であれば厳罰ものだが。

 

 

一方、アルミン・アルレルトは、野外で立体機動装置を分解し組み立てるという緊急メンテナンス教室を開き、技巧や座学の優秀者が数名集まっている。なるほど、彼は調査兵団志望であった。珍しいことに、普段なら訓練の方に目が向くエレン・イェーガーも同席している。

 

 

『あ、スバルだ』

 

ミーナはスバルとユミル、そしてカムイを見つけた。スバル、ユミル、カムイの三人は、三人編隊(スリーマンセル)での連携を練習していた。ミーナの目から見ても、スバルは立体機動がそれほど上手ではない。極めて平均的だ。対して、反射神経、運動能力、動体視力ともに平均を大きく上回るユミルが隊を先導する。そして、機動よりも斬撃に定評があるカムイがユミルに続く。

 

ユミルが左右にゆらゆら動きながら旋回をする。陽動の動きの一つだ。想定は十メートル級だ。向こうの大きな広葉樹の張り出した枝の根元を巨人の首と見なす。もちろん巨人と見なした樹木が動くわけはないが、三次元に張り出した枝は、訓練した立体機動の技術を試すにはもってこいだ。

 

「――ッ!!」

 

ユミルが急降下からの急上昇をする。横の移動が多い立体機動だが、このような縦の移動――特に高速移動ができる者は、上位者を抜かせば訓練兵団の中でも少ない。ユミルは普段の訓練ではこのような高度な立体機動は見せていない。

 

――陽動は充分だろう。

 

「カムイ!」

 

「おうっ!」

 

ユミルの離脱と同時に、カムイが直線的な機動で枝の張り出しに斬撃を与える。深々と切開した。

 

『――?』

 

 

ひと呼吸遅れて、スバルが到着した。一見、何もしていないように見えるし、事実、何もしていないのだ。

 

――そうか、ユミルやカムイに付いて行けるほどの技量が無かったのかな。ミーナはそう思った。

 

「おーい、スバルー!」

 

その後、ミーナも加えて、四人編隊(フォーマンセル)で演習を続けた。

 

『…………?』

 

――ミーナは、ふと疑問に思った。立体機動の演習にも関わらず、なぜスバルが抜刀すらしていなかったのか、と。しかし、先程のユミル、カムイに対するスバルの技量差を見ると、無理からぬことか、と一人、納得した。

 

 

---

 

その日の夜、浴場にて。

 

入浴を終えたスバルが脱衣所で寝間着に着替えている。着替え終わると、携帯した小瓶から液体を手に取り、髪に馴染ませ、櫛をとく。香草が少し入っているのだろうか、油が揮発すると、ふんわりと良い香りがする。

 

化粧や身繕いに気を遣う女子訓練兵は決して多くない。クリスタやスバルを含めて、数名だ。しかし、その所作の一つ一つが、やはりと言うか、育ちの良さを感じさせる。あの艶のある髪も、毎日の手入れの賜物なのだろう。

 

ミーナは、同じ黒髪であるが、スバルの髪と自分のそれを見比べる。

 

『あぁ、やっぱり綺麗だな……』

 

東洋租界(Oriental Concession)という所の有力な家の娘だと言うスバルは、やはり、お転婆な所はあれど、「良家のお嬢様」なのである。他の中流以上の家庭出身の者と比べると、荒事にも慣れており――それは、租界がある意味マフィアやギャング的な側面もあるのだが――庶民の娘がおいそれと憧れるものでもないし、ましてや、なれるものでもない。

 

暗号作成や解読の座学、夜間系の実習成績が比較的良いが、総合成績は中位から上位の間らしく抜群に良いというわけでもない。しかし、気がつくとユミル、クリスタ、サシャ、コニー、ミカサ、ナック、ミリウスなど、スバルの周りには人が絶えない。恐らくだが、訓練兵団も三年目、徐々に素の自分を出してきた彼女には、不思議と人を引きつける魅力――のようなものがあるのだろう。

 

そして、常にそんなスバルの傍らに居る――カムイ。

 

ミーナは、幼い頃母親に読み聞かせてもらった、お伽噺の「お姫様と騎士」の一幕を思い浮かべずには居られなかった。

 

そんなミーナも、自分のことはよく知らない。少なからずスバルに焼き餅を焼かれていることを――

 

「おー、お嬢様ァ、今日もそれ付けてんのな、椿油(つばきあぶら)」

 

スバルやミーナから少し遅れ、ユミルとクリスタが脱衣所にやって来た。ユミルは程よく筋肉質だが、しなやかなに伸びた手足がとてもバランスが良い。クリスタも、ユミルほどでは無いが、きっちり鍛えてあることが伺える。もちろん、服を着れば分からないのだが。

 

「そうなのよ、私、髪が傷みやすいから。ユミルと違ってね」

 

「おおー、言うねぇ」

 

人によっては当たりがきつく見えるユミルとも、平気で軽口をたたき合える。

 

「ねぇ、スバル、私も貸してもらっていい?ちょうど今、髪油を切らしちゃって」

 

「いいよ、はい、どうぞ」

 

クリスタとも相変わらず仲が良い。最近は髪の色さえ違わなければ、美人姉妹にさえ見えてしまうから不思議なものだ。

 

「ねぇ、スバル――」

 

「ん?」

 

ミーナも声をかける。実際のところ、ミーナも前々からスバルの椿油を使ってみたかったのだ。クリスタが小瓶を返すこのタイミングなら、いける――

 

「私にも、その、椿油――使わせて、もらえる?」

 

「ええ、いいわよ――」

 

 

ミーナはスバルから椿油の小瓶を受け取り――

 

 

「「――あ」」

 

 

お互い声を出した。

 

油がほとんど残っていない。カラになっているのだ。スバルもミーナも気まずい顔をする。

 

「――あぁ、ごめんね、私がたくさん使っちゃったから」

 

クリスタも謝る。

 

「ううん、そんなに高いものじゃないし。次に帰省したときに、欲しい人の分も買ってくるけど――ミーナ、それでいい?」

 

「……うん、もちろん――」

 

その場で使えないのは少し残念だが、ミーナもそろそろ十五歳を迎える。聞き分けのない年でも無いのだが――

 

---

 

翌日、朝の食堂にて。ミーナは次の瞬間、自分でも驚くようなことを言っていた。

 

「ねぇ、スバル、カムイ、いつも二人は帰省してるけど、私、東洋租界ってまだ行ったことないんだ……今度の休暇で、行ってみたいな♪」

 

椿油もその際に、スバルと一緒に買いたいと、その旨も告げた。「行ってみたいな♪」などとおどけて可愛らしく言ったものの、かなりの勇気を振り絞ったことだろう。ミーナは自分の心拍がいつもより強く、早くなっていることを感じた。

 

カムイはのほほんとOKを出し、スバルは一瞬びっくりした顔をしたが、やはり断ることもせず、次の休暇にミーナを東洋租界へ案内することにした。

 

---

 

「わぁ!わぁ!わぁーーー!!」

 

ここは九龍中心(セントラル・クーロン)の屋台街。ミーナが興奮を抑えようともせず、辺りを見回す。提灯(ちょうちん)やガス灯が街を照らす。元々明るい性格をしているが、さすがにこんな「ハジケた」姿は毎日の訓練ではなかなか見せない。年相応に、いや、ややもすれば年齢よりも若く見られるかもしれない――そんなテンションで夜の繁華街を歩く。

 

 

スバルもカムイも、生まれ育った故郷なので、今更――とは思うが、やはり、租界の外を知ってからは、ことさら、この租界が「特別」なのだと再認識した。

 

 

休暇は二日間あった。

 

初日はざっと租界全体を散策した後、スバルの家――高千穂家に招待された。スバルの両親と話をした後、高千穂家が有する蔵や田畑を見て、カムイと共に夏野菜の収穫を少し手伝い、スバルと一緒に料理もした。夕飯時、スバルの弟のホクト(北斗)が、目が合うと真っ赤になって俯いていたのが可愛らしかった。年上の美人なお姉さんが居るのにねぇ、などと思うミーナであった。

 

 

そのまま夜にスバルの家に泊まった。緊張と充実で、ガールズトークもそこそこに深い眠りに就いてしまったらしい。二日目、ドーライの寺子屋に行き租界の(表向きの)歴史を教えてもらい、国定(クニサダ)の道場に顔を出し、稽古を付けてもらっているカムイも見た。いつもと違う装束に身を包み、真剣に武芸に打ち込むカムイを、ミーナは初めて見る。格闘訓練での強さも納得がいった。同時に、スバルは小さい頃からこんな姿をずっと見てきたのかと、そして、カムイはこの鍛えた技でスバルを守るのかと――ほんの少し胸が痛んだ。

 

ふと、去来する、スバルの昨夜の言葉。

 

 

『――カムイはミーナとくっついても、何も不思議じゃないわ』

 

『でも譲る気は、毛頭無いけどね』

 

いつもの、少し悪戯っぽい、それでいて人懐っこい笑み。――だが、目と声は真剣だった。スバルはその後さらに、『だからと言って、私を嫌いにもならないでね。私、ミーナのことは親友だと思ってるから』と言ってのけたのだ。脳天を射貫かれたような清々しさ――とでも言おうか。嫉妬も含みも何もない。そんな物言いが、この年齢で出来るのだ。

 

――これか。

 

これが、スバル・タカチホの魅力なのか。と、改めてミーナは感じた。そして、その発言に、きちんとした答えを返すことができなかった。

 

 

---

 

――二日目も夜になり、三人は、夜行の乗合馬車が出るまでの間の数時間、恒例のマダム・ヤンの屋台で早めの夕食をがっつりと食べ、屋台街の夜市(ナイトマーケット)を散策した。

 

 

雑貨店に入る。「ぇらっしゃーい!」と、少し訛りのある言葉で店主が元気よく声をかける。

 

ミーナはスバルと店内を見て回る。カムイも、兵舎で使う日用品を物色する。

 

「――あ、これね」

 

スバルが椿油の小瓶を手に取る。確かにそこまで高価ではない。

 

「ね、ユミルとクリスタの分もお土産で買ってかない?」

 

ミーナの提案に、「もちろん」とスバルは同意する。

 

「ローさん、久しぶり!歯ブラシとリネン生地と手帳、それから――この椿油を四つ頂きたいのだけど――少し値引きって効くかしら?」

 

「――」

 

 「――――」

 

「……うーん、もう一声!じゃあ、椿油、もう二個買うから!!」

 

「お嬢には参ったねぇ、『値切りのスバルちゃん』って呼ばれてた頃から変わってないや。――分かった。それで手を打とう」

 

――おお、さすがだ。しっかりしている。値引き交渉もお手の物だ。カムイとミーナの分も併せて、なんと四割引(!)で会計を済まし、それぞれの鞄に小分けして詰めた。

 

---

 

大和路にある朱雀門(ゲートウェイ・スザク)、乗合馬車ターミナルの待合所にて。

「――ミーナ、楽しかったか?」

 

カムイが声をかける。

 

「うん、何だかとてもエネルギッシュな街だね、ただ――」

 

少しミーナは伏し目がちになる。スバルとカムイは言葉を待つ。

 

「――?ただ?」

 

「うん、気を悪くしないでね。これだけの活気と王政の権力が及ばない特区だと、その……何かと犯罪めいたことも少なくないかな……って、」

 

スバルとカムイはどきりとする。たった二日で、事実の一つを的確に突いてきたのだ。状況を広く見る視野がそこには在った。

 

「あと、なんか上手く言えないけど――街全体が『ギラギラ』してるって言うか――いい部分も、そうでない部分も併せ持って成り立ってる……そんな感じ?」

 

そして、「うーん、私って文才無いから」と言い、ミーナは感想を締めた。

 

『よくも、まぁ――ここまで「視える」ものね……!』

 

 

乗合馬車がやってきた。いまだ興奮冷めやらぬミーナを、畏敬の念で見るスバルとカムイであった。

 

そして、スバルはこう思うのだ。

 

『ユミルもヒストリアもだけど、ミーナと友人になれて、本当に私は――幸せ!』と。

 

きっと兵団に帰った後、皆で椿油を付けるとき、より一層強く、それは実感を伴うのだろう。

 

そんなことを考えながら、乗合馬車の緩い振動に身を任せた。

 




●あとがき

もうミーナが主人公でいいんじゃないかな?(ニッコリ)
ユミルもヒストリアも、もう少し登場させたいところです。

と言っておきながら、次回、租界に移ります。


●次回予告

スバルとカムイが旅立った後の東洋租界(Orientai Concession)。

不穏な動きが見え隠れする。

次回、「情報戦――東洋租界VS憲兵団情報統制局(仮題)」
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