東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession―   作:soliquid

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兵団から租界側に視点を移します。水面下での諜報合戦(?)です。
なんて地味な二次創作なんでしょう。

し、新キャラも出ます(でもオッサンです)。

もしよろしければ、読んでください。

それでは、どうぞ。


情報戦――東洋租界VS憲兵団情報統制局

ウォール・シーナ内、憲兵団本部に、一般の兵卒はおろか、各兵団の士官や官位付きの尉官でも立入りを非常に制限される施設が存在する。

 

「憲兵団 情報統制局」――いわゆる、兵団の諜報部隊だ。王政――中央憲兵団直属の部隊。憲兵団を含む各兵団に諜報員を派遣し、細かな動きをチェックする。それを王政や兵団に迅速にフィードバックするのだ。

 

兵団だけではない。すべての街や村に諜報員を潜ませているとも聞く。概要は非公開であり、その全容を知るものは少ない。壁内の隅々へ張り巡らされた王政の手足――それが、情報統制局である。

 

租界もその対象外ではない。情報統制局、「東洋人および東洋租界(オリエンタル)担当」、その部署の一室。責任者とおぼしき上官に、下級士官が報告を挙げている。

 

「――タルキス・ペシュカのその後の動きは?」

 

「はい。駐屯へ移動後は大人しくしています。月に数回、租界に帰省するくらいで――」

 

「そうか、ヤツは『不穏分子』だ。引き続き監視を続けるように。他に変わった動きは―?」

 

「――は。租界の有力者、楊(ヤン)一族は比較的大人しいとのこと。あ、先ほどのタルキスの息子、そして租界の有力者、高千穂の娘が、来春に訓練兵団を卒業します。憲兵団を志望しているとか――」

 

「成績上位に来られると厄介だな……キースは頭が固い。が、そこを逆手に取って、兵団上層部からの通達にすればいい。ヤツらは駐屯か、調査兵団にでも行ってもらおう。手配を」

 

「――は、了解です」

 

「それから――」

 

「……まだあんのか」

 

普段の物言いらしくない上官の態度に、少し面食らう下級士官。

 

「――は、申し訳ありません」

 

「で、何だ」

苦笑いしながら続きを促す。

 

「その、上官にとって、東洋租界(Oriental Concession)というのは……その……」

士官が口ごもる。

 

――あぁ、そういうことか。彼はまだ配属されて日が浅い。「この出自(しゅつじ)」で「この仕事」では、違和感やぎこちなさを覚えているのかもしれない。ならばその誤解はすぐ解かないといけない。男は上官の顔を脱ぎ捨て、少しだけ私人の顔を見せ、表情を和らげる。

 

「確かに俺は東洋人だ――もっとも俺の親の代で権利を剥奪された『崩れ』だがな。懐かしいと思う気持ちは、そりゃ……ある。だが、世襲だの血筋だの、そんな下らないことを……既得権益(きとくけんえき)を頑なに護り続けるあの租界の在り方が気に喰わない。だから……こういう仕事に就いた。それだけだ」

 

 

「サクラダ部局長……」

 

若い男性士官は感銘を受ける。

 

この上官の男――リュウジ・サクラダ(桜田 龍二)は、東洋租界生まれだ。生まれた頃から家柄に関係することで揶揄されてきた。父親は無骨だが真面目な木工職人だった。母親は優しい機織り職人だった。自らの生業(なりわい)や、暇を見ては畑に精を出し、細々ながら暮らしを立ててきた。

 

――あれはいつ頃だったか。リュウジが物心つく頃だっただろうか。だが、あの光景は強烈に記憶に残っている。黒服に身を固めた集団が家にやってきた。後から知ったが、あれは「楊(ヤン)一族」の部下だったらしいのだが――彼らは、一方的に

 

『以降、あなたの家は租界の所属から外れてもらう』

 

と通達した。その十日後には、家財や田畑を売却し、僅かな荷物と共に租界を後にした。

 

ストヘス区の住人になったまでは良いものの、父親も母親も、租界を出る際に、以下のように通達された。

 

「東洋に関係する物品の製造、販売は行わないように」と。

 

父親も母親も、これまで租界に関係する多くの仕事を請け負ってきた。自慢ではないが、父親は寺社仏閣の修理・維持から、細かな民芸品に至るまで、数々の作品を手がけてきた。母親が織る着物や伝統衣装も、祭事や式事の際、より鮮やかに際立って見えた。

 

――それすら無くなってしまうのだ。生活の保障をしてくれるもの、それだけではない。

 

 

奴らは『生き甲斐』や『誇り』までも奪ったのだ。

 

 

それからの生活は、厳しかった。そして貧しかった。だから、開拓地を経て訓練兵団に入った。訓練兵団では、エルヴィン・スミス、ナイル・ドーク、ベルンハルト・フォルカー等と同期であり、互いに切磋琢磨する仲であった。さらに、親妹弟たちに楽をさせてやりたい。その一心で十位以内に入り、憲兵団に配属された。

 

それから、一通り憲兵団の任務を行い、キャリアを積んでこの職務に就いた。租界やヤン一族への復讐心だけで動くほど子供ではない。しかし、清濁併せて呑み込んで割り切れるほど大人かと言えば、自信を持ってそう言えるわけでもない。

 

また、幸いなことに機密性が高いこの仕事であれば、出自をいろいろと言われることも、他の部署に比べれば少ない。

 

『少し、動きがありそうだな……もう少し「草」で探りを入れる――か』

 

部下からの調査報告書類に目を通しながら、サクラダは考えを巡らせた。

 

---

 

「これで三人目です」

 

「――そうか。トカゲの尻尾切りは仕方ないとして、少し泳がせて出所を探ろう」

 

「――は、了解致しました」

 

 

 

「……ふぅ」

 

ここ東洋租界(Oriental Concession)でも、中央憲兵や、所属不明の兵団(と思われる私服の兵士)の動きが活発化している。この一年、特にそういう傾向が顕著になった。

 

「……で、どーするよ、俺たちの新しい指導者サンよ?」

 

部下からの報告を受け、国定(クニサダ)に促す。ドーライが軽く苦笑いしながら頭を抱える。その顔には『打つ手なしだ。お手上げだよ』とでも書いてあるようだ。

 

今年の冒頭に大老(ターラオ)は隠居すると宣言し、その引き継ぎ――跡取りとして、楊(ヤン)一族から道来(ドーライ)が新しい租界の顔役に抜擢されたのだ。「大老」と呼ばれるにはまだ若いため、公式の場では「領袖(リンシゥ)」と呼ばれるが、相変わらず「寺子屋のドーライ先生」の方がしっくり来る本人であった。

 

しかし、政局が難しくなったら放り投げやがってあの狸爺(たぬきじじい)が、と思うと同時に、頭目がすげ変わるタイミングを見計らうように、王政や中央憲兵から――と思われる監視や間諜(スパイ)の動きが活発化している。更に言うなら、王政側に届け出を出し、謁見した先々月よりも以前からの話であることを考えると、

 

「――どうやら、獅子身中の蟲(むし)が、身内にも居ると考えて良さそうだ」

 

「違ぇねぇな、だが――まだ目星が付かねぇ」

 

租界の中にも様々な派閥がある。民族由来で細かく分ければかなりの数になるが、政治的な面においては大きく三派閥となる。

 

『大老派』:老いて引いたとは言え、大老の権力はいまだ健在であり、年若いドーライを候補に挙げるときに猛反対したのもこの一派である。ドーライを候補に挙げたのはあくまで大老個人の意向であり、この派閥には、大老により近く、政治的な権力のある者が大勢居る。ドーライに対しては若造が租界の舵を取れるのか――と、かなり批判の目で見られている。長老級の重鎮も多く、何かと気を遣う一派だ。ドーライはこの一年で白髪が増え、それに伴い、胃腸薬も増えた。

 

『王政派』:大老が健在であった頃から、「王政との融和・共存」を掲げ活動している派閥である。数こそ大老派より少ないが、ウォール・シーナ内や各種商会、憲兵団とのコネクションが多いこともあり、夜会やパーティーなどの多くを取り仕切る。ここぞという人脈や、経済的な要所を押さえることができることが強みである。租界独自の動きというものをあまり良く思っていない。しかし、ドーライ就任の案には賛成を示した。

 

そして『高千穂派』:三年前――スバルとカムイが租界から兵団に所属した頃に大老派から緩やかに分離した小派閥。スバルの父である高千穂 富嶽(フガク)が頭目となり、租界の血族主義や既得権益にこだわらず、しかし王政の言いなりにもならない独自の租界の在り方を探すという理念を持つ。その理念こそ魅力ではあるが、具体的な政策はいまひとつ弱い。駐屯兵団や工業都市との連携が強い。また、租界の一般住民からは比較的好意的に受け止められている。

 

『政治』と『経済』と『世論』――奇しくも、三分割するように派閥が存在する。国定は高千穂派に、ドーライは立場上では大老派、私人としては高千穂派である。ドーライの兄貴分である国定は「相談役」として、たまにこうして話し相手になっている。

 

「おそらくは王政派――」

 

「まァ、そうだろうな。お前ェの実力が云々――じゃねぇ。むしろ若いお前ェに変わった途端にこんだけ動き出したんだ。向こうも痺れ切らしてたのかもなぁ」

 

「あの狸爺よりは与(くみ)しやすい、と思ったんだろうね」

ドーライが苦笑いする。

 

自信の無さも、気の弱さも自覚はしている。若造とナメられたり軽んじられていることも充分に承知だ。だが、いや――だからこそ付け入る隙もあるはずだ。

 

 

「それにしても……元・東洋人(コ・ラテラル)――か」

 

「もう無視できねェ問題なんだよ。俺ん家も家柄は良くねぇし、あん時俺は租界を出て行った身だが――放浪生活の間で、ずいぶん出会ったぜ?もっとも、名前や素性を変えてる連中も居るだろうから――」

 

「その数は潜在的にはこちらの予想を上回る――わけか」

 

 

中央憲兵の監視の目だけではない。「コ・ラテラル」と呼ばれる元・東洋人の集団がある。混血その他の理由で、租界の居住権利を剥奪された東洋人の自治体(コミューン)である。彼らは権利の復権、そうでなければ租界の撤廃を掲げ、壁内各地でひっそりと、しかし無視できない勢力になっている。先代以前の租界の方針の「負の遺産」であろう。

 

この「コ・ラテラル」は、しっかりとしたまとまりを持つ組織なのか、そうでないのか、あまりよく分かっていない。言わば、「不定形の集団」であるのだ。未だ武装蜂起やテロリズムに走ることは無いが、理念思想として、そのような過激な紛争に発展する温床が、無いとは言い切れない。そしてその矛先は――王政よりも、やはり租界に向いている。

 

当然王政側も目を付ける。不定形の組織なれど、繋がりを持つことはできる。先述の桜田(サクラダ)もそのうちの一人であり、中央憲兵の情報局員にまでなっていることは、ドーライ達も知り得ないことであった。カムイの父、タルキス・ペシュカが移動人事になった背景には、サクラダをはじめとするコ・ラテラルに動きを察知されていたこともある。もっとも、タルキスが決定的な証拠を出さなかったことは驚嘆に値するのだが。

 

コ・ラテラルは租界にも、特に租界の既得権益を強く主張しない「王政派」に未だ強いコネクションを持つ。元々東洋人であるため、混血形質が強く出ない限り、姿形は似ている。「治外法権」――要は、関所や検問を設けていない租界という場においては、実質無制限に出入りできるのだ。先ほどドーライが部下から受けた報告の中には、租界住人になりすまし、諜報活動をしているコ・ラテラルの人間も挙がっている。おそらくはドーライや国定のことも筒抜けであろう。今のところ、タルキスの動きも制限されている。主だった諜報はできていない。

 

情けない話ではあるが、王政側の機密を伺うには、スバルとカムイの情報収集に頼るしかないのが現状であった。本人達の申し出であることを差し引いても、本来であれば子供に諜報のような危ない橋を渡らせることは胸が痛む。だからこそ、大人はそれ以上に頑張らなければいけない。

 

 

「そうだ、兄者(あにじゃ)、例のプロジェクト――ほら、あの二人や富嶽(フガク)さんが言っていた……あれは現実になりそうかな?」

 

日々の執務で相当疲れが溜まっているのだろう。国定は無意識のうちに「兄者」などと昔の呼び方をするドーライを気遣う。

 

「今のところ、雲を掴むような話だ。だが、ほんの少しずつだが動き始めてるぜ……。いつになるか分からねぇが、お前のかけ声が必要になるときがあるかもしれねェ」

 

「……分かった。俺も、覚悟と準備はしておくよ」

 

そう言ったドーライの表情は、少しずつ「頭目」の顔に変わりつつあった。

 




●あとがき

進撃の巨人の世界観では、現在と異なりPCやケータイなどの情報通信端末はありませんので、人力、人海戦術が主たる手段になるかと思います。租界での各派閥のパワーバランス、憲兵団の情報統制局、そして原作でのライナー達が属する巨人の一味。加えて元・東洋人(コ・ラテラル)の存在。けっこう勝手に後づけ設定をしまくってますね。すいません。

話をデカくし過ぎて、なんかもう大河ドラマみたい。時間があれば、どっかで相関図とか、あらすじをまとめる回を作りたいです。

●次回予告

目的を遂げるには、「仲間」が必要だった。
しかし、諜報活動をしている以上、表立って行動はできない。

スバルとカムイは、仲間を捜し始める。

自らの、そして壁内からの自由を手にするための。


次回、「北壁の亡霊(仮題)」
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