東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession―   作:soliquid

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前作は1話あたり3000字前後でしたが、今作は5000字を目標にしています。無茶な。
スバルもカムイも設定は強そうなんですけどね、実際のところどうなんでしょうね。
続きになります。

何かの折に、お読みいただければ幸いです。



蟷螂双刃(とうろうそうじん)

「さて、ここで少し座興でも――」

 

大老(ターラオ)が手を叩く。後ろから出てきたのは――

 

 

「さぁさ!旦那さま方!奥さま方!憲兵の皆様方!!どうぞ見ていっておくんなまし!ここに現れたるは、東洋の秘剣を操る少年!カムイ・ペシュカでござい!さぁさ!滅多見られるもんじゃなし!今宵の夜会の土産話にしておくんなさい!!」

 

 

チンドン屋のような、この場に似つかわしくない派手な格好をした興行師の国定(クニサダ)に連れられて、カムイが現れた。正装であろうか、袴姿に鉢巻きを巻き、たすきを掛けている。その出で立ちは、まさに凛々しい若武者にも見える。

 

 

――その夜、カムイは大老から夜会(ソワレ)に呼ばれた。混血が進むカムイの家にとっては初めてのことだ。今回の夜会は、貴族よりも兵団の上層部や幹部が多く集まる。憲兵団が堕落した組織とは言え、それが兵団である以上、武勇を好む者も少なくない。そこで――良く言えばお披露目、敢えて悪い言い方をすれば見せ物として、食事や酒を入れ替える間の座興として呼んだのだ。貴族がそれほど多くなく、男性兵士の割合が高いため、国定のような道化者が居ても、場を汚す程ではない。

 

 

カムイは客の方を一瞥し、作法に則り礼をする。雰囲気はある。ほぉ……という声。

 

国定の取り巻きが、藁束や竹、畳表を出し、カムイの周りに立ててゆく。

 

「――カムイ・ペシュカと申します。私の剣術、まだ拙くはありますが、どうぞご覧になってくださいませ」

 

 

カムイはすらりと刀を抜く。租界から工場都市へ出向いた鍛冶屋が鍛えた『日本刀』――『草薙(くさなぎ)』を正眼に構える。目の前には藁束。

 

 

「――ジゲンリュウ(示現流)、参ります」

 

深く息を吸う。そして――

 

 

「キイイイエエエエエェェッ!!!」

 

裂帛の気合いを放つ。『震脚(シンキャク)』と呼ばれる歩法で、左足を力強く踏み込む。刹那、右上から左下に袈裟懸けに、恐ろしい速度で斬りつける。速度だけではない。全身の体重も乗せる。貴族はもちろんのこと、憲兵団の面々も、太刀筋を目で追えないほどの速度だ。

 

 

平滑な断面を見せ、藁束が二つに分離する。返す刀を、左から右へ薙ぐ。竹ですら硬さを感じさせない。スパン!と小気味よい音を立てて斬れる。

 

「ィヤアアアァッ!!!」

 

振り向きざまに畳表に刺突を放つ。ブツ!と刀が刺さる音がすると同時に、カムイは刀をひねり、真上に切り上げる。ブチブチ……と、い草の繊維が破けるように斬れる。そして、畳を斬り破った刀はカムイの前で正眼に構えられる。

 

――その間、五秒もあっただろうか。

 

「――!!」

 

観衆からどよめきが起こる。兵団にも所属していない、年の頃一二歳の子供が、この業をやってのけたのだ。

 

「――――フゥー…………」

 

深く息を吐き、最後に黒金竹(くろがねたけ)の前に立つ。

 

黒金竹とは、シーナ領内でのみ自生する竹である。土中の金属鉱物(ミネラル)を多量に含み、非常に硬い。その強度から、筒は立体機動装置のボンベ、葉脈はワイヤーと、様々な用途に用いられている。それをこれから――斬ろうとするのだ。

 

 

「――刀を換えます」

 

 

カムイは呼吸を整え、長刀を鞘に仕舞う。そして国定から先ほどと比べ少し短い刀――『小太刀(こだち)』を二本受け取り、両手に構える。右手には『叢雲(むらくも)』、左手には『朧(おぼろ)』と呼ばれる業物。鍛冶屋の会心の作だと言う。

 

 

このパフォーマンスに、兵団側の人間もますます色めき立つ。何せ、ブレードを両手に持って立体機動で戦う様式によく似ているのだ。そこが空中か地上かだけの違いだ。

 

 

果たして黒金竹、斬れるのか、斬れないのか――

 

 

本来ならば、二刀で行う「二天一流(ニテンイチリュウ)」を披露するはずなのだが、カムイの修練の具合がなかなか上手くいかず、今回は別の趣向を凝らした。

 

 

二刀を構え、カムイが助走を付け力強く床を踏み、高く跳ぶ。『震脚』の応用だ。

 

空中で、二刀を頭の後ろで構え――

 

そのまま黒金竹に刀を振り下ろし、空中で一回転する。兵団――特に、調査兵団に得意とする者が多い――『回転斬り(スピンエッジ)』を真似た斬撃だ。

 

ギィ……ン

 

鈍い金属音が館の中に響く。

 

 

(浅かったか――)

 

 

見た目こそ派手であるが、この技はワイヤーの回転力があってこそ斬撃に威力が出る。空中で一回転し、着地したカムイの表情が曇る。黒金竹は――

 

鋭利な裂傷が二箇所、くっきりと認められたが、斬り崩す程度には至らなかった。それだけでも驚嘆すべき事なのだが、こんな事態も想定はしており、カムイは二刀を鞘に仕舞う。袴の裾から籠手を取り出し、右手に着ける。拳や指を痛めないためだ。

 

 

右拳を硬く握り、左手で黒金竹を支える。固めた拳を肩の後ろまで下げ、腰を落とし――

 

 

「――フウッ!」

 

震脚で踏み込み、刀を持った時と同じ速度で、真っ直ぐに黒金竹に拳を打ち付ける。拳が竹の傷口に当たる。その後、拳を当てた場所から、小さくはあるが、硬い表皮がぼろり、と落ちる。完全とはいかなかったが、黒金竹が破壊されたのだ。

 

今ほどカムイが使用した徒手空拳の技は『爆骨(バッコツ)』と呼ばれる。殴打する際に、目標とする箇所を強く固定することで、打拳の威力を逃がさないという高等技術である。今回は黒金竹という動かない獲物であったが、対人である場合、『柔(やわら)』を駆使して関節を固定するなどしてから打撃を見舞う。

 

「お粗末様でございました」

 

カムイが一礼をする。

 

会場は沈黙――わずかにどよめきと溜息が――その後、盛大に拍手が起こる。

 

 

「お楽しみッ!いただけやしたでしょーかッ!!これぞ我らが東洋租界(Oriental Concession)が誇るサムライ!!カムイ・ペシュカだぁーーーッ!!」

 

興奮気味の国定の賑やかしを背に受け、カムイが演舞台を後にする。緊張のせいか、手が震えている。

 

舞台裏ではスバルが待ち構えていた。満面の笑みだ。夜会用の綺麗な着物を着ている。

 

「ねえ!すごいじゃない!!」

 

声をかける。達成感と緊張からの虚脱感が混じった笑顔でカムイが答える。

 

「――いや、回転斬り(スピンエッジ)は練習が浅くてダメだった。見せかけだ。でもお客も喜んでくれたみたいで良かったよ」

 

 

スバルとカムイは、ひとまず成功したことを喜んでいたが、喜んだのは彼ら二人だけではなかった。事情は異なるがもう二人――居たのだ。

 

 

一人は、カムイの父。彼は憲兵団騎馬隊に所属している。階級こそ抜群に高いわけではないが、要人の警護や送迎のため、会場に足を運んでいた。演目の余興でまさか自分の息子が出てきて、あのような太刀筋を披露するとは。幼い頃から剣術に励んでいたことは重々承知の上であったが、それでも尚、驚愕せずにはいられなかった。

 

親として、我が子の成長を嬉しく思うと同時に、幕間の余興であれ、圧倒的な印象を持って技を披露したカムイのことを、少し心配に思う気持ちも湧いた。

 

――カムイ、お前が披露した技は、巨人ではなく、「人」を殺す技術だ。大老の、租界の思惑は――なんだ?

 

浮かんだ疑問。だが、それ以上の詮索は胸の内に秘め、再び要人警護の職に就いた。

 

 

もう一人、笑みを浮かべた人物――大老(ターラオ)である。

 

カムイの剣技を披露したこと。それには二つの思惑があった。

 

まずは、「租界には優秀な人材が居る」ということを印象付けること。これを機に租界の評価が上がれば言うことがないし、もっと兵団中枢に切り込める人材も輩出したかった。すなわち、憲兵としての徴用である。

 

もう一つは、上記の裏返しになるが、「租界にはこれくらいの武力・戦力がある」という誇示を、暗に行ったのだ。仮に王政や兵団が租界を管理下に、あるいは最悪取り潰そうとすれば、こちらにもそれ相応の用意がある――といった意思表示なのだ。披露したカムイは、ほんの一端でしかないぞ、と。もちろんカムイのように武芸に秀でる者だけではなく、秘匿しているものはいくらでもあるぞ――と。このように、手札の一部をちらつかせたのだ。

 

大老にとっては、会場が沸きに沸く拍手も、その前の生唾を飲み込むような空気に包まれた静寂も――どちらも都合がよいのだ。そういう意味合いでも、今回の催しは上々であった。

 

 

「(あの小僧だけではない。こちらには巨人さえ滅殺しうる秘密兵器がある――)」

 

大老は白磁の器に注がれた果実酒を呑み、目を細めた。

 

 

---

 

数日経った、ある日の夕暮れ。

 

「――俺?俺は父さんみたいに憲兵団に入りたいから、訓練兵団に入団したい」

 

何度目かの「柔(やわら)」の稽古が終わった後、スバルとカムイは話をしていた。カムイが強いのは勿論のことだが、スバルも筋は悪くない。筋力が無いことを除けば、動体視力や技の切れなどは上出来だ。護身術としてならばこれで充分だろうが、この柔に高千穂秘伝の術式を組み合わせたら――カムイはゾッとする。

 

稽古場の縁側で身体を休め、夕暮れを見ながら、二人は話を続ける。

 

「――ねぇ、憲兵団になれなかったらどうするの?」

 

スバルが尋ねる。

 

「別に、憲兵団は理想だし、なれなかったら駐屯兵団で地道に頑張るよ」

 

ユミルとは違うが、カムイの物言いは実直で素直だ。それだけに、淀みがない。私もこうであれば良いのに、と内心スバルは複雑な気持ちだ。

 

 

「――私、お嫁に行けって、大老に言われたの」

 

柔和なカムイの表情が一瞬だけ凍った――ような気がした。

 

「そう――か。大老からのお達し、か」

 

「うん――」

 

 

しばし、沈黙が続く。

 

カムイは何か言葉を継ぎたいが、ふさわしい言葉が出てこない。

 

「でも――でもね、絶対的な決定では無いみたいなの。あくまで方針というか……もっと良い代案があれば、なんだけどね」

 

スバルは事のいきさつを話す。その中には、術式の継承を弟のホクトに譲ることもあった。術式のことは、ぼんやりとしか分からないカムイではあるが、これまで心血を注いで取り組んできたことが水泡に帰すことの無念さは察することができた。そして、尚ぼんやりではあるが、この期を逃すと、もう二度とスバルと逢えないような気がした。

 

 

 

 

「なぁ――」「ねぇ――」

 

口を開いたのは、二人同時であった。

 

「――あ、カムイから話して」

 

「お、おう。あの、さ。あの――俺と一緒に訓練兵団に入隊しないか?そうすれば決断を少なくとも三年は引き延ばせる」

 

スバルが破顔する。おそらく、彼女も同じ事を考えていたのだろう。

 

「ええ!私もそれを言いたかったの!」

 

苦し紛れの代案かもしれない。しかし、二人の間には「可能性」のような物が生まれた。

 

しかし、両親はともかく、大老を説得するには骨が折れそうだ。二人は幼いながらも知恵を絞りに絞り、考え抜いた。カムイはともかく、スバルが兵団に入るメリット。説得に足る材料を。

 

それでも、スバルとカムイが現在分かっていることは幾つかある。

 

租界は生き残りをかけ、最近は貴族だけではなく、兵団側にも積極的にアプローチを行っていること。夜会や社交の場には、必ず憲兵団、最近では駐屯兵団の幹部も招待している。それにこの間の余興での出し物。印象を植え付けたい意図が見て取れた。

 

そして、純粋な租界出身者の中で、兵団に入団した者が多くない、ということ。カムイの父は例外で、騎馬民族の末裔であるため、騎馬の扱いに長けている。そのため、訓練兵団を経ずに「特殊なルート」で憲兵団に引き抜かれた。要は、租界側からの「袖の下」というわけだ。カムイが生まれる前のことなで、スバルも両親から聞いたことだが、敢えてカムイに話すことはしていない。実際、カムイの父は兵団にとって優秀な人材であることに間違いはないのだ。同時に租界にとっても優秀な人材で、兵団側の極秘情報も幾つか持ち帰って来る。「間諜」――いわゆるスパイである。しかし一人だけでは行動に制限もあるし、何か不具合が起きたとき、代用がきかない。

 

租界に意志があるとすれば――

 

「租界から兵団、特に兵団上層部に切り込める人材を輩出したい、ってとこか」

 

「うん、おそらく――」

 

 

何度も話し合いを重ねた末、スバルとカムイはこのような結論に達した。憲兵団や駐屯兵団の幹部候補生にでもなることができれば、政治や経済などの内政に一定の権限を持って関わることができる。そうすれば租界にとってもメリットになるはずだ。

 

一方、貴族――とりわけ、レイス家の血縁者となること。これも大きなメリットである。言うまでもなく、ウォール教や王政とも繋がりがある名家だ。子を為し、社交の場で政治や経済を裏側から操作し、暗躍することも充分なメリットになる。また、兵団所属のように、身を危険に晒すようなことも無い。

 

しかし、スバルはヒストリアの実母を見ていた。正妻では無いということで、貴族の位を剥奪された形となったと聞く。

 

疑問点。本当に、私は正妻になるのだろうか。側室ならまだしも、愛人や妾(めかけ)のような扱いであれば、いくらレイス家と言え、そのメリットは霞んでしまう。子を為すだけのための「使い捨て」にされる可能性だって充分にあり得るのだ。

 

 

 

「――考えは大体まとまったな。あとは誰を味方にしようか」

 

「そうね。父様母様にも当たってみるけど、あまりいい顔はしないと思う。兵団は怖い、という考えもあるし――何より私は娘だし。強い反対はしないけれど、最終的には嫁に行けと言うでしょうね」

 

スバルは自身の置かれた環境を客観的に分析する。顔役の娘と言え、大老はじめ租界の有力者が子供の進言に耳を傾けるかは分からない。味方の大人――「後見人」を探したいのだ。第一、大老の前で話をすること自体が、緊張を伴う。威圧されるわけではないが、心の奥を見透かすような、それでいて、自身の思惑は見せないような――そんな目をした老人の前で自らの思いを語り、説得するのだ。ボロが出るかもしれない。ミスをつつかれるかもしれない。カムイもスバルも、この点に関してはイヤと言うほど現実的であった。

 

「そうか――なら、俺の父さんはどうかな」

 

「最悪、その人選で行きたいわ。あなたのお父様なら説得力は充分あるもの」

 

カムイの父――現実的な面で説得はできるが、彼自身に絶大な権力があるわけでは無いため、大老相手に太鼓判は押せない。悪くはないが、決め手に欠ける。そんな人選だ。

 

 

二人は考える。

 

 

 

スバルも、そしてカムイも、互いに気が付いてはいないが、二人で過ごす時間を楽しく感じていた。家族以外で互いに頼り、心を開き、腹を割って話せる相手。そんな相手が居なくなるのは嫌だ。不謹慎だが、この相談事をずっと続けていたいような気さえしてくる。

 

だが、希望や可能性のようなものが目の前にあるのであれば――それを絶やしてはいけない。そうも思う。

 

 

 

「一生懸命考えてたら腹が減ったな。母さんが、今日は家に寄って食べてけってさ」

 

「わぁ!嬉しい!!じゃあ遠慮無く!」

 

 

スバルとカムイ、この少年と少女の、自由を求める小さな歩み。小さな歩みではあるが、それは確実に始動していた。

 




●あとがき
戦闘パートっぽい描写が出てきたと思ったら、藁束とか竹筒を切り倒しているだけでござった。サムラァイ!サムラァイ!ブシドゥ!

小太刀「叢雲(ムラクモ)」という名前は、進撃の巨人0巻の主人公に因みます。

まだスバルの能力は断片的にしか描写しておりません。き、きっと、強いよ(震え声

●次回予告

大人と子供。租界と自由。
相反する矛盾を飲み込んで、スバルとカムイは外の世界へ飛び立てるのだろうか。

大老への進言。そこで待ち受けていたものとは――

次回、第5話 オン・バサラ(仮題)
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